訳アリ彼氏と彼女の日常



*お詫び*



この前一虎くんの言いつけを破ってしまって集会なるものに行ってしまったから、何かお詫びをしたいと思った。一虎くんに似合いそうなピアスを探してみたりしたけど、そういう方面に疎いわたしには全然分からなくて。だからアクセサリーの他に何かないかと考えた結果、彼に直接聞いてみることにした。



「は?お詫び?」
「はい」

いきなり彼女にお詫びとか言われてビビった。別にそんなんいいのに。でも意外とは真剣で、ベッドの上で正座をして(可愛い)「何か欲しい物とかないですか」と訊いて来る。そういやこの子、真面目な性格してたっけ、と内心苦笑した。

「別にいいって、そんなの。今度から危ないことしないでくれたら――」
「それじゃわたしの気が済まないもん。あ、物じゃなくても何かして欲しいこととか」
「して欲しいこと…?」
「うん。肩たたきとかパシリとか何でも言ってくれたら――」
「オレはジャイアンか。オマエ、オレのこと何だと思ってンの」
「な、何でもどーぞ!(ジャイアン?)」
「…………」

は真剣な顔でオレをジっと見つめて来る。ぶっちゃけマジで今すぐ押し倒したいくらいの可愛さで、一瞬だけ邪な願いごとが頭を過ぎる。

「本当に何でもいいの」
「うん。何でも言って」
「えー…じゃあ、さ」

の後頭部に手を回してグイっと自分の方へ引き寄せる。

「今日、泊ってってくれる?」
「…えっ」

一瞬で頬が真っ赤になるのは予想通りだ。笑いを堪えて軽く舌を出すと「うそ」と手を放した。

「いいよ。マジで何もしなくて」
「…~……っ~…」
「いてっ」

真っ赤になったに背中をバシっと叩かれた。「真剣に聞いてるのに」と口を尖らせ、頬までぷくっと膨れたも可愛いしかねえんだけど。やべえな、オレ、ガチでハマってる?

しかも次の日の夕方、学校サボって寝てたらケータイが鳴った。出てみるとからで『まだ寝てたの?あ、ベランダ出てみて』なんて言うから目を擦りつつ、ケータイ繋いだままベランダに出てみる。するとマンションの駐車場にが制服を着て立っているのが見えた。しかも笑顔で手を振っている。

『一虎くん、寝すぎだよーもう夕方』
「………(可愛い)」

寝起きのオレの頭からハートが飛び出たかもしんねえ。はそのままオレの部屋までやって来た。

「いや、ビックリするわ」
「わたしは、こんな時間まで寝てる一虎くんにビックリだよ」
「あー…夕べあれから映画見てたら朝方なってて。あ、入れば」
「わたし、これからバイトで…これ渡したかっただけだから」
「え?」

は学校指定のスポーツバッグの中から小さな紙袋を取り出し、「はい、これ」とオレに差し出す。その紙袋はオレが好んで買ってるアクセサリー店のものだった。

「え」
「やっぱり何かあげたくて」
「マジで?開けてい?」
「うん」

中身を取り出すと、それは多重網みされたレザーにシルバーの飾りがついたブレスレットだった。

「うわ、かっけー!」
「最初はピアスにしようと思ったんだけど、一虎くん今の気に入ってるぽかったからブレスレットにしてみたの」
「………」
「あ、でももし気に入らなかったら捨ててくれていい――」

と言いながら顔を上げたの頬にちゅっとキスをして軽く抱きよせる。上手く言葉に出せないくらい嬉しかった。

「…ありがと。すげー嬉しい」
「よ、良かった…」
「うん」

彼女は耳まで真っ赤になってる。それに気づいた時、ガラにもなくオレまで照れ臭くなって、彼女の肩に顔を埋める。本気で帰したくなくなったけど、バイトを休ませるわけにもいかねえから、せめて店まで送ってやろうと思った。





