訳アリ彼氏は嫉妬深い
「一虎くん、大変です。最近がモテてます」
開口一番、爆弾投下をしてきたのは、の幼馴染の一馬だった。オレの一つ上なのに、何故か敬語で話しかけてくる変なヤツだ。
今日、いつものようにを学校まで迎えに行くと、またしても一馬が一緒にいた。まあそれはイジメ回避のためと聞いてるから仕方ないにしてもだ。その後も、一馬はオレがバイト先までを送っていくのにまで何故かついて来た。あげくに――。
「が終わるまで暇でしょ?オレが付き合うっスよ」
などと言いだした。まあ、オレの知らないを知ってる男ってのは気に入らないけど、学校でのことも聞きたかったし、まぁいっか、のノリでOKした。でも野郎同士でカフェもないもんだと思いつつ、向かいあって座った矢先、冒頭の爆弾を投下してきたのだから、オレも内心ちょっと驚いた。
「え、何だよ、急に。まあ…は可愛いから、そりゃそうだろ」
「今サラっと惚気ましたね。でも一虎くんと付き合う前は死神って呼ばれてたんスよ?」
「あ?死神じゃねーよっ」
いくら幼馴染とはいえ、可愛い彼女をそんな風に言うのは腹が立つ。ムっとして言い返したが、一馬はが言ってた通り、かなりのマイペース野郎だから、ちっとも聞いちゃいない。更に勝手に喋り始めた。
「それが最近、天使化してきたとか、地味にスタイルいいだとか、とにかくモテてます」
「………」
そんなに?とだんだん心配になってきた。いや、でも彼氏はオレなわけだし、普段のを見てれば大丈夫、と気持ちを落ちつける。
「まあでもは?オレ以外には?クソほど塩だから?…平気だろ」
「一虎くん、手がめっちゃ震えてますよ」
「…うるせーな。寒いんだよ、この店の冷房っ」
「ふーん…」
アイスカフェオレを持つオレの手を見て、一馬はニヤリとわっるい顔で小首を傾げた。何だ、その顏は。
「余裕ぶっこいてるフリしてる一虎くんに、更に追い打ちをかけますね」
「性格わるっ!」
の言ったように、この幼馴染はちょっと歪んでる。人の困る顔を見て楽しむいじめっ子気質な野郎だ。昔、オレの近くにもこういう性格の悪い友達がいたっけな…と小学校の頃のことを思い出す。オレの耳に揺れるピアスの、元持ち主だ。
まあ、アイツは直球型だけど、一馬は陰険な方の腹黒タイプってとこだ。
一馬はオレのツッコミに全く動じることもなく、嬉しそうな笑顔を見せた。
「性格悪いっすか?オレ。ありがとう御座います」
「いや、っぜんっぜん褒めてねえ」
何故か喜ぶ一馬に少し口元が引きつる。でもこの後、オレの顏は更に引きつることになった。
「それが残念なことに、最近は塩じゃなくなってきてんスよねー」
「…あ?」
「この前なんか、ジャージ隠された時、男どもがこぞって寄ってきて"オレの使って!"とか"いや、オレの使って"って言ってて…のヤツが笑顔で"ありがとう。でも一馬の借りるから大丈夫"なんて愛想よく応えたもんだから、ヤバいっすよ、一虎くん!ますます男どもが"ヤバい!ヤバい!"って騒いでたし!どーすんですか?あのままじゃ、襲われるかもですよ?いーんスかっ?」
「………」
そんなことを言われたら……。
(焦るじゃねーか…!!)
その後、バイト終わりのを迎えに行って、そのままオレの家に連れ帰ると、つい普段より長めにキスを仕掛けてしまった。
「…ん…か…かず…とらく…」
開きかけた唇を更に塞いで、そっと舌を滑り込ませると、の手がぎゅっとオレのパーカーを掴んだ。
オレにしてはめちゃくちゃ慎重に進めているせいで、とは触れるだけのキス以上のことをしたことがない。それが余計、不安を煽る羽目になるとは思わなかった。が可愛いのは分かっていたし、デートで待ち合わせすると、オレを待つ間、何人もの男に声をかけられてるのも知ってる。だけど、学校じゃ彼女本人も「暗いからモテないよ」と言ってたし、一馬に言われるまではオレもどこかで安心してた部分はあったかもしれない。それがあんな話をされたら、オレとしてもやっぱり焦りは出てくるというものだ。出来れば彼女との関係をもう一つ進めたくなってしまう。
(クソ…アイツ、煽りの天才か?!)
