――――初めてアイツの家に足を踏み入れた時、何とも言えない思いが込み上げてきた。
ルッスーリアから、が行方不明だと連絡があり、彼女と最後に会っていたのはオレだとバレた事から、事情を聞かせろ、とオカマに呼び出された。
「あら、フランちゃんも一緒だったのね!」
ここがまるで我が家のようにオカマはオレ達を出迎えた。
(何でコイツがスクアーロとの家にいるんだ?しかも何気にエプロンまでつけて)(!)
「暇だからついて来ちゃいました〜」
呑気に答えるカエルを睨みながら、オレはエントランス付近で足を止めた。
白を基調とした部屋の窓際に、いくつか鉢植えの花が飾られてるのを目にして驚く。
こんなのは当然スクアーロの趣味じゃない。
ここから見える場所だけでも綺麗に片付けられていて、穏やかで、幸せそうな生活が垣間見える。
この家の、あちらこちらに彼女の存在を感じて、また心の奥に仕舞いこんだ傷が痛みを増していく。
オレはどこを見ていいのか分からなくなって、無意識に視線を彷徨わせた。
「・・・・スクアーロは?」
「まだちゃんを探してるわ。それより・・・・ちゃんに会いに行ったってどういう事?」
そう問いかけるルッスーリアの表情は少し不安げで。オレの未練なんか、とっくに見抜いているはずなのに。
――――それを分かったうえで質問してるなら、相当意地が悪いんじゃね?
そう思いながら、小さく笑った。
「ベルちゃん・・・・?」
「別に・・・・。たまたま前を通りかかったらが出てきて呼び止められただけだって」
オレの言葉に、フランは軽く噴出した。
「まったまたぁ〜!センパイ、ずっと店の前でウロウロしてたじゃないですかー」
「・・・・てんめ、バカガエル!!」
場の空気も読まずヌケヌケとバラしたフランに、思わず掴みかかる。
そんなオレの手を、ルッスーリアが慌てて止めた。
「やめなさい・・・・。そんな事だろうと思ってたわ」
「・・・・な、別にオレは――――」
「いいのよ、隠さないで。ベルちゃんが今でもちゃんを忘れてない事は気づいてたし・・・・」
「やっぱバレバレですよ、センパーイ」
溜息をつきながら首を振るルッスーリアと、憎たらしい笑みを浮かべるカエルに、オレは思わず舌打ちをした。
「でも何で今更会いになんか・・・・」
「うるせぇなぁ・・・・。今度の戦争の前にちょっと顔だけ見たかったんだよっっ!」
心配そうにオレの顔を覗きこんでくるオカマにピキっと切れて思わず本音をぶちまける。
あーもう、こーなったら好きに笑ってくれ!と言わんばかりに背中を向ければ、コイツらには逆効果だったみたいだ。
オレの首にぶっとい腕が巻きついてきて喉の奥が「ぐぇっ」と鳴った。(オレの方がカエルみたいーじゃねぇか!)
「いじらしいわ!ベルちゃんてば可愛い・・・・!」
「センパイが一途なんて意外ですよねー」
「う、うるせ・・・・。つか離せ、ルッスーリア!てんめ、王子を絞め殺す気かっつーのっ!」
「あ、あら・・・・ごめんなさい。ちょっと興奮しすぎたわ・・・・」
ルッスーリアはそう言ってオレの首から腕を解いた。やっとまともな呼吸が出来て、軽く咽ながら力なくへたり込む。
(ったく!どうして、うちの連中ってこんなのばっかなんだよ!)
