Alla notte di chiaro di luna








ヴァリアーのアジトには色々な奴が集まる。
ファミリーの幹部だったり、情報屋だったり、金の匂いに寄って来る、頭の悪そうな色気むんむんの女どもだったり。
その中でも、一際目立つ女がいた。
、としか名乗らなかった、その女は、オレ達の周りにいるような、バカな女達とは、どこか違ってた。
派手な化粧もせず、でしゃばらず、どこか清楚といった言葉が似合うような不思議な女。
香水の匂いをプンプンさせて、積極的に自分を売り込んでくる女達とは明らかに違う。
だって体を売ってるはずなのに、自分をアピールしようともしない。
そんな彼女と初めて言葉を交わしたのは、月の綺麗な夜だった――――。

ボンゴレの闇の部隊、ヴァリアーのメンバーだというだけで、次から次へとハエのように集ってくる女には、正直ウンザリしてた。
確かにこんな仕事をしてると普通の精神じゃいられねえ時もあって、そういう時は女が欲しくなる事もある。
でも甘い声で擦り寄ってくる厚化粧な女どもの顔を見ると、まず先に気持ちが萎えちまう。
そんな状態で身体が反応するはずもなく、念のために呼んだ女も、しょっちゅう部屋から追い出していた。
そう、この日も同じだった。
いつものようにドアを蹴破り、用済みとなった女を廊下へと叩き出した。


「な、何すんのよっ」
「う゛お゛ぉい!忘れもんだぁ!」

オレを睨みつけている女に、床に落ちていた下着を投げつける。
ついでに数枚の金をばらまき、「取っておけぇ」と言ってドアを閉めた。
ドアの向こうからは、「何なのよっ」という女の文句が聞こえたが、オレにとっちゃ、いつもの事だ。
ヤル事もヤラねぇで金もらえたんだから、よしとすればいいじゃねーか。

「――――チッ!うぜぇ」

どの女も、みんな同じだ。
ヴァリアーの肩書きを持ってるオレに取り入って、あわよくばオレ専用、または恋人という立場になろうとする。
そうすれば娼婦の世界から足を洗えるとでも思ってるんだろうか。
今の女もそうだった。
なかなかスタイルのいい女で、それほど厚化粧でもなく、鼻の痛くなるような香水もしていなかったから、ふと気が向き呼んだというのに。
キスをして、女の服を脱がしながら、押し倒したまでは良かった。
いざヤろうとした時、女が言った。

「あなたが好きだったの。呼んでくれて嬉しいわ」

あんな時に、これ以上、しらける台詞はない。
金で雇った女から愛の告白なんて、バカらしくて聞いてられるか。
一気に熱が冷め、裸同然の女の腕を掴むと、そのまま部屋の外へ放り出した。
他の奴だったなら、あの女、今頃、バラバラ死体で海に浮かんでるところだったろう。
そう、特にボスや、ベルといった危ない男達なら。

「クソ・・・・面白くねえ。中途半端に煽りやがって・・・・」

今から他の女を呼ぶという気にもなれず、オレはソファを蹴飛ばした。
モヤモヤした気持ちをどうしようかと、ワインをボトルで煽りながら、テラスへと出る。
今夜は雲一つない空に、ポッカリと白い満月が浮かんでいる。
静かな夜だな、と思いながら、そこから見える庭を眺めた。

「――――ん?」

ふと視界に白い物が動いた気がして、目を向ける。
そこには一人の女が立っていて、オレと同じように夜空を見上げていた。
あの女は最近、何度か見た事がある。
ここへ通っている娼婦の仲間だ。
でも、いつも遠巻きにオレ達を見ていて、他の女どもみたく積極的に声をかけてくる事はなかった。
こうして月明かりの下にいる女は、かなり綺麗だ。
娼婦といっても、その女はどこか他の女とは違う空気を持っている気がしていた。

(あの女、面白いかもしれねぇな・・・・)

ふと、そう思い声をかけてみることにした。

「う゛お゛ぉい」

テラスから身を乗り出し、そこから下に飛び降りると、女はひどく驚いたような顔で振り返った。

「女、何してるんだぁ?」
「・・・・あ・・・・あの」
「お前・・・・ここに出入りしてる娼婦だろ。見た事があるぞぉ」
「は、はい・・・・。と言います・・・・」

尋ねる前に女が名乗り、、という名前を頭に入れる。
こうして間近で見ると、女はかなり幼く見えて、少しだけ驚いた。

「仲間は仕事の真っ最中だろう。お前はいいのかぁ?男を捕まえに行かなくて」
「え、あ・・・・私は・・・・」

オレの事を知っているのか、女は少し怯えたように後ずさりをして、言葉を捜しているようだ。
綺麗な黒髪が夜風に吹かれ、サラリと乱れる。
白いドレスをまとった女の肌も、月明かりの下で映えるくらい透き通るような白さだ。
イタリア人ではない事は確かで、どことなく東洋のエキゾチックな美しさがある女…いや、少女だった。
化粧も殆どしておらず、パッと見、地味なようだが、色白な肌と、黒く大きな瞳は、何とも言えない魅力がある。
オレは殆ど無意識に、女の腕を掴んで、自分の方に引き寄せていた。

