何を考えてるのか分からなかった"蘭くん"が、実は初恋の人だと知って、少しずつ色んなことが分かって来たら、もっと知りたいという気持ちが湧いて来た。
私は臆病だから、自分の中に目覚めつつある感情を認めるのが怖くて、きっと確かなハッキリとした"何か"が欲しかったのかもしれない。
「ずっと…からかわれてると思ってた…」
「は?」
「私が知り合った"蘭くん"は、六本木でも有名で、ケンカも強くて、ケンヤがビビるくらいに怖い人だと思ってたし…。凄くモテるって聞いてたから私なんかに手を出さなくても女の子に困ってなさそうなのに…何でってずっと疑問だった。だから…」
「だから…からかわれてるって?」
「…うん」
じゃなければ"蘭くん"が私に固執する理由が分からなかった。でも彼が初恋の相手だった蘭ちゃんだと知って、私に近づいた理由は多少分かったけど、それって気づくかどうかのゲーム的な感覚なんじゃないかって思ってしまう。
その時、蘭ちゃんが呆れたように溜息をつくと、私の体から腕を離した。
「オレ、どうでもいい女をわざわざ初めての彼女にしてまでからかう趣味なんてねぇんだけど?」
「…え」
「そりゃ最初はがオレのこと忘れてんのイラっとして、どうやって思い出させてやろーかっつー気持ちで彼女になる?とは言った。でもテキトーに言ったわけでもねぇよ」
蘭ちゃんは初めて言いにくそうに視線を反らした。
「オマエは昔のまんま、ビビりで気弱で…何でもすぐ間に受けるし、バカみてぇに素直だし…」
「バ…バカって…」
「そーいうとこ、今のオレには新鮮だったから…可愛いなーって思ったのはホント」
「……っ」
不意打ちのように可愛いなんて言われて、一気に顔の熱が上がる。まさか"蘭くん"がそんなことを思ってくれてたなんて全然知らなかった。
「だからオレも過剰に接しすぎて余計にビビらせちまったけど…別にふざけた気持ちでからかってたわけじゃねぇから」
「…蘭ちゃん…」
意外にも蘭ちゃんは真剣な顔でそう言ってくれた。初めて本心をきちんと聞けた気がして素直に嬉しいと思った。その気持ちに反応したのか、鼓動がゆっくりと早くなっていく。
「つーことで…」
「え?」
「オレとしてはまだの彼氏でいたいんだけど…オマエはどうなんだよ」
「私…は…」
どうしよう――。今、蘭ちゃんが私の"彼氏でいたい"って言ってくれた時、嬉しいって思ってしまった。あんなに怖かったのに、蘭ちゃんの本心を聞かせてもらっただけで、私が見ていた"蘭くん"が全く違った色で見えて来て、凄くドキドキする。
私が黙ったまま固まっていると、蘭ちゃんは「…イヤか?」と訊いて来た。思わず首を振ってしまった。イヤじゃないって…思ったから。
ただ…ひとつだけ気になっていたのは――。
「イヤじゃ…ないけど…」
「けど…?」
「………」
僅かに首を傾げる蘭ちゃんをジっと見つめた。昔も綺麗な子だったけど、今はすっかり大人びて"イケメン"枠、それも軽く上位に入ってしまうほどにカッコいい。だから、モテるのは凄くよく分かる。分かるけど…。
「蘭ちゃん…女の子に…手が早いんでしょ…?」
「………は?」
怖くて前は口に出来なかったことを訊いてしまった。不思議なことに本心を教えてもらったら私も蘭ちゃんのことをもっとしりたいって素直に思えた。お互い付き合ったのは成り行きで好きとかそんな感情はないって思ってたのに、今の蘭ちゃんは前よりも少しだけ近く感じる。だからこそ、もし本当に女の子に手が早いなら嫌だなって思ってしまった。
「ケンヤが言ってたもん…。多分、私と付き合うとなってもその辺は変わらないんじゃないかって…。でも私、自分の彼氏が他の子に手を出すとかイヤだし――」
「ちょ、ちょっと待て」
蘭ちゃんは呆気にとられたような顔から一転、今度は焦った様子で「オレが?女に手ぇ早いって?」と逆質問してきた。
「どこ情報だよ、それ。オレから女に手ぇ出した覚えねえっつーの!」
「……えっ嘘だ」
「ハァ?何を持って嘘だって言ってンの?オマエはオレの何を知ってんだよ」
「し、知らないけど…!でも…」
いきなりキレ出した蘭ちゃんに驚いて怯んでしまう。でも彼の態度を見てると嘘はついてない気がして、思わず「ごめん…」という言葉が零れ落ちる。
「別に謝って欲しいわけじゃねぇし…」
不機嫌そうにそっぽを向かれ、胸の奥がぎゅーっと何かに掴まれたみたいに痛くなった。何だろう、蘭ちゃんが機嫌悪いと泣きそうになる。でもこんなに機嫌が悪くなるってことはケンヤの言う噂は間違ってるんじゃないかと思った。人から聞いた噂なんてどこまで本当か分かったものじゃない。すると蘭ちゃんはふと顔を上げて私を見た。
「あーケンヤから聞いたって言った?じゃあ…誤解してんじゃねぇの…」
