それだけで⑴



ふんわりと微笑む彼女は、とても綺麗だった。

真夏の入り口みたいな熱が残る夜、珍しく一人でバイクを走らせていた俺は、気づけば幼馴染の家の近くまで来ていた。
先ほどドラケンから聞かされた話のことをふと思い出し、アイツ何をやってるんだろうと何の気なしにかけた電話だったが、空しくコールだけが繰り返される。
集会もないこんな夜は、彼女のいない男どもは特にすることもなく家でゴロゴロゲームしてるか、俺のようにバイクを乗り回してるかのどっちかだ。
けど、この幼馴染はそんな日常から抜け出して、気づけばちゃっかり彼女なんて作って、今じゃその子のことで頭がいっぱいらしい。
あんなに女に興味のなかったマイキーが、まさかあそこまで一人の子にのめり込むなんて思いもしなかった。
最初は何の気まぐれだ思っていた。けど実際彼女と一緒にいるところを見た時は、マイキーでも女にあんな優しい顔が出来るんだと驚かされた。
しかも彼女――のようなガチガチの優等生を選ぶなんて何の冗談だと。

幼馴染のマイキーに初めて出来た彼女を紹介されたのは、まだジメジメとした梅雨日が続く6月中旬頃だった。





学校が終わり、腹の減った俺は同じく学校終わりで腹が減ってるであろうパーちんを誘い、ファミレスで飯を食ってから、いつものゲーセンに向かった。
今夜は幹部メンバーでカラオケに行く約束をしていて、ゲーセンで待ち合わせをしているからだ。
そこで珍しい顔が先に来ているのを見つけた。ゲーセン奥のゲーム台、そこの椅子に座りながらこれまた珍しくケータイ画面を眺めてる腐れ縁の幼馴染だ。
俺が知ってる限り、マイキーはそれほどマメな性格じゃない。いちいちケータイをチェックするような男でもない。
同じようなことを感じたのか、マイキーに気づいたパーちんが訝しげな顔で首を傾げている。

「おい、場地。マイキーどうしたの?」
「知らね。何か最近、様子がおかしいんだよなぁ。パーちんも知らねーの?」

この二日、マイキーがどこか変だなとは思っていたが、恐ろしくて本人には聞けない。
パーちんも知らないなら、後はドラケン辺りなら何か知ってるのかもしれねぇなと思っていると、その答えはパーちんが知っていた。

「ああ。ドラケンと三ツ谷は何か事情知ってるっぽいんだけど、まだ言えねーとか言って話そうとしねーんだよ」

詳しいことは、やっぱあの二人が知ってるらしい。
それにしてもマイキーのヤツ、いつまでケータイ見つめてる気だ?
長いことアイツとツルんでっけど、あんな姿は見たことがない。

「つーか、マイキーってあんなにケータイに依存するタイプだっけ」
「いや…そーでもなかったよーな…」

だよな、と内心思いつつ、ケータイが溶けんじゃねぇのってくらい見つめてるマイキーを見てると、同じクラスの矢口、通称ダサ口と被って見えて来るから不思議だ。
ダサ口がこの前、好きな女に告ったとかで、ずっとケータイ握り締めて返事を待ってるもんだからツレのヤツにからかわれてたっけ。
でもマイキーに限っては女絡みじゃねぇだろうけど。

「あれじゃ片思い中の童貞くんじゃね?まあマイキーに限って女からの連絡を待ってる、なんて絶対ねーだろーけど」
「ぶはは!そりゃそーだ。あのマイキーだぞ?」

俺の言葉にパーちんがゲラゲラ笑いだしたが、ふと思い出したように「つか、マイキー童貞じゃねーだろ」とニヤケ顔で言ってきた。

「ああ、そうか。でもあれだろ?新人だった風俗嬢に気に入られて何度かヤっちまったってだけだろ。あの店、本番禁止なのに」

すっかり忘れていたマイキーの"飽きた事件"。
ドラケンの家に出入りし始めた頃、そこの新人に最初は客と間違われ、ちゃっかりサービス受けた後にドラケンのツレだとバレたんだった。
マイキーも初めてだったから興味があったんだろうけど、その内その風俗嬢からコッソリ誘われて近くのホテルに連れ込まれたらしい。
俺からしたら羨ましい限りの話だってのに、アイツときたら―――。

「そーそー。しかもその理由が四十八手を試してみたかったってんだからウケたわ。マイキーらしいっつーか」
「で、途中で飽きたつって、その後は誘われてもスルーしてたしな。アレって飽きるもんなの?飽きねーだろ、男なら」

