12-何も分かってない
※軽めの性的描写あり
縁もたけなわになってきて、だいぶ酔っている人達が増えてきた。最初の席にいるのはわたしだけで、他の皆はあちこち移動しながら盛り上がってるようだ。
そしてわたしはというと…。
「はーもう…ちゃん、イケメン兄弟と幼馴染なんて羨ましい~。どんな強運持ってたら幼い頃から二人と仲良くできんのー?裏技あるなら教えてよー」
「う、裏技って…それは家が近所っていう、ただの偶然としか…」
同じ時期に入ったバイトの優愛ちゃんに絡まれ、思わず笑顔も引きつった。どう見ても不良には縁のなさそうな子までが、蘭ちゃんと竜ちゃんのことを知ってる事実に驚いてしまう。でも確かに昔から二人は派手にこの一帯で暴れ回ってたようだし、良くも悪くも目立っていた。
カリスマ兄弟なんて呼ばれるようになってたことを知った時は、心底驚いた記憶がある。わたしからすれば、蘭ちゃんも竜ちゃんもちょっとヤンチャな男の子だったのに、人並み外れたケンカの強さと、あのキラキラ容姿も相まって、あげくにあの大きな抗争事件を起こした後は逆に"ハク"がついたらしい。二人は少年院に入れられたのに、兄弟だけで大きなチームを潰したなんて伝説みたいに語られて、大きく報道されたから余計知名度を上げるのに拍車をかけたようだ。
当時は未成年だったから当然名前は伏せられていたけど、人の口に戸は立てられぬと言うように、知人から徐々に洩れて二人の名前は世間に広まっていった。
あれから数年が過ぎたと言うのに、未だに"灰谷兄弟"は、ここ六本木で有名だった。
「ゆ、優愛ちゃんも二人のこと知ってるんだねー」
「は?当たり前じゃない。そもそも灰谷兄弟ってウキペディアにも載ってるし!私、彼らと同じ街に住みたいから江戸川から港区に引っ越したようなもんよ」
「えぇっ?!」
ウキペディアに乗ってる一般人ってどうなの?と驚愕した。ついでに二人と同じ街に住む為に引っ越すとか、もう意味が分からない。どこから、そんな熱量が生まれてくるんだろう。もう二人は芸能人並みの扱いなのか?
「住んでたら会えるかなぁ~とか、目立つとこでバイトしてれば来てくれるかな~と思って今の店に入ったけど、働いててマジ良かった~!ホントに来るんだもん!しかも二人の幼馴染まで働いてるとか、神だわぁ」
「は、ははは…」
もはや笑うしかない。優愛ちゃんはアイドル出来そうなくらい可愛らしいし、店の男の子からもモテモテなのに「男は顔が良くても強くないと魅力半減」とか言って誘いを断ってるようで、とことん"灰谷兄弟"に心酔してるようだ。
男の子に顔の他に強さを求めるのってどうなんだろう?と首を傾げたくなるけど、「危ない場面で男が弱かったら悲惨だもん」と優愛ちゃんは笑ってた。前の彼氏がそうだったみたいだ。デートの待ち合わせ場所へ行く途中、優愛ちゃんがナンパされて困ってるのに、彼氏はそれに気づいても他人のふりをしてたらしい。それを聞くとわたしもそんな人はやだなって思う。きっと蘭ちゃんや竜ちゃんなら颯爽と現れて、ナンパ男なんて軽く追い払ってくれるだろうし。
その時、お酒をグイグイ飲んでいた彼女の手がぴたりと止まった。
「う…ぷ…気持ち悪い…」
飲み過ぎたのか、優愛ちゃんは手で口を押えると「ちょっとトイレ…」と言って席を立った。
「お、お水もらっておくね」
そう声をかけてから店員さんにお水を二つ頼んでおく。わたしもだいぶ飲んだから、そろそろ水にしてかないと明日がツラそうだ。
「コウさーん、二次会どうしますー」
「あーもうそんな時間か」
そんな会話が聞こえてきて、ふと視線を向けると、コウさんがメインスタッフの一人と話していた。優しい笑顔を向けているコウさんは、会った時と同様に優しい人に思える。
――黙っている代わりに僕の言うこと何でも聞くってのはどう?
