I knew

最終幕:I knew



最終チェックを終えた瞬間、完全なる校了。わたしはつい「終わったあぁぁ」と声を張り上げて、ついでに両腕を思いっきり天に伸ばした。
現在時刻は午前一時。さほど広くもない文芸のフロアには、まだ数人の編集者たちが残業していて、黙々と自分の仕事をロボットのようにこなしている。みんな追い込み作業中のようで、わたしが声を上げても誰ひとり気づかない。それでも邪魔をしては悪いと、わたしはこっそり帰る準備に取り掛かった。
でもその前に、とフロアを出て廊下奥にある休憩所の自販機で午後の紅茶を買うと、窓際に設置されている丸テーブルに荷物を置いてスツールに腰をかけた。残業のあと、こうして夜景を見ながら喉を潤すのが、ここ最近の習慣になっている。
冷えた紅茶の甘さが身に沁みて、わたしはホっと息を吐き出した。目先の仕事が終わったことで明日からは少しだけ時間にも余裕も出来る。そう思うと心にも余裕が出来るようで、校了のあとは速攻で帰るわたしが、ちょっと一服していこうかなという気になるんだから不思議だ。心の余裕って大事なんだと実感させられる。

「竜ちゃんはもう寝ちゃってるよね」

先ほどスマホに届いたメッセージを開きながら、画面をなぞる。そこには『残業お疲れ様。こっちはもう消灯時間だし真っ暗で何もできねーw』という嘆きにも似た文章が綴られていた。でも一カ月も入院してると次第に病院の生活習慣が身につくようで、消灯時間になって少しするといつの間にか爆睡してるらしい。まあ病院は起床時間も早いから、自然と体がそのルーティンに馴染んでくるんだろう。随分と健康的になったと、先日お見舞いに行ったら竜ちゃんも笑ってた。

一カ月前、竜ちゃんがあの子に刺されたと蘭ちゃんからの電話を受けた時は、自分がどう返してどう動いたのかすらも覚えてないくらいに動揺してしまったけど、幸いにも竜ちゃんの怪我は致命傷を負うことなく、無事に手術が成功したおかげでどうにか助かった。
お医者さんの話では、刺されてすぐに病院へ運ばれたことが生死を分けたとのことだった。怪我の程度で言えば、そこまで深くはなかったらしいけど、とにかく出血量が多かったようで、運ばれるのが遅ければ出血死してた可能性もあったらしい。それを聞かされた時はわたしも蘭ちゃんも真っ青になったけど、目を覚ました竜ちゃんが意外にもケロっとしてて、わたしは心の底から安堵の息を漏らした。蘭ちゃんはその恐怖が怒りに変換されたのか、竜ちゃんにゲンコツかましてたけど、きっと蘭ちゃんもそれくらい本当は怖かったに違いない。
わたしがあんな馬鹿なお願いをしてしまったせいで、竜ちゃんを危険な目に合わせてしまった。事情聴取の際、そう反省してたわたしに、警察の人が逮捕後のあの子のことを少しだけ話してくれた。

本当なら狙われていたのはわたしだったということ。あの子はわたしを殺そうと思ってたと話したらしい。竜ちゃんはたまたま、そういう精神状態だった彼女と接触して、何かしら彼女の地雷を踏んでしまったこと。もしわたしが竜ちゃんにあんなことを頼まなくても、その時はあの子がわたしを襲ってただろうから、どっちにしても危険な状態だったことなどを丁寧に説明してくれた。
その話を聞かされた時は、さすがにわたしも身体が震えた。一緒に話を聞いてた竜ちゃんと蘭ちゃんもきっと同じ思いだったと思う。
ただ竜ちゃんは「オレが刺されてむしろ良かった」なんて言うから、ちっとも良くないと思ったけど、竜ちゃんは『もし小柄なが刺されてたら危なかったかもしれないだろ』と言うから、やっぱり怖くなってしまった。前科もあると聞いたけど、きっと思い込みが激しい子なんだろうなとは思う。
でも一つだけ朗報だったのは、今回の件で彼女が話してた自身の気持ちだ。

