
10.あなたはわたしの光⑸
※温めの性的表現あり
1.
「これでよし、と」
別に切り分けた卵焼きを軽く味見して、は満足そうに微笑んだ。間にハムを挟んであるので見栄えも可愛く出来た。他にちくわの海苔チーズ巻きを手早く作ると、一つ一つに爪楊枝を刺して行く。
「こんな感じかなあ」
玉子焼き、ちくわの海苔チーズ巻き、ピーマンのナムル、それらを弁当箱に綺麗に盛り付け、最後に塩ゆでしたサヤエンドウを飾ると彩りもいい感じに仕上がった。
「ん、美味しい」
一つ、ちくわをつまみながら時計を見れば、午前5時過ぎ。こんな時間につまみ食いをしては太ってしまうかなと心配になりつつ、今日の為のお弁当を完成させる。あとはメインのおにぎりを作るご飯が炊ければOKだ。
「具は何にしようかなぁ」
冷蔵庫を開けながら考えていると、突然後ろから腕が伸びてお腹の辺りに巻き付いた。
「ひゃぁっ」
何の気配もしなかったことでビクリと体が跳ねる。慌てて背後を仰ぎ見れば、苦笑交じりの春千夜がを見下ろしていた。
「何やってんだよ、こんな朝っぱらから」
「ご、ごめん…起こしちゃった?」
「いや。目が覚めたらオマエがいないし探しに来たら、キッチンでブツブツ言ってんの聞こえた。何、腹でも減った?」
後ろからを抱きしめながら、頬に口付ける。たったそれだけで胸の奥が疼くのは夕べの余韻がまだあるせいかもしれない。
「ち、違うの。目が覚めちゃったからお弁当先に作っておこうかなと思って…」
「…弁当?ああ、会社に持ってくやつ?」
切り分けて余っている卵焼きや、ちくわを見て春千夜がそれをつまんだ。ここ最近は春千夜が仕事を休んでいる為、ランチはひとりで食べることが多い。そのせいで何となく外に食べに行く気がせず、はお弁当を持って仕事に行っていた。
「でも弁当、二つあるけど」
並べられた弁当箱は二つ。春千夜が首を傾げると、は「それは春千夜の分」と笑った。
「私がいない間、春千夜ちゃんとご飯食べてるか心配になって」
「…ガキじゃねえんだから…ちゃんと食ってるよ」
少しスネたように目を細めると、春千夜はの首筋にもちゅっとキスを落とした。夕べ散々抱いたにも関わらず、こうして腕の中に収めていると自然と体が疼いてまた欲しくなってしまう。
「…ひゃ…は、春千夜…?」
今のは裸に春千夜の長袖シャツを一枚羽織っただけの恰好だ。春千夜の手がいとも容易く太腿を撫でていく。その手が内腿を撫でた時、ゾクリとしたものが這い上がってきて、はたまらず身を捩った。ただそれも後ろから抱きしめられているせいで何の抵抗にもならない。
「ダ…ダメ…」
「…の恰好、エロ過ぎて無理」
「ちょ…ぁっ」
お腹に回していたもう片方の手が徐々に上へあがり、シャツの上から胸の膨らみを揉みしだく。首筋にあった唇が細い線をなぞるように動き、の耳輪に到達した。春千夜はの小さな耳を唇で挟み、やんわりと食む。
「ん…春…ち…よ…くすぐ…ったい」
耳の形をなぞるように舐められ、首筋辺りにゾクゾクとしたものが走り、そこから再び甘い痺れが広がっていく。
「…濡れてきたけど?」
「…んぁ…」
太腿を撫でていた手が何も身に着けていない場所に伸びて、ほんのり濡れ始めたところを今度は指の腹で撫で始めた。何度も往復されるたび、体がビクリと跳ねてしまう。
「…あ…ダメ…ここ…キッチン…」
「…ん。ベッド…行くか?」
そう言いながらも、すぐにシャツの中へ滑り込んで来た手が、胸の形を変えながら主張し始めた先端を指で擦りあげる。同時に攻め立てられることで意思に反して体が素直に反応した。
「…んっ」
割れ目を撫でていた指がゆっくりと埋められていくの感じて、の肩が大きく跳ねた。たまらず冷蔵庫に手をつき、どうにか体を支えてもいても、中を解すように抽送されると足の力が抜けてしまいそうになる。
