ボンゴレリング争奪戦――ボンゴレの次期後継者を決める戦いに、意外な終止符を打ってから10年。
9代目の温情から反旗を翻したヴァリアー全員は軽い処罰で済み、今もなお、陰からボンゴレを支えていた――――
ボンゴレ本部の地下深く。そこに数ヶ月ぶりの顔ぶれが揃っていた。
その中に一際、強力なオーラを放つ、顔に傷を持つ鋭い眼の男。
ボンゴレお抱えの最強暗殺部隊ヴァリアーのボスである彼は、久しぶりに揃ったオレ達を見渡すと、軽く鼻で笑った。
「フン・・・・。元気そうだな、カスども」
「お互いさまだろぉ」
「ボ、ボスもお元気そうで・・・・!」
オレの隣に立つ大男、レヴィが――いつのまにかヒゲなんか伸ばして相変わらずキモイ――興奮したように叫ぶ。
「やだーホントに久しぶり♪ 嬉しくてワクワクしちゃうー♪」
「お前は相変わらずキモイね〜♪ ししっ」
「まーあー!何よベルちゃんこそ、その意地悪な性格ちっとも変わってないわ!」
長身のオカマが言い返すと、指先でナイフを弄んでいた金髪の男が楽しげに笑った。
ルッスーリアとベルフェゴール。
こいつらと会うのも久しぶりの事だ。
その中で一人、10年前にはいなかった新顔が、小さく溜息をついた。
「あのー。ミーはいつまで、このかぶりものをかぶってないといけないんでしょう」
「あ?んなのずっとに決まってんじゃん♪うししっ」
「えー勘弁してくださーい。これじゃ恥ずかしくて外にも出られないしー」
語尾を伸ばす独特の喋り方。こいつはマーモンの代わりに入ったフランとかいう新米だ。
何故かベルに渡された、蛙のかぶりものを素直に頭に乗せている。(一応発信機付き)
一応、先輩になるベルに面倒を見させる事にしたのだが、どうやら仲は良くないらしい。
「う゛お゛ぉい!ゴチャゴチャうるせぇぞぉ!下らねぇ、おしゃべりする為に集まったわけじゃねぇ!」
一向に話が進まず、思い切り怒鳴ると、フランは納得いかないような顔でベルを睨んだ。
「センパーイ・・・・。センパイのせいでスクアーロ作戦隊長に怒られちゃったじゃないですかぁー」
「人のせいにすんなよ。殺すよ?」
「スクアーロ隊長〜このセンパイどうにかして――――」
「うるせえ!つってんだぁ!」
オレ達が久しぶりに集まったのは、こんな雑談をする為じゃない。
バカ二人に関わる時間すら惜しくて、オレはもう一度怒鳴ると、退屈そうに欠伸をしているザンザスへ目を向けた。
「一週間後・・・・ミルフィオーレに一斉攻撃をしかける。幹部がそう決定した」
「……手はずは?」
「整いつつある。オレ達ヴァリアーも総動員で参加しろとの事だ」
「けっ!カスが・・・・。じじぃどもの言う事を聞くのは癪に障るが・・・・」
ザンザスはそう言って、静かに立ち上がると、
「これ以上、奴らの好きにさせるのはもっと癪に障る・・・・」
「ボス!!ご命令を!」
ザンザスを崇拝しているレヴィが傅くと、ザンザスは唇の端を僅かに上げ、楽しげな笑みを浮かべた。
10年ぶりに見るその笑みに、ベルが「レアだね」といつものように笑う。
「はむかってくるものは全て――――かっ消せ」
その一言で、ヴァリアー全員が活気付く。全員が参加する任務は、あのリング争奪戦以来のような気がした。
「任せてください、ボス!」
「オッケー♪ 久しぶりに暴れられそうね」
「久々でちょー興奮するー」
「センパイってやっぱ変態ですかー」
「・・・・マジ、殺す」
後輩、フランの一言にベルがすぐさまナイフを持つ。
それを見て、また周りが騒ぎ出すのを尻目に、ザンザスは一人その場から消えた。
「あら、ボスってば先に帰っちゃったのぉ?」
そこへルッスーリアが歩いて来た。
「・・・・どーせ女んとこだろ。作戦まで少し時間があるからなぁ」
「せっかく久しぶりに全員が揃ったし、お食事でもと思ってたのに〜」
残念そうに溜息をつくルッスーリアに、オレは勘弁してくれ、と溜息をついた。
「お前らと食事なんて冗談じゃねえ。オレも帰るぜえ」