さっきのあれは何だったんだろう。今、スタッフに優しい笑顔を向けている彼と、さっきの彼。どっちが本当のコウさん?
ボーっと見ながら考えていると、コウさんがふとこっちを見た。
(ヤバい…目が合ってしまった…)
慌てて反らしたものの遅かったようだ。背後から「ちゃん」とコウさんの声がして心臓が嫌な音を立てた。その声はいつもの優しい声なのに、どこか怖いと感じる。
「あれ、水?もう飲まないの?」
「え、えっと…飲みすぎたら困るし…その…」
「へえ、あー飲みすぎて灰谷兄弟と何かやらかしたとか?」
「ゴホッ…」
ギクッとした瞬間、飲んだ水を危うく吐くところだった。軽く咽たわたしを見て、コウさんは「ぷっ。やっぱ分かりやすいね」と笑った。何も言ってないのに、そんなにわたしは分かりやすいんだろうか。
「お、お願いします…その話は――」
「いいけど。でも僕からも条件があること忘れないでね」
「……っ」
やっぱりさっきのは悪い冗談…とかではないらしい。コウさんはわたしの手を指で撫でながら「言うこと聞いてくれるなら…」と強く手を握り締めてきた。
「内緒にしてあげる」
「……ゃっ」
ゾっとしてつい彼の手を振り払ってしまった。でもすぐにマズいという感情が溢れて顔を上げると、感情が削げ落ちたような顔をしてるコウさんと目が合う。彼のこんな顔は見たことがなくて、心臓が嫌な音を立てた。
「ご、ごめんなさい…」
「ダメじゃない、ちゃん。僕酔っ払った勢いで全部話しちゃうかもよ?」
「…っ」
コウさんはまたわたしの手を掴んで指の間に自分の指を通してきた。軽くきゅっと握られ、びくん、と肩が跳ねてしまう。顔が一気に熱くなって、今すぐこの場から逃げ出したい衝動にかられた。
「ちゃんって感じやすい方…?可愛いね」
「……っ~…」
言いながらも、手をすりすりと撫でてくる。それも皆に見えないようテーブルの下で。
「こんなことくらいで、すぐ赤くなるとことか…。ここじゃなかったら押し倒してたかも」
「……っ」
その一言で限界がきた。
「確かに…知られたくないことはあります。だからって…何でも許すわけじゃありません」
思い切ってコウさんの手を振り払うと、彼は少し驚いたように目を見開いた。彼に逆らわない方がいいと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「わたしだって…されて嫌なことはあります…っ」
キッパリと拒絶の意志を伝える。ドキドキしてアルコール以外の熱で顔が熱くなった。周りからは「そろそろ出る―?」なんて会話も聞こえる中、わたしとコウさんの間には微妙な空気と沈黙が流れている。何を言われるのかと身構えていたその時、コウさんが軽く吹き出した。
「へえ、意外。ちゃんって泣き寝入りするタイプだと思ってたわ」
「…え?」
「ほんとに僕の言う通りにして、抵抗もしないのかなって」
「な…何が…目的なんですか…?」
本当にそれが分からない。あの店に入ってから、わたしはきちんと仕事をこなしていたつもりだし、コウさんに嫌われるようなことをした覚えもない。何故あんなことを言いだしたのか、わたしには意味が分からなかった。
「このあと二人で二次会に行ってくれたら教えるよ」
「こ…こういうことするなら嫌です…」
「やだな~。普通にちゃんと交流を深めたいだけだって。何もしないよ」
コウさんはニッコリ微笑んでわたしの肩をポンと叩くと、皆の方へ戻って行った。
(本当に、どういうつもりなんだろう――?)
