初詣に行こう


が来てから初めての正月――。
元旦でも、灰谷家では相変わらずのファーストだった。

「わぁ、お花が入ってる!可愛い!」
「だろー?」

大きな瞳をキラキラさせながらお椀を覗き込むを見て、蘭はドヤ顔で微笑んだ。向かい側に座ってた竜胆も目の前に出されたお椀を見て、その鋭い大きな目をぱちくりとさせながら唖然とした顔をしている。

今日は元旦ということで全員が早起きをした。これまでなら正月だろうとお盆だろうと関係なく、眠たい時は寝たおすという灰谷家の常識が、という家族が増えたことにより大きく覆ったようだ。
今朝は七時に起こされた竜胆、大あくびをかましながらリビングに顔を出すと、まず「明けましておめでとう」と蘭に声をかけられた。一瞬、竜胆の時が止まる。
今まで生きて来てその正しい挨拶を兄と交わしたことはあっただろうか。多分、幼い頃にはあった気もするが、久しく聞いていない。
そもそもこれまでの灰谷家は大晦日から仲間を集めて夜通し飲み倒し、元旦の朝には酔い潰れていることが殆どで、こんなにキッチリ挨拶など交わしたことがない。せいぜい深夜の0時を過ぎた時、仲間同士で「あけおめ」が飛び交う程度だった。

「お、おめでとう…」

呆気にとられつつも新年の挨拶を口にすると、今度は蘭の後ろからひょこっと顔を出したにも「竜ちゃん、明けましておめでとう。今年も宜しくね」と可愛い笑顔を向けられた。これまたポカンとした顔で「お、おう宜しくな」と返す竜胆に、蘭が「正しい挨拶しろよ」と注意をする。いったい何事かと思った。

「何だよ、急に」
の為に決まってンだろ」
「え、の為って…」
「コイツは去年まで正月でも構わず閉じ込められてたから新年になって何するかも分かってねーんだよ。だから普通の家庭がするようなこと教えてやりたい」
「兄貴…」

この異例の数々はを思う蘭の優しさからくるものだったらしい。竜胆は思わず涙ぐみそうになり、慌てて頭を振ると「そういうことなら」と素直に頷く。そこで「んじゃー雑煮食うぞー」と何とも爽やかな笑みを見せる蘭に「雑煮?!」と二度目の驚愕をしつつ、今に至る。

「この可愛いお雑煮……兄貴が作ったの?」
「当たり前だろ。オレって優秀だから何でも出来ちゃうんだよなァ」
「…ま、まあ…それは否定しねえよ」

言いながら、竜胆はお椀の中を彩る花の形をした人参や大根を見て、思わず納得してしまった。案の定、可愛らしいものが大好きなは大喜びで「食べるのもったいない!」と騒いでいる。ただその後に一言。

「…でも…蘭ちゃん」
「ん?」
「おぞうにって…何?」
「………」
「何でお正月にお雑煮を食べるの?普段は食べちゃダメなの?」
「あー…ダメ…じゃねえけど…」

さすがに一から説明するのは面倒だったのか、はたまた教えるほど雑煮の知識はなかった――あっても怖いが――のか。蘭は徐にケータイで誰かに電話をかけ始めた。

「あーもしもし、ココ?おー明けましておめでとう。っつーことでちょっと聞きたいんだどさ。ああ…。雑煮って何?何で正月に雑煮食べるのってが知りたがってんだけど…オマエ、知ってる?」

元旦早々、おかしな質問をされた九井は、それでも『ちょ、今すぐ調べるんで待ってて下さい』と、これまた優しさを発揮して、の為の答えを蘭に差し出すと「歩くウィキペディア」という不本意なあだ名をつけられる羽目になった。


|||


「おー!、かーわいい」

お雑煮という名の朝食を済ませた後、蘭はを近所にあるホテルへと連れて来た。の為に蘭がこっそり予約しておいたもの。それは正月用の着物を着せてあげることだった。

「ほんと?」

正月に着ると縁起のいいとされる牡丹柄の振袖に身を包み、髪をふんわりとアップにしてもらったは、お人形さんのように可愛らしい。一緒について来た竜胆もこればかりは素直に「マジで可愛いぞ、」と素直に誉めている。

