家の前に止めたバイクに寄り掛かっている蘭くんを見た時、心臓が一気に早鐘を打ち出して、どうしようもなくドキドキしてきた。自分でもかなり驚く。
何で――?私は蘭くんに会いたかったの?
そんな思いが湧いて来た。でもすっかり私と蘭くんの関係は終わったと思っていたから、この状況は違う意味でも驚いた。
「ふたりで仲良くサボりー?」
私とケンヤに気づいた蘭くんはバイクから体を放してゆっくりとこっちへ歩いて来る。隣のケンヤが小さく息を飲むのが分かった。目は泳いでるし、足なんて逃げる気満々で逆の方を向いている。でもその気持ちは痛いほどによく分かる。こんな状況、私だって逃げ出したい。
「あ、いや…ほら、蘭くん昨日、連絡ないって言ってたからの生存確認しに行っただけ。オレも今日久しぶりにコイツと話したんだ…」
「ふーん」
蘭くんは僅かに目を細めた。ケンヤの緊張が私にも伝わって来る。
――これって何かヤバイ状況?っていうか、もう会うことはないと思ってた蘭くんが何で私の家の前にいるの?
あまりに予期していなかった現状に思考が追いつかない。その場に立ち尽くす私の前に歩いて来た蘭くんは、ふと視線をケンヤに向けると徐に私の手首を掴んだ。驚いて瞬間的に心臓が跳ねる。
「じゃあ連れてくぞー」
「…へ?」
「ど…っどーぞどーぞ!どこでも連れてってっ。オレの用件は済んだから!」
「なっ…(ケ、ケンヤァ~~!!)」
完全に蘭くんにビビったケンヤが一気に私から離れていく。だいたいどこでも連れてけって、私はケンヤのものじゃない。人を何だと思ってるんだ、コイツは。
蘭くんは「そ?」とニッコリ微笑むと、今度は私を見下ろした。
「つーことで、ちょっと付き合えよ」
「え、ちょ…ど、どこにっ」
「オレんち」
蘭くんはそう言ってヘルメットを私の方へ放り投げた。反射的にキャッチしてしまったけど、これってもしかして――。
「ひゃっ」
突然、両手で脇の下を抱えられたと思った瞬間、バイクの後ろに座らされた。
一気に血の気が引いて行くのが自分でも分かる。
まさか――もしかして。
いや、この状況はもしかしなくても分かる。蘭くんはバイクで移動する気だ。
「や、ちょ、ちょっと待って!」
「どうせケンヤとサボってきたんだし暇だろ、オマエ」
蘭くんは慣れた動作でバイクにまたがると、エンジンをふかし始めた。暇かと言われたら暇だけど、でも違う、そうじゃない。この状況で一番大事なことは――。
「め、免許…!」
「あ?」
「な…ないでしょ?蘭くん……」
つい心配してた言葉が口から飛び出す。近くで聞いていたケンヤの顏がムンクの叫びみたいになってたのはこの際おいといて、私はこれから無免許運転の片棒を担がされるのだから抗議する権利はあるはずだ。
私の質問にチラリと振り向いた蘭くんは、くちびるに鮮やかな弧を描くと「免許?何それ。美味しいの?」と、何とも魅力的な笑みを、整いすぎじゃない?と思うほどの綺麗な顔に浮かべて言いのけた。
「な、何って…っていうかこの場合、蘭くんが捕まったら後ろに乗ってた私も同罪ってことで――」
「ハァ?オマエ、オレがサツに捕まると思ってンの?いーからメット被れよ」
「え、ちょ…待ってよ…」
ブォンブォンとエンジンをふかす音が次第に大きくなっていくのを聞いて、慌ててヘルメットをかぶる。こんなもの被るのも初めてで、どうすればいいのかも分からない。初めてのフルフェイスはかなり重たく感じた。
「被ったァ?」
「う…うん…!」
「つーかシッカリ掴まってねえと落ちんぞ。腕をここに回せ」
「わっ」
蘭くんの手に腕を引っ張られ、彼のお腹に回された。そのぶん背中に密着する形になったことで顔が熱くなる。この前の密着とは違って私が蘭くんに抱き着くみたいになってるのが凄くドキドキした。
「んじゃー行くぞ」
「えっちょ、蘭くんのヘルメットは――」
という私の声はエンジン音にかき消された。一気にスピードを出す蘭くんのせいで悲鳴すら上げられず、必死で背中にしがみつく。全身に真夏の生ぬるい風を受けて、蘭くんのキラキラした三つ編みが揺れてる。ついでにパタパタと制服のスカートがなびくのを感じながら、着替えて来れば良かったと変なことを後悔した。
それにしても――彼はどういうつもりで会いに来たの?
初めてのバイク+無免許運転にビビりながらも、気になるのはそこだった。最後に会った時の気まずさを考えれば、あれで終わったと思うのが普通だ。なのに蘭くんは今も彼氏という態度を崩してないような、たった一言で一緒にいたケンヤに威圧感を与え、私をバイクで連れ去った。全くもって意味が分からない。
(それに…何でまた家?)
そこも気になった。
また映画でも観る気なんだろうか。それとも今度こそ何かされるとか――?
次から次に湧いて来る疑問の答えなどないに等しく、蘭くんちまでの道のりはひとり悶々とするはめになった。
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無免許運転はアカン笑🏍