
03.理由もなくただ切ない そういう気持ちになるのがもっと切ない
お風呂に入って、いつもの寝室で、一人眠る。
その当たり前の事が、今夜はやけに寂しく感じた。
きっと…いつも一人で過ごしているはずの部屋の中にあの人の気配が残ってるからだ。
その夜、久しぶりに夢を見た。
雨の中、急いで家路につこうとしている私の前に、一匹の銀狐が現れて、優しい笑顔でこう言った。
"お嬢さーん♡ ボクが家まで送りましょーか?"
やたらとニヤケ顔の銀狐は、どことなくあの人を思い出させる。
何とも夢見の悪い朝だった。

「あれ、ちゃん、機嫌悪いね~。どうしたい、寝不足か?」
常連のおじさんに声をかけられ、笑顔で誤魔化す。
いつも通りにしてるつもりだけど、案外バレてしまうものなんだ、と内心苦笑した。
"笑顔でいれば、人に好かれる"
これは子供の頃に覚えた、の知恵だ。
親もいない孤児になったに、優しく手を差し伸べてくれるのは"同情"という名の偽善を身にまとった人間だけ。
それでも子供のには、その偽善の優しさも必要だった。
唯一、自分から手を差し伸べた人には振り向いてもらえなかったから―――。
(はあ…ダメだ、今日は…)
午前中の仕事を終えて、休憩に入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
いつものように笑えない。というか、笑いたくない。
本当の自分が時々姿を現して、馴れ馴れしく手を握ってくるイヤラシイ客を殴りたくなってくる。
店の人気者、なんて言っても、所詮、セクハラの対象でしかない。
でも源に迷惑をかけたくはない。笑顔で我慢するしかないんだ。
(何か、疲れる……)
「お、。ここにいたのか」
不意に源が暖簾越しに顔を出した。
「何?おじさん」
「いやなぁ。今、火影の使いってーのが来て、ちょっとを借りたいって言うんだよ」
「……は?」
(火影?火影って…あの…?)
「あ、あの、どういう…」
「いやほら火影邸に、つい先日、忍専用の食堂が出来ただろ?」
「ああ…皆の要望で作られたっていう?」
「ああ。でも作ったはいいが、全く人手が足りないらしいんだ。んで、短期でいいから誰か手伝ってくれる人がいないかって事なんだけどよ」
「手伝い…?」
そんなに人が足りないなら、募集でも何でもすればいいのに、とが思っていると、源が察したのか苦笑しながら肩を竦めた。
「それがなぁ、足りない上に募集で来るのはオバサンばっかで、皆から苦情が来たらしい」
「…何ですかそれ」
「まあ忍は若い男ばっかだし、その気持ちも分かるがな」
「だからって何で私が…」
「そりゃ若くて可愛い人気者だからだろーよ。お前さんが手伝ってくれりゃ、食堂も繁盛するんじゃないかって言ってな?」
「な…無理ですよ…。それに店が―――」
「いやいや…食堂に行くのは夜が多いってーし、うちの店に支障は出ないよ。それに明日から新しいバイトも入るだろ?だから心配すんな」
「…もう行くって返事したんですね…?」
その浮かれた様子にジトっと目を細めれば、源は視線を反らして頭をかいた。
「もう…何で勝手に…」
「い、いやだってよ。火影邸に出入り出来るんだぞ?こんなありがたい事はないだろ?」
「まさかそれでまた客を呼び込もうっていうんじゃないでしょーね」
「う…」
の突っ込みに、源は言葉を詰まらせた。
その予想通りの反応に、も思い切り溜息が出る。
どーせ"うちの店には火影邸に出入り出来る子がいるんだぜ"などと店の宣伝をする気なのだろう。
「まあ、給料も弾んでくれるらしいし、お前にとっても悪い話じゃねーだろ」
「まあ…」
「それに、うちじゃ給料も安いしな。お前も前、夜も働こうかなって言ってただろ。それが火影邸なら俺も安心だしよ」
「…うん…」
源の言葉に小さく頷く。確かににとって、お金は重要だ。
