幹部の証に祝福を



タトゥー入れてやるよ。からの――やっぱシールにしとけ。

灰谷兄弟にそんな意地悪をされてから一ヶ月。屈辱のタトゥーシールで耐え抜いたわたしはどうにか自分の力で女彫り師を見つけて、念願の!本物の!タトゥーを入れることに成功した。

「うーん、最高」

場所はこの前言ったように肩の後ろ側。花札のような模様がむしろ可愛い。和っぽくてお洒落。だから今日は少しだけ肩の開いた服にしてみた。先日竜胆さんにおねだりしたら意外とあっさり買ってくれたプラダのミニワンピだ。これなら少し服を下げるだけで見せられるし、チラっと見えたとしても可愛い。
いや、これ可愛い目的のタトゥーではないけども。泣く子も黙る天下の梵天幹部の証だから。
そうは思っても人生初のタトゥーを入れたのだからテンションも上がる。そんなウキウキ気分で事務所に行くと、廊下でココちゃんに会った。

「おー、お疲れ」
「ココちゃん!どこ行くの?」

小走りで駆け寄ると、ココちゃんの腕を掴む。どことなく普段よりもココちゃんがおめかししてる気がしたのだ。暗紅色あんこうしょくのスーツが物凄く似合ってる。

「ココちゃん、もしかしてデート?」
「バカ、違うよ。三途から聞いたろ?今日は新しいカジノがオープンするから幹部全員、そこに集まんの」
「え?カジノ……カジ――あ!そうだった!」
「オマエ、忘れてたのかよ」

とココちゃんに笑われたけど、ほんとにすっかり忘れてた。タトゥーを入れて浮かれてたから、春千夜からのメッセージも軽く流して見てたかもしれない。もう一度スマホでチェックすると、新しい店の住所と行くまでのルートが送られてきてる。もちろんカジノと言っても日本じゃ合法な店はないので当然裏カジノだ。

「え、じゃあ、わたしもココちゃんと行っていい?」

言いながら腕をぎゅっと抱きしめるようにする。これは離さないぞという意思表示みたいなものだ。でもココちゃんはホッペを赤くしながら「あ」とか「う」とか口ごもってしまった。

「え、ダメ?」
「い、いやダメっつーわけじゃねえけど……」

悲しげに見上げると、ココちゃんはまた視線を泳がせて天井を見上げている。上に何かくっついてるとか?スパイダーマン?そう思いながらわたしも上を見上げると、特に何も張りついてはいなかった。でも別の視線を感じてふと振り向けば、顏半分出した雑用係のトキコさんがいた。
市〇悦子?!「家政婦は見た」じゃなく、「掃除婦は見た」状態になっている。でもわたしと目がった瞬間、パっと隠れてしまった。何だろう?何か殺意のこもった視線だった気がする――。

(ハッ。まさか――!)

そこで天啓が下りて目の前のココちゃんをジっと見上げる。

「や、やっぱり……わたし一人で行く」
「え?」

パっとココちゃんの腕を放して距離をとる。そう、わたしは気づいてしまった。きっとトキコさんはココちゃんのことが好きなんだと!あんな風にコソコソ見てたし、何気に熱い視線だった気がする。それにココちゃんにくっついてたわたしに殺意を向けるのはそんな理由しか思い浮かばない。まあココちゃんとトキコさんはかなり歳の差はあるけど、今は年の差婚も流行ってるし、ココちゃんは年上のお姉さま達にも可愛がられるタイプだから、きっとそうに違いない。
ココちゃんは急に離れたわたしにビックリしたのか、怪訝そうな顔でわたしを見下ろしていた。ホントは行ったことのない店に一人で行くのは心細いけど仕方ない。

「一緒に行かねえの?」
「う、うん。えっと……」
「ああ、やっぱ蘭さん達と約束してんのか」

若干細い目を更に細められた。何だろう、ココちゃんはわたしと一緒に行きたかったとか?まさかね。ココちゃんはわたしにもだけど、トキコさん含めた部下みんなに優しい人だから。

「じゃあ……店でな」
「う、うん。あとでね、ココちゃん」

わたしがニコニコしながら手を振ると、ココちゃんは溜息交じりで行ってしまった。どこか背中に哀愁さえ感じるのは気のせい?何か寂しそう。春ちゃんがココちゃんは彼女いないって言ってたから――自分だっていないくせに――誰か紹介でもしてあげようかな。って、わたしの友達、風俗嬢しか今のところいないんだけど、ココちゃんは彼女がお仕事で他の男とエッチするの許せるタイプかなあ。どうなんだろ。
って、それは置いといて。さて、これからどうしよう。春ちゃんを誘って行こうかとも思ったけど、アイツは何だかんだ忙しそうだし――。

