-03-器用な男の不器用な愛し方


1.

「真ちゃん、今夜泊めてくれ」
「……は?」

真ちゃんちを出て、とオレのマンションへ向かったのが約4時間前。オレは再び、一人で佐野家へとやって来る羽目になった。

「何言ってんの、ワカ…ちゃんはどーしたんだよ」
「……オレの部屋にいる」
「はあ?」

真ちゃんがこれまでで一番のアホ面をした瞬間だった。いや、でも分かる。真ちゃんがそんなアホ面をしたくなる理由はよく分かる。可愛い彼女を部屋に置き去りにして何してんだよって言いたくなる気持ちも。でもダメだ。あのままと一緒にいたら、オレは確実に――。

「は?襲いそうだから家を出て来た?!」

真ちゃんはすでに寝てたらしい。寝起きの目をしょぼしょぼさせて寝癖までしっかりつけながら、オレにビールを持って来てくれた。

「サンキュ。つか声がでけーよ…万作はすでに寝てんだろ…?」
「人のじーちゃんを名前呼びすんな」
「いーじゃん。オレ、万作とマブだし」

言いながら冷えたビールを飲んでいると、真ちゃんは呆れたように溜息を吐いて項垂れている。ってかまだ夜の10時なのに寝てんの早くね?ってツッコんだら、店を閉めるのが8時だから、それから家に帰って風呂に入って夕飯食べたら即眠くなるらしい。じーちゃんかよ。

「つーか、ワカさあ…オマエら付き合ってんだから襲っても問題なくねえか…オレんちまで避難して来る必要ねえと思うけど」

寝ることは諦めたのか、真ちゃんも一緒にビールを飲みつつ、呆れた顔を向けて来る。そりゃごもっともな意見だけど、そうじゃねえ。

「いや、むしろ可愛すぎてムリ」
「は?」
「あの可愛いと密室にいんのやべえんだって。想像以上の破壊力だったわ」
「何が…?」
「だから…あのまま手ぇ出してたらオレ、猿になりそうだったし」
「ぶはっ!!」
「きったね!!ビール吹くなよっ」

噴水かと思うほど口からビールを吹いた真ちゃんは真っ赤な顔で「だったら変な話すんなっ」と怒り出した。女に免疫ないと、こうまで動揺すんのかとオレが驚く。

「いや、だって可愛いし、めちゃくちゃ」
「それは知ってるけど!」
「あのに今夜泊っていい?って言われてみ?ダメって言いたいのに言えねえし、でも一緒にいたら悶々とすっから――」
「オレの家に逃げて来たってわけか…」
「…そういうこと」
「つーか、前のワカなら確実にヤってただろ。何でちゃんはムリなんだよ…矛盾してねえ?」
「いやオレだってしたいけど…可愛すぎてマジで止まんなくなりそーで怖い」
「んぐ…っ」
「吹くなよ?」

またしてもビールを吹きそうになって、でもどうにか耐えてるようだ。そのうち鼻から出すんじゃないかとヒヤヒヤさせられる。しっかし真ちゃん、耳まで赤くなってるし。

「ゴホッ…って誰のせいだよっ」
「そりゃこーいう話に免疫なさすぎる真ちゃんじゃね」
「うっせぇっ」
「つーか、真ちゃん普通にイケメンだし、高身長だし、まあケンカは弱ぇけど、その辺のモブよりは強いじゃん。何でモテねえの?」
「余計なお世話だっ」

ビールを飲みながら普通に素朴な疑問を口にしただけなのに、真ちゃんはまた新たにビールを開けてグビグビ飲みだした。酒そんなに強くねえのに大丈夫か?と思っていると、案の定目が座って来た。

「情けねえ…白豹とも呼ばれた特攻隊長が、可愛い彼女も抱けねえなんて」
「うわ、酔うの早くね。ってか抱けないんじゃなくて抱かないの。そんなことして嫌われたくねえし」
「はあ?なーんで嫌うってんだよ…ちゃんはワカが大好きで、ちゅーもしてくれないって悩んでたのにっ」
「な?クソ可愛いよな、マジで」

