-06-エッチな私はダメですか



1.

(ヤバい…蕩けそう…)

ワカくんの気怠げな瞳に見つめられるだけで、全身が勝手に火照っていくなんて、わたしの身体はどうしちゃったんだろう――?

"初めて"をワカくんに捧げた夜から10日後の休日。真ちゃん、万次郎くん、ベンケイさんと皆で海へと遊びに出かけた。わたしはワカくんのバイクの後ろに乗せてもらって、初めての遠出になる。最初は怖かったバイクも、慣れて来ると髪をさらう風が気持ちいい。流れる景色を直に見れる臨場感は、車では味わえない感動だ。腰にしがみつきながら広い背中を見上げると、ワカくんの鮮やかな色をした髪が風になびいていて、綺麗だなあとシミジミ思う。この髪が、今朝もわたしの肌を撫でるように触れたことを思い出し、勝手に顔が熱くなってしまった。

夕べ、休日前ということで当然のようにワカくんの家に泊まりに行った。一緒に夕飯を食べて、その後にお酒を飲んで。フワフワしてきた頃、二人でベッドに入る。何度も求められた後に、意識を飛ばすようグッスリと眠ってしまったらしい。目が覚めた時、太陽の光の加減で昼近いというのが分かった。未だに睡魔が居座る頭で起き上がろうとしたら、下腹部に鈍い痛みが走ったのは、夕べもいっぱいしたのに朝方、一度起きてからも求められたからで。また意識を飛ばしたせいで二度寝をしてしまったみたいだ。初めてのことだから分からないけど、男の人ってあんなにも求めてくるものなのかなって不思議に思うくらい、ワカくんはわたしを慈しんでくれるから、いつもわたしの方が限界にきてワカくんが欲しくなってしまうのが恥ずかしい。ワカくんしか知らない身体が、彼の施す愛撫ですぐにおかしくなってしまうのが原因だ。

(わたし…エッチな子になっっちゃった…?)

今、こうしてバイクに乗っている時も、ワカくんに密着してるだけで変なドキドキが襲って来る。薄着のせいで、ワカくんの筋肉質な身体が服の上からでも分かるし、香りだってワカくんの愛用している香水がやけに鼻腔を刺激してくる気がする。わたしの中でこの香りは、すっかりエッチな匂いとしてインプットされてるかもしれない。


「今、真ちゃんと話してたんだけどさー。万次郎連れて海までツーリングするって言うから、ベンケイも誘ってオレらも行かない?」

わたしが二度寝から目覚めた時、先に起きてベランダで電話をしていたらしいワカくんが寝室に顔を出した。海、と聞いて一瞬で睡魔が吹っ飛ぶ。

「行きたい!」

ガバっと起きて開口一番応えると、ワカくんは笑いながら「おはよう、」とくちびるにキスをしてくれた。そこで朝の挨拶すら忘れていたことに気づく。

「お、おはよう…ワカくん…」
「んー。寝起きも可愛い」

ベッドの端に腰を下ろしたワカくんは、そんな甘い言葉を言いながらこめかみにも口付けて来る。たったそれだけでも何故かわたしの身体はじわりと熱くなった。わたしの顔を見て何かに気づいたワカくんが「どうしたの?」なんて言いながら耳や頬にもくちびるを押し付けてくるせいで、勝手にドキドキしてしまう。ワカくんに触れられるだけで身体が反応するなんて気づかれたくなくて。どうにか理性を奮い立たせて出かけて来たのだ。

「おー!海~!」

駐車場にバイクを止めて砂浜まで歩いて行くと、まず万次郎くんが先に走り出した。それを後から追うように真ちゃんが走っていく。

「まるでお父さんだな。真ちゃんは」
「ま、本人はそのつもりで万次郎やエマを教育してるしなー」

ワカくんとベンケイさんは笑いながら二人の後に続いて歩く。その時、二人の後ろを歩いていたわたしの方へワカくんが振り返った。

「何してんの、。こっちおいで」

そう言って手を出してくれるからつい笑顔になってしまう。手を繋ぐとすぐにぎゅっと握られて「オレから離れちゃダメ」とワカくんは頬にキスをしてくれた。隣にベンケイさんがいるから照れ臭い。

「ったくデレデレすんな、ワカ」
「あ?妬いてんの」
「何でオレが妬かなくちゃいけねーんだっ」

そんなやり取りを聞いて笑っていると、万次郎くんが「早く来いよー!」と叫んでいる。すでに真ちゃんと万次郎くんは波打ち際で水を掛け合ってはしゃいでいた。

「あー服、脱ぎちらかしてる」

真ちゃんと万次郎くんの脱いだTシャツを拾って、ベンケイさんが敷いてくれたシートの上に置く。二人はちゃっかり服の下に水着を着て来たようだ。すでに夕方近いから日差しもそこまで強くないけど、浜辺にはかなりの人が寛いでいる。夏休みも重なって家族連れも多いけど、学生風の子達もいて結構賑やかだ。

