06-特別扱いしてんだよ
「では明日から宜しくね」
「はい!宜しくお願いします!」
面接をしてくれた店長さんにペコりと頭を下げて、わたしは心の中でガッツポーズをした。
二人に紹介してもらったお店を二人のせいでクビになったわたしは、次の仕事を探すために連日面接を受けていた。でも全て落ちまくって、やっと今日六本木内でも人気のあるカフェで採用してもらえることになったのだ。
蘭ちゃんと竜ちゃんにはまだ話してないけど、やっぱり仕事は自分で探すことにした。というのも、最初のお店をクビになった次の日から、二人はまたいくつもお店を紹介してくれたんだけど、その紹介先の人は殆どが二人狙いの女の人ばかり。それで紹介されたのが女のわたしだと分かると向こうから断ってくる。いくら幼馴染だと言っても何となく女の勘が働くらしい。一日働いただけで「悪いけどウチでは雇えないわ」と言い出すまでがお約束だ。
結果、わたしの気疲れだけが増幅していくだけだった。こうなったら二人に頼らず自分で働き口を探そう!そう思ってやって来たのがこのカフェだったというわけだ。
「あー嬉しい!もっと早く自分で探せば良かった」
これまで二人に甘えすぎてた自分を反省しつつ。お店を出て六本木をブラつく。今朝までの重苦しい気分は嘘のように、今は晴れやかだ。今度からは二人狙いのお姉さま方に気を遣うこともないし、変な嘘をつく必要もない。
(それにあのカフェ、制服可愛いし、スタッフもみんな可愛い子やイケメンも多いんだよなあ)
実は前からちょこちょこ通ってたお店であり、いつも働くスタッフ達を見ては「いいなあ」と思っていた。若者向けというコンセプトで作られた"アトレ"はフランス語で"魅力"とか"愛着"と言う意味が込められてるそうで、雇うスタッフも、"魅力的でお客様から愛着を持ってもらえる"人間を積極的に選んでいるらしい。そのせいか男女問わず、スタッフは全員が魅力的な人ばかりだ。その中にわたしも入れるのかと思うと、今からワクワクしてくる。
(今日、二人が帰って来たら報告しよう。心配してくれてたからきっと喜んでくれるよね)
自分達が紹介する店が悉く不発なのを気にしていたことを思い出す。蘭ちゃんと竜ちゃんのせいじゃないけど、モテすぎるのも考えものだなとは思う。
(確かに…二人は昔からカッコいいもんね…)
顔立ちが端正なのもさることながら、一人で十人はあっさり倒せちゃうくらい強いし、二人ならその倍でも勝てちゃうほどに強い。しかも高校には行ってないのに頭が良くて、十代で実業家として一般の会社員よりもお金を稼いでるんだから凄いなあと尊敬していた。ただ一つだけ欠点があるとするならば…この平凡を絵に描いたようなわたしを何故か二人して好きでいてくれることかもしれない。
(ほんと…何でわたしなんだろう…)
先日、バイトをクビになったショックで、つい竜ちゃんに甘えてホテルで食事をさせてもらって、あげく流された形で抱かれてしまった。だけど家に帰って蘭ちゃんが帰宅した後も今度は特にケンカをする様子もなく。ホっとはしたものの、てっきり竜ちゃんとホテルに行ったことを怒られるのかと思えば、蘭ちゃんは仏頂面で「オレも誘えよ」と言い出し、「次はオレとスイートルーム泊まろうなー?」なんて言うから唖然としてしまった。これも片方だけだと不公平という理由みたいだ。でもそれ以来、二人もチームの用事や、仕事で忙しいのか連日のように帰りが遅く、殆ど顔を合わせてないまま、今日に至る。夜這いはダメって言ったから、あの夜以来ホントに仕掛けて来ないし、今のところは平穏だった。