女一人で生きていく為には、それなりにお金がかかる。
今住んでいる家も、昔より家賃が上がって今の給料じゃキツイから引っ越そうと思ってたとこだ。
だからこの店以外にも働けるとこを探してる最中ではあった。
「分かりました…」
「そうか、行ってくれるか」
「はい。で、私はどうすれば…」
「ああ、それなら今、表に迎えが来てるから、そいつと一緒に火影様のところに行って話を聞いてきてくれ」
「え、今…から?」
「ああ、あちらさんも急いでるようなんだよ。何せアカデミーから卒業した下忍たちが増えたからな」
「…分かりました。じゃあ…行って来ます」
「おう、頼むよ。ああ、今日はそのまま帰っていいからよ。くれぐれも火影さまに失礼のないようにな」
そう言って源はを笑顔で送り出した。
何となく丸め込まれた気もしたが、子供の頃からお世話になってるしこれくらい仕方ない。
それにシッカリとした仕事というのは、にとってもありがたい事だ。
そう思いながら用意をして表に出ると、待っていたのは店の常連だった。
「コテツさん…?」
「あ、ちゃん」
「コテツさんが迎えの人だったの」
「ああ。急に頼まれてさ。でもちゃん、ホントに来てくれるのか?」
「…うん。おじさんも乗り気だったし」
「そっかー!んじゃーこれから仕事も楽しくなるな」
コテツはそんな事を言って微笑んだ。
でも、はいつもみたいに上手く笑えない。
店で会う時は平気なのに、やっぱりこうして一歩外に出てしまうと、明るい自分を演じる事が出来なくなる。
(何でだろう…昨日から私、少し変だ…)
幸いにもコテツはの様子に気づくことなく、任務中にあった笑い話を面白おかしく話しだした。
そうこうしてる間に、火影邸へと到着していた。
「ここが火影さまの部屋だよ。中にいるから」
「うん、ありがとう…。あ、でも…そんな食堂の仕事の事まで火影さまが管理してるの?」
が疑問に思っていた事を問いかけると、コテツが笑いながら肩を竦めた。
「三代目は里の事をきちんと把握していたいらしいよ。小さな仕事でも、ちゃんと自分の目で見極めた人物を選びたいそうだ」
「…そうなんだ。じゃあ…もしかしたら断られるかもしれないのね」
「ちゃんなら大丈夫!俺が保証するって。火影さまに食堂のこと相談したのもちゃんを推薦したのも俺だしね」
「…コテツさんが?」
「うん。だってメシ食いに行っても、口うるさいオバちゃんばっかでさ~。嫌気さしてて、ついちゃんがいればなーって」
よっぽど、その"オバちゃん達"が嫌だったんだろう。
本気でウンザリしたように話すコテツがおかしくて、はつい笑ってしまった。
そんなを見てコテツは、何故かホっとしたように微笑んだ。
「良かった。やっと笑ってくれた」
「…え?」
「あ、いや…ちゃん、何か元気ないみたいだったしさ。ちょっと心配だったんだ」
そう言って照れ臭そうに鼻先をかくコテツに、は驚いた。
コテツはそんな空気も出さず、明るく話しかけていたのに、の様子に気づいていた事が意外だった。
「そんな事…私は…いつも元気じゃない」
「うん、そうなんだけど…って、まあホント元気ならいーよ。んじゃ、俺は仕事あっから戻るわ」
「…ありがとう」
コテツにお礼を言うと、彼は笑顔で手を振り、行ってしまった。
その後姿を見送りながら、ふとさっきの彼を思い出す。
もしかしたら…笑い話をたくさんしてくれてたのも、私に元気がなかったからかもしれない、と、は何となくそう思った。
お店にいるしか知らないはずなのに、ほんの小さな異変にも気づいてくれた事に、正直驚かされる。
上辺だけの笑顔、優しさ。
そんなものしか見てないと思ってたのに。
それとも…周りの人は、私が思ってる以上に、私を見ていてくれてるんだろうか、とは思った。
ふと胸元に飾られたプレゼントに、自然と手が触れた。