「あー何か久しぶりだな。皆で海に来るの」

ワカくんはシートに腰を下ろして、仲良く泳いでる二人を眺めながら微笑んだ。

「前に来たのは去年のお盆くらいじゃねえ?」

ベンケイさんも同じように座りながら大欠伸をしている。ワカくんが電話をかけた時、ベンケイさんはまだ寝てたようだ。

はこっち」
「え?わっ」

わたしも座ろうかと思ってたら手を引かれてワカくんの脚の間に座らされた。後ろからぎゅっと抱きかかえる体勢になって、これはちょっと恥ずかしい。隣にいるベンケイさんの目がスっと細くなったからだ。

「ったく…こんなとこ来てまでイチャイチャすんな」
「え、ムリ。にくっついてないと死んじゃう病かも」

ワカくんはそんなことを言って笑ってて、ベンケイさんの目がますます細められていく。わたしは当然真っ赤になった。

「今度は二人でどっか行こうか。はどこ行きたい?」
「え…ど、どこ…」
「夏が終わればジムも少しは落ち着くから、連休とかに旅行とかもいいな」
「旅行…」

ワカくんと二人で旅行、と想像するだけでドキドキしてきた。何かそういうの恋人っぽくていい。

「ん、」

その時、わたしの髪を避けて露わになった項に、ワカくんがちゅうっとキスをするからくすぐったくて身を捩る。ついでにまた身体が変になりそうで顔が熱くなった。

「ワ、ワカくん、くすぐったい…」
「え、くすぐったいの?かわい」

抗議してるのにワカくんは笑って、また首にちゅっとキスを落としていく。案の定、隣のベンケイさんは呆れ顔で「はーオマエら見てると暑苦しい…泳いでくるわ」と真ちゃん達の方へ行ってしまった。これで完全に二人きり…いや浜辺には他に大勢の人がいるけど。

「な、何か飲み物買ってこよっか」
「んー?行くならオレも行く。心配だし」

わたしの頬にもキスをしながら、ワカくんはわたしの手に触れて来る。ワカくんの綺麗な指がわたしの手をふにふにと触りながら「ちっさ」と耳元で笑うから、思わず首を窄めてしまった。手も首も、ワカくんに触れられるとこは全てが気持ちいい。

「し、心配って…海の家に行くだけだよ」
「ナンパされたらどーすんの。一人はダーメ」

ワカくんはこんな所でも過保護を発揮してる。一応、わたしも大学生で、ナンパされてもスルーくらい出来るのに。

(でも…ワカくんのことも一人にするのは心配かも…)

さっきから通りすがりの女の子たちが、ワカくんのことをチラチラ見ていくのは気づいてた。やっぱりまず目立つし、ワカくんはカッコいいから女の子に注目されるのは分かる。でもわたしがいるのに、と思ってしまう。

(ここで一人にしたらワカくん逆ナンされちゃうかも……それはヤダ)

わたしの大学の友達を見てるから分かる。彼女達の中には気に入った男の子に彼女がいてもあまり気にしないという子が意外と多いからだ。世の中にはそういう肉食系女子がいるから彼女だとしても、一緒にいる今も、安心はできない。自分がこんなに嫉妬深いなんて知らなかったけど、こういう感情は理屈じゃないみたいだ。わたしに触れてるこの手が、他の子に触れると想像するだけで胸の奥がざわついてしまう。ワカくんにはわたしにだけ触れてて欲しい…なんて凄い独占欲だと自分で引いた。

「どーした?何か元気ねえじゃん」

急に黙ったせいか、ワカくんは後ろからひょいっとわたしの顔を覗いてくる。至近距離で目が合い、慌てて首を振った。

「な、何でもない…。ワカくん泳がないの?」
が泳ぐならオレも泳ぐけど」
「え、でもわたし水着ないし…」

急な話だったから水着を取りにいくことが出来なかった。だから多少濡れても平気なTシャツとショートパンツで来たけど、がっつり泳ぐとなると無理がある。ワカくんもそれを分かってるのか、「うーそ。そんな恰好で泳がせねえよ」と笑った。