「や…春千…ん…」
どうにか抗議しようと振り向きかけた時、唇を塞がれる。性急に舌を絡めとられ、くぐもった声がキスの合間に漏れた。腰の辺りに何か硬いものが当たっているのは気のせいじゃない。
「ん…は…春千夜…」
「…やべ…コーフンするわ」
冷蔵庫に縋りつくようにして立っているの腰を引き寄せ、春千夜は硬くなった自身を押し付けるようにして呟いた。そこでの限界が来たのか、全身の力が抜け落ちたようにがくんと膝が折れる。
「…ぶねっ」
春千夜が咄嗟に腕で抱き留め、ゆっくり座らせると、久しぶりに二人の視線が絡んだ。
「ぷ…、真っ赤だな」
「だ…だって…」
「オマエがエロい恰好してっからわりーんだろ」
責めるように自分を見上げて来るに、春千夜も僅かながら目を細める。別に本気でここで抱こうと思ったわけじゃないが、男の欲を煽った責任は取って欲しいとは思う。
「ベッド…戻るか」
の体を抱き寄せ、首元に顔を埋めながら春千夜が呟く。耳元で聞こえる吐息交じりの春千夜の声に、体が自然と火照ってしまう。
「…で、でも仕事の用意――」
「まだ時間あんだろ…?」
春千夜は拗ねたように言いながらもの首筋をペロリと舐めて来る。その甘い刺激に小さく声が跳ねてしまった。
「体は素直だなァ?」
「…春千夜のいじわる…」
ニヤリと笑う春千夜を見上げつつ、が唇を尖らせると、そこへもキスが落ちて来る。かくして、二人は再び寝室へと戻ることになった。
2.
「うわー凄い。いい天気だし気持ちいい」
喜んで走って行くの姿を見ながら、春千夜は眩しそうに目を細めた。マンション内のガーデンエリア。ここは住人だけが入れる空間で、マンションの10階部分にある場所だ。マンション内とは思えないほど緑が多く、お洒落な花が色とりどりに咲いている。春千夜もここへ来るのは初めてだった。
「春千夜、早く」
「ああ」
「あ、でも傷に響くから走っちゃダメだよ」
「走らねえよ」
苦笑交じりで応えながら、春千夜はポケットに手を突っ込み、の待つベンチへと歩いて行く。部屋着にサンダルというラフな格好で太陽の下に出るのは随分と久しぶりな気がした。
「ここ!ここに座ろ?日当たりいいのにパラソルあるから日焼けもしないもん」
「はいはい…どこでもいいけど、ピクニック気分だな、オマエ」
「だってお弁当もあるからピクニックみたいなもんでしょ?まさかこんなスペースあるなんて知らなかったなあ」
「部屋にマンション設備のパンフレットあったろ。上の階にスポーツジムやプールもあんぞ」
「え、うそ!凄い!」
引っ越したばかりで、まだマンション全体を把握していないは、プールと聞いて瞳を輝かせた。
「あ、はい。春千夜のコーヒー」
「おう…ってか、マジでピクニックじゃん。ポットまで持ち込んで」
はしっかりバッグの中にポットを二つとカップを入れて来たらしい。春千夜は笑いながらコーヒーを受けとった。
「だってすっかり外に行く気満々で準備しちゃったんだもん」
「…あー…悪かったよ。外に行けなくて」
「ううん、いいの。まだ危険なんでしょ?でもおかげで仕事も休みになったし、九井さんが春千夜とふたりでノンビリしろって」
は嬉しそうに言うと「お弁当も無駄にならなくて良かった」と笑った。
今朝、春千夜と抱き合った後に寝入ってしまったは、仕事に出かける時間に目が覚めた。慌てて九井に電話をすると『今日は急ぎの仕事もねえしも疲れてるだろうから休んでいーぞ。三途とのんびりしとけ』と言われてしまったのだ。
「何か会社の周りを怪しい奴らがウロついてたみたいで、ウチの奴らがピリピリしてたし、まあ念の為、も来ない方がいい」
