01. Time of 13 years



貴方の深い悲しみも、心の痛みも、その透明な涙も、初めて会った時から、この心に入り込んだまま。いつになったら消えてくれるんだろうと祈ってみても、気づけば思い出してる。
あの日の、貴方の胸の痛みを―――。



しとしと降る雨の中、水溜りがいくつも出来てる小道を、少女は急ぎ足で家に向かう。こんな日に仕事だなんて嫌になるけど、生きる為だから仕方ない。10歳にして生きる為に仕事をしてるなんて、普通の常識では考えられないかもしれないけど、忍の親を持つ子なら当然ありえる事で、親が任務中に命を落とした子供はこの里には沢山いる。

「遅くなっちゃったなぁ…」

どんよりと曇った空を見上げながら少女は溜息をつく。さっきから振り出した霧雨と、仕事先のお茶屋から家まで30分の道のりは少女の体温をどんどん奪っていく。

(仕方ない…近道しよう…)

出来れば、あそこは通りたくないけど10分は短縮できる。早く家に帰って暖かいお風呂に入りたい。お腹も空いた。この寒さから一分でも逃れられるなら…そう決心すると、見えてきた横道から入り、林の中を進む。相変わらずシーンとしてて寂しい道だと思いながら、少しすると例の場所が見えてきて、少女は持っていた傘をギュっと握り締めた。


"英雄の慰霊碑"があるこの場所は、どこか寂しげで少女は苦手だった。その石に名を刻まれた人たちが、この場所に集まっていそうでちょっと怖い。と言って、少女の両親もこの慰霊碑に名をしっかりと刻まれているのだが。
普段はあまり人もいないこの場所はこんな時間だと特に静まり返っていて、こうして通るだけで足が竦む。情けないけど、でも少女はまだ10歳なのだ。暗いところも、寂しげなところも、怖くて当たり前だった。

(走ろうかな…)

雨脚が強くなってきたのを感じ、少女は一気に足を速めた。少しづつあの慰霊碑が見えてきて、だんだん鼓動が早くなる。その時、急に強い風が吹きつけ、手に持っていた傘がふわりと宙に浮いた。

「――きゃっ」

手が引っ張られるような感覚に足がよろめくのを止められず、少女はそのまま尻餅をついてしまった。バシャっという音と共に、じわりと冷たい感触がお尻に伝わってきて目頭が熱くなる。

(こんな時、傍にお母さんがいれば、優しく手を差し伸べてくれるんだろうな…)

考えても仕方のない思いが、少女の幼い胸を過ぎる。その時、視界にあの慰霊碑が入り、慌てて立ち上がろうとした。

「―――ッ」

瞬間、慰霊碑の向こうに人影が見えて、ドクンと鼓動が跳ね上がる。まさか人がいたなんて思いもせず、少女はさっき以上の恐怖を感じた。

(もしかして…幽霊?!)

ハッキリ顔が見えず、言い知れない恐怖が襲ってくる。その時――頭上で青い稲光が走り、その人影をハッキリと映し出した。

「………っ」

それは白い光に浮かぶ銀髪の男の子―――片方だけ見える少年の目には、涙が光っていた。








あれから13年―――。少女、は今日で23歳になった。


ちゃん、お誕生日おめでとー!」
「はい、これプレゼント!」
「ありがと、イズモさんにコテツさん」

店の常連二人からプレゼントを渡され、は笑顔で受け取った。両手に余るくらいの花束と、綺麗にラッピングされた箱。同世代の女の子より、それほど拘ったりはしないだったが、こんな風に祝ってもらえると、やっぱり素直に嬉しいと感じた。

「良かったな、
「うん。源さんも、ありがとね」

大きな花束を片手に抱え、もう一方の手で先ほど店の主である源からもらった靴を指差す。源は照れたように頭をかくと、「いつも頑張ってくれてるお礼だよ」と微笑んだ。源はを子供の頃から、この店で働かせてくれた恩人でもある。今ではの父親代わりといってもいい存在だった。

「でも一人で持って帰れるかい?今日一日で凄いプレゼントの数だ」
「大丈夫です。これくらい」
「さっすが"お茶屋のマドンナ"だけあるよなぁ。オレ達以外にもファンがわんさか来たわけか」
「…もう…からかわないでよ、コテツさん…」
「だって本当の事だろ。ちゃんのおかげで、この店は大繁盛だもんなぁ?おやっさん」
「ああ、ホント助かるよ。時々、だんご嫌いの奴まできやがるけどなあ。あはははっ」