オレがニヤケて言えば、真ちゃんの座った目が更に細くなった。確かにその話を聞いた時はオレも嬉しかったし、ちょっとは邪なことを考えた。ぶちゃければ今夜、これ以上彼女を悩ませたくなくて初めてにキスもしたし、一度は最後までしそうになった。でも抱いてしまったら――本当に溺れてしまいそうでちょっとだけ怖くなった。ガラでもないって分かってるけど、自分でもどうしたんだと驚くけど、にあれ以上触れてたら、マジで止まらなくなりそうだった。




2.

初めてを自分のマンションに招いて、二人でソファに座って映画を観た。普段から部屋を綺麗に片付けているせいで、こういう突発的な事態でも特に慌てる必要もなく。来る途中、近くのコンビニで酒類を買って、二人で飲みながら映画を観るなんて、意外と青春してんなーと自分でもおかしくなったけど、今はこういう付き合いも楽しいと感じる。彼女の好きな甘めのサワーを買ったから、はそれを二本くらい空けてた。でも次第に酔って来たのか、映画を観てるとオレに甘えるように腕を組んでくっついてきた。

「大丈夫か?酔っちゃった?」
「ん~だいじょーぶ…ふわふわしてるだけ」
「眠いなら送ってくけど。今日は酒飲んじまったしバイク乗れねえからタクシー呼ぼうか?」

時計を見れば夜の9時少し前。まだ早いかとも思ったが、このまま寝てしまったら大変だと思ってそう言った。でもはスネたように「まだ一緒にいたい」と言い出した。その一言は反則だと思う。確実にオレの心拍数を上げたのは間違いない。

「ワカくん…」
「ん?」
「今日…泊っていい…?」
「……え?」

腕にしがみつくようにしてオレを見上げて来るは、ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛かった。並みの男なら速攻で押し倒してたはずだ。でもオレはどうにか理性を奮い立たせて「ダメだって」と苦笑を洩らした。

が泊ったらオレ、何するかわかんねえし」

そう言って彼女の髪にキスをすると、ほんのりと赤い頬を少し膨らませて「わたしはそれでもいいもん」と軽めのジャブを打ち込んで来た。一瞬誘惑に負けそうになったのは仕方のないことだ。

、さっきオレが言ったこと忘れたのかよ」
「……さっき?」

アルコールが回ってきたせいで、ますますの目がとろんとしてきた。その顏がやけに色っぽく見えてしまう。

「言ったろ?怖がらせたくねえって。だからそーいう男を煽るようなことは――」
「怖がらなかったら…?」
「……は?」
「わたし…ワカくんなら怖くない…」
…」

ぎゅっと胸元を掴んで見上げてくるの可愛さといったら言葉では言い表せないくらいの威力があった。密着してる部分が熱くて、の体がアルコールで火照っているから余計に彼女の熱を伝えてくる。つい誘惑に負けて、見上げて来るの唇へ自分のを重ねてしまった。初めて触れた彼女の唇の柔らかさが一気に脳まで伝わって、オレの体が素直に反応した。ヤバいと思いつつ、触れるだけのキスでこんなに気持ちが昂ったのは初めてだったかもしれない。最後にちゅっと軽く啄んでから離すと、の頬がアルコール以外で赤くなってるのが分かった。酔っているせいか、普段触れる時より驚く様子はない。

「…ん…」
「これでも…怖くねえ?」
「…こ、怖くない…」

真っ赤な顔で恥ずかしそうに目を伏せるは最高に可愛い。ってかといるとオレの語彙力がどんどん失われていく気がする。もう一度、本能に従って唇を寄せると、は自然にそれを受け入れてくれた。ただ角度を変えながら触れるだけのキスを繰り返していると、少しずつ他の欲求が出てきてしまう。キスをしたまま、華奢なの背中を手で支えながら、そっとソファに押し倒す。の体は完全に脱力していたけど、ぎゅっとオレの服を掴んで来るのがいじらしくて、唇を優しく甘噛みすれば、かすかにの体が震えた。この時のオレの脳内は完全にエッチモードだった。だけど僅かな理性が働いて、本当にいいのかという迷いはまだあった。

