14-今日は永遠の最初の日❷



「え、もう届け出したんか!」
「さっきね」

鶴蝶がギョっとしたように立ち上がると、蘭はシレっとした顔で頷きながらアイスコーヒーを口に運ぶ。結局尾行がバレたところで一緒にお茶をする流れとなったのだ。
にイザナを紹介すると「綺麗なお姉ちゃん。カクチョーの恋人?」と言われ、鶴蝶は怒りたいのに怒れない複雑な顔をし、イザナはイザナで未だに笑いを噛み殺している。確かに見ようによっては女の子顏かもしれない。しかし、ひとたび抗争になれば、その見た目とは裏腹にイザナの強さは化け物並みだというのを蘭は嫌というほど知っている。

「ま、結婚おめでとう。蘭。ちゃん」
「どーもー」
「あ…ありがとう御座います…」

イザナがふたりに敢えてお祝いを言うと、蘭はやはり動揺するでもなくニッコリ微笑んでお礼を言い、はほんのり頬を赤らめた。

「まあ蘭がそこまでちゃんとしてるならオレも安心したわ」
「え?何が?」
「いや、イザナはが孤児に戻るなら面倒見てもいいって言ってたんだ」

鶴蝶が代わりに説明すると今度は蘭が驚いた顔でイザナを見た。その視線に気づいたイザナは「そんなに意外かよ?」と肩を竦めて笑う。

「オレも鶴蝶も孤児なのは蘭も知ってるだろ」
「ああ…」
「だから同じような人間を見るとやっぱり手を差し伸べたくなるんだよ。変か?」
「いや…分かるよ」
「だよな。じゃなきゃ蘭も会ったばかりの子と結婚なんてしねえだろうし」

とイザナは笑いながら「まさか結婚指輪まで用意するとは思わなかったけど」と言って蘭に意味深な視線を向ける。そこまで見てたのか、と蘭は苦笑しながら、隣でミルクティを飲んでいるを見た。

「婚姻届けを無事に受理してもらったら、なーんか足りないなーと思ってさ」
「へえ。で?18歳にして奥さんが出来た感想は?」
「……奥さん。何かいい響き」
「何ニヤケてんだよ。らしくない通り越してキモいぞ」

鶴蝶が仏頂面で蘭を睨む。

「いや、鶴蝶に言われたくねえよ。に話しかけられただけで真っ赤になってたくせに」
「ぐっ…そ、その話は今すんじゃねぇっ」
「あ、やっぱそーなんだ」

蘭に言い返され、顏が赤くなりつつ目を吊り上げる鶴蝶に、今度はイザナが話に乗ってくる。鶴蝶は天竺の中でも硬派で通ってはいるが、実は単にシャイが過ぎて女性に免疫がないだけだとイザナは知っていた。そして唯一気に入ったらしいもすでに人妻(仮)になってしまったことで、イザナは「可哀そうな奴」と苦笑した。

ちゃんはもう人妻だから鶴蝶も諦めろよ」
「だ、だから何でオレがに惚れてる設定で話すんだよっ!」
「「そーいう反応するからだろ」」
「ふたりでハモるな!」

耳まで赤くしながら怒鳴る鶴蝶を、がマジマジと見ている。

「カクチョー顔真っ赤だよ?」
「う…っ」
「ぷ…っ。実はさあ、鶴蝶はちゃんが好きみたいなんだよなぁ」
「お、おい、イザナっ!」

イザナがニコニコしながらに説明すると、はキョトンとした後で「わたしもカクチョー好き」とにっこり微笑んだ。無邪気は時として残酷だった。
当然のことながら更に鶴蝶の顏が真っ赤になり、それを見たイザナと蘭は思い切り吹き出している。だが、何を思ったのか、蘭はの方に体を向けると、

。今度からはオレ以外の人にそういうことは言っちゃダメだから」
「え…どうして?」
はもうオレの奥さんだろ?」
「う、うん…」

今度はの頬が赤くなり、蘭がその頬へ軽くキスをする。目の前でそれを見せつけられた鶴蝶の額がピクリと動き、イザナは「ほんとに期間限定なわけ?」と苦笑いを零した。

「蘭は楽しそうだな。夫婦ごっこ」
「それが意外と楽しんでるオレがいる」
「へえ、ほんと意外。オレ、蘭は年上好きだと認識してたけど」
「あ~。まあ、そうなんだけど…」

