21-馬鹿みたいな真面目な話


とのデートから帰って来た兄貴の様子がおかしい。
何がおかしいって訊かれても上手く説明は出来ないけど、でも以前に比べてイチャつき度が激しい気がする。
これはまさか、ひょっとしてひょっとするのか――?

『おかしいって何だよ。ああ…もしかして蘭のヤツ、遂にちゃんと初夜した?』

電話の相手、イザナが途端に興味を示す。

「い、いや、もう初夜じゃねえだろうけど。籍入れてから半月は経ってるし」
『でも新婚旅行代わりに高級ホテルの特別スイートでデートしてきたって言ってたんだろ?あの部屋一泊うん百万はするのに』

イザナは女の為にあの蘭がスイートってマジだろ、それ、なんて笑ってるけど、そう!そうなんだ。
あの兄貴がの為にオレ達の思い出のホテルのあの部屋をリザーブするなんて心底驚いた。しかも帰ってきた二人の指には、籍を入れた日にオーダーしたという結婚指輪までちゃっかりはめられていた。歴代の彼女たちにどれだけ強請られても"指輪"という名の首輪はごめんだ、と買ったこともなかったクセに。

帰宅して着替えた後、二人はリビングで仲良く映画なんて見始めた。ホテルで見ようと思っていたけど、結局見ることが出来なかったから、と色んなDVD引っ張り出して来て今もソファでイチャつきながらホラー映画を見てる。
ホテルで見れなかったって何してたんだよ、と聞きたいが、怖くて聞けなかった。
兄貴は足の間にを入れて後ろから抱きしめるようにしながら映画を見てる。時々が怖がると優しくぎゅっとしたりなんかして、ホッペにちゅーまでする始末。
あの兄貴があんな優しい目で女を見つめるんだな、なんて変なとこにまで目がいってしまって、オレとしては一緒に見てるのがきつくなってきたくらいだ。

そんな時、兄貴のケータイが鳴り出した。なのに全然出る素振りがなくて、何度もかかってくる電話に「あーもううるせぇから竜胆オマエ、出とけ」と言われて今に至る。
電話の相手はイザナからで、今度の抗争の件で兄貴に話があったらしいけど、『蘭が出れねえなら竜胆でもいいか』と言われた。
オレでもいいって何かついでみたいで腹立つけど、まあオレもちょうどイザナに今の何とも言えない思いをぶちまけられたから別にいーか。
そもそも『蘭は何で電話に出られねーんだよ』とイザナが訊いて来たから、今の恐ろしい現状を伝えただけのことだ。

と映画見てるから後でかけ直すって」

そう伝えたらイザナの方が面白がって色々訊いて来た。

『オレより新妻の方を選ぶのかよ。あの蘭がねー』
「いや、新妻って!」
『実際そーだろ?書類上なだけだとか何とか言ってたけど、その空気は絶対ヤっちまったって。諦めろ、竜胆』
「お、オレは別に兄貴がどの女とヤろうがいーけどさ。はなぁ…」
『逆に何でちゃんはダメなんだよ。あーさては竜胆、オマエもちゃんに惚れてんじゃねーの。不毛だな、おい』
「は?違う!オレは全然そういうんじゃねえからっ」

ホントかよ、なんてイザナは笑ってるけど、本当にそういうんじゃないんだ。最初は何で兄貴はこんなガキの面倒をみてるんだとは思ってたし、ぶっちゃけ兄貴がオレの知らない顔を見せ始めたのも嫌だった。でもと接していくうちに、アイツは素直で純粋だから放っておけなくなっただけだ。

『いや、それ蘭と同じじゃん』

イザナに突っ込まれた時、確かに、と自分でも笑ってしまったけど、でもオレが思うのと兄貴がを思う感覚はやっぱり違う。
オレは女というより本当に妹が出来たみたいな気分で、を可愛がってる。今まではオレが弟という立場で、それ以上でも以下でもなくて、これまで生きて来てオレは"弟"の気分しか味わったことがなかったから。
でも今はオレの下にという存在がいて、初めて兄貴という立場になれた気がした。だからイザナの言うような惚れたとかそんな類のものじゃない。

