08.あたしが死んだら 少しでいいから悲しんで




「カカシさん、こんにちは」
「…ああ」

満面の笑みで駆け寄ってくる彼女。そして素っ気なく応える俺―――。

自分と同じ境遇だと知った彼女は、顔を合わせるたび、よく声をかけてきた。
でもあまりに無邪気で、無防備な彼女に、どう接していいのか分からず、素っ気ない態度になってしまっていた。
心の中で気にかけているくせに、彼女を前にすると、どうしても素直になれない。
親兄弟もいない彼女には、俺以外に心の拠り所はないんだという事を、薄々は察していたのに。
俺の態度のせいで、彼女の笑顔が少しづつ減っていく姿に気づきながらも、どうする事も出来ないまま。
暗部に入ってた時期には俺から彼女と距離を置くようになっていた。

時々、道端で会っても軽く会釈をする程度。
"幼馴染"とも呼べない、ただの"顔見知り"という薄っぺらい関係になったような気がして、また更に切なくなった。
でも何故こんなに切ないのか、自分でもよく分からないまま、少しづつ成長して綺麗になっていく彼女を陰から見守る日々。
一時よりも、よく笑うようになった彼女を見て、勝手にホっとしたりもしてた。
同時に、彼女の笑顔の先にいる周りの男に対し、変な苛立ちを覚えた。
その苛立ちが、どういう意味を持つのか理解したのは、それからすぐ後の事だ。

今更気づいたところで、自分から断ち切った彼女との関係をどうする事も出来ないのに―――。









「あ~腹減ったってばよ~」
「うるさい、ナルト!さっきお弁当食べたばかりでしょ!」
「だってサクラちゃ~ん…。あれだけじゃ足りないってばよ~」
「黙れ、ウスラトンカチ。置いてくぞ」
「何を~?!」
「……ケンカしな~いの。もうすぐ木の葉につくデショ」

予定よりも遅くなったものの。
波の国を出発して急いで里へと向かっている道中でいつもの騒ぎが始まり、カカシは深々と溜息をついた。
このままのペースで行けば、今夜中には木の葉へとつく。
いくらナルトが駄々をこねようが、この場で休憩する気はなかった。

(何だか胸騒ぎもするしね…)

どんよりとした曇り空を見上げながら、ふと眉を顰める。どうも夢見が悪かったせいか、胸のもやもやが晴れない。
あんな昔の夢を見るのは久しくなかったのに―――。

「だいたいサスケはいつもいつも偉そうだってばよ!」
「フン…お前が抜けてるから注意しているだけだ」
「何だとーう!俺のどこが抜けてるんだってばよ!!」

相変わらずの言い合いをしている二人に呆れ顔のサクラ。
いつもの光景を見てカカシは再び溜息をついた。

「こーら、二人とも!いい加減にしてちょーだいよ。置いてくぞー」
「あーカカシ先生!待つってば!」

ナルトとサスケを尻目にカカシは一人先を歩き出す。それを見てナルト達も慌てたように走り出した。
これ以上ペースを落とせば、夜までに里へ帰れない。
スピードを上げる事は出来るが、そうなると怪我が完治していないサスケにとってはキツイだろう。
カカシは仕方なく、それまでのペースで先を急いだ。
その時、前方から何者かが近づいてくる気配を感じて、カカシは後方にいる三人へ手で"止まれ"の合図を出す。
しかし、すぐにそれが敵ではない事が分かると、軽く息を吐いた。

「―――カカシさん!」

相手もカカシ達に気づいたのか、木々の合間を飛びながら大声で叫んでくる。
その声の様子に、カカシは胸の奥がざわりと音を立てた気がした。

「コテツ!どうした!里で何かあったのか?」

目の前に現れた後輩にカカシはすぐさま駆け寄った。
任務に出ている小隊を、こうして迎えに来るという事は普通ではありえない。
里で何かあった、と考えるのは当然だ。
コテツは息を整えるように深々息を吐き出すと、慌てたように口を開いた。

「カカシさん…ちゃんが…ちゃんが何者かに浚われて―――!」
「……何っ?」

その名前を耳にした瞬間、カカシの体中の血が沸騰したかのように熱くなる。
同時に、彼女を護衛してたはずの上忍であるアスマ達の目を盗んでどうやって?という疑問も沸いてきた。