イザナに突っ込まれ、蘭も苦笑いを零す。これまで付き合って来た相手は全て年上。年上の彼女の前でだけ"兄"から解放されるのが楽だった。でも結局、に頼られ、色々面倒を見るのを楽しんでる自分がいるのだから、これはもう性分なのかもしれない。

「で、その曖昧な夫婦関係を楽しんでるようだけど今夜はどうすんだ?」
「…今夜?ああ、今日はの誕生日だから夜は誕生日祝い――」
「オレが聞いてるのはそういうことじゃなくて」
「あ…?何だよ」

蘭にして鈍い反応を見たイザナは、意味ありげにニヤリと笑みを浮かべた。

「普通、結婚当日の夜はアレするだろ」
「…あれ?」
「結婚初夜って言うじゃん」
「………」

イザナの言葉に蘭が固まる。だがすぐに口元を綻ばせたのは男としての本能だったのかもしれない。

「え、何か初夜って響き、エロいな…」
「は?てめぇ、初心なにマジで手を出す気じゃねぇだろうな!」

ニヤケる蘭に向かって鶴蝶が怒鳴る。それでも蘭は「さあ?」と笑いながら、

「別に手を出しても良くね?オレとはすでに夫婦なんだから」
「だ、だからそれは形だけだろーがっ!」

真っ赤になりながら怒る鶴蝶を見ながら、蘭、そしてイザナが笑いを噛み殺している。からかわれてることを気づいていないのは鶴蝶ただ一人だった。
すると、その会話を聞いていたが不意に蘭を見上げて――。

「蘭ちゃん…」
「ん?」
「"しょや"ってなーに?」
「あー初夜って言うのは――」
「あー!!初夜、初夜言うな、灰谷蘭!!」

今度こそぶち切れた鶴蝶が大きな声を上げて、周りの視線を独り占めしていた。


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【結婚初夜、または新婚初夜とは夫婦が結婚後初めて行う性交のこと。文字通り結婚後初めて迎える夜のことである】

帰宅後、がこっそり蘭のパソコンで"しょや"を検索した時、こんな説明がヒットした。

(…何か逆上せそう…)

一人湯船に浸かりながらはさっきからうるさい胸の鼓動を確かめるようにそっと手を心臓付近にあてた。
ドクドクと動くそれに多少息苦しくなりながらも、なかなか風呂から出られず膝を抱える。

今日は昼間に婚姻届けを出した後、帰りに「結婚指輪、作ろっか」と言われてふたりで宝飾店へ行った。
そこで蘭が指輪はフルオーダーすると言い出し、デザイナーと話し合いながら色々デザインを決めて、細かいことは後日決めると言っていた。
サイズを測っている際もはただされるがまま見ていただけだったが、蘭が楽しそうなのは嬉しかった。

からすれば大好きな蘭と"結婚"出来たことは凄く幸せで、まるで夢のようだとすら思う。この前まであんなに辛かった日常が、一気に幸せな日常へと変わったのだから当然のことだ。大好きな人とこれからずっと一緒にいられる。にとっての"結婚"とはそれくらいの認識だった。
だからカフェで遭遇した蘭の仲間だというイザナと鶴蝶達が騒いでいた"初夜"なるものがどういうものなのかまでの知識もなく。蘭に聞いてはみたものの、あの後は鶴蝶が大騒ぎしたことで有耶無耶うやむやになってしまった。
そこで帰宅後、こっそりパソコンで調べたのだ。検索する程度の簡単な操作は蘭に教えてもらっていたので難なく出来た。そっこでヒットしたリンク先の一番上をクリックする。

"結婚した二人が初めて行う性交"

ここが気になったが今度は"性交"の意味が分からない。だからそれも検索してみた。難しい漢字ばかりが並んで分かりづらかったが、文章の横に画像があった。画像には裸の男女が描かれていて、ある行為を行っている絵だった。その絵を見た時、は思わず息を呑んだ。

"性交"イコール義兄の京介から強要されていた"アノ行為"だと。
そして結婚した夫婦が初めてそれをするのが"初夜"。
つまり今夜、蘭との初夜になるなら、それは"アノ行為"をすることだと気づいた。
多少動揺はしたものの、は不思議と怖いとは感じなかった。京介に強要されていた時はあんなに苦痛で嫌だったのに、蘭が相手だと怖いと言うより何故か恥ずかしいという気持ちの方が大きく、こうして帰って早々にお風呂場に逃げて来てしまったのだ。カフェでお茶をした後、イザナと鶴蝶もの誕生日を祝うと言い出し、ふたりも一緒にマンションへとやって来たことで今、リビングには蘭、竜胆、そしてイザナと鶴蝶がいる。竜胆がお酒を色々用意していたので、誕生日パーティと言うよりは飲み会のようなノリになっていた。

