絆は深淵の如く

Act.2



シャボンディ諸島45番GRに停泊しているのは黄色い潜水艦、ポーラータンク号。
その船内では――。


*-*-*-*


「おい、どこにもいねえぞ!」
「こっちもだ!」

クルー達の走り回る音、焦りの声が船内に響き渡る。さっきから大の海賊達が青い顔で右往左往していて、その中にはデカい白クマもいた。
オレンジ色の繋ぎを着た白クマは、鼻水を垂らしながら「どうしよう、どうしよう」と繰り返し、船内の部屋という部屋を見て回ってる。そこはさっき他のクルーが探してたっつーのに。
世にも珍しい人語を話す白クマは"ミンク族"のべポ。ガキの頃からの仲間で、この船の航海士でもある。
で…この先の流れを想像しながら項垂れてるおれはペンギンという。ついでに隣で青ざめてるサングラスにキャスケットの男がシャチで、全員が"ハートの海賊団"のクルーだ。
"新世界"を目指す傍ら、おれ達がここ、シャボンディ諸島へ来たのは、つい数十分前のこと。なのに何でこんな騒ぎになってるのか。
理由はひとつ――。
我が船のマスコット的存在でもある"副船長"が消えたからに他ならない。

「おい!はまだ見つかんねえのか!」

そして今現在、操舵室にある電伝虫で、外へ探しに出たクルーを怒鳴ってるのは、おれ達"ハートの海賊団"の船長、トラファルガー・ローその人だ。白い毛皮の帽子をかぶり、背中に"ハートの海賊団"のマークが入った黒のロングコートを着た男は、おれとシャチとべポ、そして今まさに行方不明の、三人と一匹の大恩人でもある。
まあ、何で大恩人なのかっつーと、長くなるので今はやめておこう。目下の重要案件は――。

「おい、べポ!ペンギン!シャチ!おれ達も探しに出るぞ」
「お、おう。そうだな」
「やっぱ外か…!」
「アイアーイ!」

船長、ローさんの一言で、おれ達ふたりと一匹はそれぞれの反応を見せながら、すぐに船から飛び出した。

「クソ…あのバカ!どんな場所かも分かんねえのに勝手に飛び出しやがって…見つけたらタダじゃおかねえ」

緑の多い一本道。前を走るローさんは美しい景色を楽しむこともなく、怒り心頭といった様子だ。でもこんなこと言ってるけど、おれ達は知ってる。ローさんがを心配して怒ってるんだってこと。
おれとシャチ、そしてべポは自然と目くばせしあいながら、こっそり笑いを噛み殺した。
ガキの頃から甘ったれのの世話を、誰よりもしてたのはローさんだから。
口では何だかんだとうるさく言ってるけど、大事に大事にしてる女の子なのは間違いないし、そこに深い愛情があるのを、おれ達は知ってる。
まぁ、その深~い愛情をおれ達にも向けてくれる優しい男なんだよな、昔から。
おれとシャチとべポ。そしてとローさんの五人は、ガキの頃から家族同然なんだ。

「でもさぁ…そんなに慌てなくてもはもう子供じゃねえんだし、さすがに危なそうな場所には近づかないんじゃないか?すぐ戻ってくるかも――」

必死に走りつつ、ふとべポが言った。でもすぐにローさんが「本当にそう思うか?」と鋭い目を半分にまで細めた。

「「思わねえ」」

おれとシャチが即答すると、べポもすぐに察したらしい。「あい…そうでした」とガックリ項垂れる。べポがへこみやすいのは昔からだけど、この場合はの性格を思い出したからだろう。
元々は王族の生まれってことで、子供の頃から甘ったれの世間知らずだったは、自分の知らないものや見たことのないもの、何にでも興味を持つ女の子だった。可愛い物が大好きで、もふもふした動物を見かけたら最後。どこまでも追いかけて行って、最終的には必ず迷子になっちまう。その好きな物に集中しすぎる性格のせいか、迷子事件を起こしたことは数知れず。危ない目に合ったりしたのも一度や二度じゃない。
雪山で遭難しかけたり――まあ、ローさんが見つけたけど――、巨大生物に食われそうになったり――まあ、ローさんがぶった斬ったけど――、怪しい民族に襲われかけたり――まあ、これもローさんがぶっ飛ばしたけど――と、デンジャラスホイホイかってくらい、は何かと面倒ごとに巻き込まれるタチだ。
前にそう言ったら、ローさんは「自分で巻き込まれに行ってる、の間違いだろ」って笑ってたけど。
その他にも、無駄に美貌なんてものを持ってるせいで、その辺の男によく声をかけられるから、そのたびローさんが相手をぶん殴って回ったりと心労が絶えない。
だから今回、この島に上陸する時も前もって情報を確認させるつもりだった。何が良くてダメなのか、危険な場所等々、きちんと島の地図も用意して。
このシャボンディ諸島は場所が場所だけに、海軍、賞金稼ぎ、はたまたおれ達のような海賊などがわんさか集う。それ以外にも人さらいというタチの悪い業者までいると聞く。 そんな場所じゃ何があるか分からないから、にはなるべく女の子らしい服装じゃなく、クルー着用の繋ぎを着とけと言い聞かせるはずだった。なのにあいつときたら水面に浮上した瞬間から姿が見えなくなった。てっきり甲板に出ただけだと思ってたから、クルー達が「ちゃんがいねえ」と騒ぎだすまで、おれとローさんは呑気に"船コーティング業者"のリストをチェックしてたくらいだ。
まさか着いた途端、飛びだすなんて思わない。まあ、好奇心の塊みたいながこの島を見たらどういう行動をとるか、そこまで想像しとくべきだったかもしれない。
そして――心配事は他にもある。それはが貧血症ってことだ。ガキの頃に飲まず食わずで彷徨ってた時期があり、そのせいで出会った時は極度の栄養失調になってた。それが原因なのかは知らないが、その後に鉄欠乏性貧血を発症しちまった。以来、薬を飲む生活をしている。だから迷った先で倒れてないか、実はそこが一番心配だった。ローさんもきっと同じだろう。

「キャプテン!微妙に道が分かれてるよ!どっち行ったんだろ」

しばらく走っていると分かれ道が現れて、べポが島の地図を広げた。真っすぐ行けば観光地、ちょい曲がって左に行けば、造船所エリアのようだ。しかも、よくよく見れば森の中にも移動できるくらいの小道がある。

「これじゃがどこへ向かったか分かんねえな…」

シャチがキョロキョロしながら溜息を吐く。おれもそう思った。でもローさんだけは「多分、真っすぐだろ」と言って再び走り出す。

がこんな分かりづれぇ道を選ぶと思うか?きっと"綺麗な景色"としてしか見てねえ。となれば単純に考えて広い道を真っすぐ進んだはずだ」
「…な、なるほど…さすがキャプテン」

ソッコーで納得したおれやシャチ、べポもローさんのあとに続く。これまで散々を探し回った経験からか、それともをよく理解しているからなのか、ローさんは迷うことなく観光エリアに向かった。

「うわー人がたくさんいる」
「おーすげえな、こりゃ」

煌びやかな門をくぐると、そこはまるでおとぎ話に出て来るような街だった。あちらこちらに色とりどりの看板やショップが立ち並び、大勢の観光客が笑顔で闊歩してる。これまで立ち寄った島とは比べ物にならないほど都会の香りがした。

「あれって遊園地じゃね?」

シャチがはしゃいだように指をさした先に大きな乗り物が見えて、おれも思わず笑顔になった。噂には聞いたことがある。観覧車ってやつだ。
島の案内図を開くと、シャボンディパークと載っていた。色んな乗り物に乗って遊べるスペースらしい。レストランや出店なども多く、この島自慢の観光スポットのようだ。あまりに華やかな光景だから一瞬、現実を忘れそうになる。でもふと気づいた。こんなワクワクするような場所、が見たら当然――。

「…いた」
「「「えっ」」」

ローさんが溜息交じりで呟き、ある方向を指す。その指先に促されるままおれ達も視線を向ければ、そこには紛れもなく――。

「おじさん、もう一本ちょうだい」
「はいよ~」

"わたあめ"と書いてあるピンク色の看板を掲げた可愛らしい出店。その前で美味しそうに綿あめを食べる、おれ達の"妹"が立っていた。