未だ痺れている首筋を撫でつつ、オレはオロオロしているルッスーリアを見上げた。
「・・・・スクアーロには言うなよ?」
「分かってるわよ。ベルちゃんが今でもちゃんを想ってるなんてスクちゃんが知ったら、ヴァリアー内で気まずいままだもの」
「ミーも気を遣いますからねー」
「・・・・てめーが気遣い出来るようなタマかよ!それより・・・・を探さねーと――――」
そう言って振り向いた瞬間、勢いよくドアが開き、オレの表情は凍りついた。
「・・・・ベルフェ・・・・ゴール?」
驚いた顔でオレの名を呟くスクアーロは、かなり動揺しているのか、髪も息も乱れている。
きっと今の今まで必死にを探していたんだろう。
スクアーロがこれほど動揺している姿を見るのは、長年一緒に戦ってきたオレでも初めての事だった。
(よっぽどに惚れてるって事か・・・・)
そんな分かりきった事にまた気づかされて、何とも言えない感情が心の奥に湧いてくる。
今のスクアーロを見ていると、まるで自分を見ているような・・・・そんな複雑な思い。
「ベル…何でてめえがここにいるんだぁ?」
「あ、あのベルちゃんは――――」
「・・・・オレが話すよ」
訝しげな顔のスクアーロに、ルッスーリアが慌てたように口を開いたが、それをオレは静止した。
「実はさっきオレの女がミルフィオーレの奴らに利用されて・・・・オレを呼び出して来てさ」
「な・・・・どういう事だぁ!」
案の定、驚いているスクアーロに、さっき襲ってきた奴らの事を説明すると、明らかに顔色が変わった。
「・・・・っつーわけで、が行方不明ってのも奴らが関わってるんじゃないかと思ってさ・・・・」
「じゃあも・・・・」
「オレらの事、調べてんなら当然の事だって知ってるはずだろ。ひょっとしたら――――」
「・・・・クソがぁっ!!!」
事情を理解したのか、スクアーロは物凄い勢いで壁を蹴った。あまりの強さに、当然真っ白い壁に穴があく。
それを見て「あぁぁぁっ!」と嘆きの声を上げたのは、ここの住人でもなんでもないルッスーリアだった。
「何てことするのよ、スクアーロ!ちゃんが見たら悲しむわよ?!」
「うるせぇ!!そのが奴らに浚われたかもしれねえんだぞぉ!サッサと――――」
頭に血の上ったスクアーロがルッスーリアの胸倉を掴んだ次の瞬間、息を呑んでオレ達の後ろを見ている。
その様子にオレも慌てて振り返ったと同時に、スクアーロと同じように固まった。
「ベル・・・?っていうか・・・・皆で集まってどうしたの・・・・?」
「「「(ちゃん)?!」」」
そこには、浚われたとばかり思っていたが、驚いたような顔で立っていた。
「・・・・!!」
「きゃっ」
そこで最初に動いたのはスクアーロだった。
この場の状況を不思議そうに見ていた彼女を思いきり抱きしめ、心の底から安堵の息を漏らしている。
「良かった・・・・。無事で・・・・」
「え、あ、あの・・・・スクアーロさんっ?」
は皆の前で急に抱きしめられた事に驚き、恥ずかしそうにもがいている。
オレはそんな光景なんか見たくなくて、思わず視線を反らした。
「あ、あの・・・・連絡出来なくてごめんなさい・・・・。もしかして探してた・・・・?」
「当たり前だろぉ!待ち合わせた場所にも来ねえで今までどこにいたんだぁ?」
「ご、ごめんなさい、私――――」
「ちょっとスクアーロったら!そんな怖い顔で問い詰めたらちゃんが怖がるでしょ?!」
スクアーロの剣幕にビクっとしているを見て、ルッスーリアが慌ててスクアーロから彼女を引き剥がす。
それにはスクアーロもハッとしたように、「わりぃ・・・・」と謝っている。そんな姿すら初めて見て、オレは内心本気で驚いた。
スクアーロが誰かに謝るところなんか、これまで一度だって見た事がない。
でもルッスーリアは見慣れてるのかオレみたいに驚くでもなく普通に苦笑いを浮かべながらに視線を移した。
「それで・・・・ちゃん今までどこにいたの?スクアーロが迎えに行ったのに・・・・携帯も繋がらないから凄く心配したのよ?」
「ご、ごめんなさい・・・・」
ルッスーリアにリビングのソファへ座らされ、は申し訳なさそうにスクアーロを見上げた。
「実は・・・・待ち合わせの場所に行く途中、私の目の前でおじさんが車に引っ掛けられて転んだの・・・・。それで足を挫いたみたいだから家まで送ってて・・・・」
「そうだったの?ならせめて電話くらい・・・・」
「それが・・・・」
とは困ったように溜息をついた。
「携帯を落としちゃったみたいで・・・・。鞄に入れてあったのにいつの間にかなくて、それで家にかけようにも番号、覚えてなかったから・・・・ごめんなさい」
はそこまで説明すると、小さな声で呟いた。
隣で黙って聞いていたスクアーロは、小さく息を吐き出すと、「もういい」と彼女の頭を撫でる。
「お前が無事に戻ってきたんだからなぁ・・・・」
「スクアーロさん・・・・」
あのスクアーロが優しい顔でを見つめている姿に、オレは胸が痛くなった。昔のアイツからじゃ考えられない。
この10年でスクアーロは本当に変わったと思う。
これ以上、そんな二人を見ていたくなくて、オレは黙ってエントランスの方に歩いて行った。
「帰るんですかー?」
「が無事だったんだし、これ以上いる必要もねーだろ」
ついてきたカエルに振り向かないままそう告げる。例えミルフィオーレの奴らが動いても、きっとスクアーロが何とかするだろう。
オレの役目はここまでだ。そう思いながら外へ出ようとしたその時、背後から「ベル」と名前を呼ばれ、僅かに鼓動が跳ねた。
「・・・・」
振り向くと、がこっちに歩いて来くる。突然の事に思わず笑顔も引きつってしまった。
「あの・・・・心配して来てくれたみたいで・・・・ありがとう」
「いや・・・・ルッスーリアが大げさに言うから・・・・さ。まあ無事で良かったよ」
「ホントですよねー。ミーもビックリして飛んできちゃいましたー」
「てめーは関係ねーだろっ」
ヌケヌケと愛想を振るカエルを睨む。そんなオレ達を見て、は楽しそうに笑った。
その笑顔に、また胸が鳴る。情けないと思うけど、自分でもこればかりはどうしようも出来ない。
「あ、あのさ・・・・。それで今日の事なんだけど――――」
「え?」
「店の前で偶然(!)会った事・・・・。オレ、スクアーロに話してなくてさ。だから、その・・・・」
オレの説明を聞いた後ろのカエルが小さく噴出すのが聞こえて、思い切り足を踏む。カエルは無表情のまま睨んできたが、そこは軽く無視した。
「あ・・・・私も話してなくて・・・・。今更話しても何だから内緒にしておきます」
「あ〜うん・・・・。サンキュ」
"スクアーロには知られたくない"っていうオレの気持ちを、彼女は察してくれてるようだった。
それに彼女の言うとおり、今更そんな事を話しても、二人が気まずくなる原因にしかならないだろう。
「ホント・・・・上手くいってるみたいじゃん?」
「え・・・・?」
「家を見れば分かるし。何つーか・・・・幸せそうな空気が漂ってるからさ。まあスクアーロには似合わねーけど」
そう言って笑えば、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
でも一瞬だけ、寂しげに目を伏せた。昼間に見せた顔と同じように見えて何となく、オレの心に引っかかっていた――――
「ベルとフランは帰ったのかぁ?」
ベルを見送ってリビングに戻ると、少しだけ不機嫌そうなスクアーロが、ソファに寝転がっていた。
