11-酒の席は危険がいっぱい



平日の夜なのにガヤガヤと活気のある声が響く店内、そこの奥に配置された大人数用の個室を貸し切って、店の仲間との飲み会は始まった。

ちゃーん、お疲れー!」
「これからも宜しくな」

普段は仕事中だからそれほど言葉を交わさない人達からも話しかけられて、緊張しいのわたしはそれに応えるたび、お酒の飲む量が増えていく。蘭ちゃんや竜ちゃんに注意を促されたのにも関わらず、すいすいお酒が入ってしまう。厄介なことに、お酒が入ると自分の中では"まだ大丈夫"という根拠のない自信が芽生えてくるから不思議だ。

ちゃん、可愛いよなぁー。何かぽわぽわしてて」
「へ?ぽゎ…?」

皆と乾杯をして結構ふわふわしてきた頃、隣にやって来たメインスタッフの男の子の一人、翼くんにおかしな言葉を言われて頭を撫でられた。確か彼はお店で働く前にモデルさんをやってたとかで、スタイルが良く今時のアイドルも真っ青なくらいのイケメンだ。サラリとした黒髪が綺麗な顔立ちに合っていて、切れ長の目元に小さなホクロがあるから何となく色っぽい空気を醸し出している。年齢はわたしよりも二つ上だから蘭ちゃんよりも年上だ。彼は多分、コウさんの次に人気のあるスタッフさんで、もう一人メインの男の子、涼くんと競い合ってると、誰かが話してた気がする。涼くんは可愛らしい子犬系男子って感じで、これまたアイドル並みに人気があった。

「ぽわーんとしてんじゃん。従順そうでオレの好みなんだよねーちゃん」
「え、あ…ありがとう…御座います?」
「あははっ何で疑問系?」

どこまで本気で言われてるのかも分からないし、「ぽわん」なんて褒められてるのかすら怪しい。そんな気持ちの迷いが出て、つい疑問系になってしまった。とりあえずメインスタッフの翼くんに褒められた!という良い話だと思っておこう。

「ちょーっと翼、ちゃんにちょっかいかけないでよ」

そこへマリナさんがやって来て、わたしと翼くんの間に強引に座りだす。翼くんは「邪魔すんなよ、マリナー」と文句を言ってるけど、互いに人気のメインスタッフだからか特に遠慮する関係ではないらしい。その時、マリナさんがとんでもないことを言いだした。

ちゃんに手を出したら灰谷兄弟に殺されるよ、アンタ」
「は?何でだよ」
「ちょ…マリナさん…?」

ギョっとしてお酒を吹き出しそうになったわたしを見て、翼くんは「ちゃん、灰谷兄弟と何か関係あんの?」と訊いてきた。どうやら翼くんも二人のことを知っているみたいだ。さすが六本木の有名人。

「幼馴染なんだって。二人の」
「え、マジで?」
「は、はあ…」
「あーこの前アンタは休みだったから知らないか。ちゃん初日の日、灰谷兄弟が店まで彼女のことを迎えに来たの」
「うっそ。すげーじゃん。え、幼馴染って話だけど、今もそんな仲がいいわけ?灰谷兄弟と」
「え、あ…ま、まあ…そう、ですね…。小さい頃から妹みたいに可愛がってもらってて…」

今の本当の関係は口が裂けても言えないから、とりあえず昔の関係をそのまま口にした。翼くんは綺麗な顔を若干引きつらせてる。

「え、じゃあオレがちゃん口説いたらボコられる可能性大?」
「えっ?」

まさか口説こうとしてたとは思わなくて驚いた。マリナさんは気づいてたみたいで「ほーら、やっぱり」と鼻で笑ってるけど、前にも似たようなことがあったのかな。そんなことを考えていたら、案の定な話をマリナさんが教えてくれた。

「気を付けてね、ちゃん。翼はタイプの子を見るとすーぐ手を出すクズだから」
「おい、マリナ!それ言い過ぎじゃねえ?オレだって毎回マジだっつーの。ただ付き合いだしたら従順どころか、支配系に豹変する怖い女ばっかだったんだよっ」
「あはは、女見る目なさすぎ」
「いや、でもちゃんはどう見ても支配系には見えねえだろ。どっちかと言えば支配されてそーじゃん」
「えっ」

