※少し前のお話


春――。この日、珍しく蘭は朝から起きてフル活動していた。が無事にアヤと同じ高校へ合格。一年遅れて入ったはクラスメートよりも歳は上になるが今日から晴れて高校一年生となる。入学式の今日、当然のことながら両親のいないの保護者代わりとして、夫である蘭が行くことになる。しかし蘭がスーツに着替え、ネクタイを締めていると、リビングから騒々しい声が聞こえて来た。

「やーだー!付けてくのー!」
「はあ?いいから外せって!なくしたら泣くのはなんだぞっ?」
「なくさないもん…!」
「つーか高校生がこんなもん付けてったら目立つだろー?」

ふたりの会話が聞こえて来て、蘭は何事かと思いながらきゅっとネクタイを締めた。ちょうど一年と少し前、がこの家に初めて来た頃を考えれば驚くほどに打ち解け、今では竜胆が本当の兄のようにを教育している。それもこれも蘭に任せておくと甘やかしてばかりで、の甘えん坊に拍車がかかるせいだ。今朝もそんな理由でふたりはモメているようで、蘭からすると「ウチってこんなに賑やかだったっけ?」と首をひねりたくなるほど騒々しい。まあこれはこれで今の蘭にとっては家族の団欒みたいなもので楽しい時間だ。しかし放っておくことも出来ず、リビングに顔を出すと、竜胆がの手を掴み何やら指輪を外そうと頑張っているようだった。

「やーだー!」
「いいからジっとしてろって」
「…何やってんだよ、竜胆…」
「あ…兄貴…!」

スーツに着替えて来た蘭を見て、竜胆がホっとしたようにの手を離す。するとはすぐに駆け寄り、蘭の背中に隠れてしまった。だが不満を現わすように、僅かながら顔を出し、ジトっとした目で竜胆を見ている。その小さな抗議を見た竜胆は深い溜息を吐いた。

「あーあー。が暴れたからリボンが崩れてる」

蘭は苦笑交じりに首元のリボンを締め直してやった。は高校の制服を着こみ、長い髪はアップにしてお団子に結ばれている。全て蘭が早起きをして用意をしてやったのだ。だいぶ女らしくなってきただが、久しぶりに見た蘭のスーツ姿に「蘭ちゃん、カッコいい」と笑顔で甘えるように抱き着いて来た。その頭を撫でながら「んで?何騒いでたんだよ」と苦笑いを浮かべながら竜胆に尋ねた。

「いや…が結婚指輪はめたまま入学式に出るってきかねえんだよ…」
「指輪?、それ付けてくのかよ」
「うん…ダメ?」

蘭にしがみつき、はお願いするように見上げて来る。事情が分かり、蘭は困ったように微笑むとを抱えてソファに座った。そして彼女の左手を持ち上げると、薬指に光る結婚指輪に口付ける。

「オレとしては付けてて欲しいけど…これもアクセサリーとみなされんだろうなァ。校則で禁止されてんじゃねえ?」
「えっ!そうなの?」

蘭の一言にが悲しそうな顔をする。竜胆は「ほら見ろ」と目の前のソファに座って不満げに腕と足を組んだ。

「いくら結婚出来る年齢つっても、そんなもん付けてたら学校で浮くだろうし、色々と問題あんだろ。だから外せって言ってんだよ」

竜胆の説明を聞いて、の顏がますますしゅんとしていく。見かねた蘭がの頬に口付けながら宥めるように「これはオレが預かっておくから」と微笑んだ。竜胆の言うように結婚できる年齢と言っても高校一年で人妻という生徒は殆どいないだろう。が好奇の目にさらされるのは目に見えている。前よりはだいぶマシになったものの、ただでさえは周りの生徒よりも中身が幼く浮世離れしているので、蘭としてもあまり目立つのは得策じゃないと思った。それは以前、竜胆が言っていた"イジメ"に繋がるかもしれないからだ。学校という狭い檻の中では自分達と少しでも違う存在を異分子とみなし、攻撃に転じる人間がいるのを蘭は知っていた。自分達は中学でリタイヤしたが、それこそ学校で目立っていた蘭は攻撃こそされなかったものの、完全に異分子扱いされ誰ひとり怖がって近づいては来なかった。それは竜胆も同じだ。だからこそ少し人と違うのことを竜胆が心配しているのを蘭は気づいている。