暴走族なんてやって硬派気取っていても思春期の俺達からすれば、当然エロいことにも興味はある。
なのにマイキーときたら、たった三回で飽きたとか抜かすし、どういう身体の構造してんだとビックリした。
普通一回ヤっちまったらクセになりそうなもんなのに、マイキー曰く「好きでもない女とヤるの疲れるしめんどい」そうだ。

「そりゃマイキーだからな。その後はどんなエロい動画見せても顔色変えないし勃ちもしないし何の病気かと心配したわ」

パーちんは爆笑しながら未だケータイを眺めているマイキーを見るのに振り返った。
けど俺はパーちんより数秒早く異変に気付いていた。
というより位置的にマイキーが歩いて来るのが見えたから「飽きねーだろ、男なら」と言った瞬間にはパーちんから距離を取っていた。
多分マイキーにはパーちんの発言だけ聞こえただろうし、その後に鉄拳制裁をするはずだから、とばっちりは受けたくねえ。

「あれ?マイキーのヤツ、どこに―――――」
「誰が……病気だって?」
「…うがっ」

俺がこっそりゲーセンを出ていく時、背後からパーちんの驚く声が聞こえたが、そのまま自販機の方まで歩いて行く。
そこでコーラを買って飲んでいると数分後、怖い顔をしたパーちんが俺の方へ歩いて来た。

「テメェ、いつの間に逃げたんだよ」
「マイキーが動いた瞬間」
「教えろよ、そ~いうことは!」
「つーかマイキーは?」
「あ?!マイキーなら何か家に寄ってから合流するってよっ」
「家ぇ?何か忘れもんか?ってか忘れてもわざわざ取りに戻るようなもん元々持ってねーだろ、アイツ」
「知るか。エマちゃんに用があるとか言ってたけど?」
「エマ…?」

遊びに行く約束をしてんのに、妹に用があるから戻るってのもマイキーの行動としてはおかしい。そんなのケータイにかけりゃ済みそうなもんなのに。
この時の俺は確かに最近のマイキーはおかしい、と確信した。俺達の知らないところで何かがあったと。でもその答えはこの後のカラオケ店で知ることになった。

「彼女は。ついさっき付き合うことになったばかり♡」
「は…初めまして。です…」

「「「「…………」」」」

俺、三ツ谷、パーちんはマイキーがいきなり女を連れて来たことだけでも驚愕した。
しかも彼女?!と言葉もなく、全員が固まった。
ドラケンとその話をドラケンから少しだけ聞かされていた三ツ谷だけはマイキーがコソコソ女と会ってるとこまでは知ってたみたいだが、こうして直接会うのは初めてだったようだ。
その証拠に、目の前でイチャつきだしたマイキーを見て、ドラケンと三ツ谷もハニワみたいな顔になっている。
マイキーは俺達に見せたこともないような優しい笑顔を彼女に向けて「何飲む?」から始まり、メニューを広げて見せてあげる気遣いまで見せた。
その後も「、これ食べる?それともこれ?いっそデザート全部頼んじゃう?」などと、デレデレもいいとこで、ぶっちゃけ俺は何の肝を試されてるんだと思ったほどだ。
他の皆も同じことを感じてたようで、まず最初にドラケンが呆れ顔でボヤき始めた。

「おい…誰だよ?マイキーが淡泊だって言った奴…。イチャイチャデレデレしすぎだろ、あれ」

その言葉にいち早く反応したのは三ツ谷だった。

「それ言ったのドラケンだろ…」
「そうそう…マイキーはガキだから女には興味ねーんだつってたろ」

と、そこは俺も三ツ谷に賛同しておく。
俺とマイキーは幼馴染でも中学が変わった俺より今はドラケンの方がマイキーといる時間は長い。
総長、副総長という立場もあるし、ここ最近のマイキーの動向はドラケンの方が断然詳しいに決まってる。
そのドラケンすら驚いてるんだから異常事態だ。当のドラケンは「そうだっけ」と首を捻っている。

「そーだよ!つか、あの子、マジで優等生じゃん。ドラケンに多少聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ…」

三ツ谷はマイキーの隣に座らされている(ように見える)と言う彼女を見て更に驚いている。
確かにマイキーに例えば何かのキッカケで彼女が出来たとしても、それは同じ世界の女だと俺は思ってた。

「俺はあのマイキーが惚れた女だっつーから、どんだけセクシーな美女かと期待したのに何だよ、あの地味な子は」

分かるぞ、パーちん。俺も正直そっち系だと思ってたんだから。
でも今のパーちんの一言でドラケンが青ざめた。

「おーい、それマイキーに聞かれたら、マジ殺されっぞ」
「げ…マジか」
「ってか、あの子のどこに惚れたんだよ、マイキーは…。アイツの趣味、わかんねー」

パーちんは焦った様子だけど、そんなの俺だって同じ気持ちだから、ついそんなことを口走る。
いや、別に見た目で判断なんかもちろん出来ねーけど、度の強い眼鏡をかけて髪だって一つに縛っただけの、言葉は悪いが地味な女の子。
あの派手を絵に描いたようなマイキーが地味な彼女のどこをどう好きになったのか、この時までは本気で謎だった。

「へえ、わかんない?俺の趣味」

「「「「――――――ッ」」」」

さっきまで浮かれていた一オクターブ高い声だったマイキーの地鳴りのような低い声が近くで聞こえて、俺達は恐々と視線を前へ戻した。
マイキーは身を乗り出してテーブルに頬杖をつき、ニッコリ微笑んでいて、それがまた恐怖を煽る。

「マ、マイキー…」
「ばーじー。俺の趣味が…何だって?」
「い、いや……いい…趣味だなって…話してたんだよ…な?!」

笑顔で威嚇して来るマイキーに、俺の口元も引きつる。
が、ふとマイキーの隣にいた彼女がいない事に気づいた。

「あれ…彼女は?」
「あ、お手洗いに、だって。可愛くない?お手洗いだって。便所~とか平気で言うオマエらとは全然違うだろ」
「「「「………」」」」

今の今まで殺気を放ってたくせに、マイキーは急にデレるから俺の目もそりゃ細くなるってもんだ。

「つーか、いきなり俺達に会わせて良かったのかよ?まだ話してないんだろ?あのこと」
「…あー、まあ」
「あのこと?」

ドラケンの言葉が気になって、俺は二人を交互に見て眉間を寄せた。

「何の事だよ」
「ああ、マイキーのヤツ、彼女に東卍のトップだってこと内緒にしてんだ」
「えっ?マジで?知らないの、あの子。マイキーが東卍の総長やってること」
「バカ、声が大きい!」

思わず大きな声を出した俺に、マイキーは慌てたようにドアの方へ視線を向けたが、彼女はまだ戻ってこないようだ。
っていうか付き合ってんのに、一番大事なことを話してないってどういうことなんだ。
どう見たって彼女は俺達と住む世界が違うってのに。

「後で送る時にちゃんと話すって。そもそも彼女は東卍じたい知らねーだろうけど」
「大丈夫か?知らないならビックリすんじゃねーの?俺は嫌だぞ、マイキーの失恋パーティすんの」
「はあ?パーちん、その振られる前提で話すのやめてくんね?!今日やっと付き合いだしたってのにっ!」
「でもオマエ、それ隠して付き合ったんだし、何か騙したみたいになってねぇ?」
「う…そ、そうかも…」

ドラケンの言葉にマイキーもさすがに顔が引きつっている。
その後も何だかんだと話し合った結果、今メンバーがいるこの場で話す方がいいんじゃないかということになり、マイキーは戻って来た彼女に言いにくそうにはしてたが東卍のことをきちんと伝えた。

「東京…卍會…?の…総長……佐野くん、が?」
「うん…」
「暴走…族……ってこと?」
「うん…そう」
「…………」

案の定、彼女は驚いたようだった。
その間もマイキーの緊張がコッチにまで伝わって来るから俺まで変に緊張して来る。
きっと俺だけじゃなく、他の奴らも同じだろう。
彼女は何かを考えこむように黙ってしまった。
だから余計に緊張して、そのピークがきた時、不意に彼女が俺達の方を見るから自然と姿勢を正した。
何となく凛としている彼女に見られると、自然と身体が動いたって感じだ。
彼女は俺達を順番に見ると、

「えっと…龍宮寺くんは副総長…?」
「お、おう…」
「で、場地くんが壱番隊の隊長さん…」
「あ、ああ」
「三ツ谷くんが弐番隊の隊長さんで…」
「どうも…」
「林田くんは参番隊の隊長さん…?」
「お…おう」

一通り確認した彼女は納得したように、万次郎を見た。

「で…佐野くんが…総長さん」
「い、いや、そこはさん付けいらないからね?」

「「「「…ぷっ」」」」

聞き慣れない言葉が彼女の口から飛び出て来て、思わず吹いた俺達を、マイキーはジロリと睨みつけて来る。
なのに彼女にはデレた顔を見せて、あげく頭を撫で出したもんだから俺は更にギョっとした。
あのマイキーが女の頭を撫でてる?!と叫びたいのを堪えるのに必死だった。
寄って来る女を悉く冷たくあしらっていたマイキーのすることとは到底思えない。

マイキーは「俺が怖い?」と訊いていたが、彼女は「怖くない」と言った。

「佐野くんのこと、怖いなんて思ってない」
「エレナ……」
「凄く驚いたけど…佐野くんも、皆の事も怖くない、です」

柔らかく微笑んだ彼女に、マイキーは心底ホっとしたようで、俺も何故かその一言で全身の力が抜けた気がした。
マイキーに至っては大喜びで彼女に抱き着いたが、彼女は極度の照れ屋なのか見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。
ああ、この子は男に免疫ないんだろうなあ、なんて思っていたら、それを見ていたドラケンが軽く吹き出した。


「おい、マイキー。可哀そうだから放してやれよ。彼女、真っ赤になってっぞ」
「え?あ、ご、ごめん。エレナ…つい調子に乗っちゃって…」

と、マイキーもそこは素直に腕を放したが、顔を胸に押し付けられていた事で彼女の眼鏡がズレたらしい。
度の強い眼鏡が彼女の膝にポトリと落ちたのを見て、俺は無意識に視線を顔へと向けた。

「あ、あぶねー!また落として壊れたら最悪じゃん」

と、マイキーが眼鏡を拾ってあげていたが、俺はそれより何より目の前の彼女に釘付けだった。ドラケンや三ツ谷、パーも同じだったようだ。

「…は?」
「な…」
「え?」
「……か、可愛い ♡」

彼女の素顔を見て、俺達は唖然としたが、最後はパーちんが頬を染めてそんな一言を放った。
度の強い眼鏡で顔の半分が見えにくかったが、それを外したら物凄く可愛い女の子に変身したのだから驚くのは当たり前だ。

「あー!オマエら、見んなよ!!」

俺達が彼女の素顔を見たと知るや、マイキーは何故か両手を広げて彼女を隠そうとする。
あげくには拾った眼鏡を彼女に差し出し、

「エレナ!これ眼鏡して!眼鏡!」
「え?あ、あの」

マイキーは眼鏡をすぐ彼女にかけると、俺達の方をジトっとした目で睨んで来た。

「…見ちゃった?」
「み…見ちゃったな…」
「み、見えた…」

そこはドラケン同様、俺も正直に応えると、後に三ツ谷とパーちんも続けて頷く。

「いや、見ちゃうっしょ」
「バッチリ見えた…」
「…チッ」

マイキーは不満げな顔で舌打ちまでするくらい、彼女の素顔を見せたくなかったらい。
まあ、その気持ちは俺も何となくわかる気がした。
大好きな彼女の素顔は、自分だけが知っていたい。そんな独占欲みたいなものなんだ、きっと。
でもマイキーは彼女の頭を抱き寄せると「エレナは中身が綺麗なんだよ。そこんとこ間違えないでねー」と自慢げに言っていたけど。
その言葉通り、彼女――と接していると、マイキーの綺麗だと言っていた部分が少しずつ分かって来た。

が下着泥棒の被害にあったとマイキーから聞かされて、俺達が犯人探しに協力するのに、彼女のマンションに泊まり込むことになった時もは色々気遣ってくれた。
蒸し暑いだろうからとクーラーボックスを持って来て冷たい飲み物を沢山用意してくれたり、夕飯まで作ってくれたり。
いくら彼氏の仲間だからって、人数も多いのにそこまでしてくれる子はなかなかいない。
素直に、いい子だなって思った―――。





マイキーの家の近くの公園に愛機を止めて、目の前の自販機でコーラを買うと、俺はプラプラとベンチの方まで歩いて行った。
目の前にはゾウの形をしたトンネルが存在を主張するかのようにドンと鎮座していて、いつの間にこんなものが出来たんだと首を捻る。
幼い頃は道場の帰りに、よくこの公園でマイキーと遊んでたっけ。
でもあの頃はこんなものなかったように思う。
危険だという理由で昔からあった遊具が撤去されたりしているから、代わりに危なくないものを造ったのかもしれない。
マイキーとを繋いだのがこのゾウのトンネルなんだよな、と思うと、何か見ていて照れ臭くなった。
こんな場所で偶然、二人が雨宿りするなんて、そして互いに恋に落ちるとか、どこぞの恋愛ドラマじゃあるまいし。
そんな話を千冬にしたら「すっげえ!ロマンティックですね」なんて臭いこと言ってたけど、愛読書が少女漫画のアイツにはテンションの上がる話だったようだ。