「う゛お゛ぉい、仕事がねーならオレがやる。一緒に来い」
「え、あ…あの――――」
「スクアーロだ」
「スクアーロ・・・・様?」

名乗ったオレを、戸惑うような瞳で見上げてくる。
その黒い瞳に月が映りこんで、素直に綺麗だ、と思った。

「様はいらねぇ」
「え、でも――――」
「いらねえっつってんだろぉ?スクアーロでいい」

どっかの王子崩れじゃあるまいし、様付けなんてガラじゃねえ。
そう言ったオレに、は初めて笑顔を見せた。
その笑顔はとても綺麗だった。
こんなに綺麗に笑う女を見た事がない。

「オレが・・・・お前を買ってやる」

珍しくその気になったオレは引き寄せられるように、女の唇に自分の唇を寄せる。
だが、その瞬間、女は慌てたように俯いてしまった。

「何だあ?」
「す、すみません・・・・!私、あの・・・・ホントにすみませんっ」

いきなり謝り倒す女に、呆気に取られた。
キスを拒まれたってのに怒る隙もないくらい、女は顔を真っ赤にして頭を下げている。

「もしかして・・・・売約済みだったか?誰かの――――」
「い、いえ!そんな事ないです・・・・!あの、」
「なら・・・・いい」
「・・・・え」
「別に怒ってねーよ」

そう言って腕を離すと、は驚いたように顔を上げた。

「何だよ、その目は・・・・」
「い、いえ・・・・あの・・・・あなたはヴァリアーの・・・・方ですよね」
「そうだ。それがどうかしたか?」
「え、だから、その・・・・ヴァリアーの人を怒らせたら・・・・その・・・・すぐ殺されるって聞いてたから・・・・」

しどろもどろになりながら、はオレから視線を反らした。
どこの誰が言ったのか知らないが、まあ、それもあながち嘘じゃねえ。

「オレは怒ってないって言ったんだぜぇ?」
「は、はい・・・・。あの、すみません・・・・」
「謝る事ねーだろ。変な女だな」

何を言っても困ったような顔で謝る女に、思わず苦笑した。
何だか、この女の変なムードに流され、そんな気分じゃなくなったっていうのもある。

「あ、あの・・・・じゃ・・・・お部屋に行きますか?」
「あ゛ぁ゛?」
「こ、ここじゃ・・・・何ですし」

一瞬、何を言ってるのか分からなかったが、すぐに、そう言うことだと気づき、オレは歩いていこうとする女の手を再び掴んだ。

「いい。ここにいろ」
「え、で、でも――――」
「オレはお前を買ったが・・・・抱く気分じゃねえ。いいから、ここにいろ」

そう言うと女はひどく驚いたような顔をして、「それだけで、いいんですか?」と訊いて来た。
まあ、普通、娼婦を買ったとなれば、する事は一つだろうし、女が驚くのも無理はない。
確かにさっきまでは、その気もあったが、今は何となく、この少女とこうして話をしていたい気分だった。

オレはの手を引き、庭先にあるベンチに座らせた。

「いいっつってんだろぉ?今夜は女抱く気分じゃねーんだよ」
「は、はい・・・・」
「金は払うから心配すんな」
「え、でも何もしないならお金はもらえません!」

オレの言葉に、はビックリしたように顔を上げた。
けどその言葉にオレの方が驚く。
他の女なら、きっとこんな場合でも喜んで金を受け取ると言うだろう。
バカ正直に「もらえません」と訴える女なんて、いやしない。
本当に、おかしな女だ、と思った。

「面白いな、お前」
「・・・・え?」
「ホントに娼婦か?色気もねーし・・・・化粧も大したしてねえだろ」
「す、すみません・・・・」

オレの言葉に、は落ち込んだように項垂れた。
その姿が子供のようで、つい笑ってしまった。
でも確かに色気はないが、さっきは、何となくその気になりかけたくらい、艶っぽさがあった、と、ふと思う。

「私・・・・ここに来たばかりで・・・・お客を取った事がないんです」
「・・・・はあ?マジで言ってんのか?」

彼女の一言にギョっとして、尋ねると、は小さく頷き、悲しそうな顔をした。

「どうやって声をかけていいのか分からなくて・・・・。皆さんのように上手く出来ないんです・・・・。娼婦失格ですよね、私」
「い、いや、そんなもんに失格も合格もねーだろうよ」
「でも・・・・お金がいるのにお客が取れないんじゃダメだって、ドナおばさんが」
「ドナ?ああ・・・・この辺の娼婦を牛耳ってる、あのババァか」
「・・・・」

