※軽めですが性的描写があります。苦手な方、18歳未満の方の観覧はご遠慮ください。



港区一等地にあるタワーマンション全てが、日本最大の犯罪組織、"梵天"の本部だということを、知る人は限られている。
ニ十階から上の階全ては、泣く子も黙る梵天幹部様の住処であり、そこへ足を踏み入れることは幹部以外、側近でも許されていない。
そして天に近い最上階部分には、梵天のトップに君臨する首領と、その首領や幹部さまから蝶よ花よと大事に大事にされている可愛い可愛いオヒメサマが住んでるという――噂。



塔の上のオヒメサマ



「マイキー。三途です」

最上階、首領の私室。幹部は出入り自由なその部屋へ一歩足を踏み入れた時、オレはすぐに嫌な予感がした。
今は夜にも関わらず、室内が真っ暗だったせいだ。
出かける時はオレに声がかかるか、誰かしらに連絡してから、というのが梵天での決まり事。だから出かけたということはない。
そして鍵が開いていたということは、「入って来るな」という、いつもの無言のアピールでもないから、寝室にこもってるわけでもない、はずだ。
ということは――。

「マイキー…」

リビングまで足を踏み入れ、声をかけようとした時。カタッというかすかな物音が聞こえて、「マイキー、そっちにいるんですか?」と声を駆けつつ、リビングの隣にある和室の襖を開け放った。

「……っうお!」

薄暗い室内にぼんやり白いものが浮かび上がったせいで、思わず声を上げて後ずさる。一瞬、マジで幽霊かと思ったそれは、ゆっくりとこっちへ振り向いた。そこですぐに室内の電気をつけると、振り向いた人物は眩しそうに目を細めている。

「…何、してんですか」

そこにいたのは幽霊でも何でもなく。シーツを被った一人の男。
この梵天のトップ、佐野万次郎その人だった。

「…映画…観てた」
「は?」
「…泣けるやつ」

薄暗い中、シーツを被って?と思ったものの、そこは突っ込めない。見ればマイキーの手元には大きなタブレット。耳にワイヤレスイヤホンまでしている。

「え、何で電気も付けずに映画を観てるんですか…。というか一人で?」
「…………」
「………(あ、何か落ち込んだ)」

マイキーはイヤホンをとってタブレットごとオレに渡すと、シーツを被ったままズルズルとソレを引きずりながら、キッチンへ歩いて行く。その後ろを追いかけていくと、冷蔵庫からビールを出したマイキーは徐に一気飲みし始めた。
甘党のマイキーが苦いビールを飲むのは珍しい。普段は果汁系のサワーとか、ほろよいみたいな甘い酒しか飲まないからだ。
案の定、マイキーは「うえ…にが…っ」と顔をしかめると、持っていた缶ビールをオレの方へ突き出してきた。オマエが飲めってことだろうとオレなりに解釈して、それを受けとると、何を思ったのか、今度は冷凍庫を開けて頭を中へ突っ込んだ。っていうか頭というより前屈みで上半身がほぼ入ってる状態だ。分かりやすく言えば項垂れてる。
このまま冷凍庫に閉じこもりそうな勢いだ。
まあ、業務用のでっかい冷蔵庫だから小柄なマイキーなら入ろうと思えば入れるだろう、けど――。

「あの……何してんですか」
「……頭」
「え?」
「冷やしてる」
「………」

情緒不安定な時はたまにあるが、今日は一段とおかしい気がする。そもそも、常に一緒にいる存在がいない。マイキーのこの状態はそれが原因なのは間違いないはずだ。じゃあ何でいないんだとなると――さすがのオレでも分からなかった。
でもその時、玄関の方で「ただいまー」という声。
勝手に外へは出られないのに、どこへ行ってたんだ。少しの疑問を持ちつつ廊下の方へ歩いて行くと、彼女、が「あ、春ちゃん来てたのー?」と、いつもののんびりした口調で笑顔を見せた。
マイキーと同じ色の長い髪を三つ編みにして――どこぞのカリスマの昔の髪型みたいだ――ヒラヒラした黒のワンピースは髪色のせいで相変わらずゴスロリ系にしか見えない。手には何故か甘い香りをさせたパンケーキ。どこで作って来たんだ、そんなもん。
コイツとはもう長い付き合いになるが、未だにつかみどころのない変な女だと思う。
彼女は――

