※性的表現あり
「…チッ!何でアイツ出ねえんだよ…っ」
空しいコール音ばかりが続き、蘭はイライラしながら電話を切った。暴風の煽りでこの辺一帯が停電する中、資料室に閉じ込められたと知った蘭は事務所にいた経理のあゆみのデスクに電話をしていた。あゆみは先ほど一足先にランチから戻ってきたはずなのに、こうして何度電話をかけても出る気配がない。他の事務員のデスクも同様だった。
「クソ…今度から休憩時間1時間に減らしてやる」
蘭は忌々しげに開かないドアを蹴ると、溜息を吐いて室内の奥にあるソファへ腰を掛けた。この事務所では幹部がルーズなのもあり、休憩時間は2時間と設定されている。そのおかげでスタッフの戻りが遅い。人が戻って来ないことには予備電源を入れてもらうことすら出来ないのだから、蘭が苛立つのも仕方のないことだった。同じくソファに座って資料室にあるノートパソコンを見ていたはネットに繋がらないことを確認すると小さく息を吐いた。
「やっぱりパソコンは使えないみたい…スマホで停電のこと調べてみます」
「チッ…だから最新設備に金かけろっつったのに…」
大病院のような最新設備の整ったところなら、停電した時点で自動に予備電源が入るのだろうが、あいにく今、事務所として使っているビルは15年ほど前のものらしく、当然自動切換えなんて気の利いた設備は整っていない。誰かが手動で切り替えなければ、いつまで経っても停電したままだ。
「あゆみちゃん何で電話に出ないんだろう…」
「まだ休憩時間があると思って出かけたんだろ。さっきこの強風の中、隣のコンビニでデザート買って来るとかほざいてたし」
「え、じゃあすぐ戻って来るだろうし、彼女に頼めばどうにか…」
「あの頭の悪い女に予備電源の複雑な操作ができるとは思えねえけどな…。つーかオレも詳しい入れ方、聞いてねえし…九井が戻って来るまでかかるかもしれねえ」
停電でドアが開かないとなった時、蘭は真っ先に九井へ電話をかけた。しかし九井もある企業の買収で今から名古屋まで行くのに、もう青山の会社を出た為、すぐには戻れないとのこと。
『あ、には詳しい操作を一応教えてありますよ』
なんて呑気に言われた時は蘭もつい「そのも一緒に閉じ込められてんだよっ」と声を荒げてしまった。
『えっなら、が電話で操作方法をスタッフの誰かに教えてそこ開けてもらって下さい』
九井にそう言われ、今度はあゆみに電話したのだが出ない、ということで蘭はいっそう不機嫌になりながら「ウゼェ」と呟いた。機嫌の悪い蘭には極力関わりたくはないが、密室に二人きりという状況では逃げることもかなわない。はなるべく普段通り自分の存在を消しながら、延々とスマホを使い、ネットニュースを更新し続けていた。
「あ…あゆみさんのケータイ番号にかけてみたらどうかな」
ふと思いつきで言ったは、隣で仏頂面をしている蘭を見上げた。しかし蘭は「アイツの番号なんか知るわけねーじゃん」と目を細めながらボソリと呟く。
「え、知らないんですか…?」
ちょっとだけ驚いて聞き返すと、蘭の目がいっそう細くなっていく。
「じゃあ逆に聞くけど、何でオマエはオレがあの女のケータイ番号知ってると思うわけ?」
「え…だ、だって…仲がいいみたいだし…さっきだって仲良さそうに話してたから…」
と言ってから視線を反らす。蘭のことだからすでに手を付けてるか、次に狙うのに連絡先くらい交換してると思ったのだ。しかしの予想は大きく外れていたらしい。蘭は鼻で笑っている。
「オレ、人のもんに興味ねえの」
「…え?人の…って…」
どういう意味だ?と困惑しながら聞き返すと、蘭が今度は呆れたように笑った。