そう言って、源が豪快に笑う。ここ木の葉の里で古くから経営しているこのお茶屋も、今では知らない者がいない程に有名で、人気のある店になっていた。お茶だけでなく、甘未処としても若い女の子からは人気があり、名物のだんごの他、餡蜜やお汁粉、夏にはカキ氷にアイスクリーム等を出している。は源の言葉に少々気恥ずかしくなり、もらったプレゼントを奥にしまうと、再び入って来たお客さんへとお茶を運ぶ。今日も里は平和で、いつものように陽気な賑やかさが店内を包み始めた。

「おーはよーさん」
「…わっ」

注文を聞いていると、不意に背後から声がしては飛び上がった。

「カ、カカシさん?」
「相変わらず、繁盛してるじゃなーい」

そう言ってニコニコしながら立っていたのは、木の葉のエリート忍者"はたけカカシ"だった。ツンと立てた銀髪に、片目を額当てで隠し、軽口を叩くその口さえ布で覆っている。そのいかにも"忍です"といった感じの男は、木の葉でも有名人だ。当然、同じ忍仲間のイズモとコテツも笑顔で声をかけている。

「あれぇ、カカシさん。今日は任務ないんですか?」
「おはようって、もう昼過ぎですよー」
「ああ、二人もいたのか。今日は休みでねぇ。ま!さっき起きたからオレ的には"おはよう"だ」

カカシはそう言いながら奥の座敷に上がると、「、とりあえずお茶ちょーだい。茶葉はいつものね」と言って、徐にポケットから一冊の本を取り出した。"イチャイチャパラダイス"という、"18禁"のその本は、はたけカカシの愛読書だ。彼は時々こうして店に来ると、座敷で時間の許す限り、その愛読書を読みふけっている。ここはだんごが売りのお茶屋なのに注文するのは、お茶のみ、という少し…いやかなり変わった客だった。先ほど源が言っていた"だんご嫌いの奴まできやがるけど"と言うのは、はたけカカシの事だろう、とは思う。笑い話で言っていたが、あれは半分嫌味であり、カカシが来ると、源はいつも―――。

「お…まーた来たのか、カカシさんよ」
「こんにちは、おやっさん。今日も元気そうで何より」
「ふん!ワシはそう簡単にくたばらねーよ!てーか今日もお茶だけで居座る気か?」

がお茶を運んでいくのを見て、源が顔を顰めた。だがカカシは気にする様子もなくから湯のみを受け取ると、「ありがとね」と微笑み、「だんごは苦手だって言ってるじゃない」と源に笑顔で答える。だんごが人気メニューの一つであるお茶屋でその堂々たる返答っぷりに、源の顔も引きつった。

「てやんでぃ!だんごが売りのお茶屋に来ておいて、だんごが苦手たぁどういう事だっ。お茶だけで何時間も居座りやがって」
「げ、源さん。あまり興奮しないで…また血圧上がりますよ?それにお茶もしっかり有料なんだから、カカシさんも立派なお客様です」

お茶屋だけに当然お茶にも拘っていて、茶葉も色んな種類を取り扱っているだけに、安いものから高級な茶葉まで客が好きに選べるようになっている。

「そりゃそうだが、お茶とだんごはセットみてーなもんだからな、うちは」
「でも別にメニューにはセットなんて載ってないでショ」
「ぐ…っ。ああ言えばこう言う…」
「源さん、あっちのお客さんがそのだんごを待ってますよ?」

いつもの押し問答が始まって、が慌てて仲裁に入る。イズモとコテツも、「またか」と言いながら苦笑いだ。その原因になっているカカシと言えば、クックと笑いながら、いつもの読書を始めた。源もカカシには何を言っても無駄だと分かってるようで、大げさに溜息をつくと厨房へ戻っていく。いつもの事なんだから、いちいちからまなければいいのに…と思いながらも戻ろうとした。その時、不意に腕を掴まれた。驚いて振り返ると、カカシが珍しく本から視線を外し、を見上げている。

、今日、誕生日なんだって?」
「え?あ、うん、まあ…」
「どうして教えてくれないの。寂しいじゃない」
「…カカシさん、去年も確かそう言ってましたけど」
「…去年も教えてくれなかったでしょ。その前の年も」

