※R18(性的表現あり)
いつも通りの朝。私は普段と同じように朝食の用意をしていた。
でもいつもと少し違うのは、彼がヴァリアーの証でもある隊服を着て寝室から出て来た事だ。
今日から彼はしばらくの間、戦いの場へと行ってしまう。
分かってはいたことだけど、その姿を見ると少し胸が痛んだ。
「おはよう御座います、スクアーロさん」
「・・・ああ。ちゃんと寝たのか?」
キッチンに顔を出した彼は、そう問いながらもすぐに私を抱き寄せた。
やんわり唇を塞がれると、自然と体が跳ねてしまう。
夕べは何度も愛し合ったのに、心のどこかで足りないとでも言っているようだ。
「・・・朝からそんな顔すんなぁ。またベッドに戻るハメになるだろーがぁ」
「え、あ・・・ご、ごめんなさい・・・っ」
キスの余韻に浸ってボーっと彼を見上げていると強く抱きしめられた。
耳元でそんな事を言われたら一気に顔まで熱くなる。
彼は私の首筋に顔を埋め、小さく息を吐いたようだった。
「あ、あの・・・朝食は――――」
「いや・・・もう時間がねぇ。悪いな」
「あ、じゃあ持っていきますか?そんな事だろうと思ってパニーノにしたんです」
そう言ってお皿に並べた物を見せると、彼は少し驚いた後で苦笑いを零した。
「また随分と大量に作ったなぁ」
「あ・・・皆さんも食べるかと思って・・・」
「あ?あんな奴らにの作ったもんなんか食わせることねぇぞぉ?」
徐に顔をしかめながらも、彼はパニーノを一つ摘まんで食べてくれた。
「それはカツを挟んでみたの。こっちはモッツァレッラとトマトで、これがチーズオムレツ・・・あ、それでこっちはツナ挟んでトーストして・・・」
「う゛お゛ぉい。マジであいつらにもやる気かぁ?」
「だ、だって皆さん食事とかしてる暇ないだろうし、これなら移動の車の中で摘まめるかなって・・・。あとは何かあった時の為に――――」
私が説明すると、彼は困ったように笑いながら、また私を抱きしめてくれる。
耳たぶに軽くキスを落とされ、ドキっとしながら顔を上げると、優しい眼差しと目が合った。
「ったく・・・お前は・・・。オレの気持ちなんか、ちっとも分かっちゃいねえ」
「え・・・?あ、ごめんなさい・・・。余計なことだよね・・・。荷物増やしちゃうし――――」
「そういうんじゃねえ。謝るな、バカ」
「・・・え?」
驚いて彼の顔を見つめれば、どこか照れくさそうに視線を反らされた。
「お前が作ったもん、あいつらに食わせんのが嫌だっつーか・・・。まあ・・・は優しいから、あいつらの事まで考えてくれるんだろーけど」
「・・・・っ」
「ま、でも・・・ありがとな」
彼は苦笑いしながらも私の頭を優しく撫でて、最後に唇へキスを落とす。
軽く唇を甘噛みされ、僅かに開いた隙間から彼の舌がゆっくりと侵入してきた。
夕べの激しいキスとは違い、ゆるゆると口内を愛撫されると、体全体がかすかに震えてしまう。
キッチンは太陽の日差しが入りんでるせいで明るい。だから余計に恥ずかしくなった。だけど――――
「・・・って、こんな事してちゃ行けなくなるな・・・」
「・・・っ」
ゆっくりと唇が離れていくことが凄く寂しくて、私は彼の胸に顔を埋めて抱きついた。
「お、おい、・・・?」
「・・・ごめんなさい。もう少しだけ・・・くっついていたいの」
恥ずかしいのを我慢して伝えると、彼は小さく息を呑んだようだった。
でもすぐに私の体を、その長い両腕で強く抱きしめてくれる。
僅かに顔を上げれば、彼も首を傾けたまま私を見下ろしていて。サラサラと綺麗な彼の髪が、太陽の日差しから私の顔を隠してくれる。
「マジで行きたくなくなるな、そんなこと言われると」
「え、あ・・・ご、ごめん――――」
「謝るな。・・・嬉しかったんだからよ・・・」
彼はかすかに目を細めて身を屈めると、今度は触れるだけのキスを落とす。でもそれはすぐに離れて行った。
「ずっとこうしてたいが――――」
と、彼が言いかけた時だった。
チャイムがけたたましく鳴り響き、聞きなれた声がエントランスから聞こえて来た。
「スックちゃーーん
ゥ お迎えに来たわよぉーう
ゥ」
「・・・チッ」
ルッスーリアさんの明るい声と共に、彼が小さく舌打ちをして、私から離れていく。
それも寂しかったけど、これ以上引き留めることは出来ないと、私は急いで作ったパニーノをランチボックスに詰めた。
「あら、こんなとこにいたの?仲良くラブラブしながら朝食?」
「う゛お゛ぉい!勝手に入ってくんなぁ!」
突然キッチンに顔を出したルッスーリアさんに、彼はいつもの大声で怒鳴っている。
でもルッスーリアさんは慣れたもので、全く動じてない。
目ざとくパニーノを発見して、「あら、これ愛妻弁当?」なんて彼をからかっている。
「
うぎゃぉうッ!」
「そんなんじゃねえ!」
「あ、ちょっとスクアーロさん――――」
いきなりルッスーリアさんのお尻を蹴飛ばした彼に驚いた。
でもこれも日常茶飯事で、彼らなりのスキンシップ(?)だと私も理解している。(違うわよぅ!BYルッス)
「あ、あの、これ移動中に皆さんで食べてもらおうと思って作ったの。良かったらルッスーリアさんも一緒に食べてね」
「え!!私達の分もあるの?!きゃーん
ゥ さすが私の
ゥ」
「う゛お゛ぉい!誰のだってぇ?!」
「あら、スクちゃんてばジェラすぃ?かーわいぃ――――
ぎゃおんッ」
またしても彼の蹴りがルッスーリアさんのお尻に炸裂。
私が慌てて間に入ると、彼は舌打ちをしながら、ランチボックスをルッスーリアさんに押し付けた。
「がわざわざ早起きして作ってくれたんだから礼でも言っとけぇ!」
「やだ、そうなの?もうー可愛い!ありがとーちゃん
ゥ有難く頂くわね!」
さっきの叫びようはどこへやら。すぐに復活したルッスーリアさんは両手を広げて私の方へ歩いてきた。
それを見た彼は「何する気だぁ?!」と慌ててルッスーリアさんの首根っこを掴む。
「
うげっ。く、苦しいわよ、スクちゃん・・・。私はただ感動の気持ちを表そうと愛情たっぷりのハグを――――」
「すんじゃねえ!それより、とっとと行くぞ!」
「
・・・ぐぇっ。じゃ、じゃあちゃん、いい子でお留守番してるのよぉーう
ゥ」
ルッスーリアさんは彼に首根っこを引っ張られたまま、外へと連れ出されて行く。
私もその後から追いかけると、彼は大きな車の中にルッスーリアさんを放り投げ(!)私の方へと戻って来た。
朝から何気に凄い光景かもしれない。(近所の人にどう言い訳しよう・・・)
「じゃあ行ってくる」
「はい」
「ああ、それと・・・こいつらがお前の護衛してくれる奴らだぁ」
そう言って家の周りを囲むように立っている黒づくめの人達を指さした。
見ただけで四人はいる。うちは普通の平屋だから、そんな家を囲んでいる彼らはかなり怪しく見えた。
以前に住んでいたアパートとは違い、今は近所づきあいもあるので困ってしまう。
「あの・・・四人も?」
「いや、裏にもう三人いる。少ないつったんだけどよぉ。うちも今、人手不足で――――」
「す、少なくないよ?私、てっきり二人くらいかと思ってたし・・・」
「今度の敵は並の奴らじゃねぇ。これでも足りねえくらいだ」
「え・・・でも・・・」
「まあ・・・普段は目につかない場所で護衛させる。だから心配するなぁ」
私の不安――近所の人達の目――を分かってくれていたのか、スクアーロはそう言いながら苦笑いを浮かべた。
でもそこまで心配してくれることは素直に嬉しい。
「あ、ありがとう、スクアーロさん・・・」
「いや・・・。お前も十分用心しろよ。少しでも異変を感じたら、あいつらを呼べ。どこに隠れていてもすぐ駆けつける」
「うん・・・」
素直に頷いた私を見て、彼は最後に強く抱きしめると、唇に触れるだけのキスを落とした。
「じゃあ・・・行ってくる」
「はい。気を付けて・・・」
ゆっくりと離れていく彼の手を引き留めたいと思いながら必死に堪えて笑顔を見せる。
彼もまた優しい笑みを浮かべると、すぐに車の中へと乗り込んだ。
「ちゃーーん!行ってくるわぁ〜〜〜
ゥ」
窓から顔をだし手を振るルッスーリアさんに、私も笑顔で手を振った。少しづつ小さくなっていく車が見えなくなるまで――――。
「え?がこれを?」
迎えに来た車に乗り込み、目的地まで向かう途中。
