06-One day 
◆AM 11:00
「…どういうつもり?」
は半ば呆れ顔で、ベッドから起き上がった。そして改めて、心の底から。目の前の人物が変わってるということに気づく。いや、この男がモビーディック号に乗ってきたときから、十分に分かってるつもりではいたけれど。
彼は彼女の想像より遥か斜め上を、超特急で駆けあがっていくような男だったようだ。
「なひっておまへ、メシ食っへんはろ」
「(ピキッ)だから何で私の部屋で、しかもそんなに遠慮もなくガツガツと食べてんのよっ!!」
「らって…腹へ……………ぐぅぅぅ」
「寝るなァッ!!!」
思わず彼女は手元にあった枕を、思いっ切りエースの頭へと投げつける。ぼふっという音と共に枕はエースの頭を直撃したものの、一瞬で爆睡をかましたエースには効果がなかったらしい。相変わらず鼻ちょうちんを膨らませながら、ずぴーずぴーっと寝息を立てていた。
「…はぁぁ、つ、疲れる…」
ここ数日、殆ど食事を摂っていない分、怒るだけで体力ゲージがどんどん減っていく。しかも美味しそうな匂いをさせる豪華な料理が並んでるのだから、たまらない。ただし、持ち込んだ男は未だにフォークを持ったまま爆睡している。
「な、何なのコイツは…ホント変な奴!いっつもいっつも変なタイミングで寝るんだからっ!何の病気よ、もう…っ」
エースが白ひげ海賊団の一員になってからというもの。同い年のせいか、他の船員達よりかは打ち解けていて、エースと話す機会も多かった。
そこで気付いたのは、この変なクセだ。食べている時、話している時、それは突然襲ってくる。さすがに戦闘中はないが、気のおける仲間達と一緒にいる時は良く起こる現象だった。
「どんだけ気を許してんのよ…」
は溜息交じりでベッドから降りると、未だ睡魔に襲われ中のエースを眺めた。大方、食事もとらず部屋に引きこもっている自分を何とかしようと乗り込んできたんだろう、とテーブルに並べられた料理を見る。それは殆ど彼女の好物ばかりだ。
(はあ…チキンカツサンド美味しそう…。それにコンソメスープもいい匂い…)
今日までは部屋に閉じこもることで、食べ物を目にすることがなかった為、多少空腹でも我慢が出来た。でも、いざこうして目の前にあると、さすがにお腹の虫も鳴ってしまう。
「そうだ…エースが寝てる間に…」
ふと思いつき、テーブルの上にあるチキンカツサンドに手を伸ばす…。が、そこで空気を読めないのが、このエースという男だ。がチキンカツサンドを手にした瞬間、爆睡していたはずのエースが、ガバりと顔を上げる。彼女はびくっと肩を跳ねさせ、慌てて手を引っ込めた。
「っぷはぁぁぁ………寝てた……」
「分かってるわっっ!」
思わず突っ込まずにはいられずに、エースの頭をグーで殴りつける。ごいん!といい音がして、エースの被っていたテンガロハットが下へとズレたが、それを指で押し上げつつ、エースは苦笑いを浮かべた。彼女の渾身の一撃は全く効いていないらしい。というより、殴った彼女の手の方が重症だったようだ。「いったーいっ」と己の手をふぅふぅしている。
「そんだけ怒れりゃ大丈夫だな」
「…え?」
「も分かってんだろ?悪魔の実を食っちまった以上、もうどうしようも出来ねェってこと」
「…そ…そりゃ……マルコとか、ジョズとか散々見てきたし…」
「なら周りを巻き込まないよう、その力を使いこなすしかないんじゃねェか?」
突然やって来たと思えば、人の部屋で勝手に食事をし、偉そうな説教までたれる。目の前でニヤリと笑うエースに、はイライラしながらも何も言い返せない。彼の言うことは何ひとつ間違っていないからだ。
「ほら、特訓の前にメシ、食っとけよ。腹ァ減ってんだろ」
「は…?何よ、特訓って…」
意味が分からず眉をひそめるに、エースは得意げな顔で言った。嫌な予感しかしない。
「そりゃァもちろん、その力を使いこなせるようになる為の特訓だ。おれが使い方を教えてやるよ」
「…はあ?!な、何であんたが――」
「他の人らはに過保護だからな。手ェ抜かれちゃ特訓にならねェだろ」
「な、何それ…勝手に決めないでよっ」
