Notte lunga―01









イタリアの夜は長い。
私達、娼婦にとっては、この深い闇がいつまでも続くように思えてくる。
いつになれば、この朝日と同じように、心を照らせる日が来るんだろう。

そう思っていた。

彼と出会うまでは――――





泊まりの仕事を終えた後は、迎えの車で雇い主の待つマンションへと戻る。
ローマの街の外れに、似たような建物が並ぶ一角。
その路地裏にあるマンションが私達を雇っている、ドナおばさんの持ち物だ。
現在、ドナおばさんのところには50人近い、娼婦がいる。
全て、私と同じように借金を返すため、働いていた。


「ああ、お帰り、


ドアを開けると、すぐ目の前がリビングで、そこにはいつものようにドナおばさんがいた。
ソファに座りながら、昨日の売り上げを計算していたらしい。
テーブルの上にはかなりの額の札束が無造作に積まれていた。


「ただいま帰りました」


一言、そう口にすると、ドナおばさんの方に歩いていく。
彼女は吸っていた煙草を灰皿に押しつぶし、にこやかな笑みを浮かべて振り向いた。
どうやら今日は機嫌がいいらしい。


「夕べもベル王子のところかい?」


ドナおばさんは彼の事を"ベル王子"と呼ぶ。
前々から上客でもあるヴァリアーの中でも、彼だけは特別だと言う。
それはきっと単に金払いがいいというだけじゃなく、彼がどこかの国の王子だった事を知っているからだと私は思っていた。


「はい・・・・あ、これ」


帰り際に彼からもらったお金をバッグから取り出し彼女へ払う。
ドナおばさんは、この瞬間が一番幸せだとでも言いたげに、瞳を輝かせ、一ヶ月前には考えられないほどの笑みを私に見せるのだ。


「お〜お〜今回も凄いねこりゃ・・・・」


瞳をキラキラと輝かせ、お金を数え始めるドナおばさんを、私は冷めた目で見ていた。
多分、ここにいる、どの娼婦でも、これほどの額を一晩では稼げないだろう。
それだけの大金を、彼は私に払ってくれる。


「ひゃー2000ユーロ!あんた、これ夕べだけで稼いだのかい?!」


お金を数え終わったドナおばさんは、唖然とした表情でそんな事を訊いて来る。
娼婦達が稼いだお金をくすねないように仕事を終えるたび迎えを寄越し、もらったばかりのお金を巻き上げるのだから、それは当然、今日もらったばかりのお金だ。


「いやぁ〜凄いよ!今月はあんたがトップだね、こりゃ!」


興奮したように数え終わったお金を金庫にしまうと、ドナおばさんは煙草を吹かしながら、ニコニコした顔で私を見た。
その笑顔は以前では決して見せてくれないものだった。
ドナおばさんは、私の事を「客も取れない」と言って、いつも怒ってばかりだったからだ。
でも最近は以前に比べて、かなり優しく、そして甘くなったように思う。


「いったい、どうやってあのベル王子を落としたんだい?ここんとこ随分とあんたに、ご執心じゃないか」
「い、いえ・・・・私は何も・・・・」
「ベル王子は元々上客だったけど、こんなに払ってくれた事は一度もなかったんだよ。特定の女を決める事もなかったしね」


ドナおばさんは煙草の煙を吐き出しながら、ニヤリと笑った。


「まあ、処女だったあんたに王子を落とすテクがあったとも思えないし・・・・。単なる気まぐれかね。ま、せいぜい飽きられる前にたんまり稼ぎな」
「・・・・はい」



――――飽きられる前に。


本当にその通りだ。
あのヴァリアーのメンバーが一人の娼婦を気に入り、何度も指名したからといって、それがずっと続くとは思えない。
彼は毛色の違う私を、物珍しさから呼んでいるに過ぎないのだ。
そんなもの長く続くはずもない。
いつかは飽きられてしまう、脆い感情だ。
私は一晩、男の慰み者になり、次の日にはまた別の男の相手をする。
決して、一人のものにはなれない女・・・・
そんな世界に生きている。
個人的な感情は無にしなければいけない。


それでも、もっと酷いものだと思っていた。
男達は物のように、私達、娼婦を扱う。
経験のなかった私には、それが凄く恐ろしい事のように映った。
だけどボンゴレファミリーに出入りするようになってから、出会った二人の男性は、娼婦の私にもとても優しくしてくれた。
想像していた恐ろしい世界とは、少し違ったものを私に見せてくれた。
他の娼婦達を見ていれば、そんなに甘い世界じゃないという事も分かっている。
だけど運がいいのか、私は彼らに出会い、優しくされて少しだけ勇気をもらった。
家族を支えていかなくてはならない、という、私の決心を後押ししてくれたように思う。
だからこそ、二人には感謝していた。
最強の暗殺部隊と謳われたヴァリアーのメンバーが、あんな風に一人の娼婦を気遣ってくれる事に、感謝していた。


「では・・・・部屋に戻ります」


売り上げは渡した。
もう、ここにいても仕方がない。
私はドナおばさんに頭を下げると、部屋を出て行こうとした。
だがすぐに、「ああ、お待ち!」という声が飛んできて、私はビクっと肩を揺らした。
怒られていた時の条件反射なのか、ドナおばさんの少し甲高い大きな声は僅かながら恐怖を煽る。


