
-01-夏の出来事
世間ではお盆休みに入ったこの日。オレは朝から早起きをして部屋の大掃除をしていた。普段から毎日簡単に掃除はかかさずする方だったが、と付き合いだし、最近になって彼女と半同棲を初めてからは前以上に気を遣うようになった。何と言っても年下の子と付き合うのは初めてで、やはり年上としては身の回りのことはきちんとしておきたい。だらしないと思われなくねえし。
「んー。いらねえ服とかも整理しなくちゃなぁ…」
整頓はしていたものの、久しぶりにクローゼットの中を引っ掻き回すと意外と衣類が増えていた。社会人になってからは特に色々と買いあさってたこともあり、こんなの買ったっけってな物まである。
「一年着なかったら二度と着ねえっつーし捨てるか」
大きなゴミ袋を広げ、その中にどんどん捨てていく。中には昔着てたような派手な柄シャツなんかもあって、今見るとやけに恥ずかしい。でもだいぶクローゼットの中がスッキリしてきて、これならの服もしまえるとホっとした。少し前からもオレのマンションに寝泊まりすることも多くなり、月の半分はオレの家にいるから、先日遂に「一緒に住むー?」と言ってみたら、すんなりOKしてくれた。そこから自然と彼女の物が増えて来たし、何気なく部屋のあちこちに女性物が置かれている。歯ブラシやコップ、可愛らしいスリッパ、二人でコーヒーを飲む時のカップと、酒を飲む時のグラス。バイク雑誌をしまっているラックの中には女の子が好きそうなファッション雑誌が数冊。そして寝室のベッドの上には綺麗に畳まれた淡い色の部屋着。そこら中にの物が溢れていて、それを見てると幸せな気持ちになっている自分が信じられない。
「前まではこういうのさせなかったんだけどな…」
生活基準となる自分の部屋は自分の好きな物で統一されているから、そこに恋人と言えど他人の物を置かれるのは何となく良しとしなかった。彼女の物が増えれば、そのままズルズルと同棲する流れになりそうで嫌だったってのが一番にある。だから洗面所に歯ブラシの類も置かせなかったし、彼女が泊りに来る際は全て本人が旅行用の物を持ち運んでいた。
――何で私の物を置いておいたらダメなの?
――どうして一緒に住むのはダメなの?
だいたい付き合いだして体の関係が出来てくると、数か月も経てば皆が判を押したように同じことを言ってくる。逆に聞きたかった。何で付き合ったからと言ってイコール同棲って頭になるんだと。オレとしては同棲とか考えられなかったし一緒に住むということは毎日顔を合わせるということで気疲れしそうってのと、多分、オレの頭の中で同棲イコール結婚ってのがチラつくのも原因だったかもしれない。あとは黒龍が解散してチームはなくなったものの、仲間との交流は未だに続いていて、どっちかと言えば彼女よりも仲間との時間を優先しがちだったオレにとって、四六時中その子のことを考えてる暇もなかったし、また家で待たれてるのかと思うと気が重かったってのもある。
そんなオレが今じゃと一緒に住みたいと思ってしまうんだから、変われば変わるもんだと笑ってしまう。しかもそれはオレから言い出したことだ。はいつもお泊りセットなる物を持ってオレの家にやってくる。毎回それじゃ大変だろうと思ったから、最初は歯ブラシや洗顔などの化粧品から始まり、そのうち着替えなども置いておくように言った。不思議なことに相手だと少しも嫌じゃない。元カノたちにこの状態を見られればさすがに文句を言われるだろうなと苦笑してしまうくらい、今は室内はを感じさせるもので溢れていた。
(まさかアレまで持ち込んでくるとは思わなかったけど)
ふとベッドの上で存在感を現わしている大きな猫のクッションを見て軽く吹き出した。黒で統一された寝室に、茶色と黒の三毛猫の顔が転がってるのはなかなかにシュールだと思う。何でもこの猫はシリーズ化されてるそうで、クッションの他にスリッパやティッシュケースなんかもあるらしく、このシリーズが大好きなは見つけるとつい買ってしまうと話していた。
――寝る時は"三宅さん"いないとダメなの。
あのクッションを持って来た時、がそう話してるのを聞いて、オレは"三宅さん"――猫の名前らしい――にちょっと負けた気分になったのは内緒の話だ。
「よし…こんなもんかな」
だいぶスッキリしたクローゼットを見て、オレは額の汗を拭いながら、こんもりとしているゴミ袋を見下ろした。これだけ着ない衣類をため込んでたと思うと自分でも驚く。
「あーあとはの下着類とか入れるスペース空けなくちゃな…」
自分の物がしまってあるチェストを見て、ふと思い出す。まだ完全に引っ越したわけじゃねえからは恥ずかしがって「下着は置いていけない」と言ってたが、この夏休みの間に簡単な引っ越しを済ませようということになり、の使うスペースを空けるため、こうして朝から作業している。でも一度引き出しに入ってる自分のものを全て出した時、見慣れない派手な赤い下着が混ざってることに気づき、ハタっと手が止まった。
「…は?何だ、こりゃ」
オレは赤い下着なんて買った記憶はない。だいたいが黒で統一してるからだ。その黒に交じって異彩を放つ赤を恐る恐るつまんでみた。
「……は?パンツ…?」
それは女物のいわゆるショーツだった。それも極端に布が少ない。ほぼヒモじゃねえかって突っ込みたくなるような。そしてオレはこの下着に見覚えがあった。
「アイツか…」
その人物に思い当たり、オレはガックリと項垂れた。それはと付き合う前に少しだけ付き合っていた元カノで、やたらと派手な下着を好む子だった。でもウチに下着を置いていいと言った覚えはないから、オレに内緒でこっそり置いてたんだろう。別れた時に回収するのを忘れたのかもしれない。まあアイツとは最後、かなりゴタついたしな。
「っぶねー…こんなの気づかず置いておいてに万が一見られでもしたら…」
そう思うとゾっとした。やましいことは何一つないのに誤解されたりしても最悪だ。こんなものはサッサと捨ててしまおうとゴミ袋にツッコんだ。
「ん…?いや、ちょっと待て。パンツがあんのに何でブラジャーねーんだよ」
他にもないかとチェストを全てひっくり返し、確認したが、あるはずのものがどこにもない。
「え、アイツ、パンツだけ置いてったのかよ」
ちょっとおかしな気もしたが、ここまで探してないということはブラジャーをつけて、パンツは別の物を穿いていったか、もしくはノーパンで帰ったとしか思えない。
「…??」
首を傾げつつ、そう言えば変わった性癖のある子だったなと思い出す。エッチをする際、下着をつけたままするのが好きな子で、だから極端に布の少ない物を好んで付けていた。まあその時はそれでオレも結構愉しんだけど、あんな別れ方をした今となっては正直こんな下着を見ても何とも思わない。というか迷惑だ。
(最後はマジで大変だったしな…。自分で浮気したクセに最後はほぼほぼストーカーみたくなって警察沙汰にまでなったし…)
当時のことを思い出すだけでウンザリして、その下着を衣類の奥の方へ突っ込んでおく。たった一ヶ月しか付き合ってなかったが、もう二度と思い出したくない女だった。
でもまさかこれがキッカケであんなことになるとは、この時のオレは思いもしなかった。
「ワカくん、何これ」
夜、ウチに来たが風呂を沸かす前に掃除をしてくれていた時のこと。その間、オレはリビングでパソコンを使い、明日のデートの為の下調べをしていた。彼女が前から行きたがっていた神奈川にあるシーパラダイス。水族館や遊園地、ショッピングモール、ホテル、マリーナなどで構成された複合型海洋レジャー施設だ。オレも初めて行くから現地に行ってウロウロする羽目にならないよう道のりを頭に入れて、駐車場などを確認しておく。それを終えてちょうどパソコンの電源を落とした時だった。掃除をしてくれていたが怖い顔で歩いて来ると、いきなり「ワカくん、何これ」と一言。同時にオレの顔に突き出された赤いブラジャーに、一瞬だけ時が止まった。
「…あ?それ…」
止まったのは時間だけじゃなく、思考回路も同じだったようだ。すぐには応えることが出来なくて、どう説明しようという言葉だけがグルグル回っている。
「今、洗面所も掃除してたら洗濯機の後ろに落ちてたんだけど…これ何?」
「それは、さあ…」
「ワカくん、もう浮気なんてしてるの?」
「は?いやしてねえって!それはだから元カノの…置き土産的な?」
まさかの浮気を疑われ、焦ったことで場の空気を軽くしようとつい口からそんな言葉が出てしまったのはオレの失態だったかもしれない。の瞳が見る見るうちに潤んでいって、その瞬間バシっと手にしていたブラジャーをオレの顔面に投げつけてきた。
「ワカくんのバカァ!!」
は大きな声で怒鳴ると、そのまま走って部屋から出て行ってしまった。普段どちらかと言えば温厚ながあんなに怒ったりする姿は見たことがない。しばし唖然としていたものの、ハッと我に返る。そして手元に落ちた赤いブラジャーを摘まみ上げ、盛大に溜息を吐いた。
「これも忘れてったのかよ…」
今朝処分したパンツとセットのブラジャー。どうやら洗濯機の裏にあったようだ。そんな場所にあるとはさすがのオレも思わない。そしてに見つかるなんて最悪すぎる。
「やべ…アイツ、どこ行ったんだ…?」
が外に飛び出して行ったことを思い出し、慌てて立ち上がる。でもそこで手に握られた赤いブラジャーを思い出し、忌々しげに見下ろした。
「こんなもんのせいで…」
だんだんと腹が立ってゴミ箱のペダルをガコンと踏むと、中へ力いっぱい放り込んだ。他にまだねえよな?と思いながら洗面台の周りをくまなく探したが特に見当たらずホっと息を吐くと、掃除途中の洗面台を見る。洗剤のキャップが外されたままの状態で置かれていて、洗濯機が少しだけ斜めになっている。奥を見れば洗剤のキャップが転がっているのが見えた。
「これ取ろうとして裏を見たのか…」
溜息交じりでキャップを拾うと、それを元の場所に戻してオレはすぐに部屋を飛び出した。一瞬動揺したが、冷静になって考えればの行き先などすぐに分かる。ここから数分のところにある真ちゃんちに当たりを付けて、オレは走り出した。
※「Please!」の前の話で、これの後に「Please!」をお読みいただくと繋がります笑。
そして何気に続きます。