10-この世の理も君の前では力なく
その夜、食事を済ませたあと、蘭は珍しく出かけもせず、家でや竜胆とテレビを見ながら寛いでいた。
は今日買ったばかりの蘭と同じようなルームウエアを着てご満悦なのか、先ほどから嬉しそうに鏡を見ている。蘭の和をイメージしたシルク生地の黒いガウンには、ドクロと蘭の花があしらわれているが、の方は白いガウンにドクロの代わりに三日月と蘭の花があしらわれていた。どちらも蘭と竜胆が愛用しているショップのものだが、はその独特の和柄が気に入ったようだ。兄弟は特注で頼んだのだが、のは一点もののレディース用が既製品で売られていたので蘭が即買いしていた。
――すっかり兄貴の趣味に染まってきてんな。
嬉しそうに鏡を覗いているを見ながら、竜胆が溜息を吐く。そういう竜胆が着ているのは、黒に赤い蘭の花を基調にした兄とは違い、絵柄はドクロと紫色の竜胆の花があしらわれている。知らず知らず兄の趣味に引っ張られているのは自分も同じだということを、竜胆は気づいていない。互いの身体に一つの図柄を半分ずつ掘られたタトゥーも、元々は蘭が入れようと言い出し、竜胆がそれに付き合わされたようなものだった。
「、そろそろ風呂入ってこいよ」
蘭がふとテレビからに視線を移して声をかけた。
夕べは色々あって、あまり寝ていない。今夜はきちんと睡眠をとらないと明日の作戦に支障が出そうだ、と蘭は欠伸を噛み殺した。普段なら一日中でも寝ていられる体質の蘭には、夕べから圧倒的に睡眠が足りていない。が入ったあとに風呂へ入って今夜はそのまま寝ようと考えていると、何を思ったのかが蘭の前に立った。
「ん?どうした?」
「蘭ちゃんはお風呂入らないの?」
「のあとで入るから先に入っていいよ」
「…じゃあ蘭ちゃんと一緒に入る」
「……え?」
突然何を言いだすんだとギョっとした蘭は、少しスネた顔つきのを見上げた。確かに彼女は自分からキスを仕掛けてくる大胆さはあれど、中身が幼いので、その理由すら「可愛い」で済んでいる。ただ、風呂へ一緒に入る…となれば、さすがに蘭も若い男という意味では――。
「それはちょっとマズい――」
と言いかけた時、竜胆が「ダメだ!」とへ向かって怒鳴った。やっぱな、と蘭が苦笑交じりで肩を竦める。散々の奇行を見せられ、今は見張り番よろしく、竜胆が彼女の行動に目を光らせているのだ。よほど兄を誘惑されたくないと見える。
「さっきみたいなことになんだろ?特に風呂はダメ!昨日みたいにシャワーで遊ばれても困るしな」
「………」
竜胆に叱られ、は少し悲しげな顔で蘭を見た。先ほども蘭に密着しているところを竜胆に見られて「兄貴から離れろ」と散々ぶつくさ言われたばかりだった。
「もうシャワーかけない…」
「いや、そういう問題でもなくて――」
と言いかけた時、蘭のケータイが鳴った。
「……鶴蝶?」
それは天竺の総長イザナの右腕であり、四天王筆頭という肩書を持つ男、鶴蝶からの呼び出しの電話だった。
「竜胆。オレ、ちょっと"Zone"行って来るわ」
蘭は電話を切ると、何やらケータイをいじりながら立ち上がり「おいで、」と彼女の手を引っ張る。どうやら一緒に連れて行くようだ。
それまで呑気にソファへ寝転がっていた竜胆は、蘭の行動を見て「も連れてくのかよ」と慌てて体を起こした。
