灰のなかから羽化する祈り-05



1.

「ぶわっはっはっは!マジ、ウケる!」

テーブルをバンバン叩きながら、ジンはアホみたいに笑ってる。けど当事者のオレとしては全く笑えない。未だに左頬が熱を持ってヒリヒリしてんだから当たり前だ。いや、殴られた頬よりも、心のダメージの方がデカい。まあ…オレが悪いんだけど。

「笑いすぎだろ…」
「いやだって、見事にくっきり手形がついてっし笑うだろ。つーか、ここまでハッキリ出るもんなんだなー。オレでもそこまで思い切り引っぱたかれたことねえよ」

ってことはジンも女に平手喰らったことあんのかよ、と吹き出しそうになった。でも、そうか。色んな女に手を出してきたジンでさえ、ここまでハッキリした手形はつけられたことがねーんだ。ということは、愛情の違いかもしれないとふと思う。愛情が強いからこそ、は全身全霊で平手をしてきたんだと思うと、今、オレの左頬を痛めつけているこの立派な手形マークが愛おしくさえ感じるんだから、オレも相当キテんなと苦笑が洩れる。

「で?はどーしたんだよ」
「キレてオレ殴って"蘭ちゃんのバカァ!!"つって帰ったよ…」
「ぶっはっはっは!やべーじゃん!せっかく感動の再会したのになあ?」

全くだと反論する気にもならない。何でこうオレは後先考えないで、あんな女を口説こうとしたのか、今は謎ですらある。そこへ竜胆が戻って来た。心なしか顔がげんなりしてるし、あの女に散々文句を言われたんだろうと思うと、笑ってしまいそうになるけど、今のオレは弟を笑える立場じゃないことを思い出した。

「はあー送って来たぞ、兄貴…」
「どーだった?」
「どーもこーもねぇよ…。アッチはすっかりその気だったみてーだし、いい感じで酔ってたから、オレまで引っぱたかれそーんなったわ」
「…だいたい竜胆、オマエがあんな女、マンションに連れて来るから悪いんじゃねえ?」
「あ?そもそも今夜はウチ泊りに来いよって言った兄貴がわりーんじゃん」
「………」

それを言われるとオレとしても肩身が狭い。男って生き物は本当にバカだなとこういう時に実感する。

「そうそう。まあ…年少に2年もブチこまれて、出て来たらまずはヤりたいっつーオマエの気持ちはよ~く分かるけど、何もお祭りでナンパすることねーだろ。とヨリ戻す前のことだったとしても、ちゃんとアフターケアしねえから、そんな修羅場になんだろ?」
「……がクラブに来て…すっかり忘れてたんだよ、あの女のことは」

だいたいとヨリを戻せるなんてことは思いもしてなかった。だから欲に任せて目についた尻の軽そうな女を抱こうとしただけ。そこに一切思い入れはないし、別れてたんだから浮気とも思っていなかった。なのにあんな場面で竜胆がマンションに女を連れ立って帰って来るから、せっかくヨリを戻せたを怒らせる羽目になった。

「オレに女任せきりで兄貴いなくなるし、探しに行くつったら、あの女も私も行くーって言いだして勝手について来たんだよ。どうせマンション泊める気だったんだし、まーいっかって思って。オレだって兄貴がとヨリ戻してるなんて思わねーじゃん」
「…チッ」
「いや、舌打ちって!とりあえず、これで頬を冷やせよ。そんな顔で皆に会ったら笑われんだろ」

竜胆は言いながらコンビニで買ったという冷えぴたをオレに放って来た。それをキャッチしてそのまま竜胆に投げ返すと、バコッといい音を出して見事に箱が竜胆の頭にヒットした。

「痛っ!何だよ…人がせっかく買って来たのに!」
「うっせえなあ。いーんだよ。この手形はのオレへの愛情の強さみてーなもんだから、このままで」
「ハァ?何言ってんの、兄貴…遂におかしくなったんか」
「あ?おかしくねーだろ。オマエも彼女が出来れば分かるって」
「いや、分かりたくないからね?そもそも彼女に殴られるなんて嫌だし」
「…うっせえよ」
「まあまあ…兄弟ゲンカすんなよ…」