――簡単に謝ってくるような男、こっちから願い下げ。

取り調べの際、刑事に散々竜ちゃんのことを愚痴ったあげく、最後にそんなことを言ってたようだ。それを聞いた竜ちゃんと蘭ちゃんは、何故か爆笑していた。
何でも、彼女はあの日、竜ちゃんがわたしと別れて自分のところへ来てくれたと大いなる勘違いをしてたらしい。何をどう考えればそうなるのか竜ちゃんにも分からなかったみたいだけど。なのに竜ちゃんにいきなり謝罪され、それを仕向けたのがわたしだと見抜き、その時点ですでに怒りは沸点に達したそうだ。

――竜胆くんは人に、それも女に謝るような男じゃなかった。媚びたりする男でもなかった。そこが好きだったのに急に優しくなられても。

…ということらしい。乙女心とは複雑なものだ、と、この話を聞いたわたしは思った。ちょっと素っ気ない、女なんか冷たくあしらうような男が好きだと豪語してたらしい。完全なる精神的ドエムだ。他の女の子に優しくしてるのを見て、私も優しくされたい、と願う自分に酔ってたみたいですね、と刑事さんが苦笑してた。

――あの様子なら例え執行猶予がついたとしても、君たちの前に現れることはないと思います。まあ彼女は二度目なので多分実刑くらうと思いますけどね。

その若い刑事さんはそう言って帰って行った。何だかなあと思うような気持ちにはなったけど、でもそれを聞いてちょっと安心した。
竜ちゃんも明後日には退院できるし、それまでに終わらせようと頑張ってた仕事もさっき終わったから、近々わたしもあのマンションに帰ることになる。それが本当に嬉しかった。
この一件で、わたしは確実に強くなったと思う。またこの先、何か起きても、わたしは大丈夫。そんな気がしていた。


|||


退院の日。兄貴が病院まで迎えに来てくれて、あれやこれやと手続きやら支払いを済ませたあと、オレはすぐにマンションへと帰宅した。執刀医が上手い人だったらしく、刺された傷も綺麗に塞がり、痛みもとれて気分的には晴れ晴れとしていた。あとはが家に戻って来てくれるのを待つのみ。
そうして久しぶりに自分の淹れたコーヒーを飲みながら、彼女の仕事が終わるのを待っていた。大きな仕事が終わったから、今日は早く帰れると昼頃にメッセージが届いたし、出迎える準備は万端だ。時間が進むのを早く早くと願いつつ、そわそわしながら待つこと数時間。やっとから『今から帰るね』という連絡を受けて、そこから更に三十分。玄関の方から解錠音が聞こえた瞬間、オレは玄関に飛び出していた。

「お帰り、!」

ドアが開いて、可愛い笑顔を浮かべたが入ってくる。この日を、この瞬間を、どんなに待ちわびたことか。
オレは両手を広げて彼女を思い切り抱きしめようと――した瞬間。後ろからドンっと押されてシューズボックスに肩をぶつけた。

「お帰り、~!」
「ひゃっら、蘭ちゃん?」

後ろから飛び出て来た兄貴がこともあろうに弟のオレを突き飛ばし、かつの彼氏のオレを差し置いて、がばりと彼女へ抱き着いた。字の如くぎゅうぎゅうとを抱きしめるもんだから、「く、苦しい、蘭ちゃん…」とオレが言われてたであろう言葉を向けられてんの、マジでムカつくんだが?

「ごめんごめん。嬉しくてさあ。って、竜胆、オマエ何やってんの、そんなとこで」
「いや、アンタがオレを突き飛ばしたんでしょーがっ」

バカなの?みたいな顔でオレを見る兄貴に秒でキレたら、が「もーすぐケンカするー」とオレの腕を引っ張ってくる。いや、待って。今のオレ悪くないよね。悪いの兄貴だよね。そう訴えつつ、今度こそ目の前に来たを抱きしめる。兄貴に負けじと腕に力を込めていけば、小柄ながオレの胸元にむぎゅうっと押しつけられて、やっぱり「く、苦しい、竜ちゃん」と可愛い苦情が飛んできた。でも放したくない。一時はもうこの温もりは二度と抱けないと諦めてたことがあるから、こうして彼女を抱きしめられるのは、ものすんごく幸せだ。なのに唐突に後頭部付近で天変地異が起こった。兄貴の鉄拳という名の厄災ともいう。

「いってぇよ、兄ちゃんっ」
が窒息死すんだろが。速やかに放せ」
「…ったく、自分だってさっき同じことしてたクセに」
は仕事で疲れたろ。蘭ちゃんがコーヒー淹れてやるなー?」
「うん、ありがとう」
「って、おい!を連れてくなっ!」

兄貴はサッサとの肩を抱いてリビングに歩いて行くんだから、マジでリアル厄災男だと思う。ってか、今日くらいはふたりきりにして欲しい。
はぁぁっとデカい溜息を吐いてリビングに行くと、すでにふたりは仲良くソファに座ってコーヒーを飲んでた。いや、そこオレの席!
晴れて退院できたというのに、デカいお邪魔虫が一匹いるせいでオレの心が萎んでいきそうだ。そう思ってたらが「竜ちゃん、身体の方は大丈夫?」と心配してくれた。やっぱ彼女は天使だと思う。

「もう平気だって。痛みもねえし」
「なら良かった。あ、じゃあ今夜は竜ちゃんの好きな物作ろうか。病院食飽きたって言ってたでしょ」
「マジ?」

ほら、やっぱオレにはしかいない。オレの望むものを言う前に分かってくれてる。それだけで気分が上がるんだから我ながら単純だ。
でもそんなオレの上がり始めた情緒を乱してくるのは、いつだって三つ編み王子さまという兄を持った弟の不幸。
嬉々としてのカレーが食べたいと言おうとした瞬間、「今夜は竜胆の快気祝いだから」と言い出した。いや、その話初めて聞くんだけど。

「え、竜ちゃんの快気祝い?」
「そ。イザナと鶴蝶が言い出して、今夜は店のVIPルームでやることになってんのー。だから、そろそろ行くぞ」
「は…?今から?」
「そーだよ。が来るの待ってただけだし。竜胆も早く用意しろ」
「い、いや、ちょっと待って。せめて今日くらいとふたりきりでいたいんだけど」
「あ?オマエ、それイザナに言えんの。兄ちゃん二度とやだぞ、アイツに殴られんの」
「………」

いや、オレだってやだわ。イザナくんも昔よりは温厚になったものの、怒らせるとマジで兄貴よりタチが悪くなるし。
まさか快気祝い計画されてるとは思ってなかった、と項垂れていると、逆には「楽しみ」と言ってはしゃいでる。まあ、イザナと鶴蝶とはあの最悪な引っ越しパーティ以来だし、あの日は散々な結果に終わったから、喜ぶのは分かるんだけど。

「あ、じゃあ着替えてもいい?こんな仕事着で行けないもん」
「いいよ。何なら手伝ってやろうか」
「え、」
「オイ、兄貴!にセクハラすんなって」

両手の指をエロい感じで動かす兄貴を睨むと、「冗談だろ、バーカ」と笑われた。ほんとムカつく。
こうなったら行くしかないとオレも諦め、とふたりで寝室へ向かう。身内の集まりだからラフな格好でいいって言ったのに、は可愛らしいワンピースに着替えてしまった。見ちゃダメって言われて後ろ向いてたけど、こんな状況は久しぶりすぎて悶々とした気持ちを抑えるのに必死だった。
本当なら今夜はとふたりきりで熱い夜を過ごすはずだったのに、という虚しさに襲われる。

(でも、まあ…浮気バレて以来だし、すぐに手を出すのも…良くないか)

ふと理性が働いて、そんなことを考える。そうなるととふたりでいるよりは、イザナくんや鶴蝶たちとバカ騒ぎしてた方が気も紛れるかもしれない。そう割りきって、着替えを済ませたあと、三人で自分達の店へ向かった。
今夜はとことん飲んでやる――!
そう息巻いたのがいけなかったのかもしれない。今日の主役だから、と散々シャンパン注がれて、オレは久しぶりに泥酔する羽目になった。


|||


~好きー」
「もー竜ちゃん…靴のまま上がっちゃダメだってば…靴ちゃんと脱いで」

わたしに抱きついてホッペに吸い付いてくる竜ちゃんを押しのけ、どうにか靴を脱がせると、竜ちゃんはその場に座り込んでしまった。あげく靴を揃えてるわたしに後ろから抱き着いて――いや、これはおぶさってきた、という方が正しいかも。酔ってる分、体重がかかって、小柄なわたしからすればめちゃんこ重たい。でもそんな竜ちゃんも可愛くて、つい笑ってしまった。

