場地くんと一虎くんに気合を入れられ、送り出されたオレは愛機で自宅マンションまで戻ってきた。
ふと建物を見上げれば彼女の部屋に明かりがついている。ホっとしたところで、もう一度気合を入れ直し、オレはマンションへと入った。
普段ならここで自分ちの郵便受けを確認して部屋へ直行する。だけど今夜は一切の行程をすっ飛ばしてすぐにの部屋へ向かった。
「よ、よし……!」
ドアの前に立ち、何度か深呼吸を繰り返す。今度こそきちんと自分の気持ちを伝えるべく、オレはインターフォンを押した。心臓が口から飛び出そうなほどドキドキしてるのが分かる。
少しすると『はい』という彼女の声がして、マジで心臓が飛び出たかと思うくらい跳ねた気がした。
「あ……オレ、です」
どうにか応えたものの、ダサいことに声が少しだけ上ずってしまった気がする。
『あ、千冬くん?』
なのに彼女は嬉々とした声でオレの名前を呼んで、すぐにドアを開けてくれた。
「お帰りー」
「え……」
顔を見せた瞬間、そんな言葉をかけられて心臓への負担が二倍増しになった気がした。お帰りって何かもう普通に恋人同士みたいじゃん!
オレの中の期待が一気に高まってくる。だけど「入って入って」と彼女に腕を引かれて、部屋に入ったらあっという間にのペースにされてしまった。
ちゃんと告白したくて来たはずなのに、それを言い出す前にまた美味しい夕飯を用意されて、お酒まで振る舞われた。酒はダメだと警鐘を鳴らしたにも関わらず、緊張をほぐす為についつい手を出して、結果――気づけばほろ酔い。
言い出すタイミングを待ってたらアルコールの方が回ってしまったようだ。
こんなことをしてる場合じゃないのに、と気持ちばかりが焦り、その焦りで酒が進んでしまう。とんでもない悪循環だ。
そして――オレは案の定というべきか、またやらかしてしまった。彼女のグラスが空で酒を注いであげようと手を伸ばしたら、偶然彼女も同じように手を伸ばし、互いの指先が触れた。びくっと大げさなほどに反応してしまったオレが手を引っ込めると、彼女は少し驚いた顔をしたけど頬をじんわり赤く染めるから、そのまま視線を反らせなくなった。照れ臭そうに目を伏せる彼女が可愛すぎたから。
あとから思えばあの時が唯一、告白するタイミングだったと思う。
なのに、つい酔いと誘惑に負けてオレからキスをしてしまっていた。あげくキスだけじゃ止まらなくて、自然に彼女を押し倒しながら服を脱がして胸の膨らみを弄ってる。頭の中で理性と本能がガチバトルを始めたけど、結局は男の欲が一発KOで勝利――。
この前も死ぬほど後悔したってのに、オレはまた同じ過ちを犯し、を抱いてしまった。
ただこの前と違うのは、彼女を抱きながらも今日まで溜め込んだ想いを口に出来たことだ。
愛しい熱と激しい快感が綯い交ぜの中、欲にまみれた脳みそをぐつぐつと煮えたぎらせて、の上でただただ腰を動かしてる最中。
「千冬くん……」と名前を呼ばれて、それに応えるようへ口付けたその時。
遂に胸の奥に秘めてた言葉を口にしてしまった。我慢出来なかったし、のことがどうしようもなく好きで、この想いを吐き出さずにはいられなかった。
「……好きだ」
快楽に溺れていた彼女はとろんとした瞳を潤ませながら、オレの頬に手を伸ばし「わたしも……好き」と呟いた。
その瞬間、オレはを強くしなるほどに抱きしめた。この前抱いた時以上に心も体も満たされながらを抱き潰して、最後は彼女のナカで果てた。
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「……ごめん」
「どうして謝るの……?」
全てが終わったあと、告る前に手を出したことを謝ったつもりだった。だけど、主語を言い忘れたらしい。
が不思議そうな顔でオレを見上げてきたから、そこでハッと息を呑む。
このタイミングで謝ったりなんかしたら、それこそさっきの言葉が嘘だと思われてしまう。
「や、違う。今のなし!ごめんって言うのはその……」
「え?」
ある意味、欲望を吐き出したおかげで今日一、この瞬間のオレが一番冷静だった。
気持ちを伝えることは出来たけど、きちんと付き合って欲しいと言えなきゃ意味がない。
何故ここへ来たのかという目的を思い出し、オレは彼女が起き上がったタイミングで「あのさ」と思い切って言葉を絞り出す。大丈夫。もオレのことを好きだって言ってくれたし、絶対にOKしてくれるはず。そう思っていた。
「さっきも言ったけどオレ、のことが……ほんとに好きだ」
「……千冬くん?」
「だから……オレとちゃんと付き合って欲しい」
真っすぐ彼女の目を見て真剣に伝えたつもりだった。なのには一瞬、困惑気味な顔でオレを見ると「付き合うって何で?」と一言。
目の前が真っ暗になった瞬間だった。
「何でって……」
何で――?