そう言って不満げな顔をしてるが、実は前に一度、はカカシに教えた事がある。ただカカシは次の年になると、忘れているだけなのだ。上忍は忙しいのだから、それも仕方ないとは半ば諦めていた。

「私の誕生日なんて知っても仕方ないでしょ?"カカシ先生"」
「…あれ、何でそのこと知ってるの?オレに部下が出来たって」
「カカシさんの噂はあちこちで聞きますから」
「へぇ、そりゃ光栄」

半分嫌味で言ったのに、ニッコリ微笑むカカシに、の目が僅かに細められる。

(まあこの人にこれくらいの嫌味なんか通用しないか…)

は苦笑すると「腕、そろそろ離してくれませんか?」と言った。
一応、も年頃の女であり、人前で男の人に腕を捕まれてるこの状況は何気に照れ臭い。しかも相手は地味にファンの多い、エリート忍者はたけカカシ。ここにはカカシが常連だと聞きつけて彼のファンも時々来るのだ。ハッキリ言って睨まれたくない、とは思った。

「ああ、ごめーんね」

そう言って笑うと、カカシはすぐに腕を離した代わりに「今日、何時まで?」と訊いて来る。はつい素直に「5時までですけど…」と応えてしまった。

「ふーん、そっか。了解」
「………何が?」

一人納得した様子のカカシに、意味が分からないとがが首をかしげる。するとカカシは本に戻した視線を再びに向けて、ニッコリ微笑んだ。

「今日は休みで特に用もないし家まで送るよ」
「…は?」
「終わったら声かけて」
「……あの…」

また本に視線を戻すカカシに、は言葉を失った。本を読み出したカカシには話しかけてもろくな答えが返ってこないことは十分に分かっているので、も仕方なくその場を後にする。

"家まで送るよ"

少しだけ胸の奥がドキドキ、した。

ちゃん、俺達、そろそろ仕事に戻るね」

ふらふら歩いてくと近くに座ってた常連さま二名が席から立ち上がった。

「あ、イズモさん…コテツさんも、プレゼント、ホントにありがとう。大事にするね、お花も枯らさないようにするから」
「いーよ、お礼なんて。俺達、ちゃんのファンクラブ第一号と二号なんだから当然だ」
「おい、イズモ。一号は俺だろが」
「あ?何言ってんの。一号は俺。お茶屋にとびきりの美人さんがいるって教えたのは俺なんだから」
「だから俺はその前に知ってたっつーの」
「あ?嘘つけよ」
「嘘じゃねーよ」
「あ、あの二人とも…」

二人の言い合いに困り果てていると、奥から変に間延びした声が聞こえて来た。

「コーラコラ。ケンカするなよ、二人とも。が困ってるじゃなーい」
「…カカシさん」
「因みに彼女のファン一号は俺だから。何せが10歳の頃から―――」
「ちょ、カカシさん!」

何を言い出すのかと、が言葉を遮れば、カカシは本から顔を上げて苦笑いを零している。その様子を見ていたイズモとコテツは、首を傾げつつも、「げ、遅刻だっ」と慌てたように店を飛び出していく。だが再び暖簾から顔を出すと、「ちゃん、また来るね!」と笑顔で言って、二人は帰っていった。

「全く、のファンは騒がしい奴らばっかだなぁ」

源は厨房で煙草を吹かしながら店の方を覗くと、呆れたように笑っている。も笑って誤魔化しながら、ふと"お茶しか頼まないのに座敷に居座ってる迷惑な客"に目を向けた。カカシは相変わらず、読書中だ。小さく息を吐くと、は新しいお茶を淹れてカカシの前へ湯のみを置いた。

「ありがと」

本から目を離さず、それでも微笑みながらカカシは言った。も特に話しかける事もなく、その場を立ち去る。これがいつもの風景、いつもの日常。でもいつもとは少しだけ違う、空気――。

"10歳の頃から―――"

先ほどカカシが言いかけた言葉。それは13年も前の、雨の夜の出来事。

と、カカシの出逢った日――。

あの日、カカシは間違いなく泣いていた。けれど、その後に転んだに気づき、手を差し伸べてくれた銀髪の少年の瞳に、涙はなかった。その手を貸してくれた少年は、自分を"はたけカカシ"と名乗り、を家まで送ってくれたが、自分が何者なのかは一切教えてくれなくて。でも聞かずとも、自然に噂を耳にするほど、少年は有名人だった。13歳という年齢で上忍になったほど優秀な忍だから、噂は事欠かない。それは、が23歳、カカシが26歳になった今も、変わらない。
あの日の事をカカシの方から口にする事など、今まで一度もなかったのに―――何故?とは思っていた。