腹減ったーとボヤいたオレに、突然オカマが、
「今日はランチ付きよ
ゥ」
なんて言いながらオレにパニーノを差し出した。
オカマの作ったもんなんか食えねーっての!・・・と突っ返そうとした時、オカマは意味深な笑みを浮かべ、
「それ・・・ちゃんが作ったのよ〜?」
なんて言うもんだから、オレは思わず固まった。
そのまま手の中にある美味しそうなパニーノ――が作ったもんだと思うと輝いて見える(!)――をまじまじと眺める。
中にはルッコラやチーズ、生ハムといった食材が挟まっていて、思わずごくりと喉が鳴った。
「ちゃんがねー。食事する暇もないだろうからって、今朝早起きして作ってくれたんですって。優しい子よねぇ
ゥ」
「・・・ふーん。つか・・・オレ達に?」
「そうよぉ〜。ね?スクちゃん」
ルッスがそう言いながら前に座っているスクアーロに声をかける。
奴は不機嫌そうな顔ながらも、小さく「ああ」とだけ答えた。
「ってことで、有難く頂きなさい。他の人に食べられちゃう前に
ゥ」
「・・・・・」
そこは小声でルッスーリアが話しかけてくる。
見ればレヴィの奴が「う、美味そうだな」とニヤニヤしながら(キモイ)ランチボックスを覗いていて今にも手を伸ばしそうだ。
ってか今からボスと合流するし、腹減らしてた場合、一気に食われそう、マジで。
それはそれで嫌だ、とオレはすぐにパニーノへかぶりついた。
「・・・うまっ!」
「でしょぉーう?このチーズオムレツなんか絶妙よねぇ!」
オカマはまるで自分の事のように絶賛しながらパニーノの中身について説明してくる。
本当にどれも美味そうで、オレは最初の一口を口に放り込むと、次のやつに手を伸ばそうとした。
が・・・突然横からぬっと現れた手がそれを奪っていく。
「てんめ、カエル!お前は虫でも食ってろよ!」
「嫌ですー。ミーもさんの作ったパニーノが食べたいですからー。っていうかー。これミー達全員にくれたんですよねー?スクアーロ隊長」
「う゛お゛ぉい!うるせぇぞぉ?べちゃくちゃ喋ってねえで黙って食ってろっ」
「はーい。ほらーセンパイのせいで怒られちゃったじゃないですかー。ダメですよー?独り占めしようとしちゃー」
「してねーし!つかバクバク食うなよ!あ!それ一個しかねえのに!」
「早い者勝ちですからー。でもホント美味しいですー」
「う゛お゛ぉい!黙って食えってのが分からねえのかぁ?!」
後ろでギャーギャー騒いでいたせいで、スクアーロは目を吊り上げている。
まあ、お前はいいよなあ。だっての作ったもん、当たり前のようにいつでも食えるんだからさ。
「後で覚えてろよ?カエル。戦場じゃ何が起きても不思議じゃねえんだからさ」
「スクアーロ作戦隊長ー!身の危険を感じるので今回の任務は辞退していいですかー?」
「ざけんなぁ、ガキぃ!!う゛お゛ぉい!ベル!きちんと新米幹部の面倒みろつったろぉーがぁっ」
「オレは悪くねーしー。こいつが生意気なのがいけないんじゃね?」
「うるせぇ!そろそろクソボスと合流だぁ。とっとと食っちまえ!――――おらぁ!もっと飛ばせぇ!」
スクアーロは額に怒りマークを浮かべ、イライラしたように運転席を後ろからボコボコ蹴っ飛ばしている。(鬼畜の所業)
おかげでリムジンが右に左に蛇行始めるし最悪。運転手脅すのだけは止めてほしい・・・。
には、こんな凶暴な姿はぜってー見せねーんだろーな、と思うと内心おかしくなった。
見せたとしても、せいぜいオカマいじめくらいが関の山だろう。(あれが暴力とは一切考えない)
ま、もともとスクアーロはオレと同じ鬼畜系男子(!)なんだから、オレ的にはこっちが普通に見えるんだけどさ。
「んじゃま、戦闘前に軽く腹ごしらえしとくかな」
向こうに着いたらソッコーで戦いになるだろう。
オレはレヴィが手を伸ばしたパニーノを横からかっさらい、一気にかぶりつく。(つーかレヴィの殺気ビンビン感じんだけど!)
初めて食べるが作ったパニーノは、戦闘前で昂ぶっている気持ちをいい意味で落ち着かせてくれた。
「――――ご注文は」
新しく入って来たお客から注文を聞き、それをマスターに告げる。
彼を見送った後、私は一人で朝食を済ませ、いつも通りに店へ来て働いていた。
「お待たせしました」
注文のチョコラータをテーブルに運び、軽く一息ついて店内を見渡す。
こんな天気のいい午後は、それなりに店も混む。
特にここは人気店なので仕事の合間に立ち寄り休憩する女性が多く見られた。
(それにしても・・・あの人達どこで見張ってるのかな・・・)
店の外を見ても、護衛をしているであろう黒づくめの人達の姿はない。
スクアーロが言うように、気を利かせて隠れてるんだろう。
ここへ来る途中も、姿こそは見えないものの、何となく傍に気配を感じていた。
(私にまで護衛をつけるほど危ない人達と戦わなきゃいけないなんて・・・)
スクアーロは簡単に説明してくれただけで、相手がどういった理由でボンゴレを狙っているのかまでは教えてくれなかった。
(前みたいに・・・大怪我なんてしたらどうしよう・・・)
ふと10年前の事を思い出し、強く目を瞑る。
最近ではなくなったけど、彼が一度だけ瀕死の重傷を負ったリング争奪戦・・・。
あの時の事を思い出すと今でも体が震える。やっと想いを告げ合い、これからという時だった。
ルッスーリアさんから彼が日本で重傷を負ったと連絡がきて、私は怖くて怖くて無事な顔を見るまでは本当に心配だったのだ。
あの時はボスであるザンザスまでが重傷を負い、ヴァリアーのみんなもどこかしら怪我を負っていたらしい。
(もう・・・あんな姿は見たくない・・・)
祈るように手を握りしめる。その時、不意に肩を叩かれ、ビクッと顔を上げた。
「どうした?ボーっとして」
「あ・・・マスター。す、すみません」
「いや、どこか具合が悪いのかい?顔が真っ青だよ」
「い、いえ大丈夫です」
「でも少し震えてるじゃないか。今日は早めに帰って休むかい?ちょうど迎えも来たことだし――――」
「迎え・・・?」
「ああ、裏に来てるよ」
「え・・・あの・・・どんな方でしたか?」
一瞬、護衛についてくれてる人達かと思った。でもマスターは笑顔のまま、
「ほら、この前の彼氏さ。だから具合が悪いなら送ってもらうといい」
「・・・この前のって――――」
驚いて訊ねると、マスターはニコニコしながら裏を指さした。
「ほら、金髪のカッコいい彼氏だよ。心配で迎えに来たんじゃないか?」
「ま、まさか・・・」
金髪、と聞いてすぐにベルの顔がよぎった。でもそんなはずはない。
だって彼も今日からスクアーロさん達と任務があるのだから。
でもそうは思っても少し気になった。マスターがこんな事で嘘をつくはずもない。
私は少し迷いながらも、マスターの厚意に甘えさせてもらう事にした。
「あ、あのじゃあ・・・申し訳ありませんが今日は早めに上がらせてもらいます」
「いいよ、どうせあと一時間だし。お大事にね」
具合が悪いわけではなかったけど、やっぱり迎えに来た相手というのが気になった。
(まさか本当にベル・・・?でも・・・じゃあ任務はどうしたんだろう・・・)
急いでロッカーに行き、帰り支度を済ませると、そのまま裏口へと走る。
護衛してくれている人達に声をかけようかとも思ったが、どこに隠れているのかまでは分からない。
多分どこかで私の帰る様子を見ていて、着いて来てくれるだろうと思った。
「・・・ベル?」
裏口のドアを開け、名前を呼んでみる。でもそこには誰もいない。
「・・・ベル、どこ?」
裏手は小さな駐車スペースがあって、そこをキョロキョロしながら歩いて行くと、突然肩をポンと叩かれた。
「あ・・・」
驚いて振り返ると、後ろにはいつもの笑みを浮かべたベルが立っている。
「お疲れさん。もうあがれんの?」
「あ、うん・・・。でも・・・どうしたの?ベル・・・。今日から任務だって――――」
「それがさー。スクアーロがやっぱが心配だって言い出して、護衛の奴らじゃ頼りねえからお前が行ってこいって言われたんだよねー。ししっ」
「え、スクアーロさんが・・・?」
「そ、愛されてんじゃん?は」
ベルにそんな事を言われて顔が赤くなった。
(確かに今朝、彼もこの人数じゃ不安だと言ってたけど・・・。まさかそれでベルを寄こしてくれたの?)