「今ね、蘭ちゃんとこで竜胆くんにパンケーキ作ってもらったの。春ちゃんも食べる?」

――黒川。梵天を作るキッカケとなったイザナの、実の妹だ。

「は?灰谷兄弟んとこ行ってたのかよ」
「うん」
「何で」
「何で……だろ。ちょっと寝ちゃったから忘れた」
「ハァ?」

は小首を傾げつつ、天井を仰ぎながら「うーん…」と考えこんでる。コイツの場合、ふざけてるわけじゃなく、これがマジだから厄介だ。
見た目は文句なしに可愛い。けど、昔からコイツはどっかぽやんとしてて抜けてるとこがあるし、まあ微妙に、ちょっとアレと言うか…マイキーの前じゃ口が裂けても言えねえけど、そこそこ、いや、ほどほどに…そうアレ。おバカな一面がある。マイキーはそういうおバカなとこも可愛いと思ってるようだから別にいいんだけど、それは時として問題を起こす原因となることもあった。
とても、あのイザナの妹とは思えねえ。
髪色は同じだけど、肌も顔も兄貴とそれほど似てないし、性格も全然違う。何でもは父親似ってことだから、日本人よりなんだと前に本人が話してたけど、外見はちょっと中性的で日本人にも見えない感じだ。またそこが「おとぎの国のアリス」にでも出て来そうな、どこか浮世離れしてる空気を醸し出してて、他の幹部の奴らにやたらと可愛がられてる。(面白がられてる?)
ただ、もう少し自分がマイキーの婚約者だってことを自覚しろと言いたい。

「勝手に部屋を出たあげく、マイキーほったらかして何してんだ、オマエ」
「……あ、そうだ。万次郎は?」
「……いつにも増して変だったぞ…(こいつ聞いてねえな)」
「え、変って?――あ、万次郎!ただいま!」

ちょうど、そこに頭を冷やし終えたらしいマイキーが顔を出した。と言ってもシーツはまだ被ったまま。だけどを見た瞬間、表情のなかった顔が驚きに満ちて目を見開いた。

「…?」
「え、万次郎、何でシーツなんて被ってるの?」
「え…」
「あ、それより、これ一緒に食べよ?竜胆くんが焼いてくれたパンケーキ」
「………、怒ってねえの?」

嬉しそうに手に持っているお皿を見せるをジっと見ていたマイキーが、驚いたように尋ねてる。今の言葉を聞く限り、マイキーの落ちてる理由はとケンカしたとか、一方的にに怒られたとか、そんなとこだろう。だったら、あの変な行動の意味も理解できる。
何故なら、マイキーはこののことを――。

「え、怒るって何を?」
「え、だから…さっきケンカして…が万次郎なんて嫌いって言って出てったから…」
「……え、わたしが万次郎を嫌いになるはずないでしょ?そもそも何を怒ったの?わたし」
「何を…って…だから…」

マイキーはそこで言葉を切ると、ジっとを見つめながら、何故か小首を傾げた。あの顔はきっと忘れたってとこだろうな。この二人は地味に似た者同士でもある。

「…何だったっけ。忘れた」

…やっぱり、と笑いを噛み殺してると、マイキーはの持ってた皿を奪ってオレの方へ差し出す。持ってろってことだから、黙ってそれを受けとる。そのあとを抱きしめたマイキーは「忘れたけど、ごめん…」と彼女に謝った。
どんな屈強な男でも、多対一の不利な状況でも、息を吸うのと同じように相手を叩きのめせるマイキーでも、このという婚約者にはとことん弱い。
それくらい、マイキーはのことを――誰よりも大好きだからだ。

「…わたしも…ごめんね」
「何でが謝るわけ」
「…何となく。万次郎が元気ないから」
がいなかったからだし…でも今はいるから元気」
「良かった。じゃあパンケーキ食べる?」
「…食べる。でもその前に――」