「うん・・・・。一緒に夕飯でもって誘ったんだけど何か用事があるからって――――」
「う゛お゛ぉい、いちいち邪魔もん増やすなぁ」
スクアーロは苦笑しながらそう言うと、傍に歩いて行った私の腕を引っ張った。
不意に強い腕に抱きしめられ、顔が一気に熱くなるのを感じながらも、安心感に包まれホっとする。
「・・・・本当に無事で良かった」
私の額に口付けながら呟く彼に、もう一度ごめんなさい、と謝る。
私を抱きしめる腕の強さからも、その心配が伝わってきて、かすかに胸が痛くなった。
「さっきも簡単に話したが・・・・今戦ってる敵はかなりヤバイ奴らだ。暫くは一人で出歩くな」
「え、でも仕事が・・・・」
「休めないのか?」
心配そうに私を見つめると、スクアーロは頬に優しく口付けた。
でも店の今の状況を考えれば、こっちの事情で勝手に休むと言うわけにはいかない。
「ごめんなさい・・・・。今は人も足りないみたいで・・・・」
「・・・・そうか」
スクアーロは何かを考え込むように頷くと、小さく息を吐いた。
「なら仕方ねえ。部下を護衛につける」
「え・・・・部下って・・・・」
驚いて顔を上げると、スクアーロは僅かに目を細め、私の頬を大きな手で包んだ。
「オレも明後日には任務で暫く留守にする。その間、お前一人置いて行くのは心配だからなぁ。ヴァリアーの奴を数人お前につける」
「え・・・・そんな事しなくても私は大丈夫――――」
そこまで言って言葉を切った。スクアーロが徐に顔を顰めたからだ。
「大丈夫って保証はねーだろぉ。さっきも言ったように現にベルの女が利用されたんだからなぁ」
「う、うん・・・・」
そう言われると何も言えなくなる。
ベルの事を敵が調べていたなら、スクアーロだってその対象だろうし、そうなると一緒に住んでいる私の事も当然知っていると思っていい。
そうなれば、いつその敵が私の前に現れてもおかしくないのだ。
私は自分のせいでスクアーロが危険にさらされるのは絶対にイヤだと思った。
「・・・・分かりました。じゃあ・・・・お願いします」
「ああ。すぐに手配する」
私が頷くと、スクアーロはホっとしたように微笑んで頬に口付けた。
でも今の私には、彼のその優しさが胸を痛くさせる。こんな私の事を、こんなにも想ってくれる彼の気持ちが・・・・痛い。
"元娼婦"の私には、もったいないくらいの愛情だから――――
「・・・・どうした?」
目を伏せた私を見て、スクアーロが訝しげな顔をした。
「・・・・やっぱり不安か?」
「あ・・・・ううん・・・・。あの・・・・ベルの恋人は大丈夫だったのかなぁって思って・・・・」
「ああ。女に怪我はなかったみたいだし大丈夫だろう」
スクアーロはそう言ってから訝しげに私を見つめると、「気になるのか?アイツの女が」と僅かに目を細めてくる。
その表情が何となくスネているようにも見えて、私は慌てて首を振った。
「そ、そうじゃなくて・・・・。ただ戦闘に巻き込まれてないか心配だったから・・・・」
そう説明すると、彼は少し驚いたような顔をして、最後に優しい笑みを零した。
「・・・・ったく。は優しいな。会った事もない他人を心配なんて」
「だ、だって・・・・ベルが大事にしてる人だったら――――」
「それはねぇだろ。どーせ遊び相手の一人だ」
「え・・・・遊びって・・・・恋人じゃないの?」
私の問いに、スクアーロは苦笑いを浮かべ、小さく息を吐いた。
「この10年・・・・。アイツが本気で相手した女なんて一人もいねぇ」
「一人もって――――」
「アイツが唯一本気になった女は・・・・・お前だけだ、」
「・・・・・・ッ」
不意に真剣な声でそう言われて、鼓動が一瞬で早くなる。それと同時に過去の事が脳裏をよぎった。
