しんしん、しんしん雪が降る。窓の外は文字通り銀世界。
今年の冬は何とか現象で大寒波が来てるらしい。
雪がないところで生まれたわたしは地味に雪は好きだ。出来れば毎年降って欲しいと思ってるくらい、雪が降るとテンションが上がる。前に蘭ちゃんに言ったら「子供じゃん」と爆笑されたくらい雪が好きだ。でもこんなこと東京の人に言おうものなら親の仇みたいな目で見られるので注意が必要だ。だからわたしは天気予報で雪予報が出ると心の中でガッツポーズしている。それくらい雪が好きだ。
でもよりによって年に一度のイベントの日に降らなくても。
「あんま窓に張り付いてると冷えるぞー」
その声に振り向くと蘭ちゃんが暖かいミルクティーの入ったカップをわたしに差し出して隣に座った。なんて出来た彼氏だろう。…控え目に言って大好き。
「ありがとー。あったかい」
「あーまた降ってきたな」
蘭ちゃんはわたしを抱っこしながら窓の外へ視線を向けて苦笑いを零した。本当なら今日は蘭ちゃんと横浜のホテルでクリスマスデートをすることになっていた。でもこの大雪のせいで電車はおろか、車すら走っていない。いくら雪が大好きなわたしでも六本木から横浜まで歩く元気はないぞ。
だからホテルは別の日にずらしてもらって今日は急遽お家デートになった。お泊りする予定だったからケーキもシャンパンも用意していないし、ご飯もせめてピザでもとるかってなったけど電話が繋がらなくて諦めたわたしと蘭ちゃんは二人で仲良くレトルトのカレーを食べた。何とも侘しいクリスマスだ。蘭ちゃんと付き合いだしてから、こんなに地味なクリスマスは初めてかもしれない。
付き合ってからというもの、蘭ちゃんは毎年のように豪華なクリスマスを過ごさせてくれる。去年は暖冬で関東には雪が降らないというのをニュースで見たわたしが「ホワイトクリスマスを体験してみたい」と嘆いていたら、なんとクリスマスに北海道へ連れてってくれた。最高ランクのホテルに泊まってディナーも北海道の幸をたっぷりと堪能した後は、右も左も分からないすすきののお店に飛び込みで入ってみるかってことになって、情報を一切入れずに決行してみた。
東京とは違って、すすきのは一つのビルに色んなジャンルのお店が入ってるようで、居酒屋、バー、スナック、風俗店。どんなけジャンル無視してるんだって驚いたけど、ビルを探索するだけでも結構楽しかった。そこでも蘭ちゃんは蘭ちゃんで、何も知らないのにお洒落なバーを引き当てたから、そこで美味しいお酒をいっぱい飲んだ。帰りはタクシーが拾えなかったから、雪が降る中、蘭ちゃんと手を繋いでホテルまで帰った。その道すがら、雪ではしゃいでたわたしは三回すっ転んだ。コートは後ろだけ――特にお尻部分――が真っ白で、蘭ちゃんが大笑いしながら雪を払ってくれたけど、手を繋いでるのに何でわたしだけ転ぶ?蘭ちゃんは器用に歩くから一度も転ばなかったのは尊敬に値する。でもホテルについた頃には二人とも鼻が真っ赤で、お互い指さして大笑いしたっけ。今じゃ良い思い出だ。その後に仲良くお風呂に入ったことも。
まさか今年は東京で雪景色が見れるとは思わなかったけど。
「こんなクリスマス初めてだね」
「そういや、そーだな。シャンパンもケーキもお預けだし」
「でも蘭ちゃん、あまり残念そうじゃない」
「そうかー?まあ、オレは別にがいれば、どこにいても楽しいからな」
「蘭ちゃん…」
むむ…彼女としては最高に嬉しい言葉を言われた気がする。すっぽり後ろからわたしをギュっとしてくれてる蘭ちゃんを仰ぎ見れば、自然にくちびるが重なった。蘭ちゃんのくちびるは温かくて、艶々で触れるだけのキスでも凄く気持ちいい。こうして人も車もいない真っ白な景色を見ていると、この世界にわたしと蘭ちゃんの二人きりみたいな気分になってくる。確かに大雪で足止めを喰らったこのサプライズ的な一日も、蘭ちゃんと一緒だと悪くないかもしれない。
「わたしも蘭ちゃんとこうしてるだけで幸せ」
「ほんとかよ。さっきまでケーキは?シャンパンはー?って泣いてたくせに」
「あ、あれは…楽しみにしてたから…」
ごにょごにょと言い訳をするわたしを見て、蘭ちゃんが軽く吹き出している。その笑顔はやっぱり楽しそうで、そう言えば去年の旅行中、吹雪いて寒い中を歩いて帰ってた時もこんな顔してたなーと思い出した。
――がいれば、どこにいても楽しいからな。
ああ、そうか。あの時もそんな気持ちでいてくれたのかな。そう思ったら胸の奥がほっこりした。
蘭ちゃんに触れたり、名前を呼ばれたり、他の人から見ればささやかだろうけど、そんな瞬間さえ嬉しい。
「…ケーキもシャンパンもいらない。蘭ちゃんがいてくれたらいい」
「オレもー」
蘭ちゃんはふっと笑みを浮かべると、わたしの頭へ頬を寄せて、またギュッとしてくれた。蘭ちゃんの腕の中は何でこんなにあったかいんだろう。
外の雪はまだまだ止みそうになくて、銀世界に蘭ちゃんと二人で溶け込んでいくようだ。
「メリークリスマス。」
「メリークリスマス。蘭ちゃん」
雪を眺めながらどちらからともなくくちびるを寄せて何度も触れあう。
しんしん、しんしん雪が降る。窓の外は銀世界。
このまま抱き合って、蘭ちゃんの心をずっと感じていたい。