「だって置いていけねーじゃん。それともオマエがを風呂に入れて歯を磨かせて寝かしつけられんの?」
「…う…そ、そこまでしなきゃいけねーの?ガキじゃあるまいし!」
「冗談だよ。鶴蝶が竜胆も一緒に来いって。そうなるとを一人で置いていけねーから連れてくんだよ」
蘭が笑いを噛み殺しているのに気づき、竜胆の目が一瞬で細くなる。最初から置いて行く気はなかったらしい。
「…そういうことかよ」
オレの反応分かっててからかったな…とブツブツ言いながらも、竜胆は素直に蘭へ着いて行く。しかし蘭は素肌にガウンという格好のまま真っすぐ玄関へ歩いて行った。
「え、着替えないん?」
「めんどい。別にこのままコンビニとか行ってるんだし良くね?」
「そりゃいーけど…」
クラブ行くのに部屋着ってどうなん、と内心苦笑しながら上半身裸のままだった竜胆も例のガウンを羽織る。しかも呼び出した相手は鶴蝶だ。どんな用事か知らないが、また変なことに付き合わされるなら、若干この恰好だとひらひらしてて動きにくい。
「鶴蝶は何だって?」
「さあ?ただ"Zone"で待ってるから来いよってだけ。ったくオレは眠いってのに」
エレベーターに乗り込みながら蘭は欠伸をしながら目を擦っている。蘭は寝不足にめっぽう弱い上に眠いと機嫌が悪くなることを知っている竜胆は、鶴蝶の用事がなるべく簡単なものであって欲しいと願う。以前のように"トレーニング"と称してヤクザの事務所へカチこみに行くのだけは勘弁して欲しい。
竜胆は死を覚悟しながら鶴蝶と暴れまわり、何とか無事に生還した時のことを思い出し、深い溜息をついた。
「どこ行くの…?」
蘭に手を引かれながら、ふとが不安そうに顔を上げた。急に外へ連れ出され、怖くなったのかもしれない。蘭はなるべく怖がらせないよう笑顔で「オレの仲間に会いに行くだけ。顔はいかついヤツだけど怖くねえから」と応えた。そうでも言っておかなければ、あの強面の顔を見たがまた怯えてしまうかもしれないという、蘭なりの配慮だ。
「蘭ちゃんの…仲間…?」
「そうだよ。女子供に手を上げるようなバカじゃないから大丈夫」
安心させるように言えば、もやっと笑顔を見せた。まだ少し外に出るのは怖いのか、繋いでいる蘭の手をきゅっと握りしめてくるのが可愛い。つい顔が緩みそうになるのを必死で堪えていると、見知った顔が蘭の方へ歩いて来るのが見えた。こういうことがあるので、外では余計にニヤつくわけにもいかない。
「蘭さん、竜胆さん!お疲れ様です!」
「おー」
人通りの多い場所へ出た途端、いつものように色んな男達から声を掛けられる。そのたびはビクっとするのだが、蘭が「アイツらは大丈夫」と手を握ると安心したように頷く。
「あれ?蘭さん、新しい彼女さんですか?」
「ひゃー可愛いじゃないスか!お揃いのガウンとか髪型もいいっスね~!めちゃくちゃ可愛いっス!」
「だろ?この子はオレの…――」
と言いかけて蘭はふとを見下ろした。彼女は自分の何なんだろう?と改めて考える。たまたま逃げて来たとこを鉢合わせして成り行きで助けた形になっただけ。なのに気づけば当たり前のように世話を焼いてしまっている。
この現状に名前を付けるなら、何て言うんだろう――?