「そろそろ出なきゃ…」

竜胆が蘭に頼まれ準備したオードブルやケーキなどがテーブルに用意されていたのを思い出す。ケーキは全体的にピンク色で大きなリボンの形をした装飾が凄く可愛かった。
蘭も「さすがアニバーサリーのケーキ」と喜んでいて、竜胆がつかさず「これを選んだオレがさすがじゃないの?!」とむくれてた。
竜胆のふくれっ面を思い出し、はふふっと思い出し笑いをする。
最初はいつも怒っている竜胆が苦手だった。
でも実は優しいところもあると気づいてからは、それほど苦手じゃなくなってきた。

その時、脱衣所のドアが開く音と共に「?大丈夫か?逆上せてない?」と蘭の声がした。ドキっとしてドアの方を見ると、ガラスの向こうにシルエットが見える。

「だ…大丈夫…」
「そ?じゃ、そろそろ出ておいで。皆、待ってるし」
「分かった…」

が返事をすると、蘭は脱衣所から出て行ったようだ。軽く深呼吸をして湯船から上がると風呂場のドアを開けて脱衣所へ出る。そこには昨日蘭に買って貰った鴇色ときいろのバスローブが用意してあった。これに袖を通すのは初めてで、少しドキドキする。

「ふわふわ…」

蘭の選んだバスローブはとても肌ざわりが良く、その感触に笑みが零れたは袖を頬に擦り付け暫しふわふわ感を楽しんでいた。
が、ふと腰の辺りの紐が垂れていることに気づき、それが前を留めるものだと気づく。少し長めの腰ひもを二度ほど巻き付け、前で縛ってみた。
蘭がバスローブを着ていた時の状態を思い出して真似てみたのだ。

「こんな感じ…?」

鏡で確認して首を傾げる。だが基本あまり肌を出すことを気にしない性格のは、そのまま脱衣所のドアを開けて外へ出た。無駄に広いので脱衣所からソファの位置までは距離があり、が脱衣所から出ても、誰もすぐには気づかない。は何の気なしに風呂から出たことを伝えるため、皆の方へ歩いて行った。
男4人はやはり先に呑んでいたようで、ビールを飲みながら何やら談笑をしている。そこでは手前のソファに座っている蘭に声をかけた。

「蘭ちゃん」
「あ、出た――?!」

「「ぶー--っ!!!」」

「っ…ぶははっ」

全員がの方へ顔を向けた瞬間、蘭は驚きで固まり、イザナは何故か楽しげに笑ったのだが、竜胆と鶴蝶に至っては口にしたばかりのビールを噴水の如く吹き出した。

「ちょ、!ダメだろ、そんな恰好で出てくんなって!」
「え…」

蘭が慌てたように立ち上がると、すぐにの体を抱き上げ、皆からは見えないように背中を向ける。

「ら、蘭ちゃん?」

いきなり抱き上げられ、驚いただったが、蘭はその場にいる竜胆たちを肩越しにジロリと睨み「…見た?」と何かを訊いている。その問いにイザナが笑いを噛み殺しつつ「チラっと」と答え、竜胆は慌てた様子で左右に首を振ってそっぽを向く。そして鶴蝶はといえば、文字通り茹でたタコのように真っ赤になり「み、み、みみ見てねえ!」と酷く動揺した様子で首を振った。
「いや絶対見たろ」と言いたげな蘭は僅かに目を細めると、自分の腕の中できょとん、としているに「部屋で着替えんぞ。あと髪も乾かさないと」と不機嫌そうに自分の部屋へ歩いて行く。後ろからはイザナの「鶴蝶の顏が赤すぎてやべえ!」という派手な笑い声が聞こえて来た。

「…チッ。鶴蝶のヤツ、確実に見たな…」

小さく舌打ちした蘭はとりあえず部屋に入ってを下ろすと、すぐにバスローブの前を整えて深い息を吐く。

「…ダメだろ。人がいるのにバスローブで出て来たら…」
「そうなの…?」
「まあ前みたいに素っ裸で出てこなかっただけマシだけど、でも前が少しはだけてた…」
「はだけてた…?」