翼くんの言葉につい過剰に反応してしまった。まさしく、現状は蘭ちゃんと竜ちゃんに支配されてるようなものだ。しかもそれが嫌だと思ってるわけでもないから自分でも自分のことがよく分からない。わたしって普通じゃないのかな、と最近ちょっと心配になる。

「こーら、翼。失礼なこと言うんじゃないよ、女の子に」
「あ、コウさん」

そこへコウさんも移動してきて、何故かマリナさんがサっと避けると「わたし、アッチの席に挨拶してこよー」と言いながら行ってしまった。必然的にコウさんと翼くんに挟まれる形で座ることになる。蘭ちゃんと竜ちゃんならともかく、あまり知らないイケメン二人に挟まれると、また緊張してくるのを感じて、ぐいっとお酒を煽った。

ちゃんは素直なんだよ。ね?」
「え?あ、は、はあ…」

コウさんにニッコリ微笑まれ、思わず頬が引きつる。素直というか流されやすい性格といった方が正しい気がするし、それは蘭ちゃんと竜ちゃんが好きだから拒めないというわたしのダメなところだと思う。
その時「翼くーん、こっちにも来てよー」と他の席のスタッフから声がかかって、翼くんも笑顔で「おー」と手を上げた。

「オレちょっとあっちで飲んできますよ」
「はいはい。相変わらず店の子からも人気者だな、オマエは」
「いや、コウさんに言われたくねえよ」

翼くんは笑いながらコウさんの肩を叩くと、「じゃあちゃん、またねー」と手を振りながら席を移動した。それを見送っていると、バイトスタッフの女の子達に「お待たせー」なんて愛想を振りまいている。

(チャ…チャラい…)

さすがモテるだけあって女の子の扱いには慣れてそうだ。まあ、それを言っちゃうと蘭ちゃんや竜ちゃんもそうなんだけど、二人は昔からチャラいってイメージはあまりない。自分から女の子を口説いてどうこうしてるより、相手から寄ってくるのを適当に受け入れてた感じだった気がする。

「じゃあ改めて、乾杯」
「あ、はい」

コウさんがわたしのグラスにチンと自分のグラスを当てるのを見て「今後ともよろしくお願いします」と頭を下げる。

「はははっやっぱちゃんは真面目だな。もっと気楽にしてよ。今日は君の歓迎会でもあるんだし」
「は、はい…」

気楽と言われても上司と先輩ばかりの中で、それは無理がある。万が一機嫌を損ねて「見習い期間」で終了してしまったら、わたしはまた仕事を探さなくちゃいけない。蘭ちゃんに前の家の滞納した家賃を立て替えてもらってるし、今のとこも家賃なしで住まわせてもらってるけど、やっぱり全部きちんと返したいと思った。その為にも仕事を頑張らなくちゃ。

「ふう…」

乾杯したあとお酒を空けると、コウさんが「飲み過ぎた?」と心配そうに顔を覗き込んできた。飲み過ぎたのかな、と自分でも首を傾げつつ、皆と挨拶しながらその都度乾杯して飲んだ分を考えると、確かにいつもよりは飲んでいるような気もする。でもまだふわふわするくらいだし「大丈夫です」と応えた。ただ乾杯スタートから連続して飲んだからトイレに行きたくなってきたかも。

「えっと…この店、お手洗いは…」
「ああ、この個室を出てすぐ左へ真っすぐ行くとあるよ」
「あ、ありがとう御座います」

コウさんにお礼を言って席を立つと、言われた通り左へ真っすぐ歩いて行く。突き当りにレストルームと書かれたドアが見えて、女の子のマークがある方のドアを開けた。

「うわ、ひろ…」

中は真っ白な空間で、入って右手にはパウダールームまで完備されている。この洋風居酒屋というコンセプトのお店は今年六本木にオープンしたばかりというだけあって、今時の装飾をされた内装は凄く綺麗で、ホっとする空間に仕上がってるから人気店になるのも分かる気がした。

