※R18(性的表現あり)
「上手くやったじゃないか。あんたが言う前に王子の方から言ってくるなんて願ったりだよ」
ドナおばさんに挨拶に行ったら、そう言われた。
私が望んだ事じゃないけれど、でもそれが一番いい方法だって事、今はもう分かってる。
私は自分の意志を持たない娼婦だから。
誰かに買われなければ、何の価値もない女なのだと。
ただ、辛いのは・・・・・ベルの想いが本物で。
彼のいつもの気まぐれだったなら、こんなにも罪悪感を感じないで済むのに。
彼の優しさが、私の空っぽな胸を痛くさせる――――
「もう荷物ない?」
「はい・・・・」
「じゃあ、ここ好きに使ってくれていいから。オレ、こっち使うし」
「ありがとう御座います」
部屋のクローゼットに私の荷物をしまう彼に頭を下げる。
それだけで彼は少し、悲しそうな顔をする。
「別に礼なんかいらねって。オレが好きでやってんだし。それより・・・・少し休みなよ」
「え・・・・?」
「一睡もしてねーし疲れたんじゃね?オレはちょっと出かけてくっからはその間、ゆっくり休んでな」
「でも――――」
「いいから。ああ、それと・・・・部屋は自由に使ってていいし、バスルームもいつものように使って」
「はい・・・・」
「オレのことは待たないで寝ちゃってていいからさ」
私を気遣ってなのか、ベルは微笑むと私の頭を優しく撫でて、静かに部屋を出て行ってしまった。
一人になると、途端に寂しさが襲う。
そして意識は、すぐ近くにいるはずの彼の方へと向かった。
スクアーロは私が今ここにいる事をまだ知らない。
もし知ったらどういう顔をするんだろうか。
小さく息を吐き出し、首を振った。
・・・・よそう。
もう諦めようと誓ったんだから。
私は今日からベルだけのもので、彼以外の男を相手にしてはいけない女だ。
高い契約金を支払ってまでこんな私を買ってくれたんだから、彼にだけ尽くせばいい。
シャワーへ入ろうとバスルームへ向かう。
夕べあの最低な男に襲われた事を思い出し、全て洗い流したかった。
(そう言えば・・・・二人の遺体はどうしたんだろう・・・・)
熱いシャワーを顔に浴びながら、ふと思い出した。
あのままベルに連れられドナおばさんに挨拶に行った時、ベルがおばさんに何か耳打ちしてた事を思い出す。
後始末を頼んだのか、それとも秘密にしておけと忠告していたのか。
ドナおばさんはロベルタが殺されて少し驚いたような顔をしていたけど、ベルの手前、笑顔で頷いていた。
娼婦一人、殺されたところで、ドナおばさんは痛くも痒くもないんだろう。
代わりはいくらでもいる。
お金のために身体を売る女は後を立たない。
ロベルタ・・・・突然、訪れた死をどう思ったんだろう。
私を卑怯な手で襲わせた人だけど、でもどうしてか最後まで憎む事は出来なかった。
彼女もきっと、辛い恋をしていた。
身分が違う相手を想い、きっと私に嫉妬するくらい辛い恋だった。
私は・・・・スクアーロに抱いてももらえなかった女なのに。
零れ落ちた涙を洗い流すようにシャワーを浴びながら、私は彼への想いを、心の奥深くに沈めた。
「ベルフェゴール様。後始末は無事に終わりました」
「お、サンキュ。んじゃー戻っていーよ」
「はっ」
足元に傅いていた部下は、その一言で姿を消した。
「さすが仕事が速いねぇ。ヴァリアーの皆さんは」
「そりゃプロだしね」
そう言って目の前の強欲なババァに目を向ける。
夕べオレが殺した女と男の後始末をしに、再びの使っていた部屋に戻ってきたのだ。
このババァは自分の所の娼婦が殺されたってのに何処吹く風で、その肝っ玉の据わったところは大したもんだ、と苦笑いが零れる。
「でも・・・・あの子に言わなくて本当に良かったんですか?ベル王子・・・・」
「いーのいーの」
「でも・・・・あの子の借金、全て返済したのはベル王子なのに専属契約なんて嘘を――――」
「言ったら、あんたも消しちゃうよ?ししし♪」
「ま、まさか!あたしゃ言いませんよ!まだ命は惜しいですからね。それに借金がなくなったあの子は今や自由の身だ。どこへ連れて行こうと構いませんよ」
ナイフをチラつかせれば、ババァは青い顔で後ろにあとずさる。