(でも…このままでいいのかなぁ…)
わたしは蘭ちゃんも竜ちゃんも大好きでどっちかなんて選べない。他の人を好きになるなんてことも考えられない。わたしの王子様は子供の頃から蘭ちゃんと竜ちゃんだけ。だから強引に来られると流されちゃうんだけど、やっぱり三人でそんな関係になるのって変、だよね。じゃあどうするってなると答えが出なくて、また鬱々としてしまう。
その時、「」と呼ばれてハッと立ち止まる。顔を上げると蘭ちゃんと竜ちゃんがちょうどタクシーを降りてくるところだった。
「え…何で…」
てっきり今夜も遅いのかと思ってただけに、少し驚いてしまった。
「今、タクシーで家に向かってたらが見えたし」
「そーそー。オマエ、何してんの。ヒルズに買い物か?」
「え…?」
蘭ちゃんと竜ちゃんが笑いながら頭を交互に撫でてくる。でもわたしは顔を横に向けてそこがヒルズの前だということに気づいた。マンションとは方向が違う。考え事をしてたせいでマンションをいつの間にか通り過ぎてたようだ。
「か、買い物っていうか…それより二人ともどうしたの?こんな早い時間に。まだ三時時だよ」
「あー意外と早く終わったから今日こそ明るいうちに帰ろうと思って寄り道しねえで帰ってきたとこ」
「兄貴のヤツ、毎晩が一人で家にいるのが心配だとかぬかしやがってさ。警備厳重なんだし大丈夫だって言ってんのに」
「え…」
「あ?警備厳重だろうと部外者が入って来ることもあんじゃん。、呑気だからそのオートロックだって開けちまうかもしんねえだろ?」
「いや、子供じゃねえんだからそれはねえだろ」
蘭ちゃんの言い草に竜ちゃんが笑っている。でも蘭ちゃんの指摘はごもっともで、もし宅配業者の恰好をした人が来たら、二人が何か買ったのかなと思って、わたしは夜だろうと開けてしまうに違いない。
「あーじゃあちょうどいいから買い物してこうぜ」
「え、買い物…?」
「そうだなー。の欲しいもん買ってやるよ」
「えっ」
蘭ちゃんと竜ちゃんはそう言いながらヒルズの方へ歩いて行く。それを見ながら少し呆気にとられた。あんなことがあったあとなのに、二人は普段と何一つ変わらない。
(二人とも普通すぎる…わたしばかり意識してバカみたい…)
少々強引だったとはいえ、二人と体の関係を持ってしまったというのに、二人のわたしへの扱いは今までと同じすぎるくらい同じだ。それを見てたら拍子抜けしてしまった。
「おい、」
「早く来いよ」
少し前を歩く二人に急かされ、わたしはハッとして慌てて歩き出した。でもつま先が地面に引っかかって前のめりに転びそうになる。
「わっ」
視界がぐらりと揺れて転ぶ、と思った瞬間、両腕をそれぞれ蘭ちゃんと竜ちゃんが掴んでくれた。
「っぶねえな、ボーっとすんな」
「大丈夫か?」
竜ちゃんが左手、蘭ちゃんが右手を支えてくれる。
「あ…ありがと…」
二人とも、小さい頃とは違う大きな手。今更ながらに気づいてドキっとしてしまった。
「転ばなくて良かったなー?」
「気を付けて歩けって」
「う、うん。ごめん」
勝手にドキドキしてる心臓のせいで頬が赤くなってしまう。二人のわたしを見る目がやたらと甘いせいだ。
「ったく、ホントは危なっかしいな」
「でもそーいうとこも可愛いんだろ。竜胆も」
「まあ…そうだな」
竜ちゃんは照れ臭そうに視線を反らしながら苦笑してる。その時ふと昔のことを思い出した。
「そう言えば…二人ともいつも何かあるたび、わたしを守ってくれたよね」
泣き虫のわたしが泣いてると、いつも今みたいに助けてくれたっけ。
――をいじめんなっ!
――大丈夫だから、泣くなって。オレと竜胆がいんだろ?
