訳アリ彼氏は意外と過保護
「………」
今日も通常運転で制服がボロボロだ。体育の時間の後、教室に戻ってきたら制服のシャツが切り裂かれてた。わたしの机には「死ね」とか「消えろ」というイタズラ書きがされている。
都内でも有名な進学校。わたしは落ちこぼれだから同級生からイジメにあっている。この学校には助けてくれる人は誰もいない。
「さん、何で制服着てないの。それで帰るわけじゃないでしょうね」
担任の女はバカだから、自分の目に映るものをそのままにしか見られない。何故わたしがジャージを羽織っているのか、その理由すら考える頭がないようだ。進学校の教師が聞いて呆れる。
最近まで死のうと思っていた。だけど――。
「」
一虎くんに出会って死ぬのをやめた。
「一虎くん…」
「どした?」
放課後、学校の門を出たところで一虎くんにバッタリ会った。一虎くんは制服じゃなく私服姿で、口元には血が滲んでいる。
「何してるんですか?」
「んー…散歩?」
一虎くんは気まずそうに視線を反らすから、ちょっとだけ笑ってしまった。
「違うよね。口に血が付いてる」
「あ、バレた?ちょっとそこで絡まれてさ」
一虎くんは頭を掻きつつ笑ってる。彼は色々怖いところがあるけれど――。
「一虎くん学校は?」
「あー早退」
「サボりだ」
制服のジャケットの中のシャツは破られてボロボロだから手で隠しながら話していたら、一虎くんは目ざとくそれに気づいて「何で隠してんの」と訊いて来た。でも彼にはこんな姿を見られたくない。
「な、何でもない…」
「何でもなくねえだろ。見せてみ」
一虎くんの手がわたしの手を掴む。嫌だと首を振ってみたけど、彼は「いいから」と言って少し強引にわたしの手を外した。
「え…(ブラ…)」
シャツが切り裂かれて下着が少し見えてしまってるのを見て、一虎くんの表情が固まった。先週、一つ下の彼と付き合うことにはなったけど、未だに手も繋いだことすらなく。いきなりこんな格好を見られたことが何より恥ずかしい。
「…ネクタイは?」
「ネクタイも切られちゃってて…」
俯いて応えると、一虎くんは上に羽織ってた春物のカーディガンを脱いで「これ着な」と肩にかけてくれた。驚いて顔を上げれば、両頬に彼の手がかかって更に上を向かされる。
「顔は?何もされてない?」
「ふ…ふぁい…」
「よし」
頬をむにゅっと圧迫されたから変な声が出たけど、一虎くんがホっとしたように微笑むから、自然にわたしも笑顔になった。
一虎くんは――初めて、わたしを救ってくれた人だ。
「帰ろ」
「うん…」
一虎くんに促されて歩き出すと、周りの生徒達がざわざわ騒ぎ始めた。ウチの学校には一虎くんみたいな不良はいないから、凄く目立っている。
「不良だ…首にタトゥーしてる」
「こえ~」
「横の女子、ウチのガッコの制服だよね」
「すご…」
コソコソとそんな会話が聞こえてきたけど、わたしは無視して歩き出した。でも一虎くんが振り向いて睨みつけるだけで、ピタリと声が聞こえなくなった。
「ありがとう…」
「ん」
わたしにとって一虎くんは凄く優しい人だ。学校で嫌なことがあっても、一虎くんが隣で笑ってくれるだけで強くなれる気がする。
「あーコーラ、買ってくれば良かった」
一度家に送ってもらって、私服に着替えてから一虎くんのマンションにやってきた。冷蔵庫を覗きながら嘆いている一虎くんに「わたし、買ってこようか」と立ち上がると、「いいよ。今日はコーヒーで我慢するし」とわたしの手を掴んで引き寄せた。急に接近したことでカッと頬が熱くなる。男の子と付き合うのは初めてで、まだくっつくのは恥ずかしい。一虎くんは年下なのに、女の子の扱いには慣れてる感じだ。
「これくらいで赤くなられても…」
「ご、ごめん」
「いや、可愛いけど」
「………っ」
