おねだり-オマケ



「あれ…起きた?」

蘭に抱かれた後、気だるさの中に飲み込まれ、気づけば眠っていたらしい。目を開けると蘭の胸に顔を押し付けながら抱きしめられていた。

「蘭ちゃん…」
「…どっか痛いとこある?」
「う、ううん…平気…」

がしょぼしょぼした目を擦りながら応えると、蘭が苦笑いを浮かべた。

「まあ…相変わらずイったらすぐ寝ちゃってたもんなーは」
「え…」

そう言われて先ほどの行為を思い出したは、一瞬で頬が赤くなった。久しぶりに男性を受け入れた身体は最初こそ痛みを訴えたものの、蘭が優しく進めてくれたことで徐々に痛みは和らぎ、別の刺激が生まれたのだ。の赤く染まった顔を見た蘭の顏が綻び、火照った頬へちゅっと口付ける。

「可愛いからいいけど」
「ら…蘭ちゃ…ん?」

急に視界が動き、蘭が覆いかぶさってきたことでの瞳が驚きで見開かれる。まだお互いに何も身につけていない状態で、蘭の手が容易く未だ濡れそぼっている場所へ辿り着いた。

「まだ足りねえし、もう一回してい?」
「え…っ」
「さっきはすっげー穏やかに進めたから、今度はちょっとだけ激しいやつ」
「……っ」

何とも艶のある笑みを浮かべながらキスを仕掛けてくる蘭に、の顏が更に赤く染まっていく。確かにさっきはが蕩けてしまいそうなほど、優しく抱いてくれた。それでもにとってはいっぱいいっぱいで、今も身体には余韻が残り、気だるさが続いている。なのに激しくされたらどうなってしまうんだろうと、は少しだけ不安になった。それでも蘭の甘いキスで思考回路が遮断されそうになっていると、交わっていた唇がゆっくりと解放された。

「…あー…でもあんま激しくすっと竜胆に気づかれるか…」
「…え…竜…ちゃん…?」

とろんとした目で蘭を見上げながら、ふとその名前を聞いた瞬間、は自分が重大なミスを犯したことを思い出し、一気に目が覚めたような感覚で声を上げた。

「…あ!」
「え…?!」

もう一度キスをしようとの口元へ唇を寄せた蘭も、その声に驚いて顔を離す。

「ど…どうした?やっぱどっか痛いのかよ?」

が放心しているように見えて、蘭が突然慌てだし「どこがいてーの?」と、顔を覗き込む。それに気づいたはハッと我に返り、すぐに首を振った。

「ど、どこも痛くない…」
「ほんとかよ?オマエ、我慢してんじゃねえの?」
「し、してない…ホント痛くない」

心配そうに手で両頬を包んでくる蘭を見て、は変な誤解はさせたくないと必死に首を振った。そして竜胆のお願い事をすっかり忘れてしまっていた自分にガックリくる。

(どうしよう…竜ちゃんに頼まれてたのにおねだり出来てなかった…)

蘭と初めて抱き合えたことが幸せすぎて、すっかりそのことを忘れていたは、蘭にどうコタツの話をしようか、そのことで頭がいっぱいになってしまった。そんなの気持ちなど知らない蘭は、どこも痛くないと聞いてホっとしていた。そして安心したことで、再びよこしまな気持ちが湧いてくる。何やら眉間を寄せて考え込んでいるの唇にちゅっと軽めのキスを落とすと、そのまま事に及ぼうと覆いかぶさった。

「ら…蘭ちゃん…?」
「んーもう一回したい」

の耳をペロリと舐めながら甘えたような声を出す蘭に、の鼓動が僅かに跳ねた。蘭から施される甘い刺激も相まって、またしてもおねだりのことが頭から離れそうになる。しかし、その時、ふと蘭が思い出したように呟いた。

「そういや…もうすぐの誕生日だし、オレ達の結婚記念日だな」
「え…?ひゃ」

首筋も軽く舐められ、そこからジワリと甘い疼きが走る。このまま流されていたら、再び竜胆のお願い事は忘れてしまったかもしれない。けれど、次の蘭の言葉を聞いたは今しかないと思った。