「本当に可愛らしいですね」

ホテルのスタッフにまで褒められたは照れ臭そうな笑みを浮かべながらも嬉しそうだ。その笑顔を見ていると、蘭と竜胆も自然と笑顔になる。こういう顔が見たいがために、昨年末はアレコレ頭を悩ませながら蘭は色々と準備をしていたのだ。

「ま、急だったから今年はレンタルだけど来年はに着物買ってやるよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「蘭ちゃんと竜ちゃんは着物、着ないの?」

今日はふたりとも久々の初詣ということもあり普段着ではなく、カジュアルなスーツに冬用のコートを羽織っている。和装ではないふたりを見ては不思議そうに首を傾げた。

「……オレたちは…」
「なあ…」

着たら確実に輩になるだろ、と内心思いつつ、成人式の時は着るのもアリだな、とは思う。

「オレ達はいいんだよ。こういうのは女の子が着るから映えるの」
「…そうなの?」
「そーなの。つーことで神社行くぞー」

いつものように頭を撫でようとして、ふと綺麗にセットされた髪型に気づくと、蘭は代わりにの頬に軽く口付ける。抱きしめたくても着崩れしてしまうので出来ない。そこが少し難点だな、と苦笑しながら、蘭はの手を繋いだ。

「行ってらっしゃいませ」

と後ろから着付けをしてくれたスタッフ達に声を掛けられる。は嬉しそうに「行ってきます」と応えて、周りにいる他の客たちを見渡した。その場にいるのは殆どが女の子で、初詣に行くのだろう。全員が煌びやかな着物を着ている。そんな中、男は蘭と竜胆だけなので、かなり目立っていた。

、どした?」

周りの客たちをキョロキョロと見渡しているに気づいた蘭が、僅かに身を屈めて顔を覗き込む。

「あのね。あの女の子達、みんな蘭ちゃんと竜ちゃん見て顔を赤くしてるの。何でだろ」

その言葉に蘭がふと振り返ると、一斉に客の女の子達が視線を反らす。しかし小声ながらに「目あっちゃった」「あの二人マジかっこいい」「あの子、妹さんかなー彼女っぽっくないよねー」などという言葉が聞こえて来た。蘭は内心"妹じゃねえよ"とムっとしつつも、に対して優しい笑みを浮かべた。だいたいこういう視線を受けるのは慣れている。

「そりゃぁ…」
「オレらがカッコいいからじゃね?」

竜胆も気づいてたのか、そんなことを言いながら笑っている。だいたい普段でもふたりが街中を歩いていると逆ナンされることはよくあるので、蘭もそこは否定しないで笑っていた。

「オマエ、ラッキーだな?オレと兄貴にエスコートしてもらえる女なんて他にいねえから」
「そうなの?じゃあ私はラッキーだね、蘭ちゃん」

竜胆のドヤ発言に素直に喜ぶを見て、蘭の顏が思わず綻ぶ。こういう素直なところが可愛くて仕方ない。軽く手を引き、帯を崩さないように抱き寄せると、の丸みのある額にちゅっと口付けた。途端に遠目で見ていた女の客たちからキャーっという声が上がる。これで妹と思わないだろうという蘭の思惑もあった。

「ら、蘭ちゃん…みんな見てる…」
「いいじゃん。周りは全員エキストラだと思えば」

恥ずかしそうに頬を赤らめるを見て、蘭が苦笑する。しかしそれを目の前で見せつけられていたエキストラのひとり、竜胆は「兄ちゃんの人格がどんどん変わっていく…」と顔を手で覆う。

「はー?何か言ったァ?竜胆」
「別にいーけどさー。ったく……前は外でベタベタされたらキレてたクセに今は自分からしたがるしタチ悪い…」

とブツブツ言いながら、仲良く手を繋いで歩いて行くふたりの後を追いかける。
しっかり恋人繋ぎをしている蘭は常にの足元に気を配り、慣れない草履でゆっくり歩くの歩幅に合わせてあげていた。前の蘭からじゃ考えられない。

(この一年で随分と変わっったもんだよな…)