「何ですか?」


恐る恐る振り返る。
何も怒られるような事はしてないし、今も誉めてもらったばかりだ。
そう思いながら、ドナおばさんのところへ戻る。
ドナおばさんは、再び煙草に火をつけると、一枚の紙切れを私に差し出した。


「あの・・・・」
「これは契約書さ」
「契約書・・・・?」
「ああ、娼婦を個人的に所有できる契約書だよ」
「え・・・・?」


ドナおばさんの言葉に、背中を冷たいものが伝っていく。
この契約書の意味を聞くのが怖いと思った。


「それを今度ベル王子に会った時に見せておいで」
「――――ッ」


あっさりとその言葉を口にしたドナおばさんは、煙草の煙を吐き出しながら、「不満そうだね」と鼻で笑った。


「言っただろ?飽きられる前に稼げって。いい方法を思いついたのさ」
「え・・・・?」
「うちには元々、一晩いくらって契約の他に、専用として特定の人物にだけ奉仕するって契約もある。あんたも知ってるだろ?入った時に説明したからね」
「・・・・はい」
「まあ後は借金全てを払ってくれる"引き受け"ってのもあるが・・・・これは特別な例で今までそんな事をしてもらった女は一人もいない。
そりゃそうだろう。誰が好き好んで娼婦の莫大な借金を肩代わりして身を引き取ってくれる?」


苦笑気味にそう言うと、ドナおばさんは冷め切ったコーヒーをゆっくりと飲み干した。


「だが・・・・サービス次第で個人的に雇ってもらった女は少ないけれど、いる。この契約は通常の仕事よりも稼げるんだ。一ヶ月単位で支払ってもらうからね」
「一ヶ月単位・・・・」
「ああ、そうだ。愛人契約みたいなものさ。男だって人間だ。娼婦に情を移す時もある。馴染みの女がいいとなれば、いつでも相手をさせられるように、そうして自分専用にしちまうのさ」
「・・・・専用」
「まあ専用となれば、その娼婦は他に客は取れなくなる。だからそのデメリットとして、通常よりも高く金を取れるんだよ。分かるだろ?」
「はい・・・・」
「あんたは今、ベル王子のお気に入りだ。仕事で出かけてる以外の時は毎晩のように呼ばれてる。そんな女は、あんたが初めてだよ」
「・・・・・」
「だから――――今のうちにこの契約の話をしておいで」


ドナおばさんは煙草をふかすと、契約書をひらひらと揺らした。


「まあ、私はてっきり向こうからこの話をしてくるかと思ったけど・・・・ベル王子も気まぐれだからね。こっちから仕掛けた方がいい」


そう言いながら何も応えない私を訝しげに見上げ、ドナおばさんは灰皿に煙草を押しつぶした。


「どうしたんだい?浮かない顔して」
「い、いえ・・・・」
「ベル王子の専属は嫌なのかい?」
「そんな事は・・・・」
「だったら何だい。あんたも、その方が楽だろう?毎晩、違う男に抱かれるよりはね。他の娼婦だって、それを狙ってるのばかりなんだ」
「・・・・・・」


ドナおばさんの言っている事は、良く分かっていた。
専属になればお金もいいし、その分借金も早く返せる。
大勢の男を相手にしない分、身も心も随分と楽になる。
だけど、彼はその話を随分と前から私にしていた。
それもドナおばさんは"誰が好き好んで"と言っていたが、それこそ私の借金を全額オレが返してやろうか?と彼は出会ってすぐの頃、言ってくれていた。
あの言葉がどこまで本気だったのかは分からない。
だけどそれ相応の奉仕もしていないのに、そんな大金を彼に払ってもらう事は出来ない、とすぐに断った。
自分がいない時でも金を払えば他の男を相手にしなくていいのか、と問われた時も、本当はすぐにこの契約の事が頭を過ぎった。
だけどその事は話さず、無理だ、と説明してしまった。
それは彼の事が嫌いだからではなく――――他に理由があった。


「どうなんだい?!これを持って行くのか、行かないのか、ハッキリしなよ!」
「・・・・ッ」


何も言わない私に、ドナおばさんはイライラしたように声を荒げた。
ビクっとしながら、ドナおばさんの手に揺れている契約書を見る。


「あんたにとってもいい話なんだよ?少し考えておきな!」
「・・・・はい」
「ああ、それと・・・・今日からあんたの部屋は隣のマンションだよ」
「え・・・・?」


驚いて顔を上げると、ドナおばさんが私にキーを投げて寄越した。


「そろそろ一人部屋がいいだろ。かなり稼いでくれてるからね」
「ドナおばさん・・・・」
「早く荷物まとめて隣に移りな。あんたが使ってた3人部屋には、今日から新しい子が入る予定なんだ」
「は、はい・・・・。ありがとう・・・・御座います」
「家具は揃ってるから好きに使っていいよ。ああ、あと全身のお手入れだけはかかさずにね。大事な商売道具なんだから」
「はい・・・・」


ドナおばさんに軽く頭を下げると、私はまず、4階にある自分の部屋へと向かった。
そこから隣にある、マンションへと移る。
そのマンションも、ドナおばさんの所有するもので、そっちは主に稼いでる娼婦だけが使える一人部屋専用のマンションだ。
まさか一ヶ月前まで客も取れなかった私が、そこを与えられる事になるなんて思いもしなかった。