そして深々と溜息をつき、すっかり綺麗になった部屋を見渡した。
「それにしても運のいい子だよ、全く。本人が知らないとは言え最初についた客に借金全額、返してもらえるなんてさ。しかも相手がヴァリアーだってんだから・・・・」
「それくらいの価値があんだよ。にはね」
「あんな素人の娘にねぇ・・・・。私には良く分かりませんよ、殿方の気持ちなんて」
ババァはそんな事を呟きながら不思議そうに首を振っている。
正直、オレにだって良く分かっていない。
何故こんなにもに惹かれてるのか。
女一人に本気になった事なんて今まで一度もなかったオレが、彼女のために金を払い、彼女を傷つけた人間を感情だけで殺した。
これまで気に食わなかった奴は何人も殺してきたし、もちろん任務でも殺してきたが、あれほど激しい怒りを感じて手に掛けた人間は一人もいなかったのに。
「あ、そうそう。さっきベル王子が来る前にこの部屋で見つけたんですがね・・・・」
ふと思い出したようにババァがポケットから何か光るものを取り出し、オレに差し出した。
「これは・・・・?」
「ロベルタが握ってたんですよ」
掌でキラキラと輝くネックレスには女の血が飛んで、赤黒い染みがついていた。
「きっとから奪ったもんじゃないかと思って」
「から?」
「ロベルタは昨日、客をとっていなかったし、そんな高価な物、買えるほど稼いでもいなかったんですよ。でもならヴァリアーの方から可愛がってもらってたし、それも貰ったかもしれないと思いましてね。ベル王子があげた物じゃないんですか?」
「いや・・・・違う」
その説明を聞きながら、ネックレスを持ち上げてみる。
確かにこれは相当、高価なダイヤだ。
あんな女に買えるはずもないし、またプレゼントする男もいないだろう。
そこで、ふと思い出した。
昨日、を探している途中、会った女が言っていた事を。
あのロベルタという女がを襲わせようとしてるって話だけじゃなく、が昨日一緒にいたはずの男の事も、オレは聞いていた。
「スクアーロ・・・・」
「え?」
「いや、何でもねえよ。これはオレが預かっておくし」
「え、ええ。どうぞ。いくら高価な物でも死体が握ってたものなんか気持ち悪くて・・・・」
ババァは見かけによらず、そんな事を言いながら部屋を出て行く。
平気で女を売り買いする人間でもデリケートな部分があるのか、と失笑が漏れた。
手の中でゆれるネックレスをポケットに突っ込み、部屋を出る。
が夕べ一緒にいたのはスクアーロで間違いないはずだ。
じゃあこのネックレスはスクアーロがにプレゼントしたもの・・・・。
「・・・・チッ。アイツ、まさか・・・・」
屋敷に向かいながら嫌な想像が頭をよぎって唇を噛む。
ここ最近、オレ以外にを呼んでいたのはスクアーロで間違いない。
前にの仲間の娼婦にも聞いた事があるし、他に男の陰はないはずだ。
今までスクアーロが女にあんな高価なプレゼントを贈ったって話も聞いた事がないし、正直意外だった。
アイツは女に関して言えばオレと似たタイプだ。
ウザい女は平気で殴るし、優しいなんてお世辞にも言えない。
まして娼婦に入れ込んでプレゼントをするなんて以前のあいつじゃ絶対に考えられない。
そのスクアーロが彼女だけは何度も呼んでいた・・・・。
(という事は・・・・アイツもの事を本気で?そしてもアイツの事を――――)
そんな思いが脳裏をかすめ、軽く舌打ちをした。
それじゃあ夕べ、彼女が言っていた"好きな人"というのが、スクアーロだ、という結論に達してしまう。
オレやスクアーロ以外にを呼んでた男はいないはずだ。
他の男に接していないなら、やはり彼女の言っていた男は――――。
「・・・・最悪じゃん」
これまで仲間同士で同じ女に目をつけ、呼んだ事は何度かあった。
毎日来ている娼婦はもちろん、他にも女なんて腐るほど寄って来る。
その中で、たまたま同じ女を相手にした、なんて事はよく聞く話だ。
それがボスであれ、レヴィであれ、スクアーロであれ、険悪になることもない。
抱く女が同じなら共有すればいいだけの事で、奪い合う必要なんかない。
オレ達は女という生き物を性欲処理としてしか見ていなかったからだ。
愛情だとか、そんな脆い感情など不要だった。