「オマエ、気づいてねーの。あゆみは三途の女だよ」
「…えっ!」
「だからコッチに移させたんだろーが。察しろよ」
「だ、だだって…」
恋愛恐怖症でセックス恐怖症だったには男女の微妙な空気など分からない。今、蘭に言われるまで、その二人がそう言う関係だったことすら気づかなかった。
(でも言われてみれば…時々二人でコソコソ話してたりしたことがあったかも…)
思い返せばそう見えなくもない。だからチヤホヤされてたわりに誰の誘いも受けてなかったのか、と思った。
「で、でも…蘭さんも彼女のこと狙ってましたよね」
「あ?そう見える?」
「み…見えました」
今はそうでも、彼女が来た頃は蘭も積極的にあゆみへ話しかけていたとは記憶している。の指摘に蘭は苦笑いを浮かべると、
「あー…まあ、会った時は一瞬そういう気持ちになったなァ。オッパイ無駄にでけーし」
「………(む)」
オッパイをことさら強調され、貧乳の自分に対する嫌味かとは思った。だが蘭は「でもオレ、ああいうキャピっとした女、苦手」とあっさり言った。確かに言われてみれば、蘭の隣にいた女はどれも大人の女性といった感じの人が多かった気がする。
(それにしたって…さっきはあんなに楽しそうに話しかけてたクセに…)
その感情が素直に顔に現れていたらしい。蘭はニヤニヤしながらの顔をひょいっと覗き込んだ。突然、端正な顔立ちが目の前に現れたことで、はギョっとしたように体を後退させた。これまでは何とも思わなかった距離でも、今は夕べの光景と重なるせいで心臓がドキドキと鳴りだすのだから困ってしまう。蘭の香水でさえ、顏の熱を上げる材料になる。
「ちょ…近い…」
蘭から少しでも離れようと、背もたれにこれでもかというほど背中をくっつけた。その様子を愉しむように笑いながら蘭はの方へ顔を近づける。綺麗な造形の唇は更に緩やかに弧を描いていた。
「あれ~?オマエ、もしかして…ヤキモチ妬いた?」
「は?!ま、まさかっ!」
大げさなほど首を振って動揺を見せたに、蘭の顏がますます愉しげなものへと変わっていく。
「ぷ…、顏真っ赤じゃん。説得力ねえなぁ?」
「そ…それは暑いからで…っ」
「はいはい」
の言い訳じみた発言を軽く流した蘭だったが、ふと体を離して室内を見渡した。
「でも…確かにあち~な…」
「あ…く、空調が止まってるから…」
停電でビル全体に行き渡っていた適温の空気は、少しずつ上昇しているようだった。今日は朝から30度近くあったほどの猛暑であり、午後からは雨まで降るという予報だ。当然湿度も高く、蒸し暑い。さっきまで快適な気温だった資料室の空気が温くなり、じわじわと湿ってくるのを感じた。
「は~…まだ戻ってねえ…」
蘭は再びあゆみのデスクへ電話をかけ始めたものの、一向に出る気配もない。仕方ねえと言いつつ、今度は弟の竜胆に電話をかけたものの、仕事中なのか空しいコールが鳴るだけだった。
「チッ…今日は青山で仕事相手と会食つってたなぁ…」
「はい。竜胆さんは大事な商談があるとかで…青山の会員制サロンに」
は蘭だけじゃなく竜胆のスケジュールも把握している為、スマホのスケジュールアプリを見ながら応えた。
「マジか…。んじゃ一応メッセージだけでも送っとくわ」
商談中となるとマナーモードでサイレントにしているか、バイブ機能にしているはずだと蘭は考え、仕方なくメッセージアプリで現状を弟に知らせておく。その前に事務員たちが戻るだろうが、地下室の予備電源室に入るには幹部だけが持つ鍵が――。
「あっ」
「えっ?」
そこで蘭は重大なことを思い出した。
