思い出ひらり

Act.4



45番GRに停泊中のポーラータンク号、船内――。


*-*-*-*-


「いやーよくぞ見つけてくれた!さすがペンギンさん!」
「い、いや、実際見つけたのはキャプテンで…」

と言いかけたが、聞いちゃいない仲間達がバシバシ背中を叩いてくるから地味に痛い。
けど、無事にが見つかったことを知ったクルー達は、大喜びでおれ達を出迎えてくれた。みんな、心配してこの辺りを隅々まで探してくれてたようだ。逆に心底不満そうなのは、さっそくローさんから繋ぎに着替えさせられただった。
「暑い」とブツブツ言いながら、それでも帰りがけ、ローさんに強請って買ってもらったカラフルなアイスを美味そうに食べて、ついでに「そんな暑いなら」とイッカクが長い髪をツインテ―ルに縛ってくれたことで少しは機嫌も直ったらしい。「首元が涼しくなったー」とはしゃいでるんだから、全く単純で助かるよ。
ただ、探し疲れたクルー達が床に倒れこんでるのを見たが「みんな、何でそんなに疲れてるの?」と不思議そうに尋ねてるのを見た時は、「お前を探してたんだよ!」と、ついシャチと一緒にツッコんじまったけど。
まあ、おれやシャチ、べポと同じようなもんで、クルー全員、のことが大好きだから、こんなことがあっても毎回笑って流せるんだろうな。

「でも…何で副船長のわたしまで繋ぎ着なきゃダメなの?ローは私服で出歩いてるのにおかしくない?わたしのだけ色も地味だし…」

アイスを食べ終えた頃、まだ納得いかないといった様子でが言った。ちなみに繋ぎはおれ達クルーは全員白で、航海士のべポがオレンジ。は副船長ってことで分かりやすく黒のを着用してる。まあ、は男の目を気にしないとこがあるから、出歩く時に薄着でウロチョロしないよう、ローさんの独断で"副船長用"の繋ぎを作ったというのが理由だ。おれからすればカッコいいと思うんだけど、可愛い物が好きなは昔、「せめてピンクが良かった」と文句を言ってたっけ。まあ、そこは「海賊がピンクかよ」という全員のツッコミが入って渋々納得してたけど。
未だに気にしてたのかと苦笑してたら、島の情報を調べてたローさんが呆れ顔で振り向いた。

「だから言ったろ。若い女とみりゃさらうような奴らがいるんだよ。そういう輩に目をつけられないよう地味にしとけ」
「え~…」
「それに副船長っつっても名ばかりじゃねーか」
「それは…そうかもしれないけど…」

自覚はあるらしい。が途端に口ごもる。

「お前は単にくじ運が強かっただけだ。だいたい仲間に迷惑かける副船長がどこにいる」
「む…」

ローさんの最もな言葉を受けて、一気にの唇が尖りだす。でも言い返さないとこを見れば、痛いとこを突かれたって感じだろう。まあ、確かに"ハートの海賊団"を結成するに当たって、当然、ローさんが船長ってのと、べポが航海士ってのは決定事項。けど、じゃあ副船長は誰にする?なんて話になった。
ローさんは「いらねえだろ」って言ってたけど、「いやいや、やっぱナンバー2的な立場の人間はいるだろ」と強引に説得し、おれとシャチがくじで決めることにしたんだけど、何故かが「わたしもやる」と言い出し、「ガキは却下」というローさんの反対を押し切ってくじ引きに参加。見事、副船長の座を射止めたってわけだ。あの時、苦虫を潰したようなローさんの渋い顔は今もハッキリ思い出せるくらい笑えるのは内緒だ。
実質、この海賊団を仕切ってるのはローさんだし、あれこれ戦略を立てるのもローさんだから、が名ばかりの副船長ってのは、あながち間違ってない。でもそれでいいんだ。はそこにいるだけで、みんなを元気にしてくれる存在なんだから。
ローさんもそれを十分わかってるから、本気で怒ってるわけじゃない。だってきっとそれは分かって――。

「何よ、そういう意地悪言うとこ昔っから変わんないよね、ローは!」
「あぁ?別におれは意地悪で言ってんじゃ――」
「べー!」
「※▽●※◇…っ」

思い切り舌を出され、ローさんは怒りで言葉が出なかったらしい。ぷるぷると拳を震わせてる。まずい。とばっちりを受けそうだ。そう思った矢先、が廊下へと歩き出す。

「おい、どこ行く気だっ」
「どうせ役立たずの副船長だし、ここにいてもお邪魔でしょーから部屋に戻る」
「なに、ガキみてーなこと言ってんだ。まだこの島の情報を教えて――」