「濡れたら下着透けちゃうじゃん。オレ以外の男に見せたくねえし」
「あ……そ、そっか…んっ」

不意に顎を掬われ、くちびるを塞がれる。軽くチュっと啄んですぐに離れていったワカくんのくちびるはかすかに濡れていて、それさえも扇情的に見える。

「そんな顔すんなって」
「…え…ど、どんな顔してるの、わたし…」
「んー?物足りなーいって顔♡」

苦笑交じりで言うワカくんは、困ったように眉を下げた。そんな顔されるとわたしの胸もドキドキが限界かもしれない。地味にくっついてる部分が熱いし、身体に回されたワカくんの逞しい腕を見てると、さっきから邪なことばかり浮かんでくる。男の人特有の骨ばった手や指、筋肉質な腕に浮き出る血管一つ一つから色気を感じて、じわじわと全身が熱を帯びていく。

(こ、これが俗にいうムラムラってやつ?!女の子でもホントにあるんだ…)

大学の比較的仲のいい子が言ってた。凄く好きな人が出来ると、ずっと触ってて欲しいとか触っていたいとか、もっと言えば、時と場所を選ばず今すぐ抱いて欲しいなんて欲求が大きくなるって。今――まさにわたしはその状態なのでは。ワカくんに抱かれるまでは知らなかった感情が芽生えてるのは確かだ。



耳元で名前を呼ばれるだけでゾクリとしたものが体に走る。ダメだ――ムリ!

「や、やっぱり飲み物買って来るね!」
「は?あ、!」

ぴったりくっついてたワカくんをベリっと引きはがすように立ち上がると、わたしは猛ダッシュで海の家へ走っていく。これ以上ワカくんにくっついてたらわたしはどんどんエロい子になっていく気がした。




2.

「なーに逃げられてんだよ」
「あ?逃げられてねーし」

万次郎と遊び疲れたオレが戻ると、ちょうどが走って行く場面に遭遇した。残されたワカがポカンとした顔で見送ってる絵面が面白過ぎる。

「オマエがエロ過ぎて引かれたんじゃねーの」
「いや、それはねえ」

キッパリ断言するワカに「何でわかんだよ」と聞けば、「え、それ言わせんの」と意味深な笑みを浮かべやがった。

「チッ。言えねえことかよ」
「っていうかの反応見てりゃわかるし。つーことでオレも遊んでこよ~。あ、戻って来たらオレが呼んでたって言っておいて」

そう言ってワカは立ち上がると、真ちゃん達の方に歩いていく。全く、随分とアイツも変わったもんだ。前のワカならオレや真ちゃんと走る時、女なんか連れて来なかったのに、今じゃどこに行くにも連れて行くし、行った先でもイチャつきやがるんだから溜息しか出ねえ。

「あれ、ベンケイさん」

そこにが手に缶ジュースを何本か持って戻ってきた。どうやら海の家じゃなく、そこの自販機で買って来たらしい。

「暑いからこれどーぞ」
「おう、サンキュー。金は後で払う」
「え、いいですよ。これくらい」

は笑いながらオレの隣に腰を下ろすと、自分用なのかオレンジジュースを飲みだした。

「ダメだ。年下の、それもバイトの子に奢ってもらうとか社会人として許せねえ」
「そ、そっか…ベンケイさんって真面目?」
「あ?それ元暴走族のオレに言うか?」

呆れ顔で見下ろすと、彼女はきゃらきゃらと明るい声で笑いだした。確かにこうして見ると花のような女の子で、ワカがメロメロになるのも分かる気はする。変にぶりっ子でもねえし常に自然体で可愛い子は珍しい。

「んで、さっきは何で逃げ出したんだよ」
「…え?」
「何か慌ててワカから逃げてったろ」
「あ…み、見てたんだ…」

ほんのり頬を染めて恥ずかしそうに俯く。何かまた変な悩みでもあんのか?そう思った時だった。が意を決したように顔を上げてオレを見上げた。何だ、その潤んだ瞳は。

「あ、あのね…最近わたし、変なの」
「変?」
「うん……ワカくんに触られると…その…」
「ああ、やっぱイヤになって逃げだしたんか」
「えっ?ち、違うよ。その逆なの……」
「………逆?」

急にモジモジしだしたの様子を見るからに、ワカが言ってたように嫌がってるわけじゃないように見える。でも逆とは?触られて嬉しいってことか?そう聞こうと思ったら、が再びがばりと顔をあげた。

「あのね…ワカくんに触られると体が何か熱くなって…変な感じになるの…それが恥ずかしくて、だから…」
「………は?」

今じゃ耳まで真っ赤になってるを見て、オレがギョっとさせられた。要するに、この子はワカに触られると―――。そこまで考えて意味をオレなりに解釈した時、こっちまで顔面が熱くなった。何つーことをオレに聞かせるんだ、この子は!