脳裏に一馬の憎たらしい顔が浮かんで、絡めていた舌をゆっくりと解放した。
「…ど、どうしたの…?今日…何か…いつもの一虎くんと違う」
部屋についた瞬間から濃厚なキスをしかけたせいか、が顔を真っ赤にしながら呟く。まさか嫉妬と焦りで今すぐ抱きたい、とは言えず。そのままをぎゅーっと抱きしめた。
「ん~~何でもねえ…」
の腰に腕をまわし、甘えるように首筋に顔を寄せると、ふわりと頭に手を置かれ、軽く撫でられた。それが心地よくてジっとしていると、は戸惑うように訊いてきた。
「もしかして……したいの…?」
「…………(バレてるし)」
あまりに痛いとこを突かれ、一瞬黙ったものの、小さく頷いた。
「でもそれは…今日に限らず…だけど」
そう言ってから顔を上げると、の額に自分のをコツンと合わせた。
「やっぱ…まだ無理…?」
「……っ(きゅーん)」
思い切って尋ねた瞬間、の顔だけじゃなく、耳まで真っ赤になっていく。それを見てやっぱダメか、と諦めかけた時、が小さく呟いた。
「む…無理じゃ…ない…」
「………え」
その一言に慌てて顔を覗き込むと「…いいの?」と確認してみる。オレの聞き間違いかもしれない。でもは今度こそハッキリと頷いてくれた。
ダメだと思っていたものが突然許されると、嬉しいというより、何故か戸惑いと緊張が一気に襲ってくる。でも男の煩悩が勝って、そのままをベッドへ押し倒した。
「…反則だよ、一虎くん…」
「え…何が…?」
真っ赤な顔で見上げてくるが、ぼそりと呟く。
「あんな可愛い顔で言われたら…断れないじゃない」
「………(ぎゅーん)」
オレの心臓が変な音を立てて、一気に気持ちが加速していく。初めて本気で好きになれた子だから、もっとたくさん大切にしたいと思うし、愛したいと思う。
「…優しくする」
そっとキスをしながら、着ている制服のシャツを脱がしていく。も緊張しているのか、体全体がガチガチになっているのが分かった。怖がらせないよう、首筋にもキスを落としながら、背中のホックを片手で外す。そこで視界に入ったの上半身に、思わず息を飲んだ。
(うわ…やべえ…予想以上の美乳…)
決して大きい方ではないものの、オレの好みにどんぴしゃで、やたらと欲を刺激されていく。
(好きな女にこんな好きな形とサイズあんの…?普通にばちくそ興奮すんだけど…)
これまでにないほど顔が熱くなっていく。このままじゃヤバいと精神統一していると、が不安そうにオレを見上げてきた。
「ど…どうしたの…?や、やっぱりわたしの身体、変…?」
「……え?」
突然の目尻にじわりと涙が浮かぶ。慌てて「全然変じゃねーよ」と言いつつ、指で涙を拭う。
「泣くなって…。つーか…やっぱりって誰かに何か言われたことあんのかよ…」
「…イジメて来る人達からちょっと…」
「あ?んなの僻みだろ、どうせ。気にすんな」
「…うん」
やっと笑みを見せたにホっとして、額にキスを落とす。
相手にとっては大したことじゃないと思っても、言われた方にしたら深く残る傷になることもある。そういう痛みから、が早く解放されたらいいと、彼女を抱きしめながら思った。
*
「ん…」
首筋に一虎くんのくちびるが触れて、くすぐったさの滲んだ刺激が走る。
「…平気?」
「…うん…」
気遣うように不安げな瞳を向けられ、小さく頷く。一虎くんはホっとしたように、わたしのくちびるを塞いで、手のひらでやんわりと胸に触れてきた。それまでの一連の動作がスムーズで、何となく慣れを感じさせる。こうして触れられて恥ずかしいけど嬉しい。そんな思いの他に、少しの嫉妬が交じる。
(…下着も片手で外してたし…慣れてたもんなあ…そりゃそうだよね…)