「あら!寂しいこと言って・・・・って、あ〜もしかしてちゃんが待ってるとか?」
不意に彼女の名を出され、ドキっとして足を止める。勘のいいオカマはウザいだけだ。
「そう言えばスクアーロも隊長になってから忙しくて、最近帰ってなかったものねぇ。ちゃん寂しがってるんじゃない?」
「うるせえ!てめぇには関係ねーだろっ」
「……って誰ですかー?スクアーロ隊長ー」
そこへベルとケンカをしていたフランまでもが参加してきて、オレは思わず舌打ちをした。
出来れば彼女の話は、アイツの前ではしたくない。
「ってのはスクアーロの大事な大事な恋人だよ〜うしし♪」
「・・・・ベル」
一番聞かせたくない張本人が、ニヤニヤしながら歩いてきたのを見て、オレは思い切り息を吐き出した。
あれからもう10年も経つというのに、未だにベルへの罪悪感が消えてくれない。
ベルが本気で惚れた女を、オレが奪ったという、自分勝手な罪悪感が――――
「へえーって、ああ!もしかしてその人が、ベルセンパイと奪い合ったっていう例の――――」
場の空気が読めない後輩の一言で、その場にいる全員が固まった。
この新米がそんな事を知っている、という事は、誰かがしゃべったに違いない。
そしてその犯人は――――
「う゛お゛ぉい!!てめぇか、ルッスーリア!!!」
「ひぃ!」
足音を忍ばせ、逃げようとしていたルッスーリアの首根っこを掴む。
こいつの口の軽さはヴァリアー内ではダントツだ。
特に人の恋愛事情となると、酒の肴に面白おかしくしゃべりまくるクセ(?)がある。
どうせ新人歓迎会とでも称してフランと飲んだ時に、あの時の事をペラペラと話したんだろう。
案の定、ルッスーリアは首を窄めて、「ごめんなさーい」と泣きついてきた。
「フランちゃんと飲んだ時に、"皆さん恋人はいるんですか"って聞かれて、つい口からポロっと――――」
「ついポロっとじゃねえ!三枚におろされてぇか!」
「ひぃ〜助けてベルちゃ〜〜ん!」
ルッスーリアの雄たけびに、もう一人の当事者でもあるベルフェゴールは、ハッとしたように顔をあげ、いつもの笑みを浮かべた。
「うしし♪ ま、ホントの事だしいいんじゃね?」
「・・・・ベル・・・・」
「へえーホントの事だったんだぁー。二人が奪い合ったっていう女性ならミーも興味沸くなー」
「う゛お゛ぉい!うるせえぞ、ガキぃ!」
またしても場の空気を読まない後輩に、オレは掴んでいたルッスーリアを放り投げ(!)フランを睨みつけた。
だがベルは平気な顔をして、「めっちゃ可愛いぜ〜?お前に会わせるのはもったいないくらいねー」と笑っている。
その笑顔からは真意を見ることは出来ない。
あれからオレ達は一緒の任務についた時も彼女の話を避けてきたから、今、コイツがどう思っているのかなんてオレには分からなかった。
「ふーん。ま、でもその可愛い女性にベルセンパイは振られたんですよねーかわいそー」
「てんめ、マジ刻む!!」
無神経な後輩にベルがまたしてもキレて、ナイフを投げまくる。
その光景を何ともいえない気持ちで見ていると、ポンと肩を叩かれた。
「気にする事ないわ。ベルちゃんも吹っ切れてるわよ」
「・・・・うるせぇ。気にしちゃいねえよ」
「そう?ならいいけど・・・・」
素っ気なく背中を向けるオレにルッスーリアは苦笑すると、軽く手を叩いた。
「ちゃんと聞いて私も久しぶりに会いたくなっちゃった。一緒に行ってもいいかしら」
「ああ?!いいわけねぇだろぉがぁ!」
「まあまあ♪ たまにはいーじゃない!先月ディナーご馳走になって以来だし♪」
「う゛お゛ぉい、てめえ――――」
「ほら!そうと決まれば早く帰ってあげないと。ちゃんきっと寂しい思いしてるわぁ ♡」
「う゛お゛ぉい!!ルッスーリア!!待て、てめぇ――――」
勝手に決めてサッサと歩き出すオカマにキレたオレは慌てて追いかけた。
その時、一瞬だけベルと目が合った。
「にヨロシクゥ♪ 今度オレにもディナーご馳走してって言っといて」
「――――っ」