蘭が答えに困っていると、代わりに竜胆が口を開いた。
「あのなあ。コイツは兄貴の彼女じゃねぇから。ってか、こいつが兄貴の彼女に見えるか?」
「え?違うんスか?まあ蘭さんにしたら珍しく年下っぽいんでおかしいなと思ったんスけど…」
「あれ、この子もしかして昨日の猫の…」
を見て、一人が思い出したように首を傾げた。
「ああ、そうだ。蘭さんが拾ったって言ってた子だ」
「あーうん、そうそう。今、猫を育成中なんだよ」
「育成中…?」
男達は不思議そうに首を傾げていたが、蘭は曖昧に応えつつ、その場を誤魔化しながら待ち合わせの店に向かって歩いて行く。その間もは自分にとって何だ?という疑問が脳内で回っていたのだが、その答えが出る前に鶴蝶の待つクラブへと辿りついた。
クラブ"Zone"は蘭や竜胆の遊び場の一つだったが、実は二人が裏で経営してるクラブの一つでもある。元のオーナーとは古い知り合いだ。しかしその男が去年、事件を起こして刑務所へ行くことになり、自分の店たちを放置するわけにもいかないから「全店舗、好きに経営してくれ」とふたりに託した形だ。
「おー蘭さん!鶴蝶さん先に来てますよ。」
「ちーっす!蘭さん、竜胆さん!って珍しいっスねー!女の子連れなんて。ひょっとして蘭さんの新し――」
「彼女じゃねえから!」
と間髪入れずに竜胆が答える。この弟、とことん嫉妬をしていくスタイルのようだ。
店に入れば入ったで従業員たちから再び声をかけられ、蘭と竜胆は適当に挨拶を交わし、いつものビップルームへと歩いて行く。は店内の爆音で流れている音楽に驚いたのか、大きな目を更に大きくしながら店内をキョロキョロ見渡している。平日にも関わらず、今夜も満員御礼のようだ。
「蘭ちゃん、ここどこー?!」
大きな声で話さないと聞こえないと思ったのか、は空いてる方の手で片耳を塞ぎながら、出来るだけ声を張り上げた。
「ああ、ここはクラブー!ん~踊ったりお酒飲んだりするとこ」
「蘭ちゃん踊るの?」
「オレは踊らねえって」
驚いたように見上げて来るを見て、蘭は思わず吹き出した。クラブの雰囲気は好きだし、酒やケンカに興味はあれど、蘭はダンスといった類には全く興味がない。ここへ来るのも、殆どは仲間と集まり酒を飲むためだ。
そのまま三人でビップルームまでの通路を歩いて行くと、多少は音楽も小さくなってくる。ホっとした様子ではやっと耳を塞いでいた手を放した。
「お~!来たな、蘭。竜胆」
「…何だよ。寝ようと思ってたのに」
鶴蝶はビップルームの奥のソファに座って待っていた。相変わらず元気そうだなと思いながら歩いて行くと、鶴蝶が蘭の隣にいるに気づく。
「…は?何で女なんか連れてくんだよ?」
「家に一人で置いてけねーんだよ。今はオレが保護者みたいなもんだから。――あ、。コイツは鶴蝶」
「……かくちょー?」
「お、おう…」
にいきなり名を呼ばれ、何故か鶴蝶の頬がかすかに赤くなったのを蘭は見逃さなかった。
「あ、。ここ座って」
「お、おい蘭!何でオレの隣――」
「いーじゃん、別に。オマエもオレより隣は可愛い子の方が嬉しいだろ?」
鶴蝶と自分の間にを座らせ、蘭はニッコリ微笑んだ。は鶴蝶の外見が珍しいんだろう。不思議そうに見上げながら「蘭ちゃんのお友達?」と聞いている。
「お、お、お友達…ってわけじゃ…。おい、蘭なに笑ってんだ、てめー!肩が震えてんだよ!」
「い、いや…笑っ…ってねーし…」
に話しかけられ真っ赤になって動揺している鶴蝶を見た蘭は、顔を後ろに向けて笑いを噛み殺していた。とはいえ、どうしても肩が震えてしまうため、秒でバレたようだ。
しかし鶴蝶にしてみれば、例え笑われようとも、普段あまり接することのないタイプ。をどう扱っていいのか分からず、似合わない笑顔を貼り付け彼女へ微笑むのが精一杯といったところなのである。
一方、蘭以外の男に話しかけたを見て、向かい側に座った竜胆は「何で?!」と不満げに叫んだ。
「オレのことはスルーなのに何で鶴蝶に話しかけんだよ」
「あん?オマエ、この子にスルーされてんのか?…ふっ」
「…うるせーなぁ。鶴蝶に笑われる筋合いねーんだけどっ」
「オマエは口が悪ぃからなー。この子、怖がってんじゃねーの」
