05-宴会の夜にて 
そもそも、あの夜は間が悪かった。白ひげの首を狙いに来た命知らずの海賊達を返り討ちにしたことで、久しぶりに大量の財宝を手に入れた船員達が、祝い酒と称して夜を徹しての大騒ぎ。船長の白ひげはもちろん、多くの隊長達も気分良く飲んでいたため、普段のようにの動向まで気を配ってはいなかった。
「あ〜飲みすぎたぁ…」
例外ではなく、この夜はも大量に祝い酒を飲んでいた。父を狙いに襲ってきた海賊達に興味はないが、女の子らしく、お宝という名の宝石には興味がある。の好みを熟知している各隊長たちから、色とりどりのアクセサリーをプレゼントされ、それがご機嫌取りと分かっていても、地味に嬉しかった。他にも飲んだことのないワインなども振舞われ、つい必要以上に飲んでしまったのが良くなかったのかもしれない。
おかげで喉が渇き、水を欲したはおぼつかない足取りでキッチンスペースまで歩いて行く。レストラン並みに広いこの場所に、いつもなら料理長のサッチや、アシスタント的な部下達が常在しているのだが、料理を作った後は全員が宴会に参加しているので、今は誰もいない。
「はあ…水…」
渇いた喉を潤すため、は大きな冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出し、グラスへ並々と注ぐ。それを一気に飲み干しながら、大量の食材が乗ったテーブルを眺めた。そこには料理人達が使用した肉や野菜の残り、酒の瓶、他にカラフルなフルーツがたくさん置いてある。その中に見慣れない木箱が一つ交じっていた。当然のようにの目に止まり、何も考えずに中身を確認する。木箱には変わった柄のフルーツが2つほど入っていた。どちらも微妙に模様が違う。
「何これ…変な柄だし何の実だろ。初めて見るかも…」
切り分けてあったリンゴを摘まみながら、珍しい柄のフルーツを手に取る。この偉大なる航路では、時々こういった目新しい物を発見したりすることも少なくない。さっきの海賊達がどこぞの島で奪ったか、海で拾ったかした物だろう、ともあまり深くは考えなかった。
「後でみんなに出すやつかなぁ」
大事そうに木箱に入れられているのだから、きっと高価なものなんだろう。どんな味がするのかな、と、の好奇心が刺激された。
「ま…いっか。もう一つあるし」
切り分けて一欠けら味見をするだけなら、誰も文句を言うまい。
はそう結論付け、不思議な柄のその実に包丁を入れる。
その姿をこっそりと入口で伺っている人影に、は全く気がつかなかった。
◆AM 8:00
「ちゃーん。出てきてくれよい!朝ご飯だぞい」
「今朝もちゃんの大好物ばかりだぜー?」
「お嬢さぁぁぁん!出てきて下さいよ〜!」
マルコ、ジョズ、ビスタ。
それぞれ1番隊、3番隊、5番隊の隊長ともあろう男3人が、ドアの前で情けない声を出している。あまり見慣れないその姿を見て、事情を知っている他の船員達も苦笑いを浮かべていた。それに気づいたマルコは、呑気に見物している部下達をジロリと睨む。
「てめぇら、笑ってねェでちゃんがどうしたら出てきてくれるか考えろい!!」
「「「「は、はい!すんませんんんっっ」」」」
マルコの剣幕にみんなが一斉に頭を下げる。それには3番隊、隊長のジョズも「まあまあ…」とマルコを宥めた。怒鳴りたくなる気持ちも分かるが、この場合はどうしようもない。
「おれ達でも無理なんだ…こいつらが何を言ってもダメだろうよ」
「…くそ!あん時、ちゃんがいないことに気づいてたらこんなことには…」
マルコが悔しげに壁を殴りつける。
「もう丸々一週間だぜェ…?お嬢さんが"悪魔の実"を食ってから…」
ガックリ肩を落としているマルコの肩をポンポンと慰めるように叩きながら、ビスタが溜息をついた。
「だからって何も引きこもることねェのになぁ…。なかなかレアな実だったんだし」
「バカ野郎…ジョズ!ちゃんは俺らと違って繊細なんだよい!普通の生活に憧れてるあの子が普通じゃない能力なんか持っちまったらへコむのは当たり前だろいっ」
「そ、そうか…そうだよなぁ…」
「「「はあ……」」」
今の現状を再確認し、三人は深々と溜息をついて項垂れる。この白ひげ海賊団、特に隊長達は全員がファースト。彼女が落ち込んでいると、まるで伝染病の如く、自分達も覇気がなくなってしまうらしい。
「だいたい、あんな危険な物、あんな場所に置きっぱなしにしとく奴がわりぃ!見つけたならすぐに食えば良かったんだ!」