サラリと可愛いなんて言うから、また頬が熱くなる。男の子からそんな言葉を言われるのは初めてだから、余計にドキドキしてしまう。しかも一虎くんみたいな綺麗な男の子から言われたら、素直に受け取れなかったりもする。
「か、一虎くんて…目が悪い?」
「いや、視力は普通」
「そ…そっか…」
自分に自信を持てたことなんかないから、一虎くんがわたしのどこを好きになって付き合おうって言ってくれたのかが気になる。でも恥ずかしいから聞けないままだ。
一虎くんはわたしの手を引いてソファに座ると、冷蔵庫から出した缶コーヒーをくれた。わたしが好んで飲んでいるものだ。
「あ、ありがとう。買っておいてくれたの?」
「…まあ。、それ好きじゃん」
「うん。嬉しい、覚えててくれて」
「………」
笑顔で見上げると、一虎くんが黙ったまま見つめてくるからドキっとした。一虎くんは綺麗な顔をしてるから、目が合うだけで心臓が音を立ててしまう。女のわたしより美人さんだ。
「な、何?」
一虎くんはふっと笑みを浮かべると、わたしの頭にぽんと手を置く。その手でくしゃりと撫でられた。一瞬、キスをされるのかと勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。
「いや…ってさ。お礼だったり、感じたことをきちんと言葉にしてくれるから…何つーか…いいなーとか、好きだなーって思って」
「……っ」
「あと、すぐそうやって赤くなるとこも分かりやすくて、超可愛い」
「あ、あまり、そういうこと言われると恥ずかしいよ…」
本当に可愛い子なら軽く聞き流せるのかもしれない。でもわたしにはまず免疫が足りなさ過ぎて、ドキドキさせられてばかりだ。
「そーいうとこな」
笑いながら、一虎くんはわたしの顔を覗き込む。彼のピアスが揺れて、リン…と涼しげな音を鳴らした。至近距離で目が合ったせいで、今度こそキスをされそうな空気になった。でもその空気に割り込むような着信音が鳴り響く。それに気づいた一虎くんはポケットからケータイを取り出した。
「あー…チームのヤツからだ。ちょっとごめん」
「あ、うん。気にしないで出て」
「すぐ終わらせっから」
一虎くんは立ち上がると、「もしもしー」と電話に出ながらベランダへと行ってしまった。その姿を目で追いながらホっと息を吐く。チームというのは一虎くんが今所属してる暴走族らしい。噂通り、本当に暴走族なんだってビックリしたけど、言われてみればマンションの駐車場に立派なバイクが止めてあった。無免許のはずなのに「どうせ来年には免許取れるし」なんて本人はあっけらかんと言うから、それも驚いたんだけど。
(チーム名はバルハラ…って名前だっけ)
一虎くんはそこのNo3らしいけど、他は年上ばかりって言ってたのにその先輩を差し置いてNo3は普通に凄いと思う。ケンカも強そうだ。
電話が終わるのを待ちながら、何となく手持無沙汰で貰ったコーヒーを開ける。でもちょうどその時、一虎くんが部屋の中に戻って来た。
「わりぃ。もう終わった」
「あ、うん。呼び出し?」
「いや、明日の夜、集会すんぞーって連絡」
「…集会ってどこで何するの?」
優等生として生きて来たわたしは、当然のように暴走族の世界は何一つ知らない。だから少し興味があった。
「あーほら、駅前近くに潰れたゲーセンあんじゃん」
「ああ、あのイタズラ書きとかされてる…」
「そう。あそこに仲間が集まってテキトーに騒ぐだけなんだけどさ。バカしかいねえから、マジで毎回笑い死んで終わる感じ」
「わ、笑い死ぬ…?」
「あー…よくアメリカ人とかがやるような下らねえ遊びとかやりだすヤツがいてさー。例えばオナラした瞬間、ライターで火をつけたらガスが燃えるかどーかとか?」
「えっお、おな…らって…火がつくの?」
「え、そこ食いつく?」
ビックリして尋ねると、一虎くんは思い切り吹き出して笑ってる。変なこと聞いたのかなと恥ずかしくなった。
「これがマジでよく燃えんの。だって一応オナラってガスじゃん。しかも燃えた後が臭ぇのなんの…」