首を傾げたを見て、蘭は更に眉尻を下げると「泣きたい…」と溜息をつく。そもそもバスローブを着てたのはいいが、紐の結びが緩すぎて谷間付近の膨らみがバッチリ見えてしまっていたのだ。はあまりそういうことに無頓着な子だと蘭も分かってはいたが迂闊だった、と項垂れる。
今度からはきちんと着替えも出しておかないと、と蘭は心に決めた。

「ご、ごめんなさい…」

良くは分からないが蘭が自分のことで落ち込んでいると思ったは泣きそうな顔で謝った。それには蘭も慌ててしゃがむと「謝んなって。怒ったわけじゃねぇから」と笑顔を見せる。
そう、怒ったわけではない。
…だが、とても嫌な気分にはなった。
全部が見えたわけじゃないが、それでもの肌を他の男の目に晒すのは心底嫌だと思った。

「はぁ……オレ、の裸、他の男に見られんのすっげー嫌かもしれねえ」

彼女の体をぎゅっと抱きしめながら、蘭が呟くのを聞いては更に首を傾げた。そんな風に言われたことがないので意味がよく分からない。
京介と暮らしていた頃、家では風呂上りに裸でも何も言われなかったし、むしろすぐベッドに連れ込まれるので服を着たら逆に怒られたこともあったくらいだ。それにこの家に来た日も竜胆に素っ裸を見られたが、その時は「狼に食べられる」と言われただけで、こんな風に嘆かれたわけじゃない。
ただ、何で裸を見られるのがダメなのか分からなくても、蘭が何かに悲しんでいるのは分かる。はしゃがんだまま自分を抱きしめている蘭の頭をぎゅっと抱きしめた。

「んん?…?」
「蘭ちゃんが元気ないとわたしも元気でない…」

そう呟いて更にぎゅっと腕に力を入れる。そうされることでの胸に顔を押し付けられる状態になった。むにゅっとした感触が押し付けられた顔から脳に伝わって来て、さすがの蘭も苦笑いを零す。

のおっぱい柔らかくて気持ちいいけど、ちょっと今のオレには刺激強すぎー」
「えっ?」

刺激が強い=痛い、と勘違いをしたが慌てて腕を放すと「そんな慌てなくても」と蘭が笑う。

「今度から風呂出た後はバスローブをキッチリ着るか、服を着て出てきてな」
「う…うん」

素直に頷くに笑みを浮かべた蘭は、そのまま艶のある頬へちゅっと口付けた。そしてクローゼットから用に買ったルームウエアと新しい下着などを出すと彼女に手渡す。

「ほら、これに着替えろ。オレは後ろ向いてるから」
「う、うん…」

はそれを受けとると、すぐにバスローブを脱いで下着を身に着けルームウエアに着替える。ノースリーブのルームウエアは淡い桜色で上下セットの女の子らしいデザインということもありも凄く気に入っていた。下は七分丈で裾が控え目なフリルになっている。

「蘭ちゃん、着替えた」
「ん?」

ドライヤーの準備をしていた蘭は、ふと振り向いた途端に顔が綻んだ。

「可~愛い!凄く似合ってるわ、。オレってセンスの塊?」

自分の選んだものを身に付けているを見て蘭は嬉しそうに言った。

「大事に着る。汚さないように気をつけるね」
「大丈夫だって。汚したらまた別の買ってやるから」
「…でも…蘭ちゃんに初めて買ってもらったものは全部、大事にしたいから」

は照れたように笑うと、鏡の前で自分の姿を嬉しそうに眺めている。その姿を見ていた蘭は心のどこかが満たされていく気がした。
に言われた言葉が、素直に嬉しい。これまで付き合っていた恋人に服をプレゼントしたことは何度かあったものの、こんな気持ちになったのは初めてだ。
恋人に服をプレゼントするというのは脱がす前提でセクシーなデザインを選んでたようなものだから感覚がまず違う。してもらって当たり前という感覚の恋人たちが、のように可愛い反応を見せることもなかった。

人は何でも持ちすぎると物の価値を忘れていく。それが手に入ることを当然のように考え、大切にするという気持ちさえも薄らいでいくものだ。蘭も当然"そっち側"の人間だったのだが、といると自分が忘れていたものを思い出させてくれるような気がした。
は何も持っていなかった。自分の意思では何も出来なかった。だから何を与えられても素直に喜んで感謝の言葉を口にする。
彼女にはこのままでいて欲しい、と蘭はふと思った。

