01-ぎゅってしてくれたら許す
いきなりだけど、私は今、とってもとっても…怒である。
「なあ」
それを空気で察した竜ちゃんは、さっきから私の服をくいくい引っ張ってくる。でも今日ばかりは可愛い女になれない。
「なあって…」
「違います」
「…あ?」
「私の名前は"なあ"じゃありません」
それだけ言って愛猫のランちゃんを抱いたまま竜ちゃんに背中を向けると、すぐ肩にずっしりとした重みを感じた。竜ちゃんがおぶさるようにぎゅうっとしてきたせいだ。
竜ちゃんよりチビな私は体格差もあって、こうされると身動きがとれなくなる。
「竜ちゃん、放して」
「んな怒るなって…ごめん。オレが悪かった」
「く、苦しい…ランちゃんが潰されちゃうー」
「む…オレより兄貴と同じ名前のネッコの方が大事なのかよ」
「そういう問題じゃないもん」
竜ちゃんはランちゃんのことになると何故かお兄さんの蘭ちゃんと重ねてヤキモチを妬いてくるから困る。竜ちゃんと付き合う前からランちゃんは家族として傍にいたんだから。
前に「名前変えて」とか言われたけど、それも無理な話だ。ランちゃんはランちゃん以外の何猫でもない。
とりあえず潰されないように腕から下ろすと、ランちゃんは不満げに「なーう」と低い声で鳴いて、自分のベッドの上で丸くなってしまった。
「…あいつ絶対、オレのこと嫌いだろ」
「竜ちゃんがいつも意地悪するからでしょー?蘭ちゃんに出来ないからってランちゃんに八つ当たりするのやめてよ」
「…紛らわしいな…オスなのに何でそんな名前…って兄貴もだけど、つーか蘭ちゃんランちゃんって連呼されるとムカつく…はオレの彼女だろ」
「今ムカついてるのは私ですー」
「………(やぶへび)」
再び冷戦状態の空気が流れたことを悟った竜ちゃんは、そっぽを向いた私の顔を覗き込んでくる。そうとう困ってるのか、眉毛はへにょっと下がってるし、そんな顔で「ごめん…」なんて言ってくる竜ちゃんは、控えめに言って…超可愛い。でもダメ。ここで簡単に許したら、コイツ何しても結局許してくれんじゃん、と軽く見られてしまう…気がする。それにあんなものスーツのポケットに大事そうに入れて、堂々と持ち帰ってくるのは許せない。
テーブルの上に置いてあるピンク色の名刺を見てると、沸々とした怒りが再燃してきた。
「そんなに愛ちゃんの愛が欲しいなら愛ちゃんと付き合えばいいでしょ」
「は?何でオレが今日会ったばっかのキャバ嬢と付き合わなきゃなんねーんだよ。やだよ。オレの彼女はだけだし」
「……じゃあ、このメッセージ付きの名刺はほんとに竜ちゃんだけに書いたものじゃないっていうの?」
テーブルの上から名刺をとって、それをずいっと竜ちゃんの顔の前に持っていくと、今度は竜ちゃんの視線がゆっくり左に向いて口元をひくひくさせた。
「"竜胆くん、また来てね!愛が欲しいならいつでもあ・げ・る"…ハート!」
「だからそれは説明した通りだって。最初から書いてあったんだよ…オレの名前をあとから付け足しただけで、他の客にも同じの配ってんだって」
さっきから竜ちゃんは一貫して同じ説明をしてる。だから嘘じゃないのかなって思う。お仕事でキャバに行くなんて、よくあるみたいだし、前もクラブの名刺をもらって帰って来たことあるから、ほんとは私も分かってるんだけど、やっぱりメッセージ付きはキツかった。
愛が欲しいなら、って、自分のことなのか、愛情の愛のことなのか分かんないけど、一瞬だけ竜ちゃんは愛に飢えてるのかなって思っちゃったし、竜ちゃんがこの愛とかいうきゅるきゅるの可愛い子と――顔知らないけど――お店でイチャイチャしてるとこを想像してしまったのがいけない。いつもより自分を制御できなくなって、つい「竜ちゃんなんて嫌いっ」って言ってしまった。その手前、なかなか素直になれなくなってるのが、今の私だ。