「ま、一人で何とか行けるよね」

春ちゃんに送ってもらった店までのルートを見ながら、事務所に残っていた部下の人に送ってもらう。その人は「俺なんかがさん送ってもいいのかな……」と何やらブツブツ言ってたけど、他に幹部がいないんだからわたしの独断で決めてもいいはずだ。下っ端だけど幹部だし、タトゥーも入れたし。

(そう言えば…蘭さん達は真っすぐ行くのかな)

今日は二人とも朝から鶴蝶さんやモッチーさんと出かけてる。何でも梵天に敵対してる組織のスパイがいるとの話で、そういう人間を洗い出すのは意外と大変みたいだ。時々蘭さんや竜胆さんから『は何してんのー』とか、『野郎ばっか相手にしてっから退屈ー』なんてメッセージと共に、フルボッコにした相手の写真を送ってくる。鶴蝶さんが満面の笑みを浮かべながら相手を踏みつけてる写真は何気に怖い。いや、これ地味に証拠写真にもなるなと思いながら、こんなのを見るとますます反社っぽいと思う。いや、ぽいと言うより梵天は正真正銘、真っ黒まっしぐらの反社組織なんだけど。
それにしても蘭さんは誰かをボコしてる時でもポーズをとってしまうタチなんだな。倒れてる人の背中に片足を乗せて、その足に肘を置いてピースしてる姿は、何となく海の男っぽい。加〇雄三さんの親戚?
最後のメッセージは一時間前、蘭さんから届いてた。

『今夜のオープニングパーティまでには戻るし待っててー』

待ってて、とはカジノでってことだよね。っていうか何だこのどでかいキスマークスタンプは。

「つきました」

目的地まで近づいたところで部下の人が車を止めてくれた。降りてみると前方に人だかりが出来ている場所がある。梵天が新しく買い取った大きなビル。この中にいくつも隠し部屋みたいな物を作らせたらしい。表向きは会員制のシガーバーで、蘭さんと竜胆さんが陰のオーナー。表向きは二人の部下がオーナーということらしい。

「うわあー綺麗で大きいビル……。探索したいなぁ」

このビルの中のあちこちに隠し部屋がある。そんなのを聞くと、わたしの冒険心に火がついてしまう。一般人は絶対にウロウロ出来ない空間だし、子供の頃は秘密基地とか大好きな子供だったから、やたらとそそられる。そう言えばマイキーと春ちゃんとでマイキーんちの庭先に秘密基地っぽいの作ったっけ。段ボールで。
かなり頑張って作ったのに、次の週には大雨降って、秘密基地がへんにゃりしてた時は、春ちゃんと一緒に大泣きしてしまった。

――泣くなよ、。オレがまたでっかいの作ってやるから。

マイキーがそう言ってくれて、ほんとにでっかいのを作ってたくれたのは今もいい思い出だ。
それにしても、あの泣き虫だった可愛い春ちゃんはいずこへ?今の捻くれた春ちゃんを見てると偽物なんじゃないかと思ってしまう。
まあ、でも。わたしは梵天の幹部なんだし、このビルはどこでも好きなところを探索できる。そう思うだけでワクワクしてきた。

「あれ、春ちゃん……?」

向かい側の歩道でビル全体を見上げていると、大きな黒塗りのアメ車――キャデラックだ!――が止まった。そのめちゃくちゃカッコいいフォルムの車からあの派手なピンク頭が降りて来る。

「春ちゃんってば今頃来たんだ……。でもカッコいい……。こうして見るとキャデラックもいいなあ」

春ちゃんよりも目の前のピッカピカのキャデラックにうっとりする。ほんとは黒のフェラーリを買ってもらいたかったのに、春ちゃんはあのキャデラックに一目惚れして「やっぱコッチ買う」とその場で変更してしまった。まあ確かにこういう場面であの車は最高に映える。並んでる人も通りすがりのリーマンも、皆が日本車にはないデザインの車を見ては足を止めてた。眺めてしまう気持ちはよーく分かる。

「はあ……わたしもまた車欲しい……」

廃車にしてしまったフェラーリは御曹司の元カレにおねだりしたら買ってくれた。でもその後に結婚を迫られ、危うく籍を入れられるところだったから普通に逃げた。
もちろんフェラーリごと。その逃げる最中だった。操作を誤り、どっかの空きビルにツッコんで、愛しのフェラーリを廃車にしたのは。
おかげで崩壊させたビルの弁償と、御曹司から結婚詐欺で訴えられそうになって、訴えられたくなければフェラーリの代金を返せと言われた。
もちろんそんなお金があるはずもなく。きっちり払うか、もし払えないなら結婚しろと、半ば脅迫じみたプロポーズまでされ、わたしは敢えて借金することを選んだ。
それから借金取りに追われる日々だったけど、そんな時に春ちゃんがわたしの前に現れたのだ。