「このお店いいなぁ。蘭ちゃんと竜ちゃん誘ってまた来よう」

そんなことを考えながら用を済ませて手を洗っていると、ふとパウダールームに目がいく。まだ来て一時間くらいだけど軽くメイクを直してからいこうとバッグからポーチを取り出した。ついでにケータイを出してチェックすると、いくつかメールが届いている。確認すると、それは蘭ちゃんと竜ちゃんからだった。"なるべく男と話すなよ"とか、"誰かに口説かれてねえ?"とか、さっきも電話で言われたような内容ばかりで思わず笑みが零れてしまう。心配してくれる存在がいるだけで嬉しい。

「口説かれてるわけないのに。"わたしは二人みたいにモテませんよー"。送信っと」

それだけ返信すると簡単に口紅だけ直したり、鼻の皮脂をとってファンデを軽く叩いておく。お酒を飲むとすぐ顏が赤くなるから、メイク直しをしないとちょっと恥ずかしいのだ。

「はあ…何かほわんとする…」

やっぱり酔いが回ってきてるのかも。歩くと頭がふわふわして足元が危ういし、そろそろソフトドリンクにしておこうかな、なんて考えながらレストルームを出た。

「遅かったね」
「…ひゃっ!」

ドアを開けた瞬間、声が聞こえてビクっと首を窄めた。視線を横に向けると、そこにはコウさんが壁に寄り掛かって立っている。コウさんもトイレに来たのか思ってホっと息を吐き出した。

「あ、ちょっとメイク直しを…」
「ふーん?そんなことしなくてもちゃんは可愛いのに」
「…え…っ」

壁に寄り掛かったまま、コウさんはニッコリ微笑むと、急に身を屈めてわたしの顔を覗き込んできた。何事かと一歩後ずさると、コウさんはすぐに離れて再び笑み浮かべた。

「そう言えばちゃんに聞きたいことあるんだけど――」
「…は、はい」
「灰谷兄弟のどっちと付き合ってるの?」
「…えっ?」

予想外の質問をされて、つい素で驚いてしまった。何でそんなこと聞くんだろうとドキドキしながらコウさんを見上げると、彼は普段と変わらない笑顔でわたしを見ている。

「この前、迎えに来てたでしょ。何か空気的にそうなのかなーって思ったんだけど」

突然そんな質問をされて心臓がいっそうバクバクしてくる。

「ち、違います。二人は…その」
「へえ、違うのに一緒に住んでるの?」
「なっなな何でそんなこと知って――」

ギョっとしつつ顔を上げると、コウさんは軽く吹き出した。

「ああ、やっぱ住んでるんだ」
「え?」
「カマかけただけだけど…やっぱちゃん嘘つけないタイプだね」
「…な……(わたしのバカ―ッ)」

コウさんはニコニコといつもの笑顔を浮かべたままだ。別に隠す必要もない気もするけど、わたしが思ってたよりも二人が有名人だから、何となく言わない方がいいような気がしてた。なのにこんなことでバレるなんて最悪だ。

「そ、そのことは皆には内緒で…あ、あの付き合ってるわけじゃないんですけど…」
「付き合ってないのに男ふたりと同居?何か不思議だね。家族でもないただの幼馴染なのに」
「そ、それには深ーい事情が…」
「ふーん。でも…僕、この前気づいちゃったんだよね、実は」

コウさんはそう言ってわたしの鎖骨辺りを指でつついた。

「ここにやらしい痕がついてるの」
「……っ?!」
「虫に刺されたーなんて分かりやすい嘘言い出すから、僕も話を合わせてあげたんだよ」

条件反射でその場所を手で押さえると、慌ててコウさんから距離を取った。やっぱりあの時コウさんは気づいてたんだ。それともどっちか判断がつかなかったとして、わたしの反応を見て確信したのか。そう考えただけでカッと顔が熱くなった。

「ほーんと、わかりやすいなあ。かわい」
「か…からかわないで下さい…」
「でもキスマークのことは否定しないんだ」
「……っ」
「どっちにつけられたの?兄貴の方?それとも弟?ああ、もしかして…どっちにも、だったり?」