「なあ……もう仕事でもキャバは行かねえから許して」
「……でも…そんなこと言ったって、いつも接待で連れてかれるでしょ…?」
「それはさぁ…他のヤツが行きたがるからで、オレは別に行きたくねえし、今日だってに早く会いたいから途中で抜けて来たのに」
「………」
「なあ…怒なのも可愛いけどさぁ…に嫌われるのだけは無理なんだが…」
竜ちゃんはブツブツ言いながらソファのクッションを抱きかかえて、困り眉のまま私を見つめてる。何その可愛い感じ。ぎゅってしたい。
最近、髪型をクラゲウルフにしたから余計に童顔になって、竜ちゃんのカッコ良さに可愛いがプラスされてる。私が無理。もうくっつきたくなってる。
「…?こっち向けよ…」
今ではクッションが潰れるくらい、ぎゅうぎゅう抱きしめながら竜ちゃんが溜息交じりで項垂れてる。それを見てたら急に怒りが収まってきて、距離をちょっとだけ縮めてみた。
私の気配を察知したらしい竜ちゃんはパっと顔を上げて、そして距離が縮んだのを見た瞬間、やっぱりへにょっと眉を下げたまま笑顔を浮かべた。
「ぎゅってしてくれたら許す…」
私が両腕を伸ばして言えば、竜ちゃんはサっと両手を広げてさっき以上にむぎゅうっとしてくれる。やっぱりこの腕の中が、一番落ち着くんだから不思議だ。
「ごめんな、…嫌な思いさせて」
「…ううん。私もごめんなさい…。お仕事だってちょっとは分かってたのにヤキモチ妬いちゃって…」
「………(かわいすぎ!)」
「り、竜ちゃん…?く、苦しい…よ」
いきなり力が強まって、竜ちゃんの硬い胸板に私の鼻が潰されるのでは?と心配になった頃、ふと体が自由になって顔を上げた。その瞬間、目の前が陰って、あっと思った時には唇をちゅっと啄まれてた。
「…仲直りのちゅうだから」
「う、うん…」
竜ちゃんはこつんとオデコをくっつけて、鼻先にもちゅっとキスをすると、また私を抱えてぎゅうぎゅう抱きしめてくる。これ以上くっつけないのに。でもこれはこれで凄く嬉しいんだけど、きっと今夜もこんな感じで寝るだけなんだろうなって思うと、ちょっと悲しくなる。
竜ちゃんと付き合って一年。なのに―――未だエッチなし。
だからこそ、あんな小さなことでも不安になっちゃうってこと、竜ちゃんは分かってるのかな。
歳が六つも離れてるから、やっぱり子供と思われてる?でもそれなら最初から私なんか選ばないはずだし…
竜ちゃんにすりすりマーキングされながら、私はふと出逢った時のことを思い出した。あの時はまさか竜ちゃんと付き合うことになるなんて考えもしなかったし、その以前に絶対カタギじゃないよね?って風貌のみんなが怖くて、顔を合わせるたびビクビクしてたんだっけ。でも慣れてくると意外にみんな気さくな感じで接してくれて、気のいいお兄さんって感じだった。
いま考えるとホントに刺激的な入院生活だったなと思う。
あれは一年前のちょうど今頃。梅雨も明けて、暑い夏に向かって蝉が一斉に鳴き始めた時期だった。
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21年間、地道に生きて来た私は、今日ほど身の危険を感じたことはない、かもしれない。
とりあえず、目の前が眩しすぎる。
「あー?個室なかったんかよ、ココー」
「すんません、蘭さん。院長脅したんスけど、今は全部屋満室っぽくて、この二人部屋にやっと捻じ込めたんスよ」
「全部屋満室ってホテルじゃねえからな、ここは」
「なあ兄貴ーオレ、マジで入院しなきゃダメー?足の骨折くらいで大げさー」
「バーカ。変な折れ方してっから入院して大人しくしとけって言われたろーが。――おい、三途!勝手に帰ろうとしてんじゃねえ」
「あ?オレは忙しいんだよ!オマエの弟が入院したくらいでオレを呼びつけんじゃねえ!