蘭が血まみれのを抱えて帰って来た日のことを思い出した竜胆は、ふと苦笑いを浮かべながらシミジミと思う。あの夜の衝撃といったらなかった。だがしかし、更に衝撃的なことはその後に待っていて、一年後こんな結末になっていようとは想像すらしていなかった。色んな女と付き合っては別れるを繰り返していた兄が、まさか年下のお子ちゃまと結婚するなんて誰が予想出来ただろうか。

(まあでも…兄貴が幸せそうで何よりか…)

と楽しそうに話しながら心の底から幸せそうな顔で笑う蘭を見て、竜胆はふと笑みを浮かべた。

「はあ…オレも彼女すっとばして可愛い奥さん欲しいかも…」

仲のいいふたりに見せつけられる日々に、虚しさを感じた竜胆の本音がぽろりと零れ落ちる。18歳という若さで結婚願望が出てきてしまうところまで、兄に影響されてしまう弟がここにいた。

「何か言ったー?」
「別に!つーか早く行こうぜ。さみーし!」
「オレは寒くねえ」

愛しい奥さんが隣にいる蘭とは違う。こっちは独り身だっつーの、と心の中で毒づきながら、竜胆は神社に向かって歩く蘭との後を追いかけて行った。



|||


神社につき、自分達の番を待つ間もどんどん人が後ろに並んでいくのを見ていたは不思議そうに蘭を見上げた。

「神社で何をするの?」

初詣の意味を知らないからそう訊かれた蘭は、自分も昔、親に同じようなことを聞いたなぁと懐かしく思いながら、その時に母親から教えられたことをそのまま伝えた。

「そうだなぁ…昔はさ、神仏や死者に祈るためとか言われてたみてぇだけど、本来は仏教の教えを説いてもらうのが目的なんだって。でも今は願い事や幸せの祈願、日々の感謝を伝えるために手を合わせんのが一般的だから、も何か願い事をしてみろよ」
「感謝と…願い事…この鈴は?」
「ああ、これは鈴の清らかな澄んだ音色に悪いものを祓う力があるって信じられてんだと。鳴らすことで祓い清める意味がある」
「へえ、兄貴よく知ってんなァ、そんなこと」

感心したように言う竜胆に、蘭は僅かに目を細めると「オマエも昔、お袋に教わっただろ」と呆れたように笑った。

「まあオマエは早く鈴を鳴らしたくて騒いでたから覚えてねぇか」
「…そ、そうだっけ」

子供の頃のことを言われ、竜胆の顏がわずかに赤くなる。その時、三人の番が回って来た。は蘭に教えられた通りお賽銭箱に小銭を投げ入れ、鈴緒を掴んで左右に揺らした。ガラガラと本坪鈴ほんつぼすずが音を立てる。そして何をお願いしようと悩んだが、の"お願い"はもう叶えてもらった。それを叶えてくれたのは今、隣にいる蘭と竜胆だ。は幸せな日々への感謝と、家族になってくれたふたりに感謝をしながら、真剣な顔で手を合わせた。

蘭も目を瞑り、が高校に合格しますように、と祈りながら手を合わせた。
数秒後、目を開けてふと隣を見ると、は未だに熱心に手を合わせていた。
目を瞑り、口元には力が入っているのか、きゅっと唇を引き結びながら、眉間まで寄せている。何やら真剣にお願い事をしているように見えるその姿が可愛くて、蘭は思わず吹き出しそうになった。しかしいくら蘭でも神様の前で笑うわけにはいかない。普段はそんな礼節など考えて生きているわけじゃないが、神社という神聖な場所だと自然とそんな気持ちが湧いて来るのが不思議だ。グっと笑いを堪えて待っていると、がやっと目を開けて蘭を見上げた。

「終わった?」
「うん」
「なーに必死にお願いしてたんだよ」
「え…」

とっくに終わってを待っていた竜胆が突っ込むと、はほんのりと頬を赤らめた。その顔を見れば絶対に蘭のことだろうと竜胆は思ったのだが、は「お願いじゃないもん」と首を振った。