鼻をつまんで臭いといったように手を振る素振りをしながら、一虎くんが顔をしかめるから、わたしもつい吹き出してしまった。聞けばメンバーの人は自分の彼女さんを連れて来たりもするそうで、こうして聞いていると仲間との集会って凄く楽しそうだ。
「いいなあ…楽しそう。わたしも行ってみた――」
「ダメ」
「えっ何で?他の人も彼女さん連れて来るんでしょ…?」
言い終わる前に却下されて悲しくなった。仲間の人と戯れてる一虎くんも見てみたいって思ったのに。でも一虎くんの顏が意外と真剣だった。
「何でって…動物しかいねえからだよ」
「え、皆さん毛深いの?」
「いや知らんけど。ってかそーいう意味じゃなくてね?」
、天然かよ、と一虎くんに笑われてしまった。恥ずかしい。
「男も女も欲に忠実なゴリラしかいねーから。奴らの脳内、ヤルことしか考えてねーし」
「……そ、そうなんだ」
「そーだよ。バカしかいねーんだって。みたいな純情そうなヤツが来たらアッと言う間に服剥かれてヤられんぞ」
「えっ」
「アイツら、タチ悪いからな。必ずオレが助けられるかなんて分かんねーし。だから…ぜってー来んなよ?」
「………(フラグ?)」
あまりに真剣な顔で言うから、ゴクリと喉が鳴った。でもあまりに反対されると逆に気になってしまう。
この日はそれで集会の話は終わったけど、でも次の日の夜。やっぱり少し気になって、バイトと嘘をついて家を出た後、コッソリ例のゲーセンへ向かう。遠くからちょっとでも一虎くんと仲間の人達が戯れる姿を見れたらいいなと思ったのだ。
(うーん…よく見えない…中には入れないしバレるから、入口辺りを見るくらいしか出来ないけど…)
そのゲーセンの前には確かに不良らしき人が続々と集まって来てて、皆が白いジャンパーを羽織っている。一虎くんの家にも飾ってあったから、きっとアレがチームの特攻服みたいなものなんだろう。チームの人達は中へ入る人、外でウンコ座りをして雑談してる人など様々で、楽しげな笑い声がわたしのところまで聞こえて来る。因みにわたしは近くの電柱の陰に隠れつつ、覗いていた。
(あ…ほんとに女の子もいるんだ…)
世間的にギャルと呼ばれるような派手な女の子達数人が中へと入っていくのを見て、少しモヤっとした。実は夕べ、女の子もいると聞いた時から少しだけ気になってたのだ。実はあの中に一虎くんの本命がいたりするんじゃないか、なんて心配になってしまう。
(みんなメイク上手いし可愛い…。お洒落な子が多いなあ…)
一虎くんは中にいるのか、なかなか姿を現さない。一目見たら帰ろうと思ってたのに、これじゃ帰るに帰れないなと思った瞬間、背後から肩をポンと叩かれ「ぎゃ」と変な声が出てしまった。一瞬、一虎くんかと思ったからだ。
「こんなとこで何してんのー?」
「あ……」
慌てて振り返ると、そこに立っていたのは一虎くんでも何でもなく、知らない女の子だった。
「誰かの彼女?入れば良くなーい?」
「えっ?い、いえ、わたしはその…ここで大丈夫です…」
その子もチームの関係者なのか、明るめの髪を緩く巻いた可愛い女の子だった。派手なネイルやアクセサリーがキラキラしていて、こういう子達と一虎くんも絡んだりするのかなと思うと、少しだけ心配になってしまう。
「えっと…わ、わたし帰ります…」
「えー?可愛いんだけど~!ヤバ~!男紹介してあげる~。一緒においでよ~♡」
「え、あの――」
いきなり腕を掴まれ、ゲーセンの方へグイグイと引っ張られて行く。でもその時、背後から冷んやりした声が聞こえて来た。
「男なら間に合ってるよなー?」
「―――ッ!!」
ガシッと肩を掴まれて、恐る恐る振り向くと、怖い顔をした一虎くんが笑顔を引きつらせながら立っていた。でも目が笑ってない。
「な?ちゃん」
「…う…ご…ごめんなさい…」