その後はいったんお開きとなって皆で店を出ると。飲み足りない人たちはそれぞれ別の店に飲みに出かけて行った。本当なら家に帰りたい。蘭ちゃんと竜ちゃんに心配かけないよう、家で二人が帰って来るのを待っていたかった。でもわたしは明日お店は休みだし、その間この悶々とした気持ちを抱えて過ごすのも嫌だ。出来れば今日中にコウさんの目的が知りたい。
「じゃあ明日ねー」
「お疲れ様ですー」
コウさんは他のスタッフ達を笑顔で見送ると、後ろで待っていたわたしの方へ歩いて来た。
「で…僕と二次会に行く気になった?」
「変なことしないって言ったし…目的も知りたいから行くんです」
「ふーん。ほんと意外。流されやすい性格だと思ったんだけど」
「い、行くなら早く行きましょう…」
ムッとしたものの、言われたことは当たっている。わたしは昔から強引な人に流されやすい性格だった。自分で主張するよりも、誰かに引っ張られていく方が個人的に合っているからだ。そして小さい頃からわたしの道を示してくれていたのは、蘭ちゃんと竜ちゃんだった。でもわたしはもう子供じゃない。成人を迎えた大人だ。社会人になった時、いつまでも二人に頼ってちゃいけないって決めたことを思い出した。
「そういう子ほど落としたくなるんだよなァ」
「…え?何か言いました?」
足を止めて振り返ると、コウさんはニッコリ微笑んで「別に」と後を追いかけてくる。
「この近くにお洒落なバーがあるんだ」
「ちょ…肩に手を置かないで下さい…っ」
隣に並んで歩き出したかと思えば、急に肩を抱き寄せられ、慌ててコウさんから離れる。「何もしないって言ったのに」と苦情を言うと、「こんなの何かしたうちに入らないって」と彼は楽しげに笑っている。やっぱり二人きりで飲みにいくのはマズいんじゃ、と不安が過ぎった時、いきなり腕を引っ張られて、気づけば頬にちゅっとキスをされていた。
「ちょ…っ」
「何かするっていうのはこういうことじゃない?」
「な、何を…っ」
キスをされた頬を拭って睨むと、コウさんは余裕たっぷりの笑みを浮かべて肩を竦めた。何か目的があるんだろうって思ってたけど、もしかしたらコウさんはわたしをからかって遊んでるだけかもしれない。
「ちなみに…今も唇にキスしようと思えばできたよ」
「な…」
「ほーんとちゃんって隙だらけだよね。これじゃあの二人から簡単に君を奪えそう」
「……っ?そ、それってどういう――」
何か含みのある言い方が気になった。でもこんな繁華街の通りで押し問答をするのも気が引ける。この際、わたしの知っている店に変更してそこで話を聞こうかと思った、その時だった。背後から誰かが走って来る気配がしたと思った瞬間、もの凄い勢いでわたしを通り過ぎ、目の前にいるコウさんに殴りかかった。
「…ら…蘭ちゃん…っ?」
それは蘭ちゃんだった。そしてもっと驚いたのは、コウさんが蘭ちゃんの突然の攻撃を咄嗟に避けたからだ。
「チッ…!テメェ…に何してんだよ」
攻撃を避けたコウさんを見て、蘭ちゃんが怖い顔で凄んでいる。そこでハッと我に返り、止めに入ろうとした時、また後ろから誰かが走って来た。
「ったく…相変わらず足が速ぇな、おい…」
「り、竜ちゃん?!」
隣に視線を向けると、息を切らせた竜ちゃんが「はぁぁ」っと大きく息を吐き出す。何で横浜にいるはずの二人がここにいるんだという驚きと、目の前で睨み合っている蘭ちゃんとコウさんに、わたしは少し頭が混乱してきた。