分かってはいたはずなのに、いざ抱かれようという時に一虎くんの過去が垣間見えて、胸の奥がモヤモヤしてくる。
(でも…今はわたしだけの一虎くんだもん…)
そう思いながら、一虎くんのキスを受け止める。そのうちくちびるが再び下がって、胸の辺りに吐息がかかったと思った瞬間、ぬるりとした感触に、思わず変な声が出てしまった。ちゅうっと軽く吸われて、ビクンと背中が跳ねる。そういう行為もどこか慣れてる気がして、恥ずかしさの中に、またモヤモヤが生まれそうになった時だった。胸に顔を埋めていた一虎くんがふと顔を上げて「…」と呟いた。
「ん…か、ず…虎くん…?」
「……ダメだぁ…」
「……っ?」
不意にわたしの上に倒れ込んだ一虎くんは、深い息を吐いて隣へ寝転んだ。急に中断され、驚いて顔を向けると、一虎くんは困ったように眉を下げて「ごめん…」と言った。
「緊張しすぎて出来なさそう…」
「…えっ?」
驚きすぎて声を上げると、一虎くんはまた溜息を吐いてわたしを抱き寄せてくる。
「久しぶりすぎて、すげー興奮してるんだけど、緊張とか、何かめちゃくちゃ可愛いし、色々感情のふり幅ヤバくて今は無理っぽい…ごめん。せっかく覚悟決めてくれたのに…」
「わ、わたしはいいけど…大丈夫?」
凄く落ち込んでる様子の一虎くんを見て心配になった。男の子のそういうのってよく分からないけど、デリケートだとは聞いたことがある。
「はあ…焦るなってことかぁ~…」
「…え?」
わたしを抱きしめながら、ふと一虎くんが呟いた。一虎くんに身を寄せながら顔を上げると、彼は苦笑交じりで額にキスをしてくれる。
「いや、実は…さっき一馬にが急に男から声をかけられるようになったって聞いて…嫉妬して焦った…。ごめん、怖かったよな…」
「…え、一虎くんがヤキモチ妬いてくれたの…?」
「…そりゃ…妬くだろ」
「……(嬉しい…)」
一虎くんもわたしと同じように嫉妬してくれてたんだと思うと、さっきのモヤモヤが綺麗に消えてくんだから、わたしもかなりゲンキンな女だなと苦笑してしまう。
「…?」
ぎゅっと一虎くんに抱き着くと、不思議そうに「どうした?」と訊いてくれる。その優しい声が、わたしは好きだった。
「…怖くなかったよ」
「え…?」
「でも…わたしも緊張して心臓が死ぬかと思っちゃった…」
そう言って笑うと、一虎くんが少しだけ上半身を起こし「付き合おうって言った時とどっちが死んだ?」と意地悪な質問をしてくるから、少しだけ笑ってしまった。
「…どっちもかな」
「…オレは今日のが死にそう」
「死んじゃダメ」
まだ落ち込んでいる一虎くんの頬に、わたしから軽くキスをすると、今度はくちびるをちゅっと啄まれた。体を繋げていなくても、こういう瞬間も、わたしは凄く幸せだ。
「…代わりに…今日はいっぱいキスしようか」
「……うん」
額をくっつけてくる一虎くんに頷くと、また重なるくちびる。互いの熱を移すように口づけられて、控えめに舌を絡ませ合う。初めての大人のキスは、やっぱり恥ずかしいけど、もっと一虎くんを深く感じる気がした。
今日は無理だったけど、きっと近い将来、わたしと一虎くんは結ばれる日がくる。今はそう思えるだけで十分だ。
辛い日々から救ってくれた彼の隣に、わたしはこの先もずっと寄り添っていたいと思う。
一虎くんが、孤独にならないように。
...END

訳アリシリーズはこれにて終わりです!最初の世界線にしてしまったので、この後の展開は悲しい結果になってしまうので、一虎くんはまた別のお話で描きたいと思います。最後までお付き合い下さった方はありがとう御座いました✨