
02.躊躇した恋に未来などない
「ごちそー様でした」
ペコリと頭を下げるに、カカシはニコリと微笑んだ。
「いえいえー。ラーメンくらい、いつでも」
「……(いつでも?)」
今まで一緒に食事どころか、こうして出かけた事なんかなかったのに何を急に言い出すのやら。
…という小さな疑問は浮かんだが、はそれをすぐに打ち消し家の前で立ち止まった。
「あ…荷物も…ありがとう」
「いーや。これくらい。あ、中まで運ぶ?」
「え、だ、大丈夫!自分で運ぶからっ」
は慌ててカカシの腕にある荷物を奪うように受け取った。
が、その反動でバサバサっと荷物がの手から落ちていく。
「あーあ。やっぱ無理みたいね」
唖然として荷物を見下ろしているを見て、カカシは苦笑いを零した。
カカシは荷物を素早く拾いなおすと「やっぱ中まで運ぶよ」と扉の前に立つ。
こうなれば言われた通りにするしかなくなり、は仕方なく鍵を出してドアを開けた。
「…お願いします」
「お、素直じゃな~い」
カカシは笑いながら中へと入っていく。
どーせ、あなたほど力持ちじゃありませんよ、とは心の中で呟きながら一緒に中へ入る。
カカシは居間のテーブルの上にプレゼントの山を置いた。
「ここでいーよね」
「うん、ありがと」
「はぁ~。しっかし、ホント凄い数だねぇ、こりゃ」
見下ろしたプレゼントを指で突付きながら、カカシは苦笑している。
そして着ていたコートを脱いでいるを見ると僅かに目を細めた。
「これじゃー俺からのプレゼントなんか霞んじゃうかな?」
「……プレゼント?」
驚く暇もない。
カカシを見上げたの手には、可愛いラッピングをされた小さな箱が乗せられていた。
「え、あの…」
「お誕生日、おめでとう」
「あ…ありが…とう…」
あまりに唐突で、しかもカカシがいつも以上に優しい笑顔を見せるものだから、もついうっかり受け取ってしまった。
何となく照れ臭いのと居心地の悪さを感じながら、プレゼントの乗せられた手が金縛りにあったみたいに動かない。
「開けてみてよ」
「う、うん…」
微動だにしないに痺れを切らしたのか、カカシは笑いながらその箱に手をかけると、
「俺が開けちゃうよー?」
と、こともなげにプレゼントのリボンを解いていく。
長くて綺麗な指が箱から取り出したのは可愛らしいデザインのネックレスで、の目の前でキラキラと光っている。
それを見た時、の顔が僅かに熱を持った。
「気に入るかは分からないけど…似合うと思ってね」
「こ、これ…私に?」
「そ」
「…に、似合わないよ、私になんか―――」
「そんな事ないって。つけていーい?」
「………」
カカシは何も言わないの後ろに立ち、そっとネックレスを首に回した。
それはにとって初めてのアクセサリーだ。
「あ、髪、あげてもらっていーかな」
金縛り状態が続くにカカシはそんな注文をする。
でもそうしなければ、いつまでもこの状態が続く。これ以上、耐えられそうにないとは思った。
固まった手を何とか動かして、言われたとおり後ろの髪をそっと持ち上げる。
すると一瞬だけ、カカシの手が止まった。
「…?カカシさん?」
「あ、ごめーんね。んじゃつけるよ?」
とカカシが器用に止めたネックレスはの鎖骨辺りに飾られた。
「ん、やっぱ凄く似合う」
「…ホント?」
「うん、ホント」
嬉しそうな笑顔を浮かべるカカシに、素直じゃないは上手に笑えない。
こんなプレゼントをもらった事はなかったから、どうリアクションしていいのかも分からない。
こういう時、女ってどんな顔をすればいいんだろう?
