13-全ては君を好きだから
「何だ。辞めんじゃねえの」
この前まで優しい笑顔を見せてくれてたコウさんは、わたしが出勤した途端、休憩室に呼びつけて本性を現わした。
「や、辞めたくありません…」
ぎゅっと手を握り締めて本音を口にする。だいたいコウさんと蘭ちゃんとの揉め事はわたしに関係ない。あんな理由で気に入ってるお店を辞めるのは嫌だった。それにコウさんがまだ何かわたしに仕掛けてくる気があったとしても、もう本性は知ってるから簡単に騙される気もない。二人との関係を皆にバラすというなら、こっちもコウさんの本性をバラしてやるくらいの勢いでジっと顔を見つめた。するとコウさんは深い溜息を吐いて、呆れたような視線を向けてくる。
「…あっそ。ま、オレは別に構わねえけど。それにあの後、マリナと話してオレとヨリを戻すこと考えてくれるっつーから、もうオマエに何かしようとも思わねえよ」
「…えっ?そ、そうなんですか?」
凄い気合を入れて出勤してきたのに、まさかの展開になっている。ちょっと呆気に取られてしまった。
「何だよ、何かして欲しかったのか?」
「は?ち、違います!そっちじゃなくて…マリナさんとヨリを戻せそうなんですか?」
それならその方が絶対にいいに決まってる。そう思ったのに急に意地悪な顔をするコウさんを見て後ずさった。でもそんなわたしを見て、コウさんは盛大に吹いて笑いだした。この二重人格め。
「言ったろ。オマエみたいなぽやんとした甘ったれはタイプじゃねえ。まあ、マリナにはオマエと灰谷蘭のこと教えたから諦めついたみてぇだし、アイツも少し落ち着くだろ」
「えぇ?マリナさんに言っちゃったんですか?」
「言わねえと分かんねーからな、アイツ。でも何となく気づいてたみてーだぞ、オマエと灰谷のこと」
「え!」
まさかの話に更に驚いた。じゃあマリナさんは気づいてたのに、わたしに普通に接してくれてたってことになる。
「マリナはバカだけど、いいヤツだからな。オマエのこと可愛がってたし、自分と真逆のタイプの女を灰谷蘭が溺愛してるなら仕方ねえってさ」
「そ…そう、ですか…」
また蘭ちゃんキッカケでイジメられるかと思ってただけに、そこはホっとした。ただ蘭ちゃんだけじゃなく、竜ちゃんとのこともあるから、どう思われてるのかが怖い。
「ってか…どうでもいいけど、よくこの店でバイト続けること、あの二人が許可したな」
「あ…そ、それは…約束したから…」
「約束って?」
「大したことじゃ…。ただ二人とっていうか一人ずつですけど、今度デートする約束して」
「ハァ?んなことで許可してくれたわけ?どんだけオマエにデレてんだ、あの二人は」
「さ、さあ……あははは」
心底呆れた顔で見てくるコウさんに、わたしの顏がどこまでも引きつっていく。でも夕べ、この店は辞めろの一点張りだった二人をどうにか分かってもらおうと説得してた時、「何でもする」と言ったら、蘭ちゃんが「じゃあオレとデートして。もちろん二人きりで」と言ってきた。そうなると今度は竜ちゃんまでが「じゃあオレも」となって、来週、土日に二人とデートをすることになった。それと、コウさんには店以外では近づくな、口も利くなと約束させられ、やっと今日出勤の許可が出たのだ。まあ速攻で口をきいてしまったけど。
「はあ…まあオレには関係ねえけど…。見た感じ兄弟二人でオマエに入れあげてるようだし、一つ忠告してやる」
「…え、な、何ですか…」
じりじりと近づいて見下してくるコウさんは、さっきまでとは違って真剣な顔でわたしを見つめた。何か怖い。
「あの様子じゃオマエ、どっちともヤってんだろ?」
「……っ!」
「図星かよ。わかりやす。ってか、もしかして…三人でシてんの」