と言いかけたローさんを無視して、はサッサと歩いて行ってしまった。最悪だ。

「ったく…何であいつはこうなんだ…。機嫌が直ったと思えば、すぐスネやがる」

ローさんは椅子にどっかりと腰を下ろし、おもむろに帽子を脱ぐと頭をガシガシ掻きむしった。それを見てたべポが「まあ、まあ。女心はコロコロ変わるって言うだろ?」と、何の慰めにもならないことを言った。ローさんの目がどんどん虚ろになっていく。ここは一つ、おれ達もフォローしとくか、とばかりにシャチと目くばせをした。

のことだから、またすぐ機嫌直るって。キャプテン」
「そうそう。甘いもんでも持っていけば秒でニコニコになるんじゃねーか?」
「だよなー。あ、また甘いもんでも買ってやれば一発かも」

べポも話に入ってナイスな提案をする。

「ほら、さっきの場所にチョコレート専門店やケーキ屋もあるよ」

べポは島内のマップを見せながら、店の位置を教えた。でもローさんはジト目でおれ達を見上げると、一言。

「………何でおれがの機嫌とらなきゃなんねーんだ」
「「「…う」」」

急に室内の温度が下がったような、冷え切った空気が流れて、おれ達のみならず、他のクルー達まで身震いしてる。こりゃ八つ当たり決定?と天を仰いだ時だった。ローさんは小さく息を吐くと、愛刀を手に立ち上がった。

「ローさん…?もうコーティング屋探しに行くのか?」

帽子までかぶり直したのを見て、てっきりそう思った。だけど歩きかけたローさんは振り向くことなく静かに首を振る。

「いや…ちょっとブラついてくる。お前らはを見張っててくれ」
「「お、おう。分かったよ」」
「アイアーイ」

深く追求することなくすぐに返事をすると、ローさんはひとりで出かけて行った。残されたおれ達は三人で互いに顔を見合わせ、とりあえずホっと息を吐く。船内が再び平穏な空気に戻ったからだ。クルー達も自分の仕事へと戻っていき、やっといつもの空間になった。
おれ達も島の情報収集に戻り、まずは島内の地理を頭に入れていく。その過程で無駄なおしゃべりも追加されるのは、おれ達のデフォルトだ。

「ってか…ありゃ行ったな、確実に」

無法地帯の辺りに赤いバツ印をつけながら、ふとおれが呟けば、シャチのサングラスがキラリと光り、べポのもふもふした口元が僅かに弧を描く。

「ああ…間違いねえ」
「だよねー」

どうやら同じ意見らしい。三人で顔を見合わせながら盛大に吹き出した。付き合いが長い分、ローさんがこの後にどういう行動をとるのかなんて、全てまるっとお見通しだ。

「どっち行ったと思う?」
「ケーキ屋じゃね?」
「いや、チョコ屋じゃない?は甘いもん全般好きだけど、その中でもチョコには特に目がないし」
「「あー…そうかも」」

べポの言葉におれとシャチも納得する。はガキの頃から、お洒落なデザインの高級チョコが大好きだった。元々王族の娘ってことで、やたら舌が肥えてたのを思い出す。

「昔っからこうなるんだよな」とおれが言えば、「そうそう。最近は当たり前のようになってるけど、ガキの頃も一度あったよな、確か」とシャチが笑う。

「あーあったあった。あの時はキャプテン、大雪の中、の好きなチョコ買いに行ったんだっけ」
「そうそう。"プレジャータウン"にある"ミルキー"って店のミルクチョコレート。がえらい気に入って、しょっちゅう食べたがるんだよ。高ぇのに」
「あの頃は自分の分は自分で稼ぐってヴォルフとの約束だったし、なかなかお菓子買う余裕なかったのに、が元気ないの心配してローさんが買いに行ったんだよな」

あの時のことを言葉にした瞬間、ふと懐かしい顔を思い出して胸の奥が熱くなる。ヴォルフのじいさんは、ローさんやおれ達、そしてべポの恩人だ。もちろんも。じいさんがいなければ全員が野垂れ死んでただろう。じいさんは口が悪くて厳しいとこもあったけど、人情味溢れる人だった。それと、便利な物を作り出す発明家だ。このポーラータンク号も何を隠そう、ヴォルフのじいさんが造った潜水艦だ。

