訳アリ彼氏の優しいところ




わたしより一つ年下だけど、わたしよりも頭のいい一虎くんに勉強を教わってからは成績も上がった。
なのに―――イジメはまだ続いている。

「うわ…どこまで擦りむけてんの…」

わたしの腕に出来た生傷を見て、一虎くんは消毒してから絆創膏を貼ってくれる。あたしは泣くのを必死にらえながら「ごめん…」とつい口走った。

「何でが謝んの。ってかカーディガンの袖、ボロボロじゃん」
「んー…もう全部こうなってて…」
「新しいのは?」
「お母さんに言ったら心配かけちゃうから言えない…」
「…そっか」

一虎くんはわたしの傷だらけの手をぎゅっと握りながら何かを考える素振りをしてたけど「あ」と不意に声を上げた。

「じゃあオレのやついる?」
「……へ?」
「結構、着ないやつ残ってんだよ。ちょっと待ってて」

一虎くんはクローゼットを開けると、ごそごそ何かを探していたけど、一分後、5~6着ほど両手に抱えて戻って来た。

「い、いっぱい…」
「好きなの持ってって」
「え、ほんとにいいの?」
「うん。デカいと思うけど、その袖よりいーだろ」
「あ…ありがとう…」
「こんくらいいいって」

一虎くんはお洒落なデザインのカーディガンを紙袋に入れてわたしに持たせてくれた。それが昨日のこと。

そして今日、もらったぶっかぶかのカーディガンを着て学校に来たはいいものの……。

(ダ、ダメだ、これ…!一虎くんの匂いしすぎる…!)

そばにいないのに一虎くんがすぐそばにいるようでドキドキして授業に集中できない。やっぱり一度洗えば良かったかも、と思ってしまう。でも一虎くんの匂いは消したくない。ただ一つ問題が。

(どうしよう…今日会う約束してないのに、これじゃ会いたくなっちゃう…)

休み時間になっても自分の席でソワソワしていると、不意にケータイがメール着信を知らせてきた。

"ちゃんとカーディガン着てる?"

そのメッセージに、何故このタイミング?と泣けて来る。迷うこと数秒。ついつい"会いたい"と送り返してしまった。すると即返信が届く。

"どした。迎えに行く?"
"ううん。会いに行ってもいい?"
"いいよ。じゃあ家で待ってる"

そんなやり取りをして、結局わたしは学校帰り、真っすぐ一虎くんのマンションまで向かった。一虎くんはすでに学校から帰っていたらしく、例のチームの白いジャンパーを着ている。

「ごめんね、約束してないのに突然…」
「いいよ。夜はチームの用事で出かけるからちょっとの間だけど、入りな」
「うん」

そう言って玄関に入った瞬間、一虎くんの匂いに包まれる。今は本物が目の前にいるから、ついぎゅっと抱き着いてしまった。

「うお、何?やっぱ何かあった?またアイツらに――」
「違うの…」

慌てて首を振ってから一虎くんを見上げると、どこか心配そうな顔をしてる。その顏を見てたら胸がぎゅんぎゅん変な音を立てて、好きが溢れてしまう。

「あのね、一虎くんのカーディガン着てたら会いたくなっちゃって……」
「……っ!(ズギュゥゥゥンッ)」

(マジか~!何でこんな日に限って約束入れたんだ、オレ!クソ甘やかしてぇー)」(※一虎の脳内)

その時、一虎くんの腕が背中に回ってぎゅぅぅっと強く抱きしめてくれるから、わたしも負けずにぎゅうぅっと抱き着く。これだけでも凄く癒された日だった。







昨日、あんなことがあったから今日こそはと会う約束をした。昨日の分も含めて今日はを思い切り甘やかしてやろうと、いつものように学校の校門前で待っていると、「一虎くん」という声がして振り向く。でもは一人じゃなく、知らない男と歩いて来た。ついイラっとした感情がそのまま顔に出ていたらしい。のツレの男が「やっぱこえぇ~一虎くん」と言い出して「は?」と返してしまった。