「え、や…違…」
ぷっと吹き出されて顔が熱くなる。バレてるとは思ってたけどハッキリ言われると死ぬほど恥ずかしい。耳まで赤くなってしまった。
「そんな関係はオレから言わせると異常だ。出来るならサッサとどっちかに決めるか、二人と縁を切れ」
「え…」
「まあ、どっちも好きで、アイツらもオマエが好きでも、オレなら好きな女をいくら兄弟とはいえ共有は出来ねえってことだよ。絶対に歪が入る」
その辺考えて付き合えよ、と言い残し、コウさんはフロアへ戻って行った。
(異常…なんだ…)
分かってはいたつもりだけど、改めて人から言葉にされるとショックだった。でもそれを分かっていても、二人を好きな気持ちは変えられない。わたしは結局どっちも選べない。だったら、どうすればいいんだろう。
コウさんの言葉がぐるぐると回って、わたしはしばらくその場から動けなかった。
|||
「フーン。アイツ、あの女とヨリ戻せそうなのか。んじゃあ、もうにちょっかいかけねえって?」
「…うん」
が帰宅後、夕飯を済ませて一緒にテレビを見ながら今日の報告を聞いていた。でもさっきからの様子がおかしい。
「、竜胆もまだビール飲む?」
兄貴が冷蔵庫を覗きながら訊いてくるから「飲むー」と応えておく。でもは相変わらず缶ビールを握り締めながら俯いて黙ったままだ。
「おい、。聞いてる?兄貴がビールおかわりするかって」
「………」
「……む」
何の反応もないを見て、ふと悪戯心が湧いてくる。長い髪の隙間から見えてる小さな耳をぱくっと甘噛みすると、は驚いたように「ひゃっ」と可愛い声を上げた。
「な、何、竜ちゃ――」
「ボーっとしてんならオレを癒せよ」
「い、癒すって…」
「ずりいな、竜胆」
その時、兄貴もの隣に戻ってきた。彼女の手から缶ビールを奪うと、それを静かにテーブルの上へ置く。
「オレも今日は我がままな王さまの相手してきて疲れたからに癒されたいんだけど」
「…んっ」
言いながら兄貴はの唇をやんわりと塞いだ。その間にオレが着ているルームウエアを脱がし、中のキャミソールを捲ると、形のいい膨らみが露わになってツンと上を向いている先端に誘われるように吸い付いた。
「ぁ…っん…っ」
かすかに身を捩るの脚を拘束して少しずつ開いていく。兄貴の指が可愛らしいショートパンツの中へと滑り込み、は更に体を後退させようとした。
「ダーメ。抵抗したら縛るけどいいの?」
「ら…蘭ちゃ…っぁ」
兄貴が首筋を舐めながら笑うと、目に涙を溜めたが真っ赤な顔で首を振る。その顏を見て欲情してんだから、とことん兄貴も――。
「ドエスかよ…」
「好きな子は啼かせたくなんだろ」
兄貴はそう言いながらもう片方の胸に舌を這わせ、ちゅっと音を立てて硬くなった乳首に吸い付く。そのたびの体がぴくりと反応するから、オレもすでに下半身が痛いくらいに勃ちあがってる。
「今日はオレからだかんなー」
この前、兄貴のせいでオレだけ最後まで出来なかったことを思い出し、最初に言っておく。だいたい兄貴はいっつもオイシイとこを持ってくから、こうでも言わないとまた先を越されてしまう。オレが睨むと兄貴はふっと笑みを浮かべながら、のショートパンツを脱がしにかかった。でもその時だった。が「ダメ…!」と叫んだかと思うと、同時に凄い力で兄貴の体を押し戻し、ついでにオレの腕を振り払って逃げ出した。一瞬呆気にとられ、思わずポカンとした顔で立ち上がったを見上げる。
「は?…?」
「どーした?急に…」
兄貴も驚いたのか、オレと似たような顔でを見ていた。これまでがこんな強気な態度を見せたことはない。は泣きそうな顔で乱れた服を直すと、真っ赤な顔でオレと兄貴を見下ろした。
「…や、やっぱり変だよ、三人でするなんて…」