「あーあー。ナイト二人のお出ましかー。もうちょっとだったのに」
「コ、コウ…さん?」
蘭ちゃんに攻撃を仕掛けられても分かっていたかのようにそれを避けて、なおかつ今も余裕の笑みさえ浮かべているコウさんは、わたしの知っている人じゃないように見えた。蘭ちゃんもそこに気づいたのか「テメェ…なにもんだよ」と指を鳴らしている。このままじゃマズいと思ったものの、わたしじゃキレた蘭ちゃんを止められる自信がない。
「やだなあ。カフェの一店員だよ、今はね」
「あ?つーか、テメェはの上司だろ。コイツに手を出しておいてタダで済むと思ってねえよなあ」
「まだ手は出してねえよ。オレはオマエらと違って節操はある方だからさあ」
「はあ?ケンカ売ってんのかっ」
コウさんの挑発に蘭ちゃんがますますヒートアップしていく。でもわたしはコウさんの豹変ぷりに言葉を失った。こっちが本性なんだ。ふとそう思った。
「ケンカねぇ…灰谷兄弟に売りたくはねえな、さすがに」
「あ?」
「それに…もうそーいう世界からは引退したんだよねーオレ」
コウさんはそう言って笑うと、蘭ちゃんと竜ちゃんを交互に見た。
「アンタらのせいでオレのチームは実質解散状態になったから」
「チーム…?」
「当然知ってるだろ?狂極。オマエら二人のせいで壊滅させられたチームだよ」
「……狂極だと…?」
さすがに蘭ちゃんも驚いたのか、唖然としている。狂極。その名前はわたしでも知っている。関東最大と言われていたチームだ。でもそのチームは数年前、蘭ちゃんと竜ちゃんに潰された。まさかコウさんがそこに所属してたの?と、わたしも驚きすぎて言葉を失った。その時、黙って二人のやり取りを見ていた竜ちゃんが「あ!」と大きな声を出した。
「オ、オマエ…まさか特攻隊長の一条コウか?!」
「あ?」
「おーオレのこと覚えてたんか、竜胆くんは」
コウさんは嬉しそうに笑いながら認めたことで、蘭ちゃんが更に怪訝そうな顔をしている。というか特攻隊長?コウさんが?わたしのビックリキャパが軽く超えていく気がした。
「は?どーいうことだよ、竜胆っ」
「いや兄貴はサボってたから覚えてねーか。総長たちとやる前に狂極の下の連中がオレらの学校に乗り込んで来やがってさ」
「あー…あったなぁ、そんなこと。でもそん時は竜胆一人で全滅させたって…」
「そう。そん時に下っ端引き連れてきたのがコイツ。一条コウだよ」
「は?マジで?」
「見た目変わりすぎてて最初分かんなかったけどなー。昔はバリバリのパンチだったし」
「うわーやなこと覚えてんなー竜胆くんは」
コウさんはケラケラ笑っているけど、わたしの衝撃指数はぐんぐんと上昇して、もはや測定不能に陥った。あの爽やかなコウさんが、サラサラヘアーのコウさんが特攻隊長でパンチ?想像すら出来ない。いや、そもそも二人と因縁のあるコウさんが何でわたしを誘ってきたのかすら謎だ。
「…へえ。で、今は猫かぶって人気店のフロアマネージャーなんか。人は変わるもんだなあ、おい」
「オレだってまさか二人が新人のバイトを迎えに来るなんて思ってもいなかったけどな」
「で…?オレ達と知り合いと分かったからに手を出そうとしたのかよ」
その蘭ちゃんの言葉にハッと我に返った。そう、そうだった。色んなビックリ要素がありすぎて忘れてたけど、さっきコウさんはわたしをどうしようとしてたんだろう。まさか竜ちゃんにボコられ、チームを潰された恨みを晴らそうとわたしを使って何か仕掛けようとしてたんだろうか。