「あ、あのね、彼が幼馴染の一馬。一虎くんのこと知ってるみたいで」
「…あー…幼馴染ね…」

前にその存在を知ってから何気に気になっていた人物だ。

「ども初めましてー。の幼馴染の一馬です」
「………?(ピク)」

馴れ馴れしく呼ぶ感じに、ざわりとしたものが胸の奥からこみ上げて来る。何だ、この不快な感覚。ってか何だコイツ、爽やかイケメンじゃねーか。

「あれ、一虎くん、何か怒ってます?」
「あ?」

ヘラヘラしながらオレにまで馴れ馴れしい感じに余計イラっとする。でもが心配そうにオレを見上げるから怒鳴るに怒鳴れねえ。

「え、お、怒ってないよ。ね?一虎くん」
「……ああ。っつーか一緒だったんか」
「うん。あのね、一馬といるとイジメられないから、一虎くんと会う約束した日はなるべく一馬が一緒にいてくれてるの」
「…へえ」

ダメだ。笑顔が作れねえにもほどがある。オレってこんな嫉妬深い男だったのか、と自分で自分に驚愕した。ってか今まで女のことでヤキモチとか妬いたことねえから分かんなかったけど、こんな不快なものなのか。
なのに一馬って幼馴染はオレの気分とは裏腹にグイグイ来る。オレのことは噂で知ってたみたいだけど、どうせ碌な噂じゃ―――。

「ってかタトゥーすげーカッコいいっすね!!」
「………(いいヤツじゃん)」

キラキラした目で見て来る感じが、の幼馴染って感じだ。話を聞けばガキの頃から兄妹みたいに育ったとかで、心配するような関係でもないらしい。それを聞いて内心ホっとした。

「あの、一虎くん」
「あ?」
のこと、頼むね。コイツ、ずっと元気なかったんだけど、一虎くんと付き合いだしてからは凄く元気になってきたからオレもホっとしたし…」
「……ああ。分かってる」

オレが約束すると、一馬は心底安心したような満面の笑顔で、手を振って帰って行った。

「数馬のヤツ、一虎くんの前だとお兄さんぶっちゃって。いっつも下らない意地悪言って来るくせに」
「そんだけのこと心配してんだよ。まあ、最初は馴れ馴れしいから何だコイツって思ったけど」
「そーなの!一馬、あんまり気おくれしない性格だから、人懐っこいんだけど初対面でもあれだし誤解されやすいかも。素直すぎるだけなんだけど」
「…フーン」

一馬とは何でもないのはよく分かったけど、が褒めるとイラっとするかも。オレって案外ちっちぇーの?

「一虎くん?どうかした?」
「いや…ってか家に何もねえしコンビニで何か買ってく?」
「うん」

嬉しそうに頷くにモヤっとしてた気持ちが晴れていく。嫉妬深くて、ついでに単純だったのか、オレ。
を好きになってから色々気づいたことはあるけど、今日は特に自分の知らない自分がいることを知った日だった。







コンビニで飲み物とかお菓子を買い込んで、いつものように一虎くんのマンションにやって来た。今日は少し花冷えのする日だったからか、一虎くんは「さみ~」と言って布団にくるまっている。どうやら夏生まれだから寒がりらしい。ベッドの上で布団を被ってる一虎くんはカマクラみたいにこんもりしてて可愛い。でもわたしは学校での課題をやらなきゃいけなくて、今は必死にノートと睨めっこ中だ。それが退屈なのか、一虎くんは「~」と時々声をかけてくる。

「寒い…」
「そうだね」

課題をしながら返事だけをしていると、「なあっ!」と一虎くんが布団から顔を出した。

「寒いっ」
「寒いのは分かったってば。わたしにどうして欲しいの」
「もークソ寒いからエッチしよ!」
「…ッえ…ちって…もーそんなこと言う一虎くん嫌い」
「…えっごめんってっ!ジョーダン!」

ガバっと顔を上げた一虎くんが慌てたように謝って来たけど、恥ずかしくてプイっと顔を反らしてしまった。すると今度こそスネたのか、布団にくるまったままベッドへぼすっと倒れ込む。

「…………」

やっと静かになったとホっとしながらノートに目を戻す。でもその瞬間、「くそ…」というボソっとした呟きを耳が拾った。

「……かまえよ」
「………え?」
「………寂しいじゃん、オレが」

布団の中でモソモソしながらボヤいている一虎くんを見て、思わず胸がキューンっと鳴った。

(――カ、カワイイ…)