呑気に笑い、再び食事を始めたエースに、は不満そうに唇を尖らせる。そんなことは気にもせず、エースは目の前の皿からチキンカツサンドを取ると、それをに差し出した。
「ほらよ。これ食ったら早速始めようぜ」
「ちょ、勝手に――」
何も了承していないにも関わらず、特訓すると決めているエースに文句を言おうとした、その時。ぐうぅ…と派手にお腹が鳴って、思わず赤面する。目の前のエースは一瞬、固まったものの、次の瞬間、盛大に吹き出した。
「ぷ…っぁはは!やっぱ腹減ってんじゃねェか」
「あ、当たり前でしょ!ずっと食べてなかったんだから…っ!」
そう怒鳴ってエースの手からチキンカツサンドを奪うと、は思い切りかぶりついた。久しぶりの食事は死ぬほど美味しい。その気持ちが自然と顔をほころばせていく。
「うめェだろ」
美味しそうにサンドイッチをパクついているを見て、エースはどこか嬉しそうに笑みを浮かべている。食事をしただけなのに何がそんなに嬉しいんだろう、と思いつつ、やっぱり変なやつだと内心思う。
(だいたい新入りのクセに得意げな顔しちゃって…)
はエースを横目で睨みつつも、他の料理へと手を伸ばす。一度食べ始めると食欲が止まらなくなった。今なら特大の肉をひとりでも食べられそうだ。そもそも、部屋にこもった時点では別に断食する気もなかった。ただただショックで誰にも会いたくなかっただけ。でも過剰に心配されると出て行きにくくなり、結果、お腹は空いても部屋にこもる状況が続いていた。そこへ風穴を開けたのが、このエースだ。
さっきからが食べてるところを、ただ見ては笑みを浮かべている。
「…何よ、ジロジロ見ちゃって…」
「いや、はホント美味そうに食うなと思って。まあ、料理長の飯は美味いしな」
「…サッチが作ったのは何でも美味しーの。そんなの…私が一番分かってるもん」
何気なく放った一言。でもそれを聞いたエースは優しい笑みを浮かべて彼女を見つめた。
「それ、本人に言ってやれよ」
「……え?」
「この一週間、料理を食べてくれないって、夕べサッチが悲しそうに呟いてたぜ」
「……………」
「に美味しかったって言われたら、きっとすげェ喜ぶから」
な?と微笑むエースを見て、の頬がじわりと熱くなる。変な照れ臭さがこみ上げ、思わず目を反らしてしまった。エースの言葉は真っすぐで、何の濁りもなく、ストレートに心に突き刺さるのだ。そのせいで調子が狂ってしまう。意地を張っている自分がひどく子供に思えてしまう。
「…エースって何でそんなにジジ臭いの?」
「ジ、ジジ臭いって失礼だな、お前…」
「だって同じ歳なのに、なーんか落ち着いてるし…。ここへ来た時はもっとヤンチャだったのに」
「…それは言いっこなしだ」
あの時のことはエースの中でも封印したい過去らしい。困ったように笑うと、エースはの額を指でつついた。こんな風に接していると、まるで昔からずっと一緒にいるような気分なることがある。
それだけエースがこの船や、白ひげ海賊団の船員と打ち解けてるということなのかもしれない。破天荒で粗暴な男かと思えば、実は人懐っこい一面も持っている。どこでも寝てしまう無防備なところもあれば、こうして誰かのために動ける気遣いを持ち合わせている。
やっぱり、変な人だ。
「おーし。んじゃサッサと食っちまおうぜ。午後には近くの島に上陸するらしいし、そこで特訓だ」
エースはまるで遊びに誘うかのように楽しげな笑みを浮かべると、一気にハンバーグへとかぶりついた。
◆PM 13:00
とある何の特徴もない辺鄙な島。しいて言えば停船した辺りはジャングルで、岩や木々が覆い茂っている。いかにも暴れるには都合のいい場所ではあったものの、とエースが特訓を初めて一時間が過ぎた頃には、辺り一面が焼け野原になってしまっていた。
「あーあ…人がいなくて良かったよい」
「グラララ…見事な焼けっぷりだなぁ」
「笑いことじゃないよい、親父…。このままいったら島の半分は禿げちまう」
「仕方ねェ。エースは"火"。は"空気"だ。火は空気に含まれる気体をエネルギーにして燃える。しかしはその気体すらコントロールできるんだ。決着なんかつかねェだろうよ」