すると、蘭ちゃんの問いにコウさんの顏からそれまでの笑みが消えた。
「あ?先に手を出したのはオマエだろ、灰谷蘭」
「は?オレ?」
その二人のやり取りに、わたしと竜ちゃんは顔を見合わせた。
「昔、オレの女に手ぇ出しただろが」
「…ハァ?覚えてねえわ。つーか狂極のヤツの女なんか知るか」
「忘れたとは言わせねえぞ。オマエ、絡まれた女助けてやったことあんだろ」
「あ?女を助けた?」
蘭ちゃんは首を傾げつつ、腕を組んで考えること数秒。心当たりがあったのか、「あ」と声を上げた。
「もしかしてアレか。六本木駅でヤク中に絡まれてた女」
「それだよ!」
「え、兄貴そんなの覚えてんの」
「女助けたのなんてそん時だけだしなー。そもそも助けたっつーよりオレの六本木でヤク中が暴れてんの気に食わねえから排除しただけだし。でもまあ、女も何か尻が軽そうだったから誘ったら案の定ついてきた――」
と蘭ちゃんが言いかけた時、コウさんがいきなり蘭ちゃんに殴りかかった。でも蘭ちゃんは軽々とそれを避けると、逆にコウさんの顔を思い切り殴りつけた。わたしは血の気が引きすぎて、リアルムンクの叫び状態だ。
「ら、ららら蘭ちゃん!」
「ぶははっどっかのラブソングみてー」
「笑いごとじゃないでしょ、竜ちゃん!」
隣でゲラゲラ笑いだした竜ちゃんの背中を思い切りどつくと、未だ睨み合ってる二人の間に飛び込んだ。これ以上ケンカになれば警察沙汰になりそうだし、コウさんは元暴走族とはいえ、今はわたしの上司だ。これ以上ケガをさせられては困る。
「やめてよ、蘭ちゃん!コウさん殴らないで」
「あ?オマエ、コイツを庇うのかよ?そもそもは何でコイツと二人きりでいたわけ?店の飲み会つってただろっ」
「う…そ、それは…」
やぶ蛇だったとばかりに言葉に詰まると、コウさんが切れた口元の血を手の甲で拭いながら「オレが脅して連れ出したんだよ」と言った。
「あ?テメェ、やっぱりに手を出そうとしたのかよ?」
「だから先にオレの女に手を出したのはテメェだろ。だから今度はオマエらが可愛がってる彼女を奪ってやろうとしただけだよ」
「テメェ…」
まさかそんな理由があったとは知らず、わたしはただただ唖然とした。
「そもそも、こんなガキくせー女、オレのタイプじゃねえ」
「あぁ?!それは聞き捨てならねーぞ、コラ」
「り、竜ちゃんまで…やめてってばっ」
今度は竜ちゃんまでがコウさんにつかみかかっていくのを見て、わたしは必死に腕を引っ張った。そもそもコウさんがわたしを誘ってきた時点でおかしいとは思ってたし、タイプじゃないと言われたところでショックでも何でもない。むしろホっとしたくらいだ。
(どっちかって言うと…蘭ちゃんの女癖の悪さの方がショックだった…。そりゃコウさんも怒るよね…自分の彼女をナンパされちゃ…)
と、そこまで考えた時、あれ?ナンパじゃなくて助けたんだっけ。それで誘ったらついて来たと…。どっかで聞いた話だと思った。その時、「あ!コウ、こんなとこにいた!」という声と共に、人混みをかき分けてマリナさんが走って来た。
「何やってんの?二次会行くって言っておいて――って、えぇ?!はははは灰谷兄弟っ?!」
蘭ちゃんと竜ちゃんを見た瞬間、マリナさんは目をハート型にして騒ぎ出した。そう言えば追っかけしてたくらい好きだと言ってたっけ。それも…
「あっ!ま、まさかコウさんの彼女さんって…」
思わずさした指がぷるぷるしてしまった。
「ああ、コイツだよ。つーか元カノな?灰谷蘭のせいで別れる羽目になったんだよっ」
「えっ」
まさか二人が過去に付き合っていたとは思いもせず、今度こそ本気で驚いた。でも言われてみれば、マリナさんのコウさんに対する態度はどこか遠慮がないような気もしてた。そして別れた原因とはやはり――。
「きゃー何でこんな場所にいるんですか?あ、ちゃん迎えに来たとか」
「な、何だよ、オマエ…の店のやつ?」
お酒もたらふく入っていたせいか、マリナさんは蘭ちゃんにまとわりついて大騒ぎをしている。それを見ていたコウさんはイライラしたように「こんなチャラい男のどこがいーんだよ、マリナ!」と必死に止めていた。
「……はあ。何かアホらしくなってきた。帰んぞ、」
事情が分かったおかげでわたしはホっとしたものの、蘭ちゃんは頭を掻きつつ溜息を吐いている。そして最後にコウさんを睨むと「二度とに手ぇ出すなよ?」と念を押している。
「チッ。だからタイプじゃねえって言ってんだろ!オレはマリナみたいなセクシー系が――」
「きゃー蘭さん、これからちゃんと飲みに行くんですか?私も行きた~い!」
「マリナ!目を覚ませって!相手にされてねえんだから!」
「何よ、コウ。まだいたの?邪魔しないでよっ」
「………」
蘭ちゃんのせいで別れたという理由が分かってしまった。よくアイドルの追っかけに夢中になりすぎて彼氏と別れる子がいるけど、結局のところそれに近いんだろう。
「ったく、何なんだ、アイツらは」
「ご、ごめんね、蘭ちゃん…」
わたしの手を引いて歩きながら、蘭ちゃん不機嫌そうにブツブツ文句を言っている。竜ちゃんは竜ちゃんで「まあでも何もなくて良かったわ」と苦笑していた。
「良くねえだろ。オレらが来なかったら確実にはアイツにヤラれてたっつーの」
「ま、まさかそこまでは…」
コウさんはただちょっとわたしを脅かそうとしただけのような気がして、ついそんな言葉が零れ落ちる。でも蘭ちゃんは更に不機嫌丸出しの目でわたしを見下ろした。
「…オマエさあ…マジで分かってねえな」
「…え?」
「ムカつくから帰ったらお仕置きな」
「……な…」
「あーあー兄貴のこと怒らせちまったな、」
「り、竜ちゃん…?」
グイグイ腕を引っ張っていく蘭ちゃんに驚いていると、竜ちゃんまでが怖いことを言いだして、わたしは言葉を失った。
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「や…ぁっら、蘭ちゃ…んっ」
マンションにつくなり、蘭ちゃんにバスルームまで連れて行かれて、頭からシャワーを浴びせられた。しかも服を着たままで。
「…さっきアイツにキスされてたろ」
「…さ、されたって…ホッペに軽く…」
「それでもキスはキスだろ。他の男に触らせんなよ」
「…んんっ」
バスルームの壁に押し付けられて、シャワーを浴びながら蘭ちゃんにくちびるを塞がれる。その間に着ていたワンピースの背中のジッパーを下ろされて、腰まで下ろされてしまった。
「がキスさせていいのはオレ達だけだろ」
「ら…蘭ちゃ…」
「おい、兄貴…あんま強引にすんなって」
竜ちゃんがバスルームの入り口に寄り掛かって呆れたように溜息を吐いている。助けて欲しくて「竜ちゃん…」と手を伸ばしたのに、すぐにそれは拘束された。
「つーか竜胆に助け求めても無駄。お仕置きだって言ったろ?」
「…な、何で…」
「他の男に触らせたし竜胆も怒ってっから」
「だ、だって…んぁ…っ」
