I knew

第二十幕:エキストラ5


それは竜胆くんの住むマンションへ行った次の日のこと。
一切、電話が繋がらなくなった竜胆くんから突然電話がかかってきたのは、仕事を終えてちょうど店を出る頃だった。
もしかしたら、また会ってくれる気になったのかもしれない。
この時の私はまだそんな甘いことを期待していた。だけど――。

『オマエ、ウチのマンションに来たんだって…?』

浮かれて電話に出た私の気持ちが一気に萎むくらいの低音で、竜胆くんは不機嫌そうに訊いてきた。心臓が嫌な音を立ててきゅっと縮んだような感覚になる。
勝手なことしてごめんなさい、と謝りながら、でも会いたくて…と言った私に、竜胆くんは何も言わず、ただ深い溜息を吐く。たったそれだけでまた心臓に負担がかかった。

『お互い遊びだっただろ。オマエだって単にミーハーなノリでオレに近づいてきたわけだし』

そんなことない。そんな風に見せたのは重たい女だって思われたくなかっただけ。軽いノリじゃなければ他の子達みたいに捨てられる。そう思ったから――。

『…あのさぁ…もうオマエ、十分重てぇよ』

必死に本音をぶちまけたのに、竜胆くんは呆れたような口調で言い放つ。

『もう会わないって言った時点で察しろよ』

それって、やっぱり本命の彼女が出来たってこと?
思い切って尋ねてみると、竜胆くんは一瞬の沈黙の後で『ああ…そういうこと』とあっさり白状した。気づいてはいたことだけど、竜胆くんの口から聞かされると想像以上に破壊力があった。
胸の奥の見えない場所が潰されていくような苦しい痛みが走って、呼吸するのもツラい。

『分かったなら…今後一切、マンションにもクラブにも来るな。兄貴もオマエにキレてっから出禁は覚悟しとけよ』

そこで唐突に電話が切れた。
私はしばらく放心状態でその場に立ち尽くしていたけど、ふと我に返った時、最後に言われた"出禁"の言葉を思い出す。
クラブに行くことさえ出来なくなるなんて、もう笑うしかない。
私は竜胆くんを好きになっただけなのに。
でも――これで心は決まった。
やっぱりあの女とは別れさせてやる。これまで怒りのまま二人が別れてしまえばいいと願ってきたけど、ここまで拒否されたなら本気で二人の仲を壊したくなった。

(あの女の正体は分かってる…)

ふと以前に見かけた地味な女の姿を思い出す。
人の口に戸は立てられぬ、という言葉があるように、どれだけ隠していたとしても、有名人である竜胆くんの彼女の情報は何かしら漏れ聞こえてくるものだ。
竜胆くんに会えなくなってから、私は竜胆くんと関係のあった女の子達何人かと接触して、その辺のことを聞きだすことに成功していた。
驚いたことに、竜胆くんは彼女がいることを彼女達に隠してはいなかったようだ。それは彼女達も私と同じように「お互い遊び」といったノリで接してたからかもしれない。
そしてその中の一人が竜胆くんと彼女の出会いを耳にしていた。もちろん竜胆くんは警戒して「本命の彼女」の情報などは口にしなかったらしいけど、当然クラブの従業員はその辺のことを知っている。
その子は店のスタッフが話してるのをたまたま聞いてしまったようだ。

――ほら、前に二人のクラブが雑誌で紹介されたことあったでしょ?その時に知り合った出版社の女らしいよ。

その話を聞いた時、私は後頭部をガツンと殴られたような気さえした。だってそれは私が竜胆くんにハマるキッカケになった雑誌だから。
なんて皮肉な展開なんだろう、とおかしくなった。
まさかあの取材がキッカケで、編集者の女と付き合いだすなんて。
でも、それなら本命の彼女を特定するのは簡単だと思った。何故なら、私は今もその雑誌を大事に保管してあるからだ。
あの記事で竜胆くんに一目惚れをした私は後から何冊か同じ雑誌を買い、一冊は記事の乗ってるページを切り取ってスクラップブックにしておいた。いつでも好きな時に読めるように。
だから記事を書いた人物の名前なんてすぐに分かるし、当然どこの出版社かも突き止めてあった。

「竜胆くんがそんな態度なら…絶対に幸せになんてさせないんだから」

今の電話で多少なりとも優しくしてくれたら私も躊躇してたかもしれない。でもクラブさえ出禁にされたら、この苦い思いは行き場をなくす。

(あの記事を書いたのは小野寺圭子…。でも竜胆くんの彼女は確か…って名前だったからこの記者じゃない。彼女とはどんな形で知り合ったのかは知らないけど…まずはこの小野寺って女から探ってみよう…)

竜胆くんと彼女を別れさせるためなら何でもやってやる。
この時の私はそんな風にしか考えられなかった。

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