項垂れるマルコとは正反対に、遠くで火柱が上がるのを眺めながら、船長である白ひげは楽しげに笑った。久しぶりに体調もいいのか、いつもより血色もよく、表情も明るい。
「ふたりの能力を合わせりゃ最強だァ。そう思わねェか?マルコ」
「あァ…これでちゃんが力を使いこなせりゃ、エースとのコンビでかなりの戦力になりそうだ」
「バカ言うな。可愛い娘を戦力に数える気はねェ」
「え?じゃあ…」
どっちなんだと疑問に思いつつ、マルコは白ひげを見上げた。白ひげの視線は相変わらず遠くに見える炎へ向けられている。
「あのふたり…お似合いだと思わねェか?」
「……えっ?」
「おれは将来、エースを海賊王にしてやりてェ…。だからこそ、この船に乗せた」
「…親父…」
「まあ今は粗削りだが…そう遠くない未来…エースの名はグランドラインに響き渡るぜ…。その時、隣にがいてくれたら…こんなに嬉しいこたァねェ…」
誇らしげに言う白ひげに、マルコはつい苦笑いを浮かべた。エースのことは以前に白ひげから、少しは事情を聞いている。親父が決めたことなら、息子として異論があるはずもない。
「…そうだなァ。今日もちゃんを部屋から連れだしてくれたし…何かと頼りにはなる。もしそうなれば…おれも嬉しいよい」
生まれた時から見守って来たマルコにとっても、は本当の妹同然という思いがある。まだ小さい頃はマルコのあとをくっついて歩くような女の子で、それはもう可愛かった。ここ最近は普通の暮らしに憧れるせいか、海賊嫌いになってしまったものの、マルコの、いや船員全員の気持ちは変わらない。今でもは可愛い可愛いみんなの妹だ。
「ま…今以上にエースがちゃんに相応しい男になれば…だけど」
兄貴らしいマルコの言葉を聞いて、白ひげは優しい笑みを浮かべていた。
◆PM 13:30
「ちょっと休憩すっか」
ひとしきり暴れた後で、エースはグッタリしているに気づいた。慣れない力を使ったせいで、すでに立つ気力もないのか、返事も出来ないといった様子で、その場に寝転がる。
「大丈夫か?」
「…だ、大丈夫なわけないでしょ…。向かってくる火の玉、よけながら飛びまわってたんだから…」
は息を荒げながら忌々しげにエースを睨む。睨まれた本人は息すら上がっておらず、楽しげに笑いながら、の隣に寝転んだ。
「あれくらいやらなきゃ本番で危ねェだろ。危機感もちながら能力を使う方が、断然身につく早さも違う」
「本番って…私は別に誰かと戦うつもりはないもの」
「になくても、襲ってくる奴はこの海にゃ大勢いるさ」
エースは不意に真面目な顔で呟いた。確かに白ひげの娘ともなれば狙ってくる輩も多い。これまでも誘拐されかかったことは多々あった。そのたびマルコやジョズといった隊長達に救出してもらっている。
「いつも仲間が助けてくれるとは限らねェ…。どうしようも出来ねェ状況にぶつかったりして手遅れになることだってある」
「こ、怖いこと言わないでよ…」
「だーかーらー。早いうちにも多少は抵抗できるくらい力を使いこなせるようになる為の特訓をしてんだろ?」
「……はいはい。分かったわよ、もう…。やればいいんでしょ、やれば!」
またしても正論を言われ、は渋々頷いた。とはいえ、この急な特訓も、言うほどに嫌ではない。久しぶりに部屋の外へ出た解放感も、想像以上に気持ちが良かった。
「はあ…いい天気だなァ…」
同じように感じていたのか、エースも真っ青な空を見上げながら呟いた。辺り一面は焼けて見通しが良くなってしまったおかげもあり、心地のいい風がふたりを包んでいく。しばし青い空と潮の香りを堪能していると、エースがぼそりと呟いた。
「…弁当持ってくりゃ良かったな」
「って、さっき散々食べてたじゃないの。もうお腹空いたの?」
「空いた」
「…!!(即答?!)」
真顔で頷くエースに、一瞬呆気にとられたものの。次第にじわりと笑いがこみ上げ、は軽く吹き出した。エースはどんな場所にいても、きっと変わらないんだろうな、と思う。
「何で笑うんだ?」
「だって…前から良く食べるなあとは思ってたけど…ホント食いしん坊っていうか…」