「やべえ…」
「な、なにが…?」
「あゆみが戻ったとしても予備電源室に入る為の鍵はオレらしか持ってねえわ…」
「あっ!」
蘭の指摘にも声を上げる。確かに地下にあるその部屋へ入るには鍵が必要で、も九井から預かってはいるものの、他の事務員たちは当然持っていない。
「チッ…ココのヤツ、事務員に行かせろなんて言って、ぜってーそれ忘れてんじゃん…」
「どどどどうしよう!蘭さん…!」
「落ち着けって……。とにかく幹部連中が戻って来なけりゃどうしようもねえ」
蘭は深い溜息と共に項垂れ、は半泣き状態だ。すぐさまスケジュールアプリで他の幹部の今日のスケジュールを確認し始めた。
「えっと…九井さんは午後から名古屋…夜まで戻らないし…。武臣さんは横浜で、竜胆さんは青山、鶴蝶さんと望月さんは土地買収の件で箱根でしょ…。三途さんとボスは何してるか分からないし…」
こんな時に限って誰もが近場にいない。いや、竜胆は青山なので仕事が終われば駆けつけてくれるだろう。だがそれもいつになるかまでは分からない。どう考えても今すぐここから出るのは無理そうだ。
「…最悪」
「まあ…アイツらが戻る前に復旧すりゃ出られる」
「でもこの雨風じゃいつになるか…」
と言いながら窓の外へ視線を向ける。さっきまでは強風のみだったが、今では雨も降りだし、予報通りの暴風雨になり始めていた。この天候ではもしかしたら他の事務員たちもランチ先で足止めを食っているのかもしれない。
「まあ慌てても仕方ねえって分かったし…も少し落ち着けよ」
蘭は不安そうに窓の外を眺めているの頭を軽く撫でた。その感触にビクっとしてが振り返る。
「大丈夫だって。オレがそばにいんだろー?そんな顔すんなって」
「は、はい…」
「幸いここにはココが用意した冷蔵庫に飲みもん入ってるし、多少はしのげるだろ」
この資料室は主に九井が使用することが多く、籠って調べものをする際、便利なようにミニ冷蔵庫なるものがソファの隣に置かれている。蘭が中身を確認すると、当然電源は切れているが、ミネラルウォーター数本やビールといった酒類、ツマミなのかチーズなども入っていた。
「ほら。意外と揃ってる。だから安心しろ」
こんな状況で優しい言葉をかけられ、ついでに目尻に溢れた涙を指で拭われると、自然と鼓動が速くなっていく。普段はオレ様でいい加減に思える蘭が、随分と頼もしく見えてしまう。
「あ~あ~。オマエ、涙と汗でメイク剥げちゃってんじゃん」
「…えっ?あ…」
普段からファンデーションを塗ったくってるわけじゃない。リキッドではあるが薄付きのものを軽く伸ばす程度で、あとはパウダーで整えているだけだ。室内が異様に蒸し暑くなって来たせいで、毛穴からじわりと汗が吹き出せば、それは簡単に落ちてしまう。は着ていたノースリーブシャツの胸ポケットに入れてあったハンカチで顔の汗を軽く叩くようにしながら拭った。すると蘭の指がの額に触れて、ハッと息を飲む。
「…汗で髪くっついてる」
汗で額に張り付いた髪を指で避けられ、ドキっとしたはつい顔を反らしてしまった。夕べも行為の最中、蘭に同じようにされたことを思い出し、恥ずかしくなったのだ。蒸し暑さと恥ずかしさで頬が赤くなっているのは自覚がある。それを見られたくなかった。蘭は無言でを眺めていたが、特に怒るでもなく、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを出すと「ん」とへ差し出した。
「…ありがとう…御座います」