(まあ借金は助かったけど、結局そのお金を春ちゃんに返さないといけないのは誤算だったなぁ……。せめて少しくらいまけてくれないかな)

梵天の幹部と言ってもわたしはまだまだ下っ端だから給料は一番安い。自分の車なんて夢のまた夢だ。

(春ちゃんにまたおねだりしてみようかと思ったけど、借金が増えそうで怖い……)

そんなことを思いつつ、春ちゃんの後を追いかけて中へ入ろうとした。なのに強面の若い男が「お待ちください」とわたしの腕を掴む。

「はい?」
「招待状を見せて下さい」
「……招待状?そんなの持ってないけど。あ、今入ったピンク頭のツレです」

どう見ても下っ端のバイトっぽい男に説明する。こういう下っ端は入って間もないわたしの顏すら知らない人も多いからだ。でも男は「ウチのボスのツレ?」と怖い顔を更にゆがめて「嘘つくな」と言ってきた。何だ、春ちゃんの部下か、とホっとしつつ、「春ちゃんに聞いてもらえれば分かります」と言ってみる。
でも男は「春ちゃんん?うちのボスに馴れ馴れしい奴め」と目を吊り上げた。

「どうせワンナイトで春千夜さんに捨てられてストーキングしてんだろ。そもそも今日のパーティに一般客は入れない。入れるのはウチの幹部だけだ。分かったら帰れ」
「あのね……春ちゃんとわたしがワンナイトするわけないでしょ?それにわたし、幹部だし」
「はあ?」

男は心底びっくりした顔でわたしを上から下までジロジロ見ている。ちょっと失礼な男だ。後で春ちゃんにきっちり告げ口しておこう。
どうせ「オマエがパンピーオーラ全開だからだろーが」と言われそうだけど。泣き虫春坊のクセに。

「そんなバレバレの嘘つくんじゃねーよ」
「嘘じゃないもん」
「オマエみたいな若い女がウチの幹部だぁ?じゃあ証拠を見せろ」
「証拠?」
「オマエがホントにウチの幹部なら……分かるよなあ?何を見せればいいのか」

男はそう言いながらニヤリと笑う。何だ、そのどや顔は。ボスがボスなら部下も部下だな。
なんて内心毒づきながらも最初は何のことを言われたのか分からなかった。でもすぐに入れたばかりのアレを思い出す。

「あ、タトゥー?」
「ああ。パっと見……オマエの体にはソレがねえように見えるけど?」
「あ、それなら……」

と言いかけてふと男を見れば、やけに顔がいやらしい。目に見える場所にタトゥーがないなら、どこに彫ったんだ?と言いたげだ。どうして男って言うのはこう……スケベでバカなんだ。わたしのボス兄弟を筆頭に。まあ蘭さんも竜胆さんも、この男みたいにバカではないけども。

「ほら、早く見せてみろ」
「い、いいけど……ちょっと近い……」

男はジリジリとわたしに近づいてくる。ちょっとばかり怖くなってきた時、男は何を思ったのか「ここで見せんのが恥ずかしいならこっちに来て見せろ」と、わたしの腕を引っ張ってビルとビルの間に引っ張って行こうとする。こんな路地裏で何をする気だと少し慌てて足を踏ん張った。

「あ、あの!ここで見せるから」
「あ?いいからコッチ来いって。何ならオレが脱がしてやろうか――」

と、男がエロい顔で言った刹那。わたしの視界からコンマ0.01秒で――消えた。

「え……」

唖然として顔を上げると、そこには――見慣れた極上のイケメン二人がキレ気味の様子で立っていた。

「なーにやってンだよ、オマエは」
「ら、蘭さん……?(オデコの血管がピクピクしてる?)」
「ったく……マジで目が放せねぇじゃん、オマエ」
「竜胆さん……(こ、こっちもオデコに怒りマーク?)」

いつの間に来たのか、そこにはビシっとハイブランドのスーツを着た灰谷兄弟。見ればさっきわたしを路地裏に引っ張って行こうとしてたセクハラ暴言男は、道路の反対側でひっくり返って伸びていた。(!)
まさに瞬殺。いったい何をしたんだろう、この二人。怖すぎる。
それにしても高級スーツに身を包んだ蘭さんと竜胆さんはさすがに絵になる。周りの客もだけど、客のチェックをしていた黒服たちがざわつきだした。きっと今の下っ端が何か失礼なことをしたと思ってるっぽい。なのに二人はどこ吹く風で相変わらずわたしに絡んでくるの何で?