*元気をもらう*




学校でトイレに行ったらわたしをイジメてる二人組がくっついて来た。

「おい、~!何でまだ生きてんだよ」
「死ねって言ったの聞こえなかったー?」
「……きゃっ」

どつかれて壁にぶつかった瞬間、今度は顔に水の入ったペットボトルを投げつけられた。顔も制服もびしょ濡れなのに、彼女達はまだわたしを責め立てる。

「なぁ、聞いてんのかよ」
「死ねって」

一虎くん。

「早く死ねよ」
「オマエに存在価値なんてねえんだからさー」

一虎くん。助けて――。

心の中で何度も彼の名前を呼びながら、必死に耐えた。でもこんな暴力に慣れることはなくて、鏡に映るびしょ濡れの顔を見てると涙が溢れて来た。一虎くんに勉強を教えてもらうようになってから成績も上がったのに、彼女達のイジメはなくならない。卒業まで永遠に続くのかと思うとしんどくなるけど、でも前みたいに死にたいとは思わなかった。だって学校を一歩出たら、わたしには一虎くんがいるから。

、お疲れ」

夜、バイトを終えて店を出ると一虎くんが迎えに来てくれていた。でもわたしの顔に貼られたガーゼを見て、その綺麗な顔を僅かにしかめている。

「まーた傷増えてる。今日はなにされたんだよ」
「水かけられたり…トイレでよくあるヤツ」
「うわ、まだそんなことするヤツいんの」
「ほんとだよね。笑うと痛くて」
「…唇も切れてんじゃん」

一虎くんはそっと指で赤くなった場所へ触れる。でもこうして一虎くんの顔を見てると、何でもないことのように思えた。

「平気だよ」
「…でもカラ元気にしか見えねえ」
「……っ」

本音を見抜かれたようで少しドキっとした。確かに、今日は笑顔を作るのが少しだけしんどい。何で一虎くんにはバレちゃうんだろう。

「なあ、今からちょっと時間ある?」
「え?」

頭にポンと手を乗せられ、顏を上げると、一虎くんがニコッと微笑んでくれた。黙って頷くと、一虎くんはわたしの手を引いて自分のマンションまで歩いて行く。そこで何故か駐車場に向かった。

「え…バイク…」
「うん。ちょっとだけドライヴ付き合って」
「え、でででも…っ乗ったことないし…っそ、それに無免…」
「へーきだって。免許なくてもオレ、上手いから」
「……(そ、そういう問題じゃないのでは)」

一虎くんは笑いながら言うと、わたしの身体をひょいっと抱えて後ろに乗せてくれた。細いのに一虎くんはやっぱり男の子なんだと当たり前のことに感動してしまった。

「んじゃーは危ないからコレ被って」
「わ」

スポっと大きめのヘルメットを被せられ、しっかり顎のベルトまで締めてくれる。最後にポンっと頭に手を乗せて、一虎くんはバイクにまたがった。

(カッコいい……)

慣れてる感じにエンジンをかけて吹かす動作に、思わずきゅんとしてしまう。

「どこ…行くの?」
「着いてからのお楽しみー。しっかり掴まってて。ああ、そーじゃなくてこう」
「ひゃ」

くっつくのが恥ずかしくて一虎くんの腰の辺りを掴んでたら、腕を引っ張られて前に回されてしまった。完全に背中に抱きつく形で顔から火が出たかと思うくらい熱くなる。

「んじゃー行くよ」
「う、うん」

ブォォンッと一際大きくエンジンを吹かした後、一虎くんはバイクを発車させた。ぐいんと体が後ろに持ってかれそうになるから、必死で前に回した腕に力を入れる。初めてのバイクだからもっと怖いものだと思ったのに、一虎くんに掴まっているおかげなのか思ったほど怖くはない。逆に髪をさらっていく夜風が心地いい。

(目に映るものが全部キラキラして見える…)

最初は瞑ったままの目も、慣れて来た頃に恐る恐る開けてみれば、流れていく景色があまりに綺麗で自然と笑顔になった。しばらくバイクを走らせると、かすかに潮の香りがしてきて、あっと思った時、一虎くんがある方向へ指をさす。視線を向ければ遠くに海が見えてちょっとだけテンションが上がってしまった。