蘭は自分の分もミネラルウォーターを取り出すと、それを飲みながらネクタイを指で緩めている。普段あまり汗をかかなそうな蘭も、この密閉空間の湿度はきついのか、額に薄っすら汗を滲ませていた。窓を開ければ多少は違うのだろうが、外は暴風雨で荒れている。開ければ資料室の床が水浸しになってしまうだろう。
「しっかしあっちーな…サウナかよ」
耐え切れなくなったのか、蘭はスーツの上着を脱いでソファに引っかけると、着ていたシャツのボタンをいくつか外し始めた。首元を解放するといくらかは違う。も出来ればそうしたいが、ノースリーブシャツよりも、下に穿いているスキニーパンツの方を脱ぎたかった。ピタリと肌に密着している上に通気性はそれほど良くないので、かなり暑く感じるのだ。
(こんなことならスカートにしておけば良かった…)
普段、長いこと外を出歩くわけでもなく、事務所にいると冷房が効きすぎているので足元が冷える。今日は午後から天気も崩れると予報で見たので、冷えない物を穿いて来たつもりが、この状況でそれが仇になってしまった。体温をあまり逃がせてないせいか、ジっとしてても汗が噴き出してくる。顔や首はハンカチで拭けるが、背中にもツツっと汗が垂れていくのを感じて、はウンザリした。
「オマエ、大丈夫か?顏真っ赤」
「だ…大丈夫です…」
言いながら水をゆっくり飲みつつ、涼をとる。それでもシャワーを浴びたのかと思うほど、額や首周りから汗が垂れて髪を濡らしていく。蘭も今ではシャツのボタンを全て外し、その逞しい胸板を覗かせていて。かすかに左胸のタトゥーが見えた時、は慌てて視線を反らした。夕べはあの狂暴で美しい図柄の全貌を見たのだと思うと、また頬が火照ってくる。ただでさえ暑いのにこの状況は今のにとって精神的に良くない。
「おい」
「…え?」
再び水を口にしていると、蘭がの赤く火照った頬へ指を伸ばしてきた。その感触にビクリとしたものの、蘭は顔をしかめると「顔、あっつ…」と苦笑している。
「かなり暑いんだろ」
「ま、まあ…でも平気です…」
「平気じゃねえじゃん。平熱超えてねえ?」
「ら、蘭さんこそ…」
「あ~」
ボタンは外してもかろうじてシャツを羽織っていた蘭は、汗に濡れたシャツをつまんで苦笑いを浮かべている。
「このシャツ、もうダメだな…」
そう言うや否や、蘭はシャツを脱ぎ捨ててしまった。そうすることで再び胸のタトゥーがの目に飛び込んでくる。
「あ~だいぶマシ…」
上半身裸になったせいか、蘭がホっと息を吐きながら呟く。ついでに先ほどが渡した資料でパタパタと顔を扇ぎだした。もこういう蘭は初めて見る。普段は隙など一切見せず、完璧なほどきちっとしているからだ。
「おら、オマエも脱げよ」
「…えっ?」
ボーっと扇いでる姿を見ていると、蘭が呆れたような笑みを浮かべた。彼の指はの足元へ向いている。
「それさっきから暑そうなんだよ。つーか実際暑いんだろ?ヒールも脱ぎたそうにモジモジしてるし」
「あ…い、いえ…大丈夫です」
「嘘つけよ。オレしかいねーんだし脱いじまえよ。靴とパンツ。シャツは長いし隠れんだろ」
確かにトップスで着ているシャツは長めのもので、スキニーパンツを脱いでももろに見えるわけじゃない。ただ夕べの今日で蘭の前で肌を晒すのは抵抗があった。しかし蘭は逆に考えたのか「もうお互い全容知ってんだし照れることなくね」と笑っている。
「そ、そういう問題じゃ…」
「じゃあ、どういう問題だよ。い~から脱げ。見てて暑苦しい。よくそんなピッタピタのもん穿けるな。貞操帯みてえ」
「む…ら、蘭さんだって下は穿いてるじゃない。暑くないんですか」
「あちーから言ってんの。でもオレはシャツ脱いでるし、いくらかマシ…って、ああ、それともオレにも下、脱いでほしい?」