スクアーロのその気遣いは嬉しい。でも向こうは大丈夫なんだろうか、と逆に心配になってくる。
確か戦闘要員が足りないってボヤいていたはずだ。
「あ、あの・・・私なら大丈夫だし、ベルはみんなのところに戻ってあげて・・・?」
「え、マジ?でも今戻ったらオレ、スクアーロに殺されんじゃね?」
「そ、そんなことないよ。だって今は人手不足なんでしょ?私なんかの事で迷惑かけられないし・・・」
そう言って顔を上げると、ベルは無表情のままジっと私を見ている。
(せっかく来てくれたのに断ったから怒らせちゃったかな・・・)
彼のその表情に僅かな違和感を覚えたけど、すぐに優しく微笑んでくれたからホッと胸を撫でおろした。
「やーさしいね、は。やっぱスクアーロに渡すんじゃなかったかなー。うししっ」
「え・・・?――――きゃ・・・」
不意に手を引っ張られ、彼の胸に顔がぶつかりそうになった。
驚いて顔を上げると、ベルは僅かに屈んで耳元に唇を寄せてくる。
「それとも・・・無理やりオレのもんにしちゃおうか」
「――――っ?」
突然のベルの言葉に驚いた。いや、その声の冷たさに、危険だと無意識のうちに本能で感じたのかもしれない。
気付いた時にはもう遅かった。慌てて彼から離れようとしたその時――――、いきなり後頭部に衝撃を感じて、私は声もなくその場に崩れ落ちた。
「ひゃーはっはっはあ!羊ちゃんゲーット!つか簡単すぎー」
「・・・・?」
頭が痺れて体が重い。指先すら動かず、朦朧とする意識の中で、そんな声が聞こえて来た。
「ベ・・・ル・・・・?」
彼が何故こんなことをするのか。何も考えられない頭で小さな疑問が浮かんだ瞬間、それはすぐに深いところまで落ちて行った――――。
「・・・・ん・・・」
すーっと意識が戻る感覚。同時に頭が割れるように痛むのを感じて、私は僅かに顔を顰めながらゆっくりと目を開けた。
視線を少しだけ動かせば薄暗い部屋が見える。そして私が寝ているのはふかふかなベッド。
そこまでは何となく分かったけど、ここがどこなのかは分からない。自分の部屋でもない場所で寝ている現実に、頭がついて行かない。
「・・・スク・・・アーロさ・・・ん・・・?」
自然と口から零れ落ちる彼の名前。いつもならすぐに返事をしてくれる彼の優しい声も、今日は何も聞こえてはこない。
(ああ・・・そっか・・・。スクアーロさんは・・・任務に行っちゃったんだった・・・)
ふと思い出し苦笑する。でも同時に、その後で自分に起きたことも瞬時に思い出した。
「あ・・・ベル・・・。どうしてベルがっ――――つっ・・・」
飛び起きた途端、後頭部にズキズキと痛みが走り顔を顰めた。
「そうだ・・・。私あの時、誰かに殴られて・・・」
ベルは目の前にいた。ニヤついた顔で、驚いている私を見ていた。
じゃあ誰が私を・・・ううん、それより・・・あれは本当にベルなの――――?
「――――気が付いたぁ?」
「・・・・っ」
不意にドアが開き、誰かが入ってくる。薄暗い部屋の中に廊下の明かりが差し込み、眩しさで目を細めた。
「ベ、ベル・・・なの?」
ベルは廊下の明かりに背を向けて立っているせいで顔が陰って良く見えない。
その時――――。「違います」という太い声が聞こえて、ベルの後ろから誰かが部屋に入って来た。
「彼は正統な王位継承権を与えられている、唯一の存在。ジル様で御座います」
「・・・ジ・・・ル・・・?」
こっちへ歩いてきた男をゆっくりと見上げる。そして彼の顔を近くで見た瞬間、私は驚愕のあまり目を見開いた。
「そーゆーこと。あんな出来そこないの弟と一緒にすんなよ。ちゃーん
ゥ」
「お・・・とうと・・・?」
目の前の男はベッドに腰を掛け、徐に金髪のウィッグを取ると楽しげに私の顔を覗き込んでくる。その顔は―――――恐ろしいほど、ベルにそっくりだった。
髪型が多少違うくらいで、顔だけ見ればまるきり同じ顔だと言える。
「あれ、そんな驚いた?あいつ話してなかったんだー。双子の兄貴がいること」
「双子・・・?」
「そーだよ。あんなバカと同じ顔っつーのも胸糞わりぃけどー」
ベルにそっくりな男はそう言って楽しげに笑いながら、私の方へと手を伸ばしてくる。
怖くなって後ずさると、彼はニヤニヤしながらベッドの上に這いあがって来た。
「オルゲルトー。呼ぶまであっち行ってろ」
「かしこまりました」
オルゲルトと呼ばれた大柄の男は、ジルに一礼すると静かに部屋を出て行く。
突然聞いた話に混乱していた私は、まだ彼がどれほど危険な男かと言うことを全く分かっていなかった。
「こっち来いよ、ちゃん」
「い、嫌、です・・・」
「はあ?王子に嫌とか生意気じゃね?オレが呼んだら"かしこまりました、ジル様"だろーよ」
「こ、来ないで・・・下さい・・・」
どうして?何故ベルの双子の兄が私を浚ったの?そんな事ばかりが頭の中をぐるぐる回ってる。
ジルはどう見ても友好的なようには見えない。ベルの兄だからといって油断は――――。
「くっくく・・・」
「・・・・っ」
「もしかして今のあんたの頭ん中、何で何で何でー?って感じ?」
「・・・だ、だって――――」
「じゃあ、教えてやるよ」
ジルは不敵な笑みを浮かべ、私の方に自分の右手、それも甲の方をかざして見せた。
「この指輪、何だか分かる?」
「指輪・・・?」
彼の指にはめられている物を目を凝らして見てみる。真ん中にパールのような大きな石、そして左右に羽のような形の紋章が入った飾りがある。
ハッキリ言えば見覚えはない。でも指輪、という事であれば、それが何を意味するのか何となく想像できた。
(スクアーロさんもヴァリアーの紋章が入った指輪をつけている。前に訊いたら戦闘で必要な物、としか教えてくれなかったけど・・・)
思い出しながら目の前の指輪を眺めていると、ジルはつまらなそうに舌打ちをした。
「知らねえみたいだな。ま、いいけど。あんねー、これはマーレリングつって、オレはこの指輪の守護者なわけ」
「守護・・・者・・・?」
「へえ、それは聞いたことがあるみたいだな」
指輪の守護者。それを聞いて私は血の気が引いたような気がした。
過去に行われたリング争奪戦を思い出したのだ。
(今度の戦いもまた指輪が関係してるの――――?)