"――好きなんだ。エレナのこと・・・・多分オレ・・・・本気で好きなんだよ・・・・"
ベルが真剣な顔で私に言ってくれた言葉・・・・。彼もこんな私の事を、本気で好きになってくれた。
でも私はあんなに助けてもらったベルではなく、最後の最後でスクアーロを選んで・・・・
だから心のどこかでとっくに忘れられてると思ってた。
ベルにも他に愛する人が出来てるものだと、そう思ってた・・・・。そうであって欲しい、と願ってた。
「・・・・気になるか?」
スクアーロが心配そうな顔で私を見つめる。そんな彼に小さく首を振った。
「・・・・ベルにはきっと素敵な女性が現れます」
そう・・・・私なんかよりもずっと彼を大切にしてくれる・・・・。身も心も綺麗な人が――――
スクアーロはもう何も言わなかった。ただ私を優しく抱きしめ、触れるだけのキスをする。
「食事できたわよ〜」
その時、キッチンの方からルッスーリアの明るい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー」
入って来た客にそう声をかけてから、は厨房の方へと引っ込んだ。そろそろ遅番の人と交代の時間なのだろう。
それを確認してから、フランは席を立った。そして待つこと数分。が着替えて出てきたのを見て、フランは軽く手を上げた。
「ごめんね。待たせちゃって」
「いえー。全然待ってませんよー」
そう言いながら、フランはベルには見せた事もない笑顔を見せる。
そしてと一緒に裏口から店を出た。
「ごめんね。護衛なんていいって言ったんだけど・・・・」
「いーんですよー。ミーは明日まで暇ですしー。ベルセンパイと二人でいるより可愛いさんの護衛してた方が全然楽しいですしー」
フランの言葉に、も小さく噴出しながら、夕飯の買い物をする為、街の中心部の方へ歩き出す。もちろんフランもそのまま一緒に歩き出した。
今日はフランが朝からこうしてボディガードの真似事をしてくれている。
本来ならフランはヴァリアーの一員であり、こういった下っ端がやるような任務はしないのだが、作戦隊長でもあるスクアーロが他の部下が揃うまでの今日一日だけ、新人であるフランにの護衛を頼んだのだ。
はフランと並んで歩きながら、ふと顔を上げた。
「でも明日までは休みだったんでしょう?なのに今日は朝から付き合ってくれて・・・・」
「あーいーんですよー。どっちにしろベルセンパイからも言われてましたんでー今日は来る事になってたと思いますしー」
「・・・・え?」
それを聞いては驚いたように顔を上げた。
「あれ・・・・これ言うなよって言われてたっけ・・・・。ま、いっかー」
フランはブツブツ言いながら呑気に笑っている。そんな彼を、は戸惑うように見上げた。
「あ、あの・・・・ベルからも言われてたって・・・・?」
「あー。えっとぉ、夕べホテルに戻った後にセンパイが急に、"明日はお前がの護衛につけ"って言い出してー」
「ベルが・・・・?」
「そーなんですよー。よっぽど心配だったんでしょうねー。まあミーは"自分でやればいいのに"って言ったんですけどねー。"それは出来ない"の一点張りでー」
フランの話を聞いて、はかすかに胸が痛くなった。
きっとベルは気を遣ってフランに頼んだのだろう。
(――――ベルはまだ私のこと、心配してくれてる・・・・)
ふと夕べ会った時のベルの心配そうな顔を思い出して、は軽く唇を噛み締めた。
その様子に気づかず、フランは溜息混じりで肩を竦めると、
「その時にスクアーロ隊長から電話が来てセンパイと同じ事を言ってきたから驚いちゃいましたけどねー」
「そ、そう・・・・。ホント急でごめんね」