「嘘つけー。どうせ兄貴にいっぱい甘えられますようにってお願いだろ?」

人の流れに逆らい、出口に向かって歩きながら竜胆がからかうと、は再び首を左右に振った。

「じゃあ何だよ。あー合格祈願とか?」
「…内緒」
「ハァ?いいじゃん、教えろよ」
「おい、竜胆。願い事は人に言っちゃ意味ねえだろー?」

をからかう弟を睨みつつ、蘭が呆れ顔で溜息をつく。しかしはもう一度「お願いはしてないもん」と言い出した。そこまで言われると、あんなに真剣な顔で何を拝んでいたのか、ますます気になって来る。蘭も同じことを思ったのか、の目線まで屈むと「じゃあ何をあんなに一生懸命拝んでたんだよ」と尋ねた。最初は言いにくそうにしていただったが、蘭に「教えて」と可愛く言われたことで、そこは素直に頷いた。

「ふたりに感謝してたの」
「え?」
「私を…家族にしてくれてありがとうって感謝してたの」

照れ臭そうに言いながらモジモジしているを見て、蘭と竜胆が顔を見合わせた。お互い同じことを思ったようだ。蘭は頬を一気に緩ませ、竜胆に至っては目が潤んでいる(!)

「オマエ、何泣いてんだよ。いやオレも泣きそうだけど…泣くの早くね?」
「な…泣いてねーし!」
「え、竜ちゃん泣いてるの?何で?」
「だから泣いてねーって!」

キョトンとした顔で見上げて来るの視線が痛くて、竜胆はそっぽを向いた。けれどその頬は赤い。これまで感じたことのない幸福感だった。の気持ちが素直に嬉しい。心が暖かくなるという初めての感覚が竜胆の胸に広がっていく。
蘭にしか懐いていないと思っていたが、自分のことも家族と認めてくれてたことが、竜胆は一番嬉しかった。

「おーし、んじゃー今夜は鶴蝶も呼んでパーっと飲むか。どーせアイツ、正月関係なくトレーニングしかしてねえだろ」
「…だろうな。可哀そうだからオレらの幸せ分けてやっか」

蘭の言葉に竜胆も賛同し、を連れて出口へと向かう。鶴蝶、と聞いても笑顔になると「カクチョーにお雑煮食べてもらおう」と言い出した。

「お花の野菜、可愛いからカクチョーも喜ぶよ、きっと」
「……いやぁ、どうかな」
「アイツがあれ食べてる姿は笑えそうだけど」

無邪気なをよそに、蘭と竜胆は苦笑いしか出ない。

「とりあえずの着物姿は見せてやっか。アイツ、真っ赤になってすっ飛んで来るぞ、きっと」

蘭が笑いながら先ほどホテルで写したの晴れ着姿の写真をケータイで送る。鶴蝶は蘭と竜胆にとって、すっかり孫を可愛がるお爺ちゃん扱いだ。

「送信っと。これで横浜からバイクでかっ飛ばしてくんだろ」
「バイクって…この寒い中?」
「寒くてもの着物姿見たさにバイクで来る方に一万円」
「え、賭けんの?!ずりー!ぜってーアイツバイクで来るじゃん!」

正月早々賭け事を、それも神聖なる神社で始める不届き者の兄に、竜胆が抗議の声を上げる。すると意味の分かっていないが不思議そうに首を傾げながら「じゃあカクチョー来るまで着物姿ってこと?」と訊いてきた。

「いや、これレンタルだから返しに行かないと。も慣れない着物で歩き回って疲れただろ。ま、生で見れないかわいそーな鶴蝶に酒でも買ってってやろうぜ」

そう言って笑いながら、の手を繋ぎ直した。その時、鶴蝶からの返信が届いたのか、蘭のケータイがぴろんと鳴る。

「なになにー。"今すぐ行く!"だって」

蘭が画面を見せてニヤリと笑うと、竜胆もその簡潔なメッセージに軽く吹き出した。この分だと蘭の言ったようにバイクをかっ飛ばしてくるであろうことは容易に想像出来る。

「アイツ、着く頃には風邪引いてんじゃねえの」
「まあ鼻水は間違いなく垂らしてるだろうなー。オレ、垂らしてる方に五千円」
「ハァ?じゃあ、さっきの一万はきっちり払えよ?竜胆」
「まだバイクで来るか分かんねーじゃん」
「その理屈でいくと鼻水だって垂らしてっかわかんねぇだろ」