「きゃはは!マジ〜?」
「でさ〜」


今まで住んでいた部屋の前まで来ると、同室の子達の声が聞こえてくる。
ロベルタとルチアだ。
この世界に入って長い彼女達と二ヶ月半ほど一緒に生活をしたけど、特別打ち解ける事もなかった。
時々、「客も取らないで、良く帰ってこれるわね」などと嫌味を言われたりしていたが、今日でそれも終わる。
私は軽く深呼吸をすると、静かにドアを開けた。


「――――きゃはは!で、そいつがしつこくて、もう一回してくれって興奮しちゃってぇ〜」
「あはは!男って単純だよね〜!ちょーっとテク使ってやったらすぐ出しちゃうんだからさ〜」
「ホーント!少しはこっちもよがらせてみろってのよね〜演技で喘いでやってんの分かんないのかしら」


中へ入った瞬間、そんな会話が聞こえてくる。
大方、夕べの客の話で盛り上がってるんだろう。
男達の前では猫なで声で擦り寄り、陰では舌を出している。
娼婦とは本来、こういうものだ。


「あーら、うちの稼ぎ頭が帰ってきたわよ〜」
「今日は遅かったのね〜。もしかしてベルに腰抜けにされて動けなかったのかしら〜?」
「・・・・お、お疲れさまです」


帰って早々、鋭い視線で睨みつけられる。
嫌味をぶつけられたが、私はいつものように挨拶をした。
でも彼女達はこれが気に入らないのか、ムっとしたように顔を背ける。
私が客を取れるようになってからは、前以上に風当たりが強くなっていた。
その理由は分かっている。


「・・・・そう言えばあんた、ベルだけじゃなく、スクアーロにまで色目使ってんだって?」
「え、いえ私は――――」
「生意気よね〜!ヴァリアーのメンバーばっか狙っちゃって〜!」
「しかもベルとスクアーロ、二人に呼ばれてるって、どうなの、それ」
「私は・・・・」
「そんな虫も殺さないような顔して・・・・百戦錬磨の二人をどうやってたらしこんだのかしら」
「た、たらしこんでなんか――――」


いつもよりキツイ事を言ってくる二人に胸が痛んだ。
そうじゃない。私は生きる為に、借金を返すために必死なだけ。
ヴァリアーだからとか、そんな事で仕事をしているわけじゃない――――

そう叫びたいのに、声に出てこない。
ただ、彼女達の嫌味をぶつけられ、耐えるしかないのが今の私。
以前より少し強くなった気がしたけれど、やっぱり人から悪意をぶつけられれば悲しくなる。
でも・・・・それも仕方のないことなのかもしれない。
ボンゴレやヴァリアーとはそれほどに大きな存在で、この街に住む娼婦の憧れ。
普通の人では近づけないような存在の彼らに、この仕事をしているからこそ近寄れる。
言葉を交わせる。運がよければ抱いてもらえる。
この世界で同じ苦しみを味わうのなら、彼らのようなトップクラスの男に買われたい。
娼婦をしている女の人たちは、誰もがそう思ってるみたいだった。
一般人からは恐れられてる彼らでも、私達娼婦からすればきっと英雄に近い存在なのだろう。
マフィアも娼婦も裏世界の住人という意味では、同じなのだから。

目の前で私をなじっている二人も、それは同じだった。
私がここへ来た頃から、毎日のようにヴァリアーの噂話をしていた。
ヴァリアーのメンバーを狙っているのは私ではなく、むしろこの二人だった。


「ちょっと聞いてるの?!」
「・・・・え」
「どうやってスクアーロを騙したのよ!まさかベルに紹介してって頼んだわけじゃないでしょっ?」
「そ、そんな事してません・・・・!スクアーロさんは――――」
「スクアーロさん?何よそれ・・・・。何、親しげに呼んでるのよ!彼とヤってるからって調子に乗らないで!」


パンっと弾けるような音と共に、頬に痛みが走った。
殴られたんだと思った時には、すでに床へ倒されていて背中にも激痛が走る。
ロベルタが馬乗りになり、ルチアが私の両手を押さえる。
彼女達の怒りを肌で感じ、恐怖を感じた。


「わ、私、スクアーロさんとは何もしてません・・・・!」
「はあ?今更バレバレな嘘言わないでよ!その純情ぶった顔見てるだけでムカツクのよ!その顔で二人を騙したのっ?」
「ち、違・・・・」



パンッ!



口を開こうとした瞬間、また頬を殴られ、その衝撃で耳鳴りがした。


「あんた、一人部屋もらったんだってね・・・・。それもベルやスクアーロを騙して稼いだからでしょ!」
「・・・・何年も働いてる私達はまだここから抜け出せないってのに、何であんたみたいなガキが!」


罵声の後にパンッ!という音が部屋に響く。
再び、頬を殴られ、その痛みで涙が零れてきた。
それでも彼女達の怒りが収まる事はない。
収まるどころか、抵抗しない私に更に怒りが増しているように見えた。


「何、泣いてるのよ!そういうとこがムカつくって言ってんの!」
「そうやって泣いてか弱い女を演じながら男に媚売ってるんでしょ!こんな貧弱な身体で!」
「きゃ――――」


髪を引っ張られ、その痛みに思わず声を上げる。
その瞬間、布の裂ける音がして、着ていたドレスを引き裂かれた。


「ぃ、や――――っ」
「は!胸もないじゃない。よくこんな身体で相手が出来るわねっ」
「や、やめて下さい・・・・っ」


下着も剥ぎ取られ、二人の視線が肌に突き刺さるのを感じ、恥ずかしさでいっぱいになった。
女の人に肌をさらし嘲笑されるのは、恋人でもない男の人に抱かれるよりも陵辱されてる気分になる。