蘭がそう言って笑いながらスーツのズボンのベルトを外そうとする。はその手を慌てて止めた。
「い、いいです…そのままで」
「あっそ」
本気で脱ごうとしたわけではないのか、蘭はすぐにベルトから手を離す。もしかして気を遣ってくれたのかなとは思いながら、ここは蘭の言葉に甘えて下だけ脱がせてもらおうと思った。
「あ、あの…あっちで脱いできます…」
「別にここで脱ぎゃいいのに」
「……イ、イヤです」
さすがに蘭の前でパンツを脱ぐのは恥ずかしい。それに汗で張り付いてすぐに脱げそうにはなかった。はソファから立ち上がると、死角になる奥の方へ歩いて行った。
(恥ずかしいけど暑くて死にそう…ドアが開けられるようになったら、人が来る前にまた穿けばいい)
そう思いながらファスナーを下ろし、パンツを脱いでいく。案の定、肌に張りついているスキニーパンツはかなり脱ぎにくく、一緒にショーツまで上がってしまう勢いだ。でもどうにか少しずつ下げていって脱ぐことに成功した。
「は~…スッキリしたぁ……」
足元の解放感がハンパじゃない。部屋の中が蒸し暑いのは変わらないが、パンツを脱いだだけで少し涼しく感じるのだから不思議だ。
は脱いだパンツを元の形に戻してからきちんと畳んで腕に抱えた。そのまま蘭の元へ歩いて行くと「スッキリした?」と笑みを浮かべている。上半身裸でソファに腰をかけながら長い足を組んでいる姿は、こんな状況でもやけに色っぽい。思わずドキっとしたものの、は平常心を保ち「はい」とだけ応えて、再びソファへ座った。トップスのシャツは膝より少し上ではあるものの、大事な部分はかろうじて隠せている。足元は落ち着かないがさっきよりは随分と楽になった。
「あ~何もしてねえのに汗だくとかうぜぇ…ここ出たらソッコーでシャワールーム直行だな、こりゃ」
蘭も汗で濡れた髪をかきあげながら、ソファの背もたれに頭を乗せている。その姿ですら扇情的で、はまた顔を背けてしまった。
「なあ…」
「…え?」
顔を起こした蘭がふとを見て、少しだけ体を寄せて来た。それを見ても僅かに後退する。
「何で逃げるわけ」
「…な…何となく…」
汗でセットしていた蘭の髪が崩れて顏にかかっている。その前髪の合間から覗くバイオレットの虹彩がやけに魅力的で、の頬がまた新たに熱を生んだ。慌てて視線を反らすと、蘭は小さく溜息を吐いたようだった。
「だからオマエ…そーいう顔すんなって…」
「……え、顏…?」
「男を煽るような顔だよ」
「そ、そんなことしてない――」
と言った瞬間、蘭の腕が伸びての腕を掴むと強引に引き寄せられた。体が蘭の方へ傾き、裸の胸に顔を押し付けられる形になり、カッと頬が瞬時に熱くなる。
「ちょ…っと蘭さん、離して…っ」
すぐに離れようと暴れたものの、両腕を掴まれソファの背もたれに体を押し付けられると身動きが取れない。恐る恐る視線を上げると、蘭は意外にも真顔でを見下ろしていた。
「何でオマエはすぐ暴れんのー?」
少し呆れように首を傾げながら溜息を吐かれ、はうっと言葉に詰まった。
「…だ、だって蘭さんが…」
「つーか一つ聞きてえんだけどさ」
「……え?」
「夕べの約束…何で一回だけって言った?」
「……っそ、れは…」
「一回はヤらせてくれたのに何で次はダメなわけ」
「……え…」
何で、と言われて更に言葉に詰まってしまった。蘭のようなタイプの男は一度抱けば飽きるだろうと思ったのが第一に理由としてある。は予防線を張っただけなのかもしれない。
"一度だけ"――。