唖然としている私を見て、ジルは更に追い打ちをかけるようなことを口にした。
「ミルフィオーレとボンゴレの戦争、知ってるよねー?あんたの恋人、作戦隊長さまだもんなあ」
「・・・・っ」
「いわばオレとあんたの恋人は敵同士ってわけだ」
「な・・・ベルのお兄さんが敵って・・・」
「だから何?オレとベルは超絶仲悪かったんだぜ?殺しあうのは当然だろ」
「だ、だから私を・・・?ヴァリアーの人達はどうしたのっ?」
そこで護衛についてくれていた人達を思い出した。彼らは傍にいたはずだ。
なのにジルはあの場から私を連れ去ることが出来た・・・。まさか――――。
ジルは私の問いに呆れたように笑った。
「あんな護衛なんて一瞬で蹴散らしたぜ?オルゲルトがなぁ」
「・・・そんな!」
彼らは私を守っていたせいで・・・。そう思うと胸が張り裂けそうなほどに痛む。
この男はベルのお兄さんだけど・・・今はボンゴレと敵対しているマフィアに属しているようだ。少しづつ私にも状況が飲み込めて来た。
「・・・。何もそこまでしなくたって――――」
「はあ?戦争なんだぜ?甘いこと言ってんなよ?つか、ついでにちゃん浚った理由、聞きたい?」
「―――――っ」
ジルが意味深な言葉を告げてニヤリと笑う。そこで息を呑んだ。
私を人質にしてスクアーロに何かする気なんじゃないかと怖くなったのだ。
「や、やめて・・・!彼には―――――きゃっ」
ジルは怯えている私の手を強引に引き寄せると、耳元に唇を寄せて妖しげに微笑んだ。
「――――ベルの大事なもん、壊したくてさぁ」
その一言に言葉を失う。
「ベ・・・ル・・・?」
「あー何?人質にしてあんたの恋人に何かすると思った?しねーよ、んなもん。人質なんかとらなくたって全員ぶっ殺す予定だしー」
「・・・・っ」
「それより・・・あのベルがご執心だっつー女を壊して、あいつの絶望した顔が見たいんだよねえ」
ジルは心底楽しいと言いたげに私の顎を指で持ち上げた。
「全部調べたんだ。あんたと・・・ベルに何があったのか。あいつの過去ぜーんぶ」
「・・・・っ」
「そしたら面白い話聞いちゃってさー。ベルが娼婦のあんたに入れあげたあげく、捨てられたって、ね」
「ち、違・・・っ」
「何が違うわけ?実際あんたはベルに借金払わせといてスクアーロって奴を選んだんだろ?なら捨てたんじゃん」
「そ、そうじゃないんです・・・!ベルは――――」
「可愛い顔して良くやんね。ま、所詮、娼婦なんてそんなもんか」
ケラケラと笑うジルを見て、悔しさで涙が浮かぶ。
私の事は何を言ったって構わない。だけど・・・彼らの事を笑うのは許せなかった。
「娼婦に本気とかウケる。マジでバカだよなあ?あんたの恋人も、あんたを未だに引きずってるベルの奴も――――」
「・・・・っ」
頭で考えるよりも先に、手が出ていた。バシッっという乾いた音が部屋に響いて、私の右手がじんじんと熱くなってくる。
ジルはぶたれたことで驚いたのか、口をぽかんと開けたまま私を見ていた。
「私の事は何を言ってもいい・・・。でも二人を悪く言うのはやめて下さい・・・!」
そう怒鳴った時だった。ジルの顔から笑みが消え、物凄い力で頬をぶたれた。
「きゃっ」
バシッっという派手な音が聞こえた瞬間、耳の奥でキーンという耳鳴りがした。
ビリビリとした痛みで自然に涙が溢れてくる。でもジルの怒りはそれでおさまってくれたわけじゃなかった。
「てめぇ・・・誰に手ぇあげてんだよ・・・」
男はベッドに倒れこんだ私に馬乗りになると、思い切り首を絞めてくる。
その強い力は私の呼吸を一気に奪っていった。声も出ない。ただ空気を求めて手をさまよわせるだけ。
涙が溢れ、唇が震える。苦しい・・・私はここで殺されるの?
私の事を狂気じみた目で見下ろしてくるジルを見つめながら、私は、昨日優しく慰めてくれたベルの顔を思い出していた。
『オレ・・・・やっぱが悲しんでる姿は見たくねーよ』
『オレはこうしてまたお前と話す事が出来て嬉しいんだよね。だから・・・・甘えるべきじゃないなんて言うな』
一つ、一つ。私を気遣いながら言ってくれた言葉。それがどんなに嬉しかったか、ベルにちゃんと伝えれば良かった――――。
(違う・・・。この人はベルとは違う・・・。顔が似てたとしても・・・私の知ってるベルは・・・こんな――――)
意識がすーっと遠のいて行く。喘ぐだけだった手もすでにシーツの上に力なく落ちていた。次の瞬間、
「・・・んっ。ゴホッ・・・!ゴホッ」
急に肺へ空気が送り込まれた苦しさで、私は激しくむせた。
どうやらジルが絞めていた手を離したらしい。
「やーめた。今ここでお前殺してもつまんねーし」
「・・・・っ?」
ジルは未だに上から冷たい目で見下ろしてくる。私は咳き込みながらも彼を睨むことしかできなかった。
「あんた殺すのはベルの前じゃないと意味ねーからさー」
「・・・え・・・?ゴホッ・・・」
「ベルにはさぁ、オレの前で絶望して泣きわめいて欲しいんだよねえ」
「な・・・っ」
ニヤリと笑うジルの本当の目的を見た気がして、私は言葉を失った。
「今もあんたに未練タラタラっぽいし?その報告受けて思いついたんだ。あいつの・・・絶望で歪む顔が見れるかもってさ」
「・・・や、止めて・・・っ。彼にそんな―――――」
「惚れた女を目の前でバラバラにされた時のあいつの顔、見てみてーじゃん。本当にお前に惚れてんならオレにやめてくれって泣き叫んで哀願するかもなあ」
「わ、私を殺して気が済むなら殺せばいい・・・」
ジルに縋るように訴える。彼の服を掴む手には殆ど力が入らない。
でも私なんかのせいでベルを傷つけるなんて、それだけはどうしても避けたかった。
「・・・でもベルには・・・そんな事しないで下さい!お願い・・・・」
「はあ?振った男の心配かよ。バカじゃね?」
「お願い・・・ベルには・・・何もしないで・・・」
そう言いながら彼の腕を掴む。でもその手を逆に捉えられ、急にベッドへ張り付けられた。
「・・・・っ」
覆いかぶさってくるジルを見て、また首を絞められる、と恐怖で強く目を瞑る。でもかすかに笑う声が聞こえて恐る恐る目を開けてみた。
ジルは、さっきとは違うどこか艶のある目で私を見下ろしている。これは――――男の、目だ。
目が合った瞬間、彼の瞳の中に別の欲望が見て取れた。
「ししっ。女に哀願されるのってコーフンすんね・・・」
「・・・お願い・・・します・・・」
「その泣き顔もそそるし。ベルの為に必死って感じがたまんねぇ・・・」
「・・・んっ・・・」
ジルは私のお腹の上に跨ると、指先でゆっくりと私の唇をなぞり出す。
そして人差し指を一本だけ口の中に押し込ませ、その唾液の着いた指で私の唇を撫で始めた。
「ほら、もっとこの口で頼めよ。ベルに酷い事しないで下さいって。そしたらオレ、優しいから気が変わってやり方変えるかもよ?」
「・・・ひ・・・酷いこと・・・しないでくださ・・・んぁっ」
今度は無理やり指二本を口の中に入れられ、ビクっとなる。ジルは人差し指と中指で私の舌を撫でまわした。
「・・・んん・・・っ」
「・・・舐めろよ。オレの指。ほら」
「ん・・ぁっ」
強く舌を押され、一瞬吐き気がこみ上げて来た。それでも何とか堪えると、ジルの指をゆっくりと舐めとっていく。