「じゃあ…蘭ちゃん持ってて」

渋々といった様子では指輪を外すと、それを蘭の手のひらへと乗せた。

「チッ。兄貴に言われたら急に素直になりやがって」

散々ゴネられた竜胆からすれば面白くはないので、ついそんな愚痴が零れる。しかし心配事が一つ減ったのでホっと息をついた。そしてふと蘭のスーツに目が向いた。今日の日の為に先日買ったものだろう。蘭にしては地味な黒色無地のスリーピースを着ている。しかしやはりデザインはイタリア製らしく、裏生地などの柄はさりげない遊び心が入っていて、地味に見えない辺りが兄貴らしいと竜胆は思った。

「ああ、兄貴のスーツ、この前買ったヤツ?カッコいいじゃん、それ」
「地味なのにしてみたんだけど大丈夫そ?」
「地味だけど兄貴が着ると地味に見えないのが怖い」

今日はトレードマークである三つ編みは封印して後ろに一つで縛っている。今日の為に金髪の部分も黒くしておいた。まあ洗い流せばすぐ落ちるので数時間だけの辛抱だ。

「それに兄貴は嫌でも目立つだろ、どうせ」
「まあ…周りがそれなりの父兄ばっかだろうしな。なるべく目立たないようにの晴れ姿を見て来るわ」

蘭は苦笑交じりで言っていたものの、竜胆はそれは絶対無理だろうなと内心思っていた。そもそも蘭が目立たないわけないのだ。そして竜胆のその勘は見事に当たることなった。



△▼△



数時間後、入学式を終えて蘭と、そして同じ学校の3年生となったアヤも一緒に、マンションへと帰って来た。ふたりがいない間、早起きに付き合わされていた竜胆は再びベッドに潜り込んだのだが、蘭たちが帰って来た騒々しさで、またしても起こされる羽目になった。

「聞いてよ、竜胆!」
「………」

顔を合わせて開口一番、アヤが言った。寝起きでアヤのデカい声は耳にくるな…と内心思いつつ、竜胆は欠伸を噛み殺す。蘭は「疲れたから着替える」と言ってとふたりで部屋に入っていった。ただでさえ学校嫌いな上に今回は父兄として入学式なんて堅苦しいものに参列したんだろうから、さすがの蘭でも疲れるのは仕方ないだろう。

「何だよ…何かあったー?」

頭をガシガシ掻きつつ、ソファにごろりと横になった竜胆の方に、アヤが楽しげに歩いて来た。

「今日の入学式、蘭くんめちゃくちゃ目立ってて、父兄や教師の視線独り占め状態だったんだよー」
「…やっぱり?」

何となく行く前からそんな予感があった竜胆も思わず苦笑する。周りの父兄より断然若く、長身で眉目秀麗、黙っていても相当目立つだろうことは弟のひいき目なしにしても想像がつく。だがアヤの次の言葉で竜胆は心配になった。

「それでね。入学式の後のLHRって来賓した保護者も参加するんだけど、蘭くんが教室に行ったらが"蘭ちゃん"って笑顔で手を振っちゃって、クラスメートから灰谷さんのお兄さん?つって色々話しかけられたみたい」
「アイツ、やりそー…」

その後の結末も何となく想像できてしまった竜胆の口元が引きつる。アヤも苦笑交じりで「だよね」と肩を竦めた。

「クラスメートに"お兄さん"?って聞かれても複雑そうな顔はしてたけど、どうにか兄貴って答えたみたい」
「…良かった…」

竜胆は背もたれに頭を乗せると、ホっとした様子で天井を仰ぎ見る。だが初日から目立つことになって、この先の学校生活は大丈夫なんだろうかと心配になった。に結婚してることを言うなとは言ったが、蘭のことを聞かれて兄だと言っておけとまでは言ってない。質問に普通に応えてしまったらどうしようと少しは心配だったが、杞憂で終わったようだ。

「で…兄貴はなんて言ってた?」

竜胆が頭を起こし、ふと気になったことを尋ねると、アヤは笑いながら肩を竦めてみせた。

「"ウチのと仲良くしてやってー"って愛想ふりまいたらしい。女子は大騒ぎだったって笑ってた」
「……」

何とも蘭らしいと言えば蘭らしいが、がクラスで浮いてしまうんじゃないのかと竜胆はガックリ項垂れた。モテる兄を持つと色々気苦労も絶えない。

「で…は?」
「知らない子に話しかけられてビックリしたみたいだけど楽しそうに話してたって。帰りに校門のとこで待ってたら蘭くんと仲良く手を繋いで学校から出て来たし」
「あ、そう…」