「あれー?一虎ぢゃん。何、この子、一虎の彼女ー?ウケる。どこでこんな可愛い子と知り合ったのー?」
わたしと一虎くんを見て、話しかけて来たギャルの子が大笑いしてる。一虎くんのことを呼び捨てだし、親しい感じがした。でも一虎くんは「うるせえ」とその子を睨みつけた。
「コイツに話しかけんな、ガバマン女」
「えー待って。ひどくね?ってか中指立てんなし」
「チッ。こっち来い、」
「ひゃ」
一虎くんは怒ったようにわたしの腕を掴むと、駅前方面の道のすぐ脇、ビルとビルの間にわたしを引っ張って行った。そして壁に押し付けると、手をそこへドンとつく。いわゆる壁ドンだ。初めてされた!と一瞬ドキドキしたけど、怖くて一虎くんの顔は見れない。
「オマエ、日本語もわかんねーバカなのか?。絡んで来た奴が女で命拾いしたなあ?」
「…す、すみません…」
どこまでも笑顔なのに頬を引きつらせている一虎くんを見て、そこは素直に謝った。言いつけを守らなかったのはわたしだし、彼が怒るのも当然だ。
「か、一虎くん、ほんとにごめんなさぃ――」
もう一度謝りながら彼の腕を掴む。でも次の瞬間、一虎くんの腕に抱きよせられてぎゅっとされていた。
「ハァァァァ…もー…マジで焦った…」
「……え」
気づけば一虎くんの胸に顔を押し付けられていて、一気に心臓がドキドキと動き出す。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「ウチのチームの奴ら、ガチでヤバいからもう来んなよ…」
「は…はい…」
一虎くんからは凄くいい匂いがして、更に顔が赤くなる。声も何気に優しい音だった。
「何だよ?」
「い、いえ…何でも…」
「そ?じゃあ…送ってく」
「え、でも集会――」
「そんなんよりを一人で帰す方が心配」
「………(キュン)」
そんな優しいことを言われたら、ドキドキしない方がおかしい。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
一虎くんに促されて、わたしも後からおいかけていく。でもその時、後ろから「あ、一虎あそこにいんじゃん」という女の子の声が聞こえて来て、何となく振り向いた。それはさっきの子とは別の二人組の女の子だった。
「ほら、一虎ひとりだし行ってきなよ」
「え~ムリだよ~。結構マジなやつだからムリ~」
「………(一虎くん、やっぱりモテるんだ…)」
二人の会話を聞いて心臓が嫌な音を立てたその時、前を歩いていた一虎くんがくるりと振り向いた。
「、何してんの。おいで」
手招きをされて、またキュンと胸がなってしまう。気づけば少し距離が出来ている。慌てて駆け寄ると、一虎くんはごく自然に手を繋いできた。
「……っ(て、手をぎゅって…)」
「だからぁ…危ねえし離れんなって」
「う、うん…」
初めて手を繋がれたから一気に緊張してしまう。一虎くんの手は指が長くて、わたしの手をすっぽり包んでしまうくらい大きい。恥ずかしいけど、でもこういう触れあいって幸せだなぁと感じながら手を引かれて歩き出した時、背後からさっきの女の子の嘆く声が聞こえて来た。
「うわ、待って。一虎彼女いんじゃん~!死んだ~もぉーサゲ~」
一虎くんを好きらしい子は大げさに言いながら、ゲーセンの方へ戻っていく。少しだけホっとしながら隣を歩く一虎くんを見上げると、一虎くんもわたしを見ながら「ん?」と首を傾げた。リン…とピアスが鳴って、それが心地よくわたしの耳に響くから、またドキドキしてきて俯いてしまう。
「な、何でもない…」
「えー?何だよ。気になんじゃん」
一虎くんは笑いながらわたしの手を引いて行く。
この時、色んな想いがこみ上げて来て。ほんとは一虎くんに「好き」って言いたくなった。でも恥ずかしくて口に出しては言えないから、代わりに彼の手を少しだけ強く握りしめる。
一虎くんに出会えたことが嬉しくて。一虎くんがわたしの生きる理由になったから。