「何だよ、急に…」
「きゅ、急にじゃないよ…ずっと…思ってたもん…こんなのおかしいって…」
涙目になりながら、か細い声で訴えてくるを見て、兄貴とオレは互いに顔を見合わせた。の言ってることはオレだって、もちろん兄貴だって理解はしてる。けど、じゃあどうすればいいってんだよ。オレも兄貴も昔からずっとが好きで、どっちかが譲ればいいなんてことは散々これまでも考えた。でも無理だった。で、出た結論が今の関係だ。に負担をかけてるのは分かってるけど、こいつなら分かってくれるんじゃないかって、オレも兄貴も心のどこかで甘えてたのかもしれない。
でも今、の頑なな態度を見てると、そうじゃなかったんだとオレは少なからず理解した。
でも兄貴は一人だけでそんな答えを出したとは思わなかったようだ。
「……。誰かに何か言われた?」
兄貴が何かに気づいたのか、「まさか…アイツか?一条コウ」とその名を口にした。アイツはオレ達の関係を知ってるっぽかったし、に何かを言えるとしたらアイツしかいない。案の定、はその名を聞いてビクっと肩を揺らした。
「ごめん…っ。わたし…今日は疲れちゃって……もう寝るね」
「あ、おい――!」
慌てたように自分の部屋へ走って行くを見て唖然とした。はバカみたいに素直だから、すぐ人の言葉や態度に影響されるところがある。オレや兄貴に流されて関係を持っちまうくらいに。
「はあ…ぜってーアイツじゃん。どうせ余計なこと言ったんだろ。やっぱ一回シメとく?兄貴――…ぅっ」
突然、隣から冷んやりとした殺気が漂ってきてギョっとした。見ればどす黒いオーラを纏った兄貴の額の血管がピクピクしながら浮き上がっている。かすかに笑みを浮かべてるのに全然目が笑ってねえ。
「オレとしては……好きな女しか泣かせたくねえけどなァ」
「…………(し、知らねえぞ…)」
のことになると冷静でいられなくなるのはオレも同じだ。でも兄貴は更に冷酷になるからオレでも止められる自信は全くない。まあ止める気もねえけど。
(アイツ、死んだな)
溜息交じりで立ち上がって部屋へ向かう。すっかりその気になりかけた体を持て余しつつ、兄貴のイライラのとばっちりを受けないようにこっそり避難しておいた。
(三人でするのは変、か…。まあ…は普通の子で、オレ達に抱かれるまでは何も経験がないような女の子だったし、いきなり3Pは刺激強すぎたか…)
頭を掻きつつベッドへ寝転がると、また盛大な溜息が洩れる。かといって、それ以外を手に入れる方法が見つからねえ。もしがオレか兄貴のどっちかを選んだとしても、それはそれでいつか破綻する。例えオレを選んでくれたとしても、オレはきっと兄貴のことを思ってツラくなるし、逆もまた然り。結局、オレも兄貴もが好きすぎて手放すことも出来ないまま大人になったようなもんだから、出した答えが好きな女を共有するってことだった。互いに互いへの嫉妬は当然あるし、が兄貴とだけシテたら死ぬほどムカつく。それは兄貴も同じだから、結局三人でってことが多くなる。そこに変な意味はなく、ただ純粋にが好きだからって気持ちがあるだけだ。
それは世間からみれば異常なことなのかもしんねーけど、そんなもんどうでもよくなるくらい、オレも兄貴もアイツのことが好きなんだ。
だから――に変だと言われた時は、オレもちょっとショックだったかもしれない。彼女を好きな気持ちまで否定されたような、そんな気分だ。
(きっと兄貴もそうだろうな…)
兄弟そろって同じ女に本気で惚れなくてもいいのにな。
ふと、そんなことを思ったら、苦笑いが零れ落ちた。

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回までひとこと送る