夕べ、カカシがくれた、可愛らしいネックレス。
あのまま寝てしまったから外すの忘れてた。
(そうだ…忍相手に仕事をするなら…これから彼とも前以上に顔を合わせることになるかもしれないんだ…。何か…会いづらい)
カカシが以前のカカシなら別にいい。
飄々とした顔で店に現れ、時間がくれば「またね」と言って帰っていく。
店の従業員と、そのお客。
そんな関係なら、何も問題はない。
でも昨日のカカシは少し違ってた。急に昔の話をしたり、プレゼントをくれたり…
それこそ客と従業員、という軽いものじゃない。
明らかにのプライベートに、一歩踏み込んできた感じだ。
今まで、そんな事はなかったのに。いや、それ以前にを避けてたのはカカシの方だ。
避けられてる―――。
そう感じるようになったのは、いつ頃からだったか。
子供の頃は素っ気なくても、顔を合わせばの言葉に受け答えはしてくれてた。
でも…時が経つにつれ、カカシはと会っても以前のように話してはくれなくなった。
いや、挨拶程度のものはするし、最初の頃よりは笑顔も見せてくれるようになったけど、でも、何かが違う。
どこか他人行儀……そんな風に感じた。
それはカカシが綺麗な女性と一緒にいるところを何度か目撃するようになった頃からだったと思う。
その頃の二人は恋愛の一つや二つ、してもおかしくない年頃になっていた。
(はあ…ダメだ。何か頭が混乱してる…)
軽く頭を振り、溜息をつく。
とっくに忘れてたはずの、ほろ苦い思い出が、昨日のカカシのせいで、再び色濃く思い出される。
関係ない…彼はどうであれ、私は今まで通りでいればいい。
所詮、忍の彼と一般人の私には、何のつながりもない。
子供の頃から、顔見知りってだけ。
深呼吸を一つすると、は目の前の重々しい扉を見上げた。
扉の真ん中には"火"という文字が刻まれている。
これから会う人はこの里の長、火影さまだ。
失礼のないよう、接しなければ。
「よし」
勢いをつけて息を吸い込むと、扉を軽くノックする。
コンコンと二度叩けば、扉の向こうからはすぐに返事が返って来た。
「入りなさい」
「…失礼します」
そう声をかけてから扉を開ける。
一歩、足を踏み出す頃には、いつもの"明るい"に戻っていた。

「―――は?」
その話を聞いて、カカシは目を丸くした。
第七班としての初任務を終え、一旦待機所に戻った時、コテツとイズモが楽しそうに話しているのが聞こえてきたのだ。
カカシは何度か今の会話を脳内で繰り返すと、慌てて二人の間に割って入った。
「え、何、どーゆー事?がここの食堂に来るって…」
「だから俺が頼んだんですよ。食堂が出来たはいーけど、あれじゃ食欲も沸かないっすから」
「そうそう。で、以前いい仕事ないかなーってちゃんが言ってたのを思い出して、俺が火影さまに頼んでみたんです」
「…え、何、じゃあ、あの店辞めるわけ?」
「いえ、かけもちになるんじゃないっすかね。彼女もそのつもりで別の仕事探してたみたいだし…」
「かけもちって…彼女、何でそんなに働きたいの」
「さあ?そこまでは……」
コテツの話に、カカシは暫し考え込んだ。
だいたいの話は飲み込めたが、仕事をかけもちするなんて、言うほど簡単な事じゃない。
それでなくても、彼女は働き者だし、少し心配してたくらいだ。
「で…彼女は?」
「ああ、今ちょーど火影さまのところに送ってきたとこですよ」
「きっと火影さまも気に入ると思いますよ?って、ちょ、カカシさん!」
背中にその声を聞きながら、カカシは待機所を飛び出した。
昨日の今日で顔を合わせづらいのもあったが、やっぱり気になる。
(…ちょっと…暴走気味かな、俺)
一度、たがが外れると、溢れてくる気持ちを抑えられない。
よく今まで抑えてこれたものだと、そっちの方が不思議に思う。
任務帰り、しかもガキ三人のお守りをしてきたという疲れもあったが、彼女に今日も会えると思えば足取りも自然に軽くなる。
長い廊下を駆け抜ければ、火影さまの部屋が見えてきた。
「…………」
(さて…ここまで来たはいーけど…どうすっかな…)
目の前の扉を見上げ、カカシは頭をガシガシとかいた。
ふと見れば、手には火影さまへ提出するはずだった報告書。
「…ちょーど良かった」
ニッコリ微笑んだカカシは軽く息を吸い込んで、ノックをする為ゆっくり扉の前に立った。
「…ズズ…」
「…………」
静かな部屋の中に、お茶をすする音だけが響く。
何とも言えない静けさに居心地の悪さを感じながら、は目の前の小柄な老人を見た。
頭には"火"の文字が飾られた笠。
それは木の葉の長、火影を意味するもの。
こんなに身近でお目にかかったのは初めてだ。
「…ん?飲まんのか?」
「あ、いえ…頂きます」
テーブルに用意されたお茶を見て、は慌ててそれを口にした。
どこか懐かしい味のするそのお茶は、ゆっくりと喉を通って体を温めてくれる。
そのせいか、少しだけ緊張が解れた気がした。
「美味しいお茶ですね」
「ほお、分かるかね。これは特別に取り寄せたワシ専用の茶でのぅ」
「そのようなものを頂けるなんて光栄です…」
優しく微笑むその姿に、何となく安心感を感じる。
暖かい空気をもっておられるお方だ、と思った。
「ところで…名を、といったかな?」
「はい」
「そうか。いや噂にたがわぬ美人さんじゃのぉ」
「…い、いえ、もったいないです…」
「いやいや本当の事じゃ。ワシがあと20…いや30歳若かったら、口説いてみるんじゃが」
「……こ、光栄です…」
(何、この人!ホントに火影さま?言ってる事って、うちの客と同レベルなんですけど…。っていうか、コレが面接?)
内心そう思いながら、パイプを咥え、ほこほこと笑う火影さまを見る。
すると少し戸惑うに気づいたのか。
火影様はパイプを外し「いや何。面接と言っても堅苦しいものじゃない。気を張るな」と言った。
「ワシは若い女の子とおしゃべりをするのが趣味での。コテツの奴があまりにお前さんを誉めるものだから一度、会っておきたいと思っただけじゃ」
「…はあ」
「それに…ワシも気になっとったんじゃ」
「……え?」
「お前さんの両親どちらも、ワシの教え子じゃったからのう…」
「………ッ」
その言葉には小さく息を呑んだ。
脳裏に今では顔もおぼろげな父と母の笑顔が浮かぶ。
「…二人とも…優秀じゃった…惜しい忍を失くしたと、今でも思うとる…」
「…ありがとう…御座います」
その言葉にふと胸の奥が熱くなり、がそう言えば。
火影さまは優しく微笑んでくれた。
「お前さんはご両親に似て、よく働くそうじゃな。その話もコテツに聞いておる」
「………」
「じゃから何も心配はしとらん。もし良ければ、お前さんにワシの子供達の面倒を見てもらえんかの?」
「…子供達…ですか?」
「そうじゃ。忍は皆…ワシの子供…家族じゃからの」
「………家族…」
その言葉は何故かの胸に染みた。
そう呼べるものを、は幼い頃に失った。
「…そしてもちろん」
「………え?」
「里の者全て、もちろんお前さんも…ワシの家族じゃよ」
「………ッ」
暖かい声、優しい微笑み。
何だか、胸が苦しい。
つらいとか、そういったものではなく。違う意味で胸が痛い。
「…何か困った事があれば、いつでもワシに会いに来い。もちろん何もなくても、お前さんみたいなベッピンさんは大歓迎じゃがのぅ」
ほっほっほと笑う火影さまにつられ、もつい笑顔になる。
こんなに自然に笑えたのは、何年ぶりだろう。
そう思っていると、不意にドアをノックする音が聞こえてきた。
「何じゃ、こんな時に。野暮じゃの~」
「あ、あの私、もう帰ります」
来客が来た事でが急いで立ち上がると、火影さまは「よいよい」と手をひらひらと振った。
「どうせ任務終了の報告をしに、気の利かん子供が来ただけじゃ」