いつもみたく軽いノリで笑うベルに、オレは何も言葉を返せなかった。
そんなオレに、「シカトかよ」と苦笑気味にボヤきながら、ベルはフランを連れて歩いていく。
その後ろ姿からは、奴の本心など見抜けない。
(ルッスーリアの言うとおり・・・・。アイツは、とっくに吹っ切ってるのかもしれねぇな)
ベルは未だに特定の女を作っていない。
だからオレは、奴がまだ彼女の事を引きずっているのかもしれない、という思いに駆られる。
でも普通にの名を口に出来るなら、それはオレの思い過ごしかもしれない。
そうであって欲しい、と思っていた――――。
「お帰りなさい!」
明るい笑顔で出迎えてくれた彼女に、久しぶりの大きな任務で緊張していた心がホっとするのを感じた。
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られ、腕を伸ばしかけた。その時オレよりも先に彼女を抱きしめたのは…
「きゃー♪ ちゃん久しぶりぃ〜〜♪♪」
「ル、ルッスーリアさん?!」
ドンっと思い切りオレを押しのけ(!)後から勝手についてきていたルッスーリアが、驚いて目を丸くしている彼女を思い切り抱きしめた。
「んもう〜元気だった?!相変わらず小さくて可愛いわぁ ♡」
「あ、あの、お久しぶりです」
彼女もルッスーリアが一緒とは思わなかったのか、呆気に取られた顔だ。
それでも嬉しそうな顔で、オレを見る。そんな彼女にキレかけた心も一瞬で癒された。
・・・・が。恋人のオレより先に彼女を抱きしめているオカマへの怒りはおさまってはいない。
「う゛お゛ぉい!いつまで抱きついてんだ変態がぁ!!」
「――――う゛ぎゃおぅっ」
ルッスーリアの尻を思い切り蹴飛ばすと、野太い悲鳴が辺りに響く(!)
これ以上は近所迷惑だと考えたオレは、オカマの首根っこを掴み部屋の中へと放り投げた。
「もぉーー!!ひどいわ、スクちゃんてばっ!」
「うるせぇ!!だいたい何で勝手にくっついてきてんだぁ?!誰も呼んでねえぞぉ!」
「やーねえ。いいーじゃない?私だって久々にちゃんに会いたかったんだもの。別に長居して二人の久々の夜を邪魔したりはしないから安心して♪」
オカマの言葉に、彼女の頬が一瞬で赤くなる。
そんな彼女に、ルッスーリアは「赤くなっちゃって可愛い♪」などと、またしてもふざけたポーズで体をくねらせた。
その態度に一瞬、三枚におろしてやろうかとも思ったが、彼女の部屋をオカマの血で汚すわけにはいかず、そこはぐっと我慢する(!)
「お、お帰りなさい、スクアーロさん」
「おう・・・・。留守中、大丈夫だったか?」
「大丈夫です。スクアーロさんが毎日電話をくれたから寂しくなかったし――――」
「まーあ♪ スクちゃんてば毎日ラブコールしてた――――おごばっっ」
まじりっ気ない本気のパンチを顔面に食らわせると、またしても野太い悲鳴をあげてオカマが吹っ飛んだ。
それには彼女も慌てて駆け寄ってくる。
「な、何もそこまで殴らなくても――――」
「このくらいしねぇと分かんねぇからなぁ」
あんなオカマを気遣う彼女の優しさに苦笑しつつ、さっき出来なかった事をする為に腕を伸ばす。
小さな体が自分の腕の中に納まると、心の底からホっとした。
「・・・・ただいま」
「お、お帰りなさい」
つかの間の安息。ささやかな、でもオレにとっては贅沢すぎる幸せを、彼女は与えてくれる。
この10年で、色んな事があった。
あのボンゴレリング争奪戦で死に掛けた時も、彼女の存在があったから戻ってこれた。
彼女がいてくれたからこそ乗り越えてこれた。
――――がオレの帰りを待っていてくれる。
たったそれだけで自分の選んだ道を信じて、突っ走ってこれたのかもしれない。
「悪かったな・・・・。半月も一人にして」
「い、いえ・・・・。無事ならいいんです」
そう言って微笑む彼女は、出逢った頃と何も変わらない。真っ白で純粋な、少女のままだ。
つい頬が緩み、彼女の唇に自分のそれを近づける。だが今夜は邪魔なカスがいるという事を忘れていた。
「きゃー♪ スクちゃんとちゃんてばラブラブー ♡♡」
「・・・・・」
そのだみ声が(!)オレの癇に障った。
「う゛お゛ぉい!てめえ、まだいやがったのかぁ!!」
「あらぁ、私はディナーをご馳走になりに来たのよぉ?帰るわけないじゃない♪」
「ディナーだぁ?!誰がてめえと一緒に――――」
「あ、夕飯、もう用意出来てるの。良かったらルッスーリアさんもどうぞ。ちょっと張り切りすぎて作りすぎちゃったし」
「――――っ?」
彼女の一言に思わず絶句した。
だがオレのそんな気持ちにも気づきもせず、彼女はキッチンへと走って行く。
ついでにオカマはスキップ状態で「ま、気が利くわねぇ♪ いいお嫁さんになるわぁ」などと、ほざきながら彼女の後を追いかけていき、
その場に取り残されたオレは、本気であのオカマを三枚におろしてやろうか、と握り拳を固めた。
「スクアーロさん」
と、そこへオレの殺気を感じたのか、いいタイミングで彼女がキッチンから顔を出す。
「今日、スクアーロさんの好きなワインも買ってきたの。飲みますか?」
「・・・・ああ」
「良かった!じゃあ、すぐ運ぶから、スクアーロさんはソファに座って待ってて下さいね」
可愛い笑顔を浮かべ、彼女は再びキッチンへと姿を消した。
思わず顔がほころびそうになり、軽く咳払いをすると、そこへルッスーリアが戻ってきた。
その顔には嫌な笑みを浮かべている。
「・・・・何、笑ってやがる・・・・」
「だって何だか幸せそうなんだもの、二人とも ♡」
「・・・・ケッ!うるせぇ」
「やだ、照れなくたっていいじゃない?私は嬉しいのよ」
「・・・・何でてめえが嬉しいんだぁ?」
呆れて睨むと、ルッスーリアは苦笑しながら、ソファに腰をおろした。
「だってこの10年、二人を見守ってきたのよ?最初からとまでは言わないけど・・・・二人がくっついたあの雨の夜の事はドラマティック過ぎて今でも忘れられないし♪」
「フン・・・・くだらねえ」
過去の話をされると妙に照れ臭い。オレは向かいのソファに座ると、そのまま横になった。
あの雨の夜はオレだって忘れちゃいない。彼女をこの手にした、あの夜の事は。
「スクちゃんが初めて本気でボスに逆らった日でもあったわね」
「・・・・それ以上しゃべると三枚におろすぞぉ」
「はいはい。ホント照れ屋なんだから」
「照れてねぇよっ」
思わず怒鳴ると、ルッスーリアは肩を竦め、苦笑いを零した。
とことんムカつくオカマだ。
「お待たせしました」
「あらー♪ 凄いご馳走!」
そこへ彼女が料理を運んでくる。まるでレストランにでも来たような手の込んだ料理。
彼女はいつもオレが帰る日は、こうして腕を振るってくれる。こういうところにも彼女の愛情を素直に感じていた。
それにしても・・・・・。
「う゛お゛ぉい、何だか凄い量だなぁ」
次から次に並ぶ料理を見て、さすがにオレも驚いた。彼女は照れ臭そうに笑うと、
「スクアーロさんに食べてもらいたいものが、いっぱい思い浮かんじゃって・・・・ごめんなさい」
「い、いや別に謝る事はねえが・・・・」
「もう〜これだから男って。素直に嬉しいって言ってあげなさいよ」
「あ?てめぇも男だろうがぁ!っつーか招待もされてねえゲストのクセにオレより先に食ってんじゃねぇ!」
勝手に食べ始めてるルッスーリアに思わず怒鳴る。
だが彼女が笑いながらワインを注いでくれたのを見て、仕方なく怒りを堪えた。
久しぶりの二人きりの夜のはずが、とんだお邪魔虫がいたものだ。
「食ったら、とっとと帰れよ・・・・?」
「分かってるわよ♪」
彼女に聞こえないよう、小声で脅すと、ルッスーリアは笑いを噛み殺しながらウインクをする。(気色わりぃ)
そんなオレ達の空気に気づかない彼女が、「いっぱい食べて行って下さいね」と微笑んだ。
「雨・・・・?」
顔に冷たいものが落ちてきて、オレは顔を顰めた。
今夜の寝床となるホテルは、もうすぐそこなのに、ついてないと息を吐いた。
「センパーイ。まだですかぁ?ミーは疲れましたよ〜。だから車にしようって言ったのにー」
「うるせえな!すぐそこだよ!つか疲れるほど歩いてねーじゃん!」
グダグダとうるさい生意気な後輩に舌打ちをして、サッサと歩いていく。
何でオレがこんな奴のお守りをしなきゃなんねーんだ。理不尽すぎる。でもヴァリアーのアジトも見張られていて帰れないし・・・・
他に押し付ける相手が見つからない。
「お腹空きましたー。晩ご飯はいつ食べれるんですかー??」
「・・・・ッ(殺してぇ〜〜〜!!!!)」(心の叫び)
ギャーギャーと喚く後輩に、オレは思わずナイフと匣を握り締めた。
けど目の前に目的地が現れ、一旦それをしまう。
「ついたぜー。バカガエル」
「やったー。今夜のご飯はサーロインステーキでいいですよ。ベルセンパイのおごりで♪」
「何でバカガエルにステーキ食わさなきゃなんねえんだっつーの!その辺の蛾でも取って食ってろ。カエルだろ」
「えー?!ミーは虫とか嫌いなんですけどー」
まだ文句を言っているカエルを放って、オレはサッサとチェックインを済ませると、カードキーを受け取り部屋へ向かう。
今日は何となく疲れたから早く横になりたかった。
「うわー広い部屋ですねー。っていうか、こんな豪華な部屋に男同士で泊まるのってキモくないですかー?」
「うるせ!オレだってカエルと一緒なんかごめんだっつーの!嫌なら野宿しろっっ」
「そんなあ〜。あ、ルームサービスとっていいですかー?」
よくそんなに口が回るもんだと思いつつ、「勝手にすればー?」と、ヴァリアーの証であるコートを脱ぎ捨て、ダブルベッドに倒れこむ。
寝返りを打ちながら天井を見つめると、深い溜息が零れた。窓に雨粒が当たる音が、やけに耳に響く。
こんなに気分が滅入るのは、きっとこの雨のせいだ。そして数ヶ月ぶりに会ったアイツの・・・・
(ったく・・・・。いつまで経っても気まずそうな顔しやがって・・・・。あれから何年経ったと思ってんだ、スクアーロのバカが)
さっき会った時の奴の顔を思い出し、軽く舌打ちをした。
この10年、顔を合わすたび、スクアーロは決まってああいう顔をする。
そのたびにオレは嫌でも彼女の事を思い出しちまう。
いや――――忘れた事なんか、一度もなかった。
(アイツに・・・・ああいう顔をさせてるのはオレの方かもな・・・・)
会うたび、普通に振舞ってはいても、時折アイツとルッスーリアの会話の中で、彼女の名が出ると今でも鼓動が早くなる。
いくら平気な顔をしてるつもりでも、アイツはそんなオレの微妙な変化を感じ取ってるのかもしれない。
「・・・・チッ。何年引きずってんだよオレ・・・・。バカじゃん」
「えー?何か言いましたー?」
「独り言だよ!」
ルームサービスを頼みながら、マヌケな顔で振り向くフランに、またしても軽い殺意を抱く。
あんな奴が一緒だと、一人浸れる時間もない。
「センパイ、何か食べますー?ミーはステーキ頼みましたけどー」
「・・・・いらね。腹減ってねーし」
「うわー食べないんですか?今日、朝から何も食べてないじゃないですかー」
「うっさいなぁ。いらねーったらいらねーよっっ」
「ふーん。じゃあ勝手に頼んじゃいますからねー」
「・・・・ご勝手に」
それだけ言って壁側に体を向ける。本当に腹は空いていなかった。
(つーか今頃アイツはの手料理食ってんだろ?なのにオレはバカガエルとルームサービスなんて冗談じゃねーし、ったく・・・・)
ふと先ほどのスクアーロとルッスーリアの会話を思い出し、胸が痛んだ。
普通に振舞う為、冗談であんな事を言ったが、出来れば二人の住む家になんか行きたくなかった。
それはオレが夢見た、彼女との幸せな日々に他ならないから・・・・
「なーに一人でたそがれてんですかー」
「うわっ!」
突然カエルの顔が視界いっぱいに広がり、オレは慌てて飛び起きた。
見ればフランがベッドの横にしゃがんでいる。
「てんめ、急にそのツラ出すんじゃねーっ心臓にわりぃだろっ」
「ひどいなぁ。センパイがかぶれって言ったんじゃないですかー」
「いーからカエルは向こうでメシ食ってろよ。オレ寝るしー」
気を取り直し、再びベッドに寝転がる。オレ的にはめちゃくちゃ"寝るぞアピール"をしたつもりだ。
なのにバカガエルはベッドの端に腰をかけると、オレの服を引っ張り出した。
「起きてくださいよーミーが暇になるじゃないですかー」
「・・・・てめえは一人で遊んでろって」
「一人でどうやって遊ぶんですかー。あ、トランプでもしますー?」
「・・・・・(無視)」
「あ、それともセンパイのナイフでダーツとかー」
「・・・・・(無視)」
「あ、それか"恋ばな"とかー??センパイの失恋について――――」
「――――ッッ!(カチーン)ダーツで決定ーー!!的はてめえだ、バカガエル!!!」
堪忍袋がブッツリ切れて、思い切りナイフをカエルに向かって投げつける。
ザクザクっという音がして、ナイフは見事にカエルの頭に刺さっていた。
「痛いじゃないですかー。もーロン毛の隊長にチクりますよ〜?後輩イジメがひどいってー」
「うっせぇよ!刺さったんなら死ねっ」
「嫌ですよー。あ、ルームサービスきましたー」
もう一度ナイフを投げようとした時、部屋のチャイムが鳴り、フランはスキップしながらドアへと向かう。
その緊張感のない態度に、オレは一気に力が抜けてベッドへ倒れこんだ。
「っつーか、バカガエルの奴、頭にナイフ刺したまま出たら、相手がビビるっつーの」
腰を抜かすボーイの姿を想像していると、案の定ドアの方から「うわぁぁっ」という悲鳴が聞こえ、軽く噴出した。
そこへフランがいつもの無表情で歩いて来た。その手には料理の乗ったワゴンを引いている。
「センパイのせいでビビられたじゃないですかー」
「お前がそのまま出るからだろ。知るかバカ」
「・・・・ホント、ロン毛隊長にセンパイ殺す許可もらいますよー」
「しし♪ その前にオレがスクアーロ殺ってやるよ」
そう言いながら今度こそ寝るつもりで寝返りを打つ。その時、フランがクスクスと笑い出した。
「そうなったら愛しい彼女はセンパイだけのものになりますねー」
「――――ッ?!」
その一言にカッとなり、無言のままナイフを投げると、カエルの額に深く突き刺さる。
それでもフランは表情を変えず、オレを見ていた。
「もー何気に、これ痛いですってー」
「・・・・てめえ。ふざけた態度マジでムカつく。それ以上余計なこと言ったら殺っちゃうよ?」
「余計な事ってロン毛隊長の恋人の事ですかー?」
「カッチーン。マジ、殺す」
ベッドから飛び起きてナイフを両手に持つと、バカガエルはステーキを食いながら立ち上がった。
「ちょ、ミーは食事中ですってばー」
「うっせぇ!事情も知らねーカエルがいちいち人の古傷、えぐりやがって――――」
「あ!やっぱりまだ未練あるんだー」
「・・・・ねぇよ!!」
「あるクセにー」
「ねえっつーの!!」
「そんなに好きなら・・・・奪っちゃえばいいじゃないですかー」
「・・・・ッ」
あっけらかんとした顔で、バカガエルは言った。
その一言が、胸に突き刺さる。
「もともとセンパイのものだったんですよねー?ルッスセンパイが言ってましたよー」
「・・・・チッ!あんのオカマ、余計な事をベラベラと・・・・ッッ!今度会ったらぜってぇー殺す」
あの気持ち悪い顔を(!)思い出し、殺意が沸々と湧いてくる。逆にとぼけた態度のカエルに気持ちが萎えてきた。
「奪い返せないんですかー?」
「・・・・・」
「あ、自信ないとか――――」
「うっせぇ!それが出来れば苦労はしねえよ・・・・」
小さく呟き、唇を噛み締める。彼女の可愛い笑顔が、浮かんでは消えた。
「・・・・センパーイ?」
「寝る!!もう話しかけんなよっ」
そう怒鳴って布団を頭から被る。これ以上、彼女の事を思い出すのが怖かった。
フランも、それ以上話しかけてくる事はなくて、静かな雨音だけが耳に響く。
――忘れられない女がいる。
10年前に初めて経験した恋は、今でもオレを苦しめていた――