体が震えているのが自分でも分かる。愛撫を強要され、この後に待つ悪夢に怯えていた。
ジルの好きにされた後はきっと殺される。でも・・・私さえ殺されてしまえば、少なくともベルやスクアーロが戦いの中で躊躇することはないだろう。
きっと二人ならこの男を倒してくれる。だから私は足手まといになっちゃいけない。それだけは避けなければ・・・・。
「・・・えろっ。やっぱ娼婦だな。その顔」
「・・・・っ」
「そうやってベルのもしゃぶってやったわけ?」
「・・・・んっ」
「オレのもしゃぶってよ」
指で口内をかき回され、本当に吐きそうになった。
ジルは素直にいう事を聞いている私に気分を良くしたのか、口内をかき回しながら胸へと手を伸ばし、撫でるように揉み始めた。
理不尽に施される愛撫が気持ち悪い。逆にジルは興奮し始めたのか、気付けばお腹の辺りに硬いものが当たっている。
ジルは私の上で腰をゆらゆらと揺らし、硬くなったものをこすりつけるような仕草をしながらニヤリと笑った。
「どう?感じる?」
「・・・・んっ」
服の上から撫でまわしていたが、ジルは不意にシャツのボタンの隙間から指を入れ、下着の上から胸の尖りを擦りだした。
「・・んんっ」
「乳首、硬くなってきたぜ?ブラの上からでもハッキリ分かる。ししっ」
ジルは人差し指と中指を器用に動かし、胸の尖りを撫でたり挟んできたりする。その強い刺激で私は涙が溢れて来た。
「泣くほど気持ちい?まさか嫌だってことはねーよなぁ?あんた元娼婦だし。もうこっちも濡れてんじゃね?」
「・・・っぁ・・・」
口内をかき回していた指を抜き去り、ジルは跨ったまま私の太腿へと手を伸ばした。
スカートを捲りあげ徐々に上がってくる手の感触に鳥肌が立ち、強く唇を噛みしめる。
「何だ、濡れてねーじゃん。つまんねーな」
「・・・ゃ・・・っ」
ジルはショーツの中へ手を入れると、一番触れられたくない場所へと強引に指を伸ばす。
そして指先を使い無理やり開くと、割れ目の中をゆっくりと擦りだした。私の唾液で濡れていた指は、何の抵抗もなく滑り始める。
そのおぞましい刺激が嫌で、シーツを強く握りしめた。
「ぁ・・・んっ」
「いい声出せんじゃん?ほら、もっとよがれよ。こういう事、散々されてきたんだろ?お前」
「・・・ゃあ・・・っ」
「何嫌がってんだよ。ベルの前で殺してほしいわけ?あ、それともベルの前で犯してやろうか。どっちにしろ、あいついい顔すんだろーなぁ」
「・・・っや、やめ・・・て・・・下さ・・・い」
「だったら早くよがれよ。っつか、全然濡れねーじゃん」
「・・・・っ」
ジルはそう言って私から下りると、突然両足の間に顔を埋めて来た。
「や・・・ぃやっ」
「嫌、ねえ。でも大抵の女はこうすれば、みんな喜ぶぜ?」
「・・・ひっ・・・あっ」
強引に両足を開いてショーツを破ると、ジルがそこへと顔を埋めていくのが見えた。
思わず腰を引いたが、すぐにジルの腕が絡まり、元の位置へと戻される。
その瞬間、ぬるりとした感触が敏感な場所を掠めるように蠢いた。
「・・・ぁっ!」
生暖かい吐息と共に、恥ずかしい場所に、好きでもない男の唇が吸い付くおぞましい刺激。思わず背中がビクンと跳ねた。
ジルは僅かに唇を離し、舌先でちろちろと最も敏感な芽を舐めてくる。その弱い刺激が逆に私の羞恥心を煽った。
「・・・ぃや・・・ぁっ」
「ホントに嫌なのかよ。だんだん濡れて来たぜ?」
「・・・・ぁっん!」
それまでの緩い動きではない。ジルは僅かに硬くなった芽に思い切り吸い付き、口内で転がしてくる。
その強烈な刺激に思わず声を上げた。
「ほーら、どんどん溢れてきた」
「・・・ぃや・・・ぁっ」
ジルは顔を埋めながらも小さく笑っている。その吐息でさえ刺激となって、不愉快な疼きを齎した。
「つーかちゃんだけ気持ちよくなんないでねー」
ジルは不意に体を起こすと、濡れた口元を拭きながら、再び私の上に跨った。
でも今度はお腹ではなく胸の上に座られ、苦しいほど圧迫される。
「・・・ぅ・・・」
苦しげに顔を歪める私を楽しげに見下ろしながら、ジルは徐に自分のモノを目の前に晒した。
すでに硬く勃ちあがっている。思わず目を反らせば、すぐに顔を戻された。
「ほら、しゃぶれよ。好きだろ?咥えんの」
「・・・んん・・・っ」
ジルは私に跨ったまま自分のそれを無理やり口に押し込もうとする。
言うことをきかなければ、と思うのに、どうしても心がそれを拒否していた。
「おら、口開けろって。早く咥えろよっ。ベルの前で殺すぜ?」
「・・・・っ」
何度も唇に押し付けながら、ジルが我慢の限界とばかりに私を脅す。
「このまま、ここで犯されるのがいいか。それともベルの前で殺されるのがいいか。好きな方選べよ」
ジルはイライラしたように私の顎を掴む。でも私の中の答えはすでに決まっていた。
「・・・わ・・・分かり・・・ました・・・」
「ししっ。素直な女は好きだぜ?もしオレを気持ち良ーくさせてくれたら、ちゃんの願いを聞いてやってもいいかなー」
「・・・・っ」
「ほら、早くしろよ」
「は・・・はい・・・」
私がいう事をきけば願いを聞いてくれる――――。
その言葉に縋るように、震える唇をジルのモノへと近づける。大丈夫。こんなの何ともない。私は元々娼婦なんだから。そう思えば怖くはない。
何度も自分に言い聞かせながら強く目を瞑る。
「ししっ。震えてんの?かーわいい」
ジルが嘲笑うのを聞きながら、私は覚悟を決めてそれを含もうとした。その時――――。
コンコン!とドアを強くノックする音がして、ビクッとなった。
ジルも驚いたように顔を上げると、
「チッ。何だぁ?呼ぶまで来るなつったろ?オルゲルト!」
「ジル様!」
そこへドアが開き、さっき顔を出したオルゲルトという大柄の男が慌てたように部屋へと入って来た。
でも私の上に跨っているジルを見ると、「し、失礼しました」と言ってすぐに背中を向ける。
「何だよ・・・。お前が慌てるくらいだから何かあったんだろ?」
気分をそがれたのか、ジルは私の上から降りるとすぐに服の乱れを直した。
オルゲルトは、「はい」と言って向き直ると、
「古城が何者かに占拠された、との報告です」
「マジ?早くね?」
「どうやら指揮官も殺られたようでして――――」
と、そこで別の部下らしい男が「失礼します!」と開いたドアから顔を出す。
「ボス、やはり城を落としたのはボンゴレの暗殺部隊、ヴァリアーです!」
「―――――っ」
「へえ・・・思ったより早かったじゃん」
ジルは面白くないといった顔で、驚いている私を見た。
「そして白蘭様より正式に、この戦いの総指揮をボスに任せるとの伝令が届きました」
「まあ・・・当然でしょうな」
部下の報告にオルゲルトが頷く。
「前任の指揮官は無能極まりない人間でしたから・・・。ここを仕切るのは6弔花であるボスにこそふさわしい」
「・・・ふん」
「あなた様を見たら・・・さぞかし奴らも驚くでしょうな」
「だろうなぁ。ま、つーことはノンビリしてらんねぇって事か」
ジルはそう言いながら私の方へ歩いてくる。
「というワケだからお楽しみは後でな。ちゃんには一緒に来てもらうぜ?」
「・・・え?」