蘭ちゃんが首筋に口付けて、そのまま舌を這わせていく。シャワーに濡らされて張り付いたブラジャーを指で引っ掛け、強引に押し上げると、露わになった胸を手で揉みながら、指先が先端をくにくにと捏ねてくる。その刺激だけで身が震えて声が跳ねた。
「…や…っぁ…」
腰のジッパーを下ろされ、スカートが床へ落ちると、露わになった太腿を撫でてた手が下着の中へ簡単に入ってくる。慌ててその手を掴んだけど、蘭ちゃんは耳に舌を這わせながらかすかに笑った。
「拒むなよ。お仕置きだって言ったろ」
「…ぁ…ゃあ…ら…んちゃん…っ」
「ってか、ここ濡れてんじゃん。すっかりエッチな身体になったなー?」
「…んンっ…ダ、ダメ…」
下着の中で蘭ちゃんが手を動かすたび、そこが潤みを帯びていくのが自分でも分かる。強引にされてるのに何でって思うけど、身体が覚えた快楽から逃れられない。蘭ちゃんの与えてくれる快感にすっかり味を占めたみたいだ。ゆっくりと指が埋め込まれただけで、そこをぎゅっと締め付けてしまう。
「すげえ締め付け…おい、竜胆。オマエは見てるだけ?ってか、のエロい姿見て勃ってんじゃん」
「…はあ。そりゃこんなの見せられたら……はいはいお仕置きね」
蘭ちゃんに言われて、竜ちゃんまでがバスルームに入って来ると、いきなりしゃがみこんでわたしのショーツに手をかけた。
「や…り、竜ちゃん…?」
「まあ…アイツにキスされてたの見てオレもムカついてたし…」
「え?や…待っ…ぁっ」
一気にショーツを下げられ、僅かに足を開かされる。そこには未だ蘭ちゃんの指が埋め込まれていて、恥ずかしい部分を竜ちゃんの目に晒してると思うと顔が真っ赤になった。
「また締め付けてる…。竜胆に見られて感じてんだ」
「ち、違…っぁっ」
「お仕置きなのにこんなに感じて…は可愛いな」
ずるりと指を引き抜いた蘭ちゃんはわたしを後ろから抱えてバスタブの端へと腰を下ろした。二人もシャワーの水で服までびしょ濡れなのに、却ってそれで色気が増してる気がする。濡れた髪を掻きあげ、額を露わにした竜ちゃんと目が合う。足元にしゃがんでいる竜ちゃんの目はすでに男の欲で熱く昂ってる気がした。
「エロいかっこ…」
ぐいっと両脚を開かれ、すっかり濡れてる場所に竜ちゃんの綺麗な顏が埋められていく。ぬるりと下から上に舐められて、じゅるじゅると強く吸われると、あまりの快感に腰が浮きそうになった。
「んぁあ…っや…ぁ、や…だ…」
後ろからは蘭ちゃんに首筋を舐められ、両胸を同時に揉みしだかれる。指が再び胸の先端を弄って、指先でくにくにとこねられれば、更に芯を固くさせて、竜ちゃんに舐められている場所がまた潤みを増した。二人から色んなとこを同時に刺激されて一気に全身が官能的な波にさらわれていく。息をするのもままならなくて苦しいのに、死ぬほど気持ちがいいなんて、二人から甘い毒を喰らわされてる気分だった。
「ん…ぁぁあッ」
あっという間に絶頂を迎えて脚がビクビクと痙攣する。でも腰に当たる蘭ちゃんの熱で、この恐ろしくも甘い時間がまだ続くことを、わたしは分かっていた。
|||
「やり過ぎなんだよ、兄ちゃんはっ」
「だから悪かったって言ってんじゃん…」
オレが文句を言うと、兄貴は珍しく謝りながら、下がった眉を更にヘニョっと下げて、意識の戻ったの頭を撫でてる。
あの後、連続してイったことでグッタリしたをあのままバスルームで抱いた兄貴は、激しく攻めすぎて更に追い詰めたあげく、失神させてしまった。結局オレだけお預け状態だし、マジでいいとこ取りすぎる。