大きな犬に吠えられた時、クラスの男子にからかわれた時、わたしが泣いてると二人はいつもそばにいてくれた。
「意地悪もするけど…実は特別扱いされてるみたいで嬉しかったな」
「みたいじゃなくて特別扱いしてんだよ」
竜ちゃんに頭をぐりぐりされて顔を上げると、蘭ちゃんは「昔だけじゃなく今もだけどー?」と笑った。
「はオレと竜胆のオヒメサマだから」
「え、何それ…照れるんだけど…」
蘭ちゃんの言葉が照れくさくて、赤面しながら思わず笑うと、二人は立ち止まってわたしをジっと見ている。
「え、何…?」
「、荷物貸せ。持ってやっから…(クソ可愛い)」
「え?竜ちゃん…?」
「また転ばねえように手ぇ繋ごうか (可愛すぎ)」
「え?蘭ちゃん?」
「おい、待て。兄貴が手ぇ繋ぐならオレも繋ぐからな」
「え、ちょ…」
いきなり二人から手を繋がれて困ってしまった。いい大人なのに三人で仲良く手を繋ぐとか恥ずかしすぎる。しかもここヒルズ前なんですけど。
「もう…子供じゃないんだから…」
「どーせまた転ぶだろ」
「こ、転ばないもん――」
と言った時だった。背後から「さん?」と声をかけられ、ビクっとなった。ついでに繋いでた手をパっと離す。振り向けば、この前クビになった店のお姉さま方三人が驚いた顔で立っている。
「きゃー蘭さんも竜胆くんもいる!」
「二人そろうのレアすぎるー」
「皆で仲良く買い物ですかー?」
この前、怖い顔でわたしに塩対応してきたお姉さま方とは思えないほど、声のトーンが甘ったるい。一オクターブ高いって、こういう声を言うんだろうな。アイドルのコンサートで溢れてるような感じの声だ。
「そーそー。に何か買ってやろうと思って」
(げっ。蘭ちゃん余計なこと言わなくても…!)
満面の笑みで言いのけた蘭ちゃんに、お姉さま方の口元が引きつってるのが分かる。まあもうクビになったから気を遣う必要ないけど、やっぱり少し気まずい。
「えーさんいいなあ」
「お二人に買ってもらえるなんて羨ましいー」
一際高い声で身をくねらすお姉さま方は、ふと引きつった笑顔を見せて「ところで…」とわたしの腕を掴んできた。
「さん、ちょっといいかしら」
「え…っ」
一気に二人から引き離され、ヒルズ敷地内へずるずる引かれて行くと、わたしはお姉さま方に囲まれてしまった。今度こそ引っぱたかれるのでは?と心配になってきた時、お姉さまの一人が口を開いた。
「ねえ、さんって幼馴染って聞いてたけど、手まで繋ぐ仲なの?」
「え…っ?(み、見られてたーっ)」
しっかり見られてたという事実に、一瞬で顔から血の気が引いて行く。脳内で"私の蘭さんと手を繋ぐなんて生意気!"と罵倒される光景が浮かぶ。でもそれは杞憂に終わった。お姉さま方からはこの前のような怒りは見られず、むしろ好奇心旺盛な瞳を向けられた。
「何か店長がさんは竜胆さんと付き合ってるかも、なんて疑ってたから私達もてっきり、そうなのかと疑ってたんだけど…もしかして二人とはただ単に仲がいいだけ?」
「え?あ、う…はあ…まあ…」
「なーんだ、そっかー」
「どう見ても竜胆さんと付き合ってるって感じには見えなかったもんね。蘭さんまであんな感じじゃ」
「そーよねー。まさか二人と付き合ってるわけでもないだろうし。あれはどっちかと言えば家族繋ぎだったもん」
「……っ!」
そう言われて心臓がおかしなくらいに飛び跳ねた気がした。でも、そうか。三人で手を繋ぐなんて家族とか、小学生レベルの話で、いい大人の男女がすることじゃない。
「何か誤解して冷たい態度とっちゃってごめんなさいね」
「もう、店長もクビにしなくてもいいのに」
「私達が説明してあげようか?誤解って分かったら、また雇ってもらえるかもしれないし」
「へ…?い、いえ!もう次のバイト先は見つかったので…」
またあの店で働くなんて、絶対に出来るはずがない。店長にはキスマークを見られてる。でもスタッフのお姉さま方にはそこまで詳しく話してないようだ。もしかしたら店長の女としてのプライドかもしれない。自分の好きな男が幼馴染を抱いてるかも、なんて他のスタッフには言えなかったんだろうな。
