「ったく信じらんねー。人を叩き起こして無理やり学校引きずってったクセに気づけば自分だけフケてっし、帰って来たら今度はとイチャイチャしてるとかマジないわ…。自由人か!」
「うるせーなァ…。帰る時に迎えに行ったら竜胆が女子に囲まれてデレてるのが見えたし気を利かしたんだよ、兄ちゃんは」
「ぐ…っ。だ、だからって置いてくことねーだろっ」
兄弟のやり取りを聞きつつ、私は黙々と手を動かしていた。というか恥ずかしくて本当ならこのままダッシュして立ち去ってしまいたいくらいだ。まさか蘭ちゃんにキスされそうになったところを弟の竜胆くんに見られるなんて……恥ずかしすぎて死ぬ。
「オレは腹が減ってたの。デレてる竜胆見てたらにも会いたくなったし」
「……(は?私?)」
「デレてねえ!」
いきなり名前を出され、ドキっとして顔を上げると、ちょうどこっちを見た竜胆くんと目が合った。更に心臓が跳ねる。
「つーか…何、カレー作らされてんの?」
「う…うん…」
まだ会って二回目なのにすっかり呼び捨てが定着している。幼い頃に会ってるとはいえ、私の中で竜胆くんは未だ"そんなに知らない不良"という感覚だった。でも彼は私が幼馴染であることにすぐ気づいたし、その後は最初の時より態度が和らいだ気がする。ただ、私ってそんなに保育園の頃から顔変わってないのかな、と変なところが心配になった。
「作らされてるって何だよ。は腹減ってるオレの為に作ってくれてんの」
「……(そ、そうだっけ?)」
「ふーん…」
竜胆くんは興味なさそうに相槌を打ちながらキッチンの方へ歩いて来ると、冷蔵庫から飲み物を取り出した。どうやら今日はエナジードリンクの気分らしい。
「何だよ」
「え?」
私が見ていることに気づいた竜胆くんが、不意にこっちを見た。一瞬ビビりそうになったけど特に怒った様子はない。
「えっと…それ竜胆くんも好きなんだと思って…」
「…も飲むのか?これ」
「あ、私はゲームで夜更かしする時だけなの。普段は眠れなくなっちゃうから」
「ゲーム?もゲームすんだ。どんなジャンルやってんの?」
竜胆くんが話に乗って来たことに驚いた。もしかしたら彼もゲーム好きなのかもしれない。
「私はアクションやアドベンチャーものばっかり」
「マジ?オレも。今夜は今やってるのをクリアするまで寝ない予定だから、コレ」
とエナジードリンクを持ち上げた。
「あ、そうなんだ。クリア頑張ってね」
「おう、さんきゅー」
やっぱり竜胆くんもゲーム好きなんだ。共通の話題があってホっとしてると、そこへ蘭ちゃんが「何ふたりで盛り上がってんだよ」と話に入って来た。
「もゲームやんの」
「うん、たまに面白そうなのがあれば」
「パソコンゲーム?」
「まさか…私のは家庭用のやつだよ」
「へえ。じゃあ後でちょっとやろうぜ」
何故か蘭ちゃんまでがノリノリで誘って来た。
「い、いいけど…私、ヘタだよ」
「いいって。その方が教え甲斐あるし」
蘭ちゃんは楽しそうに言いながら「でもまずは飯だな」とキッチンに戻って来た。逆に竜胆くんは「オレ、部屋でゲームしてるから」とリビングを出ていく。学校早退してゲームとは竜胆くんもかなり自由人みたいだ。
「あ、そう言えば私がご飯作っちゃっていいの?お母さん帰って来たら驚くんじゃ…」
野菜を切りながら訪ねると、蘭ちゃんは「平気。帰って来ねえよ、今日も」と笑った。相変わらず彼の両親も忙しそうだ。
「んちは?相変わらず、親は忙しいのかよ」
「あぁ…うん、まあ」
ウチの親は昔から共働きだった。けど今は他にも忙しい理由がある。
「お父さんは去年から大阪に単身赴任でいないし。でも仕事って言うより…お互い好きなことしてるからお母さんも帰って来ないことが多いよ」
「あーもしかして浮気とか?」
「…え、何で分かるの?」
蘭ちゃんがすぐに言い当てたのを見てビックリした。私が小学校を卒業した頃、お父さんの浮気が発覚。そこから家庭内別居みたいな感じになって、だからお父さんの大阪行きが決まった時も、お母さんは東京に残ることを選択した。お父さんが出て行った後くらいからお母さんの帰りが遅くなって、それを知ったケンヤが夜遊びに誘ってくれるようになったのだ。
「まあ大人が好き勝手する時は浮気ってだいたい決まってね?バカの一つ覚えってやつ。ウチもオヤジが浮気ばっかで帰って来なくなってお袋も遊び歩くようになったしなー」
「そう、なんだ…」
まさか蘭ちゃんの家も私の家と同じような境遇だったなんて驚いた。こんな大きなお家に住んでて、高い食材とか沢山あっても、食事を作ってくれる人はいないんだ。
「なーに暗い顔してんだよ」
手が止まっている私に気づいた蘭ちゃんは、頭を鷲掴みにしてグリグリしてきた。でも、その手は何だか優しい。
「別にもう親がいないからって寂しがる歳でもねーよ。金さえくれりゃー好きにやってくれってオレも竜胆も思ってるし」
「う、うん…そうだよね」
「でもまあ…」
不意に蘭ちゃんは目を伏せて、でもすぐに私を真っすぐ見つめて来た。その真剣な眼差しを見ていると、少しずつ顔の熱が上がっていく。
「それはオレらが男で、ひとりじゃなくてふたりだから」
「…え?」
「もしが寂しいって思った時は…オレに電話しろ。すぐ会いに行くから」
「蘭ちゃん…」
その言葉が身体のどこかに突き刺さった。胸の奥のずっと深いところが苦しい。
(やだ…何か泣きそう)
本当は寂しい、なんて誰にも言えなかったし言ったこともない。ケンヤにだって。
でも蘭ちゃんは何も言わなくても分かってくれた。私の気持ちを理解してくれる人だ。そんな気がした。
「あれー?もしかして感激した?目、潤んでんじゃん」
「ち、違うもん」
蘭ちゃんが笑いながら顔を覗き込んで来たから慌ててそっぽを向いた。でもこういう強がりも、きっと気づいてるんだろうな。
「かーわいい。やっぱも女の子だなァ」
ニヤリとしながら私の頭をワシャワシャ撫でて来る。蘭ちゃんの大きな手で撫でられるのは嫌いじゃない。前はあんなに怖かったのに、今は凄くホッとする。でもそんなこと、素直に言えない。
「またバカにして…。私はずっと女の子だし――」
「そんなのガキの頃から知ってる」
「………」
蘭ちゃんはそう言って誰よりも綺麗な顔に、優しい笑みを浮かべた。