「ハア?竜胆が事故ったのはオマエの部下がドジ踏んだからだろが!少しは責任ってもんを感じろよ」
「何でオレが責任感じなきゃなんねーんだよ。ふざけんな、灰谷っ」
事故に合い、一昨日から入院してた病室に、突如として怖いお兄さんたちがズカズカ入って来た。これは白昼夢?と驚きのあまり、読んでいた雑誌がぽろりと手から滑り落ちる。そのバサッという音で、それまでピンク頭のすっごいイケメンと怒鳴りあっていた紫ヘアに黒メッシュを入れた高身長のお兄さん――超絶美形――がふとこっちへ振り向いた。バッチリ目が合う。
「あれー?こんなとこにすげえ可愛い子はっけーん。もしかして相部屋の子?」
「へ?あ…は、はははい…!」
「ぷ…かーわい。はい、だって」
「か、かわ…?」
さらりと可愛いなんて言われて思わず赤面すると、その背の高いお兄さんは身を屈めて小首を傾げるようにしながら微笑んできた。至近距離で見る美形の迫力たるや、とても言葉では言い表せない。当然のように固まっていると、そこへ「兄貴!やめろって」という声が飛んできた。さっきベッドに運ばれてきた相部屋の男の人だ。その人も金髪に水色のメッシュを入れてて物凄く派手なのと、顔面がもはやイケメンの暴力かってなくらいにカッコいい。
え、兄貴って言ってたけど…この美形のお兄さんと、あのカッコいいお兄さんは兄弟ってこと?
「相部屋の子を固まらせてどーすんだよ。みんなが帰ったあとでオレが気まずいだろーが」
「あーなになに。二人きりになったら口説こうって思ってんのー?この前、女に振られたばっかで寂しいからって、さすがにダメだろ、それ」
「あ?つーか、その出来立ての女をかっさらったの兄貴だろが!いい加減、弟の彼女に手ぇだすのやめてもらっていいですか」
「何言ってんの。オレに口説かれてほいほいこっちに来るような女だってオマエに教えてやったんだろ?別れて正解だったじゃん」
「はいはい…まあ…それは正解だったけど…つか、あのクソ女、マジで顔とおっぱいだけの女だったわ…尻軽すぎ」
「オマエの選ぶ基準がそこだったんだろ。ま、でもそれだけオレがいい男だったっていうことじゃね」
「はいはい…カッコいい、カッコいい」
「もっと心こめて言えよ、りんどー」
「いでででっ」
「………(頭ぐりぐりされてる)」
どうでもいいけど兄弟の会話が凄い。兄が弟の彼女を口説くとか、もう私の知らない世界すぎて、もはやドラマの世界かなって感じだ。そこへさっき院長を脅したって怖いことを言ってた釣り目のお兄さんが戻って来た。いつの間にかいなくてどこ行ったのかと思ったら、入院の手続きをしてたらしい。この人はこの兄弟の後輩なのかな。銀髪ロン毛のサイド刈り上げってる変わったヘアスタイルが物凄く似合ってるし、何かこの人達、全体的にみんなお洒落だ。カタギじゃない臭がぷんぷんするけど。
「んじゃーオレら帰るけど、寂しいからって泣くなよ?竜胆。明日、着替え持って来てやっから」
「泣かねえよ!あ、兄貴。着替えもだけど、タブレットも頼むわ。暇だし」
「はいはい。じゃーな。――あ、こいつに口説かれそうになったら殴っていいからねー」
「え!あ、え?」
最後は私に言ったらしい。長身のお兄さんは魅力的な笑みを見せて、颯爽と病室を出て行ってしまった。ぽかんとした顔で見送ってると、「うるさくてごめんな」と向かい側のベッドから声がした。水色メッシュの弟くんだ。というか、この部屋は二人部屋だから彼しかいないんだけど。
こんな派手なイケメンの人とは話したこともないから、地味に緊張してしまった。
「い、いえ…大丈夫です…」
気の利いたことも言えず、小さな声で応えると、弟くんは「オレ、竜胆。君は?」と枕を背もたれにして上体を起こした。見れば足にギプスをしてる。そう言えばさっき事故ったって話してたっけ。
ただ、いきなり名乗られて驚いてしまった。
「えっと…」
「あ、何か警戒してる?別に口説こうとかそーいうんじゃねえし。相部屋なのに名前知らねーのも何だから」
「あ、そ、そんなこと思ってないです、けど…えっと…といいます…」
「へえ、ちゃん?可愛い名前じゃん」
「…えっあ…ありがとう…御座います」