たった一人にだけ、そんないつ消えるかもしれないものを注ぎ込むなんて無駄以外のなにものでもない。
そう思ってた。
に会うまでは――――。
彼女を他の男と共有しよう、なんて思えない。
いや、誰にも触れさせたくない。
それはオレがついこの間までバカにしていた"愛情"という、脆いとさえ思っていた感情だった。
「バカみてぇ・・・・」
らしくもない感情に振り回されている自分を嘲笑うかのように、そんな言葉が口から零れ落ちる。
だけどこの想いは確かに今、胸の奥で大きくなって、もう後戻りが出来ないところまで来ていた。
スクアーロも、こんな気持ちになったんだろうか――――
ふと足を止め、先ほどのネックレスを手に取る。
優しいデザインのそのダイヤは、彼女の細い首によく似合いそうだ。
スクアーロもそう思って、これを彼女にプレゼントしたのか。
街の中心街を見渡せば、色々な店が立ち並んでいる。
そのショーウインドウに飾られているドレスやバッグ、靴にアクセサリー。
それらを見ていると、自然に彼女に似合うものを探している自分がいて。
これを彼女にあげたスクアーロの気持ちが、今のオレになら理解できる。
でもそんな自分を笑おうとは、もう思わなかった。
が好きだ。
昨日、彼女に言った気持ちに嘘はない。
オレの中にそんな感情があったなんて、自分でも信じられないけど認めるしかない。
――――どっちにしろ報われない想いなんだろうけど。
今まで好き勝手やってきて、欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れてきた、このオレが。
初めて本気で惚れた女の心を手に入れられない。
身体は手に入れても、それに心がなければ意味がないという事を、オレは初めて思い知らされた。
何とも皮肉なものだ。
それを手に入れたスクアーロを、殺してやりたいとさえ思う。
だけどアイツはもう、に触れることさえ出来ない。
身体を手に入れたオレと、心を手に入れたスクアーロ。
どっちが幸せなんだろう。
そんな事を本気で思いながら、彼女の待つ、屋敷へと入って行った。
寝返りを打ち、深い溜息が零れる。
何時間、こうしているんだろう。
身体は疲れてるはずなのに、ちっとも眠くならない。
寝ようと目を瞑れば、夕べのの顔が浮かび、そのたびに胸が締め付けられて苦しいのだ。
「チッ、うぜぇ・・・・」
眠ることを諦め、ベッドに起き上がる。
薄暗い部屋の中にいると気分まで滅入ってきた。
「何であんなこと・・・・」
彼女の泣き顔が頭から離れない。
あんな顔をさせるつもりはなかったのに。
"抱いて下さい・・・・。私は・・・・娼婦です・・・・。男の人に・・・・身体を売るのが仕事なんです"
そう言って涙を浮かべるに、胸が裂かれるように痛んだ。
確かに彼女は娼婦だ。
でも最初はともかく、今のオレは彼女の事をそんな目で見ていなかった。
だからこそ、悲しかった。
"私は娼婦だから・・・・男の人に何かをしてもらえば身体で返す事しか出来ないんです"
彼女に、あんな台詞を言わせた自分にも腹が立った。
オレを客として扱う彼女にも、腹が立った。
勝手な話だ。
彼女は間違ってなんかいない。
元々、オレは彼女を金で買っていた。
抱きはしなくても、金で買っていたのは事実だ。
だから彼女がオレを客の一人だと思うことは別に怒るような事でもないし、当たり前の事なんだ。
なのに・・・・酷いことを言って彼女を泣かせた。
最後、背中に届いた彼女の声がまだ耳に残っている。
自分で自分を殴りたい気分だ。
「クソ・・・・!らしくねぇ・・・・」
そうだ・・・・。こんなオレはらしくねぇ。
だけど・・・・アイツの事になると、全くと言っていいほど制御がきかない。
あれから・・・・どうしたんだろう。
あのまま泣きながら夜を明かしたのか。
それとも他の男を探しに行ったのか・・・・。
が知らない男に身を任せている姿を想像して、感じたこともない苛立ちが募る。
彼女の仕事の事を考えれば、それはこの先も続いて行く事なのに。
いっそ、彼女の抱えている借金を全額払ってしまおうか。
普通の奴らからしたら、かなりの金額だろうが、オレにとっては大した額じゃない。
そんなバカな事も考えた。
でも彼女はそれを望んでいない。
そんな事をすれば、次は何を言い出すか分かったものじゃない。
あんなダイヤのネックレス一つで抱いてくれと頼んできた彼女の事だ。
借金を肩代わりしたオレに、自分を好きにしてくれと言ってきかねない。
彼女はそう言う女だ。
だけどオレは彼女の身体が欲しいわけじゃない。
心がないのに傍にいたって意味がないんだ――――。
「感謝の気持ちなんていらねぇよ・・・・」
何かしてやるたびに申し訳なさそうな顔をする。
オレはただ喜んで欲しくてそうしているだけなのに、彼女に遠慮され申し訳なさそうな顔をされるたび、胸が痛んだ。
そんな気持ちで傍にいられても、オレは嬉しくない。
優しくすればするほど、つらそうな顔をする。泣いてしまう。
正直、どうしたらいいのか分からないほど、オレは――――に溺れていた。
「クソ・・・・ッ」
ベッドから飛び降りてバスローブを脱ぎ捨てる。
やっぱり気になって、このままじゃ落ち着かない。
今から彼女に会いに行って――――
「・・・・はっ。会いに行って何、言うつもりだよ・・・・」
シャツの袖に腕を通しながら、目の前の鏡を見た。
そこには自信なさげな男の顔が映っている。
一人の女に、本気で惚れてしまったバカな男の顔が。
それでも、バカでもいい。
彼女を傷つけたまま放っておくことは出来ないと思った。
抱いてくれ、なんて、よほどの勇気がいったはずだ。
は元々そんな事を言ってくる女じゃない。
それほど思いつめてたという事だ。
今頃、気づくなんて、オレは本当にバカだ。
スーツのジャケットを羽織り、そのままドアの方へ歩いて行く。
この時間なら、まだ家にいるだろう。
そう思いながらドアを開けようとした。
その時、突然ドアをノックされ、ハッと息を呑む。
「・・・・スクアーロ、いるんだろ?開けてよ」
「――――っ」
ドアのすぐ向こうから聞こえてくるその声に思わず耳を疑った。
こんな時間、しかも任務もない日に、アイツがオレの部屋に来るなんて今までなかったはずだ。
「おーい。スクアーロ〜〜」
返事もしないまま突っ立っていると、再びベルの能天気な声が聞こえてきて、オレは仕方なくドアを開けた。
「あ、やっぱいた」
「・・・・何の用だぁ」
ニッと笑うベルに、軽く舌打ちをする。
同じヴァリアーとは言え、任務以外でこうして話すことはあまりない。
何しに来たのか分からず、少しだけ警戒した。
「あれ、どっか出かけるとこだった?」
「まぁなぁ・・・・。それより何の用だ。オレは忙しい――――」
「これ、なーんだ」
「・・・・・ッ」
不意に目の前にかざされた物を見て、思わず息を呑む。
ゆらゆらと揺れているそれはキラキラと光を放ち、ベルの掌に落とされた。
「やっぱ見覚えあるみたいだなー」
「・・・・何?」
「これ、スクアーロが彼女にあげたんだろ?ししっ♪」
「・・・・うるせぇ!何言ってやがんだぁ?何でお前がそれを――――」
「もちろんから受け取ったに決まってんじゃん?もういらないからって、ね」
「何だと・・・・っ?」
「オレからスクアーロに返しておいてくれってさ」
「オイ、てめぇ・・・・意味わかんねぇぞぉ・・・・!」
ニヤニヤしている顔が癇に障り、胸倉を掴む。
それでもベルは余裕の笑みを浮かべながら、オレのスーツのポケットにそのネックレスを入れた。
「おい――――」
「は今日からオレだけの女になったの。だから他の男からもらった物はいらないってさ」
「な・・・・っ」
「知ってるだろ?娼婦は借金を全額肩代わりした男のもんになるってルールくらい」
「借金を・・・・肩代わりした、だと・・・・?」
「この意味、分かんだろ?だからもう二度と彼女には近づくなよ。スクアーロ」
「お前・・・・っ」
それまで浮かべていた笑みが消え、不意に真剣な顔になったベルを見て、コイツの言っている事が本当なのだと悟った。
そしてやはりコイツもの事を――――
「・・・・はもうオレのもんだから」
「てめぇ・・・・」
「その顔・・・・やっぱ本気みたいだな」
「何っ?」
ニヤっと笑ったベルは、胸倉を掴んでいたオレの腕をゆっくりと外し、殺気のこもった目でオレを見上げた。