「あんたなんかベルに殺されちゃえばいいのよ!いつか飽きられて、あんたも殺されるに決まってるっ」


そう叫びながらドレスを引き裂いていくロベルタは、鬼のような形相をしていた。
嫉妬に駆られた女ほど、恐ろしいものはない。
その時、彼女の瞳が一瞬で釣りあがり、ドキッとした時には首を絞められていた。


「ぐ・・・・」
「何、これ・・・・キスマークじゃない・・・・」
「――――ッ?」
「嘘でしょっ?」


ロベルタの言葉に腕を押さえつけているルチアがギョっとした顔で覗き込んでくる。
普通なら、自分の恋人でもなんでもない、ただの娼婦にこんなものをつける男はいない。
客である男達は娼婦を女と言うよりも、ただの性的欲求を処理する為の道具だと思っているからだ。
その道具に己の感情をぶつけ、こんなものをつける人はいない。
その事をよく分かっているからこそ、二人は驚いているんだろう。
でもこの時の私は、その意味をまだよく理解してはいなかった。
何故、彼が肌にこんな痣をつけるんだろう、と思った事はあっても、その理由は分かるはずもない。
だから彼女達が驚いている理由も、よく分かってはいなかった。


「娼婦にキスマークですって・・・・?冗談じゃないわ・・・・」


私の首筋や、胸元についている赤い痣を見て、ロベルタが首を絞めている手に力を入れてきた。


「・・・・ぁっ」
「ちょっと、ロベルタ!そろそろヤバイって!この子、死んじゃうわっ?」
「腹が立つのよ・・・・!私だって・・・・彼と・・・・スクアーロといつかって思ってたのに――――」
「――――ッ?」


ロベルタのその言葉に、ハッとした。
でも空気が止まった口からは言葉も何も出て来ない。
意識も遠くなり、視界が薄っすらと歪み始めた、その時、「やめなよっ!」とルチアの叫ぶ声。
その瞬間、突然送り込まれた空気に、私は激しく咽た。


「ゴホッ・・・・ゴホッ」


不意に身体が軽くなる。
多分、ルチアがロベルタを私から引き剥がしたんだろう。


「こんな子、殺して捕まりたくないでしょ?そのうちベルに殺されるってば」
「分かってるわよ・・・・っ」


ロベルタはそう叫びながらも、床に倒れている私を冷たい目で睨みつけた。
その恐ろしさに力の入らない身体を何とか動かすと、未だに激しく動く胸を手で抑えた。


「・・・・ゴホッ」


強く締められたからか、声が出ない。
それでも私は二人から逃げ出したくて自分の荷物をすぐに抱えた。
フラつく足で部屋を出る時、二人に向かって頭を下げる。
二人はそんな私に、「早く出て行け!」と怒鳴った。
たった今、殺されそうになったのに、と自分でもおかしくなったが、右も左も分からない世界に入った時、あの二人が色々な事を教えてくれた。
そのお礼だけは伝えておきたかった。


「・・・・・っ」


廊下に出た瞬間、不意に涙が溢れて頬を伝って行った。
次から次に零れ落ちる涙は、剥きだしになったままの胸へと落ちる。
しっかりして、と自分を奮い立たせるように涙を拭くと、引き裂かれたドレスの上からショールを羽織った。
そして、そのまま隣にあるマンションへと一気に走る。

まだ、これはほんの入り口に過ぎない。
これから、たくさんの苦しみが、きっと待っている。

その事を肌で感じながら、私は一歩、前へと進んだ――――









夜、いつもの時間。
私は人ごみに紛れてヴァリアーの屋敷へ向かう道からそれると、近くを流れる川辺へと向かった。
いつもならこの時間に屋敷へ向かい、仕事を始める。
だけど今日はそんな気分ではなかった。
今朝、殴られた頬も少し腫れているし、唇も切れて赤くなっていた。
身体のあちこちにも紫色の痣が出来ていて、これでは仕事にならない。


「あらあら・・・・また派手にやられたねぇ」


時間になっても、なかなか姿を見せない私を迎えに来たドナおばさんは、顔を冷やしていた私を見て苦笑いを零した。
そして新しく私の部屋になったリビングのソファに腰を下ろし、煙草に火をつけるとゆっくり煙をくゆらせる。


「ここは男相手に商売してる場所だけど・・・・実際は女の園だ。嫉妬や妬みなんて腐るほどあるさ」


そう言って立ち尽くしている私を見上げた。
ドナおばさんの瞳は汚いものを沢山見てきたような、そんな色をしていた。


「長年こんな仕事をしてると、色んな人間を見て色んな感情を知る事になる。あんたも少しは分かってきただろ?」
「・・・・・」


小さく頷けば、ドナおばさんは小さく息を吐き出した。


「ここに集まる人間は、目の前にいる男に縋る事しか出来ない。そうやって生きてる。それが出来ない人間は、死ぬしかないんだ」
「・・・・・はい」
「だからこそ必死なんだ。他人を出し抜いて自分が這い上がろうとね。あんたも、それくらいの強さがないと、ここでは生きていけないよ、
「・・・・はい」
「分かったなら、すぐ着替えて用意をしな。そんな傷、化粧で誤魔化せるだろ?情報ではもうすぐヴァリアーのメンバーが任務から帰ってくる。あんたも早く行きな」
「・・・・・」
「新しいドレスはベッドルームのクローゼットに入ってる。メイク道具もだ。一人部屋の特権だよ。まあ、多少の金はもらうけどね」