名前が可愛いとかさらりと言うからビックリした。何かちょっと軽い人みたいだ。見た目もチャラいし…お兄さんに彼女取られたってわりに平気そうにしてるってことは日頃から、そんなドラマみたいな展開になるってことなのかも。私とは違う世界で生きてるっぽいし。
「ちゃんは何歳?ハタチくらい?」
「え?あ、21です…けど」
「わっか!」
「そ、そう、ですか?り、竜胆…さんは?」
「竜胆でいいよ。オレは27~もうオッサンだよ、悲しいことに」
「えっ見えないです」
「はは、童顔ってよく言われるけど、あんま嬉しくねえ」
男の人だと童顔は舐められるらしい。そういうものなのか、と思いながら、何の仕事をしてるんだろうと気になった。外見からじゃ全く想像できない。
「そういやちゃん、頭に包帯してるけど怪我で入院してんの?」
あれこれ考えてると、竜胆さんは更に質問をしてきた。病室にいると暇だから、こうして話し相手がいるのは悪くないかもしれない。竜胆さんは話してるとそんなに怖くないから、ちょっと安心した。
「…はい。一昨日、出勤途中で歩道に突っ込んできた車に跳ねられて――」
「は?マジ?大丈夫なのかよ、それ」
「幸い鎖骨の骨折と擦り傷で済んだんですけど…ちょっと跳ねられた時に遠くへ飛ばされて頭打ったらしくて、念の為に検査入院中なんです…」
「そっか、それで頭に包帯してんのか…。え、マジ大丈夫?」
「事故の時の記憶はないんですけど、今のとこは…ちょっと痛いくらい。しばらく様子見だって先生にも言われて入院になったんです」
「そっかー。そりゃ災難だったな…。まあオレも車の事故だけど」
「あ…竜胆さんは…」
「オレ?オレは部下の車に乗ってたんだけど、その運転手が飛び出して来た猫を避けんのに、それこそ電柱に突っ込んでさあ。んで何でかオレだけ骨折したってわけ」
「え、部下の人は…」
「シートベルトしてたからオデコぶつけたくらいで済んだ。まあエアバッグもあったし」
後部座席じゃシートベルトすんの怠いじゃん、と竜胆さんは笑ったけど、それを怠って怪我をしたらしい。後部座席って何気に危ないって聞いてたけど、身をもって実感したと彼は苦笑した。
「そ、それで飛び出したっていう猫は…」
「え?猫?」
「あ、私も…家に猫いるんです。入院中は友達に預けてるんだけど…だからっちょっと心配で」
「…そっか。ちゃん、優しいんだ」
「え、い、いえ、ただの猫好きってだけです」
「まあオレも動物結構好き。ああ、んで、その猫は無事だった。車のぶつかった音にビビって逃げたっぽいし」
「…良かった。あ…竜胆さん達には良くないですよね…すみません」
「いや…まあ…入院ってなった時は怠かったけど、こうしてちゃんっていう話し相手もいるからオレとしてはまあ…悪いだけでもねえっつーか」
「…え?」
最後はごにょごにょと何かを言ったけど、よく聞き取れなくて身を乗り出すと、竜胆さんは「いや、何でもねえわ」と笑っている。やっぱり見た目よりも気さくでいい人みたいだ。
その時、「」と病室に白衣を着た先生が入って来た。
「あ、柳沢先輩」
「痛みはどう?」
優しい笑顔で私の髪をそっと撫でてくれる彼は、高校の時の先輩だ。この病院で研修医をしてて、三か月前から私の彼氏になった人でもある。
「ちょっとズキズキするけど、大丈夫です」
「ほんと?我慢出来なかったからすぐ僕に言って。薬を出してもらうから」
「…はい」
「あ、それと…」
と先輩は身を屈めて声を潜めた。
「本当は若い男女を同じ病室にしないことになってるのに、今はホント開いてる病室がなくてごめんね」
「い、いえ…大丈夫です。私の方はそんな長引かないと思うし…」
「それを調べる為の入院だから分かんないだろ?まあ…僕が心配ってだけなんだけど。彼、カッコいいし」
「……え」
柳先輩はそう言いながら、ちらりと竜胆さんの方を見た。先輩の言う心配の意味が分かった瞬間、あまりに嬉しくて一気に心臓がドキドキしてしまう。
「でも彼は院長のちょっとした知り合いらしくて入院は断れなかったみたいでさ。に甘える形になっちゃったんだ。君はここのスタッフだしね」
「はい…分かってます」