は何か欲しいもんある――」
「…コタツ!」
「は?」

秒で、それも少し被り気味に即答したに、さすがの蘭も驚いて目が点になった。甘いムードも吹き飛ぶほどの威力だったらしい。蘭の動きがピタリと止まる。
一方、は竜胆に言われたような可愛いおねだりは一切できず、ただ「コタツ」と叫んでしまったことで再び頭を抱えた。こんなことでコタツを買ってもらえるんだろうか、と心配になり、呆気にとられた顔で自分を見下ろしている蘭を恐る恐る見上げる。

(もっと可愛く焦らしながらおねだりしなきゃいけなかったのに…蘭ちゃん、ビックリしたよね、きっと…)

せっかく竜胆に頼ってもらえたのに、これではミッション失敗しちゃうかも…とは少し落ち込みそうになった。すると、それまで固まっていた蘭がふと口角を上げて「ふーん」と言いながら顔を近づけてくる。蘭の勘の良さは分かっているので、の目がおかしいほど左右に泳ぎだした。

はコタツ、欲しいの?」
「う…うん…」

意味深なほど唇に弧を描く蘭を見上げながら、は何とか頷くことには成功した。しかし竜胆からしつこいほど念を押された「オレが頼んだと絶対バレないように自然に」が出来ていたかは分からない。そもそもが素直なは、嘘をついたり何かを隠すといったことが大の苦手なのだ。蘭に竜胆から頼まれたことがバレたら竜胆が怒られるかもしれないと思った。ジッと見つめてくる蘭をも見つめ返す。その状態でしばしの時が流れた頃、不意に蘭が微笑んだ。

「いいよ」
「…え?」
の誕生日にコタツな?」

あまりにアッサリOKが出て、今度はが唖然とした。こんなに簡単に成功するなんて思ってなかったのだ

「ほんと?いいの?蘭ちゃん」
「当たり前だろ。のお願いをオレが断ったことあるー?」

頬にちゅっと口付けながら笑う蘭に、はぶんぶんと首を振る。言われてみれば確かにがお願いしたことは全て、蘭は叶えてくれている。最初に会ったあの夜「助けて」と言った小さなSOSも、蘭が気づいて受け止めてくれたからこそ、今があるのだ。

「ありがとう、蘭ちゃん…」

何故か泣きそうになりながらお礼を言うと、蘭はの額にキスを落とし「じゃあ次はオレのお願いきいて」と言いながら、頬に手を添えて唇にも口付けた。軽く啄みながら少しずつ深くなっていくのを感じていると、蘭のお願いは聞かなくてもには分かった気がした。

"今度は激しいやつな"

さっき言われた言葉を思い出し、勝手に身体が火照っていく。しかし、竜胆に託された"ミッション"を無事にやり遂げた安堵感からか、それとも蘭のキスが甘すぎたせいか、はそのまま重たくなってきた瞼を閉じて、幸せな夢の中へと落ちて行き――。

「あれ……?まさか…寝ちゃったのかよ…」

唇を離した途端、こてんと顔が横を向き、気持ち良さそうな寝息を立て始めたを見て、お預けを喰らった蘭は「マジで…?」とガックリ項垂れた。

「ったく…オレにお預けさせる女はオマエだけなんだけどー…」

苦笑交じりでボヤきながら、艶のある頬を指で軽くつつく。それが刺激となったのか、むにゃむにゃと口を動かすに思わず吹き出した。

「色気ねえなー。ま…そこがめちゃくちゃ可愛いんだけど」

一瞬で顔を綻ばせ、いつものように頬へ「んー♡」と擬音付きでキスをすると「ら…んちゃ…大好…き…」という可愛い寝言が返ってきた。


|||


次の日の朝、竜胆が起きだした頃に蘭とはすでに起きていた。リビングへ顔を出すとふたりは仲良くノートパソコンを見ながら何やかんやと楽しそうに話している。
今日も蘭にセットしてもらったのか、の編み込んだ髪には大きな花型のヘッドドレスが飾られていた。その花が奇しくも蘭の花というのがあざとい。
自分の奥さんに自分の名前と同じ花を飾る兄の独占欲が見て取れる。それを体現するかのように、マーキングの如く蘭が事あるごとにへキスをしまくってるのを横目でみつつ、竜胆は深い深い溜息を吐いた。