はコクンと頷き、溜息をついた。
その横顔は本気で落ち込んでるようだ。
それにしても、あの強欲ババァのとこにいるとは・・・・
あのババァは借金の形に売られた女どもを多く雇ってたはずだ。
と言う事は、も――――。

「お前・・・・親に売られたのか」
「・・・・」

また無言のまま頷く。
やっぱり、と軽く息を吐くと、背もたれに寄りかかり、空を見上げた。
こんな少女を売る親も親だが、買う方も買う方だ。
きっと彼女はこんな事、したくはないんだろう。
でも金を稼がなきゃ親が困る、と思っている。
どんな方法でも、金を稼ぐなら弱者は彼女のように我慢をしなくちゃいけないんだな。

「あ、あの・・・・」
「ん?」
「ホントに・・・・いいんですか・・・・?こんな話なんかしてて・・・・」
「ああ…かまわねぇ。それにお前、男と寝た事もねえんだろ?」
「・・・・ッ」

オレの一言に彼女の顔が真っ赤に染まった。
ここまで赤くなれるもんなんだな、人間て、と、内心驚きながらも、そんな彼女が可愛い、とガラにもなく思った。

「ど、どうして――――」
「んなもん、さっきの反応と、今の話聞いて、すぐ分かる」
「そ・・・・そう・・・・なんですか?」
「たかがキスしようとしただけで、赤くなるような女、処女以外に考えられねーしなぁ」
「――――ッ」

お、今度は耳まで真っ赤になってる。
こんな反応するのも、彼女が処女だという証拠だろう。
処女の女が選んだ仕事が、娼婦だなんて悲惨以外の何者でもない。

「さ、さっきはホントにすみません・・・・。きゅ、急な事でビックリしちゃって・・・・」
「あ、謝るな。オレが恥ずかしいだろーがぁ」

女にキスを拒まれたなんて、メンバーにバレでもしたら、一生バカにされそうだ。
特にベルやマーモンからは何を言われるか分かったもんじゃねぇ。

「う゛お゛ぉい」
「は、はい」
「今夜・・・・オレがお前を買ったこと、誰にも言うな。分かったかぁ?」
「え、あ・・・・はい。でもドナおばさんに聞かれますけど・・・・」
「チッ。あの強欲ババァなんかほっとけ」

オレがそう言うと、は初めて、楽しそうに笑った。
その笑顔はさっきの笑顔以上に綺麗で、一瞬息を呑む。

「スクアーロ・・・・さん?」

黙ってを見ているオレに、彼女は首を傾げた。
その仕草も、あどけない少女の色香が漂い、つい見惚れてしまう。

「・・・・なんだよ、そのさん付けは。スクアーロでいいっつっただろがぁ」

動揺したのを誤魔化すように顔を反らせば、「でもヴァリアーの方を呼び捨てには出来ません」と、優等生のような答えが返ってくる。
それには思わず苦笑した。

「お前・・・・ホント変な女だな」
「え、そう・・・・ですか?」
「ああ・・・・お前みたいな女には会った事がねぇ」

オレの言った事に、は首をかしげていたが、きっと彼女には分からないだろう。
こんなに純粋なクセに、親の借金の為、身体を売ろうだなんて、今時いやしない。
コイツくらいの年齢ならば、逃げるという選択肢だってあったはずだ。
なのに逃げ出しもせず、純潔の身体を、会ったばかりの男に差し出そうとしている。
汚れたものばかりを見てきたせいか、という少女は、オレの目には眩しいとさえ感じた。

「綺麗な・・・・髪ですね」
「・・・・っ?」

不意にがそう言いながらオレの顔を覗き込んできた。
その小さな手に、オレの髪をそっと乗せ、「さらさらで綺麗・・・・」と微笑む。
その柔らかい微笑に、胸の奥がドクンと音を立てた。

「・・・・お前の髪だって綺麗だろーがぁ」
「・・・・でも黒い髪なんて嫌なんです。スクアーロさんの髪の色は色素が薄くて綺麗なの。月明かりに反射してキラキラしてる」

そう言いながら今度は夜空を見上げている。
その横顔でさえ、鼓動を早くするには十分すぎるくらいに、綺麗だ。

(チッ、ガラでもねえ・・・・。何、ガキみてーにドキドキしてやがる)