(っていうか…恋人でもない私がホントにもらってもいいのかな…。何気に高そうだし…)
「どしたの?あ、やっぱ気に入らなかった?」
少し心配そうな顔をしたカカシを見ては慌てて首を振った。
「ち、違…っていうか…いいの?私なんかに、こんな高級そうなもの…」
「私なんかって事ないでしょ。あんなにファンがいるのに」
そう言ってプレゼントの箱や沢山の花束を指差すと、カカシは溜息交じりで肩を竦めた。
「コレはちょっと妬けちゃうよねぇ」
「…え、妬け…?」
「ま!でも俺がのファン、第一号ってとこだけは譲れないから」
しれっとした顔でそんな事を言いながら、カカシはニッコリ微笑んだ。
「…ファンって…何言ってるんですか、さっきから」
「だってホントにそうだし。13年前からの、ね」
そう言って微笑むカカシに、は思わず「嘘だ」と呟いた。
(何を言ってるんだ、この人は。13年前、会うたび話しかけた私に、素っ気ない態度をとってたくせに…)
あれのどこがファンだったというんだろう。
「…あの頃いつも無愛想だったよ、カカシさんは」
「まーガキの頃は俺もひねくれてて可愛げなかったからねー。素直じゃなかったし」
頭をかきながら苦笑するその姿は、確かに昔のクールな面影はない。
いったい、いつどこで方向転換したんだろう。
あの頃、殆ど笑う事のなかったエリート忍者は気づけば、よく笑うクールとはほど遠い"男の人"になっていた。
「今は…素直って事?」
「まーあの頃に比べれば、だけどねぇ。これものおかげかな」
「私の…?」
意外な言葉にが驚くと、カカシは笑いながら頷いた。
「あんな無愛想な俺に、呆れる事もなく何度も声をかけてくれたから、さ」
「それは…」
だってあの雨の日、あなたに送ってもらった事が…。優しくしてもらった事が凄く、嬉しかったから。
強がっていてもホントは友達もいない毎日が、凄く寂しかったから
唯一、同じ年頃のあなただけが、この里の中で、味方の様な気がしてた―――。
「あれでもホントは、凄く嬉しかったんだよね。俺的に」
カカシはそう言って照れ臭そうに笑った。
(でもね、それは私の方なの。素っ気なくされても懲りもせず話しかける私を、あなたは決して無視したりはしなかったから…)
だけど大人になるにつれ、少しづつ分かった事がある。
(忍のあなたと、私の間には、目に見えない壁があるんだってこと―――)
「…?」
何も応えないに、カカシは困ったように首をかしげた。
でも色んな想いが交差してて、はそれを上手く言葉に出来ない。
「あの…今日はホントにありがとう…。私、明日も早いし、もう寝なくちゃ…」
この意味の分からない居心地の悪さから早く逃れたくて、そんな言葉が口から出てしまった。
カカシの気持ちが嬉しかったのに。
素敵なプレゼントだって、一緒に食事をした事だって、本当は凄く嬉しかったのに。
だって、子供の頃のようにはいかない。
あの頃とは違う。
無邪気に、カカシさんに話しかけてた頃の私は、もういない。
付かず離れずにいた、この13年間で、私も変わったんだ。
「そっか…俺も同じく朝、早いし…そろそろ帰るよ」
その言葉にが顔を上げると、カカシはすでにドアのところにいた。
「じゃ…」
後ろ向きのまま、片手を上げる。
そんなカカシの背中を見た時、何故か言葉で表わせないほどの後悔が押し寄せてきた。
が思わず「カカシさんっ」と声をかける。
外に出ようとしていたカカシは、その声にハッと足を止めてゆっくりと振り向いた。
薄暗く、その表情はよく見えなかったが、何となくあの雨の日と同じ目をしてる気がして。
「…ん?」
「あ、あの…」
呼び止めたはいいが、かける言葉が見つからない。
そんなを見て、カカシはかすかに笑ったようだった。
「なーに?…あ、一人寝は寂しい?」
「………は?」
「何なら俺が添い寝してあげよーか?お姫様♡」
「な…」
(―――前言撤回…!)
この人は、昔のカカシと違うんだった。
今では色々な女性と浮名を流してるほどの木の葉一の業師ならぬ、ナンパ師!