どうしよう。どう言ったらいいのか分からない。返事に困っていると、コウさんはくすっと笑って、またわたしに一歩近づいた。

「灰谷兄弟ってウチの店の女の子からもお客さんからも人気高いよね。特にマリナは昔から兄貴の方にご執心だし」
「そ…そう、みたいですね」
「君と一緒に住んでるなんて知れたら、それこそ大騒ぎしそう」
「…っだからこのことは――」
「まあ僕もスタッフ同士は円満に働いて欲しいんだよね」
「じゃあ…内緒にしておいてくれますか…?」

黙っててくれるのかと思って顔を上げると、コウさんは普段の優しいものではなく、どこか意味深な笑みを浮かべてわたしを見下ろした。

「でもそれって僕になんのメリットもないよね」
「メ、メリットって…」
「じゃあ、こうしない?ちゃん」
「……え」

壁際まで追い詰められたせいで壁に背中が当たる。コウさんは壁に手をつくと、わたしの目線まで身を屈めてニッコリ微笑んだ。

「黙っててあげるかわりに…僕のいうこと何でも聞くってどう?」
「―――ッ?!」

優しい人、なんてとんでもなかった。コウさんの顔は笑っているのに目は笑っていない。その冷めた目を見ていると、一瞬でほろ酔い気分が覚めていくのが分かった。


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潮の匂いが鼻腔を刺激してくる。月明りの下、波の音に交じって鈍い音が埠頭に反響するのを聞いていた。オレの後ろではウチの大将が一人で男数人をボコボコにしている。オレ達四天王の相手はとっくに地面で伸びているから、後はイザナが相手してる男どもが沈めば奴らのチームは終わる。

「全く手間をかけさせやがって…」

どうやら終わったらしい。大将が倒れた男達に唾を吐きながら、オレの方へ歩いて来た。

「蘭、オレのビール飲むなよ」
「大将のはこっちー」

下っ端が用意したクーラーボックスの中から新しいビールを出して放ると、「バカ、放るな、蘭っ」と言いつつ、それを見事にキャッチした。でもイザナは缶をオレに向けて開けようとするから慌ててその場から逃げる。

「何で逃げんだよ」
「いや、だって、それオレにかける気満々じゃん」
「いいだろ、別に。天竺勝利のビールかけだと思えば」
「いや、野球選手じゃねえから」

イザナの言い分に笑いつつ、結局ビールが吹き出すことはなかった。こんな場所でビールまみれになったら風邪引きそうだし、臭くて耐えられそうもない。

「はー。勝った後のビールは美味い」
「今日ので何チームめだっけ」
「知らね。鶴蝶に訊いてみないと」

その鶴蝶は竜胆や班目と一緒にすでにコンビニへ買い出しに行かされてる。イザナが「どうせオレが勝つから酒でも買って来い」と言い出したことがキッカケだ。まあ結局その通りになってんだけど。どうせまた朝まで祝杯コースだなと思いつつ、ケータイで時間を確認すると、午後11時を過ぎた頃だった。

「何だよ。例の幼馴染ちゃんが心配か?」
「…まーねー」

海の方へ視線を戻しながら苦笑すると、隣に座ったイザナが小さく吹き出した。

「素直か」
「オレは昔から素直なんだよ」
「蘭のくせに」
「いや意味分かんねえから、それ」

ツッコミにツッコミで返せば、イザナは一人で笑っている。

「え、マジで好きなの。その子のこと」
「え、ダメ?」
「いや、ダメとかはねえけど似合わねえなって」
「…オレこう見えて一途だから」
「どの口が言ってんの。女とっかえひっかえしてたクセに」
「あんなのアイツが手に入るまでの退屈しのぎだし」

最低、とイザナは笑ったけど、そんなのオレが一番思ってる。でも今は以外の女なんていらないし興味もない――。
その時、ケータイの着信が鳴ってメールが届いた。

"わたしは二人みたいにモテませんよー"

それを見た時、思わず舌打ちが出てすぐに立ち上がった。あいつは自分のこと全く分かってねえから困る。

「どうした?蘭」
「ワリ。オレ、竜胆と先に帰るわ」
「は?何で」
「ちょっと心配ごとー。悪いな」
「なるほどね…。ま、今日は一日仕事してくれたからいいけど」

イザナは片手をヒラヒラ振って「サッサと行けよ」と笑っている。きっと見透かされてんだろうなと苦笑しつつ、ここは甘えることにした。途中コンビニから戻って来た竜胆に「帰るぞー」と声をかけ、駐車場へ向かう。