「アイツ、部下を持ったそうじゃねぇか」

奥で食器を洗っていると、源が顔を出した。そうみたいですね、と返しながら、溜まっていた湯飲みを手早く洗う。湯飲みはあまり数がないから、そうそう溜めていられないのだ。

「珍しいよなぁ。アイツが合格させるなんて。今まで、ことごとく落としてきたって話なのに」
「彼のおめがねにかなう子が現れたって事じゃないですか?」
「ふん。その部下が気の毒だな。あんな上司で」
「源さん…カカシさんは優秀なのよ?そんな言い方は…」

カカシと犬猿の仲である源は、の言葉に苦笑いを零しながら、豪快に笑う。

「忍として優秀だからっていい上司になれるとは限らねぇぞ?いい恋人にもな。も気をつけろよ、アイツには」
「…何言ってるんですか。カカシさんが私を本気で相手にするわけないでしょ?」
「いやいやいや…昔からだんご嫌いのアイツが足しげく通ってくるのは狙いだろーよ。ワシには分かる」
「源さん…。カカシさんがここに来るのは他に長居できる店がないからよ。お座敷が気に入ってるんだって前にも言ってたし」

そう言って笑うとは洗い終えた食器を拭いていく。チラっと時間を確認すれば、あと二時間もすれば、仕事が終わる時間だった。

「…アイツに送ってもらうんだろ?」
「えっ?」

手が止まってるを見ながら、源がニヤリと笑った。

「べ、別に私はOKしたわけじゃ―――」
「でも断る気もねぇんだろ」
「……断りますよ」

何となくバツが悪くてそう言ったを見て、源は笑いながら食器を棚に戻していった。そして意味ありげにニヤリと笑う。
子供の頃、がカカシに懐いていた事を源は覚えている。何だかんだ言ってがカカシの事を気にしている事も。ならば孤独な彼女がこれ以上、孤独にならないよう、少しでも幸せになってくれれば、と源は思う。<だんご嫌いの忍は気に入らないが、エリート忍者と呼ばれている腕だけは源も認めているのだ。

「断るな。どうせ、あのプレゼントの山をお前一人で持って帰れないだろが」
「…あ…そうだった…」
「だからアイツは荷物持ちにしてやれ。ああ、でも変な気ぃ起こそうとしたら構わねえから思い切りぶん殴ってやれよっ」
「……源さん、一般人の私に上忍のエリートを殴れと?」
「女がビンタくらわすのに上忍もエリートもねぇ。いいから荷物持ちで使ってやれ。それも修行のうちだ」

(修行にもならないと思うけど…)

その言葉に溜息をつきつつ、は奥に運んでもらったプレゼントを見た。確かに、これを一人で抱えて帰るには少々キツイものがある。どうしよう、なんて悩んでる暇もなく、時間はあっという間に過ぎ去り、気づけば仕事の終わる時間になってた。
「もう上がっていいよ。お疲れさん」
「はい、お疲れ様です」

源にそう声をかけてから店を出ると、いつの間に出てきていたのか、カカシが裏口横の塀に寄りかかって立っていた。相変わらずその手にはイチャパラを持っている。だがが出て来たのを見ると、カカシは本をポケットの中へとしまった。

「よ、お疲れさん」
「カカシさん…」
「…って、凄い荷物だね、それ」

カカシはの両腕いっぱいに抱えられてる花束やプレゼントの箱を見て、目を丸くした。と言っても額当てで左目が隠れている為、右目しか見えない。少年の頃より、眼光が少し柔らかくなったその切れ長の瞳は今、優しい眼差しで細められていた。

「あ、これお客さんがくれて…」
「なるほどね。さっすがマドンナ。ファンからでしょ」
「マ、マドンナって…からかわないで下さい。別にそんなんじゃ―――」
「まあまあ、こーゆー事だろうと思ったんだよねー。それ俺が持つよ」
「え、いや、でも―――」
「送るって言ったでしょ。いいから任せなさい。こう見えても俺、力持ちなんだから」
「………」