「もう13年前か…。おれがシャチとペンギンにいじめられてたのをローさんが助けてくれて」
「おれとシャチはボコボコにされたっけ」
「その後にイノシシ捕えようとして、ふたりヘマして大怪我してよー」
「そこにローさんとべポが助けに来てくれたんだよなぁ。あの時は助けてもらえると思わなかったし、マジで嬉しかった」

おれがシミジミ言えば、シャチもうんうんと頷きながらポツリと言った。

「懐かしいなぁ。じいさん元気にしてっかな」

北の海、スワロー島。一年の殆どが寒くて、真っ白な雪景色が日常の島。そこでの日々を思い出すと、おれ達はいつも懐郷病にかかる。

「そういや、あの変な猫も元気にしてるのかな」

少しの間、しんみりしていると、べポが思い出したように言った。その瞬間、あのふてぶてしいデブ…もとい。ぽっちゃり顔を思い出す。

「ミャウゾーか…言われてみれば、この半年ほど姿を見せねえな」
「また珍獣ブローカーに捕まってなきゃいいけど」

同じ動物仲間だからなのか、それともミンク族の血が流れてる仲間だからか。べポが心配そうに呟く。でもまあ、ミャウゾーは大丈夫だろうと確信してる。べポもそうだが、ミンク族は元々戦闘種族で赤子でさえ抵抗する術があると言われてるくらい強いと聞く。それにおれ達やと出会うずっと前、ミャウゾーは一度、珍獣ブローカーにとっ捕まり――不意打ちで麻酔弾を打たれた――ワノ国に売られたようだが、そこで主になったのが忍者だったと言っていた。その主の忍者からは戦い方を教わったとかで、やたらと強い猫なのだ。
現在はスワロー島の外れにある無人島で"雪猫族"として暮らしてるけど、元々はべポと同じミンク族の血統――祖父がミンク族――。ってなわけだから、当然ながら人語も話せる。まあ、ワノ国の忍び言葉が移ってるけど。
そして――おれ達が出会う前にの命を救ってくれたのがミャウゾーだった。

「ま、あいつのことだから、またふらりと現れるだろ」
「だな」
「うん」

おれの言葉に頷くと、シャチとべポはこれまで調べた情報を、重要と書かれた紙にメモしていく作業に入った。おれもマップに意識を戻すと、一番大事なことを最後に赤いペンで書き込んでおく。
シャボンディに上陸する際、ローさんが懸念してた重要事項だ。

(天竜人か…。まさか観光地に来てるなんて…ローさんの心配してた通りになったな…)

天竜人はおれ達が生まれる、うんびゃく年も前に世界政府を作った二十人の王族たちだ。そいつらは世界の創造主としてマリ―ジョアに移り住み、一族は天竜人として現在も遥か頭上で君臨し続けてる。おれ達の知らないとこで勝手に立場なんてもんを造り、神を気取ってるゴミクズみたいな奴らだ。
未だに奴隷なんてもんを買い、そいつらを物のように扱う最悪な一族。それに間違っても関わってはいけない人種だと、ローさんが言ってた。関われば最後、ソッコーで海軍大将が出張ってくるらしい。そうなればおれ達みたいなルーキー海賊団なんて、すぐに消されちまう。

(とにかく…にも天竜人のこと含めて、危険がいっぱいあるってことちゃんと話しておかねえとな…。あいつ、何やらかすか分かんねえし)

さっきがひとりで観光地をブラついてた光景が過ぎってゾっとする。運よく危ない奴らに出くわさなかったからいいようなものの、万が一、天竜人にでも接触してたら大変なことになってたかもしれない。

(ローさんの話じゃ、天竜人の奴らはどいつもこいつもが一番嫌いなタイプらしいからな…)

もし因縁をつけられでもしたら何が起こるか分からない。少し想像するだけで肝が冷える。
でも、そこで大事なことを思い出した。

――お前らはを見張っててくれ。

ローさんに頼まれたのに、一度もの様子を見に行ってないことを。

「やべえ…すっかり忘れてたかも」
「「ん?」」

青くなったおれを見て、べポとシャチが呑気な様子で振り返った。