ドナおばさんはそう言って立ち上がると、俯いたままの私の肩をポンと叩いた。


「今のベル王子ならどんなツラしてようと、あんたを呼ぶだろ。さっきの契約書の話もしておいで」


ポンポンっと肩を叩いて、ドナおばさんは部屋を後にした。
静かになった部屋に一人で立っていると、どうしようもないくらいの孤独を感じる。
家族と離れ、こんな世界でたった一人、生きていかなくちゃならない。
いや、私が死ねば、家族も死ぬんだ。
そう思って耐えるしかなかった。

ドナおばさんに言われたように、なるべく傷が目立たないようメイクをすると、新しいドレスを身に着けた。
これまでのものより少し高価だというのは、着てみて分かる。
身体の痣は消しようがないから肌の露出が少ないドレスを選び、長い髪を簡単に結い上げる。
鏡の前に立つと、その辺の娼婦よりもほんの少しランクが上がった娼婦が、泣きそうな顔で映っていた――――



用意をして何とか心を奮い立たせて出かけて来たものの、いざ屋敷の近くまで来ると足取りが重くなった。
体中あちこち痛いのもあったが、それ以上に心が痛かった。
私は単に運が良かっただけ。
そう、それだけだ。
ヴァリアーの二人に出会えた事が、少しづつ私の運命を変えていく。


"いつか飽きられて、あんたも殺されるに決まってる!"


ロベルタに言われた言葉が胸を痛くさせた。
でも、それは本当にそうなのかもしれない。
この仕事をしているから会うことが出来たけれど、普通なら言葉を交わすことさえ出来ない存在。
街の人からも、敵のマフィアからも恐れられてる存在だ。
私の前では見せなくても、彼らは暗殺部隊なのだ。
あんなに優しくしてもらったのは、ただ運が良かっただけ。
飽きられたらすぐにでも彼らは遠い存在に戻り、二度と私を見てはくれないだろう。
でもそれが娼婦というものなんだ。
彼らに与えるものは身体だけでいい。
心は、いらない。

小石を投げるとポチャンと音がして、小さな波紋が出来る。
ゆっくりとした川の流れを見ていると、少しだけ気持ちも落ち着いてくるようだ。
気づけば夕焼けのあった空に薄っすらと星が見えている。
そろそろ夜が降りてくる時間だ、と、私は溜息を着いた。
その時、「きゃー!」という声がかすかに耳に届き、慌てて声のする方を振り返った。


「あ・・・・」


川沿いの道を、黒塗りのリムジンが屋敷へ向かって走っていく。
それはヴァリアーを運ぶ、車だった。
行くか迷っていたくせに、足が勝手に屋敷の方へと向かっていく。
さっき聞こえた声は屋敷の中で彼らを待ち構えていた娼婦達のものだろう。
本当なら、私もその中にいるはずだった。

正面から入る勇気もなく、私は川辺を進み小さな橋を見つけて渡った。
ここから裏口まで行けばそこからでも中へ入れるのを、ベルから聞いたことがある。


「あった・・・・・」


庭へ続いているという、その裏口は、今は使用されていないのか、蔓が巻きつきドアが隠れてしまっている。
何とかノブを見つけて巻きついている蔓を切ると、錆びて重くなっているドアを力いっぱい引っ張った。
ギギギっと嫌な音がして、少しだけドアが開く。
そのスペースから中へ入ると、確かにそこには見覚えのある庭が広がっていた。
そこには時々見張りの人間がいるが、今はヴァリアーが帰って来たからか、誰もいない。
その時、正面の方からまたしても黄色い声が聞こえてきて、私はそっちへ歩いて行った。
広い庭を抜けるとエントランスの大きな柱が見えて、そこの前にリムジンが止まっている。
黒スーツを着込んだ部下たちが、その周りを取り囲むように立っているところを見れば、メンバーは、まだ車内にいるんだろう。
そしてエントランスホールには、艶やかな格好をした娼婦達が、彼らを待ち構えていた。
一般の人はそこまで入ることは許されない。
が、入ることの許された宿の娼婦ならば、通行証さえあれば通してもらえる仕組みになっていた。


「・・・・けっ!サッサと片付けとけって言っただろーが!このカスが!」


いきなり後部座席のドアが開き、最初に下りて来たのは、ヴァリアーのトップでもあり、ボンゴレ9代目の息子でもあるザンザスだった。
私も近くで彼の事を見るのはこれが初めてだ。
異様な威圧感、そして鋭い目。 周りが一瞬で固まるほどのオーラ・・・・
ヴァリアーのボスという男は、その存在感で人を惹きつけ、魅了する。


「全く〜ボスってば短気なんだから〜」
「仕方ないよ。言われた事を出来なかった部下が悪いのさ。僕なら金を取るね」
「あら、マーモンはホントお金が好きね〜!いつか金で身を滅ぼすわよ!ね、そう思わない?ベル」
「マーモンは金に埋もれて死ぬといいよ。そしたらオレがその金頂くからさ、うしし♪」
「ふん、ベルもマーモンと同じ強欲だな」
「うるさいよ、レヴィ。変態に言われたくないね」


「――――っ」


次から次にメンバーが降りてくる中に、ベルを見つけてドキっとした。
メンバーでもあるルッスーリアやレヴィ――私はまだ一度も話した事はない――と何やら楽しそうに話しながら、屋敷の中へと入っていく。
多分、この後、気が向けば群がる娼婦の中から今夜の相手を選ぶんだろう。
昨日までは、それは私の役目だった。 でも今日はその場に私はいない。
その時、彼はどうするんだろうか。 他の娼婦を選ぶかもしれない。
そうなれば、私の今夜の売り上げはゼロになる。
いや、他の誰かに呼ばれればいいが、でもそれもこんな場所に隠れてるのだから出来るはずもない。
このままではドナおばさんの期待を裏切ってしまう事になる・・・・

契約書の入ったバッグを握り締める。
彼を見てさっきまで憂鬱だった気持ちよりも、私も行かなくちゃ、という思いが込み上げ、一歩、足を踏み出した。
が、その時、最後に誰かが降りてきた。


「う゛お゛ぉい、邪魔くせぇーぞぉ?そんなところに突っ立ってんじゃねぇ!」
「はっ、申し訳御座いません」


目の前に立っていた部下を怒鳴りながら現れたのは、銀髪をなびかせたスクアーロだった。
サングラスをしていても、その声と綺麗な髪ですぐに分かる。
颯爽と屋敷の中へ入っていく彼を見て、思わず後を追いかけた。
エントランスに走っていくと、彼らの部下が訝しげな顔で、「おい、女!」と歩いてくる。


「今頃来たのか。どこの娼婦だ」


そう言われ、すぐに通行証を見せると、すんなり中へ通してくれた。
そのままホールへ歩いて行くと、前方にスクアーロの後姿が見える。
どうやら女性陣に囲まれ、身動きが取れないみたいだ。


「う゛お゛ぉい、ベタベタくっつくんじゃねぇっ!香水くせぇーぞぉ!」


そんな声が耳に届き、思わず笑みが零れる。
彼は口も悪いし見た目も怖そうだけど、娼婦の間では一番、人気があると思う。
それは他の娼婦に嫌味を言われるようになってから、知った事だ。

最初に会った時は少し怖かったけど、でもすぐに、彼は優しい人なんだ、と何となくそう感じた。
娼婦の私を、一人の女性として扱ってくれたからだ。
男達は娼婦を見ると、品物を選ぶような目つきで見定める。
そして、道具のように扱い、抱く。
別にそれを責めようとも思わない。もともとそういう世界なのだ。
でも彼は、私を抱こうとはしなかった。
それは処女だった私でも衝撃的で、最初はそんな人もいるんだと思ったくらいだ。
でもそれを仲間のお姉さんに尋ねると、「娼婦買って抱かない男がいるかって?ありえないわよ!」と大笑いされてしまった。


「男ってのはね。女と違って溜まるシステムなの。別に愛がなくても目の前に裸の女がいれば突っ込みたくなる生き物なんだよ。 あんたも夢見てないで現実を見なよ。客は恋人じゃない。そんな仙人みたいな男はいないってね」


それを聞いて私は驚いた。
私よりも長くこの世界にいるお姉さんが"ありえない"という男に、出会っていたからだ。
でもその事を話す事はなかった。
何となく言わない方がいい気がしたのだ。

でも、疑問は残る。
彼はあの後も何度か私を呼んでくれたけど、キス以上の事はしてこない。
ただ、優しくキスをするだけ。
時々、身体にもキスをしたりするけれど、それ以上の事はしてきた事がない。
最初、それは私に女としての魅力が足りないから、彼をその気にさせられないだけかと思っていた。
だけど前に一度そう尋ねた時、彼は困ったような顔をして、その後、優しく抱きしめてくれた。
その時も私を抱こうとはせず、朝まで他愛もない話をしながら、時々、キスをするだけ。

それはどうしてなのか、今も分からない。
でも、彼が優しい人だという事だけは、分かる。
ベルも優しくしてくれるけど、それとはまた違う優しさ。
今、彼に群がっている娼婦達も、その事に気づいているのかもしれない。
お金の事だけを考えれば、ライバルの多い彼より他の人をターゲットにすればいいのだ、
でも彼女達は彼に選んで欲しくて、抱いて欲しくて、ああして彼の気を引こうとしている。


「ねぇ、スクアーロ。そろそろ私を呼んでくれてもいいんじゃない?安くしとくわよ」
「何よ。今日は私よ!ねぇ、スクアーロ、いいでしょ?何でもしてあげる」
「う゛お゛ぉい、うぜぇ〜ぞぉ!くっつくなって言ってんだろうがっ」


女たちの腕を振り解きながら、周りを見渡している彼に自然と目が行ってしまう。
何となく、私を探してくれているような、そんな気がして・・・・。
ホールにはベルの姿はなかった。
もしかしたら他の娼婦を選び、部屋に連れ帰ったのかもしれない。
でもスクアーロは誘いをかけてくる女たちに辟易しながらも、ゆっくりとホールを進み、誰かを探しているようだった。
女を買わないなら振り切れるくらいのこと、できるはずなのに。

その時、彼が一瞬、こっちを振り返ったような気がして慌てて柱に身を隠した。
別に隠れる事はないのに、と思いながらも、身体が自然に動いてしまった。
あんな隅っこでジっと見てた事を知られたら、何だか凄く恥ずかしい気がしたのだ。


(どうか、バレてませんように・・・・)