「いいよ。どうしても取り返したいなら――――オレを殺して奪えばいい」
その前にオレがお前を殺すかもしんねーけど。
ベルはそう言い捨てると、そのまま自分の部屋へと入って行った。
「クソ!!」
思い切りソファを蹴飛ばし、テーブルを投げつける。
パリーンっと派手な音がして窓が砕け散った。
それでも込み上げてくる怒りは収まらず、目の前にあった装飾品を次々に投げ割り、着ていたジャケットを脱ぎ捨てる。
チャリっと音がして目を向ければ、ポケットから飛び出したネックレスが床に転がっていた。
昨日は彼女の胸元で輝いていたそれも、今は色褪せて見える。
オレの中でとっくに価値を失ったものだ。
"オレのもんになったの"
先ほどのベルの言葉がぐるぐるとまわっている。
それがどういう事なのか、オレにはよく分かっていた。
オレだって一度は考えてた事だ。
だが、奴に先を越された。
はもうベルのもので、他の男・・・・・いや、オレには手の届かない女になった。
まさか、あのベルが本気になろうとは思ってもみなかった。
それまで半信半疑だったが、さっきの様子で分かる。
アイツの殺気は本物で、あんな真剣な顔は初めて見た。
確かにここ最近のアイツはおかしかったが、それもまた、いつもの気まぐれだろう、と心のどこかで高をくくっていた。
まさか自分と同じように、の純粋さに本気で惹かれていたなんて・・・・・。
ならは?
もアイツに惹かれていたんだろうか。
だからアイツのもんになろうって、そう思ったのか?
これまであのが、ベルのような男に惹かれることはないと思っていた。
アイツはあの通り危ない男だし、いくら身体を初めて許した男でも、まさか一人の男として見るなんて事は・・・・・。
――――いや、その逆かもしれない。
初めて身体を許した相手だからこそ、惹かれるという事もある。
まして純粋な彼女の事だ。
そう思っても不思議じゃない。
はいくら金を詰まれたからって、簡単に一人の男のもんになるような、そんな女じゃない。
あれほど借金を肩代わりされる事を嫌ってたのだ。
なのに、それを受け入れた。
それは彼女がベルの事を、客としてじゃなく、一人の男として受け入れてる、という事だ。
「・・・・はっ。オレ一人、バカみてーじゃねぇか・・・・」
結局、オレは最後まで彼女の客の中の一人でしかなかった。
なのに彼女が望むような事を、何一つしてやれなくて。
最後は泣かせて、酷いことを言った。
あっけない幕切れだ。
どうしても取り返したいなら――――オレを殺して奪えばいい
出来るかよ。が望んだ男がベルなら、オレはそれをすべきじゃない。
でも、もし・・・・そうじゃなかったとしたなら、オレはベルと刺し違えてでも、を奪いに行っただろう。
それほどにオレは――――アイツを。
「・・・・愛してる、なんて・・・・とことん、ガラじゃねぇなぁ・・・・」
今頃になって思い知らされた自分の想いに、どうする事も出来ないまま、オレはその場に崩れ落ちた。
「これ、に似合うと思って」
任務を終え、部屋に戻ってきたベルは、笑顔で綺麗なドレスを私に見せた。
「着て見せてよ」なんて言いながら、優しく頬にキスをする。
私は言われたとおりにそのドレスを身につけ、彼の前に立った。
「やっぱ思ったとおり、すげぇ似合う!しし♪」
「あ、あの・・・・ありがとう・・・・」
「礼なんていいって。オレが勝手に買って来たんだし。が喜んでくれれば満足♪」
彼はジャケットを脱ぎ捨てソファに座ると、軽く私の手を引き寄せる。
隣に座ればそっと腕が背中に回され、ぎゅっと抱きしめられた。
その優しい動作に少し戸惑いを覚えながらも、素直に彼に身を任せる。
そうすることでベルが喜んでくれるのを、ここ何日か一緒に過ごして分かってきた。
だけど―――――。
「今日、それ着て食事に行こっか」
「え・・・・?」
「だって、ここに来て以来、部屋からぜぇーんぜん出てないじゃん」
ベルはそう言って身体を少し離すと、私の額に唇をつけた。
その優しいキスに胸が痛むのは、彼が私を気遣ってくれてるからだ。
「私は・・・・出かけたいところなんてないですし・・・・。それよりベルがしたい事を――――」