『あ~じゃあヤキモチだ。兄貴として妹が蘭に盗られたっていう寂しさ感じてんじゃねーの』

イザナにそう言われて、オレは何も言い返せなかった。
そうか、オレは逆に兄貴に嫉妬してたのか。
いつも兄貴がを奥さん扱いするのを見て、何となく違和感を覚えてたのも、つい突っ込んでしまうのも全て"妹"を盗られたような気持ちだったのか?
オレは逆だと思ってた。兄貴をに盗られるような、そんな気持ちだったはずなのに、いつの間にか対象がになっていたのかもしれない。

『んで?蘭はまーだ映画見てんの』
「……今、絶賛イチャつき中」
『…マジ?ウケる』

イザナは暇つぶし程度で話を聞いているからケラケラ笑ってるけど、オレとしては全然ウケねぇ。
今じゃ映画なんてそっちのけで兄貴がにキスをしだして、がいちいち真っ赤になるもんだから、ますます兄貴がデレていく。
しかもオレが傍にいないのをいいことに、の髪を避けてうなじにまでキスし始めたし、何なら手がのおっぱい触ってるように見える。
あの様子だと明らかにエッチした後のカップル、あ…夫婦か。

「クソ…兄貴のヤツ、やっぱに手ぇ出したのか…」
『いーじゃん、別に。旦那が奥さんにナニしようと』
「…イザナが言うと果てしなくエロく聞こえるんだよなぁ…」

オレのボヤきにイザナは軽く吹き出すと『イチャイチャ中じゃ無理そうだし、後で蘭にかけ直せって伝えといて』と言って電話を切った。
そうだ、コッチの問題もあったんだ。イザナの話じゃ東卍を叩くってことだったし、ならまたデカい抗争になりそうだ。兄貴はどーすんだろ。
帰って来てからココにのことを頼んでたみたいだったし、確かに兄貴オレに何かあるようだったらはまたひとりぼっちになってしまう。

その時「竜胆!」と呼ぶ声が聞こえてドキっとした。今は自分の部屋のドアの隙間からリビングを覗いていたから尚更だ。
仕方ないとばかりに、兄貴のケータイを持って素直にリビングへ戻ると、兄貴は画面から目を離さないまま「イザナ、何だってー?」と訊いてきた。

「…後でかけ直してってさ」
「ふーん。どーせ東卍の話だろ?」
「…え、何でそれ…」
「昨日の昼間、鶴蝶から電話来て少し話したんだよ」
「あーそれでココに頼んでたんか」

納得したように頷くオレを、兄貴はチラっと見上げて笑みを浮かべた。
何だ、何の笑みだ、それ。
つーか兄貴は抗争の話が出た途端、のことを先ず第一に考えたんだな、と思ったら、やっぱ少し驚いた。
だってそれ、本気ってことじゃん。に本気で惚れたのか、兄貴のヤツ。
抗争の話を聞いて、を誰に頼むか鶴蝶に相談でもしたんだろうか。いや、でも兄貴のことだから抗争の話が出る前にそういうの考えてたっぽいな。
そういう先々のことまで兄貴はいつも考えて行動してるし、そんな兄貴がすげーなって思うし、何気に尊敬もしてる。
本人には言わねーけど。絶対調子こくから、この人。

二人が見ていた何本目かの映画がエンドロールを流しはじめたところで、兄貴はを解放した。

「次の見る前に、先に風呂入って来いよ」
「あ…うん」

は言われた通り素直に頷き、バスルームへ行こうとした。なのに兄貴は何を思ったのか、の腕をいきなり掴んで「それとも一緒に入る?」と何とも艶のある笑みを向けた。
意外だったのは、いつもならの方が風呂に誘い、それを兄貴が困ったような顔で流すとこまでがデフォルトだったのに、今はの方が恥ずかしそうに頬を染め、首を左右に振ったことだった。

「ひ、ひとりで入る…」
「そぉ?じゃあ早く入っておいで」

兄貴はニッコリ微笑むと、の指先にちゅっと口付けてからその手を離した。は恥ずかしそうな笑顔を見せると、バスルームへぱたぱた走って行く。
それを見送っている兄貴の目がヤバい。何か甘ったるい。え、何だよ、その可愛いな~って目は!!