「海だ…」

駐車場にバイクを止めて、二人で少し歩くと、目の前に夜の海が広がっている。まん丸の月を映した海は幻想的なくらいに綺麗だ。

「うわ、まだ冷たい」

靴を脱いで砂浜を歩くと、波打ち際で海水に足を浸す。春も終わるというのに、水は少し冷んやりとしていた。

「なーんか久しぶりだな。ここも」

一虎くんは砂浜に座って、黙って海を見つめている。その横顔が少しだけ寂しそうに見えて、わたしも隣へ腰を下ろした。

「ここ、よく来るの?」
「ん?あーいや…最近は来てなかったかな。ここ、中1の時、よく昔の仲間と来てたんだ」
「…昔の仲間?今のチームの人ではないの?」
「あー…小学校ん時からつるんでた奴らで…年少出てからは会ってねーんだけどさ…」

そう呟いた一虎くんの顏が、何故か泣いてるみたいに見えて、どうして?とは聞けなかった。

「なんかさー。海見てると色んなことがどーでもよくなる気がすんな」
「…うん…そう…だね」

二人で黙って打ち寄せる波を眺めていると、普段の日常で起こる嫌な出来事が、本当に小さなことのように思えて来る。なのに、どこまでも続く海を見つめていたら自然と涙が溢れて来て、ポロポロと頬を伝っていく。世界はもっと広くて、その数ある国の中でも日本は小さな島国だ。その中のこれまた小さな街で起きたことなんか、本当にちっぽけなことのように思えて来る。

「ほんと…そうだね。どうでもよくなっちゃう」
「だろ?」
「わ…」

一虎くんはわたしの頭を抱き寄せて、自分の肩へと乗せた。その間も優しく頭を撫でてくれるのが嬉しい。

「少しは気晴らしになった?」
「……ぅん」

未だに溢れて来る涙を手の甲で拭っていると、一虎くんは「なら良かった」と呟いた。きっと落ち込んでたわたしを励まそうと連れて来てくれたんだと思う。一虎くんも過去に嫌なことがあると、こうして海を見に来てたんだろうか。

…」
「…え」
「こっち向いて」
「…?」

頭を撫でていた手に僅かな力が入ったのを感じて一虎くんを見上げると、顏を照らしていた月明りが陰って、くちびるに柔らかいものが押しつけられた。

「………」
「元気、出た?」

ちゅっと可愛い音をさせて離れていく一虎くんの綺麗な顔をボーっとしながら見ていたら、彼が照れ臭そうに笑う。初めてのキスをされたんだと気づいた時、また涙が溢れて来た。

「うぅ~~…げ、元気でたぁ…」
「げ、だから泣くなって。ブスになんぞ」
「…そ…それはヤダ…」
「ふは…っうーそ、泣き顔もかわいー」
「……っ(ぎゅうううんっ)」

軽く吹き出してぎゅっと抱きしめてくれた一虎くんに、胸がキュンキュンし過ぎて苦しくなる。ダメ、好きすぎてしんどい。その気持ちに従って抱き着くと、一虎くんが楽しそうに笑い出した。

「う…うう」
「なに、どーしたどーした」
「む、胸が……く」
「大きくなった?」
「…バ、バカ」
「いや、バカってひでぇ」
「…ふふ…」

大げさに嘆くから覆わず笑うと「泣くか笑うかどっちかにしろよ」と一虎くんに笑われた。でもずっと彼の手が髪を撫でてくれるから、もう少しだけ泣いてるふりをしておこうかな。




*初めてのデート*



"もうすぐ着くよ"
"はやw オレちょーどだわ。ちょっと待ってて"
"うん。大丈夫だよ"

そんなやり取りをしてとの待ち合わせ場所に向かう。今日は付き合いだして初めて彼女と待ち合わせをしてのデートだ。家が近いんだからオレんちに来てから一緒に行けばいいのに、は「一虎くんと待ち合わせしてみたい」と可愛いことを言いだした。だから渋谷駅で待ち合わせをして、それから適当に二人でぶら着く予定だった。

(お、いたいた)