そんなのオレの方が聞きたい。
「今のままじゃダメなの……?」
「えっと……今のままって……?」
「だから……これまで通り一緒にご飯食べたりお酒飲んだり、たまにこんな風に……抱き合ったりとか……」
「や、それってもう付き合ってるのと同じじゃね?」
「違うよ。でもわたしはそういう感じで千冬くんと今まで通りの関係でいたい」
「意味わかんねぇんだけど……さっきオレのこと好きって言ってくれたでしょ」
「それは本当だから……」
はそう言って俯いてしまった。オレはハッキリ言ってめちゃくちゃ混乱してたし、何で今まで通りの関係は良くて付き合うのはダメなのか不思議で仕方がなかった。
はどういうつもりでオレに抱かれてくれたのか、最初は酔いと勢いだったかもしれないけど、今日のは違うと思ったのに。
「オレ、こう見えて遊びで手は出せないっていうか……好きな子じゃないと抱けないんだけど、は付き合ってない男に抱かれるのは平気なわけ」
「……だからわたしも千冬くんのこと好きだってば」
「や、それ意味わかんないんだけど……じゃあ何でオレと付き合うのはダメなわけ。年下だから?」
彼女の気持ちが分からな過ぎて、つい責めた口調で言ってしまった。言った後で少し後悔したけど、それまでは気まずそうに目を伏せてた彼女がふとオレを見るからドキッとする。その瞳が涙で潤んでいたせいだ。
「違うよ……。歳は関係ない」
「じゃあ、何で?理由くらい教えてくれてもいんじゃね……?」
「……」
そう尋ねると彼女は黙ってしまった。それも泣きそうな顔で。
彼女のそんな顔なんか見たくなかったのに、いつも笑顔でいて欲しいと思ってたのに、にこういう顔をさせてるのはオレなんだって思ったら、胸が苦しくなって呼吸するのもツラい。
せっかく好きだって言えたのに、オレのその想いは彼女にとって重荷なのかって思ったら、もう何も言えなくなった。
だけど諦めるにしたって何か言ってくれなきゃ諦めきれない。同じ振られるにしても、こんなあやふやなものじゃなく、もっと決定的な言葉を言って欲しかった。
「迷惑ならハッキリそう言って」
「……そんなんじゃない」
間髪入れずにそう言ってはオレを見つめた。その瞳に嘘はないように見える。余計混乱してきた。
「じゃあ……まだアイツのこと好きなのかよ」
もう、それしか考えられなかった。オレのことは迷惑じゃなくて、好き。でも付き合えないと言うなら、オレよりもっと好きなヤツがいる。そう思うのが自然だ。なのに――。
「まさか……とっくに好きじゃない。あんな奴……」
「だったら……」
「でもごめん……付き合うのはやっぱり――」
「分かった」
オレから視線を反らして目を伏せる彼女を見たらカッと頭に血が上った。言葉を遮るように言って脱ぎ散らかした服を着こむと、最後にもう一度彼女を見る。でも一切こっちを見ようとはしない。
それが答えのように感じた。
「ごめん……困らせるつもりはなかった。もうのこと煩わせたりしねえから」
「……千冬くん?」
言いながら玄関に向かって靴を履くと、そこで初めてが追いかけて来た。
「待って……わたし、そんな風に思ってなんか――」
「いいよ、もう。付き合えないんだろ?その理由は分かんないけど、オレはのことセフレにしたいとも思わないし、また手を出しといて説得力ねえかもしんねえけど別にセックスだけがしたいとかでもない。だから……が言う関係にはなれねえよ」
「千冬くん……」
「もう来ないし電話もしない」
そう言ってドアを開けると「待って……!」という言葉が追いかけて来た。でもオレは振り返ることなく部屋を出ると、そのままマンションを飛び出し、再び愛機へまたがる。
こんな思いのまま、の隣の部屋に帰りたくはなかった。
▲▽▲
結局オレは一虎くんのマンションへ転がりこんだ。場地さんとこは週の半分くらい彼女さんが来てるって言うし、迷惑をかけるわけにはいかない。
「は?じゃあオレにはかけていいのかよ」
酔っ払って本音が口から零れてしまったらしく、一虎くんはムっとしたようにオレの膝を足で小突いて来た。足癖悪いなあと言いつつ、お詫びの印に酒を注ぐ。一虎くんはそれを飲み干して、今度はオレのグラスに注いでくれた。
「しっかし、その女ワケ分かんねえなー。千冬のことが好きでエッチを二回も許してくれたくせに何で付き合えねえの?」
「それはオレが聞きたいっス……」
でもあの様子じゃ話してくれそうになかったし、オレも居たたまれない気持ちになって飛び出してきてしまった。彼女は何かを言いたげにしてた気もするし、最後は「待って」と言ってたけど、また付き合えないとハッキリ言われるのが怖くて、もう拒絶されるのは嫌で逃げ出したようなもんだ。情けないとしか言いようがない。場地さんに話したらゲンコツくらいはされそうだ。