「あら、もうバイト先見つかったの?残念」
「は、はあ…」
わたし的にはもうあの店で働く気にはなれないし、どうにかこの状況を抜け出したくて、そろそろ…と言おうとした時、お姉さまの一人が「あっ」と声を上げた。
「やだ、私気づいちゃった…。今さんと手を繋いだら間接的に二人と繋いだことになるんじゃ…」
「「天才!」」
「え…?」
残りの二人も賛同すると、いきなり皆に手を出された。とにかく三人の圧が凄い。
「握手させて、さん!」
「竜胆さんと繋いでたのどっち?」
「私は蘭さんの方でお願いっ」
「え、あ、ちょ…」
一斉にお姉さま方に握手をされ、しかも握手のあとには満面の笑みで手を振って戻っていく。
「じゃあ、またお店に来て下さいねー」
「お待ちしてますぅー!」
恐るべし、兄弟の人気…と思っていると、二人が歩いて来てきょとん、とした顔でお姉さま方へ手を振り返している。
「おい、何だあれ?」
「なんだろーなー」
「……(そこは鈍いんだ)」
「イジメられたってわけじゃねーよな」
一瞬、竜ちゃんが怖い顔でわたしを見おろすからドキっとして首を振った。わたしのことになると、すぐ熱くなるのが二人の怖いところだ。
「ち、違うよ」
「ならいいけど」
蘭ちゃんもホっとしたように微笑む。二人の心配性なところは昔と少しも変わってない。わたしだってもうハタチなのに、いつまで経っても子供扱いするんだから困った兄弟だ。
「でも…蘭ちゃんも竜ちゃんも大人気なんだね」
「は?何言ってんの」
竜ちゃんは苦笑しながらまた頭をぐりぐりしてくる。
「おら、サッサと行くぞ~」
「そーいや、酒のストックあったっけ」
「あーまだあるけど、買い足しとく?どうせすぐ飲んじまうし」
そんな会話をしながら蘭ちゃんはわたしの手を再び繋ぐと今度こそヒルズの方へ歩き出した。
――特別扱いしてんだよ。
――昔だけじゃなく今もだよ。
女の人からあんなに人気があるくせに、そんなことを言ってくれる。それが嬉しいって思ってしまうのは、わたしが今も二人のことを――。
「おい、」
「……っ?」
「ボーっとしてるとまたコケんぞ」
前を歩いていた竜ちゃんがわたしの顔を覗き込んでくる。
「う、うん…」
「あー、何か欲しいもんある?」
今度は蘭ちゃんが身を屈めて視線を合わせてくる。二人からそんな優しい目で見つめられると、またドキドキが復活してきて、顏が自然と熱くなった。
「、どした?」
蘭ちゃんが小首をかしげてくるから、慌てて笑顔を作った。今の心のうちを上手く言葉では表現できない。だから別の話題を探していた時、ふとバイトの件をまだ報告していなかったことを思い出した。
「あ、あのね。今日バイトの面接受かったの」
「は?マジ?」
「良かったじゃん!」
ヒルズ内の店を覗いていた二人は笑顔で振り向いて、わたし以上に嬉しそうな顔をしてくれた。きっと面接に落ちてばかりでわたしが最近ヘコんでいたからかもしれない。
「んじゃー今日はのお祝いでもすっか」
「いいねー」
こういう時、蘭ちゃんも竜ちゃんも仲良しだから凄く安心する。さっきまでは本当にいいのかな、なんて悩んでたクセに、今はこのまま仲良く三人で過ごせたらいいな、と思うゲンキンなわたしがいる。でも…。
――まさか二人と付き合ってるわけでもないだろうし。
不意にさっき言われた言葉を思い出してドキっとした。あの反応はやっぱり三人で、なんて変なことなんだと実感する。世間的に見れば三人で体の関係を持つなんて凄くおかしなことだ。
だけど――本当はわたしも三人でいることが心地いいと、心のどこかで思ってしまっているのかもしれない。わたしと蘭ちゃん、竜ちゃんは子供の頃から三人でいるのが普通だったから。
「なあ、はどれ欲しい?」
「オレ的にはこれ似合うと思う」
「んー、どっちも可愛い」
二人の本心が見えてきた今、ふとそう思った。

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