「おいで、。髪乾かそ」

蘭は笑顔での手引くと、鏡台の前に座らせた。


一方、リビングで引き続き飲んでいた竜胆とイザナは未だ赤面中の鶴蝶をからかっていたが、蘭の部屋からドライヤーの音が聞こえてきたことで、ふと視線をそちらへ向けた。

「それにしても蘭が女のことであそこまで慌てるのは見んの初めてだわ」

イザナが苦笑交じりでビールを呷る。蘭はイザナが知る限り、冷静で常に論理的に物事を見ている男だ。一つ二つ先まで読んで自分達に有利な方向へ動くように道筋を作っていくような。
だから油断もしないし、目的の為に時には手荒い方法を取ることがあるのもイザナは知っている。そんな男が女ひとりのことであんなに慌てふためくものか、と少しだけ驚いた。

「確かに…前にが素っ裸で出て来た時でもあんなに慌てなかったのに」
「へえ。ま、実際期限付きとか言っても夫婦って形で一緒に過ごしてたらその内、嘘から出た真まことになるかもなー」
「いやいやいや…ないだろ。あの兄貴に限って…」

イザナの言葉に竜胆は口元を引きつらせた。
あの蘭が会ったばかりの、それもいくら16歳とはいえ中身が小学生並みのお子ちゃまに本気になるとは思えない。
蘭は昔からどちらかと言えば年上の甘えさせてくれる女がタイプだった。それも身長の高い自分に見合うような、スラリとした女とばかり付き合って来たのは竜胆も良く知っている。ただ、やはりそう言った外見だと中身も似てくるのか、全員が勝気でいて生意気。あげく自己中の我がまま。
ラブラブの時はいいが、半年くらい過ぎて慣れてくると、蘭に対して我がままや束縛度合いが激しくなってくるまでがデフォルトだった。まさに「仕事と私」または「仲間と私」という、男が一番嫌がる"どっちが大事モンスター"化してくるのだ。

蘭は基本、その気になれば結構忙しい方だ。六本木を仕切っている、と周りは簡単に言うが、それを維持するのは口で言うほど楽な仕事じゃない。常に京介みたいな輩がこの街を狙っているのはもちろんのこと、灰谷兄弟が少年院を出た後、コッソリ始めた事業が大きく展開して行って成功すればするほどやることも増える。未成年だと何かと面倒なこともあるので成人過ぎの人間を表の社長に仕立て上げたはいいが、その男に任せておけばいいという簡単なものでもなく。
裏で仕切る経営者としては然るべき時に動かなくてはならないのだ。だからこそ仕事をする時、仲間と遊ぶ時、そして女と会う時というのを、蘭はキッチリ分ける方だった。
そこを理解出来ない女だった場合、それが理由で別れるほどに。

この前まで付き合っていた女もまさに蘭のことを理解が出来ず、モンスター彼女と化してしまった。クラブで知り合い意気投合して付き合いだした頃は仲も良かったが、三か月くらい経った頃から様子が変わって来た。
美人でモデルをしている彼女はスタイルもよく、まさに蘭のドストライクな女だったが、やはりそこまでの女だと当然自分が一番じゃないと気が済まない自己中タイプ。
最初は我がままも可愛い、と蘭が笑って済ませられる程度のものだったが、蘭が甘い顔をしたことでだんだんつけあがっていった。自分抜きで蘭が遊び歩いていると分かると、六本木中を探し回り、仲間といるとこまで怒鳴りこんで来たことで、遂に蘭もマジ切れしてしまった。
仲間と一緒のところへ乱入して来て「何で電話に出ないの」「私を誘わないのに、この女どもは何?!」などと喚き散らす醜態を見せつけられれば、いくら見た目がドストライクのいい女だったとしても100年の恋も冷める。
蘭の仲間や友人は男だけじゃなく、中には当然女もいるわけで、そこにまで嫉妬をされて文句を言われるのは蘭にとっては面倒極まりない。蘭曰く「秒で冷めた」らしく、そのモデルの女にもそう告げて一切連絡を取らなくなったのはつい先月のことだ。

「似たような女とばっか付き合っては最後は同じような理由で別れてるのに、凝りもせずまた似たような女を選ぶ兄貴が、真逆のを女として好きになるとか思えねぇ」
「まあ竜胆はこれまで蘭の女遍歴を見てるからそう思うんだろうけど、恋っていうのは理屈じゃねえからな」
「よく言うよ。オマエは本気で恋なんかしたことねえだろ、イザナ――ふごっ」