「わたし、エッチになったのかなって心配になってそれで――」
「い、いや、ちょっと待て!そーいう話はオレじゃなくワカに話せ。ああ、間違っても真ちゃんには相談すんなよ?真ちゃん鼻血出すかもしんねえからっ」
「え…や、やっぱり変なの、わたし」
「え?あ、いや…変つーか…その…何だ……」

他人の彼女からこんな話を聞かされたのは初めてで、オレもどう応えていいのか分からない。

「大学の友達にちょっと相談したらね。何か開発されたんじゃないかって言われたんだけど…意味が分からなくて」
「………へ、へえ…(その友達もろくなこと言わねえな)」
「わたし、ワカくんに開発されたからエッチになっちゃったってこと…?」

今では大きな瞳をウルウルさせてオレを見上げてくるは、すっかり自分の体がおかしくなったと思い込んでるようだ。でもそれって要するにワカとすんのが気持ちいいってことに外ならず……って何でオレがアイツのエッチ事情まで聞かされなきゃなんねーんだ。うぜぇ。

「いや、だから……それはワカに言え」
「えっ」
「アイツはオマエの彼氏だろ?だったらを変にした張本人に相談しろ。そうだ、それがいい」
「…で、でも……恥ずかしいもん」
「……オマエ、オレに言うのは恥ずかしくねえの」
「え、ベンケイさんなら大人だから色々相談に乗ってくれるかなって…前も相談乗ってもらったし…」
「………前のアレも別に乗ったわけじゃねえけどな?」

前は手を出してくれないと悩んでたクセに、そうなったらそうなったで悩むのか。この子はマジでワカのことが好きなんだな、とそこは可愛く思う。こんな可愛い子をここまで悩ませるワカにはムカついて来るけど。

(何でアイツばかりがモテるんだ…)

と心に黒い感情が芽生えたその時、ワカが「おせーじゃん、何でこねーの」と言いながら戻ってきた。そういや伝言忘れてたっけ。真ちゃん達に水をかけられたのか、濡れた髪の水気を犬のように飛ばしながら再びを抱えようと腕を伸ばす。でもは真っ赤な顔で逃げようとしてるから吹き出してしまった。

「え、何だよ」
「だ、だって…その…」

はさっき話してた理由が原因で、ワカに抱っこされて座るのは恥ずかしいんだろう。ったく、罪な野郎だ。

「ちゃんとワカに話してやれよ」
「あ?何だよ、ベンケイ。話って…オレに?」

ワカはの顔を覗き込みながら「どーした?」と優しい声で訊いてる。心配そうな顔をしやがってとも思うけど、でもマジで大事にしてんだなと思った。結局モジモジしてたはオレの後押しもあってワカに自分の身体のことをこっそり話してた。ワカも最初は驚いた顔をして聞いてたものの、だんだんとニヤケ面になってくとこまではオレの予想通りだ。

「そんなことで悩んでたの?」
「う…だ、だって……エッチな子だって思われてワカくんに嫌われたらどうしようって怖かったんだもん……」
「……可愛いかよ。ってか嫌うわけねえだろ。むしろ嬉しいしかないけど?」
「え…嬉しいの……?」
「そりゃあ…がエッチになんのはオレ限定なら嬉しいだろ、普通に」

ワカの言葉にの顏が熱中症か?と思うほどに赤面した。ってかこの甘ったるいトークを聞かせられてるオレには、ただただ拷問だ。

「じゃあ……そろそろ帰る?」
「え?」
「そーいうこと言われたらもっとに触りたくなったわ」
「……で、っでででも…真ちゃん達、来たばかりだし…」
「いいのいいの。アイツらは適当に遊んで帰るんだからオレ達が先に帰っても問題ねえ。――だろ?ベンケイ」

ワカはオレを見てニヤリとしながら「ってことで帰っていーい?」と言い出した。どう考えても帰ってからソッコーでヤる気満々だろ、オマエ。

「…とっとと帰れ」

シッシとオレが手を振ると、ワカはの手を引っ張って「真ちゃんには上手く言っておいて~」とニヤニヤしながら帰って行く。本気で背後から卍固めをかけてやりたくなった。でもまあ、あんな可愛い子にあそこまで惚れられてるなんて、男冥利に尽きるだろう。何とも羨ましい限りだ。

「ベンケイさん、ありがとう」
「おう(…可愛い)」

最後にが笑顔で手を振って来るから、オレも引きつった笑顔で手を振り返す。
エロくて可愛い彼女。オレも欲しくなった瞬間だった。