兄夫婦のイチャつきを見せられるのは慣れたものの、寝起きは勘弁して欲しい。しかも普段より数倍ものベタベタのラブラブな空気が漂い、余計に声をかけづらくなった。蘭がを背後から抱え込んで座っているのはいつものこと。しかしスキンシップがヤバい。頬や唇への軽いキスは普段と変わらないが、今は首筋にキスをしたり、耳まで軽く食んだりしている。そのたびにからは「ひゃ」「くすぐったい」などの可愛い声が上がり、艶のある頬の赤みが徐々に全体へ広がっている。それを見た蘭が更に顔の筋肉を緩ませているのは見間違いじゃないはずだ。

(あの空気…まさか兄貴のヤツ…)

当初ふたりが籍を入れたのは身寄りのないを他人の蘭が保護的な意味合いで面倒を見るためだった。なので当然、普通の夫婦がするであろう夜の営みはなく、蘭もに手を出そうとはしなかった。しかし次第にを女の子として大切に想うようになり、蘭の気持ちにも変化が現れた。に至っては言わずもがな。
想いを寄せ合っている男女が本当の夫婦として接するようになるのは当然のことで、同じ部屋で寝ていればそういった営みに発展するのは至極自然なことだ。
とはいえ、の過去が過去なだけに蘭も早々には手を出せなかったようで、竜胆もその辺の事情は蘭から聞いている。だからふたりはまだ清い関係だったはずだ。
なのに今はどうだろう。以前と変わらない光景のように見えて、何となくふたりの間に独特の空気が流れている。

(…ありゃ…ヤったな)

そう結論づけた竜胆は、まさか自分がをけしかけたせいか?と暫し頭を悩ませる。だが前にも増して幸せそうなふたりを見ていると「ま、いっか」という思いがこみ上げた。のトラウマもすでに浄化されたんだろう。ふたりが名実ともに本当の夫婦になれたのは弟としても喜ばしいことだ。
ただ一つ、竜胆が気になったのは自分のお願いは実行されたんだろうかという一点のみだった。ふたりがイチャつくのを呆れ顔で眺めながら考えていると、気配を感じたのか蘭が唐突に振り向いた。

「…っ竜胆…?なに突っ立ってんだよ…起きたなら声くらいかけろ」

竜胆が後ろに立っていることに気づいた蘭が驚いたように顔をしかめている。いつもなら部屋のドアを開けた時点で気づくクセに、とは思ったが、せっかく機嫌の良さそうな兄を不機嫌にしてしまえば自分が痛い思いをするだけだ。ツッコミたいのをグっと堪えて、竜胆は「おはよう」とだけ言っておいた。

「竜ちゃん、おはよう」
「…おう、おはよう」

にいつもの挨拶をされ、それに応えつつふたりは視線を合わせる。の目は昨夜のミッションを伝えたそうにしていた。

「ふたりで何見てんの?」

さり気なく言いながら蘭とが見ているパソコン画面をのぞき込む。

「んん-?あ~の誕生日プレゼント探してんのー」

蘭がマウスを操作しながら応えた。画面が切り替わり、そこにはズラリとコタツの画像。驚いた竜胆は再びを見た。

「あのね、蘭ちゃんがコタツ買ってくれるって」

夕べのミッションは成功したと伝えたかったんだろう。が笑顔で言った。その瞬間、竜胆は心の中でガッツポーズをしつつも、そこで夕べから脳内シミュレーションしていたリアクション通りの反応をしてみせた。