「あのマイキーくんが本気で惚れたんなら絶対、彼女さん幸せにしますよね」

何て抜かしてたけど不良のクセに千冬はそういうところが純粋だと思う。
アイツこそ彼女が出来たら誰よりも幸せにするだろうな、と苦笑が漏れた。

「マイキーが本気で惚れた女、か…」

彼女なら…ならきっと俺が空けちまったマイキーの心の穴を埋めてくれるかもしれない。
ふとそんな思いが過ぎった時、ケータイが鳴り出した。
見れば表示には先ほどかけたマイキーの名前が出ていて、俺はすぐに通話ボタンを押した。

「よぉ、寝てた?」
『いや、映画見てて気づかなかった。今日が泊まりに来てんだ。どーした?』
「あ、来てんの?わりぃ。別に急用ってわけじゃねーんだけど、バイクで近く通ったからかけてみただけ」
『…何だよ。何かあったのかと思うだろーが。ってか今どこ?』
「今ぁ?今はアレ。オマエとが運命の出会いをしたゾウさんの前♡」
『……は?場地、あの公園にいんの』

照れ臭いのか、マイキーの声が一トーン下がった感じがして、俺は笑いを噛み殺した。

「ちょっと喉乾いて公園で一休み中だよ」
『あーなら今からちょっとだけ行くわ』
「…は?だって…来てんだろ?」
『いや…それが映画見てたら寝ちゃってさ。俺、まだ眠くないし、このまま…だと色々やべぇ気がしてたから』
「…あ?よく聞こえねぇ」

途中から急にモゴモゴ言い始めたマイキーは『とにかく今行くからそこにいろ』と何故かキレ気味で言って来た。
何だってんだと思いつつケータイを切ると、本当に二分くらいでマイキーが歩いて来るのが見えた。
夏らしく甚兵衛なんか着て、足元はいつも通りのビーサンで。
ここまで夏を満喫してる不良はマイキーくらいだろうと思う。

「場地~コーラ奢って~。財布忘れちった♡」
「…来て早々それかよ。仕方ねえなあ…」

苦笑しながらもマイキーに小銭を放ると「サンキュー」と笑顔で自販機の方へ歩いて行く。
俺はベンチに腰を掛けると、コーラを買って来たマイキーも隣に座ってプルタブを開けている。

「はぁ~星空の下で飲むコーラも美味いな」
「…オマエまでロマンティストかっつーの」
「オマエもって?」
「千冬」
「あ~」

たったそれだけで通じたようで、マイキーはケラケラ笑っている。
その横顔を見ている限り、前より幸せそうだ。

「でもマジで、置いてきて大丈夫なんか」
「まあ…グッスリ寝ちゃってるし」
「ってか、泊りに来てるって言った?」
「え、今?」
「いや、何となく聞き流してたけど…え?オマエら、もうそういう関係なわけ?」
「…ち、ちげーし!そんなんじゃねーからっ」

マイキーは急にふくれっ面でそっぽを向いて口を尖らせている。
何気に頬まで赤いが、不機嫌になる理由がわかんねえ。

「ただ…この前までテスト期間で一週間近く会えなかったから…少しでも一緒にいたくて泊りに来てもらったんだよ」
「…マジ?で、だけ先に寝ちゃったと」
「映画の後半で静かになったなぁと思ってたら寝てた」
「疲れてたんじゃねーの?」
「あ~…そう、かも。多分ウチに初めて来たし緊張してたっぽいから」
「へえ…初めて家に呼んだんだ」
「…何だよ」
「別にぃ」

ジトっとした目で睨んで来るマイキーに吹き出しそうになりながら、俺は夜空を見上げた。
こんな風にマイキーと女の話をすることになるとは、少し前じゃ考えられなかったなと思うと少々気恥ずかしい気もする。

「ま、仲良くて何よりだよ」
「うっせぇ…当たり前だろ」
「うーわ、惚気かよ。うぜぇー」
「妬くな、妬くな」

マイキーはの話をすると表情が凄く優しくなる。
そんな自分の変化に、マイキーは気づいてるんだろうか。
確かなことは、コイツにこんな顔をさせてるのがだってことだ。

でも分かる気がする―――。
が隣で笑ってくれるなら、俺もきっとこんな風に優しい顔になると思う。
絶対、なると思うから。