そりゃ上忍なんだし力があるのは知ってるけど…なんてが言う暇もなく。カカシはの腕から全てのプレゼントを奪うと、ニッコリ微笑んだ。

「さ、帰ろうか」
「…すみません…持たせちゃって。あ、あの半分持つから」
「いーよ、大丈夫。女の子に荷物持たせるほど、俺、へタレてないつもりよ?」

カカシは笑いながら、ゆっくりと歩き出した。それを見ても仕方なく後からついていく。大人になってから二人でこんな風に歩くのは初めての事だった。

カカシが言ってたように二人は13年前のあの日、出逢った。
がカカシに家まで送ってもらって、たったそれだけの関係のはずだった。ただ互いに里に住んでいれば、会う事も多い。色々なところで顔を合わせるようになって、気づけばカカシがの働くお茶屋に通うようになっていた。時々店に来るカカシと、挨拶程度の言葉を交わす。たった、それだけの関係。 二人きりで会った事もないし、こうして歩いた事もない。時折、カカシが女の人と歩いていた、と風の噂で聞いたり、実際に自分の目で見たりもしたが、は特に何を思うでもなく。ただカカシがあの頃より明るく笑うようになってた事を、は心のどこかでホっとしたりしていた程度。幼馴染と呼ぶには重い、赤の他人と言うには軽すぎる、そんな関係…。なのに何故、今日いきなり、しかも誕生日の日に送るなんて言いだしたのか、も正直よく分からない。

「静かだねぇ。相変わらず」

カカシは辺りを見渡しながら、独り言のように呟いた。の家は里の外れにあるので、少し歩けば人通りもめっきり少なくなる。夜は静かでいいが、時々それが無償に寂しい事もあった。

「ああ、こっち行けば近道でしょ?」
「あ…うん」

ふと足を止めたカカシは、あの小道の前で微笑み、そのまま足を進めた。も後ろをついて行きながら、当然のようにあの夜の事を思い出す。カカシが何故、あの夜、雨の降る中、あの場所にいたのかは、は未だに聞いた事がない。でもいつだったか、コテツ達が話してるのを耳にした事はあって。それを聞いた時、あの夜の涙の意味を、は知ってしまった。

「どうしたの?やけに大人しいね」
「え?」

顔を上げれば、カカシは苦笑気味にを見下ろしていた。背、高いなぁ…なんて事を思いながら、何となくも視線が合わせられない。いつも店で顔を合わせてるのに、こうして外で二人きりになるとまるで知らない人と歩いているみたいで、居心地が悪い。

「あの…休み、なんですよね、今日」
「うん。明日から第七班として任務があるから、その前に唯一の休み」
「…それなのに、こんな事してていいんですか?」
「こんな事?」
「数少ない休みなら、彼女と過ごせばいいのに。私なんかを送ったりしないで」

そう言いながら、は一度だけ見かけた事のある綺麗な女性を思い出していた。背の高いカカシと、つりあうだけのスタイルを持つ髪の長い、くの一。カカシの隣で、その女性は幸せそうに笑ってた。大好きな人と一緒にいると、女は皆、あんな顔で笑うのかな。なんて考えていると、不意にカカシが吹き出した。

「俺、彼女なんていないけどー?」
「…え?でも…」
「ああ、もしかして前にエレナに見られた子の事を言ってるのかな?」
「(気づいてたんだ…)…そうですけど。他に思い当たる女性でも?」
「いやいや、ないってば」