「思ったより早く来ちゃったんだよねえ、あんたの友達。だからそろそろ待ち伏せして別のお楽しみっつーことで」
「そ、そんな・・・いう事聞けばベルに酷いことはしないって――――」
「ああ、あれ?だってオレ、何にも奉仕してもらってねーし?だからその分はベルに楽しませてもらおうと思ってさー」
「や、止めて・・・っあっ」
凄い力で腕を引っ張られ、私はベッドの下へと落下した。
膝を打ち付け、痛みで涙が出てくる。
「あーあ。とれーなー。サッサと立てよ。お前もあいつらに会いたいんだろ?」
「い、いや・・・行きたくない・・・っ」
ジルは私をベルの前で殺す気だ。そんな事でみんなの足を引っ張りたくなんかない。
でも私の抵抗なんてないも同じだった。ジルに抱えられ、身動きが取れない。
「いや・・・!殺すならここで殺して・・・っ」
「暴れんなって。つーか、お前ホント変わった女だな。あいつらの為に殺せって?バカじゃねーの」
「バカでも何でもいい・・・っ!早く殺してよ・・・っ」
「はあ?何で王子が命令されなきゃなんないわけ?それ決めんのオレだし」
ジルはそう言って笑うと、長い廊下を抜け、大きなエントランスへと歩いて行く。
そのお屋敷みたいな建物を見て、ふと、ここはどこなんだろう?と思った。
さっきヴァリアーが古城を落としたと言ってたし、私が浚われてから何時間も経ってるのかもしれない。
私がジルに浚われた事は知っているんだろうか。それとも知らずに戦っているのか。
近くにスクアーロがいると思うと、無性に会いたくなった。
ジルが私を抱えたまま外へと出ると、そこには物凄い数の戦闘員がずらりと並んでいた。
「ししっ。スゲーだろ?いくらヴァリアーが強いって言っても、この数じゃなー。向こうは人数少ないって言うし」
「や、やめて・・・!どうする気?!」
「どうするって白蘭様から総指揮任されたんだぜー?ボンゴレ皆殺しってのが当然じゃね?。ま、それは部下にやらせて・・・オレは弟の相手でもしに行くかな」
「・・・・っ」
「オルゲルトー。全員、古城に向かわせろ。そんでお前はオレと来い。楽しいショー・タイムの始まりだ。ししっ」
「かしこまりました」
オルゲルトの指示で戦闘員たちが次々にその場を離れていくのを、私は言葉もなく見つめていた。
彼らはヴァリアーのみんながいる場所へ行こうとしている。
(こんな数で囲まれたら・・・逃げ場がなくなる・・・っ)
「んじゃーオレ達も行こっか。ちゃん」
「や・・・!やだ・・・っ」
「まーだそんな元気あんの?」
ジルの腕の中で必死に暴れると、彼は呆れたように目を細めた。
そして暴れる私を冷ややかに見ると、
「少し、寝ててもらおっかな」
「や・・・・ぁうっ」
突然お腹を殴られ、その激しい痛みで意識が急激に遠のいて行く。同時に、ジルの笑い声がかすかに耳を掠めて行った―――ー。
イタリア戦線――――。
ボンゴレの奇襲作戦を早期に察知したミルフィオーレは、圧倒的戦力でボンゴレの連合ファミリーを追い詰め、勝負がついたかに見えた。
だが、ザンザス率いるボンゴレ独立暗殺部隊、ヴァリアーの奇襲により、わずか10分でミルフィオーレの指揮官がいる古城は占拠された。
しかし、これにより32名しか隊員を持たないヴァリアーは、四方を圧倒的兵力のミルフィオーレ勢に囲まれ、今、窮地に立たされていた。
「う゛お゛ぉい!そろそろ、おっぱじめるぜぇ!!」
古城のテラスに顔を揃え、遥か下方にいる敵の大群を見下ろす。
ミルフィオーレ勢は徐々に城へと近づいてきていた。
「んもう!嫌になっちゃうわ!籠城戦なんて退屈よ!ディフェンスなんて性に合わないわ!」
「残ったボンゴレ連合軍もアテになんねーしな。こんな事なら跳ね馬、日本に向かわせるんじゃなかったか?」
ルッスーリアの嘆きを聞きつつ、オレは苦笑交じりで下を覗き込む。
ミルフィオーレの奴らはこの城をぐるりと囲むように集まっていて、上から見ていると小さな蟻んこに見える。
「何を弱気になっておる!!この程度の敵、我が手にかかれば造作もない!!」
「レヴィさーん。だったら一人で造作もなくやっちゃって下さーい。見てますんで」
「何?!」
「ししっ。何?じゃねぇよ、タコ」
カエルにまでバカにされたレヴィは顔を真っ赤にしてオレを睨む。つか怖くもねーけど。
「だが!地形上、敵が攻めてくる地点は限られている!決して悪い条件ではない!」
「・・・"だが"の使い方おかしいだろ。変態雷オヤジ・・・(ボソ)」
「ぬおう?!貴様、今なんと言った?!」
「綺麗な空だなー」
レヴィはカエルにいいようにあしらわれて更に顔を赤くしてやがるしウザいったらない。
籠城してんのも飽きて来たオレはナイフを指でくるくる回しながら、カエルの頭めがけて投げてやろうかと考えていた。
「ベルセンパーイ。やめて下さいねー」
「あ?何がだよ」
「今そのナイフ投げようとか思ってるんでしょー。分かるんですよー。後頭部にセンパイの殺気ビームがビンビンくるんでー」
「暇だからダーツでもしよっかなーって思ってさ」
「だからミーの頭は的じゃないですー」
「う゛お゛ぉい!うるせぇぞぉ?!」
そこでスクアーロが一喝した。
それを合図にルッスーリアが振り向くと、
「で、みんなの配置はどうするの?スクアーロ作戦隊長」
「・・・レヴィとルッスーリアは城で待機して何かあればサポート。オレは東の抜け道を守る。南はベルとフランだ。雑魚は好きに連れて行け」
「げ・・・オレがフランのお守?」
思わず顔を顰めるとカエル頭は遠くを見ながら、「嫌なのはミーも同じですー」なんて言って来やがった。
「あいつ嫌なタイプなのでー。前任のマネさせて、こんな被り物を強制的にかぶせますしー」
「・・・スクアーロ作戦隊長。任務中、あのカエル死ぬかもしんない・・・。オレに手によって」
「ざけんな、ガキィ!!新米幹部はペーペー幹部が面倒みんに決まってんだろぉ!!」
「オレ、もうペーペーじゃねーし」
そう言いながら顔を背ければ、何故かレヴィのバカがオレにウインクをかましてくる。(マジでキモイし)
「ベルっ・・・ベルっ」
「・・・・??」
何か言いたいことがあるのか、と首を傾げれば。
「・・・・(構わん!殺れ!殺ってしまえ!)」
「・・・・やだね。腐ってもお前とは組まねえ」
「なぬっ?」
何が言いたいか理解したオレはそう言って奴に背中を向けた。その瞬間、背後で
ドスッッと言う鈍い音。
「う゛お゛ぉい!下らねえ目配せしてんじゃねぇっ!!」
「ぬ・・・はい・・・った・・・」
スクアーロがレヴィの腹に膝蹴りをかましたらしい。レヴィは真っ赤な顔で腹を押さえると、両膝をついて――――。
「・・・おええええっ!!」
「んふっ
ゥ 私達ってホント、身も心も汚い集団よねえ♪」
目の前でゲロゲロ吐いてるレヴィを見ながら、ルッスーリアが腰をくねらせる。さすが変態だ。
「オラァ!分かったら行けぇ!!雑魚新兵は好きなところに連れて行けぇ!――――いつまでも汚ねぇな!!」
足元で未だ吐いているレヴィをスクアーロがドカッと蹴る。
オレはオレでレヴィがゴロゴロ転がって行くのを見て笑っていたが、スクアーロにジロリと睨まれ、すぐに城の外へと飛び出した。
「いっぱい殺ってくるのよ〜〜!!