結局のところ、鶴蝶が灰谷兄弟にいじられるのは年が明けても変わらないようだ。ふたりが楽しそうに話してるのを見ながら、はふと笑みを浮かべた。去年のお正月は暗闇にいたはずが、今はこんなにも日の当たる場所にいる。その暖かで甘い幸せをくれたふたりに、はまた一つ感謝をする。

「カクチョーは私の初めての友達だからイジメちゃダメ」

ふたりのおかげで、優しい友達が出来たから。

「鶴蝶が友達かよ」

の可愛い抗議を聞いて、蘭と竜胆は徐に顔をしかめたが、確かにふたりが不在の時はきっちりを守っていてくれた鶴蝶には、言葉には出さずとも感謝している。蘭はふとの前に屈むと、少し膨らんでいる頬へ「んー♡」と口付けた。

「イジメっつーより、これもある意味、愛だから」
「愛…?」
「ま、オレらも友達っつー友達いねぇから鶴蝶は数少ない友達枠じゃね?」

竜胆が苦笑気味に応えると、蘭も「だな」と言いながらも「すっげー不本意だけど」と付け加えた。

「どーでもいいけどさみーから早く帰って飲もうぜ」
「そうすっか。んじゃーには別の飲み物でも買ってこう。何がいい?」
「クリスマスに飲んだ炭酸のジュース」

即答するに蘭は笑いながら、クリスマスと聞いてすぐに思い当たった。

「あー…シャンパンジュースね。じゃあコンビニ寄ってこうか」

クリスマス、お酒の飲めないの為に蘭が子供用のシャンパン――要は炭酸ジュース――を買って来たのだが、かなり気に入っていたのだ。の可愛いリクエストを受けて、蘭の顏が思い切り緩んでいく。着物の着付けをしてもらった時に軽くメイクもしてもらった為、今まで触れるのを我慢していた蘭も、ついの真っ赤な唇にキスを落とす。ちょうどおみくじやお守りを売っている辺りの人が多い場所なだけに、が恥ずかしそうに固まった。少し冷えた唇を軽く啄むと互いの唇にかすかな熱が生まれる。

「…ら、蘭ちゃんの唇、冷たい」
「いや…の唇も冷たいじゃん。寒い?」
「う、ううん…」

今のキスで少しだけ火照ってしまったようだ。の頬がほんのりと赤くなっていく。その体温が上がった頬にもちゅっと口付けると、竜胆から抗議の声が上がった。

「いや、人が大勢いるとこでイチャつくなよ!ったくバカップルか」

参拝客が行きかう場所でいつものようにスキンシップを始めた兄に対し、竜胆が呆れ顔で溜息をつく。兄貴の威厳がどうたら言ってた頃の蘭はすっかり消えてしまったらしい。

「妬くな、妬くな」
「妬いてねぇっ」
「竜胆ものスベスベホッペにちゅーしてぇんだろ?してやりゃいーじゃん」
「……は?」

蘭の挑発とも取れる言葉にギョっとして竜胆が振り返る。そのまま視線をへ移せば、ほんのり頬を赤くした状態で竜胆を見上げていた。一瞬、その誘惑にかられた竜胆の額に、いきなりべちんという音と共に衝撃が襲う。

「…ってぇ!」
「何、マジでしようかなーみたいな顔してんだよ。させるわきゃねぇだろ」
「…つーか、するわきゃねぇじゃんっ!いちいちオデコ殴んなよ」
、最後におみくじ引いて帰る?」
「いや、聞いて?兄ちゃんっ」

と手を繋ぎ、サッサとおみくじの方へ歩いて行く蘭の後を、文句を言いながら竜胆も慌てて追いかけて行く。そこでやはりと言うべきの質問が待っていた。

「蘭ちゃん…おみくじ…って何?」
「んー今年はいいか悪いか、運勢を見る…占いみたいなもんだな」
「いや、ちげーだろ」

蘭の適当な答え――説明が面倒になった――に竜胆が突っ込む。新年早々兄夫婦に翻弄される弟の今年の運勢は、吉と出るか凶と出るか――?
わざわざおみくじを引かなくても、竜胆には自分の運勢が分かった気がした。


ひとこと送る

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで