05-無知故に無恥


(※新しく追加したオマケの回です)



「ポテトも食う?」

竜胆の買って来たチーズバーガーをペロリと平らげた。相当お腹が空いてたのか、どこか物足りなさそうな顔をしたので、蘭は自分のポテトを一つ摘まんで差し出してみた。は嬉しそうに頷いて、差し出されたポテトをそのままぱくりと食べる。まさか自分の手から食べるとも思ってなかった蘭は「ハムスターみてぇ」と軽く吹き出した。そのまま餌付けのごとく、もう一つポテトを差し出すと、再びが食べる。また差し出す。食べる。更に差し出す。それもパクリ。
延々とポテトを食べ続けるの姿が、完全に小動物と一致。たまらず「ぶは…っ」と盛大に吹き出した。この時、蘭の脳内では「可愛い」がひたすら大渋滞を起こしていた。
何で笑われたのかも分かっていないは、ソファをバンバン叩きながら爆笑している蘭を見て不思議そうに目を瞬かせた。その顏を横目で見ていた蘭は、更に笑いがこみ上げ「腹いてぇ…」と完全にノックアウト状態。そしてそんな兄の姿を正面のソファに座って見ていた竜胆は、呆れ顔で目を細めていた。

「…楽しそうだな、兄ちゃんだけ」
「あー?だってオマエ…見てた?今の。やった分だけヒマワリの種を食い続けるハムスターみてーで可愛いじゃん」
「いや、分かるし今のは完全にそうだけども!変に餌付けして、これ以上なついたらどーすんだって話な?だいたいハムスターは喰ってるんじゃなくて種の皮をむいて頬袋に入れてるだけだし――」

と、説明した瞬間、蘭が再び笑い出した。あまりに食べるせいか、実はがポテトを頬袋に入れてるんじゃ、という想像をしてしまったらしい。今では「頬袋…あるかもなぁ」との頬をつついては「何か詰まってそうなくらいモチモチしてんじゃん」と、さっき以上に楽しそうだ。そんな意味で説明したわけじゃない、と思ったものの、こんなに爆笑する兄の姿は、竜胆でもほぼ記憶になく。蘭の笑いのツボを押しまくっているが若干羨ましく思う。とはいえ、笑われてる当の本人は全く気づいてないようで、今では蘭の持っているシェイクをジっと見つめていた。ただ、蘭に買って来たのはコーラであり、そのシェイクは竜胆が自分の為に買ってきたものだ。普段は竜胆もコーラ一択なのだが、今夜は前に並んでいた客がシェイクを買ってるのを見て、久しぶりに飲みたくなった。だから買ってきたのだが、蘭に「お、一口くれよ」と言われ、奪われたのが、ついさっきのこと。竜胆はまだ一口も飲んでいなかった。そのシェイクをがガン見してる光景に、竜胆は嫌な予感がした。
案の定、が「これ、なあに?」と蘭に訊いている。

「ん-?あ~これ?チョコシェイク。飲んでみ」
「いいの?」
「いいよ」
「って、おい、兄貴、それオレの――」
「ケチケチすんなよ。一口くらい」
「いや、一口じゃねえじゃん!見て?すげー吸ってんの」

竜胆の指摘通り、は受け取ったシェイクが想像以上に美味しかったらしく、ストローで吸いづらいはずのシェイクを頑張ってちゅぅぅっと吸っている。その姿に蘭がまたしても吹き出した。

「それ中で詰まるから、時々ストロー出して吸った方が出るって」
「そーなの?」
「あ?、シェイク飲んだことねえの?」
「…ない」
「マジで…?シェイク飲んだことないヤツ、いんの?」
「すごく美味しいね、これ」
「なら全部飲めよ」
 「は?」
「いいの?」
「いいよ」
 「いや、だからそれはオレの!」
「うるせぇなぁ、竜胆は。のジュースやるから、シェイクくらいやれよ」

二人の会話を聞きながら嫌な予感はしていたものの、最終的には竜胆の手にオレンジジュースが渡された。買いに行ったのはオレなのに、と僅かに憤りを感じた竜胆だったが、蘭が理不尽なのは今に始まったことじゃない。仕方なくオレンジジュースを一口飲む。ただ蘭に渡された瞬間から、この後の展開は予想できていた。何せ容器が軽い。吸った瞬間、ズズーズズズー…という情けない音が鳴る。

「…って、すでにねえじゃん、これ!」

一口飲んだかどうかのタイミングで、ジュースはほぼ空になった。中身はがとっくに飲んでしまったようだ。その上、シェイクまで奪われた竜胆は、再び餌付けされているを睨む。