「全然いいです。ミーは出来れば明日からの任務より、さんの護衛してた方がいいかなーって思うんですけどねー」
「え・・・・?」
「でもそんな事を言えばスクアーロ隊長に三枚におろされちゃいそうですしー」
おどけたように肩を竦めるフランに、も思わず噴出した。
こうして話してみると、フランはこれまでのヴァリアーのメンバーとは少しカラーが違う。
買い物中も、あれやこれやと荷物を持ってくれる姿は、粗忽な男ばかりの他のメンバーよりも気遣いが出来る性格のようだ。
「ありがとう、フランくん。重たくない?」
「いえー。こう見えて力はあるんですよー。それに普段こんなにノンビリ買い物なんてしないから新鮮で楽しいですしー」
「そっか。普段は任務で忙しいものね。そう言えば・・・・フランくんは何故ヴァリアーに?」
どう見ても"暗殺部隊"には向いてなさそうなフランに、はふと気になって尋ねると、それまでニコニコしていたフランの目が、微妙に細められた。
「・・・・スカウトですー」
「え…スカウト?」
「はいー。それでスクアーロ隊長が見に来てー。ベルセンパイも来てー。ヴァリアー本部にさらわれました」
「さ、さらわれた?!」
物騒なその話に、も目を丸くした。
フランはその時の事を思い出したのか、徐に半目になると、
「隊長にブンブン刀、振り回されて、堕王子のセンパイにもナイフをガンガン投げられて捕まって縄にくくりつけられてさらわれたんですー」
「・・・・・・・・・」
「ルッスセンパイに言ったら、"その程度の事は私達、よくやるわねー"なんて言われてー。ヴァリアーって人さらい集団かと思いましたよー」
「そ、そう・・・・。た、大変だったね・・・・」
少なからず、その"人さらい"にスクアーロも関係してるとあって、も思わず言葉に詰まる。
それでもフランの恨みは深いのか(!)ブツブツ文句を言いながら前を歩いていく。
「あん時なんですよ。色々あって、王子(仮)をいつか殺すと決めたのはー。実は嫌いなんですよねーアイツ・・・・」
完全に自分の世界に入ってるのか、フランは更に物騒な事を言っている。
その言葉にも顔が引きつった。
「で、でもベルもあれで・・・・優しいとこあるんだよ?」
フランの後姿に冷んやりとした殺気を感じ、思わずそう口にした。すると前を歩くフランがピタリと止まる。
「・・・・フ、フランくん?」
急に立ち止まったフランに、もドキっとしつつ足を止めた。
するとフランは不意に振り返り、ニッコリと微笑む。その笑顔は意味深なものに見えた。
「センパイが優しくするのはさんだけ、ですよー」
「・・・・え?」
「ベルセンパイがさん以外の人間に優しくしてるとこなんか見たことないですしー」
「そ、そんな事は――――」
「ありますよー。ホント、ミーなんて毎回殺されかかって大変なんですからー」
フランはそんな事を言いながらケラケラ笑っているが、は内容が内容だけに困ったように俯いた。
その時、すれ違った人と軽く接触して、は慌てて顔を上げた。
「どこ見てんのよ」
「ご、ごめんなさい―――――」
「――――って、あら、あんた・・・・」
「あ・・・・」
その人物の顔を見て、は小さく息を呑んだ。それはこの辺りで商売をしている娼婦の女だった。
以前にも顔を合わせた事がある。スクアーロが周りから何と言われているのかを、わざわざに教えてきた女だ。
派手な化粧と服装。これから仕事に行くといった格好で、は思わず視線を反らした。過去の自分を見ているような気がしたのだ。
「あの子の服・・・・。へえ、あの子もヴァリアーね。なのに買い物なんかつき合わせてるの?」
女はフランの方をチラっと見ると、呆れたように溜息をついた。
「その様子じゃまだ彼と一緒にいるみたいね」
「・・・・・」