ビスタの言葉に、その場にいた全員が大きく頷く。この白ひげ海賊団において、悪魔の実は見つけた者がそれを口にしていいというルールがあるのだ。今回もあの悪魔の実を見つけた人物がそれを食べる予定だったのだが、何故か「後でいい」と言い出し、キッチンに放置したままだった。
それを酔っぱらい状態のが悪魔の実と気づかず、食べてしまって今に至る。もそういう実が存在しているのは知っていたものの、白ひげが一人娘を少しでも危険から遠ざけるため、実物を見せたことがなかったという不幸も重なってしまったようだ。
「…すまねェ。おれがサッサと食ってりゃ良かったんだ…」
「そうだぞい、ティーチ!全部お前のせいだろい!」
そこへ遠巻きに見物していた大柄の男が歩いて来た。マルコが忌々しげに睨みつける"ティーチ"と呼ばれた男は、2番隊の隊員だ。かなり古くからこの白ひげ海賊団に在籍しているが、人より大きな体を持つ以外、特に目立つことのない地味な男だった。
「…まあまあ。お嬢さんの部屋の前でモメても仕方ねェ」
「…エース!」
そこへ苦笑いを浮かべたエースが顔を出し、周りの船員達が一斉に脇へとよける。いくら新入りとはいえ、白ひげ船長に何度も挑んでいたその度胸と実力は相当なものだと船員達も分かっている。白ひげに幾度となくぶっ飛ばされていた時は笑って見ていた彼らも、今ではエースに一目置いていた。
だが、それでも次の一言で、その場にいる全員が驚かされた。
「何なら…お嬢さんのことはおれに任せてもらえるかい」
「何だと?お前に?」
エースの言葉を受け、隊長達の眉がピクリと上がる。一瞬、キレだすのでは、と下っ端達は一斉にうしろへ下がった。世間では恐れられている白ひげ海賊団の隊長達でも、仲間相手なら普段は気のいい兄貴分なのだが、ことの件に関しては途端に豹変する。それを恐れての本能的な自衛だった。しかし船員達の心配をよそに、話に入って来たエースだけはいつものノリで話し始めた。
「まあ…おれとは同じ歳だし、何かと話しやすい。気長に説得してみるよ」
「……そりゃちゃんもお前にゃ何気に打ち解けてる気もするが…」
「大丈夫。力の扱い方もきちんと教える」
「「「………お……おう…」」」
エースの陽気な笑顔につられ、何となく頷いてしまったものの。のことを小さい頃から可愛がっているのはおれ達なのに、後から来たエースが自分達より打ち解けているのは全くもって面白くない。そんな苦い感情が隊長達の胸にこみ上げるのは、出来ればに兄貴のように慕って欲しいという思いがあるからだ。マルコ達のそんな心情を知ってか知らずか、エースは再び二カっと笑みを浮かべた。
「それより…親父が"メシはまだかぁ!"つってキレてたぜ?行かなくていいのかい?」
「「「……やべえ!親父のメシ、忘れてた!!」」」
すっかりに気を取られていたのか、隊長組と他の船員達は慌てたように上にある食堂へと走って行く。それを苦笑しながら見送っていたエースだったが、一人だけその場に残った人物を見て僅かに眉をひそめた。
「ティーチ…だったか?あんたは行かねェの?」
その場に残っていたのは、先ほどマルコに怒鳴られていた2番隊員のティーチ。いつものがさつさは鳴りを潜め、申し訳なさそうに頭を掻いている。
「あ…いや…おれがサッサと食わなかったせいで、お嬢さんには嫌な思いさせちまった。すまねェと伝えてくれるか?」
「ああ、伝えとくよ」
「頼んだぜ」
珍しくも殊勝な態度を見せたティーチは、エースの承諾を得てホっとしたのか、静かに通路を歩いて行く。その後ろ姿を黙って見ていたエースだったが、何となく気になっていたこともあり、「なあ」と声をかけた。甲板へと続く階段を上がりかけていたティーチの足が止まり、怪訝そうに振り返る。
「…何だ?」
「あんたさ…。本当はあの実、食う気なかったんじゃねェの…?」
「………ま、まさか。何でだ?」
「いや…普通の奴ァ、たいがいアレ見つけたらすぐに食いたがるからよ」
「…ゼハハハ…。いや…少しビビっちまって…何の能力なのか考えてたら宴会が始まったから、後で余興に食おうと思っただけだ」
「そっか。まあ…確かに食わなきゃ分からないってのが、悪魔の実の困ったところだな。オレの場合は遭難して腹が減ってたから普通の果物と思って何の疑いもなく食っちまったけど、知ってて拾ったんじゃ、やっぱ多少は考えるか…」
「だ、だろ?じゃあ……お嬢さんのこと頼むぜ」
「ああ。分かってる」
エースが頷くと、ティーチはそそくさと甲板へ上がって行った。その姿に僅かな違和感を覚えつつも、今はこっちの方が大事だと、エースは帽子のつばを上げて目の前のドアを見つめる。固く閉ざされた扉の向こうは、の私室となっていた。
「…さて、と…。どうやって引っ張り出すかな…」