「…ってか、そいつ、マジで泊めんの」
「仕方ねえだろ。家を聞いても言わねえんだから。こんな時間に放り出せって?」

今やナゲットで餌付けを始めた蘭が、薄っすら目を細めて竜胆に問いかける。今までの不満がたまり、つい頷きそうになったが、やはり夜の六本木に未成年の少女を放り出すのは、さすがに気が引ける。それには身に着けていた衣服以外、身分証明が出来るようなものを一切持っていなかった。今時の15歳なら誰でも持ってそうなケータイ、それに絶対に必要な財布や、鍵の類すらない。こんな状態で出ていけとは、竜胆も言えなかった。

「ハァ…分かったよ…。でも、今夜はどこで寝かせるつもりだよ、兄貴――」

仕方ないかと諦め、溜息交じりで顔を上げると、蘭はすでにへの餌付けに夢中だった。

「なあ、はソース、どっちがい?バーベキューとマスタード」
「…んー…マヨネーズ」
「は?マヨネーズ?」
「…うん」
「そんなの家にあったっけか」

蘭がそう言ったのも無理はなく、灰谷家は基本自炊はしない。よって調味料の類はないに等しい。首を捻る兄の姿を見て、再び竜胆の胸中に嫌なものが走る。蘭に存在を気づかれる前に、そうだ、風呂に入ってしまおう…と竜胆はそろりそろりとバスルームへ向かう。だが蘭は冷蔵庫を確認することもなく。

「おい、竜胆。ちょっとセブンでマヨ買ってきて。ちっちゃいのでいいし」
「…またオレかよっ」

予感的中。こうなってしまえば、いくら抵抗したところで弟に勝ち目はなく。今日はマジで厄日だと項垂れながら、竜胆は渋々、一階にあるコンビニまで走る羽目になった。

一方、蘭は足を引きずるように出かけて行った弟を見て苦笑いを浮かべながらも、隣でポテトの続きを食べ始めたを見ていると自然に頬が緩む。環境的にこういうスレてない女の子とは縁もなければ、年下趣味でもない蘭にとって、普段は接する機会もない。だから余計にをかまうのは新鮮だった。

「オマエ、そんな腹減ってたのかよ」

気づけばポテトの袋が見事に空になっている。蘭の手が止まっている間に、がひとりで完食してしまったようだ。それを見て、まさか本当に頬袋に入れてんじゃねえだろうな、とバカなことを考える。だが頬をつついてみても、ただぷにっとするだけだ。その感触を楽しむようにの頬を弄りながら「飯、食ってなかったのか?」と軽く聞いてみた。
いくら食べ盛りの年頃とはいえ、チーズバーガー二個とポテトの大を丸ごとひとりで食べきってしまうものなのかと、不思議に思ったからだ。はどっちかと言えば痩せ気味で、それほど大食漢にも見えない。
は蘭の問いに頷くと、軽く首を傾げて「昨日の朝は食べた」と一言。一瞬、聞き間違えたのかと思った。

「昨日の朝…?その後は?」
「…食べてない」
「は?マジで?ってか…普段、食いもんとかどーしてたんだよ」

このご時世、一日以上、食事をしないなんてあるのかと驚いたが、京介に監禁されてたような口ぶりだったのを思い出し、尋ねてみた。だがは急に口が重くなったように、ただ首を振るだけだった。

「チッ…の野郎…自分の利益の為に働かせてるくせして、飯も食わせてねえのかよ…」

マジでクソ野郎だな、と沸々とした怒りがこみ上げる。ただ、そんな蘭の怒りなど気づかないは、ナゲットを指し「食べてもいい?」と訊いてきた。

「いいけど、まだマヨねえじゃん。いいのかよ」
「じゃあ、この茶色のソースで食べる」
「ああ、バーベキューな。マスタードは?」
「…からそうだからこっちでいい」
「……(可愛い)」

同じ三つ編み姿で見上げてくるに、胸のどこかを撃ち抜かれた気がして、蘭の頬が更に緩んでいく。

「ほら、あ~んしてみ」

ナゲットにバーベキューソースをつけてやると、それを再びの口へ運ぶ。蘭の気分はすっかり親鳥だった。
そして念願のマヨネーズを竜胆が買って帰ってきた頃には、すっかりナゲットも空になり、「ああ、もうナゲットねえからマヨいらね」と言われた竜胆が、膝落ちしたのは仕方のないことだった。


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