でも、それくらい心が折れたと言っていい。
あんなに気合を入れて会いに行ったのに、何やってんだ、オレは。
「おいおい、一気はやめとけって」
注いでもらったウイスキーをぐいっと煽れば、一虎くんが苦笑交じりで水の入ったグラスを差し出す。それも受け取って飲み干した。そして――決めた。
「もう彼女のことは忘れます」
「……ホントにそれでいいのかよ。つって……まあ、お互いの想いが嚙み合わねえんじゃどうしようもねえか……」
「そう……っスね……」
「千冬はきちんと付き合いたい。彼女は付き合いたくねえけど千冬とはこれまで通りの関係でいたい、か。マジで意味不明……」
と言ったところで、一虎くんはふと顔を上げてオレを見た。何か閃いたらしい。
「つーかオレ、何となく分かったかも」
「え、何を?」
「彼女がオマエと付き合いたくねえ理由ってやつ?」
「マジっすか?」
ちょっと驚いたけど、よく考えれば一虎くんは昔から圧倒的にモテてた人だと思う。だから女心もオレより断然詳しいはずだ。その一虎くんから言われると、ちょっとは期待してしまう。
「何スか、その理由」
「いやホントにそうなのかはしんねーぞ?」
「何でもいいっす。少しでも今のモヤモヤが晴れれば」
それは本心だった。出来ることならと付き合いたかった。でも叶わないなら少しでもいい。何で振られたのか知りたい。その一心だった。
一虎くんはオレの真剣な顔を見つめると「その子、男にこっぴどく振られたんだよな」と訊いてきた。
彼女との知り合ったキッカケなんかは話してあるから、それを思い出したらしい。
「まあ……そうっスね。聞いたら付き合い当初はいい奴だったっぽいんっすけど……結局浮気してのこと捨てたって感じで」
「なら、やっぱ理由はその辺じゃねえの」
「え?」
「その男から彼女を口説いたって言ってたろ」
「はあ。彼女の店の客だったみたいっす」
「でも浮気して彼女を振った。だから……もしかしたら、だけど。彼女、オマエとハッキリした関係を築くのが怖くなったんじゃねえ?」
「怖い?」
何が?と思った。オレは絶対浮気なんかしないし、彼女を泣かせるつもりもない。うんと大事にしたいと思ってた。
でも一虎くんにそう言うと、「あほか」と一蹴された。
「確かに千冬はそう言う男だって思うし、付き合えば必ずその子のこと大事にするってオレは思うよ」
「う、うっす」
「でもそれはオレが千冬のこと昔から知ってるから、そういう男だって分かるけど、彼女はどうだよ」
「え?」
「オマエのこと、まだよく知らねえだろ」
「それは……そうかもしんねえけど……」
言われてみれば彼女とは最近こそよく会ってたけど、素顔を全て晒してたわけじゃない。が知ってるオレは、彼女に良く見せようとしてるオレなわけで、半分は外面だった部分もある。
「千冬は自分が浮気しない男だってもちろん知ってるし、そんなつもりもないだろうが、彼女は果たしてそこまでオマエのこと信じられんのかなってオレは思う」
「……た、確かに」
「彼女からすれば、好きだ何だと口説いてきた男が、別の女好きになって別れようって言ってきたわけで、千冬にも同じことされるかもって思ったら怖くなったんじゃねえの?」
「でもだったら、そう言ってくれれば――」
「いや、好きだなんだと告ってきて熱くなってる男に対して今そんな話をしても、浮気はしないって言うにきまってんだろって話な?」
「あ……そっか」
最もな意見で目から鱗だった。確かに自分のことを好きだと口説いてきてる男に、まだ起こってもいないことを言ったところで、全員が「そんなことしない」というに決まってる。だって、それはその時の本心なんだから。
でもはそう言う男の想いが儚いものだと知ってしまった。あの浮気男のせいで。
でも今、オレにそんな不安を言ったところで、一虎くんの言うように否定するに決まってる。
「だから言いにくそうにしてたのかな……」
「これはあくまでオレの憶測だけどな」
「でも……そう考えたら当たってる気が……」
はまた傷つくのが怖いのかもしれない。ふとそう思った。
だから付き合うという形をとるより、今までの関係がいいと言ったのかもしれない。
もし正解なら、なかなかに根深い問題だと思った。
完全にトラウマってやつで、彼女の心の傷は深いってことだ。その傷をオレが癒せるのか?閉ざしてしまった心を開けるんだろうか。
混乱してる今のオレには分からなかった。