オレと竜胆のいがみ合いに慣れているジンが苦笑交じりで間に入った。

「んで…は怒ったままなのか?」
「…いちおう…説明はしたし追いかけたけど、今日は話したくないって言われたわ…」

それを思い出すと気分が沈む。こんなオレでもいいって言ってくれたのに、こんな形で傷つけるとか、自分で自分を殴りたいっていう気持ちが分かった気がした。

「でもヤっちまう前で良かったじゃねぇか。手を出してたらそれこそヨリ戻す話もパアだったんじゃねーの」
「確かに…」

ジンに言われてゾっとした。いくら別れてる間のこととは言え、他の女に手を出したなんてからすれば嫌に決まってるだろうし、最悪マジでフラれてたかもしれない。

「でもさー。オマエらがつき合いだした時から不思議だったんだけど…」
「あ?」
「蘭は何でそんなに固執してんの。幼馴染だったってのは聞いたけどさ。ガキの頃の初恋って大人になってからも引きずるもんか?竜胆もそれ受け入れてるっぽいし、何かあんの」
「あー…まあ…」
「たいした理由じゃねーよ。ただ…約束しただけ」

竜胆と顔を見合わせ、苦笑を零す。そんな話を他人のジンにしても分からないだろうし。

「約束ぅ?んなガキの頃にした約束でと付き合おうと思ったんか」
「ジンには分かんねーよ。ま、オレって意外と一途だから」
「一途…って…似合わねぇー…」
「ぶっ殺すぞ、テメェ」

煙草をふかしながら、心底呆れように目を細めるジンにイラっとしつつ、ふとあの日の幼いの面影を思い出した。いつもは泣き虫のが、珍しく落ちこんだオレを元気づけようと言ってくれた言葉。まだ何も出来ないガキだったけど、すんげー嬉しくて。その時感じてた寂しさなんて吹っ飛んでしまった。だからオレはコイツを絶対に幸せにしようって本気で思った。今思えば、オレの人生の中で一番純粋だった頃かもしれない。

と再会して、あの時の子だって気づいた時、一瞬でガキの頃の想いが蘇って来た。不良の世界にどっぷり浸かって記憶の隅に追いやられそうになってた小さな約束を思い出した瞬間、蛹だった心から羽化したように、あの頃の想いが大きく膨れ上がった。自分でも驚くほどに成長してたんだから笑ってしまう。
どんなにいい女が寄って来ても響かなかったのに、に出会った途端、胸が疼いて、どうしても手に入れたくなったのは、純粋だった頃の自分の想いを成就させたかったからかもしれない。案外オレもロマンチストだったわけだ。

"らんちゃんにはわたしがいるからさみしくないよ。ずっとそばにいる――"

あの頃のオレには、その言葉だけで十分だった。

「……わりぃ。抜けるわ」
「「……は?」」

立ち上がったオレを、竜胆もジンもアホ面で見上げて来る。今日は大事な日だって分かってるけど、オレにはもっと大事なもんがあるんだって思い出した。

「抜けるって兄貴…集まってる連中はどーすんだよ…?!」
「仕切り直すって言っとけ」
「いや、つーか兄貴どこ行く気だよ…まさか――」
「やっぱを怒らせたままって落ち着かねーし…ちょっと行って来る」
「は?!あっおい、兄貴――!」

竜胆の声を振り切るようにビップルームを飛び出せば、次から次に集まって来る不良達に「お帰りなさい、蘭さん!」と声をかけられた。おう!と応えつつ、ソイツらの前を走り抜けていけば、後ろから「どこ行くんすか?」「ケンカっすか?」なんて声が飛んできたけど、この際、まるっと無視だ。全部竜胆に任せよう。今はとにかくに会いたかった。





2.

『良かったじゃん!ヨリ戻ってさー!心配してたんだよ~!』
「ちっとも良くない!」

蘭ちゃんちから帰って早々、リコに電話をした。今夜は彼氏が例の集まりでいなくて暇だって言ってたのを思い出したから、愚痴を聞いてもらおうと思ったのだ。でも初っ端『どう?仲直り出来た?』と訊かれたから、うんと言った瞬間、おめでとー!と言われてしまった。そりゃ私もホっとしたし、蘭ちゃんと会ってやっぱり大好きだって再確認も出来たけど、でもアレはない。よりによってエッチ目的でナンパって、ほんっと男って最低だ。私が行かなかったらあの派手なお姉さんと蘭ちゃんがエッチしてたのかと思うと、沸々と怒りが湧いて来る。未遂だったけど、でも何か気持ち的には浮気された気分だった。そんな怒りを『どーしたの。ヨリ戻ってそうそうケンカでもした?』と訊いて来たリコに一気にぶちまけた。