「顔の怖い鶴蝶に言われたくねーわっ」
「でもオレのことは怖くないみたいだゾ?」
「ぐ…っ」
言われてみればは特に鶴蝶を怖がる様子もない。隣に蘭がいることで安心しているのかもしれないが、蘭がいる家でもスルーされてる竜胆は妙な敗北感を感じた。最初は疎ましいだけの存在だっただが、今では彼女にスルーされることに若干の孤独すら感じてしまう。
「で、この子は蘭の彼女ってわけじゃないのか。保護者って何だよ」
「その辺話すと長くなるけど、簡単に言うと悪い奴からこの子を助けて連れ帰った」
「連れ帰ったぁ?オマエ、こんな可愛い子をたぶらかして家に監禁してんじゃねーだろうな?!」
「たぶらかすって…オレの話ちゃんと聞いてた?悪い奴から助けてたつったろーが。そもそもオレがそんな悪どい男に見えんのかよ」
「いや普通に見えるだろ」
「…………」
その辺の奴なら今の一言で一発はシバいてる。だが、この鶴蝶。"ケンカ屋"と呼ばれているだけあってめちゃくちゃ強い。「触らぬ鶴蝶に被害なし」ということで、蘭もそこは聞かなかったことにしてスルーを決め込んだ。
「で、何?急に呼び出して。チームで何か揉め事か?イザナがどっかのチームとモメたとか」
「いや別に。暇だったから?」
「は?」
「イザナが女と消えてオレは暇なんだよ。んでトレーニングで走ってたら六本木ついたから、どうせオマエらなら暇だろと思って」
「…あ、そう(このトレーニングバカは…)」
走ってたら六本木だったと言われると、もう何も言えない。蘭の端正な笑顔も盛大に引きつってしまった。竜胆も同じ気持ちのようで、向かいのソファに寝転ぶと「走って六本木までくんじゃねえ。だいたいオレら暇じゃねーし」と不満げに目を細めて鶴蝶を睨んでいる。でも、まあヤクザの事務所に誘われなかっただけマシだ、とは思った。
「そーいやオマエら、何か六本木で幅きかせてるヤツとモメる気なんだって?」
運ばれて来たジンジャーエールを口に運びながらも、鶴蝶はワクワクした顔で身を乗り出した。ケンカ屋と呼ばれるだけあって、三度の飯より殴り合いが好きな男なのだ。
「…誰から聞いたんだよ」
「あーさっき入口にいた奴ら。鶴蝶さんも参戦するんスか!って言われたんだよ」
「…チッ。余計なことペラペラと…」
とは言え、を潰すって時に鶴蝶がここへ来れば、周りも勘違いするのは当然かもしれない。蘭の古い仲間たちも鶴蝶がどれほどケンカが好きかは――何度かトレーニングに巻き込まれたことがある――十分に知っている。大方、蘭が助っ人として呼んだと勘違いしたんだろう。
「それ、オレも混ぜろよ」
「…言うと思った」
「いーだろ?」
「今回の件はオレ達の問題だからチームの奴は巻き込む気ねぇよ」
「んな水くせぇこと言うなよ。ケンカにチームもクソもねぇ。それに相手は暴走族とかじゃねーんだろ?」
「ああ。どっちかっつーとインテリヤクザに近いな」
「ならチームは関係なくオレ個人で参加すりゃ問題ねぇし、イザナに迷惑かけることもねぇよ」
一応、鶴蝶もその辺は考えているようで、すでに参加する気満々だ。蘭はどうしたものかと隣にいるを見た。
「今回のはただのケンカじゃない」
「え?」
「の…今後に関わることだしな」
「……詳しく教えろよ」
蘭の態度を見て、鶴蝶も何か感じ取ったようだ。そこは仕方ない、と手短にのことを鶴蝶に説明した。出会った時のこと、兄の京介のこと、その兄にされてきたこと。鶴蝶でも分かりやすいよう、蘭はなるべく端的に話した。だが…話し終えて数秒で後悔するはめになった。
「あぁ?!こんな可愛い子にそんな酷いことしてやがんのか、そいつは!!」
ダンっとテーブルに足を乗せ、一人熱くなっている鶴蝶を見て、ソファに寝転んでいた竜胆も口をポカンと開けている。ジンジャーエールで酔っ払ったのかと思うほどに顔が真っ赤になっている鶴蝶は「今すぐそのバカのとこへ案内しろ!」と鼻息荒く叫んだ。
蘭は深い溜息をつきながら、言わなきゃ良かった…と項垂れる。
「いいから落ち着けって。乗り込んで京介をボコすだけなら簡単だ。でも実質アイツは今の保護者でもある」