匣も忘れずにね〜〜
ゥ」
後ろからルッスーリアの汚い声が追いかけてくるのを聞きながら、オレとフランは森の中へと飛び込んだ。
「たく・・・何でオレがカエルのお守なんだよ」
「だからそれはミーのセリフですってばー」
「いいからサッサと前に行けよ、カエル!」
木から木へ飛び移りながら、南に向かって移動していく。
ミルフィオーレの奴らが現れるのはもう少し先だろうし、ここはのんびりカエルでもイジメながら―――――。
「ベルセンパーイ。やっぱ前行って下さいよー。殺気が背中に痛いですー」
「しししっ。やだね。脳と心臓どっち刺すか決めるから待ってろ」
「ほんっと歪んじゃって生き物として最悪ですよねー。堕王子って」
「誰が堕王子だっ」
「いでっ!」
軽快にナイフを投げればカエルの悲鳴が響く。オレのナイフは奴の背中(心臓の方)に二本ほどぶっすりと刺さっていた。
「あ〜〜涙出て来た・・・。絶対アホのロン毛隊長にチクりますー。センパイ殺す許可もらいますー」
「おい・・・。刺さったら死ねよ」
カエルは痛がりはするクセに一向に倒れる気配もなく前を飛んでいく。いっつも思うが絶対こいつ、背中に何か仕込んでやがる。
「思うんですけどー。センパイ、そんなんで頭のネジ抜けてるから本当は祖国追い出されたんですよー」
「あ?」
「きっと家族とかに嫌われて帰れないからヴァリアーに入ったんでしょー」
「バーカ。それはねぇよっ」
「うっ」
ドスッドスッと小気味いい音がして再びナイフがカエルの背中に刺さる。
「だって皆、殺しちまったもん」
「・・・でっ!いい加減刺すのやめて下さーーい」
カエルの情けない声を聞きながら先を急いでいると、思ったよりも早めに南地点へと着いてしまった。
オレは途中の木の枝に飛び乗ると、辺りを見渡しその場にしゃがんだ。
「よーし。ここらで待ち伏せるか」
「ベルセンパーイ」
「あ?」
カエルはオレの少し前の枝でしゃがんでいる。その背中にはナイフが10本ほど刺さっていて、知らない奴が見ればホラー映画だ。
「背中に刺さった趣味の悪いナイフ、抜いてもいいですかー。いかにもオリジナルナイフだぜーって主張するこの形状が相当恥ずかしいんで」
「・・・・・・・・綺麗に磨いて揃えて返せよ?」
「それは嫌ですー。こんなものっこんなものっ」
「てんめっ」
抜いた先からナイフをバキバキ折っては捨てるカエルに軽くキレる。
指輪に炎を燃やせば、フランはまたしても呑気な声で「怒ったんですかー?」と訊いてきた。
「なら折らずに捨てますからー」
「捨てんなっ!」
怒鳴ると同時に指輪を匣へと注入すると、ドシュっという音と共にオレの匣兵器、
嵐ミンクが飛び出した。
「それ以上、捨ててみ。お前燃やす」
「じょーだんですよ、じょーだん・・・あ・・・」
フランはナイフを持った手を振り回し、その勢いでナイフが下へと落下していく。
「カチーン。死ねよ」
「・・・ごくっ」
速攻でミンクをけしかければ、フランは「しっしっ!こっち来んなっ」と手で追い払おうとしている。
だがミンクはそんなフランの頭上を飛び越え、その先にいる敵へと襲い掛かった。
「うわぁぁっ」
「・・・がっ!ぐわぁっ」
ミンクに触れたミルフィオーレの兵隊はあっけなく炎の中へと消えていく。
ったく、バレバレなんだよ、お前らは。
「おお、ベルセンパイ、敵がいるのに気づいてたんですねー」
「ったりめーだ。数は30ってとこか」
「ごくごく、稀にですが、本当に天才かもって思ったり思わなかったり」
「しししっ。天才に決まってんじゃん?だってオレ―――――王子だもん」
そう言った瞬間、目の前にミルフィオーレ勢が大群で現れた。
「かかれ!!」
それを眺めていると、フランが溜息交じりでオレを振り返る。
「相変わらず意味わかんないんですけどー」
「おまえはそこで首あらって待ってろ。―――――さあ、やっちゃっていいぜ?ミンク」
≪
グルルルル・・・・≫
オレの首に巻きついていたミンクは、その言葉と同時に奴らへと襲い掛かった。
瞬時に奴らの周りを業火が囲む。
「うあぁぁぁぁちいっ」
「皆!この炎には触れるな!嵐属性の死ぬ気の炎だ!!」
「ししっ。ムリ。―――――
紅蓮の炎!」
「ぐあぁぁっ!!!」
一気にミンクの炎が吹き上がり、残りの兵隊を燃やしつしていく。
周りの木々も一緒に燃え出し、一瞬で目の前は炎の海と化した。
「"嵐ミンクに体毛を擦り付けられた物体は摩擦によって嵐属性の炎を発火し、分解しつくされるのだー。"・・・命令通り解説しましたー」
「ごくろ♪ そーゆーのあった方が感じ出んだろ?――――しっかし良く燃えてんなー」
「環境破壊とか考えたことありますー?」
「あ?んなもんねぇし―――――」
隣に並んで立つカエルの戯言に突っ込もうとしたその時――――。
突然何かが炎の方へ飛んでいき、今まで燃え盛っていた森が一瞬のうちで鎮火していった。
「は?何だこれ」
そう呟いて顔を上げた時、目の前にふわふわと何かが降りてくる。
「雨属性の・・・ペリカン?」
バッサバッサと羽を動かし飛んでいるペリカンに首を傾げていると、
「――――お久しぶりです。ベル様」
という静かな声が上から降って来た。
「ん?」
声のする方へ顔を上げれば、そこには見たこともねー大柄のオッサンが浮かんでいる。
足に炎をともしているところを見ると、新手のミルフィオーレらしい。
「私の事を覚えてらっしゃいますか?」
「・・・・誰だっけ」
「ベル様が幼少の頃に、あなたの家で執事をさせて頂いた者です」
「そういや、いたかもなー」
「オルゲルトです」
「んーなの、いちいち覚えてねーって。もしかして顔見知りってことで命乞いか?ムリだぜ、オレ執事とかいらねーし」
「滅相も御座いません」
男はそう言って不敵な笑みを浮かべながらオレを見下ろしてくる。何だかムカつくオッサンだ。
「私はいずれ王となる王子にしか、仕えませんので」
「・・・?それってオレじゃん?」
何を言ってんだ、このオッサンは、と呆れたところで、不意に上から「そりゃ違うだろーよ、ベル」という声が降って来た。
また新手かよ、とウンザリしながらも何となくどこかで聞いた声だと首を傾げる。顔を上げてみれば声の主が霧の中からゆっくりとその姿を現した。
「あ・・・」
「・・・・あり?」
ありえない――――。目の前に現れたそいつの顔を見た瞬間、隣のフラン、そしてオレも同時に言葉を失った。
「え?あれ?」
フランはその男とオレを交互に見ながら目を丸くしていたが、オレも予想外の相手が現れ、少しだけ動揺していた。
「王になんのは・・・お前が殺したはずの双子の兄貴――――ジル様だ」
「――――――っ」
人は信じられないものを見ると思考回路が遮断されるようだ。普段は滅多な事で動じないオレも、今だけは本気で自分の頭を疑った。
つーか理解不能。幻覚じゃねーよな?コレ・・・。薬でラリってるわけでもねーし。
「あっりー?ジル・・・?」
「確かセンパイ、兄弟は殺したって言ってましたよねー。あいつ、幻覚なんじゃないですかー」
「バーカ。それ調べんのが術士のおめーの仕事だろ」
「あ、う〜ん。たぶん小細工はしてないと思いますねー。勘ですけどー」
「勘かよっ」
「幻術見破るのって超高度なんすよー。師匠も最後は勘だって・・・」
「ベルよぉ」
「・・・・」
名を呼ばれ顔を上げると、ジルは嫌な笑みを浮かべ、座っている変な椅子から身を乗り出した。(王座のつもりか知らねーけど趣味悪すぎ)
「疑うのも無理はねーがオレは偽物でもそっくりさんでもねーぜ?だって、お前と左右対称にある腹のアザと――――お前がつけたこの傷が証拠じゃね?」