とにかく噂が多い人だったというのをは忘れていた。
声の感じからニヤニヤしているであろうカカシに、はぎゅっと握り拳を固めると「結構です!!」と一喝した。
「なーんだ。ざーんねん♡」
「ざ…?!」
「じゃ、も早く寝てね。あ、今日は俺の夢でも見ちゃうかな―――」
「お休みなさい!!」
「わっ」
バカな事を言っているカカシの背中を押して家から追い出すと、はすぐにドアを閉めて鍵をかける。
背中越しのドアの向こうからは、カカシの苦笑する声が聞こえた。
「…お休み」
「………ッ」
静かなその声を最後に―――カカシの気配は、消えた。

「あれ?何だよ、お前。今日、休みだろ」
待機所にフラリと現れたカカシを見て、ソファに寝転がっていた猿飛アスマは体を起こし、無意識に時計を見た。
すでに午前0時過ぎ。
こんな時間に任務もないカカシが顔を見せるなんて珍しい事もあるもんだ、とアスマは思った。
力なく歩いて来たカカシは、向かいのソファに倒れこんで寝返りを打つと、溜息交じりで天井を仰いだ。
「いや、ねぇ…何となく一人で眠るのが寂しくて…明日の任務時間までここで寝ようかと…」
「はぁ?何女みてーなこと言って…って…あれ?つーか、今日は確か例の彼女んとこに行くはずじゃ…」
咥えた煙草から煙を吹かしながら、アスマは眉を顰めた。
が、次の瞬間、まるでオモチャを見つけた子供のような笑みを浮かべる。
「あーさてはお前……振られやがったな?」
「……出来たてホヤホヤの傷口にたっぷり塩を塗りこんでくれるねぇ、お前さんは」
「ぶはっマジかよ?ホントに振られたのか?モテモテエリートくんのお前が」
「あのね…そんな嬉しそうな顔しなさんな。俺、マジで泣いちゃうよ?」
アスマの態度に顔を顰めたカカシはハァっと息を吐くと、再び寝返りを打ってソファに顔を押し付けた。
それを見たアスマは更に楽しそうな顔をする。
「あははっ。ざまーみろ。お前が振られるなんて前代未聞だな、こりゃ」
「…あのね…先月振られたばっかりよ、俺…」
「あ?ああ…紅の後輩の女か。ありゃお前が振られたと言うより、お前がそう仕向けたようなもんだろが」
「また人聞きの悪い…。それじゃ俺、すっごい悪い男みたいじゃないの」
そう言って顔を上げたカカシを見て、アスマが鼻で笑った。
「実際そうだろが。今まで同じ手で何人の女を泣かせてきた?好きでもないのに手出されちゃ、女もたまらんだろーよ」
「手を出されたのは俺の方よ?皆、結構、積極的なんだからー。今時の女性たちは」
「けっ!そりゃ自慢かよ。それで本命に振られたんじゃ元も子もねーなあ。色男さんよ」
「…それを言わないでよ。俺が一番分かってるんだからさぁ…」
苦笑しながら体を起こすと、頭をかきながらカカシは溜息をついた。
その本気で落ち込んでいる様子のカカシを見て、アスマは笑うのをやめると煙草を灰皿に押しつぶす。
「…で…何て振られたんだ?」
「別にぃ。振られたって言うよりは…告白すらさせてもらえなかったのよ」
「はあ?何だそりゃ…じゃ結局、言ってねーのか」
「ん~。まあ…遠まわしに言ってはみたけど…。気づいてあんなこと言ったんなら…脈はないだろーねー」
「あんなことって?」
「何となくいい雰囲気になったから、いざ告白しようとしたら………"お腹空いた!ラーメン食べたい"って」
「……………」
「笑いたいなら笑えばー?今更、気を使われてもねぇ…」
今にも吹き出しそうな頬を膨らました状態で顔を真っ赤にして我慢しているアスマを見て、カカシは溜息交じりで項垂れた。
途端「ぶははは!!」という豪快な笑い声が部屋に響き、カカシの胸にグサリと矢が刺さる。
「…ホントに笑わなくても…」
「だってよ~!そんな雰囲気の時に、よりによってラーメン?!がははっそりゃへこむわなー!よっぽど鈍感なのかわざとなのか、どっちだ?おい」
「さーね…はあ…やっぱ俺、嫌われてんのかなー」
「クックック…ガキの頃、懐いてくるあの子を散々あしらってたんだろ?そうかもなぁ?」
「別にあしらってたわけじゃ…。上手く接する事が出来なかったってだ~け。あるでしょ、思春期にそういう事って」
ゲラゲラ笑うアスマを恨めしそうな目で睨みつつ、カカシはソファに凭れかかった。