「…何見てんだよ」
「……いや、もう何か色々変わりすぎてて謎だらけ」
「は?」

何言ってンの、オマエ、と兄貴は呆れたように笑いながら、オレが返したケータイを開いている。きっとイザナにかけ直すんだろうな、と思いながら見ていると、兄貴はふと、ソファの横に突っ立っているオレを見上げた。

「何?さっきから何か言いたそうじゃん」
「……そりゃあね。つーか、何であんな恥ずかしそうなわけ」
「あ?」
「風呂だって…今まではの方が兄貴誘ってたじゃん。なのにさっきは逆だし何でかが恥ずかしそうに断ってるし、デートで何があったんだよ」

一気にまくしたてると、兄貴は口を開けたままオレを見ていたけど、急に「ぶはっ」と吹き出した。

「何、竜胆。そんなの気になるわけ」
「そ、そりゃなるだろ。なーんか二人の雰囲気、前より甘いし…。ってか、マジで兄貴、とヤったの?」
「んなのオマエに関係ねーじゃん。それにオレとは夫婦なんだから何しようといいだろ?」
「夫婦つっても書類上の関係なのに、それ以上になんのは今後の為にもよくねーじゃん」
「あーそのことなんだけどさ…」

兄貴はケータイから視線を外し再びオレを見上げると「オレ、と結婚するわ」と訳の分からないことを言い出した。

「は?もうしてんじゃん…」
「だーからオマエが言うような書類上ってだけじゃなくて。ちゃんと結婚するってことだよ」
「…ちゃ、ちゃんと…って…。じゃあ、やっぱとそういう…」
「あーオマエが思ってるようなことはヤってねえ」
「嘘つけよ!どー見たってヤったろ。のあの反応は兄貴のこと、めちゃくちゃ意識してるからだろ?」

そう、二人が帰って来てからの最初の違和感はそれだった。ベッタリ甘えん坊なのは変わらないけど、その中にの照れが見え隠れしてた。
前ならそんなことはなく、どっちかって言うと兄貴の方が抑え気味だったのに。
兄貴はオレが突っ込むと、苦笑しながら「あー」と意味深な笑みを浮かべている。
何だ、そのエロい顔は。

「まあ、ぶっちゃければ最後まではしてねえよ」
「最後…までは?じゃあ…」
「ちょこっとエロいことはした」
「…な…、大丈夫だったのかよ?京介からの虐待でトラウマあるんじゃ…」

オレが心配してたことは当然兄貴もしてるわけで、だから言ったところで分かってるんだろうけど。
案の定、兄貴も「それ心配だったけど大丈夫だったっぽい」と苦笑した。

「それより…京介の影がちらつくから最後までできんかったわ」
「…は?」
「あのまま抱いてたら最中ずっとあの顔がチラつきそうだったし」
「……ああ…なるほどね」

何となく、兄貴のその気持ちが理解できた。にそういうことを覚えさせたのは京介だし、の初めての相手だろうから、まあ…そういうことだろうな。
でもそれより何より、オレが気になったのは――。

「兄貴…マジなんだ、のこと」
「…ああ、マジだな」
「あんなガキんちょにマジになるとか」
「バーカ。オマエ、の可愛さ知らねーの?それに――」

兄貴はその綺麗な唇に弧を描いて、何とも言えない優しい目をオレに向けた。

は将来、必ずいい女になる」

分かってるんだ、本当は。
兄貴にこんな顔をさせる女は、これまで誰ひとりいなかった。
灰谷蘭の恋人は、歴代どの女をとっても見た目は華やかでスタイル抜群の美女ばかり。
その誰もが羨む美女達が、みたいな甘ったれのガキんちょに束になっても敵わないって、ほんと人の気持ちってどう動くかは分からない未知の世界だ。
ま…ライバルが世間知らずのだなんて、兄貴の元カノ達に、ちょっとだけ同情するよ。



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