そう約束しておけば、たとえ抱いた後で見向きもされなくなっても、そう約束したからと自分に言い聞かせられるからだ。
「ら…蘭さんは一度すれば飽きると思ったから…」
「じゃあ飽きなかったら?」
「………っ?」
「オレが飽きなかったらまた抱いていいのかよ」
意外にも真剣に言われて戸惑った。まさかそう来るとは思わない。
「な…何言って…わたしは…蘭さんの部下で――」
「部下とか関係ねえよ。オマエはオレに抱かれんのが嫌なのか嫌じゃないのか聞いてんの。の意志はそこにないわけ?」
「………」
自分の意志――。そう言われてはハッとした。蘭からの誘いに根負けし、流されて抱かれることを承諾したと思っていたが、あの時、少なからずも抱かれてみたいと思っていたことを思い出す。
「…んっ」
その時、蘭の手が無防備になった太腿を撫でていき、は驚いて身を捩った。
「な、何するんですか…」
「んー?やっぱエロイなあと思って。このかっこ」
「な…ぁっ」
蘭は更にへ近づくと、覆いかぶさるよう首元へ口付けた。その柔らかい刺激にゾクリとしたものが背中に走る。
「こう蒸し暑いとエロい気分になるなァ?」
「な…ならない…っ…んっ」
耳元で囁かれ、またしてもゾクゾクとした。さっきからおかしい。蘭の低音が鼓膜を揺らすたび、体が変な反応をする。
「の顏、夕べと同じような顔してっけど?」
「…や…ぁ…ダメ…蘭さ…んっ」
脚の付け根にある蘭の手がゆっくりと動く。内腿を撫でたり、ショーツのラインをなぞったりしている。やっぱり下を脱いだのは失敗だったと頭の隅で思ったものの、後の祭りで。からかわないで、と身を捩るけど、蘭は愉しんでいるのか、手の動きを止めようとはしない。シャツの裾をたくし上げられ、ショーツのクロッチ部分に蘭の手が伸びてくる。スルッと布の上から撫でられただけなのに、ビリビリと電流の流れたような感覚に襲われた。
「…や…っぁ」
「相変わらず感度イイな、は…」
首元に顔を埋めながら蘭はの首筋を舌先でちろちろと舐める。そのたびビクビクと肩が跳ねて、は切ない声を喉の奥から吐息ごと洩らしてしまう。蘭の手が股の間に入り込んで脚が開いた。
「や…ダ…ダメ…こんな時に…」
「こんな時だからエロい気分になんだろ。そもそもが煽ってくんのが悪くね?」
「あ…煽って…なんかない…ふっぁ…」
頭を振りながら否定するものの、蘭に触れられた体は何かを期待するように火照っていく。蘭の指が布の上で何度か動いた後、クロッチ部分の端へと移動する。そして何のためらいもなく下着の隙間から指が中へと滑り込んできた。
「あっ―――」
すでに濡れ始めていた場所を指で直に撫でられ、腰がビクンと跳ねる。
「もう濡れてる。ちょっと触っただけでこんなに」
「や…やだ…やめ…んぁ…」
蘭の指が表面をなぞり、粘液を指で掬うと襞を開いて形をなぞるように動き始めた。ヌルヌルと優しく往復する指に、の性感帯が直に刺激されていく。
「いっぱい濡れて…やっぱはいい反応するよなァ。マジ可愛い」
「……っ」
耳元で、蘭の低音の声に可愛いと褒められ、想像以上に鼓動が跳ねた。同時に指の動いている場所から更にとろりと蜜が溢れてくる。まるで蘭の言葉に喜びを感じ、それに応えようとしているかのようだ。
「…顔上げろ」
いやいやと首を振っても蘭は許してくれない。俯いていると蘭の方が焦れて身を屈めてきた。唇を塞がれ、ちゅっと甘い音を奏でながら、何度も触れ合う。すでに拒む気力もなく、唇の隙間から舌が入り込んで来た時には、完全に体の力が抜けていて、掴まれていた手首も解放されていた。柔らかな舌の感触が気持ちいい。蘭の熱い吐息に反応して、火照った体がさらに熱を帯びていく。ここが事務所であることも忘れ、蘭の甘ったるいキスを受け入れていた。舌を絡ませ合うキスは気分が高揚してくる。まるで蘭に愛されているような気分になってしまうのが怖い。