「詳しく説明しろ!何があった?」
「は、はい…実は夕べ―――」

コテツは動揺しながらも、なるべく詳しい事情を分かりやすいように説明した。

「…じゃあシカマルも一緒って事か…」
「そうみたいです。その場には何かが爆発したような痕跡しかなく…ちゃんの姿もシカマルの姿もなくて…」
「分かった。すぐに里へ戻る」

カカシはそう言ってから、後ろで戸惑い顔のナルト、サスケ、サクラを見た。

「緊急事態だ。俺はすぐに里へ戻らなくちゃならない。お前達はコテツと後から来い」
「えっ!何でだってばよ!俺達も一緒に―――」
「悪いがお前達がいたら遅くなる」
「………っ」

そう言いきったカカシの顔は真剣で、ナルトはそれ以上は何も言えなくなった。
確かに自分やサクラならともかく、怪我人のサスケがいれば、それだけペースが遅くなる。
カカシ一人ならかなりの速さで里へと戻れるだろう。ナルトもそこは渋々ながら頷いた。

「…分かったってばよ…」
「…よし。じゃあコテツ。悪いが三人を頼む」
「分かってます」

しっかり頷くコテツを見て、カカシはすぐに姿を消した。今までカカシがいた場所には、数枚の木の葉が舞うだけだ。
そのあまりのスピードにナルト達も唖然としている。

「…って…カカシ先生が話してた姉ちゃんだよな…。この前食堂で会った…」
「…ああ」
「…クソ…いったい誰が…。なあコテツの兄ちゃん!姉ちゃん大丈夫だよな?」

不安顔で尋ねるナルトに、コテツも小さく息を吐いた。

「…ああ。カカシさんが出張れば大丈夫だ。それより…俺達も先を急ぐぞ」

コテツ自身も本当ならカカシと一緒に行きたかった。でも下忍のナルト達だけを残しては戻れない。
焦る気持ちを抑えるように、コテツは三人を促し、里へと向かった。











ピチョン…とかすかな水音がして、は意識を取り戻した。
薄っすらと目を開けても真っ暗で何も見えない。それでも背中に感じるゴツゴツとした感触で小さく息を呑んだ。

「…ここは…」
「気がついたか?」

暗闇の向こうから声が聞こえてビクリとする。何度も瞬きをしていると次第に目が慣れてきた。

「…あなた…」

正面に座っている男の姿を確認して、は目を見開いた。
そして自分が今、どこにいるのかも気づき、辺りを見渡す。
ジメっと湿った独特の匂いと声が反響する事を考えると、ここは洞窟かもしれない。
きっと里の外れにある森の中だろう、と漠然と考えた。背中に当たっている硬いものは岩壁のようだ。
自分が今いる場所を把握したのと同時に、目の前の男に襲撃された事も思い出していた。
自分を必死に守ろうとしてくれた、下忍の男の子の事も―――。

「自分の置かれている状況が把握できたか?」
「…仲間はどこ?もう一人いたでしょ?!シカマルくんは―――」
「…クックック…この状況で泣きもしないとは…気が強い女だ」

男は薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

「アイツなら、その小僧を始末しに行ってるよ」
「…っ…彼は無事だったのね…?」

ダメだと思っていたはそれを聞いて僅かに安堵の息を漏らした。
先ほど、アスマを呼びに行こうとした時、激しい爆音が聞こえた。
慌ててシカマルのいたところまで戻ったの目に飛び込んできたのは、地面に血まみれで倒れているシカマルの姿。
傍らにはシカマルの影真似の術から開放された、今目の前にいる忍び。
そしてもう一人、見た事もない小柄な男が立っていたのだ。
その男の足元でピクリとも動かないシカマルを見て、てっきり殺されたのかと思っていた。

「あの場に放っておいても、いずれは死ぬだろうが、残しておいても面倒な事になるからな」
「…仲間を連れて来てたのね…」
「はたけカカシ相手に一人でノコノコ出戻ると思うか?アイツには陰で見張らせてたんだよ。本当にお前達だけなのかをな」
「…何故そこまで…」
「下忍一人だと油断させておいて、上忍が隠れていたらまずいだろう?ただの保険だ」

楽しげな笑みを浮かべる男に、は強く唇を噛み締めた。
この男の目的がカカシなのは今の口ぶりでも分かったが、何故ここまでするのかが分からない。
それに男の仲間に連れて行かれたシカマルの事も心配だった。
生きてはいるようだが、あの怪我では抵抗すら出来ないだろうし、この男の仲間に殺されるのは時間の問題だ。

(私のせいでシカマルくんが…どうしよう…どうしたら…!)