「蘭ちゃんは仕方ねえだろ、男にはツラい時があるんだって言ってたけど、何も出て来てすぐ他の女とエッチしようとしなくてもよくない?!」
『うーん…女のうちらには分かんないかもだけどさー。出て来てすぐだったからこそ、したかったんじゃない?』
「………(な、なるほど)」

冷静なリコの言葉に思わず頷きかけた。でも、だからって家に泊めようとまでしなくてもいいのに。

『でもま、思い切り引っぱたいたんなら許してあげれば?だいたいあの灰谷兄弟のお兄さん殴るとか、アンタ凄いね』
「…む。リコは蘭ちゃんの味方なの?」
『そういうわけじゃないけど…浮気ともちょっと違うし、その女のことも追い返したんでしょ?ならの方が大事ってことじゃない』
「…そ……うかな…」

そう言われると嬉しい…なんて思ってしまう単純な私がいる。それにさっきの蘭ちゃんは見たこともないくらいの焦りようで謝って来た。それって私のことが大事だからって自惚れてもいいのかな。

『素直になって仲直りしなよ。せっかく会えたわけだし』
「……うん…」

私だってケンカしたいわけじゃない。でも蘭ちゃんとお姉さんがキスしてるの見て、ショックでつい手が出てしまった。無理やりされたって分かってるけど、この怒りは理屈じゃない。誰も蘭ちゃんに触れて欲しくなかったのに。
その時だった。突然チャイムが鳴ってビクリと肩が跳ねた。

「え……」
『え、誰か来た?』
「う、うん…でもこんな時間に…?」

時計を見れば午後11時過ぎ。お母さんじゃない。鍵を持ってるんだから何もチャイムなんか鳴らさないだろう。ちなみに両親は去年、遂に別居という形になり、先月には晴れて離婚となった。お父さんについて行くと単身赴任してた大阪に引っ越さなきゃいけなくなるため、当然私はお母さんを選んだ。この家はお母さんの親のものだから、このまま住んでいられるというのも大きい。離婚してからは憑き物が取れたみたいに自由に朝帰りを繰り返すようになったお母さんは今、付き合ってる男の家にほぼ半月は行っている。だからお母さんじゃないはずだ。でもそうなると、こんな時間に尋ねて来るような不届き者は幼馴染のケンヤしかいない。

『大丈夫?…』
「あ、うん。もしかしたら隣の幼馴染かも…今日はジンさんが蘭ちゃんのとこ行ってるし遊んでもらえないから暇だっていうメール来てたし」

でも、と首を傾げた。ケンヤは普段チャイムなんか鳴らさず勝手に合い鍵で入って来る。隠してある場所は知ってるはずだ。でも今のところ、こんな時間に来るのはケンヤしか思いつかない。

「じゃあ、また来週、学校でね。ありがとう、愚痴聞いてもらっちゃって」
『そんなのいいけど。早く仲直りしなよ?灰谷兄弟はモテるんだから、あまり意地張ってたらホントに浮気されちゃうよ』
「う…わ、分かった…」

リコに脅され、ドキっとしつつ電話を切った。

「…ほんとに浮気…は困る…」

リアルにあんな場面を見せられたら、蘭ちゃんが他の子と浮気する光景なんてすぐ想像できてしまう。頭の中で見知らぬ女の子の腰を抱きよせエッチなことをしている蘭ちゃんが浮かんだけど、慌てて打ち消した。そしてふと自分の手を見下ろす。さっき蘭ちゃんのホッペを思い切り引っぱたいてしまった。というより初めて人を殴ってしまった。ドラマとかで見たことあるけど、殴る方もこんなに手が痛いんだと知って少しだけ驚いた。蘭ちゃんや竜胆くんはよくケンカしてるみたいだけど、痛くないのかななんて変なところが心配になった。

「怒ってるかな…蘭ちゃん」

私が殴った時、蘭ちゃんは今まで見たこともないような顔をしてた。きっと女の子からは殴られたことなかったんだろうなって思うくらい。鳩が豆鉄砲ってあんな顔なんじゃないかと思った。
その時、またチャイムが鳴ってドキっとする。すっかり忘れてた。