の言葉に、カカシは楽しげに笑う。どーだか、と内心、呟きながら、は急に足を止めた彼を見上げた。

「別れたんだ。先月…だったかな」
「…別れた?」
「そ。振られちゃったんだよねぇ。情けないったら」
「…嘘」

頭をかきつつ苦笑するカカシの言葉に、思わずそんな言葉がの口から出た。

「嘘って…こんな事で俺、嘘つかないけど?」
「だって…」

あの女性ひとはあんなに幸せそうに笑ってたのに―――。

そう言いかけて、はすぐにその言葉を飲み込んだ。男女の仲は色々あるっていうし、自分が口を挟む事でもないか、と思う。

「だって…何?」
「…ううん。何でもない」

不思議そうに首をかしげるカカシに、は慌てて首を振った。「変な子だねぇ」とカカシは笑ったが、は笑えなかった。何となく、胸の奥が痛くて。

「…で、暇だったからって事ですか?」
「んー?」
「こうして重たい荷物を運んでくれてるのって」

気まずい空気を消したくて、再び歩き出したはなるべく軽口を叩いて歩き出す。カカシはそんなを追いかけながら、「暇だからってワケじゃないけど」と、笑って隣に並んだ。

「あ、ここ。覚えてる?」

そう言って、カカシは再び足を止めた。そこはカカシとが出逢った英雄達の名が刻まれた、慰霊碑がある場所。

「…雨が降ってたんだよねーあの夜は」
「そうだったかな…子供の頃の事だし…よく覚えてない」

(嘘…ホントはよく覚えてる。あの日の雨の音、濡れた土の匂い、そして……貴方の、涙…)

「なーんだ、残念。俺はよく覚えてるよ」
「………え?」
「すーごく可愛い子が、尻餅ついて泣きそうな顔してたこと」
「………ッ」

そう言って目を細めるカカシの顔は、とても優しい。

「泣いてませんけど…」
「でも泣きそうだったでしょ。寒そうに震えてたし」
「……ホントに寒かったから…」

あの時、カカシは震えているに、自分の着ていた上着を貸した。素っ気ない態度だったけど、でもカカシなりの優しさを、も子供ながらに感じて。手を引いてくれるカカシの温もりに、心の底からホっとしたんだ。

「…あれから…13年も経ってしまいましたねぇ」
「…そう、ですね」
「何か冷たくない?今の」
「………」

素っ気なく応えたの態度に、カカシはスネたように目を細める。でもそれ以上の言葉など浮かばないし、よく知ってるようで、あなたの事、何も知らないし。心の中で、ふとそんな事を呟く。だが不意にカカシが苦笑した。

「エレナってさぁー。もしかして…俺のこと嫌い?」
「……は?」

がふとカカシを見上げる。カカシが何となく悲しそうな顔をしてるのを見て、軽く首を傾げた。

「…何でそんな風に思うんですか?」
「だって俺が店に行っても素っ気ないし、話しかけても素っ気ないし、こうして送ってても素っ気ないし」
「………」

三連ちゃんで応えられ、は言葉に詰まった。

「そんなのカカシさんの気のせいよ。私、誰にでも同じだし、これでも愛想はいいって、おじさんに誉められるんだから」
「…俺以外には、ね」
「だから、そんな事は…」
「あるでしょ。今だって視線を合わせてくれないし」
「そ…そんな事ないってば」

が慌ててカカシを見上げると、もろに目があった。一瞬ドキっとしたが、何とか顔に出さないようにしてるを見て、カカシが嬉しそうに笑う。

「やーっと見てくれた」
「いつも…見てますよ」
「うん。俺も」
「………ッ」

その言葉で、さっき以上にの鼓動が跳ねた。ドキドキと苦しくなるくらい、心臓が早鐘を打っている。

「何…言って…」
「他で気を紛らわそうとしてても、つい目で追っちゃってるんだよねぇ」
「…はい?」
「気づけば13年か…長かったな」

何が言いたいの?とは、も聞けなかった。慰霊碑を見つめながら、遠いあの日の事を思い出してるような、そんな顔をするから。

「そろそろ、潮時かな~なんて思ったりしたわけよ」

視線をに向けるカカシの顔は、今まで見た事がないくらいに真剣だった。

(胸が、苦しい。ドキドキが加速する。何だろう、この感じ…)

「あのさ、エレナ―――」
「あのっ!お腹空かない?」
「…へ?」
「私、凄くお腹空いちゃった!ラーメン、食べに行かない?」
「……ラーメン」

の言葉にカカシは何となく拍子抜けしたような、そんな顔をした。何となくこの息苦しさから逃げたくて、は何かに背中を押されるように踵を翻す。

「はぁ…まあ、いっか」

背中に届いたカカシの呟きを、は聞こえないフリをした。何となく、そうした方がいいような気がして。

「んじゃー誕生日という事で、俺がおごるよ」

荷物を抱えなおして、の隣に並んだカカシは、いつもの笑顔を浮かべてそう言った。

は笑顔で喜びながらも、目の前にいるカカシがどこか知らない男の人のような気がして。少しだけ、そう少しだけ怖く感じていた。




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麗しのカカシ先生なんぞ(笑)
何気に続く?