※性的表現あり
「ん…ふ…ぁ」
静かな室内に女の控え目な喘ぎが響いた。壁に押し付けられた体をくねらせ、女は苦悶の表情を浮かべている。ノースリーブシャツの前ははだけ、やや小ぶりの双丘を隠していたはずの下着は胸上まで押し上げられている。今まで女の耳を味わっていた男の顔が徐々に下がり始め、曝け出されている女の胸元へ辿り着いた。
「なあ…」
淡い色をした小さな乳首が芯まで硬くなり、男を誘うようにツンと上を向いている。男は躊躇うことなくそこを舌先で弄ぶようにクニクニとこねながら、最後にペロリと舐めた。
「んん……ぁっ!」
「やっぱ…感度いいな、オマエ」
身悶えながら涙を溜めている女の瞳を見て、バイオレットに輝く双眸が僅かに細められる。女の肩を掴んでいた手を外し、胸の膨らみを包みながらやんわりと揉み、指先で赤く色づいて来た先端の蕾を擦れば、更に女の声が跳ねた。その動作を繰り返し、舌先で弄んでいた乳首をちゅうっと強めに吸えば、女は喉をのけ反らせて小さな喘ぎを洩らす。ビクビクと身を震わせる姿は、普段の彼女とは比べ物にならないほど淫靡で、男の欲をこの上なく刺激してきた。
「や…やめて…下さい…っ」
「何で?気持ち良くねえ?」
「…んっ…」
「オマエのここ、すげー硬くなってめちゃくちゃエロいんだけど。そんなに気持ちいい?」
「…ひゃ…ぁん」
男が口内で転がしながら再び吸い上げると、女の背中が弓のようにしなった。長い黒髪がそれに合わせてサラサラと揺れる姿さえ、男の欲を昂らせていく。
「…胸だけでイキそうじゃん、」
「…や…やめて…蘭さん…」
「かわい…もっと感じてるとこ見せて」
「…ひ…ゃ…あっ」
再び敏感になっている先端を口内で強く貪られ、と呼ばれた女はたまらず大きな声を跳ねさせた。蘭と呼ばれた男は片方の胸を弄んでいた手を、今度はゆっくりと下げて太腿を上へ撫でていく。そのままスカートをたくし上げ、下着の上から蘭の指が無遠慮に秘処を弄り始めた。
「…んん…ぅ」
「なあ……」
胸から顔を上げ、の首筋へも舌を這わせながら、蘭は耳元で囁く。
「抱かせて」
「……っ」
心地いい低音がの鼓膜を震わせて、背中にゾクリとしたものが走る。にとって蘭は上司であり、本来ならこんな行為をする間柄でもなかった。
*
「ねぇ、今夜…いいでしょ?」
「んー?」
「もうっ。蘭ってば聞いてる?」
「聞いてねえ」
梵天所有のとあるラウンジ。幹部の灰谷蘭は面倒な仕事を片付け、その帰り、ふらりとこの店に立ち寄った。バカ相手に散々暴れ回ったことで、昂った気分を静める為に一人で酒を飲みたい気分だったのに、運悪く知り合いの女に見つかってしまった。声をかけられ、酒を飲むだけなら別にいいかと思っていたが、案の定女はすっかりその気のようだ。前に2度ほど寝たことがあるだけに、今夜は女の方が積極的だった。蘭はウイスキーを煽りながら、改めて女を見た。美人でスタイルはいい。でも2度も寝たらこの女への興味はすっかり失せてしまった。記憶にもほとんど残っていないということは、ベッドの上ではあまりいい女と言い難かったのかもしれない。そもそも今日は女を抱く気分でもなく…というよりは、ここ最近ずっとそんな感じだった。
(簡単に抱ける女ってのも退屈…)
そんなことを思いながら、酒を煽っていると「蘭さん」と背後から声をかけられた。振り向けばそこには梵天事務所で働いているが相変わらず不愛想な顔で立っていた。
「何だよ、オマエ。帰ったんじゃねえの」
「後部座席でこれを見つけたので届けに」
「あ?」
が差し出したのは蘭のケータイだった。
「あ、ヤベ。落としてた?」
「はい」
「…っぶねー。ああ、さんきゅ」
「いえ。ではこれで」
はニコリともせず、蘭に頭を下げると、そのまま店を出て行った。その後ろ姿を見送りつつ、蘭はホっとしたようにケータイを今度は上着の内ポケットへとしまう。たかがケータイと言えど、ここにも色んな情報は詰め込まれてるだけに、落としたら大変なことになっていた。
「ねえ、あの地味な子、誰?」
「あ?ああ……オレの秘書っつーか…まあ大切なスポンサーの娘を預かってんの」
「へえ。ってことは彼女も…」
「ああ。アイツの親は関東仕切ってた大物ヤクザ。今はその組のシマを全て梵天に譲って本人は引退してるけど、今も力は持ってるし無下に出来ねえんだよ」
「ふーん。でもヤクザの娘に見えないくらい地味ね、彼女」
「だろ?ったく。ココのヤツがオレに押し付けやがって…」
思い出すだけで腹立たしいと言いたげに蘭はボヤくと、1か月前のことを思い出した。