忍びでもないには目の前の男を睨む事くらいしか出来ない。
自分が一般人である事をこんなにも後悔したのは初めてだった。
両親が忍びであるなら、その子供もまた忍び―――。
暗黙の了解のように木の葉の忍びたちは我が子を自分達と同じ道を歩ませようとする。
だがの両親は違った。
二人はが物心ついた頃から「には普通の人生を生きて欲しい」とよく言っていた。
普通の女の子として生きて、人に愛されて、幸せな結婚をして欲しい、と。
忍びとして生きれば常にその身を戦いの場に置かねばならない。今日無事でも明日にはその命が尽きるかもしれない。
こんな恐怖をには味わって欲しくないのだ、と。
だけど―――。
こんな状況に陥ると、何の力も持たない自分が情けなく感じてしまう。
それも、大切な人の足手まといになっているであろう、こんな状況では特に。

「…何が目的?カカシさんに何の用なのっ?」

の問いかけに男は薄ら笑いを浮かべて、再び地面に腰を下ろした。

「はたけカカシは邪魔だから消すのさ」
「…邪魔…?」
「この前、あの男と対峙してみて、よく分かった。アイツは俺達の計画の妨げになる」
「な…計画って…」
「お前には関係ないの事だ」
「関係ないって何よ…。だいたいカカシさんは凄く強いのよ!あんた達なんか一瞬で―――」
「その為にお前がいる」

ニヤリと笑う男に、は息を呑んだ。
自分はカカシをおびき寄せる為のエサにされたのだと気づき、愕然とする。
だがそれは暗にこういう卑怯な手を使わなければカカシには勝てない、と言っているようなものだ。

「お前はあいつの恋人なんだろう?恋人が浚われたとあれば、あいつだって言いなりになるさ」
「バカ言わないで!私はカカシさんの恋人なんかじゃないのっ!あなた勘違いしてる」

こんな奴らに呼び出されればカカシも罠だとすぐ気づくはずだ。
そう、あのカカシが敵の罠だと知りながら恋人でもない女の為にノコノコ来るはずはない。
いや、来てほしくはなかった。
の必死の否定に、男は僅かに目を細めてからすぐに笑い出した。

「恋人じゃなくてもお前がアイツの弱点だという事は分かっている。だからこそ上忍の護衛までつけて守ってたんだろう?」
「……ッ?」

カカシの弱点、と言われ、少なからずは動揺した。
カカシの部屋に置いてもらっているのも、アスマや紅といった上忍を護衛に就けてくれたのも、はただの成り行き上だと思っていた。
最初にこの男に襲われた時、たまたまカカシが助けてくれたからで、他に理由があるなどと考えた事もない。

「まあ、はたけカカシはもうすぐ里へ戻ってくる。それまで大人しく待つんだな」

男はそれ以上、口を開く事はなく。
静かにカカシが到着するのを待っているようだ。
は軽く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、洞窟内を見渡した。
カカシの負担になるくらいなら自分で逃げ出したかったが正面に座る男の脇を抜けなければ外へ出られそうにない。
幸い手足は拘束されていないが、あの男の横を走り抜けるのは無理があると思った。

(でも…走り抜けるのが無理でもアレなら……)

は男の腰にぶら下がっているポーチに目を付けた。そこには忍の武器であるクナイが入れられている。
は覚悟を決めてゆっくりと立ち上がった。その額からは汗が滲み、心臓が壊れそうなほど早鐘を打っている。

「…何をしている。動くな」
「嫌よ…」
「死にたいのか?カカシが来るまでの辛抱だと言っただろう」

男はその冷めた目をへ向けた。静かな洞窟に暫し沈黙が流れる。

「座れ」
「嫌よ」

もう一度首を振るそのの頑なな態度を見て、男は心底呆れた顔で立ち上がった。

「何を狙っているのか知らんが無駄だ。オマエを逃がす気はない」
「逃げる気なんて…ないわ」
「…何?」
「それに…カカシさんが来たとしても用が済んだら私も殺す。でしょ?」
「………」

男は何も応えなかった。という事は図星だという事だろう。
それでもは男の方へと一歩足を踏み出した。
足元に転がる小石たちが足を踏み出すたびに当たり、カラン…っという音を立てる。

「おい!動くなと言ったはずだ」

がゆっくりと自分の方へ歩いて来るのを見て、さすがに男も驚いた。
忍びでもないただの女がこの状況で取る行動ではないからだ。
は男の制止も聞かず、ただ真っすぐ洞窟の出口がある横道へと歩いて行く。

(さっきは逃げる気はないと言ったが…あれは混乱させるための嘘か?)