「オレが出かけたいの。と一緒にね。それにせっかく綺麗なドレス着てるのに部屋にこもってるなんてもったいないじゃん?」
「で、でも――――」
「でも、はなし!んじゃオレ、軽くシャワー浴びてくっから、ちょっと待ってて」
ベルはそう言って頬に軽くキスをすると、鼻歌まじりでバスルームへと入って行った。
残された私は着慣れないドレスを見下ろし、小さく溜息をつくとゆっくりと立ち上がった。
このままベルの言うように一緒に食事に行けば、彼が喜んでくれるのは分かっている。
だけど・・・・・。
ここへ来て二日経ち、三日経ち、五日経っても、彼は私に触れようとはしなかった。
毎晩、一緒に寝ているのに、触れようともしない。
以前の彼からは考えられない事だった。
普通に呼ばれていた頃は、朝まで何度も求められる事が多かった。
それが彼の任務で背負うストレス発散になると分かっていたし、私の仕事はその行為じたいなのだから何も抵抗はなかったのだ。
最初は怖かった行為だけど、彼があまりに優しいから、それほど怖いとも感じなくなっていたし、彼もそれを分かってる。
なのにどうして専属になった途端、触れようともしないのか、私には分からなかった。
何もしなければ月々の契約金を払ってもらう意味がない、と、どれだけ言っても、彼は困ったように笑うだけ。
「疲れてるだけだから」なんて、ありきたりな言い訳をして、私を抱きしめる。
もしかしたら私が襲われた事を気にしているのかと、そう聞いてみても、彼は笑うだけだった。
じゃあ何の為に私はここにいるんだろう。
抱いてももらえない娼婦なんて、何の価値もないのに。
そう思うたび、スクアーロの事を思い出して胸が痛んだ。
「?」
考え事をしていると、不意に名を呼ばれてハッとした。
「何、ボーっとしてんの?」
ひょいっと顔を覗かれ、顔を上げると、ベルがバスタオルを腰に巻いたまま立っている。
慌てて顔を反らすと、クスクス笑う声が聞こえてきた。
「相変わらず変わんねーよな、は」
「な・・・・何がですか?」
「そうやってオレの裸を見るたび顔赤くするとこ。しし♪」
濡れた髪をタオルで拭きながら、ベルは笑っている。
でもすぐに、「ごめん、すぐ着替えるし待ってて」と奥へ歩いて行った。
それを見て軽く息をつく。
でもふと思い立ち、
寝室の方へ行けば、彼の背中が見える。
服を選んでいるのか、クローゼットの前で悩んでいる彼を見て、そっとその背中に抱きついた。
「ぅわっっ!って、?・・・・どうした?」
私からこんなことをしたことがないからか、ベルは驚いたように振り向いた。
ゆっくり顔を上げると、戸惑ったような瞳と視線がぶつかる。
「・・・・キス・・・・して下さい」
「・・・・へ?」
「して・・・・下さい・・・・」
思い切ってそう言えば、彼は更に目を見開いて私を見下ろした。
「ど、どうした?何か今日の、変・・・・」
「どうもしません・・・・。キス、して欲しいだけです・・・・」
彼の裸の胸に顔を押し付け、恥ずかしさを我慢しながら呟く。
すると彼の手が私の顎にかかり、ゆっくりと持ち上げられた。
不意に唇が重なる。
でもそれは触れるだけの軽いキスで、すぐに離れて行った。
「これでいい?」
「・・・・足りません」
「・・・・?」
「もっと・・・・して下さい」
そう言って少しだけ屈んだベルを見上げると、至近距離で目が合う。
ドキっとしたのは彼の方だった。
驚いたように瞳を揺らし、困ったように視線を反らす。
それが悲しくて、私の方から口付けた。
「お、おい・・・・ん・・・・っ」
精一杯、背伸びをして彼の唇に押し付ける。
自分から殆どしたことのない行為に、羞恥心が煽られる。
だけどこれが私の仕事だから、恥ずかしいなんて言ってられない。
最初は驚いていたベルも、少しづつキスに応えてくれるように何度も唇を啄ばむ。
でも薄っすらと開いた隙間に、私から舌を差し入れると彼の身体がビクっと跳ねた。
「ん・・・・・・・・」
自分からしたのは初めてで、どうすればいいのか分からなかったけど、以前、彼から教えられたように、ゆっくりと舌を絡ませる。
つたない動きで彼の逃げ惑う舌を捕らえて絡ませながら、そっとベルの腰のバスタオルを外した。
「な――――」
それにはさすがに驚いたのか、彼は慌てて唇を離した。
でも身体を離される前に、片方の手で彼のモノに触れると、更に身体が跳ねる。
そこはすでに熱くなり、硬く勃っていた。
「ぅわ・・・・!ん、ちょ、、何して――――」
「・・・・どうして・・・・我慢するんですか?こんなになってるのに・・・・」
「ちょ、バカ、やめろって・・・・うぁ・・・・っ」
「・・・・やめません。これが・・・・私の仕事ですから・・・・」
「ちょ、・・・・!やめろ・・・・・んぁっ!」
手で擦るのを止めてすぐに跪くと、彼の昂ぶっているモノを口に含んだ。
彼が声にならない声をあげ、腰が僅かに跳ねる。
それは最初の頃、彼に頼まれ一度だけした行為で、私にとっては死ぬほど恥ずかしい事だった。
でも私はもう、あの頃の私じゃない。
「お・・・・い、・・・・!やめ・・・・ろって・・・・う・・・・ぁ・・・・っ」
ゆっくりと唇を動かし、上下させていけば、ベルの苦しげな声が部屋に響いた。
彼の両腕は私の身体を押し戻そうと、力を入れてくる。
それでも前に教えてもらったように舌を使い、硬いモノに擦り付ければ、その力はすぐに弱まった。
「・・・・く・・・・っマジ・・・・やめ・・・・ろってっ!」
彼は快楽に浸りながらも、必死に私を拒もうとする。
それがどうしてなのか分からない。
ここまで身体は正直に反応しているのに、どうして私を抱こうとしないのか。
以前の彼は、ここまで反応すれば当然のように私を押し倒してたのに。
「ん・・・・」
「・・・・ぁっう」
咥えているのが辛くなり先の方まで戻すと、ちゅっと厭らしい音が響く。
苦しげに吐いた私の吐息でさえ、彼のそこは敏感に反応した。
私を押し戻そうとする両手は、すでに弱々しく肩に乗せられているだけで、彼の口からは荒々しい息が不規則に漏れ、その合間に小さな呻き声が混ざる。
彼に何度も抱かれた事がある私には、それがベルの感じている時の声だと分かるようになっていた。
奥まで含み何度か舌を絡ませると、彼は限界が近いのか、やめろ、と何度も呟いた。
それでも上下に動かし、ベルのモノを愛撫していく。
「・・・・う・・・・ぁっやめ・・・・イ・・・・ク・・・・っ!」
次の瞬間、口の中で何度か跳ねた後、熱い液体が口内に広がった。
突然の事で驚いて口を離すと、飲み込みかけた彼の精液で激しく咽る。
それを見た彼は慌てたように屈み、私の背中を擦ってくれた。
「・・・・こ、のバカ!何してんだよ・・・・っ!」
「ゴホッ・・・・ゴホ、ゴホ・・・・ッ」
「飲まなくていいから、全部出せ!」
「ご・・・・ごめ・・・・・ゴホッ」
初めてのそれは凄く苦くて、どうしていいのか分からないほど呼吸が苦しくなった。
それでもベルは怒るでもなく、必死に私の背中を擦ってくれている。
「・・・・驚くくらいなら初めからあんな事するなよ!」
「・・・・ベ・・・・ル」
やっと咳も収まり、恐る恐る顔を上げる。
必死だったとは言え自分からあんな事をした事が、今更ながらに恥ずかしくて涙が零れた。
ベルは真っ赤な顔で困ったように視線を泳がせていて、そんな彼は初めて見た気がする。
「・・・・ったく・・・・。泣くくらいならしないで欲しい・・・・」
「・・・・ご・・・・ごめ・・・・なさ・・・・」
「・・・・謝るな!つか、オレも最後、理性ぶっ飛んで出しちまったしアレだけど・・・・」
そう言いながら恥ずかしそうに頭をかくと、バスタオルで私の口を拭ってくれた。
そんな優しさにまた涙が溢れてくる。
「泣くなよ・・・・。ワケ分かんねぇ・・・・」
「・・・・ご、ごめんなさい・・・・」
「いちいち謝んなって。それと・・・・・したくもないことムリにするなよ・・・・。オレが空しいだろ?」
「・・・・ち、違・・・・私は――――」
「オレは・・・・あんな事して欲しくてお前を傍に置いてるわけじゃねーし・・・・勘違いすんな」
ベルはそう言うと、小さく息を吐いた。
その一言が胸に刺さる。
「・・・・じゃ・・・・じゃあ・・・・何の・・・・為ですか?」
「え・・・・?」