苦笑するアヤに竜胆も笑うしかない。兄と妹で手は繋がねえだろ、と突っ込みたくなったが、そこは言っても無駄だろう。

「ま…が楽しく学校生活遅れるならオレはいいけど」
「大丈夫だよ。もし何かの原因でいじめなんてもんに発展したら、その時は私に任せておいて」

アヤは張り切ったように指を鳴らす。そういやアヤも高校では素行の悪い不良枠だったっけと竜胆は思い出した。

「んじゃあ、そこはアヤに任せるわ。兄貴が行って三輪車轢き殺すよりはマシだろ…」
「…三輪車?」
「いや…こっちの話」

ふと以前、蘭と交わした会話を思い出した竜胆は、苦笑しながらソファへ寝転がった。



△▼△



「はあ…たかが入学式でも結構、時間もかかるし大変なんだな…も疲れたろ」

ネクタイを緩めながら蘭が振り向くと、は制服のままベッドに寝転がっている。殆ど家の中で過ごして来ただけに、大勢の生徒がいる学校はそれなりに疲れたらしい。ベッドの上で寝転がりながら「少し」と言ってはいるが、ウトウトしかけている。

「おーい。そのまま寝たら制服シワになんぞー」

苦笑交じりでベッドへ座ると、蘭はの顔を覗き込んだ。せっかくのお団子が潰れて可哀そうなことになっている。蘭は仕方なく髪を解いてやると、は薄っすら目を開けた。

「ん…なんて言ったの…?」
「制服シワになんぞーって言ったんだよ。着替えないならオレが脱がしちゃうけどいいのー?」

蘭が笑いながら制服のボタンを外していく。しかしは睡魔と戦っているのか、とろんとした目をゆっくりと瞬かせるだけだ。その表情は何とも可愛らしく、蘭を煽るには十分すぎた。

「それともオレに襲われたい?」
「…ん…」

何の抵抗も見せないの首筋に口付けながら制服のジャケットを脱がし、中に着ているシャツのボタンに指をかける。一つ二つと外していくと、の滑らかな肌が露わになった。そこへも口付け、強く吸いつけば、ちくりとした痛みを感じたの身体が僅かに跳ねる。

「ん…ら…んちゃん…?」
「早く起きないと襲うぞ、マジで」
「…ひゃ」

すでにシャツのボタンも外され、いとも簡単に脱がされたは素肌に外気を感じて目を開けた。同時に太ももを撫で上げる手がスカートの中へと侵入する。驚いて見上げると蘭の口元が意地悪な笑みを浮かべていて、の頬が一気に熱を押し上げていく。

「目ぇ覚めたー?」
「う…うん…着替える…」

すっかりと胸元がはだけて心許なくなっている。は恥ずかしそうに腕で隠しながらも体を起こそうとした。しかし蘭の手がそれを止めて再びベッドへ押し倒すと、の瞳が驚いたように揺れた。

「蘭ちゃん…?」

蘭はの赤くなった頬を指で撫でるように触れると、艶のある小さな唇を優しく塞いだ。舌をやんわり絡ませれば、の肩が僅かに跳ねて見開いていた目をギュっと瞑る。咥内を味わい何度か唇を啄んだ後でゆっくり唇を離すと、蘭はの腕を掴んで一気に引き起こし、そのまま強く抱きしめながら「は~癒された♡」と頭に頬を寄せた。

「ら…蘭ちゃん」
「…何?もしかして本気で襲われるとか思った?」

身体を離し、の顔を覗き込む蘭は挑発的な笑みを浮かべている。その顔を見て恥ずかしくなったが慌てたように首を振った。一瞬だけ確かに頭をよぎったのだが、そんなことは恥ずかしくて言えない。

「向こうに竜胆とアヤがいんのに襲うわけねえだろ」
「う…うん…」

の頬にもちゅっとキスを落としながら蘭が苦笑する。だが気分が盛り上がったのは事実で、そのままの額へ自分のをくっつけた。

「この続きは夜なー?」

意地悪な笑みを浮かべながら言えば、は頬を真っ赤に染めて視線を泳がす。その後に小さく頷いたのを確認すると、蘭は最後に優しく唇を塞いだ。それを合図に、も蘭へしがみつく。せっかく我慢してる状態なのに煽られた気がした。さて、この可愛い妻をどう抱いてやろうか…と頭の隅で思いながら、蘭もを強く強く抱きしめ返した。



新年一発目は蘭ちゃんです。
去年も灰谷家を書いたので、今年も書いてみました🥰
時系列バラバラなので、今回は入学式の時の話。これは書きたいなあと思ってたんですが、その前に入学後の話を書いてしまったので止まったままでした笑。
なのでこの機会に。
本年もNelo Angeloをどうぞ、宜しくお願いいたします💖<(_ _)>

2024.01/01...By.HANAZO

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