「あ?だから何だよ?色々虐待してんなら保護者とか関係ねーだろ。引き離す方法くらい――」
「虐待の物的証拠はねーんだよ。京介は表向き普通の経営者。かたやオレ達は前科者。国はどっちを信じると思う?」
「そ、そりゃ…まあ…そうか…」
鶴蝶は不完全燃焼のように急に勢いがなくなると、溜息交じりでソファに腰を下ろした。そして隣でウトウトし始めているを見る。自分と同じくらいの年齢の少女が、自分に負けず劣らずの悲惨な過去を持っていると知り、鶴蝶は深い憤りを感じた。しかも鶴蝶とは違っては女の子だ。きっと死ぬほどツラかったに違いない。
「寝ちゃったな」
ソファに寄り掛かるようにしながら寝入ってしまったを見て、鶴蝶はふと笑みを零した。その眼差しは殊の外、優しいものだ。
「夕べもあまり寝てなかったからな。まあオレもだけど」
蘭はの頭を撫でながら優しい目で寝顔を眺めている。その様子を見ていた鶴蝶は少しだけ驚いていた。鶴蝶の知る灰谷蘭は、例え気に入ってる女相手にも、どこか冷めてるところがあり、ここまで慈愛に満ちた顔を見せる男じゃない。
「オマエ…その子、どうしたいんだ?」
「……」
「今のままじゃ――」
「んなこと分かってんだよ。オレとしては…京介が養子縁組を離縁してくれればも自由になれるし一番いいと思ったんだけど…そうなるとはまた一人ぼっちになっちゃうんだよなぁ」
「…そうかもしんねーけど虐待されてるよかマシだろ」
「まあ…そう、なんだけど…」
蘭は何か考え込むように黙り込む。竜胆はそんな兄を見かねて溜息をつくと、おもむろに体を起こした。
「オレらも未成年だし、の保護者にはなれねーからな?」
「んなこと分かってるよ」
「ってか、そこまでする必要ある?そもそも会ったばかりの他人だろ」
「とか言ってオマエも何だかんだ心配なんだろ。竜胆」
「…鶴蝶には関係ねーだろ?」
ニヤリと笑う鶴蝶に、竜胆はムっとしながら顔を反らす。ここまで関わったのなら竜胆とての今後を考えるともちろん心配だった。だが、自分達で出来ることにも限界がある。このままを家に置いておけたとしても、京介が警察に妹が誘拐されたとでも通報したなら、最悪コッチが悪者にされる恐れがあるのだ。
「二度目の罪状が"誘拐犯"なんてオレはやだからな、兄貴」
「うっせーな。それも視野に入れて考えてんだよ、コッチは」
「動くなら早い方がいいんじゃね?がオレらんとこにいるのがバレる前に、先に京介を――」
「だ~から分かってるつってんだろ!」
そんな二人のやり取りを見ていた鶴蝶は、ふと笑みを零した。極悪世代だと散々恐れられている灰谷兄弟が、一人の少女のことであれやこれやと考えている姿を見ていると、まだまだ世の中捨てたもんじゃないなという気持ちになるのだ。自分も孤児だったからこそ、こういう他人の優しさが身に沁みる。鶴蝶にとって、それがイザナであったように、にとっては、この二人がそういう存在になれればいいのに、と鶴蝶はガラにもなく感慨にふけっていた。
その時、不意に蘭が「あ」と声を上げた。
「つーか、オレ、18じゃん」
「え?(何が?)」
突然ワケの分からないことを呟いた蘭に、竜胆と鶴蝶は怪訝そうに眉を潜めた。蘭は時々、自分の中で考え、一人で消化して答えを見つけ出すところがあるため、こういう時の兄がどう考えて動こうとしてるのか、付き合いの長い鶴蝶も、それに弟の竜胆にさえ、蘭の思考は読めないことがあるのだ。
そんな二人を見て、蘭は「一つだけ簡単な方法あったわ」と意味深な笑みを浮かべた。
「あ?何だよ、それ――」
と、竜胆が聞こうとしたその時だった。蘭が異変に気付いて不意に視線をドアの方へと向けた。
「少し遅かったかも」
「え?」
「ああ、なるほど」
鶴蝶も気づいたように言った瞬間、ビップルームのドアが勢いよく開いた。ドカドカと足音を立て、数人ほどスーツ姿の男達が入ってくる。
「どーも初めまして。灰谷兄弟」
「……これはこれは」
と蘭が苦笑いを浮かべる。
黒服の男達を引きつれながらビップルームへ入って来たのは、カンパニーの社長、そしての兄でもある京介だった。

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