「……マジで抱くけど…それでもいいのかよ」

そっと唇を解放して問いかけながら、今の今まで味わってたの唇を指でなぞる。その際、小さな喘ぎにも似た声が漏れ聞こえて、余計にオレの脳内を刺激してきた。ただ、オレの胸元を掴んでいた手の力が急に消えて――ぱたりと彼女の顔の横に倒れた。

「え…?…?」

驚いて上体を起こす。映画を観る為に部屋の電気は消していて、今はテレビ画面の明るさでしか確認できないものの、上から見下ろしたはどう見ても気持ち良さそうに眠っているようだった。

「……マジで?」

散々その気にさせることを言って、は夢の中へと旅立ったらしい。思っていたよりも酔っていたようだ。なのに昂ったままのオレの体は熱いままで、どうしてくれようかと、の柔らかい頬へ触れる。ふと視線を下げれば白い首筋や肩、可愛らしいキャミソールワンピースの胸元をかすかに押し上げる膨らみが視界に入って、心臓が音を立てた。つい触れてしまいたくなったものの、寝ている子を襲うのは鬼畜だと自分に言い聞かせて体を起こした。

「ったく…その辺の男なら襲われてんぞ、オマエ」

指で軽く頬を押すと、むにゅっと柔らかい感触に軽く吹き出した。でもこのままソファに寝かせておくわけにもいかず、そっと起こさないよう体を抱えると、ベッドの上に寝かせて上掛けをかける。そしてこれからどうしようと頭を悩ませた。映画も一人じゃ観る気もせず、かといって一人で酒を飲むのも退屈だ。だいたい、このままじゃ確実に変な気を起こしてしまいそうなくらいには悶々としていた。そこで思いついた苦肉の策が――。




3.

「オレんちに泊ることかよ…」
「大正解~」

5本目のビールを煽りつつ笑えば、真ちゃんは深い溜息を吐いて「そーいうことかよ」とボヤいた。

「つーわけで…今夜泊めてくれる?朝方には戻るから」
「あ?何で」

項垂れた顔をがばりと上げた真ちゃんは怪訝そうに訊いて来た。やっぱ恋愛下手の真ちゃんには分からないらしい。

「だってが目を覚ました時、オレがいなかったら寂しがるだろ?オレ、にそんな寂しい思いはさせたくねえからさ」
「………じゃあ今すぐ帰れよ、色男」
「いや、色男って…昭和かよ」
「どーせ昭和だよっ!ってかワカもだろーが」
「そういうこと言ってんじゃねえんだけど。あ、てかビールおかわりね」
「あ?飲むか?じゃあ、どっちが先に潰れるか勝負すっかっ」
「いや真ちゃん酒弱ぇし、勝負になんねえし、ってか何でキレてんの」
「うるせぇーっ!どうせオレはモテねえよ…ぐす…」
「泣くなよ…」

思い出した。真ちゃんは酔うと泣き上戸になったり、急に怒り出したり、情緒が激しい男だった。

「自分ばっかりエロいことしやがって…ムカつく」
「はいはい…ってかエロいことしない為にここに来たんだけどね」
「はあ……オレもしたい……ちゃんと」
「は?いや、させねえし、に手ぇ出したら真ちゃんでもマジでぶっ殺すぞ」
「…はー。彼女欲しい…」
「………急に話が飛ぶな、おい」

思わず突っ込みながらも笑ってしまった。真ちゃんにも色々と悩みがあるようだ。とりあえず、今夜は真ちゃんの愚痴でも聞きながら、朝まで時間を潰すとするか。