「蘭ちゃん、嫌い!」
「え、嫌いとかムリ。死ぬ。マジでムリ。つーか、そんなこと言うなよ、。悪かったって…」
シャワーでびしょびしょになったをバスタオルで包みながら膝に抱っこしてる兄貴は、ぷんぷん怒ってるの頬にちゅーをしながら「ごめんて、。許して」とオレもあまり聞いたことのない謝罪を口にしてる。よっぽど嫌われたくないんだろうけど、だったら無茶な抱き方しなきゃいいのにと溜息がでた。まあ兄貴は嫉妬深いから、大事なをアイツに触れられたことがかなり癪に障ったようだ。思い出すだけでムカムカして、オレも一発殴っておけば良かったと後悔した。
「でもさー。兄貴、これからどーすんの?アイツがいる店で働かせるとかオレはムリなんだけど」
「オレもムリだわ。つーことで、あの店はもう行くなよ、」
「え?そ、それはムリだよ、いくら何でも…」
「んな呑気なこと言って…アイツ、オマエをオレへの報復の為にヤろうとしてたじゃん。それ分かってんのー?」
「でもそれ、裏を返せば蘭ちゃんのせいだよね」
「…う…」
に痛いとこを突かれて、珍しく兄貴が動揺してる。アイツに触られてムカついたのは事実だけど原因を作ったのは兄貴だ。もそこに気づいたのか、自分がお仕置きされるのはおかしいと思ったんだろう。
「蘭ちゃんがマリナさんに手を出したせいじゃない…」
「だから、それはさぁ…ってか、こっち向けよ」
は更に頬を膨らませてそっぽを向いている。兄貴の焦りようがヤバい。こんなに焦った姿を見たのは年少から出たばっかの頃、がサッカー部のエースと一緒に帰ってたとこを見た時以来かもしれない。まあ、あのエースくんは次の日入院してたけど。大会出られなくて少し同情したっけ。
「蘭ちゃんがマリナさんに手を出したりしなければコウさんだって、あんなに壊れることなかったのに」
「いや、だってあん時はまだ中二とかだったし、さすがに手を出すのはダメだって竜胆が言うから仕方なく…」
「は?いや、ちょっと待って!オレのせいかよっ」
の膨れたホッペを指でつつきながら、兄貴はシレっとオレのせいにするからビックリする。
「あ?オマエのせいだろ?だから兄ちゃんは仕方なく、に悶々とさせられた体の熱を冷ましに六本木の街を彷徨ってたわけだから」
「いや、そこで他の女とヤれとは言ってねえぞ」
「は?言ったろ。そんなにムラムラすんならで昂ったものを他で吐き出して来いって」
「そ、そーだっけ…?」
言ったような気もするし、言ってないような気もするけど、多分言ったんだろうな、オレ。あの時はがだいぶ女の子っぽくなってきた頃で、思春期真っ盛り+年少帰りのオレ達はエロいことに対する熱意は並々ならぬもんがあった頃だし。
「ったく都合の悪いとこだけ忘れてんじゃねーよ」
「え、ちょ、ちょっと待って、蘭ちゃん」
「ん?なに?」
兄貴は優しい声を出して後ろからまたのホッペにチューをしてる。さっきから兄貴ばっかりズルいと思っていると、は顔を赤くしてオレと兄貴を交互に見た。
「わたしに悶々とさせられてって…ま、まさか、あの頃からそんなエッチな目でわたしを見てたの…?」
その質問にオレと兄貴は互いに互いの顔を見ると、再びへ視線を戻した。
「「んなの見るに決まってんだろ。好きなんだから」」
綺麗にハモったオレ達に、は首まで真っ赤になってしまった。

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