「何だよ、兄貴。せっかく酒買って来たのに」

竜胆は手にしていた袋を鶴蝶に預けると、オレの後を追いかけて来た。後ろからは「帰んのかよっ」と鶴蝶や班目の文句が聞こえて来たが、この際サクッと無視だ。

「やっぱ心配だし迎えに行く」
「は?」
「言わずに帰ったらオマエどうせまたヌケガケって騒ぐから声かけたけど、残りたいなら残っていーぞー」
「いやオレも帰るって!」

オレが車に乗り込むと竜胆も慌てて助手席に乗り込んで来た。

「ったく…あまり構うとウザがられそーだから寛大な心で見守るとかさっき言ってなかったっけー?」
「気が変わった。やっぱ、全然分かってねえし」

車のエンジンをかけつつ、さっきのメールを竜胆に見せると、オレと同じような反応をした。

「あー…アイツ、鈍感だからなァ…。全てにおいて」
「そこが可愛いんだろ?は」
「まあ…そうなんだけどさー。やっぱ前の会社みたいにオッサンばっかのとことか、女しかいねえとこで働かせた方がオレと兄貴の為にもいいんじゃねーの」

エンジンを思い切り吹かしながら急発進させると、竜胆は慌てて「落ち着いて運転して?」とシートベルトをしている。でも何となく嫌な予感がするから、ついアクセルを踏み込んだ。

「そもそもだけどさー。別にオレはに働いて欲しいとか、思ってねえし」
「オレもそうだけど、は働きたがるし…やっぱ好きなことさせてやりてえじゃん」
「まあな…」

竜胆の言うことも一理ある。オレだってが楽しそうに働いてる姿を見るのは好きだし望むことは何でもさせてやりたい。本当なら部屋に閉じ込めて外になんか出したくねえけど、は真面目だからオレ達に面倒を見てもらってる今の現状を申し訳ないと思ってるとこがある。アイツに肩身の狭い思いはさせたくねえし、そんな思いをさせたくて傍に置いてるわけじゃないから、仕事を探すのだって協力してた。でも外に出せば必ず他の男がにちょっかいを出す心配をしなくちゃならないから困ってるとこだ。

(あの人気のカフェだってが働いてみたいっつーから許可したけど、若い男がいる店なんかやっぱ反対しておきゃ良かったかもなー…)

初日に迎えに行ったのもオレとしては牽制のつもりだった。オレ達と知り合いだと分かれば、あの店の男どもも客の男もに手を出そうなんて考えないだろうと思ったからこそ、敢えて目立つように迎えに行った。それでも何となく心配なのは、あの上司とかいう男にキスマークを見られたと聞いたからかもしれない。

(だいたいあの店の制服もエロいんだよなぁ…露出多めだし)

あんな格好で接客とかして客の男にどんな目で見られてんのかと思うと、何かこう…腹の奥から沸々とこみ上げて来るものがある。ただ一番の問題は、が自分の可愛さを分かってないってとこだ。は自分がモテないと思ってるけど実はそうじゃない。学生の頃からに近づこうとするヤツらを遠ざけてたのはオレや竜胆だ。幸いは恋愛とかに疎くて、他の男を好きになることもなくいてくれたから安心はしてたけど、やっぱ職場のヤツまで脅すってわけにもいかない。

「はあ…アイツ、スキだらけだからなー…。なのに飲み会って…心配で心配で兄ちゃん吐きそう…」
「そんなに?!いや、分かるけど…でもだってバカじゃねえし、口説かれたところでソイツのこと好きにはならねえって」
「は?当たり前だろ。は口説かれたからってすぐ好きになるような女じゃねえし。オレが心配してんのは男の方が強引な手口で来た場合だよ」
「あ…そっか…いやでも職場の奴ならそこまで強引なことしねえんじゃねーの?オレらと知り合いだって分かってんだし」
「そうだけど…なーんかモヤモヤすんだよなァ…。とにかく急ぐぞ」
「……げっ」

言ったと同時にアクセルを踏み込むと、車内に竜胆の情けない悲鳴が響き渡った。


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