「もー勝手に入ってくればいいのにっ」

ドスドスと音を鳴らしながら階段を下りて玄関に向かう。こうなったら朝まで愚痴に付き合わせてやろうと、思い切りドアを開けた。

「もー勝手に入れば――っ?」
「……勝手に…?」
「ら……蘭ちゃん?!」

目の前には、怪訝そうに片方の眉だけ上げて目を細めている蘭ちゃんが立っていた。

「オマエ、誰と間違えたんだよ…」
「え?そ、それより何で蘭ちゃんがここにいるの?!皆で集まってるんじゃ――」
「あ?んなもん抜けて来たわ」
「ぬ、抜けて来たって…何で…」

ビックリした。絶対に来ないと思ってた蘭ちゃんが目の前にいる。しかも少し不機嫌そうだし、見ればホッペもまだ赤いまま。何気に私の手形が薄っすら浮かび上がっていて、めちゃくちゃ痛そうだ。ヤバイ。頭に来て力を入れ過ぎたかもしれない。やっぱり蘭ちゃんは怒ってここへ殴りこみに来たのでは――。
脳内でアレコレ考えていた間に、蘭ちゃんは私を押しのけて家の中へ入って来た。靴を脱ぎ、勝手に階段を上がって行くのを見て、ギョっとしながら追いかける。

「待って、蘭ちゃん!何で抜けて来たの…?」

私の部屋へ入ろうとする蘭ちゃんのシャツを慌てて掴もうと手を伸ばす。でも逆にその手を捕まえられてぐいっと引き寄せられた。

「…ら…蘭ちゃん…?」

投げ飛ばされるのかと思ったのに(!)気づけば抱きしめられているこの状況に、頭が追いつかない。蘭ちゃんは耳元で「さっきはごめん…」と小さく呟いた。

「…嫌な思いさせて悪かった」

その優しい声での謝罪に、私はしばし呆気に取られてしまった。あのオレ様の蘭ちゃんが謝っている。今回の件はそりゃ頭には来たけど、結局は別れている間の出来事で、100%蘭ちゃんが悪いかと言えばそうじゃない。それくらい私にも分かってる。さっき蘭ちゃんもそう言ってたし、だからそれでも殴ってしまった私にてっきり文句を言いに来たのかと思ったのに、まさかこんなに素直に謝られるなんて思いもしなかった。大丈夫かな、地球滅亡も近いのでは…と失礼極まりないことを考える。それくらい驚いてる私がいて、でも何だろう。凄く胸がキュンキュンしてる。仲間との大事な集まりの中を抜け出してまで、こうして私に会いに来てくれるなんて、一ミリたりとも思ってなかったから、だから今の言葉が蘭ちゃんの本心だって信じられる。

「私も…殴ったりしてごめんなさい」
「あんなの…へーきだっつーの」

今頃になって涙が溢れて来た。やっと蘭ちゃんが戻って来て、再会して、お互いの気持ちを確かめ合って、初めてのケンカをして、今、仲直りをした。ほんとになんて一日だったんだろう。大変だけど死ぬほど幸せだった一日が、もうすぐ終わろうとしている。

「…でもまだ赤い」
「おー。散々ジンに笑われたわ。手形バッチリだったし」

そっと見上げると蘭ちゃんは赤くなった頬を擦りながら苦笑いを零した。今は手形もだいぶ消えてて、薄っすら赤いだけだけど、私ってばそんな思い切り引っぱたいちゃったんだと自分でも驚いた。

「ご、ごめん…」
「いーって。それくらいオレのことが好きなんだよなァ?」
「…う…」

さっきまでしおらしく謝ってきたのに、蘭ちゃんはもういつもの憎たらしい笑みを浮かべてる。でも、言われたことは何一つ間違ってなくて、私は蘭ちゃんが、今、目の前にいる灰谷蘭が、大好きなんだ。

「つーか、オマエ、今日もひとりなのかよ」

ふと蘭ちゃんが気づいたように訊いて来た。こんな遅くに家に押しかけて来たわりに、今更感が凄いけど、お母さんがいたらどうする気だったんだろう。とりあえず親の離婚の話をしたら、ちょっと心配そうな顔をしてくれた。

「まあ…ウチも似たようなもんだけどなー。世間体気にして籍だけ抜いてないって感じだし。ま、もう関係ねーけど。勘当されたようなもんだから、オレと竜胆は」
「そう…なの?」
「かわいそーだろ?」