「ズーズーしい。元娼婦のあんたのせいで彼が何て言われてるか話したでしょう?」
その一言にの肩がビクっと跳ねる。それでも女は苦笑気味に歩いてくると、の顔を覗きこんだ。
「早く別れてあげたら?まさか結婚する気じゃないでしょ。元娼婦の女を奥さんにしたら、それこそスクアーロはいい笑い者――――」
「・・・・・?」
突然言葉を切った女を不思議に思い顔を上げると、女は目の前のを見ずに何もない空中を恐怖に歪んだ顔で見ている。
その様子に驚き、が声をかけようとしたその時――――
「きゃぁぁぁ!!何よこれ!あっち言って・・・・!!いやぁぁぁ!!」
「あの――――」
突然けたたましい悲鳴をあげながら走って行く女に、は唖然とした。
何が起きたのかサッパリ分からない。女が見ていた場所には何もなかったのだ。
その時、少し離れていたフランがクスクス笑いながら歩いて来た。
「あ、フランくん・・・・!あの人――――」
「大丈夫ですよ。ミーが見せた幻覚に驚いて逃げただけですから」
「え・・・・幻・・・・覚?」
その説明に驚き、は目を丸くした。
「ミーの力ですー。知ってるでしょ?スクアーロ隊長は雨の炎を扱えるし・・・・」
「あ・・・・じゃあフランくんは――――」
「ミーは霧の力を扱えますー」
「そっか・・・・。だから幻覚・・・・」
彼らにそういう力が使えるのはスクアーロやルッスーリアから話では聞いている。
だが、実際に戦っている所を見た事がないにとって、それがどんなものなのかはよく知らなかった。
「凄いのね・・・・。驚いちゃった・・・・。急に叫びだすから」
「あー嫌な女だったんで、かなーりグロいの見せちゃいましたー。今日一日は化け物から逃げ回る事になるでしょうねー」
「・・・・もう、フランくんてば・・・・」
ケロっと答えるフランに、もつい笑ってしまう。フランも一緒に笑いながら、
「で、知り合いだったんですかー?あの人」
「・・・・ううん。向こうは私のこと知ってるみたいだけど・・・・。時々会うの」
そう言って俯くを、フランは黙ってみていた。
は悲しげに瞳を揺らしながら、必死に何かに耐えているようだ。
フランはさっきの女が言っていた事を思い返し、小さく息を吐いた。
「あんなの気にする事ありませんよー。ただの僻みですしー」
「・・・・フランくん・・・・」
「スクアーロ隊長がさんを選んだんですし、そもそも過去なんて関係ないじゃないですかー」
いつもの口調で、それでもキッパリと言ってくれたフランに、は泣きそうな顔で「ありがとう・・・・」と呟いた。
それでも自分の事でスクアーロがバカにされる事は辛い。はどうしていいのか分からなかった。
そんなの様子を見て、フランがもう一度口を開きかけたその時。突然携帯の着信音が鳴り出し、フランは溜息をついた。
「げ・・・・センパイからですー」
「え・・・・?」
フランは携帯の着信を確認すると徐に顔を顰めた。
それでも無視すれば帰ってからのイジメがひどくなるのを分かっているので、すぐに通話ボタンを押す。
その瞬間、耳元でベルの怒鳴り声が響いた。
『おいバカガエル!ちゃんと連絡よこせっつったろ!!』
「・・・・そんな怒鳴らなくても聞こえてますよー」
ベルの剣幕にフランは顔を顰めつつ、携帯を僅かに耳から離した。そしてふとの方を見ると、
『つかは?!ちゃんと送り届けたのかよっ』
「その事なんですけどー。実はさんが大変なんですよー」
「え――――?」
その言葉にが驚いて顔を上げると、フランは自分の口元に人差し指を当てて笑った。
『・・・・なっ。大変てアイツに何か――――』
「実は急に敵に襲われましてー。彼女が怪我しちゃったんですー。血がドバドバ出ちゃってて――――な〜んて嘘ですって―――――」