「・・・・・っ!本物くせぇ・・・」
服を捲り腹の傷を見せるジルに、オレは顔が引きつった。あの傷は確かに覚えがある。
「しししっ」
「生まれた時から――――」
「え?」
「生まれた時から、超絶仲が悪かった・・・・」
とっくに記憶の彼方へと飛んでいたあの日の事が鮮明に思い出される。
「あの日も鼻くそのつけあいから始まり、投石、投岩、投ナイフ。んで・・・・ついに永遠の勝利!」
「センパイ・・・ずいぶんバイオレンスな悲劇をコミカルに語りますね」
「しししっ。あの傷は寸分違わずオレがつけたもんだ」
そう話していると、ジルは失笑しながら、「ったく。成長してねーな。ベルフェゴール」と偉そうに言ってくる。
「自分の都合のいいようにしか記憶しないとことかな」
お前もその偉そうな態度は少しも変ってねーよ、と突っ込みたくなった。
「まずお前は兄貴のオレには何やっても敵わなかったこと思い出せよ」
「・・・・・・」
「勉強でも、かけっこでも何やってもお前はオレより劣ってて勝てなかった。あの時点で時期王となる正統王子は100%オレだったんだよなあ?オルゲルト」
「さようで御座います」
「・・・チッ」
よくもまあ、どうでもいい昔話をべらべらと。ジルのしたり顔を見ていたら無償のあの頃の殺意が蘇ってくる。
「ってことはヴァリアー1の天才と言われるセンパイより、あいつの方がより天才ってことですかー?」
「黙ってろ、カエル」
「あの日もお前の実力で勝てたわけじゃねーよなあ?真の天才のオレにガチじゃ勝てねーと思った準天才のお前は、あの日下剤をたらふくオレの飯に仕込んだんだもんな」
そう言えばそうだった。あの時はオレも必死だったんだっけ。
「めちゃめちゃ卑怯じゃないですかー。センパイ」
「前の日にミミズ入りドロ団子食わされてんだぜ?オレもあん時、足元がおぼつかなかったんだ。おあいこじゃん?」
そう言いながらあの身の毛のよだつ味を思い出し、何だか胸くそ悪くなってきた。そもそも何で――――。
「つーかさあ。何で生きてんだ?確かに土ん中に埋めたはずだぜ?」
「しししっ。本物の正統王子は死なねーんだよ。お前と違ってオレはあの方の偉大な力に守られてんだからさ」
「なーに言ってんだ?」
訳の分からない言葉を吐くバカに嫌気がさして肩を竦めると、ジルはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「これ、何だか分かるか?」
そう言って指にはめられている指輪をこっちに向ける。それは確かに見覚えがあった。
「えーっと・・・マーレリング?」
「じゃあセンパイのお兄さんて・・・」
「――――そう、6弔花」
ニヤリと笑うジルを無視して、フランが頭に乗ってるカエルをバンバンと叩く。その中には無線機が仕込んであった。
「スクアーロ隊長ー。6弔花、南に来ましたー」
『チッ・・・こっちはハズレか・・・』
オレの耳にはめてある無線機からスクアーロの声がする。かすかに爆音が聞こえるから向こうも戦闘中ということだ。
「それが驚いちゃいましたよ〜。バカなセンパイの死んだはずの兄貴でしたー」
『何言ってやがる?!』
「どーも生きてたらしいんですよー。ゴッツい執事付きでー」
『・・・良くわかんねーが細かい話はあとだ。オレもしばらく手が空きそうには――――ないんでなあ!!』
無線機からは絶えず賑やかな音が響いていて、スクアーロも派手に暴れてるようだ。
ルッスーリアやレヴィにオレ達のフォローを頼んでいるようだけど、あいつらも忙しいらしい。
『ベル!フラン!6弔花はてめーらで何とかしろぉ!』
「ベルセンパーイ。残念なお知らせがありますー」
「聞こえてたっての。はなから頼んでねーし」
「
・・・ちぇ。任務だから連絡したのによー」
「それにやり残した事はしっかり自分で清算してやるぜ」
隣でブツブツ言ってるバカは放っておいて、空中で余裕ぶっこいているジルを見上げた。
今度こそジルを完全にこの世から消し去ってやる。
「ししっ。それはこっちのセリフだぜ。失敗作の弟ちゃん。きっちりここで片づけてやるよ」
「ベル様。お覚悟下さい」
「となるとミーがあのゴツ執事ですねー」
「おめーは邪魔すんな、カエル」
「任務だから仕方ないですよー。王子(仮)」
「(仮)とかつけんなっ」
いちいちムカつくカエルを睨みつつ、オレは自分の匣を取り出した。
フランもポケットをゴソゴソ漁り、
「えーっと、こんなとこですかねー」
「・・・!あれはヘルリング!!」
「ほー。さすがボンゴレが誇る最強部隊じゃん。ま、どーせここで消えるんだけどな」
ジルは笑いながら自分の匣を取り出した。が、隣にいるフランは呆れたように溜息をつくと徐に目を細めてジルを見上げる。
「それはないと思いますよー。どーせあんた、ベルセンパイに毛が生えた程度でしょ?」
「・・・・ベル。何そいつ」
「カワイクない、コーハイ」
フランの生意気な態度に、さすがのジルもキレたようだ。
思わず苦笑したが、やはりこのカエルはオレ達王族を不愉快にさせる何かを持ってるらしい。
「愚か者め。格の違いを知るがいい。それではいざ―――――」
「「「
開匣!!」」」
一斉に匣へ死ぬ気の炎を送り込めば、飛び出してきたミンクはすぐにオレの首へと巻き付いた。
「
嵐ミンク・・・!」
辺り一面、炎に包まれ、一瞬ジルの姿が見えなくなる。けど煙の向こうからいけ好かない笑い声が聞こえて来た。
「だっせ」
「・・・あ?」
「
嵐コウモリ!」
炎の中から姿を現したのは真っ黒いコウモリの大群だった。
「ししっ。ちょこざいな匣兵器だぜ」
≪
キィ・・・≫
「お前のはスカンクもどきか?つーかオレの出る幕ねーかもなっ。――――オルゲルト」
「はっ!――――
巨雨象!」
「げ!」
「でかっ」
ゴッツいオッサンが出す匣兵器までもが巨大だ。口をあんぐり開けて見上げていると、頭上にその象が落ちて来た。
だがそれをミンクの作り出す防御壁で相殺すると、カエルが呑気に「おー危なかったぁ。サンキュー。センパイ」とへらへら笑ってくる。
つーか何でこいつは戦闘に加わってねーんだ?
「サンキューじゃねーだろ、カエル。お前の匣兵器どうしたんだよ」
「頑張ったんですけどー。ポーズが決められなくて開匣できませんでした」
「・・・ポーズ?」
「ヒーローが変身したり魔法使いが呪文となえるのにポーズってあるじゃないですかー。ミーもあれが必要なタイプなんですよー」
「・・・・てんめーぶっ殺す。つーか自害しろ」
アホな事を真顔で言うカエルにオレの緒がまたしても頭の中でブチっとキレる。
ナイフを出して「死ね」と言えば、カエルは呑気に着ぐるみを外そうと頭に手をかけた。
「ってことでコレ外していーですかー?」
「ぜってーダメだ!かぶったまま死んでろ!!」
こんな時にまでやる気の見せないフランにムカついて怒鳴っていると、頭上で不愉快な笑い声が聞こえて来た。
「大丈夫なのか?ベル・・・」
「このバカ抜きでやるから全く問題ねーよ」
「そいつは良かった・・・。まあ、とはいえ・・・とっくに遠慮はしてねーけどな」
「・・・・?」
ジルは意味深な笑みを浮かべ、背後を指さす。そっちの方へ視線を向ければ、あの巨大な象が鼻に何かを巻きつけているのが見えた。
「これ、だーれだ?」
「―――――っ?」
象の鼻からジルの手に移動するその人物を見た瞬間――――オレの体中の血が一気に沸騰したかのように全身が熱くなっていく。
「―――――?!」
ジルの腕に抱かれた彼女を見た時、オレは最低最悪の悪夢を見てるんだと思った――――。
やっぱりジルよりベルですねー(笑)