神に祈るかのように両手を握り締める。
でもその祈りも空しく、突然振ってきたのは彼のあの、声――――



「う゛お゛ぉい、そんなとこで何してんだぁ?」


「――――ッ!!」



その声に飛び上がらんばかりに驚いた私を、スクアーロは訝しげな顔で見ていた。


「ス、スクアーロ・・・・さん・・・・」


引きつった顔で何とか笑顔を見せると、彼は意外にも小さく噴出し、楽しげに笑った。


「な〜に尻尾踏まれた猫みたいな顔してんだぁ?」
「・・・・へ?あ、い、いえ・・・・。ちょっとビックリして――――」
「ビックリしたのはこっちだぁ。てっきりベルにでも浚われたかと思ったぜ」
「・・・・え、」


ドキっとして顔を上げると、スクアーロは優しい顔で微笑んだ。


「探してたんだ、お前の事」


その言葉に何故か頬が熱くなる。
彼の後ろには当然、さっきまで群がっていた娼婦達がいる。
そしてその中にはきっと、ロベルタやルチアもいるだろう。
そんな皆の前で堂々と"探してた"なんて言われたら、きっとまた中傷の的になるのは間違いない。
でも・・・・そんな事は何でもないと思うくらいに、彼の言葉が嬉しかった。


「ちょっとスクアーロ!何よその子〜!今日は私を選んでって言ってるのにっ」
「うるせぇぞぉ!オレが誰を選ぼうが勝手だろーがぁ!文句ある奴は三枚におろすぞっ?」


一斉に騒ぎ出した娼婦達も、彼のこの一言でシーンと静まり返った。
彼はそれを見て、軽く舌打ちすると、「ここはうるせぇな・・・・」と私の手を引いて歩き出す。
どこへ行くのか問う暇もない。 彼は私を連れて庭へと走り出した。


「ここまで来りゃいいだろ」


裏庭まで走ってきたスクアーロはそう言うと、そこで初めて私の方を振り返った。
そして息を荒くしている私を見て、慌てたように身を屈める。そうしないと目線が合わないのだ。


「わりぃ・・・・。疲れたか?」
「い、いえ・・・・。大丈夫・・・・です」


息も切れ切れにそれでも笑顔で首を振ると、彼はホっとしたように微笑んだ。
サングラスをしているからハッキリとは分からないけど、でもそんな気がした。


「けどよ・・・・何で隅にいたんだぁ?」
「え?あ、い、いえ・・・・」
「どこにもいねーし、娼婦どもはうるせぇしで参ったぜ・・・・って、わりぃ」
「え?」


突然謝られて驚いた。
彼は気まずそうに頭をかきながら、「お前も・・・・娼婦なんだよな」と呟く。
そこで、さっきの言葉を気にしてるんだと気づき、つい笑みが零れた。


「いえ・・・・ホントの事ですから気にしてません」
「・・・・・っ」


こんな事くらいで気にしてくれる彼はやっぱり優しい、と思った。
娼婦の私のことを気遣ってくれる、その気持ちが嬉しい。


「でもオレは・・・・お前の事を娼婦なんて――――」
「え?」
「いや・・・・何でもねえ」


言葉を濁す彼に首を傾げる。
いつもハッキリ物を言う彼にしては珍しいと思った。


「あ、あの・・・・お部屋、行かなくていいんですか?」


そこでふと時間が気になり、そう尋ねる。
泊りじゃなければ、今夜0時には帰らないといけない。
でも私の問いに彼は苦笑すると、「部屋に行かなきゃダメか?」と言った。


「・・・・え?」
「せっかく外に出たんだし・・・・どこか行こうぜ」
「え、あのどこかって――――」
「決めてねーよ。適当にブラつくってのは嫌か?」
「いえ・・・・。で、でも私――――」
「いいから来い。別にとって食おうなんて思ってねえ」


彼はそう言って笑うと、そのまま私の手を繋いで歩き出した。
それには驚いたが、拒もうとは思えなかった。


「何だぁ?開いてんじゃねぇか」
「あ・・・・」


彼が向かったのは裏口だった。
先ほど私が忍び込んだ時に閉め忘れたらしい。
僅かに開いているドアを見て、彼は訝しげに首をかしげている。


「あ、じ、実はその・・・・ここから入ったんです・・・・」
「あ?」
「さ、さっき・・・・何となく正面に行きにくくて・・・・」
「どうしてだ?いつも正面から来るだろうが」
「だ、だから・・・・」


本当はここへ来ることを躊躇っていた。
でも結局、娼婦としての自分の仕事をしなくては、と思い直した。


「今日は遅刻してしまって・・・・。それに皆さんの車があったし行きづらくなったって言うか・・・・」


何とかそう説明すると、彼は突然、噴出し、私の頭を優しく撫でた。


「んなの気にするなぁ。堂々と入って来りゃいい」


その言葉にドキっとして顔を上げると、不意に唇が重なった。


「・・・・っ」


その不意打ちに一瞬、顔が赤くなる。
重なった唇が熱くて胸の奥がドキドキしてきた。
でもそれは一瞬の事で、すぐに離れた彼は煩わしそうにサングラスを外し、「邪魔だな」と苦笑した。


「何だよ・・・・。まだ慣れねぇのかぁ?」


赤くなったまま固まっている私を見て、彼が苦笑いを零した。
そしてサングラスをポケットに突っ込むと、ゆっくりと屈んで、私の顔を覗き込む。


?どうしたぁ?」
「い、いえ・・・・」


至近距離に彼の顔が来て、更に鼓動が跳ねる。
いつも眉間に皺を寄せているから分かりづらいけど、彼の顔はとても綺麗な顔立ちだ。
それが目の前にあれば、どの女の子だって赤面してしまうに違いない。
が、その時、不意に彼が息を呑んだ気がした。


「う゛お゛ぉい!」
「――――ッ」


突然、大きな声を出され、ビクっとなった。
見れば彼は怖い顔で私を見つめている。


「ス、スクアーロさん・・・・?」


何か怒らせただろうか、と不安になった。
でも彼は私の頬に触れると、「これ、どうしたぁ?」と眉間を寄せた。


「え・・・・」
「切れてんじゃねぇかぁ・・・・。誰かに殴られのか?」
「あ・・・・」


ロベルタ達に殴られた傷の事を思い出し、ハッとした。
念入りにメイクをしてきたが、完全に隠せるものでもない。
多分、彼はさっきまでサングラスをしてたから今まで気づかなかったんだろう。


「な、何でもないです・・・・。ちょっと転んじゃって――――」
「嘘つくなぁ!こんな傷、殴られでもしなきゃ出来ねぇっ」
「ご、ごめんなさい・・・・」


急に怒り出した彼に驚いて謝ると、彼は「お前が謝ることねぇだろ」と困ったような顔をした。


「それより誰にやられたんだぁ?オレがそいつ三枚におろしてやるから教えろぉ!」
「スクアーロさん・・・・」
「まさかベルかぁ?」
「ち、違います・・・・!これはその・・・・」
「だったら誰だぁっ」


誤魔化そうにもムキになっている彼に、上手い言い訳が出てこない。
見れば彼は本気で怒っているようだった。


「まさかババァか?売り上げの事で何か――――」
「違います・・・・!だ、誰でもありません・・・・。ホントに転んだだけで・・・・」
「お前・・・・」


ここで言えば彼女達はきっと殺される。そんな気がした。
何故か分からないけど、スクアーロさんが本気で怒っている事は分かる。
だからこそ言えなかった。


「ホ、ホントです・・・・。わ、私ドジだから顔から落ちちゃって・・・・」
「・・・・・・」


必死にそう言う私を彼は黙ってみている。
それでもバレないよう何とか笑顔を見せると、彼は深々と溜息をついた。


「もういい、分かったぁ・・・・」
「・・・・え?」
「ったく・・・・。怒ったオレがバカみたいじゃねぇかぁ」


彼はブツブツ言いながら照れ臭そうに視線を反らす。
そんな彼に驚いたが、私はつい笑ってしまった。
その瞬間、強く抱きしめられ、私は驚いた。


「・・・・笑うなよ」
「ご、ごめんなさい・・・・」
「それに・・・・」
「・・・・え?」
「あんま心配かけんな・・・・」
「・・・・・っ」


かすかに耳に届いたその言葉にドキっとする。
彼は私の嘘なんか見抜いてたんだ、とこの時、思った。
でも彼の言葉の意味が分からなくて、「心配・・・・?」と小さな問いが零れ落ちる。
どうして私の事なんか心配してくれるの?
そう聞きたいのに聞けない。
ただ抱きしめる腕の強さに、違う意味で胸が苦しくなっていく。


「スクアーロさ・・・・」


彼の匂いがする。
それを覚えてしまうくらいに、近い存在・・・・。


(どうしよう・・・・胸が、ドキドキする――――)


抱かれていない分、余計に、彼の抱擁が甘美に感じた――――
















初ヒロイン視点で書いてみました☆
このバージョンはちょっと続きます。
この後、若干、ダークな展開になるので、苦手な方はご注意下さい。

このお話にも沢山コメントを頂いております!いつも励みにさせてもらってますよ〜!ホントありがとう御座います<(_ _)>






■ベルとスクアーロのヒロインに対する態度が可愛くて大好きです(社会人) 
(ありがとう御座います!ちょっと似非っぽいかなと心配してたんですが、そう言って頂けると励みになりますー♪今回はヒロイン視点で書かせて頂きました(^^)

■すっごく素敵です!何度読み返しても全然飽きなくて…スクが特に好きです!!(高校生) 
(何度も読み返して下さってる様でありがとう御座います!飽きないなんて嬉しいお言葉です(*ノωノ)またまたアップさせて頂きました♪初ヒロイン視点です)

■ヴァリアー夢のLovelyDollがすごく好きです。かわいいヒロインに私までドキドキです。(社会人) 
(ヒロインにドキドキしてもらえて感激です!これからも頑張ります〜!)

■切ない感じが大好きです!応援してます。(高校生) 
(ありがとう御座います!応援嬉しいです♪)

■このベル最高です!(大学生) 
(ありがとう御座います!嬉しいです!)

■此方のサイトのヴァリアー夢が大好きで更新を待ってます(中学生) 
(ありがとう御座います!大好きと言って頂けて嬉しいです!これはノンビリ更新になると思いますが待っててやって下さいませ!)

■ヴァリアーのメンバーが皆おもしろくてすきですッ♪(中学生) 
(ありがとう御座います!ヴァリアーのメンバーはいじりがいありますよね(笑)

■ヒロインがここまで愛しく感じる夢は初めてです…!ベル君にもキュンキュンですがなにより一緒にいる二人がとっても可愛くって和みます♪(大学生) 
(ヲヲ…!ヒロインに愛を感じて頂けて感激です!しかも二人に和んでもらえて嬉しい限りです〜(●ノ∀`)