蘭も興奮しているのか、動きに容赦がなくなった。キスをしながら胸に触れ、シャツの上から揉みしだいてくる。時々先端の辺りを指で優しくひっかくようにされると、またビリビリとした快感に襲われた。入口の部分と同時に胸まで刺激されると、感度のいい体はただ蘭に弄ばれるだけの人形になり下がる。
「…直接触っていい?」
「…そ…んなの…」
ダメに決まってる。と思うのにハッキリと拒否できない。蘭もに許可を取るつもりで言ったのではなかったのだろう。応える前に首筋に吸い付き、の肌を堪能するように何度も唇を這わせて執拗に求めてくる。求愛されているかのような愛撫にクラクラしていると、シャツのボタンを外された場所から手がするりと侵入してきた。
「…ぁっ」
ブラジャーの上から胸に触れてくる。蘭は器用な指先であっという間にホックを外し、カップが浮いたところへ手のひらを這わせた。ボリュームの足りない胸を揉みながら、蘭の指が悪戯に主張している乳首を弄ってくる。指の腹で撫でられると、声が止まらない。恥ずかしいのに、気持ちいい。でもこれ以上変な声を上げないよう、咄嗟に手で押さえた。ここが事務所内だと一瞬だけ過ぎったせいだ。
「口、押さえんな」
「…ん…で、で…も…」
「オマエの声が聞きたい。そのまま喘いでろよ」
「……っ」
蘭の言葉に思わず首を振る。鼻から抜けるような甘ったるい声が自分の口から出てくることじたい恥ずかしい。なのに蘭に愛撫されると止めどなく溢れてしまうのだから困ってしまう。
「の声、可愛いから聞かせて」
「――っ」
耳元で囁かれ、心臓が跳ねるのと同時にかぁっと頬が熱くなる。いつもは仕事をする場所で、蘭とエッチなことをしているという背徳的な気分なのに、こんなにも反応してしまってることが恥ずかしい。
「…んっ…あ」
割れ目をなぞっていた指がナカへ押し込まれ、くちゅくちゅと音をさせながら出し入れされる。同時に蘭の顏が胸元へ移動して、指で転がしてた乳首を唇で食む。
「ひゃ…ぁっ」
同時に攻められ、の背中が勢いよく跳ねた。蘭は芯の持った乳首を唇で食んだあと温かい舌で擦るように舐め上げる。刺激を与えられるたび、硬くなっていくその場所は愉しむかのように熱い舌で弄ばれた。言葉で表せないほどの快感が全身に広がり、蘭の指を飲み込んでいる場所がきゅうっとキツく締まっていく。
「ふ…ぁ…ぁっ」
「あー…かわい…これだけでイクとか」
蘭の声にも艶が増して、余裕のなさを感じさせた。ずるりと指を引き抜けば、はグッタリと脱力している。目はとろんとしたまま宙を彷徨い、絶頂の余韻に浸っているように見えた。その顏に蘭の腰の辺りがグっと重くなり、ゾクリとしたものが全身を走る。
「はー…我慢出来ねえし挿れてい?」
「……え…」
何を言われてるのか分からないといった顔で、は蘭を見上げた。その間にベルトを外し、一気に昂ったものを出そうとした時――。パっと電気がついて室内が明るく照らされた。
「は?」
「……きゃ…ぁっ!」
どうやら電気が復旧したらしい。室内が明るくなったことで我に返ったは、今まさに自分に覆いかぶさろうとしている蘭を見て思わず叫ぶ。すっかりその気になっていただけに、蘭は大きく項垂れ、深い深い溜息を吐いた。
「……何でこのタイミング?」
そしてこの後、人が来る前に二人は慌てて服を着る羽目になった。