いつもどちらかと言えばお兄さんみたいなのに、今は年下って感じの甘えたになっている。このギャップ萌えをどうしてくれよう。そう思ったら握っていたペンを置いていた。

「一虎くん」
「…ん」
「はい」

かまいます!と両手を広げると、一虎くんは大きな瞳をキラキラっと輝かせて布団ごとガバっと抱き着いて来た。

「…、あったけ~」
「ふふ…一虎くん、ほんと寒がりだね」
「ダメ…?」
「……ダメじゃない」

額を合わせて訊いて来るから首を振ると、一虎くんは優しい笑みを浮かべて身を屈めてきた。そのままくちびるを塞がれたと思ったら、くちびるでわたしのくちびるを食んでくる。

「…んっ」

初めてのソレにドキっとしていると、今度はちゅうっとくちびるを吸うように口付けられた。一虎くんのくちびるは一向に離れる気配はなく。ずっとちゅっと音をさせたり、ちゅうっと吸われたりして、次第に顔が熱くなって来た。

(な…な…長いっ…し、何かエロいちゅーの仕方してくる…っ)

今では手で頬をすりっと撫でてくるし、相変わらずくちびるは塞がれたままで、少しずつ呼吸が苦しくなって来た。

(いつもはちゅって軽めで終わるのに…っていうか…!わざと音を立てるのやめて~…何、その上級者みたいなちゅーは…っ)

初めての長くてちょっとエッチなキスにだんだん顔が火照ってきて、やっぱり息が苦しい。でもそれを計ったようにくちびるが解放された。

「か、一虎くん…」

すっかり蕩けさせられてドキドキ心臓がうるさい音を立てている。その時、一虎くんがわたしまで布団の中に閉じ込めてきた。

~」
「……!!」

甘えるように呼びながら頬を摺り寄せて来る一虎くんは、自分の前にわたしを座らせて後ろからぎゅっとしてくるからたまらない。

(ぐあぁぁ…何で今日はこんなにカワイイのー!)

恥ずかしくて真っ赤になっていくのが自分でも分かる。

「一虎くん……お酒飲んでる?」
「??飲んでねーよ」

まあそうなんだろうとは分かってるけど、酔ってるのかなと思ってしまうほどに普段よりも甘えん坊になっている気がする。きっと寒いせいかもしれない。ということは冬になればどうなってしまうんだろう。
この日はちっとも勉強に身が入らなかった。







「今日も楽しかった」
「そう?なら良かった」

楽しい時間も終わって、いつものように一虎くんが家まで送ってくれる帰り道。手を繋いで歩きながら、隣の一虎くんを見上げる。また明日から学校だと思うと少し憂鬱になってしまった。

「どした?」
「…うーん。明日から学校だなぁ…って…」
「それは…どうにもしてやれねえけど…ツラいってなったらオレに電話して」
「………」
「…?」

ふと歩くのをやめると、一虎くんは身を屈めて顔を覗き込んで来た。月明りに照らされる一虎くんの綺麗な顔を見ていたら、ふと本音が零れ落ちる。

「まだ…帰りたくないな」
「……っ」
「家に帰ったら…学校行かなきゃ…」

一虎くんの袖口を掴んでついそんな弱音を吐いてしまう。ほんとは帰り際くらい元気な顔でいたいのに。

「あんま可愛いこと言わないで」

不意に両頬を手で包まれて、顔を上げるとちゅっとキスをされた。

「今、連れて帰ったら…オレ、何するか分かんないからダメ…」
「………」

やっぱりダメか、としゅんとしてしまった。でもこれ以上、一虎くんに我がままは言えない。

「じゃあ…明日また会いたい…」
「ん。じゃあ明日も迎えに行くから」

そう言いながら頭を撫でてくれる一虎くんはやっぱり優しい人だ。一虎くんがいるから、わたしはきっと明日も頑張れる気がする。

「…早く明日の放課後にならないかな」
「うわ、何でそんな可愛いこと言うわけ。今すぐ連れて帰りたくなっちゃうじゃん。せっかく我慢してんのに」

おどけたように笑う一虎くんに、釣られてわたしも笑う。
一虎くんのおかげで、わたしは今日も笑えてるよ。