「何の為に私と・・・・専属契約したんですか・・・・?何もしないなら私が傍にいる意味なんて――――」
「バーカ・・・・」
「・・・・・・っ」
コツンと額を叩かれ、顔を上げると、ベルは呆れ顔で笑っていた。
「意味ならある。言ったじゃん・・・・。オレ、お前に惚れてるって」
「・・・・ベル・・・・」
「だから・・・・お前が傍にいる意味は大いにあんだっつーの!それと――――」
そこで言葉を切ったベルは、視線を反らし小さく咳払いをした。
「男って・・・・本気で惚れた女には・・・・何となく気軽に手ぇ出せなくなる時があんだよね・・・・」
「・・・・え?」
「おかしいだろ?前は散々抱いてたくせにさ・・・・。自分でもこんなの初めてで良く分かんねーけど・・・・その・・・・には、さ・・・・。ムリにあんな事して欲しくねーっつーか・・・・」
「ベル・・・・」
「あ、いや!別にヘタだとかそういう意味じゃなくて、マジで気持ち良かったけど・・・・って、オレ何言ってんだ?えっと・・・だから――――」
困ったように頭をかいているベルを見て、胸の奥がまたズキズキと痛み出す。
こんな私の事を凄く大事にしてくれてるんだ、と思うと、涙が零れ落ちた。
「うわ、つか泣くなってっ!何でお前はすぐ泣くのぉ〜?」
「ごめ・・・・」
「だからゴメンもいらないっつーの」
私の涙を必死に拭いてくれるベルの優しさが伝わってくる。
最初から彼を好きになっていれば、こんなに苦しい思いをしなくて済んだんだろうか。
「あ〜そうだ・・・・。まだ口ん中、気持ちわりーだろ?今、水持って――――」
「きゃっ」
いきなり立ち上がったベルに、思わず叫んでしまった。
当然の事ながら彼は全裸で、顔を上げた私の目の前には――――
「ふ、服、着て下さい・・・・っ」
「な・・・・何だよそれ・・・・。誰が素っ裸にしたと思ってんの?つか、さっきまでコレ口に――――」
「い、言わないで下さい・・・・っっ」
今更ながらに恥ずかしさが込み上げ、顔から火が出るかと思った。
自分なりに悩んで必死にした事だったけど、今思えば相当大胆な行為だ。
「はあ・・・・」
ベルは呆れたように溜息をつくと、すぐにバスタオルを腰に巻き、私の前にしゃがみこんだ。
「・・・・ホント、女って分かんね。さっきまで大胆過ぎるくらいだったのに、今は茹蛸になってんだから」
「だ、だから言わないで下さいっ。わ、私だって必死で――――」
「はいはい・・・・。気持ちは嬉しかったよ。それにすげー気持ちよかったし、一生懸命なもすげー可愛かった。ししし♪」
「――――ッ」
「ま、でも・・・・ムリしなくていーからさ。ああゆう事はがもっと大人になった時にしてくれればいいから。って、教えたオレが言うなって感じだけど」
「わ、私はもう大人です・・・・!それに一応ベルより年上だし――――」
「はいはい。だったら男の素っ裸見たくらいで真っ赤にならないでね〜」
子供をあやすように頭を撫でて苦笑するベルに、ムッと唇を尖らせる。
それでも本当の事だから仕方ない。
「き、気をつけます・・・・」
これじゃ娼婦として失格だと反省しながら素直にそう言えば、ベルは小さく噴出して「やっぱ可愛い」と頬を緩ませた。
「オレ・・・・お前のこと大切にしたいんだよね」
「・・・・ベル?」
「らしくねーけど・・・・今は本気でそう思うんだ。だから・・・・お前が望む事なら何でもしてやりたい」
真剣な顔でそんな言葉をくれる。
私にはもったいないくらいの、愛の言葉。
「・・・・お前が他に好きな奴がいるって知ってる。でもオレは・・・・」
その男に負けねーよ、と彼は笑って、そっと唇を重ねた。
優しいキスを受け止めながら、一瞬スクアーロの顔が過ぎったけど。
こんなにも想ってくれてるベルの気持ちが、痛いくらいに心に響いて。
出来ればこのまま私の中の彼への想いを消してくれればいいのに、と、そう願った――――。
ラストスパートーって事で、今回から三人混合で書いていきます★
何だかスクベルが似非です…というか、どっちかと言えばベルが違う人になってます。
優しく書けば書くほど「こんなのベルぢゃねぇー」と書いてる本人でさえ鳥肌たてております(え)
そんな話でごめんなさい(汗)