「そうかァ?普通だと思うけど」
「あんたの普通と私の普通の間には大きな差があるのっ」
いつもの調子で突っ込むと、エースは不思議そうに首を傾げつつ、ふと何かを思い出したように吹き出した。
「何がおかしいの?」
「いや…おれの弟を見たら、きっとは驚くんだろうなと思ってよ」
「弟…?エース、弟がいるの?」
「ああ。3つ下のな。つっても…義兄弟って奴だが…」
懐かしい面影を思い出したのか、エースはぼんやりと空を流れる雲を見て微笑んだ。その眼差しはどこか優しいもので、その弟を大切に想っていることは、にも伝わってくる。そうなると何となくエースの弟というのが気になってきた。
「…どんな子?何が驚くの?」
「んあ?あ〜。ルフィ…弟はルフィってんだけど…あいつはおれより食いしん坊だからよ」
「え…っ?…っていうより、じゃあ兄弟で食いしん坊ってことじゃない、それ」
「そうとも言える」
あっさり認めて楽しげに笑うエースの横顔を見ながら、その弟はどんな少年なのか興味が沸いた。義兄弟ということは似てないんだろうが、同じくらい食べるというのだから、どこかエースに似た部分はあるのかもしれない。は頭の中でアレコレ想像しながら、何となく巨体のイメージで考えていた。
「ねェ…そのルフィは…今どこ?一緒に連れてこなかったの?」
「ああ…あいつは島に置いてきた。おれとは別に自分で海賊の船長やるんだって言ってたし…。でもまあ…そろそろルフィも海に出てる頃かもなぁ」
「…何よ、兄弟して海賊になろうっていうの?呆れた…って、海賊の娘の私が言うのも変だけど…」
父親はこのグランドラインで知らない者はいないとさえ言われているほどの大物白ひげであり、その事実をも最近では受け入れてきている。それも「現実は受け入れるしかない」と言う、エースに多少は影響されたのかもしれない。
「でもエースの弟って会ってみたいなァ。義兄弟ってことなら見た目は似てないんでしょ?」
「いや…多少似てるとこもあるさ。ま、どうしょ~うもない弟だ。純粋な奴だが真っすぐ過ぎて無鉄砲なとこもあるし…すぐ泣くし、怒るし、暴れるしで兄貴のおれに心配ばかりかける」
「…思いっきり似てるじゃない」
「え?どこが?」
思わず突っ込めば、エースは不思議そうな顔で聞いてきた。全く持って自覚がないらしい。
「エースだって真っすぐすぎるくらい真っすぐだし、無鉄砲でしょ。うちのバカ親父に戦いを挑みに乗り込んでくるくらいには」
「……………だから、それは言うなって」
「ホントのことだもの。その弟くんだって、エースに似たんじゃないの?」
苦笑交じりで言えば、エースは複雑そうに頭をかいて笑った。
「いや…もしかしたらジジイの影響かもなァ…」
「おじいさん…?」
「ああ…正確にはルフィの祖父だが…おれ達を面倒みて…っつーよりは毎回殺されかけてたけど、最終的には山賊に預けられたな」
「………どういう家族なのよ、あんたんちって」
「まあ……おかしな家族だ」
「そこは自覚あるんだ」
「オイオイ…これでも、おれはあの中じゃまともな方だぜ」
の突っ込みにエースが苦情を言う。「どこがー?」と笑いながら返すと、は再び青い空を見上げた。真っ青な空に数羽のカモメが、気持ち良さそうに飛んでいく。自由気ままにこの世界を飛び回る姿は、どこか海賊と似てる気がした。誰にも何にも縛られず、気ままに海を渡り、自由に好きなように航海する。
――地に足がついてなくてもいいじゃねェか。
父に言われた言葉を思い返し、そういうのも案外悪くはないと自然に思えたのは、今、自分の隣で同じ空を見上げてるエースのおかげかもしれない。
「…いつか…どこかの島で、海で。弟くんの海賊船とすれ違うかな」
ふと呟いたを眺めながら体を起こすと、エースは思い切り両腕を伸ばした。その瞳にも、青空という海を渡るカモメが映っている。
「そうだなァ…。きっと会えるだろうな。ま、その時はルフィを紹介するよ」
「…弱っちい奴だったらイジメてやろ」
が笑うと、エースも楽しげに声をあげて笑う。
そんな平和な一日の、ある日の午後――。