「待ってろってメッセージ送ったのに何で先に来てんだよ」
「え、あれって会場のことじゃ……」
「ちげーよ。事務所で待ってろってこと」

蘭さんと竜胆さんに呆れ顔で言われて、わたしは「あ、なるほど……か、勘違いしちゃって」と笑って誤魔化しておく。そんなことなら事務所で待ってれば良かった。そしたらバカ男にイラつかないで済んだのに。

「ったく……一人で来たならこういう目にあってんじゃねえかなとは思ったけど……」
「やっぱ当たってたな、兄貴の勘」
「う、す、すみません……。タトゥーのこと忘れてて、ほんとに幹部かって疑われたんです……」
「だーから、オレとしてはああいうのに見せたくねーから待ってろっつったのに」

蘭さんは言いながらわたしの肩に手を置いた。ん?何だ、この手は。と思っていると、蘭さんは苦笑交じりでわたしを見下ろした。

「オレ達と一緒ならコレ見せる必要もねえだろ」
「あ、そ、そっか……」

思わず納得してると、そこへ慌てた様子でもう一人の黒スーツの男が走って来た。見るからに今にも倒れそうなほど顔が青ざめてる。

「す、すみません、オレの部下が何か失礼なことを――!」
「あーもう終わったから平気~。アレ、片付けておいて。警察来ても困るし」

蘭さんは笑いながら先ほどぶっ飛ばしたであろう下っ端を指さした。どうやらあの男は今すっ飛んできた黒スーツの部下らしい。春ちゃんの部下っぽいこと言ってたけど、ほんとに下っ端の下っ端だったとは。

「は、はい!分かりました!あの、すみませんでした!オレの指導不足で……えっと……こちらの女性は?」

と、そこで黒スーツの男がわたしに気づいた。まだ顔までは知られてないっぽい。

「ああ、コイツはもオレ達と同じく幹部だ。まあオレの部下だけど」
「……え?幹部……?」

案の定、さっきの男と似たような、ほんとかよ?的な顔でわたしを見てる。そんなにわたし、幹部っぽくないのかな。

「えっと……幹部ということは……」
「ああ、もちろん。ちゃんとタトゥーは入ってる。見たい?」

蘭さんがニヤリと笑いながら黒スーツに聞いている。っていうか何だ、そのエッチな顔は。別に肩なんだし恥ずかしいことないのに。
黒スーツは素直に「はい!是非、確認を」と、どことなくエロい顔で応えている。一見どこに入ってるか分からないせいか、誰もがエッチな場所に入れてると思うらしい。
でも蘭さん達と一緒にいるんだし必要ないのでは、と思っていると、蘭さんと竜胆さんは笑いながら黒スーツの肩へ腕を回した。

「うっそー。オマエにのアレは見せてやんなーい」
のタトゥーはオレらしか見れねーんだよ、悪いなー?」
「……は?(いつからそんな決めごとが?)」

二人は呆気にとられている黒スーツ男の肩をポンポンとしながら、わたしの手を引いてビルの中へと入っていく。

「蘭さん、竜胆さん、お疲れ様です!」
「おー」

入り口付近でたまっていたゴツい男達が灰谷兄弟を見た瞬間、サっと左右へ見事に分かれるから、モーゼみたいだった。さすが六本木のカリスマ。幹部の中でもそのカリスマ性は圧倒的らしい。まあ、黙ってたら確かに絵になる兄弟だとは思う。
でもエレベーターに乗った瞬間、後ろからカリスマ兄にぎゅうっとハグをされた。仰ぎ見れば蘭さんがニッコリ微笑んでいる。そしてわたしの服を指でクイっと下げたと思ったら、タトゥーを彫った場所にちゅっと口付けた。

「ひゃ、な、何するんですかっ」
「何って初めてのタトゥーにお祝いのキスしてんの」

と、蘭さんは魅惑的な笑みを浮かべている。いや、ちょっと顔がエロいし。カリスマのクセにエロいってダメだと思う。

「あ、兄貴ずりぃ!オレもそこにちゅーするわ」

竜胆さんは竜胆さんでわたしの腕をグイグイ引っ張ってくる。それ以上、引っ張られたら腕が抜けそうで怖い。

「は?キスはオレだけだから竜胆でもさせてやんねー」
「ちょ、ちょっと蘭さん……?」
「うわ、何、自分だけを独り占めしてんだよ」

蘭さんが更にわたしを腕に抱え込んで、竜胆さんから見えないように後ろを向く。こんなおふざけはいつものことなのに、やけにドキドキするのは肩にキスをされたからかもしれない。
そこでふと思いだした。太腿or谷間。どっちに彫るか二人がモメていた時のことを。
あんなキスをされるなら――そこに彫らなくて正解だったと、心の底から安堵したのは二人に内緒だ。


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