「え?誤解って…」
「オレが仲間と遊んでると必ず誰かしら女連れて来るし、そういう女の中には誘って来る女もいるから」
「……誘って…くるって…何を?」
「…は?マジで聞いてる?」
「え?」
意味が分からず首を傾げると、蘭ちゃんは一瞬だけ固まってすぐに吹き出した。不機嫌そうだったのに急に笑い出すからビックリしてしまう。
「オマエ…」
「な、何よ…」
「マジでかーわいいのな」
「ちょ…」
せっかく距離が出来てたのに、またすぐ腕を引き寄せられぎゅっと抱きしめられた。あまりに急な展開に心臓が再び暴れ出す。
「は、放してよ…」
「んー。どうしよっかなー」
蘭ちゃんはまた私の反応を楽しむように笑っている。でも気軽にこんなことをしてくるからこそ、女に手が早いと思ってしまうのだ。
「こ、こういうこと簡単にするから誤解されるんじゃないの…?」
「あ?オレからこういうことすんのはだけだし」
私の言葉にムっとしたのか、蘭ちゃんは体を放して怖い顔で見下ろしてくる。でも今度は怖いと思わなかった。今の言葉に驚き過ぎたせいだ。
「私…だけ?」
「オレが誰にでもこういうことする男に見えンの」
「う…」
見える、と言ったら殴られそうだ。でも本当に違うならケンヤは何であんなこと言ったんだろう?という疑問は残る。いや、ケンヤも私に負けず劣らず単純で何でも信じやすい性格だ。アイツも噂を信じ込んでるのかもしれない。
「ほんとに…手は出してない…の?」
「出してねぇって言ってんだろ。むしろ出してくんのは女の方」
「…え?」
「言ったろ。女の方から誘ってくんだよ。今の女子高生はエロいぞ、マジで」
「な…女子高生って…(相手は年上?!しかも…エロいってどういう…)」
そこで気づいた。
さ、誘って来るってまさか――。
蘭ちゃんの言ってる意味を、私は理解してしまった。
「まさか…女の子の方から誘って来るって…そ、そういう…」
「やっと分かったのかよ。つーか純情だなーは」
真っ赤になっている私を見て、蘭ちゃんは苦笑いを浮かべている。ということは女の子から誘われてエッチなことしてるって意味?
「…最低。どっちから誘おうが手を出してる時点で同じじゃない…」
「だーから出してねぇって…」
腕の中から逃げようとした私を力づくで引き戻し、蘭ちゃんは困ったような顔を見せた。
「ほんとに…?」
「ほんとー。まあ…最初は興味本位でちょっとだけエロいことしたこともあったけど」
「…してるんじゃない!」
危うく騙されるとこだった。でも蘭ちゃんは「違うっつーの」と言いながら私の体ごと自分の方へ向けた。
「最後までしてねぇから。途中で何か違うって思ってやめたし」
「……ち、違う…?」
「好きでもない女とヤるの気持ちわりーじゃん。相手もやたら積極的だし何か萎えたっつーか…。――ああ、には刺激強すぎたか」
首まで真っ赤になってる私に気づいた蘭ちゃんは苦笑気味に息を吐いて、どこか言いにくそうに視線を反らした。
「でも女から誘われて途中でやめたって仲間とかに話すのもビビってるみたいでダセぇから何も言ってねぇんだよ。だから皆、多分勘違いしてんだろーなー。それ以来誘われても断ってっけど、一度そういうイメージつくと女連れてたら全員とヤってるって思われてんじゃね?オレが呼んだ女でもねぇのに」
「じゃあ…勝手なイメージで噂が…広まってるってこと?」
「多分なー。女の方もヤってもらえなかったって話すのは恥だろうから言わねえだろうし、オレとしては都合が良かったわけ」
分かった?と言いながら、蘭ちゃんは私の顔を覗き込んで来た。その眼差しはやっぱりどこか柔らかくて、優しい。
「つーことでオレはまだ清い体なんでが言うような女に手ぇ出しまくってるケツの軽い男じゃねぇから。安心した?」
「き…清い…ってっ?!…な、何言って…」
さすがに驚いた。手当たり次第、女の子に手を出してるような顔して、実は一切してないなんてありえないと思ってしまう。
「何って…こういうことは大事じゃね?もちろんも処女だろ?お互い初めて同士で最高じゃん♡」
「……な、最高って何が…っ」
過激な会話に耳まで熱く火照って来た。男女のアレコレに免疫のない私が聞いていい内容じゃなかった。蘭ちゃんの女の噂はまさかの話で本当に驚いたし、そういう経験がないって話もじゃあ本当に――?
「決めたから」
「な…何、を…?」
恐る恐る視線を上げると、蘭ちゃんは綺麗な顔に意地悪な笑みをたっぷりと浮かべて、私の耳元に口を寄せると一言――。
「初エッチは、とするって」
「―――ッ?」
やっぱり、蘭ちゃんが初彼というのは私にとってかなりハードルが高かったようだ。
-
むむ。青春ラブコメディになってきた…笑