蘭ちゃんは笑いながら言ってるけど、寂しくないんだろうか。好き勝手してた親には何も期待なんてしてなかったけど、離婚するまではどこかで繋がってた気がしてたからまだ家族なんだって思えてた。でも蘭ちゃんと竜胆くんは勘当されたなら、家族って形からも追い出されてしまったようなものだ。これからあの広い豪華なマンションで、兄弟ふたりで生きていくのかと思うと、無性に悲しくなった。

「……じゃあずっと竜胆くんとふたり?」
「あーそうかもなァ…」
「寂しく…ない?」

蘭ちゃんは精神的にも強い人だから、きっと寂しくないって言うと思ってた。親なんかいなくても竜胆くんがいるし、仲間も沢山いる。なのに蘭ちゃんはふと私を見下ろして、何とも言えない笑みを浮かべた。

「寂しい」
「……え?」
「だから…オレのそばにいろよ」

私をぎゅっと抱きしめながら、蘭ちゃんが呟いた言葉が、私の鼓膜を震わせた。

「前に…言ってくれたろ?ずっと――そばにいるって」
「…え…」
「ま、覚えてるわけねーか」

蘭ちゃんはそう言って笑った。でも何となく最近のことを言ってるんじゃない気がした。

「別にいーけど。オレが覚えてっから」
「…蘭ちゃん…?」

頭を撫でられてふと顔を上げると、蘭ちゃんの唇がオデコに降って来た。

「じゃあ…仲直りでもする?」
「…え、」
あの時・・・のお返しー」

何のこと?と返事をする間もなく、今度は唇を塞がれて、更に抱き寄せられた。思うのは、やっぱり蘭ちゃんの腕の中は安心するってこと。まるでこうなることが運命だったかのように、蘭ちゃんの体温がしっくりくる。恋すら知らなかった私を散々惑わした初めての彼氏。そして――たったひとりの最後の彼氏になってもらう予定だから、だから――誰にもあげない。
初恋という名の蛹は、今やっと羽化して愛情という羽を広げて飛び立ったのかもしれない。


* * *



『らんちゃん…どーしたの…?なんでないてるの…?』
『ないてない…』
『でもめがまっか……なんかあったの…?』
『……なんもない、けど…んか…つかれた…ひとりでがんばるの』
『おうちでいやなこと、あった…?』
『……"おにいちゃん"はがまんしなくちゃいけないんだってさ…でもたまに…そーいうのがさみしくなっていやになることある…はひとりっこだからわかんないだろーけどさ』
『わかんないけど……らんちゃんにはわたしがいるからさみしくないよ。わたしがずっとそばにいるよ』
のほうがさみしがりやのなきむしじゃん』
『う…そ…そうだけど…わたしもらんちゃんがそばにいたらさみしくないよ』
『ふーん…じゃあ…オレものそばにいてやる』
『ほんと?!』
『うん』
『らんちゃん、大好き!じゃあ、わたし、らんちゃんと結婚する!そしたらずっといっしょだもん』
『けっこん…?』
『うん』
『じゃあ……やくそく』
『やくそく』
『……って、なんだよ』
『やくそくのちゅーだもん』
『……お…おんなのくせにちゅーとかすんなよ……(ドキドキ)』
『じゃあ……らんちゃんからしてくれる?』
『………』



END...



羽化、これで最終話となります。前の蘭ちゃん連載として書いてた「六本木心中」が考えてた方向と違う流れになってきたのでボツにしたんですが、その後に何となく軽く読めるような短い連載を書きだしたのが、この羽化でした。ここまで続くと思ってなかったんですが、蘭ちゃんが少年院から出てくるまでを描こうというのは決めてました。蘭ちゃんに振り回される子を描きたかったんですが、私の溺愛病が出て笑、大してそんな感じにもならないまま終わりを迎えてしまいましたが、最後までお付き合い下さった方がいましたら本当にありがとう御座いました💖
また蘭ちゃん連載は書くんですけども、とりあえず「雨のち」「羽化」「梵天」の三つが終わったので、次はまた春千夜の新しいお話を書く予定です。その話はDaysにて書きます。
とにもかくにも若い蘭ちゃんを書くのは楽しかったです。本当にありがとう御座いました🥰

By.HANAZO...2023.4/06