「もー。竜ちゃんおんぶお化けみたい」
「えー?何それ」
「分かんないけど、わたしのおばあちゃんが昔よく言ってたから。こうして背中におぶさって甘えると、オマエはおんぶお化けかーって」
「へえ、妖怪か何かかな」
「そうそう。新潟の妖怪だって。うちのおばあちゃん、新潟生まれらしくて」
「そっかぁ。じゃあオレはおんぶお化けでいいわ。、おぶってー」
「む、無理だから」

首に腕を回されて、つい笑ってしまう。竜ちゃんは酔うと子供みたいになる時があるから、ちょっと面白かったりする。ただ、わたしも地味にいっぱいシャンパン飲んでしまったから、酔ってるのは同じ。結局、竜ちゃんがおぶさってる間は動けなくて、そのまま玄関に座りこんでしまった。
一瞬、蘭ちゃんに部屋までは送ってもらうべきだったか?と思ったけど、蘭ちゃんはイザナさん達と朝まで飲み明かすとか言って、六本木の街へ戻って行ってしまった。

――久しぶりのふたりの時間、これ以上邪魔したら竜胆に刺されそうだしやめとくわ。

なんて、笑ってたけど、刺すとか冗談にならないから止めて欲しい。竜ちゃんが刺されたって聞いた時の絶望を思い出すたび、心臓が痛くなるんだから。
今日だってクラブには竜ちゃんの浮気相手っぽい女の子を一人見かけたから少しだけ怖くなったというのに。
何で浮気相手を分かったかというと、彼女のわたしを見る目つきだ。
今日の竜ちゃんの快気祝いは引っ越しパーティの時みたいな店全部を貸し切り状態にしたわけじゃなく、身内だけの集まりにしたからと、VIPルームで行われた。だからホールには普通にお客さんたちを入れてたし、たまにトイレとか行く時にはそういった一般客とも顔を合わせる。彼女ともトイレで会った。向こうは竜ちゃんたちと一緒に来た時点でわたしが彼女だと分かったんだろう。きつい目でジロジロ見られた時はちょっと怖くて怯んだけど、何か言われると怖いから、すぐトイレを出てしまった。そこに蘭ちゃんもちょうどトイレに出てきたから、そのことをチラっと話した。すると蘭ちゃんは急に怖い顔になって「先に戻ってろ」と言ってきた。きっと事件のことがあったから警戒したんだと思う。だから私は素直にみんなのとこへ戻った。

その後、少ししたら竜ちゃんのスマホが鳴って、蘭ちゃんに呼ばれたとVIPルームを出て行ったけど、あの時トイレにいたその彼女にも一応謝って来たんだと、あとで教えてくれた。あの子はやっぱり浮気相手だったんだ、と少し悲しくなったけど、でもそれ以上に竜ちゃんがわたしの言ったことを真面目に受け止めて、その子にまで謝った事実が嬉しかった。ただ、その子は彼氏がいるみたいで、竜ちゃんを刺した子とは全然違うと言ってたから、あの女の子も竜ちゃんとのことは遊びだったんろう。それを聞いた時はまた危ないことにならずに済みそうだ、とホっとしてしまった。
竜ちゃんの浮気相手と顔を合わせたっていうのに、そっちの方をホっとするなんて、わたしも随分と免疫がついたなと笑ってしまう。
きっとそれは彼女達じゃなく、竜ちゃんがわたしを選んでくれたんだという自信がわたしを強くしてくれたんだろうな。

そんなことを思いながら、首に巻き付いた竜ちゃんの腕をきゅっと掴むと、半分寝かかってた竜ちゃんが「どした?」と耳元で訊いてきた。

「何でもない。ほら、竜ちゃんも立って。もう遅いし歯磨いて寝よ?」
「んー。分かった…」

今度こそ竜ちゃんは素直に頷くと、フラつく足を動かして立ちあがった。それからふたりで洗面所へ行って歯を磨いて、わたしはメイクもきっちり落とすと寝室へ。ほんとは着替えるのも面倒だけど、このまま寝るわけにはいかないから、クローゼットからパジャマ代わりにしてた部屋着を出した。久しぶりに見たその服は竜ちゃんが洗濯しておいてくれたらしい。柔軟剤の甘い香りがして、ふと笑みが零れる。お礼を言おうと振り返れば、竜ちゃんは服のままベッドへ倒れ込んでいて、下手をしたらそのまま寝る勢いだ。

「もー竜ちゃん…服のまま寝ちゃダメだってば」
「んー。脱がせてー」
「仕方ないなあ」

ごろりと仰向けになった竜ちゃんのトップスを掴んで上へ引っ張ると、竜ちゃんは素直にバンザイをした。やっぱり子供に戻ってる。一気に上を脱がすと、竜ちゃんの代名詞ともいえる派手なタトゥーが現れた。最初に見た時は凄く驚いて、でも何故かドキドキしたのを思い出す。普段は優しい竜ちゃんが、わたしの知らない世界の住人なんだと思い知らされた少しの寂しさより、知らないからこそ惹かれてしまう気持ちが強かったように思う。

「竜ちゃん、ベルトは緩めるから下は自分で脱いでね」
「えー」

ズボンのベルトを緩めていると、竜ちゃんの手が伸びて、不意に手首をがしっと掴まれた。ドキッとして顔を上げると「下も脱がせて」と甘えるように言ってくる。それは反則なのでは、と思うくらい何故か頬が熱くなってしまった。あの夜にここを出て行って以来ぶりとなる、ふたりきりの時間。そう思うと急にドキドキしてきた。ただ、今日の竜ちゃんはどこか遠慮してる感じで、わたしにあまり触れようとはしない。きっと浮気をしてしまったことを今も気にしてるんだと思った。

本音を言えば、わたしもそこを考えれば気になってしまう。わたしに触れた手で他の子にも触れたんだなと、色んな場面で考えてしまうことが怖いという意味で。
なのに実際、竜ちゃんとくっついても不思議なくらい浮気のことなんて思い出さなかった。それよりも、なかなかキスをしてくれない竜ちゃんに焦れているわたしがいる。
触れて欲しいとさえ思ってる。そんな自分に驚くし、ちょっとだけ引く。
そんなことを考えていると、竜ちゃんは「早く脱がせて」と掴んだわたしの手をズボンのジッパー部分に誘導した。でもそこへ置かれた手がある部分を掠めた途端、むくむくと大きくなっていくのが分かって「ひゃ」と思わず声を上げてしまった。竜ちゃんは「やば…」と呟いて気怠そうに上体を起こすと「やっぱ自分で脱ぐ…」と呟いた。酔っ払いだから口調はどこか子供みたいなのに、ある一点だけ大人を主張してくるから目のやり場に困ってしまう。

「あ、あの…竜ちゃん…」
「んあー気にしないで…欲求不満からくるただの生理現象…放っておけば納まるから…」
「…え」

竜ちゃんは淡々とした口調で言いながら、自分でジッパーを下げてズボンを脱いでいく。それを見た瞬間、慌てて背を向けた。寝室は薄暗いけど、あまり主張してる部分を見てはいけない気がしたからだ。というか、さっきから心臓がばくばくしてきて顏がやけに熱い。

…着替えねえの…?」

わたしが背を向けてる間に竜ちゃんは着替えたらしい。不意に肩へ手を置かれた驚きで、びくんと体が跳ねてしまった。すると竜ちゃんが慌てたようにパっと手を放す。

「ごめん…何もしねえって…」
「…え」

急に触られてビックリしただけなのに、竜ちゃんはやっぱり叱られた子供みたいな顔をするから、まだ浮気の件を気にしてるんだと思う。だから、つい「謝らないでよ」と言ってしまった。

「でも、やだろ。まだオレに触られんの…」
「何で…?そんなことない」
「いや、でもさ…」

そう言いかけた竜ちゃんのくちびるにわたしからちゅっと口づけたのは、言葉で言うよりこっちの方が分かってもらえると思ったから。自分からキスなんてしたことないから、死ぬほど恥ずかしい。おかげで一気に顔から熱が吹き出した。竜ちゃんが心底ビックリしたような顔でわたしを見つめるせいだ。

…?」
「…竜ちゃんが反省してくれてるのは嬉しいけど…でも竜ちゃんに触れてもらえないのは寂しい…」
「…え、いいの?」
「い、いいも悪いもないもん…。わたしは竜ちゃんが好きなんだから…」

だからキスくらい、と思って言ったつもりだった。なのに竜ちゃんは急にわたしを押し倒すと、熱っぽい綺麗な瞳で「オレも…を抱きたい…」とひとこと言った。その言葉は本当に反則すぎる。

「…いい?」

確認するように尋ねる竜ちゃんの顔は、欲情してる男の人の顔をしてる。そんな目で見つめられたら、ダメなんて言えなくなった。ほんとは久しぶりすぎて抱かれるのはちょっと恥ずかしい。だけど竜ちゃんの甘えるような声を聞いてしまえば、頷くことしかわたしの選択肢はなかった。


|||


「…ひゃ…ぁ…り、竜ちゃ…それ…や…だぁ、んんっ」

少し強引に開いた内腿に口付けながら、ぷっくりと主張してきたクリトリスを下着の上から指で撫でると、快感に震えながら彼女は頭を振って可愛い喘ぎ声を上げた。はこの行為が恥ずかしいのか、いつもいやいやと泣きそうな声で訴えてくる。でもオレはその声にすら興奮して、すでに勃ちあがってる部分を更に硬くさせた。男ってマジで浅ましい生き物だと痛感する瞬間だ。可愛い彼女が恥ずかしがって泣く姿にまで興奮するなんて、自分で自分が嫌になってしまう。
なのに行為をやめるという考えは浮かばないんだから、やっぱオレって最低のクズ男かもしれない。が可愛くて、もっと虐めたくなってしまうから。
下着を脱がすのがもどかしくて、そのままクロッチ部分をズラすと、今まで弄ってた場所はすっかり潤みを帯びていた。ほんのりと濡れた綺麗な色の花びらと、そこから僅かに見える小さな膨らみを帯びたクリトリスが視覚的にエロ過ぎて、つい指の腹で膨らみをにちにちと捏ねる。するとは呆気なくイってしまった。白い太腿の震えが押さえている手から伝わってくる。その姿を見て腰の辺りがやたらと疼く。その欲のまま更に両脚を押し広げてから、とろとろの愛液が溢れてきた蜜口にじゅっとしゃぶりついた。その瞬間、彼女の声が一際高く跳ねる。イったばかりで敏感になってるようだ。の腰が逃げていくのを無理やり元の位置へ戻した。
興奮して熱くなった口内でねっとりとのクリトリスを舐ると、また可愛い声を上げてイってるんだからたまらない。何度でもイカせたくて痙攣してる場所に指を挿入すると、クリトリスを吸いながらちゅくちゅくと指で抜きさしを繰り返した。

「ぃっや…あ、り…竜ちゃ…ん…っも…だめ…んんっ」
「ん、ここ気持ちいいね。何回でもイって」

連続でイカせたのは初めてで、の足や腰は何度もガクガクと震えてる。きっと酔いも手伝って思考が上手く働いてないんだろう。彼女の濡れたくちびるがぱくぱくと言葉にならない声を上げながら苦しげに喘いでいて、その顏にも強い興奮を覚えてしまう。オレも大量のアルコールで、いつもより盛ってる自覚はあった。行為自体が久しぶりっていうのもあるけど、前よりもずっとのことを好きになってるという自覚も、当然ある。
以前は汚いことなんか何も知らないであろう彼女を、大事に大事に扱いながら付き合ってきた。最初に抱いた時もオレにしては随分と優しく事を進めたと思う。でも今はもっと深いところまでを愛したいという思いが強くなってる。彼女の女の部分を全て見せて欲しくて、味わいたくて、その強い感情がオレをここまで興奮させてる気がした。

「…り…竜ちゃん…」
「ん、ちゅーしようか」

弱々しい手を伸ばしてくるが可愛くて、快感に濡れている目尻へ口付け、くちびるにも吸いつく。最初から舌を絡ませ、やわやわと愛撫すれば、またくぐもった可愛い喘ぎがオレの鼓膜を刺激した。舌を動かすたび、口内からくちゅくちゅと音がして、互いの興奮が高まった頃、今ではガチガチに硬くなった自身の陰茎をの濡れた場所へ擦り付けた。軽く腰を揺らせば、ぬるぬるとした感触がオレのモノを直に刺激してくるから、脳みそが沸騰するんじゃないかと思うくらい興奮する。
の片足を持ち上げ、硬い熱をゆっくりと挿入すれば、彼女は喉を反らせてまた達したようだった。のイク姿は何度みても可愛いしかない。
そこで思い出した。酔っ払いのセックスでありがちなこと。ゴムをつけ忘れてる。通りでいつもの何倍も気持ちいいはずだ。直に熱くうねるのナカを感じてるんだから。油断したらすぐイキそうだ。
でも、が相手なら気にしなくていい気がした。だってこの先、オレは彼女以外の子とどうこうなる気もなければ、と別れるつもりもない。いや、いっそ子供でも出来たらと一生添い遂げられるかもしれない。そんなバカな夢を見てしまった。

、ごめん…ゴムつけ忘れてる」
「…ふ…ぁ…?」

腰をゆるゆると動かして出し挿れしながら、彼女の額にちゅっとくちづける。オレの言葉が聞こえてるか分からないくらい、がとろけた目を向けてくるから、一瞬その表情でイキそうになったのをどうにか耐える。危なかった。今の可愛すぎた。つか挿れたばっかでイクとか、童貞か、オレ。

「り…ん…ちゃ…なに…?」

かろうじてオレの声は届いてたようだ。が重たげな瞼を上げてオレを見上げてくる。今度は何とか耐えられた。

「んー?と結婚したいって言ったの」
「へ…?ん…あぅ」

さり気なくプロポーズの言葉を口にして、ぐりっと最奥まで陰茎を押し込むと、の口からビックリしたような声が漏れた。それも全部可愛いなんて、オレもたいがい溺れてる。

「オレ、それくらいに夢中だから。愛してるって言葉じゃ足りねえかも」

一旦腰を止めてに覆いかぶさると、彼女の耳元で「死ぬほど好き」と告白する。一瞬瞳を揺らしたはかすかに微笑んだように見えた。

「…ん。知ってた」

はそう呟いたあと、オレの頬へそっと触れる。やっぱバレバレか、と笑いながら、その手を包むと、今度はがオレに問いかけてきた。

「いま…わたしがなに考えてるか…竜ちゃんは分かる?」
「…ん?んー…オレとのエッチは最高に気持ちいいなぁーとか?」
「…バカ」

冗談めかして言えば、の頬が更に赤くなって、恥ずかしそうにそっぽを向く。その無防備なホッペにもちゅっと口づけて「じゃあ…」と、言葉を紡ぐ。

「…竜ちゃんと結婚したいなあ、とか?」

それはオレの願望だ。なのには驚いたようにオレを見上げて、それから大きな瞳を揺らした。

「…当たり」
「……マジ?」

オレの問いに彼女はこくんと頷いて、やっぱり照れ臭そうにそっぽを向く。その瞬間、オレより先にオレのバカ息子が喜びを現わすように、どくんっと波打つのが分かった。

「あ…っぶねぇ…」
「え…?」
のせいで危うく出るとこだった…」
「な、何それ…もう…」
「や、だって…大好きな子からの逆プロポーズは反則だろ、こんな時に」
「え…ひゃ…ぁっん」
「ってことで…その話はエッチのあとでな?」

腰の動きを再開すれば、は驚きと快感を同時に表現したような声を上げて、最後はやっぱり甘い声で鳴きだした。ダメだ、全てが可愛いし、オレの体に良くない。真剣にそう思いながらも、心は喜びに満ちていく。
オレの全部を受け止めてくれるのはだけでいい。ひたすらに彼女を追い詰めながら、この先もそうあること願った。
誓いの言葉を、夢に見ながら。

――完――

Back to Top