男は手にクナイを持ち、自分の横を通り過ぎようとしたの腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。
そして脅す為にの喉元へクナイを突きつけようとした、その時―――男のその手をが掴んだ。

「…なっ」

の行動に驚き、一瞬男の手が止まる。
次の瞬間、は掴んだ男の手に握られているクナイの刃先を自分の胸へと深く突きさした。

「―――何してる!!」
「…かはっ」

の取ったまさかの行動に、男も慌てた。
自分の握ったクナイがの胸に深く突き刺さっているのを見て思わず手を放す。

「オマエ…まさか…」

足元に崩れ落ちたを見下ろし、男の目は大きく見開かれたまま動揺で揺れていた。

「自分が足手まといにならない為に…?」
「…当…然でしょ…。忍びじゃ…なくても…木の葉の…里に生きる人間としてのプライド…くらい…私にもある…のよ…」

木の葉を、この里を守ってくれている皆の負担にだけはならない。
今のが考えているのは、唯一それだけだ。
人質さえ死んでしまえば、後は心置きなく戦える。
きっとカカシはこの男を倒しくれる。はそう信じているからこそ、自分の存在を消そうとした。

「バカか…。そんな事の為だけに自ら死を選ぶなど―――」
「バカ…で…いい…。カカシさんが…自由…に…戦えるなら…」

震える声で言いながらも、の呼吸が浅く早くなっていく。
それを見ていた男は、この女は無理だ…もうすぐ死ぬ、と思った。
となれば今、危険な立場になっているのは自分だという事に気づく。
が察したように男にカカシを倒すだけの力はなく、だからこそカカシの最も大切にしていると思われる女を攫ったのだ。
だがその人質が死んだとなれば交渉に使える駒がなくなったのと同じ。
ただ強敵であるはたけカカシの怒りを買うだけになった。

「チッ!予想外だ…」

となれば、ここはカカシが来る前に逃げるしかない。
また態勢を整えて出直すしか―――。

男がそう思案している時だった。
洞窟の入り口の方から地面がボコボコボコと音を立てながら盛り上がり、それが男の足元まで来た、と思った瞬間。
地面から何かが飛び出して来た。

「うあぁぁっ」

咄嗟に身を引こうとしたがそれよりも一秒早く、その飛び出して来た物体が男の足を捉えた。
同時にあちこちからソレの仲間らしき物体が男の体の至るところへ噛り付く。

「な…い、犬?!ぐぁぁっ」

体に噛みついているモノの正体に気づいた時、肩に太い牙がめり込み、骨が砕かれる音が聞こえた。

「カカシ!見つけた!こっちだ!」

その犬の中でも最も小柄な一匹が叫んだ。

「に…忍犬、だと…?」
「ソイツらは俺の口寄せで呼んだのさ」
「…はたけ…カカシ?!」

薄暗い洞窟の入り口から姿を現したのは、男が危険だと恐れていた"はたけカカシ"その人だった。

「やっぱりオマエか…。ああ、言っておくけどオマエの仲間はすでに死んだよ。シカマルも救出した」
「…くっ」
「ほら、彼女をどこへやったの。早く吐かないとコイツらの牙が喉元へ穴を開けるぞ?」