「そう?ありがとう」
柳沢先輩は笑顔でそう言ってから、ふと竜胆さんの方へ視線を向けた。
「さっき入院された灰谷さんですね。足の痛みはどうですか?」
彼は医者っぽく彼の容体を聞いている。竜胆さんは灰谷って言うらしい。さっき竜胆さんは私の名前を可愛いって誉めてくれたけど、彼の方がとっても綺麗な名前で驚いた。
「あー痛みはあるけど、薬ももらったし我慢は出来る程度。それより…先生と彼女って知り合い?」
竜胆さんが私と先輩の親しげに話す空気に気づいて気になったらしい。怪訝そうに柳沢先輩を見上げている。
「ああ…彼女は僕の高校の時の後輩ですよ。彼女もこの病院に就職して、それで再会して」
「え、ここに就職って…ちゃんは看護師?」
「あ、い、いえ。私は事務の方です。受付したり、書類作成したり、そっちの方で」
私がこの病院を就職先として選んだのは家から近かったからだけど、そこに柳沢先輩が働いてるなんて知らなくて凄くビックリした。高校の時は同じバスケ部で、私はあの頃、密かに先輩のことが好きだったからだ。
その先輩から就職祝いとして食事に誘われて、そこから少しずつ距離が縮んでいった。三か月前、先輩に「僕と付き合って欲しい」と言われた時は夢でも見てるのかと思ったくらい嬉しかった。ここに就職してなかったら、こんな奇跡は起きなかっただろうなと思うし、今でも信じられない。
「じゃあ僕はそろそろ戻るよ。当直だからやることいっぱいで」
「あ…はい。あの…頑張って下さい」
「ありがとう。それじゃ…灰谷さんも安静にしてて下さいね」
先輩は竜胆さんにもそつなく声かけしてから病室を出て行く。それを見送りながら、自然と緩む頬を慌てて引き締めた。忙しい中、会いに来てくれたことが地味に嬉しい。
突然の事故でここへ入院することになった時も、先輩は心配して面倒な手続きを色々としてくれたから凄く助かった。
まさか初めての彼氏が憧れの先輩だなんて、私は一生分の運を使い果たした気がする――。
「もしかして…今の彼と付き合ってんの?ちゃん」
「……えっ」
唐突に鋭い質問をされて頬がカッと熱くなった。竜胆さんは今のやり取りで何となく気づいたのか、私を見てニヤニヤしている。かなり鋭い。
「えっと…は、はい…まあ…」
「やっぱなー。あの先生がきた瞬間からちゃんの声が一オクターブ上がった気がするし」
「…え、嘘…」
「ほんとー。何気に頬も赤くなってたし、目なんか潤ませちゃって、好きーってオーラ出まくりだったわ」
「え…は、恥ずかし…」
まさかそんなに感情が駄々洩れしてたなんて自分じゃ気づかなかった。初対面の竜胆さんに見抜かれるくらい分かりやすいってこと?そう思ったら本気で恥ずかしくなってきた。
竜胆さんは照れてる私を、何故かジっと見つめてくるから余計に顔が火照ってしまう。どうやって話題を変えようかと思っていると、竜胆さんはちょっとだけ不安を煽るようなことを言ってきた。
「でもさー。あの先生、カッコいいしモテんじゃねーの」
「え…あ…まあ…多分…。高校の頃はバスケ部のキャプテンでファンもいたし…お父さんがお医者様だから余計に」
ふと懐かしい記憶が蘇って苦笑が洩れた。あの頃から先輩は医者を目指してたようで、そういう情報に食いつく女の子もいた気がする。でも私は先輩が医者だろうとなかろうと、どっちでも良かったんだけど。そんなことを考えてたら、竜胆さんが何故か難しい顔で首を傾げていた。でも私と目が合うと「じゃあちゃんも心配だろ」と苦笑いを零している。
心配って浮気のってことなのかな。あの柳沢先輩がそんなことをするとは思えないけど…でもそこはやっぱり竜胆さんの言う通りかもしれない。
「…信じてるから大丈夫です」
「ふーん…まあちゃんって男の言うこと何でも信じちゃいそうではあるな」
「い、いけませんか…?」
「いや全然。そういうとこ素直で可愛いんじゃね?ただ…」
「…ただ?」
竜胆さんはちょっと考え込むと、「いや、何でもねえよ」と、それ以上は何も言って来なかった。

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