火影さまはそう言って苦笑すると「入れ」とドアに向かって声をかけた。
すると「失礼します」という声と共に、誰かが部屋に入って来た。
「何じゃ、お前か」
「第十班、本日の任務、終了しましたので、報告書を届けに」
「そうか。ご苦労じゃったの」
その声に顔を上げると、そこには見知った顔が立っていた。
猿飛アスマ―――。
彼も木の葉の上忍で、時々お店にも顔を出す人だ。
「こんにちは」
そう挨拶をすると、アスマはチラっとを見て意味深な笑みを浮かべた。
「やあ。確か…ちゃんだっけか。お茶屋の」
「はい」
「今日はどうしたんだ?火影さまと逢引する仲でもないだろう」
「……え」
「これ、アスマ。こんな若くて美人な子に変な事を言うでない」
火影さまは顔を顰めながら苦笑いを浮かべている。
「はいはい。まあ、もしそうだったら、大勢いる彼女のファンが泣くな~と思っただけですよ」
アスマは笑いながら、チラっとの胸元に目をやった。
そして片方の眉を上げると、唇の端をかすかに上げて、
「ほぉ…してるという事は…脈アリって事かな?」
「…はい?」
「いや…何でもないよ」
「………???」
ニッコリ微笑むアスマに内心首を傾げつつ、もつられて笑う。
その時、再びノックの音が聞こえてきて、今度こそは立ち上がった。
「火影さま。忙しいようなので、私はこれで―――」
そう言った瞬間、突然ドアが開き「失礼しま~す」という、聞き覚えのある間延びした声が聞こえてきた。
「こら、カカシ。勝手に入るでない」
「すみません。急いでたもんで……って、あれぇ?ちゃんじゃなーい」
「………(ぎゃっ)」
いきなり背後から顔を覗かれ、は一歩下がる。
カカシはニコニコしながらと火影さまを交互に見ると、隣に立っているアスマに向かって「皆で密談?」とバカな事を言った。
「違うよ。オレは報告書を届けに…密談してたのは、この二人だ」
「何それ。三代目…彼女といつから知り合いに?」
「…全く無駄口を叩かんでさっさと報告書を渡せ」
そう言いつつも、火影さまは怒ってるわけじゃないようで、呆れ顔で笑っている。
カカシも「ああ、そうだ」と呑気に言いながら、報告書を火影さまの前に置いた。
「第七班、本日の任務、無事に終了しました」
「うむ、ご苦労」
その報告書を受け取ると火影さまはパイプを咥え「バタバタしてすまんの」と、に微笑んだ。
「いえ…では私はこれで失礼します」
「そうか?残念じゃのう…もう少しおしゃべりを楽しみたかったんじゃが…」
そう言いながら、目の前に立っている二人を睨む。
それにはカカシもアスマも苦笑いを浮かべながら、互いに肩を竦めた。
「では、また遊びに来なさい。今度は美味しい菓子でも用意しておこう」
「はい。では、次に来る時はうちのお店のお団子をお持ちします」
「ほお、それは楽しみじゃの。では気をつけて帰るがよい。ああ、カカシかアスマ、どちらでも良いから彼女を家まで送ってやりなさい」
「…えっ?い、いえそれは―――」
火影さまの言葉にがギョっとして振り返ると、カカシが満面の笑みを浮かべて「では俺が」と答えてしまった後だった。
アスマはアスマで何故かクックッと笑いを噛み殺している。
そんな二人を訝しげに見ていると、爽やかな笑顔を浮かべたカカシが、の方へ歩いて来た。
「じゃあ行こーか、」
「…………」
「あれれ…何その顔…俺じゃ不満?アスマが良かった?」
「…別にそんなんじゃ…」
どこかスネたような物言いのカカシから顔を背けると、は最後に火影さまに一礼をして、部屋を出た。
そのままスタスタ歩いていると、音もなくいつの間にかカカシが隣に並んでいる。
「…あの…私一人で帰れます」
「いーからいーから。三代目の命令に背いちゃ、俺が怒られるしね~」
「………」
(何でこの人はこんなに嬉しそうなの?)
