シャボンディ諸島の人気スポット、"シャボンディパーク"付近――。
風船売りの横にある綿あめ屋の前には、細身で極端に色白の、髪の長い女。満面の笑みを浮かべて、ピンク色のふわふわした綿あめを頬張ってるのは間違いなく、おれ達の探し人だった。
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「何やってんだ、お前は!」
「…ロ…ロー…?!」
見つけた瞬間、怒鳴りつけると、はギョっとした様子で逃げ出そうとした。どうせ条件反射だろう。逃げられる前にすぐさま首根っこを押さえたら往生際悪くジタバタと暴れだす。反応が野良猫だな…全く、と呆れつつも、ひとまず捕獲成功。
「それに…何だ、その恰好」
無事に見つけられて安堵したものの、今度はの服装に溜息が出る。あれだけ言ったにも関わらず普段着のまま飛び出したらしい。船内で着るような白のミニワンピ―ス姿のは、肩や脚を惜しげもなく披露していて、これじゃその辺のアホにいつ声をかけられても不思議じゃない。実際そんな事件は今までに何度もあった。
「ったく…繋ぎ着てろって言っただろ。何で脱いでんだ…って、人が話してる時に綿あめを食うな!」
手にしたピンク色の物体をこの期に及んで頬張るに、おれの額がピキリと音を立てた。こいつの甘いもんへの執着は十分に分かってるが、全く反省の色が見えない。舐めた態度を諫めるつもりで、いつも以上に睨みを利かせると、は途端にしゅんとした様子で眉尻を下げた。
「だってこの島、暑い…」
「…ぐ…っ」
が僅かに唇を尖らせ、ぼそりと呟く。まあ、言いたいことは分かる。おれ達がガキの頃に長く過ごした場所は、一年の半分以上が寒く、大半は雪が降ってるようなところだった。おかげではミンク族のべポなみに極度の暑がり。この島の気候じゃ、全身を覆う繋ぎは着たくないんだろう。ただ、それを理解した上で危険と判断したのは、この島の裏の顔を知ってるからだ。
「暑くても着ろ。この島は見た目通りの平和な場所でもねーんだ。チャラチャラ肌なんか見せてたら攫われるぞ」
すぐそばを闊歩する観光客達を見れば平和そのもの。街の雰囲気も人気スポットと言われるだけあって、華やかで活気がある。だけど――。
「…それってあいつに関係してる…?」
辺りを確認するよう見渡していると、ふと気づいたようには顔を上げた。ここへ上陸する際、当然ながらある程度の計画は説明してある。だが島の細かな情報を話す前に、こいつは船を飛び出してしまったから、詳しいことは何も知らない。
「そうだ。こんなに華やかな観光スポットがある一方で、この島には無法地帯と呼ばれてる場所が多くある。その一画にドフラミンゴの所有するショップがあるんだよ」
「え…どんなショップ?!」
が恐々と訊いてくる。おれとドフラミンゴの関係は昔みんなに話してあるから少しだけ緊張した面持ちだ。シャチやペンギン、べポも観光気分で街中をキョロキョロ見渡してたが、その名前を聞いた途端、表情を引き締めた。
おれが"ハートの海賊団"を結成したのは、"いつか"とか、"そのうち"と先延ばしにしてたものを叶えるため。そして本当の"自由"を知るため。その為にも潰さなきゃいけない相手がいる。みんなはそれをおれ以上に理解してくれてるようだ。
「…名前は"人間屋"。そこじゃあらゆる種族を売ってるらしい。もちろん違法だ」
「え…あらゆる種族って…」
「人間はもちろん、魚人や人魚、べポのようなミンク族なんかも高値がつくとかでオークションにかけられ、多額で取り引きするようだ。あいつらしい汚い商売だろ」
「うん…最低…」
の表情が変わった。普段は甘ったれでも、そこは一海賊。すぐに「じゃあ、そのショップの偵察に行こう」と歩き出す。だが、再び首根っこを掴んで引き戻した。色々理由はあれど。今、が向かおうとした先は"シャボンディパーク"だったからだ。
「そっちじゃねえだろ」
冷んやりとした視線を降り注ぐと、の目がゆっくりと左右に泳ぎだす。こいつ、確信犯だな。
「ま…間違えただけだもん」
「「「嘘つけ!」」」
「…チッ」
「「「女の子が舌打ちしちゃダメっ」」」
ペンギン達から怒涛のツッコミを入れられ、はぶー垂れたガキのように唇を尖らせた。こういうところは昔と何も変わらない。おれ達も、も。
出会った頃とは違うのに。もう大人になったのに、おれ達を包む空気は何ひとつ変わらない。唯一おれが落ち着ける"居場所"だ。
まあ…うるせえけどな。
「なに笑ってるの、ローってば」
自然に口元が緩んでたらしい。がキョトンした顔で見上げてくる。またべポに叱られながら頬を引っ張られたのか――べポいわく、のホッペはモチモチしてて気持ちがいい、とのこと――ほんのり赤くなってるのも笑えた。
「呆れてんだよ」
「えー?何で?」
心外なとでも言いたげに頬を膨らませるはまだあどけない。こういうとこなんだよな、と思いつつ、応える代わりに頭をぐりぐり撫でると、まずは勝手にいなくならないようの手首を掴んで歩き出した。べポ達も分かってたのか、笑いながらついてくる。