そんな理由で思いがけない休みをもらえたは春千夜と出かけたいと言い出した。しかしまだ春千夜が襲撃された余波はある。もし行くなら組織の人間を引きつれて行くことになり、それでも確実に安全とは言えない。最悪、狙撃されたら大変なので出来れば出かけないで欲しいと部下に言われた春千夜は、ふとマンション内にあるこの場所を思い出した。公園でノンビリお弁当を食べたいと言っていたは案の定、大喜びだ。
「でも誰もいないね。こんな素敵な場所なのに」
「あー…平日の昼間だしな。午後になったら主婦とか増えそうだけど」
「あ、そっか。そうだよね。こんな時間にのんびりするの久しぶりだから平日って忘れそう」
は椅子の背もたれに身を預けて両腕を思い切り伸ばした。気持ちのいいそよ風が吹いて髪をさらっていく。ポカポカ陽気と相まって、このままうたた寝をしてしまいそうだ。
「思ったよりあったかいからカーディガン着なくて正解」
「ああ、むしろあっちーだろ」
「春千夜、裸足だもんね」
椅子に凭れ、組んだ足をプラプラさせてる春千夜を見て、が笑った。薄手の白いシャツと、同じく白の柔らかい素材のパンツ姿で寛ぐ姿は裏社会の人間には見えない。鮮やかな色の髪が日に透けて凄く綺麗だとは思った。
「春千夜と一緒に太陽の下でこうしてるのって何か新鮮」
「…確かに…昼間は事務所ん中だし、デートは夜ばっかだったからな」
苦笑交じりで隣に座るへ視線を向ければ、眩しそうに細める瞳と目が合う。自分とは違い、には陽の光の下がよく似合うと思った。膝に置かれた小さな手をそっと握り締める。薬指には昨夜プレゼントしたダイヤの指輪が日光を浴びて、いっそう存在感を示していた。
「春千夜…」
「ん?」
「大好き」
「…何だよ、急に」
突然の告白に、春千夜の頬がかすかに赤くなる。はえへへっと笑うだけだったが、その幸せそうな笑顔を見ているだけで、春千夜も幸せだと感じた。握った手を引き寄せ、唇を塞ぐと、の体が僅かに跳ねて、握った手を握り返される。この温もりをずっと感じていたいとすら思う。
「…」
「え?」
何度か触れるだけのキスを繰り返したあと、春千夜はを見つめながらかすかに微笑んだ。
「いや…何でもねえ」
「え、何?気になる」
「何でもねえって」
シャツの袖をくいっと引っ張って来るに笑いながら、春千夜は彼女の髪を指で梳いていく。にキスをしてると、あまりに心が満たされて"好きだ"と言いたくなった。ただ真昼間にこうして触れ合うのは初めてで、急に照れ臭くなっただけだ。
「弁当食うんだろ」
「あ、そうだ」
照れ隠しでそう言えば、が思い出したようにお弁当のおにぎりを手にした。
「春千夜、鮭とおかか、どっちがいい?」
「梅はねえのかよ」
「あ…」
「…あ?」
「あるよ」
「どっちだよ」
一瞬忘れたような顔をしたくせに、次の瞬間、梅のおにぎりを差し出され、春千夜は吹き出した。こんなにも穏やかな気持ちで笑ったのは久しぶりだ。
「それにしても…なかなか不細工な形だな、これ」
が差し出した梅のおにぎりの形が三角なのか丸なのか分からず、春千夜が小さく吹き出した。
「え、ひどい!一生懸命握ったのに…」
「つーか、これ、丸なのか三角なのかどっちだよ」
「……俵にしようと思ったらこうなりまして」
「ぶはは、これ俵かよ?」
そのどっちつかずな形のおにぎりを見て思わず突っ込むと、の顏が真っ赤になった。そんなも可愛いとばかりに春千夜の口元が緩んでいく。何事も一生懸命なのことを、春千夜は好きになったのだ。いつも穏やかな笑顔で周りを明るくしてくれる姿が、春千夜の目には眩しく映った。決して手の届かない光だと、その時はそう思ったのに。こうして隣で自分を照らす存在になってくれた。
「はい、春千夜の分」
「おう」
幸せそうに微笑む眩しいの笑顔は、春千夜を今日も暖かく照らしてくれる、優しい光だった。
END...