カカシはゆっくり歩いて来ると、息も絶え絶えで身動きの取れない男を殺気のこもった目で睨みつけた。

「は…はははっ!」
「何がおかしい?」
「あの女は…」

と男が言いかけた時、カカシの八忍犬の中でも司令塔の役割をしているパックンが「カカシ!」と声を上げた。

がこっちで倒れてる!」
「―――」

血の匂いを嗅ぎつけたのか、薄暗い洞窟の中パックンがを見つけた。
その声に弾かれたように振り向いたカカシは一瞬での元へ行き、その力ない身体を抱き上げる。

…!!しっかりしろっ」

はピクリとも動かず、カカシの手にぬるりとした感触。
そっと視線を落とせば己の手が血で真っ赤に染まっていた。

「貴様…!」

カカシは怒りに身体を震わせ、燃えるような瞳で男を睨む。
だが男は再び笑みを浮かべると「言っとくが…俺がやったわけじゃねえ…」と苦し気に言った。

「その女が…自分で自分を…刺したのさ…」
「嘘をつくな!そんなはず―――」

とそこでカカシは言葉を切った。
男は咳き込み、血を吐きながらもニヤリと笑う。

「気づいたか?そうだ…その女はオマエの足手まといにはなりたくねえとさ…」
「………ッ」
「忍びでもねえのに…バカな女だ…」
「…やめろ」
「木の葉の…里に住む者としての…プライドなんてクソみてぇなもんで自決を選ぶなんて…」
「やめろ!」

カカシはを抱きしめながら、男の胸へクナイを投げつける。
男は小さな叫び声をあげると、少しして動かなくなった。

「クソっ!…!目を開けてくれ…頼む!」
「おい、カカシ!まだ息がある!!」
「―――?」

パックンがの口元へ耳を寄せ、小さな呼吸音を聞き取った。

「パックン!医療班をここへ呼んでくれ!」
「分かった!」

応えたと同時にパックンは姿を消し、他の忍犬たちもいなくなった。
カカシは腕の中でグッタリとしているの頬を撫でながら、もう一度強く抱きしめた。

「…バカな真似しやがって…」

生きているという喜びと同時に、守れなかったという自分への怒りで、カカシは声を震わせた。
その片方の瞳から涙が一粒零れ落ち、の頬を濡らして行った。










ベッドの上に横たわるの頬がかすかに赤みを帯びて来て、カカシはホっと安堵の息を漏らした。
医療忍者からの治療、そして病院での輸血が間に合った事で、どうにかは一命をとりとめた。

「あと一センチ、左にズレていたら心臓を貫いていた。そうなれば助からなかったでしょう」

医者からそう言われた時は全身から血の気が引く思いだったが、こうして生気を取り戻してくるを見てカカシもやっと心から安心する事が出来た。

…早く元気になって…」

未だ目覚めぬの頬をそっと撫で、その手で彼女の力ない小さな手を握り締める。
こんな細い手であの音忍の腕を掴み、自分の胸へクナイを突き立てたなど到底信じられない。
全てはカカシの負担にならない為に。
のその想いは、カカシの心にまた新たな想いを宿らせる。
彼女が目覚めたら、何を言われようと、どれだけ突き放されようと、絶対に引き下がらない。
そう決心しながら、カカシは自分の手に納まる小さな手を強く握りしめた。
その時コンコンとノックの音がしてカカシはハッと我に返る。
握っていたの手をそっとベッドへ置くと、病室のドアの方へ視線を向けて椅子から立ち上がった。

「…源さん」

廊下に出ると、そこにはアスマと紅の他にの幼い頃から親代わりとして面倒を見ていたお茶屋の主、源が立っていた。

「カカシ…!」

源はカカシを見るなり掴みかかって来た。

「忍びの世界にを巻き込むたぁ、どういうつもりだっ!あぁ?!」
「…源さん!カカシが悪いわけじゃない!」

二人の間にアスマが入り、カカシから源を引き離す。
だがカカシは「アスマ」とそれを制止すると、未だ怒りに震えながら自分を睨んでいる源へ深々と頭を下げた。

「今回の事は全て俺の責任です。彼女を…守り切れなかった」
「おい、カカシ…。それは俺も同じだ。オマエから頼まれていたのにこんな事態を引き起こしちまって…」
「アスマはよくやってくれたよ…。俺の我がままを聞いてくれたばかりに、オマエの大事な部下まで危険にさらしてしまった。すまない…」
「お、おい、やめろ、カカシ。シカマルだって忍びのはしくれだ。誰のせいだとも思っちゃいない!やられたのはアイツの力が足りなかったからだ」