駅の改札を出たところ、その端っこにちょこんと立っているを見つけた。普段は制服か、バイトに行く為にラフな格好が多いも今日は春らしい白のワンピースを着ている。どこかソワソワしながらオレのことを待っている彼女を見てると、声をかける前にまたメッセージを送ってみた。

"今日の恰好、めちゃくちゃ可愛い"

はそのメッセージを開いて見てる。少し驚いた顔でキョロキョロしてるから、片手を上げて振ってみるとすぐに気づいた。でもオレを見た瞬間、何故かの顏が茹蛸のように赤くなるから、こっちまでドキっとさせられる。

「ごめん、待った?」
「まま待ってないよ、全然」
「ぷっ…、何か緊張してね?」
「だ、だって…こういうの初めてだから…」
「………(キュン)」

初めてって何かいい響きだ。はこれまで男と付き合ったことがないと言ってたし、当然デートも初めてで、その相手がオレっていうのは凄く嬉しいもんなんだなと実感した。

、どっか行きたいとこある?何したい?」
「んー…。一虎くんは何がしたい?」
「………」

まただ。彼女と付き合って最近気づいたのは、いつも自分のことよりオレを優先して物事を考えてるってことだ。オレとしてはにもっと我がまま言って欲しいなんて思う。ガラじゃねえし、何なら今までの女は我がまますぎてムリってなったクセに、これってどういう心境の変化だ?

「オマエさぁ、それ気を遣ってんの?」
「え…ひゃ」

の頬を指で軽くつまむと、むにっと柔らかい感触が伝わって来た。

「それとも本当にしたいことないだけ?」
「…へ?あ…」

頬から指を放すと、は恥ずかしそうに俯いて、チラっと視線だけを上げてオレを見て来る。何だ、その可愛い顔は。

「だって…我がままばかり言ったら一虎くんに嫌われるかなと思って……」
「……っ(きゅ~ん)」

ヤバい。オレの心臓がさっきから変な音を鳴らす。何だこれ。初めての不思議現象なんだけど。こんな人の多い場所で抱きしめたくなんのヤバい。

「別に…嫌いになんてならねーし…。ってかオレに気を遣わねえでもっと我がまま言って」
「……う、うん。じゃあ……買い物…したい」
「おっけ」

恥ずかしそうにオレを見上げると目を合わせるたび、心臓がおかしなことになったけど、彼女のリクエスト通り、二人で買い物へ行くことにした。がアクセサリーを見たいと言うから、昔の記憶を辿って女の子が好きそうなショップへ案内をする。案の定、は瞳をキラキラさせながら目当てのネックレス売り場で足を止めた。

「わーこれ可愛い!あ、でもこっちも可愛い…」

沢山あるネックレスの中から好みのものを見ては「うーん…」と首をかしげている。は普段からそれほど化粧ッ気もないし、今時の女がやってるようなネイルやツケマツゲとかいった派手なこともしない。でも嬉しそうにネックレスを選んでる姿を見る限り、もこういう女の子らしいものが好きなんだなと思うと、余計に可愛く思えるから不思議だ。

「一虎くんはどっちが好き?」
「ん?オレはどっちも可愛いと思うけど。ってかどっちも買えば良くね?そんくらいオレが買ってやるし」
「えっダメだよ!そんなにお金出してもらえない」
「いやダメ。オレがオマエの為に使いたいの」
「……う…んんん…」

何故かは頭を抱えて悩みだした。いやそこまで悩まなくても、と思わないでもないけど、こういうところがらしいしオレは好きだなと思う。これまで付き合った女どもだったら「ラッキー」つって絶対に悩むことはしなかったはずだ。まあ、そんな女にオレも買ってやろうとか思わないだろうけど。
ひたすら悩んでるを待つこと数分。彼女が「あ、じゃあ」と何かを決めたようにオレを見上げた。

「片方は自分で買うから、もう片方を買ってもらうってのは…ダメ?」
「……わ…かった……(うわ、しんど…)」
「やったー!」
「………(カワイイ…♡)」

素直に大喜びする彼女を見て、マジでしんどい、かあいい、無理ってなった。
彼女と出会ってから、オレの心臓のHP、削られまくってるかも。





一虎の小ネタ集…笑