あー何かマズい雰囲気に…と思ってたら、やっぱりマイキーがにキスをし始めた。こういう場合、オレは静かにフェードアウトするのが鉄則だ。ってか仕事の用で来たのに結局その話はできずじまいだ、クソ!
でも部屋を出る前にオレは二人のケンカの原因が気になって、さっきマイキーに渡されたタブレットから監視カメラの映像を見ることにした。この部屋には何かあった時のために監視カメラが数台仕掛けられてる。寝室と風呂場にだけは仕掛けてないから、そこでケンカしたってんなら分からないが、もしリビングとかならワンチャン映ってるはずだ。
そう思って時間を遡り今朝の映像を探していく。するとそこには二人が仲良くソファで寛ぎながらイチャついてる姿が映っていた。もちろん音声も入ってる。
今日は何の映画を観るだとか、お酒でも飲んじゃう?だとか、だいたいは他愛もない話だったが、途中からがマイキーの地雷をちょっとだけ踏みそうな話題をし始めた。

『あ、そーだ。万次郎ーちょっと相談があるの』
『ん?何?』

彼女を膝に乗っけてご満悦なマイキーが、部下の前じゃ絶対に見せないような甘ったるい顔での頬にちゅーをしている。見てるこっちが何とも照れ臭くなるくらい仲がいいのはいつものことだ。

『あのね。わたし、アルバイトしたいの』
『……は?どこで。何で』
『えっとね。このお店なんだけど』

と言いながらがスマホの画面をマイキーに見せている。惜しいことに画面はカメラの方に向けてないから全く見えない。何の店だ?と思っていると、マイキーが眉間を寄せながら『…ペットショップ?』と呟いた。何、あいつ。ペットショップで働きてえのかよ、とオレも驚く。
というかが外で働くなんて絶対にマイキーが許すわけがない。いつ、どこで、誰に狙われるかも分からないから、マイキーは自分が一緒じゃないとを外には出さないし、仕事で自分が出かける時はアイツが勝手に抜け出さないよう、こうして監視カメラも設置したくらいだ。
するとやっぱりマイキーは渋い顔で『何でペットショップで働きたいの?』と一気にテンションが落ちている。

『だってここで動物飼うの万次郎が嫌だって言うから…でも働けば毎日可愛い動物を触れるもん』
『…だめ』
『えーどうして?』
『外で働くのは危ないから』
『大丈夫だよ。ほら、この店このマンションの裏だし近いでしょ?しかもバイト募集してるの』
『だめったらだめ』
『……お願い。週に二日とかでいいの』
『だめだって。危ないし』

オレの予想通りの展開になっていくのを見ながら、このあとの展開まですでに見なくても分かってしまう。マイキーは口下手だから、が納得いくような説明は上手く出来ないだろうし、そもそも反対する理由というのが、全ての状況において――敵対組織に拉致とかも含め、まず他の男と知り合うのがそもそも嫌――の心配なわけで、到底が納得するようなもんじゃない。
そして案の定、はだめの一点張りをされ、遂に怒り出した。

『万次郎のわからずや!嫌い!』
『あ…――!』

怒ったはリビングのカメラからフレームアウトしていき、残されたマイキーはこの世の終わりみたいな顔で固まっている。ああ、このあとシーツを被って一人寂しく映画を観るに至ったんだな、とオレは理解した。
は頭に血が上ったら、まずは部屋を出てマンション内にあるフィットネスクラブへ行くか、バーへ行くか、はたまた幹部の誰かの部屋へ逃げ込む。今日はたまたま灰谷兄弟がいたんだろう。弟の竜胆もの扱いに慣れてきたから、宥めるのにアイツの好きな甘いもんを作ってやったに違いない。まあ、アイツらは女の扱いに長けてるからな。ムカつくことに。
そこで映像を止めると、元のリアルタイム映像に戻してみた。しっかり二人はリビングから消えている。ということは、あのあと寝室に直行したらしい。

「ハァ…仕事の話ができんの夜中かよ…」

仕方ねえなあ、と思いつつ、オレとしてはマイキーの機嫌が直ったならそれで満足だから、若干ホっとしながら自分の部屋へ戻ることにした。全く人騒がせなカップルだ。


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ドアの閉じる音がして、わたしと万次郎は顔を見合わせた。こつん、とオデコがくっつく。

「春ちゃん戻ったみたいだね」
「…やっとにちゅーできる」
「ん」

言った途端、唇をちゅうって優しく吸われて、柔らかい舌が口内に入ってくる。万次郎のキスはどこまでも甘くて、舌まで蕩けそうだといつも心配になるのが悩みどころだ。

「…くすぐったい、まんじろ…」
「……(かわい)」

散々唇を吸ったあと、万次郎は「もっとしていい?」と言いながら首筋にもいっぱいキスをしてくる。ちくりとする強めのキスだ。首筋、鎖骨、肩、項。いつもたっぷり吸われるから、赤い花が咲いたみたいに、わたしの肌が染まっていく。ワンピースのジッパーを下ろされて、服も胸の下まで下ろされると、露わになった肌にすぐ万次郎の唇まで下りてきた。くすぐったさと小さな痛みが綯い交ぜになって、最後に気持ちいいが襲ってくる。

の肌、スベスベで気持ちいい」

万次郎はそんなことを呟いてブラジャーギリギリのきわどい膨らみに彫ったお揃いのタトゥーにも吸い付きながら、背中に回った器用な指先がパチっとホックを外していく。浮いたカップの中に骨ばった男らしい手が滑り込んでくると、ドキドキが一気に加速していく気がした。

「ん、…まんじろ…」

そのうち万次郎の手がどんどんエッチになって体のあちこちを触るから、少しずつ体がその気になっていく。胸の膨らみをやんわり揉んだり、硬くなった先端をちゅうっと吸われて舌でくにくにされたら、全身がじわじわ快感に満たされてきた。
万次郎がくれる甘い刺激に弱いわたしは、すぐに息が上がってしまう。

「気持ちいい?」
「…ん、そ、そこ…だめ」

輝く星をも飲み込むような漆黒の瞳が、甘ったるい色を滲ませ、わたしの羞恥心を煽るように見つめてくる。その瞳と目が合うだけで、お腹の奥がきゅっとなってしまった。

「でもナカ、きゅーってなってる。もっと奥がいい?」
「…は…ぅ」
「かわい。感じてる時のも好き」

エッチの時、万次郎は色々言ってくるから、それだけでいっぱいいっぱいになって、気づいたら勝手に気持ち良くなってしまう。頭が真っ白になって、涙がぽろぽろ零れるから、万次郎がいつもべしょべしょの頬を拭いてくれる。そこにちゅうっと長めのキスをして、最後に唇を塞ぎながら、ゆっくりわたしのナカに入ってきた。

「は…のナカ、気持ち良すぎて溶けそう」
「…ん、あ…ま、まんじろ…」

一気に奥までぐちゅん、と挿入されて、肌がぶわってなる瞬間が好きだ。万次郎と一つになれたって幸せな気持ちになれるから。

「…痛くない?」
「ん…痛くない…万次郎、いつもそればかり心配する…」
「…それは…女の子の体は繊細だって…言うし…」

万次郎はちゅっと唇にキスをして、わたしの頭を撫でてくれる。きっと初めてした時、わたしが痛がっちゃったから、それが強く記憶に残ってるのかも。
でもあの時、痛かったけど、わたしは幸せだった。大好きな万次郎に初めてをあげられたことが、凄く幸せで泣いてしまっただけ。痛かったからじゃない。

…」
「え?」
「好き」
「わたしも…万次郎が好き」
「…ずっと好きでいて。もう二度と…どこにも行かないで」
「…ん。行かないしずっと好き」

万次郎はホっとしたように微笑んだけど、わたしのナカにいる時は凄く切なそうな顔もする。

「…動いていい?」
「ん…」

わたしが頷くと、切なそうな顔のままオデコをくっつけて、それから少しずつ動き出した。ナカを味わうようにゆっくり動いてる時の万次郎は、すごく気持ちいいって顔になる。普段は色白で汗もかかないのに、わたしを抱く時だけは頬を高揚させて、肌はしっとり汗ばんでいく。
誰もが平伏すくらい強い顔を見せる万次郎も好きだけど、わたしのナカにいる時の蕩けるようなこの顏も、わたしは大好きだった。
わたしは最初から万次郎に惹かれてた。初めて佐野家に行ったあの時から、運命的なものを感じてた。
万次郎と再会できた時、こうなることが必然なんだと、信じることが出来たから。



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