自分にまで頭を下げるカカシに、アスマは思い切り顔を顰めて源の方へ向き直った。

ちゃんは今、眠ってますが傍に着いててあげてください」
「…言われなくてもそうするよ!の親代わりは俺だけだ」

源は溢れる涙を手の甲で拭うと、再びカカシを睨む。

「おい、カカシ!もう二度とオマエらの事情にを巻き込むな。もしまたこんな事があったら俺はオマエを許さねえぞ!」
「…はい。もう…絶対にを危険な目には合わせません」
「フン…」

源の目を見つめながら真剣な顔で言葉を紡ぐカカシに、源は「ならの傍にいてやれ」とだけ言った。
その言葉の意味が分からないといったように「え?」と顔を上げたカカシに、源はもう一度、

「だから…の傍にいてやってくれ。目が覚めた時…オマエさんがいたらも安心する」
「…いいんですか?」
「俺はやだけどよ!」
「は?」

いいと言ったり嫌だと言ったり、よく分からない事を言う源に、カカシも一瞬目が点になる。
だが源はふとカカシを見上げると、小さな溜息をついた。

はきっと…オマエに傍にいてもらいたいだろうと思ってよ…」

苦虫を潰したような顔の源は病室のドアを開けるとの方へ歩み寄り、だいぶ赤みを帯びて来た頬を優しく撫でた。
その表情はまるで本当の父親のように優しい。

「まだが10歳になる少し前に…コイツの両親が任務中亡くなって…古くから二人と懇意にしてた俺が自らを引き取ったんだ。
まだまだ甘えたい年頃の女の子が急に独りぼっちになって…寂しかったと思う。オマエさんも同じだから分かるだろ?」
「はい…」
はいつも寂しそうだった。笑顔なのにどこか泣いてるみてえで俺もどう扱っていいのか分からなくてな。
でもそんな時にオマエと知り合い、は自然に笑うようになった。オマエの事を兄のように慕ってたんだなぁ…」

源は懐かしいといった顔で笑いながら、ふとカカシを見て目を細めた。

「なのにオマエはいつもに素っ気ない態度で接してたろ」
「あの頃は…それこそ忍びの世界に彼女を巻き込みたくなかったんです」
「なのに今頃巻き込みたくなったか」
「……返す言葉もないですよ」

ガシガシと頭をかきつつ、カカシは苦笑いを零す。
どれだけ突き放そうと、いつも笑顔で話しかけてくれたに、カカシも本当は癒されていた。
エリート忍者などと言われていても、一人の家に帰る時ほど寂しいものはない。
一人で食事をし、一人で寝る。ひとたび任務に出れば、必ず死が付きまとう。
そんな殺伐とした日々の中での存在だけが、カカシを照らす光だった。
ベッドで眠るの顔を見つめながら、カカシはふと目を細める。
ガキだった自分に生きる希望をくれた少女は、気づけば大切な存在として常に傍に在ったのだ。
そしてそれはこれからも続いていけばいい、と。いや続いて欲しい、と願ってしまった。
これ以上、大切な人を失うのは耐えられない、と。

「…源さん」
「ん?」
「これから先も…のこと俺に守らせてくれませんか」

の顔を見つめていた源は、そのカカシの言葉にふと顔を上げた。

「…それは一生って意味か?」
「もちろんです」
「なら……プロポーズって事でいいのか?」
「許して貰えるなら…」

源は少し驚いたような顔をしたが、不意に笑みを浮かべると、

「俺じゃなくに許して貰う方が先だろーが」
「そうですね…」

源の言葉にカカシも笑う。
そして後ろで見守っていたアスマと紅も、互いに笑顔で顔を見合わせた。

「フン。で、勝算はあるのかい?だんご嫌いのカカシさんよ」
「ま、プロポーズの前に…彼女の気持ちを俺に向かせるとこからやり直さないと、ですが」
「はあ?まだその段階でよくヌケヌケとプロポーズなんて言えたな!ったく木の葉のナンパ師が聞いて呆れるね」
「い、いや源さん…その通り名はとっくに返上してますから勘弁して下さいよ…」

カカシが困ったように笑い、源は呆れたように肩を竦めている。
そんな二人を見ていたアスマと紅は「すでに夫と姑みたいだな」とコッソリ笑っていた。







数年ぶりにナルト書いた笑
カカシ先生のお話は途中で止まってたんですが半分ほど続き書いたのが残ってたのでUPします(*^-^*)
これも最初は10話くらいの連載で考えてたはずなので一度下げた作品ですが、また引き続き書いて行きたいと思います✨