優先順位

Cry baby cry honey



『今夜会える?』

渋谷のカフェで時間を潰してたら、からそんなメッセージ届いた。こんな風に向こうから誘って来たのは初めてだから、オレはかなり顔がニヤケてたんだろう。向かい側に座ってた稀咲が怪訝そうな顔でオレのことを見ていることに気づいた。

「何だよ。嬉しそうだな」
「あー…まあ。彼女からお誘い~♡」

嬉しくて正直に話すと、稀咲は「は?オマエ、彼女いたのかよ」と失礼な返しをしてきた。

「ばはっ。オマエしっつれーだな。まあ最近出来たばっかなんだけど、めちゃくちゃ可愛くて仕方ねえの♡」
「へえ…新宿の死神は女に本気になるような男じゃねえのかと思ってたわ」
「んなことオレ、言ったっけか」
「いや…そんな噂は耳にしてたからな」

稀咲は苦笑しながら自分のケータイへ視線を戻した。まあ、どうせオレの噂なんてろくでもねえもんだろうけど。特に女に関しちゃ自覚があるだけに稀咲の言いたいことは何となく分かる。と出会う前はそこそこ適当に遊んでたしな。
オレの名前に寄ってくる女なんてケツの軽いのばっかで本気になれるはずもない。会ったその日に股を開く女なんて絶対浮気するだろうし、そんな女はこっちも願い下げだ。
オレはオレだけを見て想ってくれるような女が良かった。きっと母親が男にだらしのねえ人だったから、オレの中に変なトラウマみたいなもんがあるのかもしれない。でも世の中に一途な女なんて、そんな天使みたいな女がいるはずがねえとも思ってた。どんなに美人でも、どんなに可愛くても、みーんな服をひん剥きゃ同じだ。最初は嫌がる素振りをしてるクセに、気づけばエロい声を出して欲しがってくる。ちょっと腰でも振ってやれば、よがりまくってオレより楽しんでる女ばっかだ。そんなんだから本気になれるような女なんて一生できないって思ってた。けど、もしオレが一人の女に本気で惚れるようなことになったら、絶対にソイツだけを大切に出来るとも思ってた。だからツレだった雄馬から「オレの彼女」とを紹介された時は結構な衝撃で。あんなクズ男の為に尽くしてる姿に驚かされた。オレもあんな風に想われてみたい。そう思ったのは一度や二度じゃない。雄馬はのことを「気ぃ強いし可愛げがねえ」なんて愚痴ってたこともあったが、あんなの気が強いうちに入らねえし可愛いもんだろって思ってた。それよりも、あんなに大事にされてんのに何贅沢言ってんだ、コイツってムカついた。あげくケバイ女と浮気してんの見て、マジかコイツって心底腹が立った。みたいないい子より、あんなケツの軽そうな女を選ぶ気持ちが理解できねえから、アイツとは縁切りのつもりでぶん殴ってやったけど。

「へえ、オマエがそこまで入れ込むってすげえな、それ」

簡単にこれまでのことを話すと、稀咲は「気持ちは分かるけど」と笑った。そういや、稀咲も片思いしてるって言ってたっけか。

「だからさー。今夜東卍の集会つってたけど、オレが参加すんの今度でもいい?」
「は?ダメに決まってんだろ。それとこれとは話が別だ。メンバーには今日連れてくって言っちまったしな」
「え~…」

稀咲は再びケータイからオレに視線を戻して顔を徐にしかめてる。まあ今夜、初めてオレを東卍のメンバーに紹介したいっつってたから、やっぱ無理か。全国制覇すんのに人手がいるってことだったから面白そうかと思ったけど、こういう時は途端に面倒になる。まあ、この件を承諾したのはと付き合う前だったから、ちょっと失敗したなと後悔した。
この稀咲とは雄馬とツルむのをやめた直後に知り合った。オレより数倍頭がいいのに何で不良なんてもんやってんだと思ったら、幼馴染の男にいきなりチームへ誘われたらしい。その男は稀咲が惚れてる女の彼氏とかで恋敵だって話だが、オレからすると何でそんな男とツルんでんのかが分かんねえ。オレなら彼女の元カレを思い出すだけで腸が煮えくり返るってのに。

「ぶっちゃけオレ、チームとかダリィ~んだけど」
「まあ、そう言うなよ。半間が入ってくれりゃチーム力が格段に上がる」
「でも無敵のマイキーがいんだろ?なら全国くらいアッと言う間に制覇できそうじゃん」
「そう言うなって。オマエも面白そーとか言ってただろ。ここはオレの顔を立てると思って」

稀咲はメンバー集めを頼まれてるようで、オレの噂を聞いてわざわざ新宿までやって来た。まあ、そこまで言われちゃ断りにくい。確かに約束は約束だし。でもせっかくの方から誘ってくれたのに断るのがツラい。

「あー…身を裂かれる思いってこういうの…?」
「大げさなんだよ、オマエは」

溜息交じりでテーブルに突っ伏すと、稀咲は呆れたように笑った。いや、オレは真面目に言ってんだけど。
仕方ねえから"今夜は稀咲と約束があって…ごめん"と土下座マークと共にメッセージを送信する。マジで胸の奥が痛くなった。今夜ってことは彼女の親はまたいないんだろうし、が寂しい思いすんじゃねえのかって思うと、何か落ち着かねえ。オレも重症だなと自分で呆れる。
その時、ケータイが鳴ってすぐに返信が届いた。ソッコーで開くと『分かった!じゃあ、また今度ね♡』という一言と、可愛いハート形の絵文字が添えられている。こんな物わかりのいいこと言われると余計に今すぐ会いに行きたくなった。

「あ~だりぃ~…」
「何だよ。文句でも言われたか?」

背もたれに頭を乗せて、ズルズルと腰を落としたオレを見て稀咲が笑いだした。ったく他人事みたいな顔しやがって。

「ちげーよ、その逆~」
「逆…?」
「"分かった。また今度ね。ハート…"文句言うどころか、物分かり良すぎじゃね?」
「へえ、マジでいい子じゃん」
「だろ?だからオレ、帰っていーい?」

そう言って身を乗り出すと、稀咲の目が半分までに細められた。

「いや、約束は約束だし」
「……チッ」

以前のオレなら絶対、女との約束――そもそもしたことねえけど――より、男のツレとの約束を優先してたはずだ。でも今は真逆な気持ちになるんだから不思議だ。

「あ~…、今頃泣いてっかも…ハァ…」
「オマエの彼女は小学生か何かなのか…?」

オレがケータイ画面を見ながらボヤくと、稀咲の心底呆れたような溜息が聞こえてきた。


ちょっとした小話…笑