「ハァ?兄貴、コタツ買うのあんなに嫌がってたじゃん。何で急に?」
「………」

自分でも自然に言えたと思っていた。しかし蘭はしばしの沈黙の後、に微笑みながら「、これでコタツ探してて」と声をかけてから立ち上がる。は素直に「うん」と頷き、パソコン画面にくぎ付けだ。コタツはもはや"竜胆の欲しいもの"ではなく、の欲しいものとして脳内変換されているようだった。
それを見ていた竜胆は自分もコタツを選びたい欲求があったものの。立ち上がった兄が自分の肩へいきなり腕を回してきたことで思考回路が停止した。

「…オマエだろ?そそのかしたの」
「……ッ」

顔を近づけ、竜胆の耳元に口を寄せた蘭が静かに、それでいて聞いたことのないくらいの低い声で囁いた。もちろん、後ろで楽しそうにパソコンを見ているには聞こえない程度の声量だ。なのに、竜胆は自分の鼓膜が破れるのではないかと心配になるほどの威力があった。

「…な、なな何の…こと?兄ちゃん…」
「ふーん…とぼけんのかァ…」
「………(ヒィッ)」

至近距離でその綺麗な瞳を細める蘭の迫力たるや、とても言葉では表せない。身の危険を感じた竜胆は、あっけなく降伏した。

「……ご、ごめん、兄ちゃん」

こんなに素直な謝罪の言葉を口にしたのは何年ぶりだろう。自分でも首を傾げるほど遠い昔のような気がする。どんなに強いヤツが相手でもこんな言葉を吐いたことはない。少年院でイザナにボコられても、鑑別所でサウスにボコられても、竜胆は絶対にそれを口にはしなかった。そんな竜胆が唯一怖いのは自分の兄、ただ一人。

「いーよ」
「へ?」

ビクビクしながら蘭の次の言葉を待っていた竜胆の耳に、まさかの優しい声色が届く。恐る恐る視線を上げれば、蘭は恵比寿様?と思うほどの優しい笑みを浮かべていた。意外すぎて竜胆はむしろ恐怖で吐きそうになった。

「今回だけはに免じて許してやるよ、竜胆」
「…あ…兄貴…」
「ただし」

と不意に笑みを消した蘭は「次、に変な頼みごとしたら…」とそこで言葉を切ると、再び竜胆の耳元に口を寄せた。

「分かってんだろ…?」
「は……はぃ」

流氷でも流れて来たのかと思うほどの冷たい声が、竜胆の鼓膜を震わせた。ついでに背中にも氷を入れられたかのような冷んやりとしたものが走る。しかし蘭は素直に頷いた弟を見て、満足そうに微笑んだ。

「じゃあ…オマエもとコタツ選べよ」
「……え?」
「ただし、ウチのリビングに合うデザインのやつなー?」

蘭はそう言いながら竜胆の頭をクシャリと撫でた。こんなことをされるのは小学校以来だった。胸熱になる竜胆。

「に…兄ちゃん…!さんきゅー!」
「うぉ!抱き着けとは言ってねえ!離れろ、竜胆!」

思い切りタックルの如く飛び掛かって来た竜胆に、さすがの蘭も驚く。引きはがそうにも関節技の得意な竜胆、技をかけられてなくても抱き着く力は強い。そして痛い。蘭が必死にもがいていたその時、が笑顔で振り向いた。

「蘭ちゃん、可愛いコタツあったよ」
「マジ?どれ?」

の可愛い笑顔に一瞬でデレた蘭は、腰に抱き着いていた竜胆をいとも簡単に振り払い、愛しい奥さんのところへ戻っていく。一方、蘭に物凄い力で振り払われた竜胆は勢いよく後ろへ転がった。その衝撃でかけていた眼鏡がズレる。

「ひでぇよ、兄ちゃん…」
「あー?何か言ったァ?」

再びとイチャつきながらパソコンを覗いている蘭を見て、竜胆は兄弟愛の儚さを知った。

「オレも今年こそ彼女つくろ…」

眼鏡をかけ直し、新年の抱負の如く、竜胆は彼女を作ることを心に誓った。


ひとこと送る

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで