幹部のお仕事



――この子は。しばらくウチで預かることになった。

じいちゃんはオレと真一郎にそう説明したけど、真一郎はを知ってるようだった。
エマの母親いわく、は自分が再婚した旦那の連れ子。つまり、その母親ともエマとも、もちろん佐野家の誰とも血の繋がりはない。本来なら父親が失踪したことで施設へ送られるはずだった。
ただ、エマと同じ歳で仲が良く、離れたがらなかったから、という理由で、エマと一緒に佐野家へ連れて来られた女の子だった。
があのイザナの妹だったと知ったのは、随分とあとのことだ。
彼女の肌は青白く、瞳が大きくて、日本人離れした外見だった。

はうまく笑えない女の子だった。
は人に甘えるのが下手な女の子だった。
は一人でこっそり泣くような女の子だった。
オレは――そんな彼女が、死ぬほど好きだった。

こんなことを言えば、オマエは笑うかもしれないけど、最初に会った時、運命の糸が見えた気がしたんだ。
オレとを繋ぐ――鎖のように雁字搦めに連なった、赤い糸が。




『三途ぅー。あんま動くな。が見えねえ』
「はい」

マイキーのお叱りに返事をしながら体勢を元の位置へと戻す。ついでに何でオレがこんなことしなきゃなんねーんだ!と心の中で毒づいた。
時刻は午前10時。普段ならまだベッドで寝ている時間。
なのに現在、オレは華やかなオフィスビル街の一画で盗撮まがいのことをさせられている。
え、これってナンバー2のオレがやる必要あんのか?

「いらしゃいませー」

向かい側に見える店内からは、の能天気な声が聞こえてきた。アイツは楽しそうに接客しながら、子犬やら仔猫やらを客達に宣伝して営業をかけてるようだ。多分だけど。
いつもみたいに音声がない分、想像でしかないが、客達がに話しかけられて怪訝そうな顔をしてるとこを見れば、どうせまた訳の分からない天然をかましてるんだろうと想像できる。
だいたいは働いた経験が一度しかねえんだから、まともに接客できるとも思えない。
よく面接に受かったな、と驚いたが、おおかた店長の男がの見た目に騙されたんだろう。
アイツは黙ってたらめちゃくちゃ可愛いから仕方ねえけど、こんなことになるなら落ちて欲しかった、とは思う。

元はと言えば先週のこと。マイキーの婚約者でオレ達の幼馴染でもあるが働きたいと言い出した。極力アイツを外に出したくないマイキーは猛反対。でもそのせいでがスネてケンカになった。まあ、そこまではいい。二人もケンカの原因を忘れていたおかげで一時は仲直りをしたわけだし。
でも最悪だったのは、ケンカのキッカケになった店の情報がスマホに残っていたこと。それをまた目にしたがバイトの件を思い出したこと。そして懲りもせずに再び働きたいと言い出したことだ。
バイトの話を持ち出され、マイキーもケンカの原因を思い出したらしい。
ただ、そこでもう一度反対をすれば、また同じような展開になってに「万次郎なんて嫌い!」と言われてしまうのは目に見えている。
マイキーはそう学習したのか、今度は二つ返事で承諾してしまった。惚れた弱みというやつだ。

当然は大喜びだったが、マイキーもマイキーで条件を出した。
それが――これ。オレがしてる監視という名の盗撮だった。
バイト中、監視カメラでの働く様子を映すこと。これがマイキーの出した条件だった。
じゃあバイト先の店のカメラをハッキングしてしまえばいいだろう、と思ったし実行したものの、カメラも二つしかない上に位置が悪かった。

「これじゃカメラの死角に入った時にが見えねえじゃん」

というマイキーからの苦情が入り、初日で却下。
なら店内にカメラを仕掛ければいいだろうと提案したが、万が一カメラが見つかった場合、当然店の奴は通報するだろうし、そこで警察が関わってくると働いてるまで色々と面倒なことになる。だから一旦保留となり、結果こうしてオレが小型カメラを使い、を盗撮してるというわけだ。
このデジタルで埋め尽くされてるご時世に、何ともアナログ方式な方法だ。
さっきから溜息が止まらない。
ただ、あまり溜息を吐きすぎると――。

『三途、溜息うるさい』
「……う、うっす」

と、まあ、こんな感じで叱られる。いや、下っ端でも良くねえか?この仕事!とは思うが、マイキーに「オマエが一番信用できる」と言われてしまった以上、そこは「喜んで!」と言うに決まってる。つーか言うだろ、それは。だってオレはマイキーに信用されてる男だし。(どや顔)
ただ、それはいいとして、やはり朝っぱらから街角に突っ立ってるのは色々とキツイ。
周りはお洒落なオフィスが建ち並び、そこで働くリーマンやら、OL達が不躾な視線を送って来るからだ。電話してるふりをしてるが、何時間もいたら通報されそうで怖い。
マイキーもその辺は考慮してくれて、オレは午前中だけ、午後からは灰谷弟と交代することになっている。え、オレが一番信用されてるんじゃ……とは思ったものの、この仕事から解放されるならそこは甘んじて灰谷弟へ譲るとしよう。
灰谷弟には「えぇ……」と心底嫌な顔をされたが。

そもそもの奴が働くなんて言い出すからこんなことになってるが、マンションにいてもマイキーが仕事で出かける時は監視業務があるから、やってることは同じだ。

梵天にはある決まり事がある。それは幹部のみに適用されるものだ。
マイキーとがずっと一緒にいる時は何も問題はない。
ただ仕事でどうしてもマイキーが出かけなきゃいけない時は、幹部の誰かしらが残っての相手をすること。
そういう暗黙のルールみたいなもんがあった。
本人もそれは了承済みだから、そのことに関しては文句も言わずに受け入れてる。
まあ相手をするなんて聞こえはいいが、要はが勝手にどこかへ行かないよう監視役ってことだ。
じゃあ何でそこまでしてマイキーは婚約者であるのことを監視するのか。
それはが突然マイキーの前から姿を消した前科があるからだ。
マイキーにとって色んな不幸が重なった直後のそれは相当キツかったんだろう。
マイキーの闇落ちが加速したのも、あの頃からだった気がする。

ふと当時のことを思い出しつつ、楽しそうに働くをボーっと眺めていた時。
三途、とマイキーに呼ばれた。

「はい」
『……に馴れ馴れしく話しかけてるあの男の客を上手く排除しろ』
「……うっす」

アイツが仕事をするに当たって一番心配してたこと。
それはに男が近づくたび、スクラップが量産されるんじゃないか、ということかもしれない。
まあ、この場合そこまでの制裁はなく――アイツのバイト先だし――オレが客を装い、店に入り殺気を込めた目で睨みつけて追い返すだけで済んだのは幸いだった。
……には「春ちゃん目が殺人鬼まるだしだから店に来ないで」と文句を言われたが。

(俺に言うんじゃねえ!ってか誰が殺人鬼だっ)

ボスに信用されてる男という称号も、時には心がパッサパサになるから、なかなかにハードボイルドだ。



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「ただいまー万次郎」
「……おかえり」

ニコニコ顔で戻って来たを見てホっとしながら、ぎゅうっと抱きしめる。彼女からはかすかに動物の匂いがした。

「んー疲れたぁ」
「オマエ、仕事するの久しぶりだもんな」

言いながら彼女の額へ口づければ、気持ち良さそうに目を瞑るから甘そうな唇も軽く啄んだ。
は高校を卒業後、一人で生きていくためにキャバクラで働いてたようだ。三途が見つけ出してくれて、彼女の近況を知った時、オレは速攻で辞めさせた。
それ以来、に仕事はさせていない。まあ今回だけは特別に許可したけど、監視してようがオレの心配は尽きない。

「抱っこ……」
「ん」

甘えるようにオレの首へ腕を回すから、そのまま抱き上げてソファへ座った。オレよりも小柄なは驚くほどに軽いから運ぶのも楽だ。

「バイト楽しかった?」

好きなだけゴロゴロさせながら尋ねると、彼女はパっと笑顔を咲かせて「うん、凄く可愛かった」なんて質問とは少し違う答えをくれたけど、笑顔が可愛いからこっちも釣られて笑顔になる。

「でも一匹も売れなかったの」
「そっか。まあ、動物なんてしょっちゅう売れるもんじゃねえだろ」
「わたしの説明が下手なのかも」

ちょっと落ち込んだ様子でオレの首に顔を埋めてくるから、小さな頭をよしよしと撫でてやれば、彼女も甘えながらすんすんとオレの匂いを嗅いでくるのがちょっとくすぐったい。
そばにこんな可愛い生き物がいるから、子犬やら仔猫はいらないんだってこと、彼女は全く分かってない。

「でね、ペットショップで働いてみて思ったんだけど」
「ん?」
「動物をお金でやり取りするのちょっと違うかなと思って」
「違う?」
「だって、あの子達、生まれてすぐに母親から引き離されて、勝手に売られちゃうんだって。それって残酷だと思わない?」
「そうだな……」

もガキの頃、親が失踪して大人の都合で施設に入れられそうになったことがある。は自分でその運命に抗ってウチへ来ることが出来たけど、もしかしたら小さな動物たちを自分と重ねてしまったのかもしれない。

「じゃあ……辞めれば」
「うん」

いい機会だとばかりに言えば、彼女はすぐに頷いた。それにホっとしたのはオレだけじゃなかったようで、後ろに控えていた三途が「よっしゃ」と小さくガッツポーズをしてた。
監視役がよっぽど嫌だったんだろう。
でもまあ、これで心配事はひとつ減った。

「というわけで、また明日からぷーちゃん逆戻りだから、万次郎よろしくね」
「はいはい。つーか、オマエはオレに養われときゃいーんだよ」

前から繰り返し言ってることを口にすれば、は少しだけ不満そうな顔をした。この様子じゃまたそのうち働くとか言い出しそうだ。そうさせない為にもが退屈しないようにしなければならない。

「三途」
「はい」
の好きそうなもの色々買っておいて」
「……う、うっす」

好きなモノ?と首を傾げながら、三途は部屋をあとにした。ガキの頃から知ってるアイツなら、それが何かくらい分かるはずだ。
今じゃオレの腕の中でウトウトし始めたを見下ろしながら、遠い昔を思い出した。
会った頃のは、こんな風に甘えるのが苦手な女の子だったけど、オレがベタベタに可愛がったら、元々素質はあったんだろう。以前の彼女からは考えられないくらい、甘えん坊になってくれた。
オレはあの頃からが好きで好きで、どうしようもないガキだったと思う。
彼女を独り占めしたくて、中学に上がってすぐプロポーズをしてしまったくらいに。



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