そこでフランは言葉を切った。電話が急に切られたからだ。
「ちょ、ちょっとフランくん――――」
「あーあ。センパイ今から飛んできますよー」
そう言いながら笑うフランに、も呆気に取られた。
「どういう事?私怪我なんて・・・・」
「ちょっとからかうつもりだったんですけどセンパイ、思ってたより単純で人の話聞く前に切っちゃいましたー」
「か、からかうって・・・・」
「・・・・って事でミーはセンパイが来る前に逃げますねー。またナイフだらけにされちゃうしー」
「え、ちょ、」
不意にフランが持っていた荷物を置き、の方に振り返る。
「・・・・まあ、ここだけの話、夕べさんが元気なかったこと、センパイ凄く気にしてたんですよー」
「え?」
「ってわけじゃないですけど・・・・センパイに相談とかしてみたらどうですかー?さんも隊長に言えない事とかあると思いますしー」
「フランくん・・・・」
「もしかしたらセンパイが今の隊長の立場だったかもしれないし・・・・その辺の気持ちとか少しは分かると思いますけどねー」
フランはそう言うと、「帰りはセンパイに送ってもらって下さいね」と言い残し、素早く姿を消した。
「もういない・・・・」
残されたは唖然としたまま、フランが消えた方を眺めて小さく息を吐く。
それでも彼の気遣いが嬉しかった。
(きっと私が何で悩んでるのか分かったのかもしれない・・・・。でも自分じゃ励ませないから私の事をよく知ってるベルを呼んでくれた・・・・)
ベルの事を嫌いと言ってはいたが、こんな風に気遣ってくれるフランの優しさに、は軽く笑みを零した。
その時、すぐ後ろで「!」という声が聞こえて振り返る。すると遠くからベルが慌てたように走ってくるのが見えた。
「ベル・・・・」
「!怪我は?!どこ怪我したんだよっ?出血してるってどこ?!」
目の前まで走ってくると、ベルは動揺したようにの体を確認していく。
その必死の形相に、も何て説明しようか困ってしまった。
「あ、あの・・・・私なら怪我してないし大丈夫――――」
「つかカエルは?!アイツ、を一人にして――――」
「フランくんなら逃げちゃったけど・・・・」
「・・・・は?」
その一言にキョロキョロ辺りを見渡していたベルはポカンとした顔でを見た。
「逃げたって・・・・?ってか、怪我・・・・」
「えっとだから・・・・さっきのはフランくんの嘘っていうか・・・・」
何とも言いにくい事を説明したは、今まで青かったベルの顔が一気に赤くなっていくのを見て、ギョっとした。
「・・・・あんのヤロー!!!見つけたらぜってー殺す!!」
「あ、あのベル・・・・。彼も悪気があったわけじゃなくて・・・・っていうか、どうしてここにいるって分かったの?フランくんは場所まで言ってなかったのに」
ふと疑問に思ったことを尋ねると、少しだけ落ち着いたベルが溜息交じりで自分の携帯を出した。
「オレらの携帯、GPS付きだから互いの居場所は確認出来るんだけど・・・・チッ、やっぱ今は電源切ってやがる」
携帯を操作しながら、ベルは軽く舌打ちをした。そして改めてを見ると、ホっとしたように息を吐く。
「でも怪我なくて良かったよ・・・・。血がドバドバなんて言われてマジでビビったし・・・・」
「あ、あの・・・・ごめんなさい。心配かけて・・・・」
何もが嘘をついたわけではないのだが、何となくそう言ってしまう。ベルはちょっと笑うと、
「が悪いわけじゃねーし・・・・。つか・・・・最近よく会うね、オレ達」
「う、うん・・・・」
ベルの言葉にドキっとしながら、も小さく頷いた。
「何か・・・・昔に戻ったみてぇ」
ベルは髪をクシャリとかきあげ、小さな声で呟く。
その声は、どことなく悲しげに響いた気がした――――