何となく誰もいない部屋には帰りたくなくて、散歩がてら来てみたものの、こんなに笑われるなら帰りゃ良かったよ、と内心思う。
(ま、家に一人でいても空しいのは同じだけどねぇ…)
そう思いながら本日、何度目かの溜息を一つ。
ここぞとばかりに笑いながらも、アスマはカカシのその様子を見つつ煙草を咥えて火をつけた。
「で…どーすんだ?」
「ん~?」
「アッサリ引き下がるのか?」
「まーさか。まだまだ、これからでしょ。告白すらしてないってのに」
「やっぱな。でもあの子にその気はねー様子なんだろ?」
「…痛いとこつくね」
「ったく…。一度は自分の気持ち、殺しておいて何やってんだか。今までの努力が全て水の泡だな」
アスマはそう言いながら苦笑いを浮かべると、白い煙を思い切りふかした。
「最初から出来もしねーなら、諦めるなんて似合わねー事すんなよ」
「……それも耳が痛いよ」
肩を竦め、自嘲気味に笑う。
確かに、アスマの言うとおり。
この想いを心の奥の奥に封印しようなんて、所詮無理な話だったわけだから。
「なぁ、カカシよ」
「なーに?」
視線を向けると、アスマはゆっくりと立ち上がり窓を開けて夜空を見上げた。
「俺達、忍だって人間だ。何も任務の為だけに生きてるわけじゃない」
「…………」
「戦いの中では感情を殺せ、と部下に教えるが……好きな女の前でだけは感情的になってもいーんじゃねーか?」
アスマの言葉が胸に染みる。
でも彼女は忍ではない。普通の一般人だ。
しかも忍だった両親を、任務で亡くした過去もある。
だからこそ、彼女と一定の距離を保とうと、必死になってた。
俺も忍だから―――・
懐いてくる彼女を、傷つけたくないと思ったから。
俺だって、いつどこで死んでもおかしくない。
一人ぼっちで耐えてる彼女が、また一人になって泣いてる姿など、見たくもない。
だから、歩み寄りたかった気持ちを抑えてた。
完全に突き放す事なんか出来ないクセに。
「なあ。一つ聞いていいか?」
「…なーに?」
「どうして…彼女なんだ?悩むくらいなら、最初から忍仲間の女を好きになった方が、よっぽど分かり合えるだろ」
「……そだね。俺もそう思うよ」
「答えになってねーよ」
「よく言うでしょ、初恋の相手は忘れられないって」
「…ふん。"木の葉の業師"なんて言われてるお前さんも、所詮は人の子か」
「ま!いいじゃな~い。好きになっちまったもんはさ」
いつものように軽口を叩けば、アスマは「けっ」と鼻で笑った。
「俺から見たとこ、あの子は一筋縄じゃいかねーぞ。人気もあるし可愛いが、ガキの頃から一人で生きて来た奴には必ず"心の闇"ってもんがある。お前が最初に思ったように忍のお前が簡単に近づいていい子じゃねぇ。もしまだ迷ってるなら悪い事は言わねぇ。最初の予定通り、ただの顔見知りってやつを貫き通すんだな。それが本来なら一番いい選択だ。お前だってそう思うから13年間もそうしてきたんだろう?」
一言、一言。アスマの言葉が胸に突き刺さる。
カカシは小さく息を吐くと、天井を仰ぎながら微笑んだ。
「…それが出来なくなったから、困ってるんでしょーが」
カカシの言葉に、アスマは無言のまま煙草の煙を吐き出した。
「付かず離れずの距離で見てて…今更ながらに手に入れたくなったか?」
「………」
その問いにカカシは答えず、俯いて失笑するように口端を上げた。
「中途半端に……彼女の傍にいたのが間違いだったかもね~」
「…だな。突き放すなら、とことん突き放せば良かったんだよ。バカだな、お前は」
「…そ、バカなのよ、俺」
はは、と空笑いをするカカシに、アスマは「ふう」っと息を吐き出した。
「まあ…最初から諦めてる恋に、未来もないか」
「だね」
「それに、だ。紅にわざわざプレゼント探すの手伝わせたんだ。その効果が出るまで、俺も応援くらいしてやるよ」
「…ありがとさん」
「とりあえず…今日は朝まで泣き言でも聞いてやるか」
アスマはそう言いながら、カカシの隣に腰を下ろした。
「案外、優しーのね、アスマ先生って♡」
「キモイんだよ、コラ」
しなだれかかってくるカカシにゲンコツをかますと、アスマは呆れたように苦笑した。
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