*
「あ?のおやっさんの娘?」
「はい。ウチで預かることになって。何でも年頃なのに男の一人も連れてこないと嘆いてて。だから梵天で雇って男に対する免疫と社交性を付けさせて欲しいという無茶ぶりされました。いい男に囲まれれば娘も目覚めてくれるんじゃないかと。あの人、オレらをホストか何かと勘違いしてませんかね」
梵天の金庫番で幹部の九井一は苦笑しながら、蘭と竜胆にその娘の写真を数枚見せた。顔だけのと全身が写った写真が何枚かある。それを覗き込んだ蘭と竜胆はそれぞれ違う反応を見せた。
「げ、地味…」
「へーのおやっさんに似てねえなー。でも兄貴、顏は可愛いよ、この子。ヤクザの娘にしちゃ清楚っつーか、真面目そうっつーか」
「んじゃー竜胆が面倒みろよ。オレはパ~ス」
手にした写真を放り投げ、蘭はソファの背もたれに頭を乗せた。しかし九井は「いいえ」と首を振った。
「彼女、は蘭さんの秘書として働いてもらいます」
「…は?」
「蘭さんの秘書やってた子、一昨日辞めちゃったじゃないっスか。ちょうどいいんで」
「いやいや待て待て。だからって何でオレ?オレの秘書はまた雇えばいいじゃん」
「いいえ。雇ったところで蘭さんはどうせ自分好みの顔とスタイルで選ぶでしょ」
「…それが何だよ」
「そこが問題なんですよ。好みの子を雇ったらまた次も手を付けて、浮気して泣かせて、この前の子みたいに辞めていくまでがデフォルトっスよね」
「………(事実だけに何も言い返せねえ)」
九井にジトっとした目で見られ、蘭はグっと言葉を詰まらせた。確かにこれまで何度となく九井の言ったようなことがあったかもしれない。そのたび雇い直して、また同じことを繰り返す。九井は「キリがないんで今度は蘭さんのタイプと真逆の子がいいと思ってたんですよ」と言い出した。
「そしたらちょうどのおやっさんからこの話があって、見たら彼女、はオレの探してた子のイメージとピッタリだったんで、これは蘭さんにつけるしかないと」
「ハァ?」
「ふあははっココ、分かってんなぁ~」
「竜胆!何笑ってんだよ!」
九井から何気に責められ、弟からは笑われた蘭は、ムっとしたように身を乗り出した。でも目の前に写真を突き出され、「この子なら手を出さないでしょ?」と突っ込まれる。確かに見れば見るほど蘭のタイプとは正反対。到底、手を出す気にもならない。
「いやオレ、ムリ。おやっさんの娘か何か知らねえけど、細すぎるし胸はなさそうだし、色気もねえじゃん」
「だからいいんですよ。だいたい秘書は蘭さんの下の世話をするのに雇うわけじゃないんで」
「……いやでも少しくらい目の保養になる女がいいじゃん」
「とにかくのおやっさんには蘭さんに任せると言っちゃったんで、よろしく」
「……っ?!」
そんなこんなで九井に無理やりタイプとは真逆の女を秘書に付けられた蘭は、この一カ月、事務所に来る楽しみが半減していた。
「へえ~。そんなことがあったんだー。ウケる」
「いや笑えねえから」
「じゃあ、私が慰めてあげようか」
「………」
と、また先ほどの会話に戻ってしまい、蘭は内心舌打ちをした。最近どうも女に対して意欲を失ってる気がする。好みの女は蘭が誘えば100%と言っていいくらい簡単に落ちてしまうからだ。若い頃はそれで全く問題なかったが、20代も後半になってくると、それが退屈と感じるようになってしまった。飽きたという感覚にも似てるのかもしれない。そもそも特定の女を作らないのはそういったことも理由だったりする。
「いや、いいわ。オレ帰るし」
「は?」
「んじゃーなー」
女が呆気にとられているうちに、蘭はサッサとラウンジを出て迎えの車に乗り込んだ。
(ハァ~退屈…どっかに追いかけたくなるようないい女はいねえのかよ)
梵天の仕事は刺激しかないが、プライベートではその辺が足りてない気がして、蘭は溜息交じりでシートに凭れ掛かる。
まさか次の日、全く好みではないに、男の欲を刺激されるとは、蘭も想像すらしていなかった。
「蘭さん。明日の会食の件ですが、時間が変更になったのでスケジュール変更しておきました」
「あーりょーかい」
夜、一仕事を終えた蘭が事務所に顔を出すと、はまだ残って仕事をしていた。とりあえず共有しているスケジュールをチェックしつつ、広い事務所内を見渡す。そこには事務専門で働いてる部下しかいない。
「今日は誰も顔出してねーの?」
「先ほど九井さんと三途さんが。でも一時間ほどで帰られました。あと30分ほど前に竜胆さんが来ましたけど」
「竜胆が?アイツ、そういや出張だったっけ」
「はい。報告書や領収書を受け取って。あ、あと差し入れでケーキを頂きました」
「ケーキ?何それ、オマエに?」
「はい。あ、蘭さんも食べます?お好きですよね、モンブラン」
はそう言いながらデスクの上に置いてある白い箱を開いて見せた。中には近所にある高級菓子店の小洒落たショートケーキやモンブランなどが入っている。どう見てもにだけ買って来たなと思わせる内容だ。
「あーオマエも好きなんだろ?モンブラン」
「はい。でもショートケーキもあるし、わたしはこっちを頂きます」
「……(へえ、コイツでもこんな顔するんだ)」
かすかに笑みを浮かべているを見て、蘭は初めて彼女の笑顔を見た気がした。見た目は地味だが元々顔は可愛らしいので、笑顔は悪くないと思う。
「休憩室でお茶淹れますね」
蘭はまだ食べるとは言ってないのだが、はケーキの箱を持って隣の休憩室へ入っていく。そうなると何となく蘭も後からついて行った。
「蘭さん、紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」
「あーコーヒーブラックで頼むわ」
「はい」
「………(まあ、素直なんだよな、コイツ)」
彼女の父親はかなりの武闘派で名を馳せたヤクザなのだが、その娘がこうも従順で素直、ついでに仕事もきちんとこなせるとは、蘭も最初は思っていなかった。何なら今まで蘭が手をつけてきた女達よりもよっぽど使える。九井もそう話してたのを思い出した。
「はい、どうぞ」
「あーさんきゅ」
コーヒーを淹れ、ケーキを小皿に出してフォークを添えられると、結局ケーキを食べる空気になってしまった。まだ夕飯も食べてないのにケーキを食べる羽目になるとはな、と苦笑しつつ、まずはの淹れてくれたコーヒーを味わう。そう言えば二人きりでこうしてノンビリお茶をするのは初めてかもしれない。
(…まあ。別にいい子ではあるけどな…色気がねえし、まず胸がちっせーよな)
向かい側に座るをチラっと眺めつつ、脳内で男特有の思考が働く。蘭のタイプは分かりやすほど毎回同じで、出るとこが出ている女らしい体型が好みだった。顔は美人でも可愛くても大きく外れていなければ何でもいいが、やはり体はそこそこ肉付きのある方がいい。その辺は九井もよく分かっているようで、どちらかと言えば細すぎるを蘭に付けたのは理にかなっているといえた。胸元まである黒髪と色白の肌、細くてスラリとした体形。一見、モテそうではあるが、何故は男が出来ないんだろうと首をひねる。
「美味しい…このお店のケーキ好きなんです」
「あー…まあ美味いよな」
「竜胆さん時々買ってきてくれるんです、優しいですよね」
「へえ…」
そう言えば竜胆はのことを可愛いとほざいてたな、と苦笑が洩れる。まさかマジで口説こうとしてるのか?と思いつつ、コーヒーカップをソーサーに置く。その時、カップがコーヒー用のスプーンに当たり、カランっと音を立てて床へと落ちた。
「あ、拾います」
「あーわりぃな」
がすぐに立ち上がって落ちたスプーンを拾うのに身を屈めたのを見ていた蘭は、視線を下げた瞬間、ドキっとした。前かがみになったせいで、の胸元が大きく開いている。彼女は緩めのノースリーブシャツを着ていたが、胸が小さいからなのか、ブラジャーのカップが少し浮いたせいで中身までバッチリと見えてしまっていた。控え目に言っても大きいとは言えない膨らみ、その先にある小さな乳首までが僅かに見えた瞬間、腰がずんっと重くなった気がした。
「これ、洗っちゃいますね」
は拾ったスプーンを持ってキッチンスぺースへと歩いて行く。その後ろ姿も細く、尻も小さい。それまでは女を感じなかったはずなのに、胸を覗き見てしまったせいか、今は妙に艶めかしく見えてしまった。
「あ、じゃあわたしはこれで帰らせてもらいますね」
「…あ?ああ…もうこんな時間か」
ふと時計を見れば午後10時を過ぎている。は簡単に皿などを片付けると、蘭に「お疲れ様です」と頭を下げて休憩室を出て行った。それを見送っていた蘭だったがふと立ち上がり、自然にの後を追う。やたらと男の欲を刺激された気がしたのだ。
(いやいやいや…ねえだろ…。あんなちっさい胸を覗き見たからってムラムラするとか…ありえねえし)
と頭では思うのに、身体は素直に反応していた。
「…え、蘭さん…?」
ロッカールームのドアを開けると、が驚いたように振り返る。その驚いた顔を見た時、蘭は頭で考えるより先に、手を伸ばしていた。