機嫌の良さそうなカカシの横顔を見上げながら、はそんな事を思う。
以前とはまるで逆転した、この関係には変な気分になった。
(これじゃまるで私があの頃のカカシさんみたいじゃない…)
無邪気に話しかけてくるカカシに、素っ気なく答える自分。
この図式を見て、ふとそう思った。
「…ところで」
「…え?」
火影邸を出たところで、カカシが不意に口を開いた。
ふと顔を上げれば、さっきまであった笑顔が消え、どことなく真剣な顔をしている。
「何?」
「それはこっちの台詞」
「はい?」
「…コテツに聞いたけど…、お茶屋とは別に、うちの食堂でも働くんだって?」
「…ああ…その事……そうだけど…どうして?」
少し不満げな顔をしているカカシに気づき、首をかしげる。
が食堂で働く事に、文句でもあるんだろうか。
そう思っていると、カカシは小さく息を吐いての顔を覗き込んだ。
「な、何…?」
不意に視界いっぱいに、カカシの顔が映り、がギョっとして立ち止まる。
だがカカシの目は笑っていなかった。
「働きすぎじゃない?昼もあるのに、夜もなんて」
「……そ、そうだけど…」
「俺は感心しないな。ただでさえは休みなく働いてるでしょ」
「…カカシさんには関係ないよ。これは私の―――」
「関係あるんだな、これが」
「……は?」
真剣な顔でそんな事を言うカカシにドキっとした。
何を言いたいんだろうと眉間を寄せると、カカシはニッコリ微笑んでの頭にポンと手を置く。
「に休む暇もなくなったら……デートに誘えないじゃな~い」
「………はぁ?」
その呆れた答えに思わず口が開く。
言った本人は「あ、傷つくなぁ、その反応…」と言って、眉をシュンと下げているが、の開いた口は塞がらない。
「何バカな事…」
「あ、バカってないでしょ。俺、本気なのに」
「……付き合ってられない」
「あ、待ってよ。送るって」
一人先に歩き出すと、カカシは慌てて追いかけてきた。
も上忍である彼を振り切れるとは思っていない。
再び並んで歩き出すカカシに「一人で帰れますって」と言うのが精一杯だった。
「言ったでしょ。三代目の命令には背けないって。もしを放って戻ったら俺、縛り首の刑よ?」
「……ぷ…まさか」
自分の首を自ら絞めるような仕草をするカカシに思わず吹き出せば、カカシが嬉しそうに笑った。
「やっと笑った」
「…え?」
「いや…昨日は怒らせちゃったからさ。心配だったんだ」
「……別に本気で怒ったわけじゃありません」
「…そ?なら良かった」
「………」
本当にホっとしたように笑うカカシに、は何も言えず、ただ俯いた。
何だろう…胸の奥がギュっと掴まれたみたいに痛い。
「あ、してくれてるんだ」
「……え?」
「これ」
綺麗な指が、不意に私の胸元を指差す。
そのまま視線を指に移せば、その先にはキラキラと光るネックレスがあった。
そこでつけっぱなしだった事を思い出し、一気に顔が熱くなった。
「こ、これは…外すの忘れただけで―――」
「でも嬉しい。気に入ってくれた?」
「………」
カカシがあまりに無邪気な笑顔で聞くから。
は小さく頷く事しか出来なかった。
「…良かった」
カカシは想像どおり、また嬉しそうな笑顔を見せる。
その笑顔を見てると、何故かとても切なくて。
はまるで昔の自分を見ているような気持ちになった。
(あの頃の私は…カカシさんの何気ない一言に、こんな顔で笑ってたんだろうか。カカシさんは、私の他愛もない言葉に、こんなに胸を痛くしてくれてたんだろうか…)
「ん?どうしたの?ボケっとして」
まさか―――。
あの頃のカカシが、今の自分と同じであるはずがない。
でも、だったら何故、目の前にいるカカシと、昔の自分がだぶって見えるんだろう。
そんなはずないのに。
そんなはずは。
だってあの頃の私は……初恋にも似た想いを、貴方に抱いてた。
今のあなたと、同じであるはずがない。
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初恋同志なのにすれ違う二人…
私の描くカカシ先生が似非だなぁとシミジミ思う今日この頃;