やっと顔の熱が落ち着いた鶴蝶がビールを呷りながら鼻で笑うと、イザナは無言のまま鶴蝶の腹にパンチを入れた。いくら鍛えている鶴蝶と言えど、ビールを飲んで腹筋が油断しているところへキツイ一発を喰らえばさすがに痛い。

「げほ…っ痛ぇな…!何すんだよ…っ」
「それ以前に女も口説けねえ鶴蝶にだけは言われたくねぇんだよ」
「…ぐっ…オレはオマエみたいに金持ってるなら誰でもいいってわけじゃねぇからなっ」
「ケンカ売ってんの?鶴蝶…。なら買ってやるよ」

イザナが笑顔で指を鳴らし始め、鶴蝶も「あぁ?なら外に出ろや」と引っ込みがつかなくなってる。このふたり、傍から見れば王様と下僕という関係ではあるが、元々が幼馴染。
チーム内では鶴蝶も下僕としてイザナを立てるが、ことプライベートの時の揉め事となると普通に殴り合いの喧嘩を始める。そして付き合いの長い竜胆はそれを良く知っているので、こうなると放っておくことしか出来ない。
化け物同士の喧嘩には首を突っ込まないのが一番なのだ。

「何でわざわざ外に出なきゃいけねぇんだよ。オマエごとき一発で済むから」
「あ?今日はの誕生日だ。めでたい場所で暴れたくねぇ」
「ふーん…ケンカバカでも女に気を遣えるんだな」
「あ?!誰がケンカバカだ、コラ!」

だんだんマジモードになってきた鶴蝶を見て、竜胆はそぉっとその場を離れようとした。そこへちょうど蘭がと手を繋いで一緒に戻って来た。髪を乾かしてもらったは長い髪を下ろしたままで、可愛らしいルームウエアを着ている。

「何してんの、あいつら」
「あ、兄貴…」

互いに額がくっつきそうな距離で睨み合っているイザナと鶴蝶に気づき、蘭が苦笑した。

「それが、また下らないことでモメ出してさ…」
「マジ…?ここで暴れんのは勘弁いて欲しいんだけど」

ふたりが喧嘩を始めれば部屋がメチャクチャにされるであろうことは想像に難くない。と言って、この化け物じみたふたりを止められる人間などチームにはいないのだ。
まさに一触即発のイザナと鶴蝶を見て、"厄介"とはこのことだ、と蘭もウンザリしたように溜息をついた。
だが、ここで空気の読めないがふたりの方へ歩いて行く。

「あ、ちょ…!危ねぇから近づくな――」
「蘭ちゃん、これ食べていい?」

「「―――ッ?」」

ちょうどイザナと鶴蝶の傍に並んでいるオードブルを指さし、蘭の方へ振り向く。それには睨み合っていたふたりもハッとしたように傍で立っているを見た。と、思えば何故かふたり同時に笑顔になった。

「おーちゃん、可愛い」
「……か、可愛いな。確かに」
「…あ、ありがとう」

それまで怖い顔で睨み合っていたふたりが着替えたを見た途端、笑顔で誉めだしたことで、は照れ臭そうにお礼を言っている。ここで暴れ出すんじゃ、と心配していた蘭と竜胆は互いに顔を見合わせ「マジか」と同時に苦笑いを浮かべた。

「え、それも蘭に選んでもらったの?」
「うん」
「へえ、似合ってるじゃん。なあ?鶴蝶もそう思うだろ」
「お、おう…。すげー似合ってる」
「まあ、オレとしてはさっきの恰好の方が好みだけど」

と言ってイザナがニヤリと笑う。

「…さっき?」

きょとん、としたを見て鶴蝶が再び真っ赤になり「お、おい!イザナ!余計なこと言うんじゃねえ――」と言いかけた時。

をエロい目で見んじゃねえ…」

と蘭までがイザナを睨み、を自分の腕に抱き寄せる。その光景を見たイザナは軽く吹き出すと楽しげに笑いだした。

「ほーら、鶴蝶。やっぱ理屈じゃねえんだって」
「あ?」
「何?何の話?」

蘭だけが分からないと言った顔でイザナと鶴蝶を見たが、ふたりは「いや別に…」と言葉を濁して苦笑している。

「新婚さんで羨ましいって話だよ」
「新婚って…これまたいい響き」
「……兄貴、ニヤケすぎ」

イザナの一言で途端にニヤケる蘭を見て、竜胆は呆れ顔で項垂れるしかなかった。



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