「え、どこ行くの?ショップは?」
「まだ行かねえよ。今は島に着いたばかりでざっくりとした情報しかねえしな。とりあえず船に戻る」
「えー!じゃあ遊園地行こうよ。ここまで来て帰ることないでしょ」
「却下。遊びに来たわけじゃねえだろ」
「そうだけど!でもホラ見て!可愛いお店がいっぱいだし、面白そうな乗り物だってあるよ」
足を踏ん張りながら力説され、やっぱ、こうなるよな…と溜息が漏れた。この島にはが興味を引くものがたくさんありすぎる。服屋や土産物屋、そして辺りに漂う甘い香り。目の前には夢の国を再現したような遊園地。の好きなものが、これでもかってくらいに並んでやがるし、これで行くなと言う方が無理なのかもしれない。
出来れば好きにさせてやりたいが、今はのんびり観光するわけにはいかない。人さらいも心配だが、ひとつだけハッキリしてるのは、この島に来てるのが観光客だけじゃないってことだ。
「とにかく…今はダメだ。他の海賊達も上陸し始めてるからな。目立つ行動は控えたい」
"新世界"に行こうとしてるのは何もおれ達だけじゃない。他の海賊達だって同じ場所を目指していて、そういう輩は必ずこの島を訪れる。
だからこそ注意力散漫なに対して、少し危機感を持ってもらうために言ったつもりだった。なのに海賊、と訊いた途端、の目がキラリと光る。
「え、わたし達の他にも海賊来てるの?誰?大物?わたしも知ってる海賊?!」
「……(しまった)」
「「「…キャプテン…(余計なことを)」」」
べポやシャチ、ペンギンが責めるような目つきでおれを見た。確かに迂闊だったと溜息が漏れる。そんなおれ達の気分をよそに、は「ねえ、ねえ、誰?どこの海賊団が来てるの?」とキラキラした目で見上げてくるんだから始末が悪い。その反応はまるでスターに憧れるミーハーなファンのそれだ。
まあ、がこうなっちまったのも、元々はおれのせいでもあるんだが――。
過去におれ達で"ハートの海賊団"を結成した時、世間知らずで海賊がどんなものかまるで知らなかったの為に、海賊が主人公の小説を読ませたことがある。それがいけなかったのかもしれない。それ以来すっかり海賊という存在に憧れを持ち、自分で色々と調べ出したは、今じゃ海賊マニアのようになってしまった。自分も海賊団の一員だっていうのに、の部屋には色んな海賊の手配書がポスターの如く壁中に飾られてる。
特に"推し"てるのが"四皇"の赤髪海賊団と、白ひげ海賊団らしく、奴らの手配書はご丁寧にクリアファイルで保護してるんだから悪夢としか言いようがない。
べポ達もそれをよく理解してるからか、には海賊が来てることを内緒にしとこうと言われてたのに、ついうっかりしてた。
「ねえ、ローってば!海賊って誰なの?」
「…はあ。何でお前はそう…」
「え?」
深い溜息が出たついでに文句のひとつも言いたいのをグっと堪えて、おれは首を振った。
「いや…。つーか、お前の知らない連中だ。おれ達同様、まだルーキーって枠の海賊だよ。タチ悪そうな手配書、お前も何枚か見ただろ」
「あ~…そう言えば。なーんだ、そっか。あいつらね…」
ルーキーと聞いた途端、興味がなくなったらしい。が素直に歩き出したのを見て少しホっとする。後ろを歩く二人と一匹も然り。
まあ、唯一救いなのが、は全ての海賊が好きというわけじゃない。好きになるには彼女なりの理由があるからだ。
読んだ小説の影響なのか、弱者をいたぶり、強奪する輩は大嫌いで、が崇めるのは常に弱者を守る猛者達だった。
おれから言わせれば"海賊"はヒーローでもなんでもない。だけどにとっての"海賊"とは、ヒーローと同等の位置にあるようだ。
"真の海賊は弱者からは何も奪わないんだよ。それってカッコ良くない?"
昔、目を輝かせて言ってきた時は「バカか、お前。海賊はその弱者から憎まれるような存在でしかねえ」と一蹴したが、は頑なに「違う」と言い張ってたっけ。
確かにの崇めてる海賊達が一般市民に手を出したなんて話は聞いたことがない。
(けど、そんな奴らは少数派だ。おれの知ってる海賊は――)
脳裏にあの夜の悪夢が過ぎり、自然と手に力が入る。寒い、寒い雪の夜の光景だ。
「ロー…?痛いよ…そんなに強く掴まなくても逃げないってば」
「…っああ…悪い」
可愛い苦情が飛んできて、ふと我に返った。すぐに離したものの、今度は優しく手を繋ぐ。ガキの頃も、よくこうしての手を引きながら歩いた。
「だから逃げないってば」
は笑いながらも、今度はおれの手を強く握ってくる。手のひらからの熱が伝わってきて、冷えそうだった気分が和らぐのは昔からだ。
不思議だな、と思う。どうしての体温は、おれの心を落ち着かせてくれるんだろう。
出会った頃は憎んで罵倒したりもしたはずなのに、いつの間にか許してしまってた。
(いや、こいつは何も悪くなんてなかったんだ、初めから…)
震える小さな手を伸ばしてきた少女を思い出しながら、おれはそっとの手を握り返した。