まだオレの髪を掴んだままの、小さな手に、勝手に鼓動が早くなっていく。
髪の先に触れているだけなのに、まるで身体を触られてるような錯覚を起こしそうだ。
を見れば、彼女の瞳には月が映っていて、キラキラと淡い光りを放っている。
こんな綺麗な瞳は見た事がない。
いつもオレが見てるのは、恐怖で怯えた目や、黒く澱んだ生気のない目ばかりで、すでに未来を諦めたものばかり。
でも彼女は、こんな仕事をしていても、未来に何か希望を持ったような、そんな生きた目をしている。
キラキラと輝くような、そんなオーラを彼女の身体から感じる。
華奢な身体で、どれだけの事に耐えてるんだろう、と思うと、何故か彼女を、とても愛しく感じた。
キスしたい、と、この時、素直にそう思った。

「スクアーロ、さん・・・・?どうしたんですか?」

黙って彼女を見つめているオレに気づき、は可愛らしい笑顔を浮かべた。
そっと髪を掴んでいる手を握りしめると、ビクッとしたようにオレを見上げる。

「お前、キスはしたことあるか?」
「・・・・えっ?」

オレの突然の問いに、は驚いたように目を見開いた。
それでも、すぐに小さく首を振る。
恥ずかしそうに俯いた彼女の頬は、かすかに赤くなっていた。
身体も、そして唇も、純真なままの少女。
この先、いつまでそれを守れるのか。

そう思いながら、艶々と光っている彼女の唇を、そっと指でなぞる。
ビクリと身体を震わすを見て、ゆっくりと屈んだ。

「お前の初めてのキス・・・・。オレがもらっていいか・・・・?」

彼女の目を見つめながら、そう問いかける。
女にこんなお伺いを立てた事なんか、一度もなかった。
キスをしたけりゃするし、抱きたければ抱く。
いつだって相手の気持ちより、自分の欲求の方が優先だった。
なのに、コイツだけは、何故かそれが出来ない。
彼女の気持ちを優先して考えてしまう。

オレの問いに、は黙ったまま、小さく頷いてくれた。
かなり恥ずかしいのか、さっき以上に頬が赤い。

オレは彼女を怖がらせないように、ゆっくりと唇を近づけ、そっと触れるだけのキスを、その小さな唇に落とした。
ピクっと肩が跳ねる彼女を優しく抱き寄せ、もう一度唇を重ねる。
こんな優しいキスをしたのは、きっと生まれて初めてだったろう。
そして、キスだけで全身が痺れるような感覚になった事も。

何度も角度を変えながらの唇を味わう。
抱きしめている彼女の身体が、小さく震えているのが腕を通して伝わってくると、妙な愛しさが込み上げてきた。
ちゅ、っと音を立てるたび、の身体が震える。
恥ずかしいのか、ぎゅっと瞑った目じりからは、涙が浮かんでいた。
ゆっくりと唇を離し、最後に目じりに口づけると、は驚いたように目を開けた。
至近距離で見た彼女の瞳は、本当に綺麗で、吸い込まれそうなほど澄んでいる。

「・・・・可愛いな・・・・。お前」

潤んだ瞳で見つめてくるを見て、素直にそう思った。
まさか、このオレの口からそんな甘い台詞が出てくるなんて、自分自身でも思わない。
オレの一言で、また恥ずかしそうに俯くが、愛しい。

「・・・・熱い」

彼女は小さく呟いた。
の身体は抱きしめてる腕からも伝わってくるくらい、確かに熱い。

その時、0時を告げる鐘が、静かな夜に鳴り響いた。
この鐘と共に女達の仕事が終わり、泊まり以外の娼婦達はここから去っていく。
もまた、鐘の音にハッとした顔で振り返った。

「・・・・行かなくちゃ・・・・」
「行かなくていい」
「・・・・っ?」
「お前は・・・・夜が明けるまでオレの傍にいろ。何もしなくてい。ただ、傍にいろ」

オレの言葉には戸惑うように瞳を揺らしたが、最後には頷いてくれた。
それを見てホっとするなんて、本当に今夜のオレはどうかしてる。

そう思いながらを強く抱きしめた。
帰したくない、なんて、本当に思うものなんだ、と失笑が洩れる。
彼女は娼婦で、明日になれば、また別の男の腕に抱かれてしまうかもしれない。
なのに、なんだ?この妙な胸の疼きは。

「ただ・・・・傍にいるだけ・・・・ですか?」
「そうだ」

はやっぱり戸惑うような瞳でオレを見上げてきた。
そのせいで、胸の奥が苦しくなるなんて、どうかしてる。
たかが女一人に、こんなに心が乱されるなんて――――どうかしてる。


「オレは――――お前を抱かない」


彼女の初めてのキスは、オレの胸をひどく乱すくらいに、甘かった。











 ※ベルと同じヒロインです。
最初のスクベル二つづつの話だけ、話の流れがスク1話→ベル1話→スク2話→ベル2話となってます。
でも最初から読んでいっても読めるようにはなってますので☆
その後のヒロイン視点からは普通の流れで描いております<(_ _)>


2007:06.10